2017年9月18日月曜日

20170917 下巻(宗教に関しての章)を読み進めていて思ったこと・・

A「先日来より読んでいる著作は昨日に上巻を読み終え、次いで下巻を読み始めましたが、この冒頭での主題もまた大変興味深いものであり、読んでいて思い起こされるのは、フレーザー著「金枝篇」あるいはジョルジュ・バタイユ著「呪われた部分 有用性の限界」であったり、さらに面白いことにはかつて自身が書いた修士論文であったりもするのです・・(笑)。

もちろんそれは十年前に書いた文章ですので、現在読んでみますと間違い、不完全な点も多いのですが、同時にそこで考えたこと、読んだ著作とは現在においても割合明瞭に憶えているものであり、そうしたことから、やはり自身のある程度本格的な思索の原点とは、そこにあるのではないかと思われるのです・・(おそらく勢いは現在よりもあります。)。

さて、ハナシを冒頭に戻し下巻冒頭の章にて扱っている主題とは『宗教』についてであり、そこで述べられることは、さまざまな宗教の成立過程、およびその後の発展過程についてのより観念的、抽象的な概説のようなものであるといえます。

そして、かつての自身とは、こうした原初的、局地的ではあるにしても何らかの宗教の背景にある心情、精神について、ある程度の知見、理解を得ていなければ、地域にて継続して行われた雨乞い祭祀および、それと同じ系譜のさらに先に存在した銅鐸が、如何なる時代・地域を貫く特性にて祀られたのか分からないだろうと考えたのです・・。

とはいえ、そうした考えに基づいた探求の結果によって得られた知見とは、どちらかというと、そのものズバリの特徴を言い当てる、形容できるようなものではなく、その輪郭の概形を触感として得た感覚をさらに言語化したような不明瞭なものであるといえます。

そして、そうした自身の経験から、あくまでも私見ではありますが、文系学問の探求によって得られる知見とは、往々にしてこのような不明瞭なものであり、おそらくそのようにして書かれた文章とは、それと類似した思索を以前に行った方々はどうにか理解することが出来るのでしょうが、そうした経験がない方(もちろんそれは全く恥ずかしいことでもなく、むしろ、そちらの方が普通、通常ではないだろうか)にとってはまさしく何が書かれているか理解不能、荒唐無稽な文章として映るのではないかと思われるのです・・。

そして、おそらくそうした理由から、文系学問における研究とは、全ての点において正当とされる評価を下すことが困難になるのではないかと考えます。

しかしながら、であるからといって文系学問が無価値であるということではなく、むしろそれとは反対に『この著作、文章には自身が引きつけられる何かがあるように思われるのだが、その意味はよく分からない・・』といった感覚を大事にして若い頃から読み続けておりますと、徐々にさきに書いたような輪郭概形の触感を言語化したような不明瞭な感じであることが多いかもしれませんが、それでも自分なりの理解に達することが出来るようになるのではないかと思われるのです・・。

そして、こうしたこととは、継続する以外にないと私には思われるのです・・。

その意味において、ブログ記事とは、現在の自身にとって適当ともいえる表出・表現の手段であるといえるのですが、そのさきに何があるのであろうかとは、さきに書いたような不明瞭な感じであれ、あるいは具体的なものであれ、よく分からないで作成しております・・(苦笑)。

(暗中模索とはこうした状態をさすのかもしれません。)
しかし、否、それだからこそ継続する以外にないのかもしれません・・(笑)。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂いてどうもありがとうございます。

昨年から現在までに発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された地域でのインフラの復旧・回復そして、その後の力強い復興を祈念しています。」










2017年9月17日日曜日

20170916 主に現在読んでいる書籍からの抜粋引用 叛乱・蜂起と歴史の流れそして判官贔屓?

