2024年6月26日水曜日

20240625 中央公論新社刊 「自由の限界」世界の知性21人が問う国家と民主主義 中公新書ラクレ pp.253-256より抜粋

中央公論新社刊 「自由の限界」世界の知性21人が問う国家と民主主義 中公新書ラクレ pp.253-256より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121507150
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121507150

 欧米は感染拡大を抑えるために罰則を伴う外出制限など日本より厳しい措置を講じました。しかし被害は日本よりも甚大です。

 感染状況を人口一〇〇万人あたりの死者数で見ると日本は一二人、米国は六二三人。欧州で際立った取り組みをしたドイツは一一四人。日本との差は桁違いです。

 日本の被害の「少なさ」を巡り、日本人の清潔好きを理由に挙げる向きもありますが、疑わしい。アジアを見れば、中国は三人強、韓国は八人弱、台湾は〇.三人で日本より少ない。いずれも日本以上に清潔好きだとは思えません。

 人種の違いも説明にならない。米国でアジア系住民の死亡率は白人と同程度です。

 世界はこの疾病にかかりやすい群とかかりにくい群に大別できる。その差は経済や社会、文化や思想の観点では説明できない。単に運不運に左右されたとした言いようがない。それが私の感想です。

 米国の人類生態学者ジャレド・ダイアモンド氏の著書「銃・病原菌・鉄」を想起します。欧州人が米大陸の先住民を容易に征服できたのは、非常に広大なユーラシア大陸にいたからだと主張している。同大陸には多種多様な家畜がいて、人間は家畜由来の多くの感染症に対する免疫を備えるに至った。家畜の種類の少ない米大陸の先住民は免疫が乏しく、欧州から持ち込まれた疫病お犠牲になったー。地理の差が免疫の強弱に結びつき、世界史を大きく変えたのです。

 中国人はいろいろな野生動物を食し、薬として服用している。今回も発生源は野生動物と見られています。日本は地理的に中国に近い。その結果、日本人は中国発の疫病に対し、免疫を備えていたのかもしれません。あるいは交差免疫を作るBCGを接種していたからかもしれません。

 ただ運の良い群の中では日本の対策は遅れ、被害は相対的に大きかったことは確かです。

 米中対立の時代です。私はコロナ禍を通じて歴史的と言える意識の変化が起きていると見ます。

 まず米ソ対立の二〇世紀を振り返ります。一九一七年のロシア革命を経て社会主義・全体主義のソ連が出現した。一方で米国は第二次大戦後、資本主義・自由主義陣営の盟主に。米ソは冷戦に突入し、二つのイデオロギー、二つの政治経済体制が優劣を競い合った。

 米ソは共に人間の可能性を希求する国家でした。二つの希望の星でもあった。二〇世紀は二つのユートピア(理想郷)の争いでした。

 八九年にベルリンの壁が崩壊し、九一年にソ連が解体して、社会主義は敗北します。米国の政治哲学者フランシス・フクヤマ氏は有名な著書「歴史の終わり」でイデオロギーの争いとしての歴史は終わり、世界は自由民主主義体制に収束すると予想したものです。

 冷戦後、米国流の市場任せの資本主義が世界標準になり、日本もその圧力をかなり受けました。

 人間の利己心の追求を放任すれば市場がうまく調整を果たして経済成長をもたらし、貧困層にも恩恵が波及するという思想です。

 しかし米国流は二〇〇〇年のITバブル崩壊の頃から怪しくなり、〇八年の米国発のリーマン・ショックは金融危機を招きます。フランスの経済学者トマ・ピケてぃ氏が著書「21世紀の資本」で指摘したように、米国は〇〇年時点っで人口の一%の高所得者層が全国民所得の二〇%近くを得る、世界で群を抜いた不平等国になっていたのです。

 さて目下の米中対立です。

 中国は発展途上国にとり成長モデルを提示する希望の星でした。コロナ禍で当初は発生源として非難を浴びましたが、強権的な仕組みを発動して感染を抑え込むと成功物語の主人公になる。しかし混乱に乗じて地政学的拡張や香港の締め付けなどの動きをとるに及んで、ディストピア(反理想郷)と見られるようになりました。

 一方の米国は疫病にかかりやすい群に属したことに加えて、対処を誤り、感染者数も死者数も世界最多になってしまった。しかもトランプ大統領の下で国が南北戦争時代のように分断されてしまいました。米国もディストピアとして見られるようになったのです。


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