ラベル 司馬遼太郎 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 司馬遼太郎 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年5月11日金曜日

20180510 新たに創設される専門職大学について思ったこと

来年、平成31年度より国内各地にて専門職大学という新たな種類の高等教育機関が創設されるとのことです。
それら専門職大学のHPを見ますと、圧倒的に医療・福祉関連領域のものが多いことから、既存の同領域大学・学部・学科と比べて何処が異なるのかと思い、文科省のHPを見てみますと、以下のことが記されていました。

『従来の大学は、専門教育と教養教育や学術研究を併せて行うという機関の性格から、比較的、学問的色彩の強い教育が行われる傾向にあります。 専門職大学は、特定職種における業務遂行能力の育成に加え、特に、企業での長期実習や関連の職業分野に関する教育等を通じ、高度な「実践力」や豊かな「創造性」を培う教育に重点を置く点で特色があります。また、長期の企業内実習などを含め、教育課程の開発等を産業界と連携して行う、より実践的な教育を行う仕組みとなっています。』

つまり、専門職大学は、既存の大学におけるような、どちらかと云えば閉鎖的な学究ベースの教育とは異なり、より実業各界との連携を強めた実践的な職業ベースの教育を行う高等教育機関であると云えます。とはいえ、特に医療・福祉分野においては、これまでも概ね後者(
職業ベースの教育)に近い教育が行われていると思われ、それは多くの大学病院と医学部・歯学部・看護学部などの立地を見ても理解することが出来るのではないでしょうか?

また、こうしたことを考えてみますと、新たに創設される専門職大学が主に医療・福祉関連領域であることが自然に理解され、さらに今後、他分野の専門職大学が創設される場合、医療・福祉分野のそれがモデルとされることが予測されます(すべての分野で上手くいくとは思われませんが、いくつかの分野ではそれなりに成功するのではないかと思われます(特に自然科学系))。

さらに、ここまで書いて想起したのは、先日読了した吉見俊哉著『大学とは何か』pp.13‐14の以下の記述です。


『19世紀以降、大学は国民国家の、そして帝国の知的資源の主要な供給源に位置付けられ、人材育成と研究開発の両面で国家の支援を受けながら総合的な高等教育研究機関として華々しい再生を遂げるのである。その嚆矢がフンボルト理念に基づくプロイセンのベルリン大学であったことは余りにも有名だが、ベルリン大学誕生は、フンボルト一人の天才によるのではなく、カント、シラー、フィヒテ、シェリングといった18世紀末から19世紀初頭にかけての疾風怒濤の時代のドイツ啓蒙主義者たちの知的潮流と不可分の関係をなしていた。
この近代の大学再生の原点に位置するカントは、大学を成り立たせる主要学部のうち、神学部、法学部、医学部の三つを『上級学部』、哲学部を『下級学部』と名付け、下級学部が理性と真理だけに従い、『みずからの教説に関して政府の命令から独立であり、命令を出す自由はもたないが、すべての命令を判定する自由を持つ』ことを擁護した。カントによれば、神学や法学、医学などは大学が国家にとって有用なものであるために必要であり、哲学は理性のために、つまり真理そのもののために必要である。大学が大学であるためには、両者の間に緊張感ある対抗関係が存在しなくてはならず、どちらか一方があればいいというものではない。』


我が国は実質的に無宗教であり、欧米諸大学におけるほどの神学部の重要性は認められないと思われますが、他の上級二学部(法学部・医学部)に関しては、たしかに、その扱う領域が、半ば国家とは独立していると云えます。とりわけ医学は、それが実社会での実践・探求によって洗練され、より大きな重要性を持つに至った領域であると云えることから、(各種情報・知識の入手が容易になった)現在、この領域での実践的な職業ベースの教育を行う新たな高等教育機関が創設されることは、時宜に叶っていると思われます。

しかし一方で、抜粋引用文中にて述べられていた哲学部の役割(すべての命令を判定する自由を持つ)を我が国既存の人文社会科学系大学・学部・学科が今後も担い続けることが出来るのであろうかとは、いささか疑問に思われるところです・・。

そしてまた、そうしたことを書いていますと、これまた以前に抜粋引用した司馬遼太郎と江崎玲於奈による以下の対談が想起されます。

『江崎 試験の話に戻りますと、日本の試験制度はたしかに創造的にものを考える人間には不向きだと思います。しかし、それは日本が創造性を必要としない社会だからでしょう。考えようによっては、これで日本人がクリエイティビティをもったらとんでもないことになるし、あんまり繁栄し過ぎるんじゃないですか。(笑)

司馬 国立がみな同じ入試形態でやっているのはおかしいですね。つまり東京大学はそうだけれども、京都大学は違う方法でやる。数学が出来るやつは全部入れちゃうとか、数学ができなくても、おまえはこういう方面の才能が伸ばせるような席だけは与えてやるとかいうことがないでしょう。全部画一です。どういう民族をつくるつもりでそうするのか、よくわからない。いま、一番の秀才の集まるのは医学部だそうですね。医学進学コースは平均七〇点ぐらいとらなきゃ入れない。医者が重んぜられる社会は無目的社会といえませんか。医者になるというのは、生活の安定を望むというだけが目的の場合が多いから、それだけエネルギッシュな秀才少年たちの志としたら、どうしようもない。ところがいま優秀な少年の志がまさにそれでしょう。

江崎 全国画一の試験が実施できる国だということは、逆にいえばメリットの一つでしょう。日本は創造性をあまり必要としない国であってよいのかもしれません。金をため込むことが目的だったら、金をため込むこと自体に快感を感じればいいわけです。だけど金色夜叉みたいになってしまう・・・(笑)。

司馬 知能の限り傾けて金をためる。一種の復讐かな。(笑)

江崎 戦争に負けた復讐かもしれませんよ(笑)。日本は戦争に負けて、もうだめになるかもしれないと思われたのに、経済を復興させたうえ、経済進出を三十年かけて成し遂げた。その実績から言えば、日本人は今後もかなりの難問題でも、実行能力にものを言わせて何とか切り抜けるでしょう。しかしそのような行き方には限界がありますね。戦争という形ではカタストロフィーは起こらないでしょうけれども、抽象的な意味で日本沈没が起こる可能性はなきにしもあらずではないでしょうか。それはどういうことかといいますと、カタストロフィーに向かったときにブレーキをかける社会的な力が弱いということです。』

今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

ここ数年来より現在に至るまで日本列島各地において生じた、現在も継続し生じている、さまざまな大規模自然災害によって被害を被った地域の諸インフラの復旧および復興を祈念します。
~書籍のご案内~
昨年暮に師匠による著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5






2018年5月7日月曜日

20180507 自意識の強さから生じる想像力による危なっかしさについて・・

本日の首都圏は朝から曇り気味の天候であり、そして夕刻より雨が降りはじめ、短時間ではありましたが、最近では珍しいほどに強く降ったのではないかと思われます。

また、昨日投稿分のブログ記事はGW中程ではありませんでしたが、比較的多くの方々に読んで頂けました。読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。そして、その中で取り上げていたコンラッド著『ロード・ジム』に関しては、現在若い方々こそ、興味深く読むことが出来るのではないかと思われました。

この著作から看取される、ある程度普遍的であると思われることは『自意識の強さと想像力はある程度随伴するのではないか?』ということであり、それは相対的に若い頃の方が強く、年齢をある程度重ね、さまざまな経験を経ることにより、角張った自意識の角が磨滅し、丸みを帯び、それに伴い想像力もまた徐々に減衰し、何と云いますか若い頃特有の『危なっかしさ』のようなものがなくなっていくのではないかと思われます・・。

その意味で、この『ロード・ジム』がまさに描いていることは『若い想像力がもたらす危なっかしさによる出来事とその帰結』であり、女性は分かりかねますが、多くの男性にとっては、何かしらのそうした時期・出来事(黒歴史というのだろうか?)があるのではないかと思われますが、さて如何でしょうか・・?

しかしながら、であるからといって、こうしたいわば危険な時期・出来事は経験しない方が良いというわけでもなく、むしろ若い多感な時期にこそ、そうした経験を出来るだけ多く積んだ方(場数を踏む)が良いのではないかと思われるのです・・。

また、我が国を含む、ある程度西洋化された社会において、各種情報機器が進化発展し、さらに近視眼的とも云える合理主義あるいは科学偏重主義に拍車が掛かることにより、さきに述べた自意識による想像力がもたらす『危なっかしさ』そのものを避けるようになり、そして、その先にあるかも知れない相転移的な成長の可能性を一律に潰してしまうようにも思われます・・。

年齢層が高い施政者側からすれば、従順で扱いやすい若者世代の方が良いのかもしれませんが、しかし、そのようにして世代を重ねることにより、徐々に、その国民・民族自体の創造性・知的活力が損なわれていってしまうのではないかとも思われるのです・・。

そして、ここまで書いて想起されたことは、多少ニュアンスは異なるのかもしれませんが、概括においては、三島由紀夫、司馬遼太郎が最後まで危惧していたことではないかとも思われましたが、さて如何でしょうか?
(あるいは、さらに大きな視点で考えてみますとニーチェやオルテガなどの思想にも近い何かがあるのかもしれません・・)

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

近年以来、現在までに日本列島各地において発生した、現在も継続する、さまざまな大規模自然災害によって被害を被った、被っている地域での諸インフラの回復および復興を祈念します。


