2026年6月17日水曜日

20260616 株式会社講談社 講談社学術文庫 竹山道雄著「主役としての近代」 pp.55‐59より抜粋 

株式会社講談社 講談社学術文庫 竹山道雄著「主役としての近代」
pp.55‐59より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4061586629
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4061586628

主役としての近代
 われらが遭遇した大災厄はすべて中世的なるものの残滓のなせるわざである。というのが今の定説になっている。いわゆる封建性が一切の罪を問われていて、近代はこれに対してまったく責任がないかのようである。
 人々はいっている。ー支配する者の頭が封建的だったし、支配される者の心が封建的だった。どちらも近代にめざめてはいなかった。明治以来の日本はまだ近代国家ではなかった。レジームが変っても、実は封建性が、いな中世以前のものが、西アフリカ的ですらあるものが残っていた。それが動きだして今日の災いを生んだのだ。ー
 私は怪訝にたえないのである。ーいったい封建性にあのような事ができたであろうか? 中世的なものの力が、ナポレオンも及ばないような大規模の戦争を東条といったような人に遂行させたのであろうか? かりに昔にもあのような超国家主義というものがあって、それが今まで温存されていたところで、それが強大な外国とのひさしい近代戦を行ったのであろうか?
 このように封建性の役割を過大視するのは、あまりにすべてをただ人間の心がまえといったような道徳問題で解決しているのではないだろうか?
 勿論日本人の心がまえには非常に多くの近代的ならざるものがあった。これに大きな責があることは争うことができない(いわゆる近代的自覚なるものがどの程度に有力なものであるかは、別の問題としてー)。そして今は、ことに国民が易々として屈伏をしたという点がはげしく罵しられ、あざけられている。
 しかし、それにしても、支配者があれほどの力を具えて国中を蟻の這いでる隙もないほどに強制しえた、そしてそれが外から倒されるまでは内からはどうしようもなかったということは、これは現代に独特の事態である。近代的な武器と組織を握った政府に対してはいかにしても反抗することができない。ということは近代の一般的な特徴である。ヨーロッパでも、一八四八年以後は、民衆が自力で圧政を倒して自由を獲得した例はない。近代になればなるほど、両者の力が隔絶して、そういうことができなくなったのである。現代にあって被支配者が支配者に反抗できるのは、かえって西アフリカの蛮族ぐらいなものであろう。ドイツ人を目して西アフリカ的であるという議論はないようであるが、ナチスを倒すためにはナチス以上に近代的な力をもった連合軍をまってはじめて可能だったので、ドイツ人自身には最後の日まで手も足もでなかった。日本でも、日露戦争の頃は公然と非戦論を唱えた人がいた。それが今度はなかった。これは、封建性が増大したのではない。むしろ、近代の強制力がましたからである。人間の道徳的心がまえ以外の、現実の世界の近代の性格がすすんだからである。
 つまり、近代性には二つの面がある。一つは人間を解放した近代であり、他は人間を拘束する近代である。日本では、ここに特殊の条件から、前者がその片鱗を示しはじめたころには、もう後者が決定的な力をもつほどになっていたのであった。
 かつては、わが国も近代への過程にあった。天皇は意識的にロボット化されていた(これがあまりにロボットになってしまったことが、結果的にはかえって悪いこととなった)。官僚出身者はぞくぞくと政党に入った。軍部大臣は「自分は一介の武弁にすぎない」とへりくだった。さらに、言論はすくなくとも一時は放恣といっていいほどに自由であり、日本人は世界でもっとも国家意識が稀薄な国民であるとさえいわれた。そうして、十幾年前のわれらの社会ははなはだしい病的症状を呈していた。一方にはエログロ、他方には赤というあの時代は、まさに末期の様相を示していた。あの一時期は短い中間劇ではあったが、しかし意味のふかい一幕であった。わが国では、近代化がはじまってそれがまだ完成に遠いうちに、もう近代の破綻がはじまった。制約のある後進国では、近代は円満な発達をとげることができなかったのである。
 そこに反動が起った。これが力をえはじめたのは、それがただに回顧的なものとしてではなく、頽廃に対する対症療法と思われたからであった。これは封建性の否定の否定として確立した。あのころ、まだ自由な立場にあった新聞がどれほど政党を攻撃したか、一般人がどれほど「軍に感謝」したか、忘れることはできない。この風潮によって、反動はその根をかためた。しかるに、この反動は次第に治療以上のものとなり、ついにあらゆる抵抗を挫いて、絶対のものとなった。抵抗はあった。斎藤隆夫演説や宇垣内閣流産のころの国民の動きは、もし相手が対等の力をもったものであったら、十分に有効なものであった。しかるに、軍はその機能においては日本中でもっとも近代的な存在であって、強大な組織と武器をもっていたから、その意志を遮る力はほかにはなかった。軍人はその主観的感情においてはもとより極端に封建的であったが、その感情をあやつってその近代的な性能をおどらせたものが他にあった。
 それは近代の行きづまりであった。悲劇の主役はむしろ近代であった。中世の残滓はわき役にすぎなかった。人口過剰や生活難、しかもとどまるところを知らぬ要望、植民地獲得欲、それ自体の力学をもって動く巨大な機構、その主体となるべき人間精神の喪失、ありとあらゆる文明の利器を手中に収めた政治支配力の強大化ー、そのほかの近代の症状があの破局を演じた主な役者であった。わき役はそれに引きずられてはなはだ巧みな助演をしたのであった。
 ファシズムと封建性とはちがうであろう。今回の悲劇はファシズムが演じたものである。それは一見中世への復帰あるいは封建性の復活という外見をとり、前から残っていたものと結びつき、利用し、それを傀儡とした。根づよく残っていた封建性は絶好の受け入れ体制だった。これは程度の差こそあれ、独伊でもそうだった。かつてこれらの国は大個人を輩出させて近代のさきがけをしたが、さまざまな制約から後進国となって、その近代化が十分に行われないうちに近代の頽廃に覆われた。

0 件のコメント:

コメントを投稿