株式会社筑摩書房刊 加藤周一著「歴史・科学・現代」加藤周一対談集
pp.20-26より抜粋
pp.20-26より抜粋
ISBN-10 : 4480092943
ISBN-13 : 978-4480092946
丸山:世界創成神話というのはいろんな民族にあるわけだけれど、日本ほど具体的な国土、それも淡路島とか対馬とか、一つ一つ小さな島の名前をあげて、順々に生誕を語ってゆくのは、どうもあまり例がないらしいね。
加藤:その辺がまたおもしろいんだな。特定の地名ー殊に平安朝以後の名所・歌枕など―が文学に持っている影響は大きいですね。それが極端になると、食べ物の嗜好にまで及んでいる。どこそこの芋だとか魚だとか、「どこそこの」ということがなによりも大切になりますね。
丸山:「風土記」はもちろん、記紀にも、地名の起源説話がやたら出て来るものね。
加藤:それからもう一つ”なる”ということでね。ヨーロッパや中国の町は”つくった”町でしょう。それにたいして日本の町は”なった”ものだ。京都は中国の町の模写だから別にして、本来の日本の町は”なる”ものでしょう。まさに現代の日本の都市もまた”なる”都市で…
丸山:徂徠が「政談」や「太平策」の中で、江戸の町は全然計画性がないから、いつのまにか品川まで家続きになっちゃって、どこから都市でどこから田舎だかわからない、ということをいっている。大学にいたころ演習でテキストに使ったので、江戸のメガロポリス化といったら、学生がみんな笑ってね。ぼくは冗談半分でいったんですけど、なかに一人、真面目だけれど、ユーモア感覚のあまりない学生がいて、「あのころからそうだったんですか」(笑)と感心していました。いつの間にか、誰がしたというのでなしに、何となくひろがっていくという、自然膨脹主義で、とうとう東海道メガロポリスになってしまった。徂徠の「都鄙の別なし」というのはじつにうまい表現だと思うんです。
加藤:ヨーロッパの中世都市では、だいたい中心に教会があって、城壁をつくって城壁の中にずっと殿様以下町人までが住んでいる。
丸山:空間ということで一つ伺いたいのは、ひじょうに素朴な疑問なんだけれど、たとえば、シスチンの礼拝堂にミケランジェロが「旧約聖書」をテーマにして、「天地創造」から「最後の審判」まで、全部壁画に描きましたね。日本の神話も、スケールの大小はともかく、絵の題材としては大変面白い話が多いでしょう。そういうものを壁画にしたということはまずないですね。どういうわけだろう。
加藤:神話は神道のものでしょう、仏教系統じゃない。ところが神道の方には、絵だけじゃなくて神像もない。伊勢神宮でも天照大神の像はないということになっている。それが一番根本的な理由じゃないでしょうか。神道もそうですが、儒教にも、「イコノグラフィー」は発達しなかった。むしろ仏教やキリスト教が「イコノグラフィー」を極度に発達させた特殊な例外じゃないでしょうか。
丸山:なるほど…。たとえば絵巻物だって、あれだけ日本に伝統があるんだし、天の岩戸神話や出雲神話の絵巻があってもよさそうなものだという気がするんですけどね。神道だってイデオロギーの面では、仏教や儒教にもろに影響されているのにね…
加藤:神話の物語はたとえば能にもほとんど出てきませんね。あれだけ古い、いろいろの材料を使っている能にもない。
丸山:日本の神話がいわゆる民族の伝承として日本人の興味を喚起していたら、何らかの形で芸術化した筈で、そう考えるほうが普通だと思う。してみると、日本神話は文献化されて以後は、果して神話として伝承されたといえるのかどうか。神道家による神代巻の注釈書は伊勢神道以来、いろいろあるけれど…。その点だけ見ても、神話神話といってもこれをギリシア神話などとすぐ比べるのは危険だ。これはもう少し論議してもいい問題じゃないかな。
加藤:絵巻物といえばね、たいへん抽象的な画面構成と、ひじょうに細かい部分の描きこみとの、両方の要素があるんですね。「ミニアチュール」の意味は、よくわかると思う。つまり、「いま」と「ここ」という立場からいって、全体との関連からはなれても、細かいところへどんどん入って行くんですね。それはわかるんですが、あの抽象的な画面構成、たとえば「源氏物語絵巻」でも、画面を分割する建物の線とか、単色の大きなブロックとか、これは簡単に説明できない要素ですね。その辺のところに日本美術史の一つの大きな問題があると思うんです。
丸山:ぼくはその辺のところはよく分らないけれど、あれ「抽象的」っていえるのかしら…
歴史主義ー西洋と日本