~書籍のご案内~
昨年暮に師匠による著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5












2018年4月28日土曜日

20180427 1000記事到達まで30記事を切って当ブログについて思うこと等々・・

これまでに自身が作成したブログ記事は、概説的なものに関しては、作成の際に書籍を開き調べつつ作成してきましたが、そうでない散文的な記事で、いくらかの知識・知見が散見される記事に関しては、概ね作成の後、インター・ネットにてそれらを検索し、リンクさせています。

さて他方、これまでに作成・投稿した全ての記事のうち、200記事程度は書籍からの抜粋引用であり、残りの700記事以上は一応自身オリジナルの文章であると云って良いです。また、さらにそのうちの200記事程度は対話形式であり、独白形式の散文にて作成したオリジナルの記事は全体として500記事程度と云えます。

しかし、であるからといって、これまでに投稿した900記事以上全てをオリジナルの独白形式の文章にした方が良かったとは考えていませんし、また、それが現在の自身の文章力であり、そして同時にその文章力は、これまでの記事作成・投稿の過程により、かつてに比べ、いくらかは進化・向上したのではないかと思われるのです・・。

それ故、1000記事までどうにか到達することが出来た後、どこまで記事作成を継続するか分かりませんが、その後の継続は、ある意味では、これまでと同様ですが、継続の為の継続ではなく、より意識して作文能力の向上・文体の獲得を目指して継続していきたいと思います・・。(しかし、目指したり意識しても出来るものでもないのですが・・(苦笑)。

またさらに、ブログ記事作成の手法における新たな試みも行ってみたいと考えていますが、そうしたことは1000記事まで残り数記事となったみたところで実際に考えてみようと思います。

そういえば、本日に関してはどうしたわけか、直近数記事にて延べてきた思想的なことの着想が得られませんでした。また、電車の中ではつい先日に読了した『大学とは何か』を再読し、その際には、いくらかはブログ記事の題材となりそうなことも泡のように心中に浮かんできてはいたのですが、いざ記事作成の段になると、こうした有様になってしまうことに関しては、今後何らかの手段を考えることにより、いくらかは改善することが出来るようにも思われます。

また、それとは別に現在光人社刊 村上兵衛著『桜と剣』を読んでいますが、これも我が国の太平洋戦争の敗戦に至るまでの近現代史の一側面を述べたものとして一連の『石光真清の手記』と同様、興味深い著作と云えます。そして、我が国の近現代史について興味をお持ちの方は特に御一読の価値があると思います。

司馬遼太郎の小説のように概ね俯瞰的な視野にて歴史の様相を扱った著作もたしかに面白いのですが、やはり、歴史を帰納法的に知るためにも、こうした著作が比較的多く存在している我が国は、やはりどこかしら優れたところがあるように思うのですが、さて如何でしょうか? 

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

近年来より現在に至るまで、列島各地にて発生した、あるいは現在も発生している地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模自然災害によって被害を被った、被っている諸地域の諸インフラの復旧そして復興を祈念します。


~書籍のご案内~
昨年暮に師匠による著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5














2018年4月21日土曜日

20180421 眠いなかで思ったこと・・世代交代による社会勢力図の変化?

ここ最近どうも眠いことが多いのは、よく聞く五月病によるものなのでしょうか?考えてみますと、たしかにこの時期は、季節が冬ベースから本格的に春ベースになる時期であり、この季節の変化への身体的な対応が為される過程により、こうした現象が生じるのではないかと思われます。

さて、本日もまた、さきに述べたように電車内においても眠く、それでも先日から読んでいる新書は、ある程度読み進み、読了まで余すところ20頁程になりました。眠くはあっても興味を持ち読み進めている著作を読む際は、やはり多少正気になり集中し、そして背筋もいくらか伸びているように思われます。しかし、面白いことに私の場合、集中して書籍を読んでいますと、キーボード前での当ブログの作成と同様に徐々に前かがみの猫背気味になってくるのです。そこで時折我に返り、再び背筋を伸ばしてから再開するのですが、この癖はなかなか治らないようです・・(苦笑)。

また、本日は休日ということもあり、これまでにも比較的ブログ記事を読んで頂いているのですが、そのなかでもとりわけ『大岡昌平「俘虜記」およびその他について』が多く読んで頂いており、その原因について考えてますと、昨日投稿分の記事内容にあるのではないかと思われました・・。

そして偶然ではあるのですが、昨今読み進めている他の一冊が新潮選書 松本健一著『三島由紀夫と司馬遼太郎「美しい日本をめぐる激突」』であり、この著作もまた、つい先日読了した中公新書 吉田裕著『日本軍兵士』と関連性があるように思われます。それは、両作家(三島由紀夫・司馬遼太郎)それぞれの思想的な相違の基層にあるものは、太平洋戦争時の経験によるものが大きいといった、ある程度一般化し得る言説が、その結節点になるものと思われます。

ともあれ、ここまで書いており、面白いと感じたことは、太平洋戦争にて悲惨な経験をされた世代の著述家の方々が、この十年あたりで徐々に亡くなられていくに伴い、我が国社会の変に偏った右傾化・国粋化主義的な傾向もまた徐々に強くなっていったと思われることであり、これは端的には世代交代による社会勢力図の変化であると云えるのですが、ただ危惧されることは、そうした我が国社会にて生じている変化が、如何なる世界情勢での変化の歯車に噛み合う、対応するかということであり、その点について明治維新から太平洋戦争に至るまでの70年あまりを参照して考えてみますと、どうも現在もまた、さきの70年と同様、あまり良い方向には噛み合う、対応しているように思われないのですが、さて如何でしょうか・・? 

今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

近年から現在までに列島各地にて発生したあるいは現在発生している地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模自然災害によって被害を被った(被っている)諸地域の安全の確保、諸インフラの復旧そして復興を祈念しています。

~書籍のご案内~
昨年暮に師匠による著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5











2018年3月13日火曜日

20180313 アウトプットに影響を及ぼす著作・著者について・・内容か文体か?

昨日の記事投稿により1000記事到達まで残り75記事となりました。これを1日1記事の投稿として考えてみますと丁度2カ月半後、すなわち5月末頃の到達となると予想されますが、あまり無理はせずに途中数日程度は休息を入れ、出来るかぎり5月内での到達を目指すということにします。また、以前は1日に2記事(大抵休日か休日前)の投稿をしていたこともありましたが、昨今はどうしたわけか、それが到底出来るようには思えないのです・・(苦笑)。つまり1日1記事の投稿が精一杯ということですが、こうした状態は今後再び変化することはあるのでしょうか・・?

それでも、1日1記事ずつではあれ投稿しないことには1記事も増えませんので、以前の勢いが戻ることを信じて作成していくより他はないようです・・(苦笑)。

いや、あるいはこれは現在読んでいる著作からの影響であり、これを読了し、新たな著作を読み始めることにより変わってくるものかもしれません・・。
たしかに、現在読み進めている著作は自身にとっては多少難解であり、以前読んだ『銃・病原菌・鉄』・『サピエンス全史』に比べますと、明らかに読み進む速度が落ちていることが分かります。そのことから、読んでいる著作から受けるプレッシャーのようなものにより、自身のアウトプット能力が一時的に低下しているのかもしれないとも考えられます。
とはいえ、以前の勢いがあった頃であれば、このくらいの著作は読むことが出来たと思われますので、そのように考えてみますと『当時と比べて現在の自身とは本質的に進化しているのだろうか?』と考えさせられるところではあるのですが、しかし、個人の本質的な進化などは、そこまで分かり易いものではないのかもしれません・・。

また、そのことを書いていますと、読んだ後に文章が書き易くなる著作・著者といったものが各個人にそれぞれあるのではないかといった考えが浮かんできます。

自身にとっては夏目漱石・竹山道雄・北杜夫・司馬遼太郎などが、そうした著者ではないかと思われます。これには科学的な根拠はないものの、自身としては、たしかにそうした実感があります・・。それ故、具体的な方法などは分かりませんが、そうした効果を測定することが出来るのであれば、この実感に合致する何らかの結果を得ることが出来るのではないかと考えます。

そしてまた、その対にある実感が、さきに述べたものであり、これは著作内容から受けるプレッシャーと同時に、あるいは英文翻訳調といった文体にもその理由の一端があるのではないかとも思われてきます・・。

しかし一方で、面白いことであるのか、現在盛んな短文投稿サイトあるいはSNSの文章などを見る機会がありますと、こうした翻訳調の文章・文体が多いのではないかと感じられるのです。

こうしたコミュニケーションサイト上での会話とは、おそらく現実の会話にも何らかの影響を及ぼすのでしょうが、多くの場合それは『オッカムの剃刀』を通り過ぎてジョージ・オーウェル著『1984年』の世界観に期せずして近づいていくのではないかと思われます・・。

また、ここまで書いていましたら、以前にもブログ記事にて述べたことですが、我が国が鬼畜米英をスローガンとしていた時期の文章もまた、どうしたわけか翻訳調の文章(あるいはそれは往古の漢文を意識しているのか?)が多いように思われるのですが、さてそこには何らかの関連性はあるのでしょうか・・?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。


近年より現在に至る迄日本列島各地で発生した、あるいは現在も継続している地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模な自然災害によって被害を受けた(受けている)諸地域の安全そして復興を祈念しています。