先日から読み進めているユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』上巻は残り二十頁ほどになりました。
おそらく本日中に読了に至るのではないかと思われます。

そしてまた、気のせいであるのかもしれませんが、巻末に近づくにつれ文章が読み易くなっているように感じられます。

これは自身がその文体に慣れてきた為であるのか、あるいは実際に書かれている文章がそのように変化しているのか、あるいは文章の日本語訳文がそのように変化しているのか分かりませんが、何れにしてもこれは自身としては特に都合の悪いことではありません(笑)。

また、現在読み進めている上巻最終章においても新たに面白い記述を見つけましたので以下に抜粋引用します。

河出書房新社 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳
『サピエンス全史』上巻
pp.233-235より抜粋引用
ISBN-10: 430922671X
ISBN-13: 978-4309226712

古代ローマ人は負けることに慣れていた。
歴史上の大帝国の支配者たちはみなそうなのだが、ローマ人も次から次へと戦いで敗北しながら、それでも戦争には勝つことができた。
打撃に耐え、倒れずにいられないような帝国は、本物の帝国とは言えない。
だがそのローマ人でさえ、紀元前二世紀半ばにイベリア半島北部から届いた知らせは腹に据えかねた。
半島土着のケルト族の住む、ヌマンティアという小さな取るに足りない山の町が、ローマの支配下から抜け出そうとしたのだ。
当時のローマは地中海沿岸全域の紛れもない覇者で、すでにマケドニアとセレウコスの両帝国を打ち破り、誇り高いギリシャの都市国家を残らず征服し、カルタゴを焦土に変えていた。ヌマンティアが当てにできるものといえば、自由を熱烈に愛する気持ちと険峻な地形ぐらいのものだったが、彼らは、次々に襲いかかるローマの軍団をすべて降伏や不面目な撤退に追い込んだ。
紀元前一三四年、ついにローマの堪忍袋の緒が切れた。
元老院は、ローマ随一の将軍で、カルタゴを倒したスキピオ・アエミリアヌスに、ヌマンティア人たちを始末させることに決めた、彼は三万から成る大軍を与えられた。
ヌマンティア人の闘志と戦闘技能に一目置いていたスキピオは、無用の戦いで兵士の命を無駄にしたくなかった。
そこで一連の砦でヌマンティアを取り囲み、外界との接触を断った。後は住民たちが飢えるのを待つばかりだった。
一年以上が過ぎ、糧食が尽きた。
あらゆる希望が絶たれたことをさとったヌマンティア人は、自らの町に火を放った。ローマの記録によれば、住民のほとんどがローマの奴隷になるのを嫌って自ら死を選んだという。
後にヌマンティアはスペインの独立と勇敢さの象徴となった。「ドン・キホーテ」(牛島信明訳、岩波文庫、2001年、他)の著者ミゲル・デ・セルバンテスは、「ヌマンティアの包囲戦」(「スペイン黄金世紀演劇集」、牛島信明編訳、名古屋大学出版会、2003年所収。邦訳のタイトルは「ヌマンシアの包囲」)という悲劇を書いた。
この作品は、ヌマンティアの町の破壊で幕を閉じるが、そこにはスペインの未来の繁栄のビジョンが描かれている。
詩人たちは、この町の猛々しい守護者たちを称える賛歌を書き、画家たちは、包囲戦の壮大な光景をキャンバスに描き出した。
1882年、ヌマンティアの廃墟は「国家史跡」に指定され、スペインの愛国者たちの巡礼地となった。
1950年代と60年代にスペインで最も人気のあった漫画本は、スーパーマンやスパイダーマンについてのものではなく、ローマの圧制者と戦った古代イベリアの架空の英雄エル・ハバトの冒険を語るものだった。
今日に至るまで、古代ヌマンティア人たちは、スペインの武勇と愛国心の鑑であり、この国の若者の手本とされている。
だが、スペインの愛国者たちがヌマンティア人を褒めそやすときに使うのは、スキピオの母語であるラテン語に由来するスペイン語だ。
ヌマンティア人たちは、今や失われてしまったケルト族の言語で話した。
セルバンテスも「ヌマンティアの包囲戦」をラテン語で書き、この戯曲はギリシャ・ローマ人の武勇を称賛するスペインの愛国者は、ローマカトリック教会の忠実な信奉者であることが多いーそう、ローマカトリック教会の。この教会に、現代スペインの法律は、古代ローマの法律に由来する。
スペインの政治は、古代ローマの基礎の上に確立されている。そしてスペインの料理や建築は、イベリア半島のケルト族の遺産よりもローマの遺産に、はるかに多くを負っている。
ヌマンティアのもので残っているのは、この町の廃墟ぐらいだ。この町の物語でさえ、ローマの歴史家の著述があったからこそ私たちに伝わっている。
そしてそれは、自由を愛する野蛮人の物語を好むローマの聴衆の嗜好に合わせてあった。ヌマンティアに対するローマの勝利が完璧であったため、勝者たちは敗者の記憶までも取り込んだのだった。
これは私たちが好む類の物語ではない。
私たちは勝ち目の薄い者が勝つのを見るのが好きだ。
だが、歴史に正義はない。
過去の文化の大半は、遅かれ早かれどこかの無慈悲な帝国の餌食になった。
そしてその帝国は、打ち破った文化を忘却の彼方に追いやった。
帝国もまた、最終的には倒れるのだが、豊かで不朽の文化の痕跡を残すことが多い。二一世紀の人々のほぼ全員が、いずれかの帝国の子孫なのだ。』

