2026年4月20日月曜日

20260419 我が国の「失われた30年」の基層にあるものについて

 「失われた30年」と呼ばれる、1990年代以降の長期にわたる我が国の停滞は、しばしば経済政策や制度設計の不備に帰されがちではありますが、そのさらに深い層には、我が国社会全般において、人びとが書籍を読まなくなり、それに基づいて考えなくなったという、知的基盤そのものの変容があるのではないかと考えます。こうした変化は、一見しただけでは看取し難いものではありますが、徐々に社会のあらゆる営為を空疎なものへと変え、最終的には形式だけが残る状態、すなわち「形骸化」をもたらすと考えられます。本来、あらゆる人的営為は、それだけで成立するものではなく、方法や規則、あるいはそれを支える組織の仕組みがあり、それらに関与する人びとが、その意味や背景にある文脈を理解し、状況に応じて解釈し運用することによって、はじめて成立するものです。換言すれば、我々が行う営為とは、それに関与する人びとの思考によって支えられていると云えます。しかし、その前提となる思考が形骸化し、実質的に失われてしまうと、営為はもはや内実を伴わず、単なる作業手順や工程へと変質してしまいます。このことを踏まえますと、文章や書籍を読むという行為は、単に知識を得るためのものではありません。すなわち我々は、読むことを通じて他者の経験や思考を追体験し、複数の視座を往還しながら、抽象と具象とを機に応じて往復する力を獲得しているのだと考えられます。そして、この過程を経ることによって、我々は接する事物の背景や構造を理解し、それらを相対的に捉える力を身につけることが出来ます。したがって、文章や書籍が読まれなくなるということは、単に社会における情報量が減少することを意味するのではなく、思考の形式そのものが単線化し、浅薄化していくことを意味すると考えられます。このような状況においては、営為の背景や意味、目的を考える力が弱まり、代わって形式や手順といった、いわば即物的な要素に依拠する傾向が強まります。何故ならば、背景や意味を読み解くことが出来ない場合、人びとは、容易に看取可能な要素に拠るほかなくなるからです。その結果、柔軟な運用は困難となり、現実の複雑さに対応出来なくなっていきます。それにもかかわらず、形式や手順は過度に厳守されるため、外観上は秩序が維持されているように見えます。この外観と内実との乖離こそが、形骸化した社会の特徴であると云えます。その意味において、我が国はこうした傾向が比較的顕著に現れている社会であると考えられます。太平洋戦争の敗戦後、米国を主とする占領軍のもとで様々な制度が導入され、民主化が急速に進み、社会に定着したように見えました。しかし、その多くは背景や意味、目的への十分な理解を伴わないまま受容された側面を持っており、そのため時間の経過とともに、徐々に忘却され、綻びが生じていきました。その結果、営為の正当性は、形式や手順、あるいは前例や空気といった規範へと委ねられるようになったのだと考えられます。このような状況においては、形式を逸脱することは過度に忌諱される一方で、形式に従ってさえいれば、実質が伴わなくとも問題視されないという逆転現象が生じます。さらに昨今においては、情報環境の変化がこうした傾向に拍車を掛けているように見えます。すなわち、短文的で断片的な情報が主流となる中で、一定の長さを持つ文章を読み、論理を積み上げていく経験は希薄になりつつあります。その結果、複雑な問題を過度に単純化されたフレーズや印象によって捉える傾向が強まり、深い理解に基づく判断が困難になっています。このような状況では、営為を支える思考の内実はさらに失われ、形式化は不可避の帰結となります。すなわち、どれほど精緻な制度設計を行ったとしても、それを運用する我々に、読むこと、そして考えることの習慣が乏しい限り、あらゆる営為は必ず形骸化していくと云えるのではないでしょうか。制度改革が為されても状況が大きく改善しない理由の一端は、ここにあると考えられます。つまり、問題の本質は外部にあるのではなく、我々を支える内的な知的基盤の側にあります。したがって、社会の再生を考える際には、制度の改変以上に、人びとが再び読むこと、そして考えることを取り戻すことが不可欠であると考えます。それは即効性のある処方箋ではありませんが、唯一、持続的に社会の質を高める道であると云えます。読書という営為を通じて獲得される内発的な知性こそが、営為に意味と内実を与え、形式を超えて現実に対応する力を社会にもたらすのではないでしょうか。形式が先にあり意味が後から付与される社会ではなく、意味や目的が先にあり、それを支えるために形式が存在する社会への転換の起点とは、きわめて単純でありながら、同時に困難でもある「読むこと」にほかならないのではないかと考えます。ともあれ、今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

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