~書籍のご案内~
昨年暮に師匠による著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5














2018年2月23日金曜日

20180222 用いるコトバに対する認識が深化・進化すると・・

昨日投稿分の記事『一昨日投稿の記事の閲覧者数が伸びたことから思ったこと・・』もまた、どうしたわけかかなり多くの方々(250人以上)に読んで頂けました。

自身の作成した記事が1日にて、これだけ多く読んで頂けたことは、正直なところ、うすら怖い感じもしないでもないですが、これが契機となりヴィトゲンシュタイン著『論理哲学論考』・司馬遼太郎著『空海の風景』がいくらかでも多く読まれることになれば、それはそれで少なくとも悪いことではないと思われます。おそらく、その中からまた、更に深く、そして面白く読み解いていく方々が出てくると思われますので・・。

また、以前にも述べたことではありますが、これら著作は全て院生当時に読んだものであり、さらに詳言しますと、これら著作は実験作業の合間に研究に関連する論文・文献と並行して読み進めたものです。そうした行為は、研究内容に関係がないものとして批判の対象になりそうですが、当時は夜中まで一人で実験室にいることが多く、また講座の先輩院生方が修了された後は、益々この状況に拍車が掛かりましたので、少なくとも自身に関しては、その他の状況をも加味して、この行為を批判の対象とされることは、必ずしも適当ではないと考えます。

そして、ともかくも自身はこうした状況にていくらかの文献・著作を読んできたのです・・。

また、そうした行為が多少の紆余曲折を経て現在の継続的なブログ記事作成に結び付いているのではないかとも、いささか牽強付会・我田引水気味ながらも考えることが出来るのではないかと思います・・(笑)。

とはいえ、他方、現在のブログ記事作成とは、この当時をも含め、過去のそうした経験全てを土台としていると云えますので、より精確には『この当時の経験が相対的に現在のブログ記事作成に有意に影響している』ということになるのでしょうが、そのように考えてみますと、果たして、そういったことは、数値化して、その有意の程度を認識することが出来るのか?とも考えるに至るのですが、そうした認識はおそらく困難であり、また個人の経験に対し、そうした客観的評価を与えようとすることは、それが可能であったとしても、果たして行うだけの価値・意味があるのことかと、いささか疑問にも思われますので、そうしたことは特に必要がある場合を除いて敢えて詳言する価値・意味合いは乏しく、口語・文語であれ通常用いる言語としては曖昧なままで良いのではないかと思われます・・。

また、こうしたことを考えはじめますと、不思議なことに、こうした文章をも書くことが難しくなってくることに気が付くのです・・。

現在になり思い出してみますと、かつて全く文章を書くことが出来なかった時期とは、こうした考えが循環論法的に去来していた時期でもありました。つまり、頭は作動しているが、その表出が出来ない、何かが自身が制限するといった感覚であり、決して心地よいものではありませんでした・・。

そして時折聞く『面倒くさいヒトはイヤだ!』といったご意見は、これと類似あるいは同一の感覚から生じているのではないかとも思われます。

しかし同時に、おそらく御存知であるとは思いますが、何であれ『専門を持つ・知る』ということは、この『面倒くささ』と付き合うことによってのみ得られる感覚・認識であると云えますので、人によっては、そうした『面倒くささ』と徹底的に付き合うことを日常として、また他者に対しても無意識ながらそのように振る舞ってしまう方々も少なからずいるのではないかとも思われます・・。

そして、そこから日常的な会話において、さきの『面倒くさい』ことを話す方々に対する嫌悪感らしきものが生じるのでしょうが、おそらくそれはテレビのワイドショーなどにおいても同様の構図を見出すことが出来、またさらに我が国おける反知性主義的な傾向の多くもまた、それと同根ではないかと思われることが時折あります・・。

これは果たして我が国特有の傾向であるのでしょうか?
また、それは何処であれ、おそらくその用いるコトバに対する認識のギャップから生じる違和感が基層にあるのではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか?

そしてまた、用いるコトバに対する認識を深化・進化させる行為が総じて勉強というものでしょうが、それは『面倒くさい』の代表的なものとされています。

しかし一方で、おそらく個々人にとって『面倒くさい』と感じることがより少ない勉強、すなわち、コトバに対する認識を深化・進化させる方法といったものがあるのではないかと思われるのです・・。【勉強とは本質的に決して苦行であってはならないし、それを勘違いされた方々がエラくなると、おそらくその社会はダメになると思われます。我が国のとりわけ地方の衰退とは、少なからずこのことが関与しているのではないかと思われます。是非胸に手を当てて考えてみてください・・。】

そして、方法は問わず、一度その深化・進化がある程度為されると、それは横方面に他分野に対して広がっていく、横断していくといった性質があるのではないかと思われるのです・・。その意味で昨日のヴィトゲンシュタインも空海も、それを実践された方々ではないかとも思われます・・。
もちろんその顕現の仕方は一様ではありませんが、何かしらそうした傾向があるのではないかとも思われるのですが、さて如何でしょうか?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

近年
、日本列島各地にて発生しました地震・大雨・水害・火山噴火などの大規模自然災害によって被災された諸地域の復興を祈念しています。


書籍のご案内
師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5















2018年2月21日水曜日

20180221 一昨日投稿の記事の閲覧者数が伸びたことから思ったこと・・ヴィトゲンシュタイン・空海

一昨日分の投稿記事である『ある程度読み続けることにより見えてくるものとは・・』は投稿後わずか二日であるにも関わらず多くの方々(200以上)に読んで頂けました。
読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

この記事もまた、他の多くの記事と同様、その場にて書いたものであり、そのようにして作成された記事の中で時折こうしたヒットとも云える記事が生まれることは作成者からしますと、なかなか面白いことであると云えます。

ともあれ、では何故この記事が多くの方々に読まれたのかと考えてみますと、それは『人文社会科学系・自然科学系それぞれ著作の読み方を比較的率直に述べていると感じられたからではないか』と考えました。

書籍とは、その内容により、さまざまな分類が為されますが、ある程度の年齢になりますと、読んで理解出来そうな書籍とそうでない書籍の判断が割合早く為されるようになり、それは異言すると、あきらめが早くなったとも云えるのでしょうが、自身について述べますと、その傾向は院生当時に比べると明らかに強くなり、一般的に云われる『ヒトは年をとると頭が固くなる』といった現象は、この傾向がより強化された結果ではなかろうかとも思われるのです・・(苦笑)。

そしてまた、そうした傾向を出来るだけ和らげるためにも自発的・能動的にさまざまな書籍を読んだ方が良いのでしょうが、しかしながら、さきに述べたことにより、肝心の読む書籍もまた、年齢と共に徐々に限定されてくることから、実際のところ、この傾向から逃れることはなかなか困難であるのかもしれません・・(苦笑)。

また、ここまで書いていて不図思い出されたことは、これまでにも当ブログにて述べたことですが院生当時、何故であるか分かりませんがヴィトゲンシュタイン著『論理哲学論考』を突然読み始めたことです。そして何故、当時この著作を読み始めたのかと現在になり考えてみますと、それは自身の専攻である歯科材料学分野の文献をある程度読み、そして、それらの総括をしてみたかったからではないかと考えるのです・・。

人文社会科学系の方々は分野によっては若干異なるかもしれませんが、実験・観察・分析などを日常的に行う自然科学系分野を専攻されている方々にとって、この著作はなかなか面白く読むことが出来るのではないかと思います。また、この著作とは、我が国においては『理系向けの哲学書』といった評価が為されることが多いと思われますが、たしかに自身がこれを読み始めた経緯からも、それは必ずしも間違いではないと考えます。とはいえ、この著作の結論とは、後になり不完全なものであったと著者自身によって訂正されるのですが、そうであってもなお、固執するということでなく、この著作には、現代に至るまで読み継がれる価値があるものと考えます。

くわえて、これまでの内容とまったく関係がないのですが、近日、真言宗の開祖 空海を主人公とした映画が公開されるとのことですが、それとほぼ同時期に世界初となる骨の無機成分と同組成の人工骨の開発・実用化に成功したことの間には何かしらの関連性があるのではないかと思われました・・。

また、そこから、以前にも述べたことではありますが、司馬遼太郎著『空海の風景』という小説もまた、さきのウィトゲンシュタインと同様、大変興味深い著作であると思われますので、こちらも機会がありましたら是非、御一読をおすすめします。

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨今
、列島各地において発生した地震・大雨・水害・火山噴火といった大規模自然災害により被害を被った諸地域の復興を祈念しています。


書籍のご案内
師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5


















2018年1月14日日曜日

20180113 おススメしたい著作および・各人各様の性質からの活動・行動の重要性について・・

ここ数日来の首都圏はこれまでにないくらい寒い日が続き、先日より風邪気味となったのも仕方がないことであるのかもしれません。

とはいえ、ブログ記事の作成は継続しており、お蔭様にて昨年暮れに到達した850記事から既に15記事新たに追加され、今回の記事投稿により総投稿記事数が866記事となります。

さらに、このペースにて記事作成を継続しますと、来月の半ばあたりには900記事まで到達することも可能であると云えます。それ故『休める時は休もう』と積極的に思うことはあるものの、記事作成が困難になることも、この先ないとは言い切れないことから、現在もこのように新たに記事作成を行っている次第です・・(苦笑)。

さて、先日1月8日に投稿した二つの記事(一つは書籍からの抜粋引用)は、その後も読んでくださる方が続き、これら二つの記事の併せた閲覧者数は現時点にて300人以上となっています。読んで頂いた皆さまどうもありがとうございます。