こうした文章を読みますと、おそらく判官贔屓とは、我が国のみに見受けられる傾向ではないものと考え得ます。

くわえて、おそらく別件ではありますが、面白いことに、上掲の抜粋引用部を読む数日前に読んだ小説が河出書房新社刊 尾崎士郎「私学校蜂起」小説・西南戦争であったことは自身としては、なかなか面白い偶然ではないかと思われました・・(笑)。

ちなみにこの小説の最後の章の題名が「波荒し玄洋社」であることから、やはり以前ブログ記事に書いたように西南戦争と玄洋社には何らの深い関連性、あるいは巨視的に見て同じ系譜に位置付けられるものではないかと思われた次第です。

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在までに発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被害を被った地域でのインフラの復旧・回復および、その後の復興を祈念しています。

2017年9月16日土曜日

20170915 『緊張感』・『勇気を奮う』創造的活動の背後にある精神を励起させるもの?

A「本日は帰宅が若干遅くなったことから、ブログ記事作成を断念しようと思いましたが、明日が休日であることからブログ記事作成の時間を割くことが出来ると考えたため、思い直し、さきほど(23:21)よりブログ記事の作成を行っております・・(苦笑)。

とはいうものの、本日に関しては、昨夜あまり睡眠をとっていないことからか記事の書き出し・主題等はなかなか思いつかず、パソコンの前にて無聊をかこっているというのが、より詳細な現状であるとも云えます・・(苦笑)。

また本日に関しては、日中書籍を読む時間がなかったことからか、そうした題材(読んだ書籍のこと)にて記事を書き進めようと考えてみても、そうした主題・発想とは容易に脳裏・感覚に現出してくれるわけでもなく、これに対しては『多少困惑している』と評しても良い状態と云えます・・(苦笑)(日頃のブログ記事作成における自転車操業的態度が露呈する)。

とはいえ、同時にこうした状態とは、これまでのブログ記事作成においても同様に存在したと思われることから、これに対しては危機感を持つべきものではなく、むしろ、そうした状態とは、ブログ記事作成をも含む創造的活動を行う上においては避けた方が良く、それよりも、さきに書いた『困惑している』状態を認めた上で、そうした状態について何かしら書き記していく方が、何といいますか、知らぬ間にその状態を脱していることが多いように思われるのです・・。

