株式会社講談社 講談社学術文庫 吉田敦彦著「日本神話の源流」
pp.20‐24より抜粋
ISBN-10 : 4061598201
ISBN-13 : 978-4061598201
日本の島々は、北と西と南西の三方向において、それぞれ風土的にも文化的にも明瞭に特色のある、ユーラシア大陸の北部・中央部および南部の東端に連絡する可能性をもっている。すなわちまず日本列島は、北においては、千島、カラフト(サハリン)、沿海州を経由して、独特な狩猟民文化を発達させた北方ユーラシアの森林地帯と接続している。西に向かっては本州と九州が、朝鮮半島を媒介として、馬の飼育を特徴とする剽悍(ひょうかん)な遊牧民ーいわゆる「騎馬民族」ーに、古くから縦横の活躍の舞台を提供してきた旧満州(中国東北部)から蒙古、カザフスタン、南ロシアにまたがる、「ユーラシア・ステップ地帯」と結びつく。そして西南においては、朝鮮半島南部を介し、または直接的にも、定住の農耕民・漁撈民の居住区域である、中国の中南部からインドシナを経てインドにいたる、東南アジアのモンスーン地帯の東端とも、さして隔てられてはいないのである。
日本列島は、さらに九州の南端からは、ほとんど切れ目なしに点在する小さな島々の連続と、それと並行して北上する黒潮の太くて速い流れによって、台湾およびフィリピンと結びつけられており、インドネシアの諸島をはじめ南太平洋上に浮かぶ島々ーいわゆる「南洋」あるいは「オセアニア」ーからの、民族の移住や文化の影響を受ける可能性をもっている。しかしながら日本列島の東方には、広漠たる太平洋が広がり、右に述べたようなさまざまな経路によって、大陸および南洋方面から日本に波及してくる民族の移動や文化の伝播の流れが、日本列島を通過してさらに東へ向けて運び出される道を遮断しているように見える。
日本列島の置かれている地理的位置の、このような特殊性のゆえに、北と西と南の三方向から日本に移住した民族、伝播した文化は、この列島において、行きどまり滞留する傾向をもったと考えられる。その結果日本は、古来さまざまの外来文化を受容しては、これを長期間にわたって保存するうちに、日本的風土および在来の文化的伝統と同化させ、独特な「日本的」な形に練成するという過程をくり返してきたのである。外来文化の長所を短期間のうちに摂取するという点で、世界の諸民族中にも例がないほどの能力を発揮するといわれる、日本民族の言いふるされた特性も、われわれの祖先が古くからこのような過程をくり返してきたあいだに、徐々に醸成されたものであろう。
日本文化が歴史時代において、古くは朝鮮と中国の文化ーそして間接的にはインド文化ーの、より新しくは欧米文化の影響を、きわめて貪欲(どんよく)な仕方で吸収したことはよく知られている。しかし日本文化の、右に述べたような意味での「吹溜(ふきだま)りの文化」的な性格は、実は、より古く先史時代にその淵源があると考えられる。
われわれが使っている日本語という言語も、言語学界で定説化しつつある見解に従えば、こんにちは南洋の原住民によって話されている言語のあるものと親縁関係をもつと想像される「南島語」系の「基語」の上に、中央アジアのステップ地帯からもたらされたと思われる、アルタイ系言語の強い影響がつけ加えられることによって成立したものであろうと言われる。
多元的文化から独自の文化へ
新石器時代以後における日本の先史文化は、周知のように考古学者たちによって、もっとも大まかには縄文と弥生と古墳の三時代に区分されているが、これらの諸文化を、日本の周辺に同時代的に存在した先史文化と比較してみるならば、それぞれが異なる地域と起源的に結びつくことが明らかであるように思われる。
すなわちまず縄文時代の文化は、中期以後には後に述べるように他の地域からの影響も受けたと想定されるが、少なくとも起源的には、北方ユーラシアの原始的狩猟漁労民文化炉の結びつきが、もっとも顕著であるらしい。これに対して弥生文化は、一般に認められているように、中国の江南地方から東南アジアにかけての「モンスーン地帯」に発達した稲作文化と密接に関係し、他方古墳文化はその基調において、ステップ地帯の馬匹飼育遊牧民の文化と共通する性格を持つと思われるのである。
日本の先史文化のこのような多元性を認めると同時にわれわれはまた、それぞれの時代が、外来文化の要素を吸収した上で、結局はそれらをこの国の風土と見事に調和した独特の形態に練成させ、日本列島の上に世界のどの地域とも異なるユニークな文化を展開させてきた事実を忘れてはなるまい。外から受容された要素が、日本において他に見られぬ新しい形に発達を遂げた顕著な実例として、ここでは弥生時代の銅鐸と、古墳時代における前方後円墳の場合を想起しておこう。日本の先史文化に固有のこれらの遺物・遺跡は、われわれの心に、他文化の中で生み出された美によって与えられる感動とは別の種類の、あるなつかしさと共感の入りまじった感情を呼び起こす。他文化の産物である芸術作品は、心からわれわれを感動させる傑作であっても、なおどこかにわれわれの日本人的美意識に抵触し、われわれの心の琴線と完全には調和しきれぬ部分ー 西洋文化に関してはわれわれはそれを、俗に「バタ臭さ」という言い方で表現している ーを持つのが普通である。これに反して銅鐸や前方後円墳の優美さからは、それらが体質・気質・審美感覚などにおいて、われわれと同質な人々によって創造された美的形態であることを、直感的に感じ取れる。
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