そして、この抜粋引用元の著作『魔の山』ですが、今後も自身が面白いと感じた部分を適宜、抜粋引用しようと考えています。中でも去る2012年の秋に和歌山にて開催された勉強会の発表資料として抜粋引用した同著作内の記述は、これまでにブログ記事としていなかったことから、近日中にその記述を新たに書写し、ブログ記事として投稿したいと考えていますので、これもまたよろしければ御一読ください。

また、それに関連して、他にも『重厚な長編小説を読んでみたい』という方々におススメしたい著作は、これまでにも何度か当ブログ内にて取り上げました野上彌生子著『迷路』そして北杜夫著『楡家の人びと』です。

こちらの両著作は邦人作家による作品ですので、外国人作家の翻訳調の文体が苦手である方も問題なく読むことが出来るのではないかと思われます。

また、司馬遼太郎著の面白い歴史小説にて少し毛色の変わったものである『空海の風景』もまた、同様におススメしたい著作です。

自身はこの著作にて奈良時代末期から平安時代初期の歴史書以外の知識あるいは時代感覚らしきものをはじめて得ました。これはこれで新鮮な経験でした。

また、この著作の読後、比較的すぐに主人公である空海と同じ御出身地の方にお目に掛かった際は、多少強引に空海のことを話し、挙句この著作をお送りした記憶があります・・(苦笑)。

おそらく、その当時もまた、D2病の真っ只中にいたのではないかと思われます・・(苦笑)。

とはいえ、同時にそういった多少異なった位相に精神がある時期(笑)とは、よく分かりませんが先・未来のことも、何となくわかるようでもあり、これに関しては現在の比較的浮き沈みがない、以前と比べ、安定した精神状態のままにて、そうしたこと(先・未来のこと)がわかるようになることを心がけている・願っているのですが、少し以前より、それについて思うことは自身の場合、特にこのブログ記事が、それと何らかの正の関係を持っているのではないかということです・・(確証はありませんが)。

ともあれ、おそらく、こうした関係を持つ行動・活動とは各個人にてそれぞれ異なるのではないかと思われますが、やはり何かしらあるのではないかと思われます。

また、そのように考えてみますと、昨日投稿分の記事にて述べた『研究において自身の納得が行く値・傾向が出るまで実験を続けるといった暴挙とも見られると同時に極めて重要と云えること』との間にもまた、何らかの浅からぬ関係があるのではないかとも思われるのですが、さて如何でしょうか?

近年来、列島各地において発生した地震・大雨・水害といった大規模自然災害によって被害を被った諸地域の復興を祈念しています。

昨年より
再び活発な噴火活動をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。

そして、
書籍の宣伝となりますが、師匠による新たな著作が医歯薬出版より刊行されましたのでご案内いたします。
さきの著作とも併せてこちらもどうぞよろしくお願いいたします。
著書名:『CAD/CAMマテリアル完全ガイドブック』
ISBN978-4-263-46420-5














2017年12月4日月曜日

20171204 西欧を手本にした近代化と教育との関係→歴史的感覚への影響?

近代化を目指す明治日本は多くの担い手を必要としていた。
そのため官立の文科、理科の諸学校を各地に設立しその学生に対し能率的な教育を施した。

そしてその結果とは、曲がりなりにも名実ともに近代化を成し遂げた20世紀初頭の我が国の諸様相に顕れていたとも云える。

また、司馬遼太郎の長編小説『坂の上の雲』は、一つのそうした具体的な側面を描いた作品であるとも評し得る。

ともあれ、こうした国家が必要とする近代化の担い手を育成し、組織化する我が国(特有)の仕組みとは明治維新以降、各種学校が設立されて以来、太平洋戦争の敗戦(終戦)に至るまで概ね一貫していたと云える。

つまり我が国の近代化とは、端的に表現すると、おかみ(国家)からの指令に基づくものであり、市民層の台頭、権利の要求などにより古来からの身分制度が打破され変革が生じた結果によるものではなかったと云える。

そして、この我が国における明治維新の解釈とは込み入ったものであると聞いているが、いずれにせよ、この時代の波を上手く乗り切った人々とは、主に、こうした変革に対して柔軟に上手く対応出来た人々であったのだろう。

それは一つあるいはそれ以上の優れた資質ではあると考えるが、しかし同時にその資質とは、必ずしも国の文化発展、あるいはその文化自体に関心を寄せる、寄与するものではなかったとも云える。

これをさらに具体的に述べると、西欧を手本とする近代化を早急に目指す国の造船技師が西洋音楽を聴く必要が何処にあるのか?小説・詩歌を論ずる必要が何処にあるのか?といった、あくまでもその本分・職分(のみ)を守るといった、閉鎖的、タコツボ的とも云える(我が国において見られるとされる)文化の醸成の方に大きく寄与したのではないかと思われる。

ともあれ、そのようにして西欧諸学問を背景としたさまざまな職業の専門化が進むのと随伴し、自国の文化に対する関心とは、度々の発作的な反動を経験しながらも徐々にそして確実に薄れていき、また一方において、新たに生活の中に入ってきた西欧文化(もしくはそれらしきもの)には、そこに自らが実際に感じ取れる歴史的な厚みといったものがなかったと云える・・。

こうした職業、生活の場における変化により生じた自国文化に対する否応なき無関心いや無自覚化さとは、そのまま歴史的感覚の鈍さにも結節する。

そして、当然ではあるが、そのあらゆる自国文化とは、深く歴史的なものである・・。

さて、ここまで書いて思い出したことを以下に記します。

昨日の投稿記事は驚いたことに投稿翌日にして、これまでにないほど多くの閲覧者数(99)を得ることが出来ました。

おそらくこれはこれまでにブログ記事を投稿して以来、最高ではないかと思われます。

これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

それ故、本日は何かしら歯科材料(合金)について書こうと考えておりましたが、急遽予定を変え、また新たに文系的な主題にて記事を作成しました。

閲覧者数が大きく増加する記事を作成した時とは(少なくとも今現在においては)予感も何も出来るものではなく、ただ後になって驚くといったところです・・(笑)。

とはいえ、それでもこうした記事をどうにか書くことが出来たこと自体が喜ぶべきことであり、そして今後も多少は読んでくださる方々が増加することを願いつつ今しばらく書き続けます。

そして
今回もまた、ここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在までに日本列島において発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被災された
地域のインフラの復旧・回復そして復興を祈念しています。

昨今より再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事をも祈念しています。




















2017年11月18日土曜日

20171117 文章を書く際の大きな波と小さな波 および書籍からの抜粋引用『司馬朗太郎対談集』より

本日は帰宅が遅くなったことから、ブログ記事の作成は止めておこうと考えましたが、習慣とは恐ろしいもので、何かしら書いておかないとどうも落ち着きません。

とはいえ、本日に関しては昨日までの我が国の古代史もしくは民俗文化に関連する事柄を比較的硬質な文体にて書くことは困難であると思われたため、散文的な文体にて書いていこうと思います。

さて、ここ数日にて首都圏はまたもう一段階寒さが増したように思われます。ここ関東地方の冬も既に四回目ではありますが、未だにこれに『慣れた』といった感じはありません・・。

一方、ブログ記事の作成に関しては昨今は多少慣れてきたようであり、比較的硬質な文章も、こうした散文的な文章を書くことも『波に乗れば』特に無理なく書くことが出来るように思われます。

しかし、
こうしたものにも、さらに大きな視点での『波』があるようであり、おそらく現在の私とは、この大きな視点における『波』に関しては、そこまで悪い状態ではないように思われます。

また、毎度毎度ブログ記事作成時における『波』は、何かしら書き始めることにより、徐々にスイッチが入っていくような感じがあると思われます。

他方、
大きな視点での『波』とは、書き手自身の人生の『波』あるいは『バイオリズム』らしきものと少なからぬ関連があるのではないかと思われます。

また、毎度感じる、小規模な『波』に関しては、自身の工夫により、ある程度制御、調節することが出来るのではないかとも思われます。

くわえて、ここ(小規模な『波』)における工夫の仕方によって、そこで作成されたブログ記事を読んで頂く方々の数が変化するのではないかと思われます。

しかし、現段階において文章として表現することが可能であるのは、ここまでであり、その先にある『具体的に如何なる工夫により記事閲覧者数を増やすことが出来るのか?』といったことは未だよく分かっておりません・・(苦笑)。

あるいはそれは、その時・その時にて読んでいる書籍からの半ば無意識における影響によるものであろうか・・?