しかしまた同時に、さきの『困惑している』状態にて書き記した文章を(敢えて)ブログ記事などとして公表するかしないかとは、各個人の好みによるのでしょうが、自身としては、これまで概ね毎日記事を作成・更新しておりますので、その流れを変えずに継続するためにも、とりあえず書いたものは公表するのです・・(笑)(ここでも日頃のブログ記事作成における自転車操業的態度が露呈される)。

もとい、当初、こうした行為に対してはかなり抵抗感があり、勇気らしきものを奮って書き続け、公表していた時期がありました。

しかし、それもまた徐々に変化するようであり、今現在、緊張感を全く持たずに記事を書き、そして公表しているわけではありませんが、他方、当初に比べますと『勇気を奮って』という要素に関しては、かなり減衰しているようであり、どちらかといいますと日常的な作業、ルーチン・ワークに近いものになっているといえます・・。

そして、ここが少し面白いと思われるところなのですが、文章を書く際、あるいは公表する際の『勇気を奮って』であるとか『緊張感』といった、いわば『自身を精神的に締める』要素こそが、ブログ記事作成をも含む創造的活動の背後にある精神を活性化させる作用があるのではないかと思われるのです・・(無論、徹頭徹尾ではないと思われますが)。

また、このことはもう少し広く社会全般にて当て嵌めてみますと、なかなか面白いのではないかと思われるのですが、如何でしょうか?

とはいえ、今回もまたここまで読んで頂きどうもありがとうございます。
昨年より現在までに生じた一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被災された地域でのインフラの復旧・回復そして、その後の力強い復興を祈念しています。」



2017年9月15日金曜日

20170914 先日の勉強会でのことと最近の読書での面白い記述について・・

二日ぶりの記事投稿であったためか、昨日投稿分記事は思いのほか多くの方々(41)に読んで頂くことが出来ました。

さて、先日出席させて頂いた勉強会での記憶に基づいて考えてみますと、やはり私の性質の基層部とは文系学問分野への親和性が強く、中でも歴史、そして地域学・民俗学といった分野に対しての興味が有意に強いのではないかと思われます・・。

そして、その淵源を考えてみますと、幼少期からの読書であったり、二十代の頃にいくつか異郷の地に住んだ経験であるものと考えます。

とはいえ、おそらく、もしも就職および転勤により(半ば)否応なく首都圏を離れるといったことがなければ、私は自身の希望によって首都圏から離れることはありませんでした。

しかしながら、現実の今の私とは、内心において必ずしも、この首都圏での生活を心地よく、快適に思っているわけでももないのです・・。

そして、そのことを先日出席させて頂いた勉強会後の懇親会において指摘を受けたことは自身にとって驚くべきことであり、それまで自身はどのような行動を(半ば)無意識ながらにとっていたのかとは、我がことながら、興味深く思われました・・(苦笑)。

とはいうものの、その一方において現在自身がここ首都圏にて動いているいくつかのことは、多少誇大妄想気味であるかもしれませんが、自身が動かなければ進展しないことであり、またおそらく、それはそれで多少なりとも意味のあることであると思われるのです・・。

それ故、もうしばらく経て事態が収束、落ち着きましたら、あらためてこのことを考えてみようと思います・・。

・・そういえば、先日来より読んでいる著作は上巻の三分の二程度まで至りました。

まだ先は長いですが、ここ最近は文体に慣れてきたのか、割合スムーズに読み進み、さらに面白いことに、つい先日読んでいた箇所とは、昨日・本日作成分ブログ記事の主題とも何やら関連すると思しき主題であり、先を読み進めることが楽しみです・・(笑)。

