2026年7月16日木曜日

20260715 2500記事到達後のこと:自問自答の源流…

 去る7月9日の記事投稿により、総投稿記事数が2503となり、またそれは、当ブログを開始した2015年6月22日から4036日目となります。そうしますと、ブログ開始当初から、5日のうち3日以上は、ブログ記事を作成・投稿してきたことになります。そのように考えてみますと、我が事ながら「多少はやったな…。」と思うことが出来る半面、感慨や感動などは全くありません…。しかし、2500記事に到達してから徐々に、ブログ記事作成への義務感そして、そこから生じる圧迫感などは減衰し、むしろ「とりあえず、目標に到達することが出来たのだから、ブログやSNSから一旦離れて休んだ方が良いのではないか?」と考えるようになりました。そのため、冒頭、7月9日から、新規でのブログ記事の投稿は行っていません、他方、これまでのブログ継続期間に因る習癖であるのか、文章自体は複数作成しました。また同時にここでも徐々に「ブログやSNSから離れても良いのでは…」と考えるようになり、あらためて離れてみますと、何と云いますか、これまで、あまり意識することがなかった感覚が、以前よりも強く感じられるようになりました。その感覚は端的に「内面で自問自答をしている感覚」です。思い返してみますと、この感覚が当初からあったために、当ブログ開始当初に、対話形式での記事を作成することが可能となり、続いて、独白形式の記事も作成出来るようになりました。そして、それらの源泉となったのは「内面での自問自答」でした。この今なお続く「自問自答」は、私の場合、おそらく、さまざまな分野の書籍を読み続けることにより、維持されているのではないかとも思われます。くわえて面白いことは、この自問自答は、自らの記憶を対象とするものであり、そこで、これまでに殆ど意識したことがない記憶が甦ることがあるのです。そうすると「それは記憶の捏造では…?」と、不審に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは違うのです。何と云いますか、出来るだけ記号接地させた言語の用い方で自分の記憶を対象として自問自答をしていますと、そうしたことが度々生じるのです。あるいはまた、それは、共通する記憶を持たれる方との会話においても、同様に度々生じると云えます。たとえば、二人が会話で、過去に二人が共に経験した、ある出来事について話し合っていて、一方が、その出来事のある場面での具体的な様相について自らの記憶に基づいて述べると、他方が、その出来事についての、また別の具体的様相が即座に思い出されて、話が広がっていくといったことであると云えます。またそれは、内面化された一人での自問自答においても生じるのだと考えます。そして、この自問自答の駆動を維持しているのが、さきにも述べましたが読書であると思われます。そこから、つい先日、ある記憶が思い出されたのですが、その具体的な内容は、また近い別の機会に述べたいと思います。そして、今回もまた、ここまでお読み頂きどうもありがとうございます。

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ISBN978-4-263-46420-5

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