それでも
、自身がここまで実感を以って考えることが出来るようになった背景には、これまでに継続してきたブログ記事の作成があると思われますので、その意味においては、これまでのブログ記事作成とは、自身にとって多少の成長を与えてくれたのではないかとも思われます・・。

そしてまた、閲覧して頂いている方々の中で、それら記事を読むことにより、何らかの新たな発見あるいは興味、関心の対象が生じたのであれば、それは記事を作成した者にとって望外の僥倖と云えます・・(笑)。

さて、ここまで書いており、先日偶然読んでいた書籍にて少し気になった部分を以下に抜粋引用します。
朝日新聞社刊 司馬遼太郎対談集 『日本人の顔』pp.38-39
対談は司馬遼太郎と江崎玲於奈
ISBN-10: 4022602732
ISBN-13: 978-4022602732

『
江崎 試験の話に戻りますと、日本の試験制度はたしかに創造的にものを考える人間には不向きだと思います。しかし、それは日本が創造性を必要としない社会だからでしょう。考えようによっては、これで日本人がクリエイティビティをもったらとんでもないことになるし、あんまり繁栄し過ぎるんじゃないですか。(笑)

司馬 国立がみな同じ入試形態でやっているのはおかしいですね。つまり東京大学はそうだけれども、京都大学は違う方法でやる。数学が出来るやつは全部入れちゃうとか、数学ができなくても、おまえはこういう方面の才能が伸ばせるような席だけは与えてやるとかいうことがないでしょう。全部画一です。どういう民族をつくるつもりでそうするのか、よくわからない。いま、一番の秀才の集まるのは医学部だそうですね。医学進学コースは平均七〇点ぐらいとらなきゃ入れない。医者が重んぜられる社会は無目的社会といえませんか。医者になるというのは、生活の安定を望むというだけが目的の場合が多いから、それだけエネルギッシュな秀才少年たちの志としたら、どうしようもない。ところがいま優秀な少年の志がまさにそれでしょう。

江崎 全国画一の試験が実施できる国だということは、逆にいえばメリットの一つでしょう。日本は創造性をあまり必要としない国であってよいのかもしれません。金をため込むことが目的だったら、金をため込むこと自体に快感を感じればいいわけです。だけど金色夜叉みたいになってしまう・・・(笑)。

司馬 知能の限り傾けて金をためる。一種の復讐かな。(笑)

江崎 戦争に負けた復讐かもしれませんよ(笑)。日本は戦争に負けて、もうだめになるかもしれないと思われたのに、経済を復興させたうえ、経済進出を三十年かけて成し遂げた。その実績から言えば、日本人は今後もかなりの難問題でも、実行能力にものを言わせて何とか切り抜けるでしょう。しかしそのような行き方には限界がありますね。戦争という形ではカタストロフィーは起こらないでしょうけれども、抽象的な意味で日本沈没が起こる可能性はなきにしもあらずではないでしょうか。それはどういうことかといいますと、カタストロフィーに向かったときにブレーキをかける社会的な力が弱いということです。』

今回もまたここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

昨年より現在までに日本列島各地にて発生した一連の地震・大雨・水害等の大規模自然災害により被害を受けた諸地域のインフラの復旧、回復そして復興を祈念しています。

昨今より再び噴火をはじめた新燃岳周辺の方々の御無事も祈念しています。









2017年7月29日土曜日

20170728 読んだ著作から想起されること【書籍からの抜粋引用あり『貴族の階段』より】

昨日700記事に到達はしましたが、習慣とはなかなか怖いもので、本日もまた習慣のように記事作成を開始しております・・(笑)。

さて、小説などを読んでいますと、時折大分古い記憶が甦ってくることがあります。

直近のそうした出来事とは、ブログ記事にも書いた、つい先日読了に至った武田泰淳著『貴族の階段』内に以下のような描写があったことに起因します。
【pp.216-217より抜粋引用】

『雪の多い、寒い冬がやって来た。
大みそかにも、朝から雪がちらついた。
中庭の浅い池には厚い氷がはって、盛り上がっていた。白い亀裂を走らせた氷板の下で、鯉たちは苦しげに見えた。
魚の空気孔をつくるため、氷塊をとりのけても、そのあとにすぐ薄氷がはりつめた。
家の者は、煤はらいで忙しい、朱塗り、黒塗りの椀を重ねて、蔵からはこび出す。
金蒔絵の漆器は、雪空のうす明かりの下では、とくに美しい。
「義人さまは、今日、おかえりになりますでしょうか」
冷えきった長廊下で、すれちがいざまに、松がそうたずねた。
「さあ、どうでしょう」
西の丸の家では、毎年大みそかには「若殿様の胴あげ」のしきたりがあった。公家華族の遺風ではなくて、母が九州小藩から持ちこんだならわしである。
大広間でもみにもんだあげく、長い廊下を歓声でどよもして、男一匹かつぎ歩く。下ばたらきから奥女中まで、一年に一回、うちの女衆が勢いをつける日であった。鉢まきも勇ましい、大山のおかみさんが、蕃声をはりあげる。木刀で、気合をかける。たすきがけの松たちが、腕まくりして力足をふむ。眦をつりあげ、咬みつきそうな口つきで、武骨になるほどよろしいとされる。

集団になると、いつもは屈従している女たちの殺気も、そうとうなもので、すさまじい楽しみになる。

兄が帰宅してくれないと、せっかくの楽しみを、すっぽかされることになるのだ。「狼藉者ですぞ、おであい下さい」
昔ながらの行灯やぼんぼり、高張提灯に火をともす。天井も柱も、壁も板の間も、異様な照明でゆらめいて、人の影は乱入した敵の黒装束のように、思いもかけぬ大きさにひろがる。定めの刻限に兄が姿を見せると、待ちかまえていた女たちは、生きかえったようによろこぶ。』

この記述を読み思い起こされたのは、大分前(20年以上)に読んだ司馬遼太郎著の江藤新平を主人公とした『歳月』という小説であり、おそらく、この著作のなかに、当時の肥前・鍋島藩での風習、ならわしを描いた箇所があり、それがさきの『貴族の階段』からの抜粋引用部と酷似していると思われるのです。

残念ながらこの著作『歳月』は現在手元になく、また本日は書店にて確かめる時間もありませんでしたので、今のところ(確たる)証拠はありませんが、それでも、まあ『当たらずとも遠からじ』ではなかろうかと思われます・・(笑)。

また、そうしますと、さきの抜粋引用部内の『九州小藩』とは、肥前・鍋島あるいは肥前周辺の何処かの藩での風習、ならわしを念頭に置き書かれているのではないかと考えられるのです。

そして、さらにまた、このことを考えてみますと、こうした風習、ならわしのさらに基層にある生活文化とは、あるいは肥前を含む九州北西部のみならず、南九州および南西諸島においても存在し、その一つの顕現の仕方が以前ブログ記事にて抜粋引用した往時の戦の先頭に立つ巫女ではなかろうか?とも考えさせられます・・。

加えて『肥前国風土記』内の値嘉島の記述にて、その住人(白水郎)【漁労民の一つ】容姿が南九州の隼人に似ていることが報告されておりますので、このことも何らかの関連性を示しているのではないかとも思われます・・。

最後にこ、うした生活文化、風習、しきたりもしくはその痕跡らしきものは、東日本、首都圏では見受けることが出来ず、また現在の表層的には類似したように見える現象からはどうもエピゴーネンといったコトバを否応なく想起させられます・・(苦笑)。

ともあれ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年から現在に至るまでに生じた一連の地震・大雨・水害といった大規模自然災害によって被害を被った地域の生活諸インフラの出来るだけ早期の復旧そして、その後の速やかな復興を祈念しています。

















2017年7月26日水曜日

20170726 戦車を題材にした映画が少ない理由・少女が戦うアニメが制作される理由について・・。

A「先日、以前(ほぼ2年前)に作成、投稿し『20150727 戦車について・・』を記事内容にて取り上げた米国映画『Fury』の動画と共に再投稿してみたところ、かなり閲覧者数が伸びました・・。

また、この映画とは、たしかに、私がこれまでに観た映画にて最も戦車の戦いを忠実に再現しているのではないかと思われました。

そして、この映画を観ることにより、はじめて司馬遼太郎が御自身の経験に基づいて、さまざまな著作に書いた戦車で戦うことのおぞましさ、またそれを想像することによって生じてしまう憂鬱さといったものを、ほんの少しは分かるようにも思えました・・。

とはいえ、そうした事情によるものか、我が国の太平洋戦争を題材とした数々の映画の中において、戦車を題材とした映画とは、かなり少ないのではないかと思われます・・。

その理由について考えてみますと、太平洋戦争での主たる戦場とは、戦車同士が叩き合うのに適した見通しのきく平原は少なく、また、当時の我が国における戦車の位置づけとは、発祥の地、欧州での開発当初の目的であった前進する歩兵の援護を主としたままであり、さらには軍艦、飛行機を題材とした映画のように模型を以って撮影部分をあてることが困難であったことから、華々しい戦場での活躍あるいはそこから派生する悲劇を描写するには『地味』過ぎる且つ予算が掛かりすぎる題材であったのではないかと思われます。

以上のような理由から、少なくとも我々日本人は、第二次世界大戦・太平洋戦争における戦車による戦いとは、書籍・文献を通してのみで知る他はなく、そのことから、当時の戦車同士の叩き合い、戦車を用いた戦闘をあまりリアルに想像することが出来なかったのではないかと考えられます。


その意味において冒頭に書いた映画『Fury』とは、かなりその実情・実相を伝えていると思われることから、あらためて太平洋戦争時に戦車隊に属していた司馬遼太郎が戦車を題材として書いた内容の意味を(ある程度深く)理解することが出来るのではないかと思われるのです・・。

とはいえ、その一方で、昨今戦車での戦いを題材としたアニメが広く認知されているようですが、そのアニメでの戦車の戦いと、さきの『Fury』を観比べてみますと、そこからもまた日米双方の文化の違いらしきものを感じ取ることが出来るのではないかと思われます。

しかしながら、毎度不思議に思うことは、何故昨今の我が国の多くのアニメ・マンガとは、少女を主人公として武器を持って戦うといった設定を好むのでしょうか・・?