そして、その関連すると思われる箇所を以下に抜粋引用してみます。

河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳
サピエンス全史」上巻 pp.149-150より抜粋引用
ISBN-10: 430922671X
ISBN-13: 978-4309226712
『ロマン主義は、人間としての自分の潜在能力を最大限発揮するには、できるかぎり多くの異なる経験をしなくてはならない、と私たちに命じる。自らの束縛を解いて多種多様な感情を味わい、さまざまな人間関係を試し、慣れ親しんだものとは異なるものを食べ、違う様式の音楽を鑑賞できるようにならなくてはならないのだ。これらすべてを一挙に行うには、決まりきった日常生活から脱出して、お馴染みの状況を後にし、遠方の土地を旅するのが一番で、そうした土地では、他の人々の文化や匂い、味、規範を「経験」することができる。「新しい経験によって目を開かれ、人生が変わった」というロマン主義の神話を私たちは何度となく耳にする。
消費主義は、幸せになるためにはできるかぎり多くの製品やサービスを消費しなくてはならない、と私たちに命じる。何かが欠けている、あるいはしっくりかないと感じたら、おそらく私たちは製品(自動車、新しい服、自然食品)あるいはサービス(家事、対人関係療法、ヨガのクラス)を買ったり受けたりする必要がある。どのテレビのコマーシャルも、何らかの製品あるいはサービスを消費すれば人生が良くなるという、小さな神話なのだ。』

上に抜粋引用した文章だけを読んでみますとラッセル著「幸福論」内にもありそうな感じを受けますが、同時に自身としては興味深いことが書かれているのではないかと思われます。

興味を持たれた方は是非御一読をおススメします。

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在までに発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被災された地域におけるインフラの復旧・回復および、その後の復興を祈念しています。」














2017年9月13日水曜日

20170913 二日ぶりのブログ・約半年ぶりの勉強会 口述と論述

A「関西方面にて勉強会が開催され、それに出席させて頂いたことから、二日間ほどブログ記事の作成・投稿を休止しました。

この休止の間、パソコンを開くことすらしませんでしたが昨日、一昨日の記事閲覧者数はそれぞれ100を越えておりました。この間読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。本日よりまた、記事作成を再開します。

さて、今回の関西・西日本訪問は、特に久しぶりということもなく、場所は異なりますが、概ね一か月ぶり程度のものでした。

それ以上に、かなり久しぶり(約半年ぶり)であったのは、冒頭に書いたように文系学問分野(主に思想・哲学関連)での勉強会に出席させて頂いたことです。

そして、ここで不思議に思うことは、普段はアタマの中のみで考え、あまり表出する機会がない考えであっても、勉強会といった発言の場を与えられることにより、どうにかそれを言明・言語化することが出来たという感覚です・・。

しかし、それをより客観的に考えてみますと、この時、自身が述べた意見とは、総じてたいしたもの・的確なものではないのかもしれませんが・・(苦笑)。

とはいえ、それでも大変面白いと思うことは、自身が意見を述べる際に挙げる具体例とは、意見を述べている最中に続々と脳裏に浮かんできたものであるということです。

そうした具体例とは、その多くが現在の自身が読んでいる、特に意識を向けている事物というわけでなく、いわば、対話の際の瞬時の想起とした生じたものであるといえます。

そして、こうした一連の勉強会での対話を通じ『ああ、自身の文系的な知識一般とは(どうにか)駆動するものであるのだな・・』と認識することが出来るのです・・(笑)。

しかし他面において、こうした自身の発言および知識の瞬時の駆動とは、この勉強会に参加されている方々が持つ、対話者の意見を引出そうとする虚心坦懐な姿勢に促されてのものでもあり、こうした姿勢とは、自身も見習いたいと考えています。

くわえて、自身があまり滞りなく意見を述べることが出来た他の要因とは、あるいは多少意外であるかもしれませんが、これまで継続的に作成しているこのブログではないかとも思われるのです・・。

