2026年4月28日火曜日

20260427 株式会社新潮社刊 新潮選書 高坂正尭著「歴史としての二十世紀」 pp.177-180より抜粋

株式会社新潮社刊 新潮選書 高坂正尭著「歴史としての二十世紀」
pp.177-180より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4106039044
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4106039041

日本の政治家が二流である理由
 もう一つ、社会秩序の問題があります。これもシュンペーターの考え方が参考になります。彼は「ブルジョアジーは政治階級としては失格である」と述べました。階級としてのブルジョアが出現する前の封建時代、社会を支配していたのは貴族でした。しかし、近代に移行する段階で、貴族階級はブルジョア階級から見ると邪魔者になります。そして、彼らの権限は段々弱められていく。しかし、本当は、ブルジョア階級、ビジネスで生きる彼らにとって、封建貴族は邪魔でありながら擁護者でもあったのです。なぜ擁護者かというと、人間は常に合理的なものではないのであり、人間が何に従うかというと、威信とか力を体現しているものに対してだと、シュンペーターは説明します。ただし、そのような非合理的な存在がある分だけ、合理的な経済活動が制約されることも事実です。
 したがって、その制約をなくしていくと、古臭いタイプの政治家がいなくなったとき、政治をやる人間がいなくなるのではないかというのが彼の問いです。続いて、イタリアの都市国家やオランダを例に挙げて、商人だけが作った共和国は、国際政治上、うまくいかなかったというのです。
 私は政治学を専門にしていますので、その点はわかります。戦後の日本は、経済はいいが政治が悪いとよく言いますが、そんな罰当たりな事、いいなさんなと思います。話は逆で、政治が悪いから経済が上がったのです。経済の邪魔になりませんから。だけど、政治を悪くするコストによって経済がよくなるわけで、それは、政治における決定やリーダーシップは極めて非合理的なものだからです。内容はさほど大事ではない。周りの人がいうことを聞くように、ある人が怒鳴らなかったら、まともなことも通りません。そういう能力がないから、私はアドバイスはしますが、政治はしないのです。
 しかし、生まれつき政治家の素質である威信があり、他人を従わせる能力がある人はいます。理屈で済むなら大学で勉強すればいいのですが、それでは済まない。経済合理主義を重んじ、政治の力に制限を加えるようにしてきた戦後日本では、発言だけで周囲が従わざるを得ない空気になるような政治家は出てきませんでした。外国との交渉で、日本人は皆、自分たちの代表者の不甲斐ない姿に腹を立てる。しかし、そういう政治家しか作っていないのですから仕方がありません。
 私はこの講演で何度か日米構造協議に賛成と言っているのですが、その理由は大店法や独禁法、米の自由化のいずれもアメリカの主張が正しいと思えるからです。しかし、最大の課題は、なぜ日本人が自らやらないのか、ということです。他国の正しい要求に耳を傾けるのは結構なことですが、もし相手に悪意があり、日本にとって不利になるだけの政策を要求してきたらどうしたらいいでしょうか。また、間違った政策を押しつけてきたときも同じ心配があります。
 国際的な交渉で大事なのは、代表者の迫力です。そんな人を生み出すには、安全保障に高い関心がある人でないと駄目です。経済はお金の計算で済みますが、安全保障の話では、人間がいかに不合理かがわかります。安全保障において求められるのは、不合理な人間の説得の技術です。戦後日本がそれに金をかけてこなかったのは事実ですが、政治家にはそのことについて関心だけは持ってほしかった。しかし、それも吉田茂のお弟子さんでおしまいです。吉田さんは軍事費に金をかけない決断をしましたが、古いタイプの政治家でしたから、国際社会で生き残るために武力が必要であると知っていました。戦争に敗れ、再建中だった当時の状況では、それができなかっただけです。後継者の池田勇人、佐藤栄作もわかっていました。だからこそ、池田は核武装すべきと語ったことがあります。
 池田勇人の業績というと経済発展だけというイメージがありますが、ちゃんと彼の本にそう書いてある。それを日本人は知っていて無視している。いかに政治音痴なのでしょうか。あるいは、池田は気の迷いでそう口走ったと判断しているのかも知れません。しかしそれは誤りで、彼は武力の重要性を知っていました。ただ、戦後15年しか経っていないので、すぐに事に当たりかかれないと理解していたのです。
 しかし、それから先の首相は経済発展すればそれでよい、となりました。そうなると、立派な政治家が出てくるはずはない。軍事問題に不案内なので、それに対する感覚がない。これはどうすべきか、答えは二つに一つで、日本がアメリカの五一番目の州になるのも選択肢の一つです。これは決して悪いものではありません。もう一つのシナリオは、日本では危機が迫ってくると、時々、突然変異みたいな人間が出てくることがあるので、それに期待することです。源頼朝にしても、大久保利通にしても、あんなに異様な日本人はいいません。2、300年に1人か2人登場するはずの変わった人物なしで日本が滅びるとしたら、それはそれでスカッとして諦めがつきます。

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