いや、それはアニメ・マンガに限らずドラマ・映画においても同様であるのかもしれません・・。

おそらく、そうした傾向とは、戦前においては現在ほど顕著ではなかったと漠然と思うのですが、それが戦後の如何なる時代精神と感応し、こうした傾向が生まれたのかとは、今後もう少し機を見て考え続けていこうと思います・・。

あるいは、仮説として、こうした傾向とは、男性側が保持する文化・伝統が大戦争により敗れ、その敗れた文化・伝統が強い側・勝った側(欧米)に不断に靡こうとする女性側の文化・伝統を必死に押し留めるための努力であるのかもしれないとも考えられますが、さて如何でしょうか・・(笑)。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年より現在に至るまでに発生した一連の地震・大雨・水害といった大規模自然災害により被災された地域の生活諸インフラの出来るだけ早期の回復・復旧そして、その後の速やかな復興を祈念しています。』















2017年7月13日木曜日

20170713 結社の地域性 自由民権運動および玄洋社から思ったこと

少し前に夢野久作著「犬神博士」を読んだことから、その著者である夢野久作こと杉山直樹について少し調べるにつれ、その著作(「犬神博士」)内での描写が(やけに)生々しいことに納得がいきました・・。

つまり、それらは著者御自身が実際に見聞き・体験した出来事を主たる題材として、この著作は書かれているのです。

そうしますと、自然、著作内に度々登場する当地筑前・福岡を基盤とした結社『玄洋社』に対しても興味が生じることになります・・。

とはいえ、この『玄洋社』とは、これまでに自身はまったく知らなかったわけでもなく、この結社あるいはその構成員とは、日本近現代史に関しての著作をある程度読んでおりますと、概ね登場してくるといっても良いといえます。

その上で、何故、この『犬神博士』を読了後に『玄洋社』に対しての興味が湧いたかといいますと、それは、これまでに自身が近現代史に関しての著作を通じて抱いていた『玄洋社』に対してのイメージと大きく異なるからであるといえます。

いささか通俗的な印象ではありますが、自身はそれまでに『玄洋社』とは、発祥の地、筑前・福岡(黒田藩)の地縁に基づいて結成された右翼・国粋主義的な結社であり、それはかつての大日本帝国の海外進出の先兵的な活動を表裏内外にて行い、また国内においては大資本、政党等の実行組織として、さまざまな国民に対する抑圧行為に加担したというような決して好ましくない印象を持っておりました。

また、それは現在においても、この結社とは、世間一般でいう『右翼団体の始祖的な存在』というのが通説といったところになっているのではないでしょうか?

しかし、その成立の経緯および活動などについて、未だわずかではありますが、関連書籍をあたってみますと『そればかりではないのではないか?』あるいは『なぜこうした変遷が為されたのであろうか?』といった、さきに書いた『イメージと異なる』ことから生じる違和感そしてそこから興味が惹起されたといえます・・。

加えて、その成立の経緯について考えてみますと、これまたいささか通俗的・通史的な解釈となりますが、西南戦争での西郷軍の敗北により、武力による明治政府の打倒が不可能であることが一般的な認識とされると『では、議会を開設し言論を通じて政府に対しての影響力を行使して行こう。』と考えたことから高まりを見せたのが土佐・高知を主たる基盤とした『自由民権運動』であるといえます。

そして、それと同様の時代精神の反応によって筑前・福岡にて結成された結社が、さきの『玄洋社』ではないかとも考えられるのです。

こうしたもの(反応の仕方)にもおそらく地域性があるのではないかと思われます。

ともあれ、この『玄洋社』の社則とは「皇室を敬戴すべし」・「本国を愛重すべし」・「人民の権利を固守すべし」といったものであり、私見ではありますが、これらは現在においても十分に価値を持つ理念であると考えます・・。

とはいえ
、二番目の『本国』とは一体どういった意味であろうか?とは考えさせられ、これもまた古来より異文化摂取の窓口とされた地域が持つ一種独特な地域特性の発露ではないかとも思われます・・。


また、この『玄洋社』とは、西南戦争にて敗れた西郷隆盛の遺志を継ぐといった側面もまたあり、これがおそらく西欧的な思想をその背景に据えたさきの自由民権運動と大きく異なるところではないかと考えます。

さらに西郷隆盛にて思い出されたのですが、来年の大河ドラマにおいては西郷隆盛が主人公とのことですが、現在のテレビドラマにて、この人物を史実に忠実に描くことは、かなり無理がある、困難ではないかと思われます・・。

そして、以前にもブログ記事にて書きましたが、それよりも西南戦争前後の土佐の自由民権運動、筑前の玄洋社などでの群像をドラマ化した方が、あまり無理はなく、且つ現在のさまざまな思想を持つ方々に対し広範に受け入れられる可能性が高いのではないかと思われますが、如何でしょうか?

そういえば、かつて司馬遼太郎が生前、その著作『坂の上の雲』のテレビドラマ・映画化を禁止していたのは、その内容から戦争賛美および社会の右傾化が惹起される危惧であったからであったと読んだ記憶がありましたが、この著者の危惧とは単なる杞憂であったのでしょうか・・?

とはいえ、その一方で、やはり昨今のアジア情勢とは多少混乱はしてはいるのでしょうが・・。

昨年から現在に至るまでに生じた一連の地震・大雨といった自然災害によって亡くなられた方々のご冥福を祈り、また被災された地域の早期の諸インフラの復旧に加え、その後の速やかな復興を祈念しています。

2017年6月12日月曜日

20170612 2012年夏の出来事に基づいた対話

昨日は二つの記事を投稿し、また本日の日中は動き、仕事以外でPC・スマホを見る時間はありませんでしたが、先ほど帰宅し、ブログの閲覧者数を確認しますと、驚いたことに、これまでにない程多くの閲覧者数となっておりました・・。

正直なところ未だに半信半疑であり『これは一体どうしたものか・・?』と思っておりますが、いずれにしましても読んで頂いた皆様どうもありがとうございます・・。

とはいうものの、本日は朝から頭が痛く、これは昨晩寝る間際に点けた冷房によるものではないかと思われましたが、この原因も未だよく分かりません・・。

それでも本日分の記事作成を行うべく、また、さきに書いた閲覧者数によって多少勢い付き、現在このように記事作成を行っている次第です・・(苦笑)。

さて、つい先日知人と話しておりますと、以下のようなハナシとなりました・・。

※以下対話形式
A「そういえば2012年の夏に隣国の大統領が日本海に浮かぶ我が国固有の領土とされる島に上陸していから一気に国内の輿論が硬化したように記憶していますが、どうですか・・?」

B「ええ、あの出来事は確かに衝撃的でした・・。
私もどちらかというと右寄りではないはずですが、自国の領土であることが自明であるとされる場所に、いきなり隣国の元首が上陸してくるといった出来事は、やはり驚くに値することです・・。
また、それで思い出すのは、漠然と感じたことではありますが、あの時顕著に、そして急激に態度が硬化したのは、男性よりも女性の方ではないかということです・・。
それにより、割合国内で人気の高かった各種韓流モノとは、現在に至るまで徐々に影を潜め、衰退していったのではないかと思われます・・。」

A「ああ、それはたしかに私も感じました・・。
さまざなな文化的事物が流入することに対し、一般的に女性とは男性より寛容且つ、それを喜んで自分なりに受け入れるところがあるように思われますが、それが、こと領土といった具体的な国土に対する侵害と受け止められる行為に対しては、男性以上に敏感なセンサーらしきものを持っているのではないかと感じさせられますね・・(笑)。」

B「ええ、それはたしかにそうですが、しかし一方で隣国からすれば、特に近代以降の我が国とは、自国に対して実質的な植民地支配を行った国であり、且つ最終的には敗れた国でもありますので、何かしら自国内の不満をぶつけるのに適当な国なのでしょうね・・。
また、我が国も我が国で歴史問題などに関しては信じられないほど無神経であると思うことがありますし・・。
時折聞く『日本は朝鮮半島を植民地化していなかった』といった言説などは本当に単なるコトバ上のみのものであって、それは実際の『歴史』とは全く関係のないものであると思えるのです・・。
あるいはそうした独特のコトバの運用の仕方とは、我が国の自殺率が高いことや、ブラック企業が根絶しないことにも親和性があるのではないでしょうか・・?
そしてまた、そうしたコトバの運用・論法などを見聞きしますと、甚だ嬉しくないことにさまざまな場面にて、これと類似した手法にて事態を説明、釈明するのが我が国の特徴、傾向の一つではないかとも思えてくるのです・・。
おそらく、各国はこうした我が国における傾向に対し、言語は違えども、何といいますか「精神構造の違いに起因する薄気味の悪さ、同様のことに起因する内面、良心の欠如」といったものを強く、漠然と感じているのではないでしょうか・・それは太平洋戦争中に見られた帝国陸海軍のある種の異常とも云える攻撃精神そしてそこからの行動のように・・もしかすると、彼等の中では、それらの間には連続性を見出せるのかもしれません・・。」

A「・・ええ、仰りたいことよく分かります・・。
また、そういったことをお聞きしますと、私はどうも大岡昇平著の「俘虜記」を思い出してしまうのですが、そうしますと今度はどうも『我が国の社会、組織全般には自浄作用といったものが無いのかもしれない・・?』と考えさせられるのです・・(苦笑)。
また、司馬遼太郎や村上兵衛の晩年の苦悩は、そうしたことを既に直覚していたことに因るのではないだろうか・・?とも考えさせられるのです・・。」