約半年前、前回開催された同様の勉強会にて、自身は今回の発表ほどに的確に意見を述べることが出来なかったと記憶しています。

その意味から、その間にて『成長』したと感じられた要因とは、この約180日間に作成されたブログ記事にあったのではないかと思われたのです。

とはいえ
、そこには科学的な根拠はなく、あくまでも感覚的なハナシではありますが、勉強会にて、自身が口語にて意見を述べる際、その口述される言語が生み出される自身内部の部位・層?とは、当ブログ記事における文章を生み出すそれと全く同一ではないにしても、随分近い、あるいは重なっている部分があるのではないかと思われるのです
このあたりはある程度科学的に解明することが出来るのではないかと思われますが、如何でしょうか・・?)。

もしかすると、
こうしたことは案外と重要なことであるのかもしれません・・。

そして、そうした理由から、少なくとも今しばらくはブログ記事の作成を継続しようと考えています・・。

ともあれ、
今回もまたここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年から現在までに発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被害を受けた地域でのインフラの復旧・回復そして、その後の力強い復興を祈念しています。」

2017年9月11日月曜日

20170910 ある種の虚構を共有し信じることにより出来ること・・その逆とは・・

昨日分の投稿記事にて扱った著作に『我々人類が大勢で他者と協力し、共通の目的のために働くことが出来るようになった要因とは、言語を介して、ある種の虚構を互いに信じ、共有することが出来るようになったからである。』といった意味のことが書かれ、また、その具現化・対象化されたものが弥生時代の青銅製祭器・古墳時代の古墳などであると自説として書きましたが、こうした構造自体については、現代においても変化はしておらず、法人・株式会社などといった組織、さらにはそれらが扱う貨幣もまた、そうした構造に依拠していると同じ著作内にて述べられています・・。

こうしたことを日常生活にて考える機会とは多くはありませんので、時折はこうしたことに思いを巡らす機会を得るという意味においても、ある種の読書とは自身にとって、それなりに意味があるものと考えます。

また、同様にこうした記述を読んでおりますと、思い起こされるのは、近年多く亡くなられ、現在はほぼ見受けることの出来なくなった戦争経験を有する研究者・著述家が、それぞれの著作にて書いている大戦末期の戦線・規律が崩壊した戦地における状況です。

こうした状況とは、冒頭に書いた設定としての(信じ得る)虚構が全て剥ぎ取られ、むき出しの生への欲望のみによって支配された空間であり、また、そうした状況・空間の様子とは、戦地から生還された方々の多くが周囲に語ろうとしなかったのではないかと思われます。

何故ならば、こうした状況とは、さまざまな仕組み・虚構を当然のこととして現代社会に生きている我々からすると、きわめて野蛮・残酷なものであり、口外することを躊躇される内容を含むものであったからであると考えます・・。

それ故にか、我が国のみの傾向であるのかどうか分かりませんが、こうした状況の詳細とは、多くの場合文章によって著されていることが多いように思われます。

また、こうした心に刻まれるような、ある種の痛ましい状況の記憶とは、画像・映像化されることにより、多くの人々に認知されることは多くなるのでしょうが、その反面、ある種の陳腐化・紋切り型的な認識に堕してしまうといった傾向があるようにも思われます。

それ故、こうした記憶が辿ってしまうことを避けるべきであるのが、こうした、いわば『安易な認識』ではないかと思われるのです・・。

『安易な認識』とは、痛ましい記憶がもたらす衝撃を幾分かは和らげはするのでしょうが、それと同時に『何故、当時、我々の先祖たちは、こうした状況に入って行かなければならなかったか』を(真剣に)考えなくなってしまうのではないかと思うのです。

ともあれ、その根源的な原因については未だよく分かりませんが、我々日本人が持つ文化には普遍的に、こうしたある種の抽象化の傾向があり、それはおそらくなくなるものではなく、間断なく常に、我々自身の持つ記憶を最適なものに変換しようと願いながらも、それらの実施の段において意味・意図が不明瞭なものとなり、それを以ってはじめて社会が受け入れ・悦ぶといったような、どうもよく分からないところがあるのではないかと思うのです・・(苦笑)。