丸山:話を元にもどしますけれど、一般常識的な意味で、歴史というのは、現世の出来事の時間的な変化を追ってゆくということでしょう。ところが超越的な世界宗教が出てくると、この世における人間の営みを絶対的な立場から審判する。それにたいして人間はどう永劫の責任を負うか、ということが大きな関心事になる。キリスト教だけじゃなくて、仏教の業(カルマ)とか輪廻 (サムサラ)とかだって、やっぱり、そういう問題への答えでしょう。ですからごく普通の歴史的見方にとっては、超越宗教というのは有利な土壌にならない。まさに逆に、日本のようにそういう超越者の意識がうすいところでは、昔から出来事をみる目が歴史主義的だったというところがあるんじゃないか。ヨーロッパでいうと、かえってギリシア・ローマの異教的世界の時代にすぐれた歴史家がいて、中世以後で本当に歴史の世紀が来るのは十九世紀ですね。たとえば、ヘーゲルは歴史哲学の元祖みたいにいわれるけれども、ヘーゲルの歴史哲学は根本的に弁神論ですよ。むろんドイツ観念論のなかではいちばん歴史内在的な見方をするわけだけれど、結局歴史というのは神の世界計画の実現の過程で、目的論的ですね。だからランケとかランケ以後の歴史主義の発展というものは、ヘーゲル主義の呪縛からの解放のためのものすごい苦闘を経て、いわゆる歴史的個体性の認識と時代的な相対性の見方を成熟させていった。ところがあらゆる時代を内在的に理解していこうというのを押しすすめてゆくと、歴史上の人物にしても出来事にしてもそれなりに分っちゃうことになってね、峻厳な価値判断がくだせなくなる。ニーチェがほとんど本能的に反撥したのはそこでしょう。いわゆる「すべてを理解することはすべてを許すことだ」。それで今度はトレルチやマイネッケなんかが、歴史主義の危機を論じ出すようになる。日本は、その意味で絶対者の基準がはっきりしないから、ヨーロッパが十九世紀でようやく開花したような見方ー歴史は過去をありのままに (wie es gewesen ist) 書くものだ、というランケのような考え方ーは、何だそんなことはあたりまえじゃないか、ということになる。素朴な形ではあるけれども、昔からそういう見方が強いから・・・・
加藤:そのとおりだと思いますね。だから、近代的な歴史観が明治になって入って来たときに、そのままつながろうというところがあったと思う。ただ歴史主義の発展はヨーロッパでは、三段になっていて、一つはヘーゲルからマルクスまでかな、歴史の法則を求めるという…
丸山:摂理史観のヴァリエーションですね。
加藤:マルクスも、拡大して考えれば摂理史観ですね。そのあとが、今おっしゃったような実証主義的な歴史主義、人間史学が出てくる。しかし、そこには、壊すことの出来ない人格の統一性にたいする信頼がある、人間の劇としての歴史ですな。そのもっとあとで、こんどは人格の統一性にたいする信頼が失われる。それはいろいろなインパクト、フロイトもあるでしょうしいろんな要素があって、結局、人格の統一性にたいする懷疑の時代に入って来た。それが「現代」だといえますね。日本は、いわばはじめから、ヨーロッパの第三段階ですね。現在の第三段階に近いところがある。近代的というよりも、もっとも最近のヨーロッパの風土になまにつながる類似性があるんじゃないでしょうか。
丸山:面白いですね。たとえば、マルクス主義の受容のされ方でも、そういう一面がある。マルクス主義の受容はひじょうに複雑で、いろいろな面がありますよ。公式主義といって反マルクス主義者からやっつけられるのは、いわば日本の思想の土壌と逆の面です。しかし同時に、観念や思想の歴史的制約とか、歴史の発展法則の鉄のごとき必然性とかーこっちの面でいうと、たとえば生産力の発展は産霊(むすひ)の”なりゆく”史観に、また不可抗的な必然性は”いきほひ”の史観にズルズルと受け入れられるような…
加藤:そういう一面もある。マルクシズムには、個人的決断、丸山さんのいう”つくる”意志、その不在を理論化する面があった。
丸山:ぼくなんか戦前の実感で、ひじょうに気になった一面ですね。世界史的必然というのが、理論的意味はともかく、現実には天下の大勢には勝てない、という考え方を助長する。大勢といえば、これを多勢とも書いて、おおぜいと訓むのも、象徴的だと思うんです。軍記物にも出て来ますね。おおぜいになると”いきほひ”がついちゃってとても手におえない(笑)。
加藤:同じことになると思いますけれど、マルクシズムは本来、思想が歴史的・社会的に制約されているということ、主観的には個人の自由意志の決意であるかのようにみえても、じつは歴史的にはブルジョア階級の利益を擁護しているにすぎない、ということを強調する。だから、対ブルジョアのきわめて戦闘的な思想になるわけでしょう。歴史は自由な個人の”つくる”ものだというのが、ブルジョア思想の根幹だから。そういうブルジョア思想がなければ、戦闘的イデオロギーではなくて、今までつづいてきた伝統的な文化の再確認になってしまうんでね。
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