B「しかし私は、我々日本の国民は各国からの観察者と同程度に賢明であり、現在のこのさまざな混乱を試験管やウェルの中での出来事、反応などのように観察し、機を見て悪しきものをまとめて取り除くことを企図しているのではないかと思われる一面もあるのです・・。」

A「・・たしかにそう願いたいところではありますが、それでしたら何故、過去においては太平洋戦争にまで突入してしまったのでしょうか・・(苦笑)?」

B「ええ、まさしくそこに大岡昇平の「俘虜記」の時代、つまり太平洋戦争の時代から進化した何か新しく良いものがあるのではないかと私には思われるのです。」

A「なるほど・・それはあくまでも仮説でしょうが、しかし同時に大変期待を抱かせるものですね・・(笑)。」

今回もまた、ここまで興味を持って読んでくださり、どうもありがとうございます。

昨2016年
、熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後のすみやかな復興を祈念しております。






2017年3月20日月曜日

20170319 サムライについて『ところ変われば・・』

日本の男性に対する美称として『サムライ』というコトバが国際的にも認知されているようです。

もっとも、このコトバは戦前の特に太平洋戦争期の旧帝国陸海軍士官に対しても用いられていたとが、いくつかの書籍からうかがうことが出来ます・・。

時代によっても『サムライ』の示す意味とは微妙に異なっているのかもしれません。

とはいえ、国内に限定して考えてみますと語義的に『サムライ』とは、主に江戸時代の武士階級を示すものでありながら、国内地域によっても、これまた示す意味が微妙に異なっているのではないかと思われるのです・・。

これは自身が幾つかの地域に在住した実感に基づくものであり、特に学術的な見地によるものではありませんが、自身はそのように考えます。

中でも大阪南部、和歌山といった地域に関しては、江戸期、幕藩体制以前においては、複数の地侍(国人)集団(党)が協同合議して統治を行っていた傾向が見受けられ、その中には律令制以前より土着していた国造家といった豪族が含まれていることもあります。

また、そうした地域における統治の構造・形態の淵源を考えてみますと弥生・古墳時代までに遡ることが出来るのかもしれません・・。

そして同時に、こうした構造は、古代大和朝廷の基盤となった勢力の統治構造を考える際において示唆する要素が少なからずあるのではないかとも考えられます。

さて、ハナシを戻し、さらにこうしたことを考えてみますと、古くから在来の統治構造が保持されてきた地域に、新たな幕藩体制による統治組織(藩)が封じられた場合、当然、在来の統治構造と新たな統治組織の間で緊張関係が生じることが多いと云えます。

そこでの地域統治が上手く行かないことから改易、取り潰しになった藩も複数存在します。

それに関連して司馬遼太郎著『功名が辻』、『竜馬がゆく』などの小説にも書かれていますが、土佐藩の場合、新たな幕藩体制下の統治者として山内家と共に入国した家臣団が上士、それに対し在来であり滅ぼされた長曾我部家の遺臣団が概ね郷士という扱いになったハナシは割合有名です。

もっとも、こうした経緯も全て平和裏に行われたものではなく、相当の流血があっのだという・・。

それ故、幕末期に土佐藩の郷士(幕藩体制以前の長宗我部家の家臣)から多くの勤王(倒幕)の志士が現れたことは、ある意味歴史の必然であるとも云えます。

他方、紀州徳川家の場合、重臣の中にも在地特有の苗字が複数見受けられること、地侍(国人)集団(党)の軸となった古来から続く寺社が幕藩体制下においても尊崇を受けていたことから、新規、在来間の統治組織のすり合わせ、癒合は割合上手くいったのではないかと思われます。

その点において薩摩、大隅(鹿児島)は珍しく、鎌倉期にこの地に守護職として補任された島津氏が鎌倉期、南北朝、足利期、織豊期そして江戸期を通じ、一貫して、この地域を統治してきました。

無論、その間には幾度もの他国との抗争、国内での内乱があったが、それでもなお、この薩摩、大隅における島津氏の統治は崩されませんでした。

おそらく徳川幕藩体制としては、それまでの経緯からも、こうした統治の類例は認めたくなかったのではないかと思われるが、この僻遠の地(関東、東海から見て)に派兵し、無理にでも支配下に置き、そして改易とした場合に生じる危険性の方が大きかったのではないかと思われます。

ともあれ、それ故、薩摩・大隅(鹿児島)には、良い悪いは抜きとして古来からのさまざまな文化と共に『サムライ』と称するものも原初に近いカタチにて存続してきたのではないかと思われます。

そして、この原初からの『サムライ』が保持された薩摩、大隅(鹿児島)の勢力が、幕末期における時代変革の主要な推進力の一つとなり、同時に、それにより誕生した明治政府に対する最大の叛乱を起こした地域勢力でもあったことは、この『地域』(鹿児島)そして『サムライ』というものを考える上で何かしら示唆するものがあるのではないでしょうか?

また、以上のことから、あまり『サムライ』というコトバを安易に氾濫させること、それに加え、来たる2018年の大河ドラマの題材を西郷南洲翁(隆盛)とすることには、どうも漠然とした危惧をおぼえてしまうのですが、如何でしょうか・・?

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年、熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の早期の諸インフラの復旧、そして、その後の復興を祈念します。




2017年3月5日日曜日

20170304 久しぶりに読んだ著作から思ったこと・・

A「昨日の投稿記事は風邪気味にて作成したわりには多くの方々に閲覧して頂いたようです。

この記事を興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

さて、明日より数日間、記事の更新を休もうと考えております。
おそらく来週後半あたりから再開しようと考えておりますので、どうぞよろしくお願いします。

そういえば、昨日の記事を作成、投稿した後、どうしたわけか久しぶりに山本七平著「私の中の日本軍」を再び読んでみたくなりました・・。

山本七平をはじめ太平洋戦争に従軍された研究者、著述家による著作とは、どれも一種独特の迫力があり、たとえ用いている言語が同一であっても、現代のそれらとはどうも『次元が異なる』のではないかと思うことがあります・・。

果たして書かれた文章から、その著者の経験とはにじみ出てくるものなのでしょうか・・?

ともあれ、この「私の中の日本軍』末尾に著者と司馬遼太郎との対談が掲載されているのですが、そこで語られている内容、指摘とは、現代の我が国においても通用する大変興味深いものが多いのではないかと思われました。
興味がある方は読んでみてください。

また、対談といえば、先日、当ブログにて複数回取り上げた「俘虜記」の著者大岡昇平と「神聖喜劇」の著者大西巨人との対談を掲載した書籍を古本屋にて見つけ、立ち読みしましたが、これもさきと同様、大変興味深く、いずれ機会を見つけ購入し精読したいと考えております・・。

以前のブログ記事にても書きましたが、これら世代(太平洋戦争従軍経験を持つ)に属する著述家、研究者等がここ20年間で次々と亡くなっていくに伴い、我が国の書籍全般とは、徐徐に手頃で扱いやすい方向に、つまり軽く、そして薄くなっていっているのではないかと思われるのです・・(笑)。

また、このことを書いて想起することは、以前、長年大学にて教鞭をとっている(いた)複数の知人から『今世紀に入った頃から明らかに学生の何かが変わった』という意見を聞いたことでした・・。

また、その変わった内容として印象的であったのは『感覚的にはなるけれども、多分一人暮らしであれ、実家暮らしであれ、そもそも家に書籍が、本棚がない環境ではないかな・・。』であり、これはおそらくPCの普及とも何かしら関係があるのではないかと思われます・・。

また『ゆとり世代についてはどうか?』と尋ねたところ『ゆとりを重視した教育環境でも勉強をしようと思う人については、それ以前とあまり変わっていないのではないか?ただ、全体としては、やはり影響があるように思う。』でありましたが、これもまた昨今『ゆとり教育』から大幅に国の教育方針が軌道修正されたとのことです・・。

何も知らないまま、ある世代に勝手に組み込まれ、教育され、そこからさらに勝手に評価されるのは、どうもおかしいのではないかと考えさせられます・・。

これは仕方がないことなのでしょうか?