そして、それは冒頭に書いた信じ得る・共有し得る虚構に対する国内さまざまな社会・集団による認識のズレを示しているのではないかと考えますが、これもまた、かなり奥が深い問題であるように思われます(マンガ文化とは、こうしたことをあまり感じさせないが故に人気があるのかもしれません・・)。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年から現在までに発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害によって被災された地域におけるインフラの復旧・回復および、その後の復興を祈念しています。」






2017年9月10日日曜日

20170909 おそらくあまり簡単なことではないと思うのですが・・(歴史を立体的なものとして見る)

A「先日来より読み進めている著作はその後、新たに頁が進み、自身としては面白い内容のくだりとなってきました。

この著作によると、我々人類が大勢で他者と協力し、共通の目的のために働くことが出来るようになった要因とは、言語を介して、ある種の虚構を互いに信じ、共有することが出来るようになったからであると述べられています。

また、その虚構とは単なるモノガタリのようなものであってもダメであり、ある社会集団の中で共有され、信じることが出来るような内容を持っていないと、その効果は発揮されないということです(これを異なった視野から述べると、一時は社会において信じられていた虚構・モノガタリが、何らかの原因によって信じられなくなり、共有されなくなると、その社会とは崩壊に向かうということかもしれない)・・。

歴史を述べる際のこうしたくだりとは、自身にとって興味深いものであり、かつて自身が研究のテーマとした『地域における雨乞い祭祀』においては、その各々祭祀の背景に何らかのこうしたモノガタリが存在し、(地域にて)共有されていた(る)と云い得ます。

もちろん、各々モノガタリが共有され得る地域規模、ひいてはそれらモノガタリを背景として為される祭祀はさまざまですが、こうしたモノガタリを文献書籍・現地でのヒアリングを通じ調べていきますと、今度はさまざまな昔話・説話といったものに至り『日本霊異記』・『今昔物語』などを読むことになります・・。

なかでも『日本霊異記』に収録されている説話とは、古いもので古墳時代(5世紀頃)とされておりますので、地域におけるモノガタリの基層・起源を考える上において参考になり、そして示唆に富む著作であると云えます。

また、こうしたことを書いておりますと、自然と考えさせられるのは、古代における祭政一致の起源もまた、冒頭に書いた『言語を介して、ある種の虚構(モノガタリ)を互いに信じることが出来るようになったから』ではないだろうかということです。

そしておそらくそうした虚構(モノガタリ)が具現化・象徴化されたものが、弥生時代の銅矛・銅剣・銅戈・銅鐸などの青銅製祭器であり、また古墳時代のさまざまな古墳であるともいえます・・。

現在の視座から眺めてみますと、これらのものが、ある社会集団において極めて重要なものであったことは(その費やされたであろう労力を考えると)理解出来るのですが、しかし、それが当然とされていた具体的な社会の有り様、雰囲気を想像、具現化することが困難であると思われるのです。
(我々日本人とは、良くも悪くも、この部分をかなり安易に考えている、あるいはこうした可視化が困難な『時代精神』といったものを対自的存在と為し得ない何らかの傾向があるように思われます。)

丁度、ミサイル発射にて国内が沸き返っている某国の内情およびその系譜を実感として理解出来ないように・・。

しかし、どのような規模においても『歴史を知る』こととは、遺跡・出土物の観察、文献書籍の読解などを通して(客観的な)知見を蓄える『のみ』では、おそらく到底達し難く、如何なるものであれ、対象との同一化が為されることによって、はじめて到達することが出来るのではないかと思われますのです・・。

そして、そのような複眼的な視野の獲得・確立(知見の蓄積による客観的な視野・同一化によって得られる意識的ともいえる即自的な視野)によって『その歴史を立体的なもの』として見る・扱うことが出来るようになるのではないかと思うのですが、それは果たして無駄なことなのでしょうか・・?

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在に至るまでに発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被害を被った地域でのインフラの復旧・回復そして、その後の力強い復興を祈念しています。」