ともあれ、そういった点からも我が国とは『ヒトが制度を作り、その後は制度がヒトを作る』とは本質的に製造業の工作機械のようにはいかないということを『敢えて知ろうとしない』のではないかと考えさせられるのです・・。

そしてイヤな見方をすれば、それが我が国の理系学問分野での優秀さの、まさしく残酷な側面であるのかもしれません・・。

また、こうしたことは、さきに挙げた方々の著作を通じ、否応なく認識するところではあると思うのですが、それでも現在のような状況であることは、その根本において一体どのような原因が作用しているのだろうかと考えさせられるのです・・。

あるいはここまでで循環論法となっているのかもしれません。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年、熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」




2017年2月26日日曜日

20170226 本質とは何でしょうか・・?【書籍からの抜粋引用あり】

今月二月ももうじき終わり、三月となりますが、ここで今月に多く閲覧されたブログ記事を取り上げてみようと思います。
これまでは、あまりそうした試みを行うことはありませんでしたので、いわば初めての試みということになります・・(笑)。

さて、今月作成した記事の中で最も読まれていた記事は2月4日に作成投稿された「どの程度の深さからの反応であるのか・・?」でした。

この記事に関しては、その主題が我が国社会が持つある種の傾向、特性を指摘したものであり、また、その内容全般に関しては特に加筆修正の必要性はないと考えます。

とはいえ、それと同時に思うことは、この記事に書かれた内容とは、あくまでも、我が国の首都圏、東京文化に対するものであり、あるいは国内他地域、地方においては、その内容とは、必ずしも適用することが出来るものではないのかもしれないということです・・。

また、本日が2月26日であることから考えることではありますが、現代において1936年・昭和11年のこの日に起きた2・26事件のことを何やら現今流行の経営戦略的な視点で論ずるのは、それがあくまでも国内の事件であり、対外的な戦争・戦闘でないだけにより一層何ともいえない苛立たしさをおぼえるのです・・(苦笑)。

また、三島由紀夫等が1970年・昭和45年に自衛隊市ヶ谷駐屯地にて盾の会事件を決行した主要な原因の一つとして、事件当時から既に社会に存在、顕在していた、そうした浅薄とも評し得る傾向に対する抗議の意味があったのではないかと思われます・・。

あるいはさらに時代を遡り、明治維新から神風連の乱、西南戦争に至るまでの西郷隆盛をはじめ同様の過程を経た、かつての志士達にもまた、それと類似する心のメカニズムが働いていたのではないかとも推察することが出来ます。

そして、ここまで書いておりますと、つい先日読みました司馬遼太郎の対談集「日本人の顔」での
江崎玲於奈との対談を想起しました。
以下にその部分を抜粋引用し、示します。

司馬「日本人のいい面といえば、原理性から離れたところで物事を運営するのがうまいということでしょうか。
たとえば、日本航空は優秀ですな。
パリあたりの空港で途方にくれている場合、日本航空だとわれわれ乗客を低能として扱ってくれて(笑)-ずーっと至れり尽くせり誘導してくれるでしょう。スチュワーデスの制服にしても、いかにもキビキビ、マネジメントしているだろうという感じでしょう。
何だか昔の帝国海軍を見ている感じで、変な感じがするほどですね。(笑)」

江崎「日本航空は、一つの国策会社ですからね。(笑)」

司馬「運営という点で磨きあげられている感じがあって。
だけど独創的なところはないんじゃないですか。
椅子など機内の備品類でもよく磨いてありますね。
幕末に西洋から航海術を受け入れたころから、日本人は船内を清潔にせよという技術的習慣を学んだ。
だから飛行機でも、スチュワーデスは自分の担当の備品をきれいにする。
ところが非常に衛生を重んじるドイツの旅客機に乗ると、衛生はきちっとしてしているけれども、椅子など金属のところに傷がついていたり、その傷に黒っぽいアカがたまっているような感じだったり、何か汚らしい感じがしますが、日本のエアラインなら、ちょっとでも汚れるとすぐ新品ととりかえてしまう感じがありますね。
ドイツ人には、見かけは汚くても、衛生的であればいいんだという思想がありますでしょう。つまり衛生という原理さえしっかりしてればいい。」
(中略)
司馬「私が「坂の上の雲」という作品を書いていたとき、古い海軍さんに教えを請うたんです。
その海軍さんの話だと、ソ連の巡洋艦が寄港したとき、みんなで乗せてもらった。
ソ連の海軍はどんなレベルかと思って、ある人は船室の隅をほこりがついてないか指でなぜてみたというんです。
私は海軍のことは知りませんが、海軍さんはそうやって水兵をいじめていたそうですね。
これはイギリス海軍の伝統だそうで。
イギリス海軍は、船内を隅から隅まできれいにすることによって、自然に普遍的な海軍倫理をつくり上げていった。と
ころがイギリス海軍をお手本にした日本海軍は、清掃自体が至上命令のものになってしまった。
本来はそんなことはどうでもいいことですよ。
ソ連人が乗れば、汚く乗っていたっていいんで、その巡洋艦の機能さえよければいいんですが、日本人は非常に技術の末梢的なことを重要視することで精神性を見ようとしますね。」

江崎「研究所にしても、きれいとか汚いとかの観念が西洋人と日本人とではだいぶ違うんじゃないですかね。
アメリカのわれわれの研究室は、壁なんか必要以上に塗りかえるわけです。
日本では塗りかえなんかはしないでぞうきんで一生懸命にふく。清掃すること自体に重きをおく。実際にきれいになるかどうかよりもね。

司馬「本質にいたらず、末梢にかかずらわってしまう。」

さて、上掲の抜粋引用部はその前に書いた記事主題の本質と多少は関わっていたでしょうか(笑)?

今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。

去る2016年に熊本、山陰東部、福島周辺において発生した大地震により被災された地域のできるだけ早期の諸インフラの復旧、そして復興を祈念しております。






2017年2月17日金曜日

20170216 眺めた街並みから思ったこと・・文章について

本日の首都圏は日中、気温が四月並みまで上昇し、若干風は強く感じましたが、過ごし易かったと思います・・。

また、かなり久しぶりに井の頭線に乗りました・・。

乗車する電車が下北沢駅を通過の際は、その街並みを眺め、しばし感慨に耽っていました・・。

この街はかつて足しげく通い親しんだものでしたが、現在になり思い返してみますと、和歌山市のぶらくり丁、鹿児島市の天文館、騎射場、福岡市の天神、大名、西新などの方がかえって味わい深いのではないかと思われます・・。

特に天文館は週末の夜になりますと、何ともいえない面白い雰囲気になるのです・・。

また、これは夏になると、さらに、さまざまな熱気により一層拍車が掛かるのではないかと思われます・・(笑)。

現在思い返してみますと、夏の夜の天文館とはどうも一種、夢の中ような感じを受けるのです・・(笑)。

また、鹿児島在住時の週末はよく天文館に出向いておりましたが、在住期間の後半(2012~2013)とは、以前もブログ記事に書いた通り少々おかしくなっていました・・(苦笑)。

いや、しかし一方、この当時とは、それまでの人生において最も文章が滑らかに涌出していた時期であったのではないかと思われますので、もしかすると、人間とは、案外、多少おかしくなっている方が文章などはよく書けるのかもしれません・・(笑)。

そういえば、司馬遼太郎は「漢詩などを書く際の人間とは、英雄豪傑の心境といった、一種酔い(詩境)が回っている状態である」といったことをどこかで述べていました。

また、北杜夫はどこかで完璧に近いドイツ語の文章にて「ヒュペーリオン」を書いたヘルダーリンは三十代半ばで統合失調症を発症し塔に幽閉されたとも述べていました・・。

さらに、三島由紀夫は「文章とは、酒のようにその効果が普遍的ではないが、ある種の文章がある種の人々を酔わす性質がある、つまり文章とは元来酔う性質のものなのである」といった意味のことをどこかで述べていました。

それらのことから、程度は随分異なると思われますが、やはり当時の自身とは、如何なる経緯によるものであるか明瞭には分かりませんが、多少、上記と類似するメカニズムが精神に作用していたのではないかと思われるのです・・(苦笑)。

そしてまた、当時のことを、如上のように想起し述べますと、それに付随する景観として、天文館が浮かび上がってくるわけなのです・・(笑)。

とはいえ、であるからといって、天文館がそうした精神状態を惹起させるということではなく、あくまでも自身がそうした状態にあった時、偶然多く見た景観、街並みが天文館であったということです・・。

また、現在このようにブログ記事作成を継続している状況において、再度そのようになりたいか?と問われましたら、それは積極的に否定します・・。

ああした状態とは、他面において精神の燃焼速度が急加速している時でもあり、それが継続すると結果として何かしら反動的な効果、現象が生じるものと考えるからです・・。

それでしたら、現在のように多少呻吟しながらも、ほぼ毎日継続して書くことにより、わずかながらの漸進的な発展が為される方が余程良いと考えます・・(笑)。

しかし反面、かつての文筆家には破滅型に分類される天才肌の方々が少なからずおりましたが、現在はそうした文筆家の存在は、社会が許さなくなってきているのでしょうか・・?

そして、おそらくこうしたことにも『時代精神』は密接に関与しているのではないかと考えます。

あるいはまた、こうした題材はトーマス・マン著「トニオ・クレーゲル」の主題とも関連しているのかもしれません・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年の熊本、山陰東部、福島周辺にて発生した大地震によって被災された地域のできるだけ早期の諸インフラの復旧、そして復興を祈念しております。」




2017年2月12日日曜日

20170211 昨日投稿の記事からの試み・・対話形式

A「どうしたわけか昨日の閲覧者数はこれまでになく増加しました・・。

読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

それらの中で一つでも「面白い!」と感じられる記事があれば幸いです(笑)。

さて、昨日投稿記事もまた思いのほか、多くの閲覧者を得ることが出来ました。
それ故、後になり関連する動画を急きょ探し共有した次第です・・(笑)。

しかし一方、本日作成分の記事に関しては、今現在その主題が定まっておりません・・(苦笑)。

毎回とはいえませんが、多くの場合、こうした状況から書き出し、そしてある程度の文量をスジを持って書くという作業とは、これまでのブログ記事作成経験により、多少向上したのではないかとも思われます・・(笑)。

また、不思議なもので当初記事作成において多く用いてきた対話形式とは、現在となっては、どうもその様式を以て書くことが難しいのではないかと思われるのです・・。

しかし、これはおそらく単なる『思い込み』ではないかと思われますので、以下にその挑戦として対話形式にて書くことを試みます・・(笑)。

A「昨日の記事はなかなか面白く読ませてもらいましたよ
特にヴェルヌの「海底二万里」が我が国における幕末期を舞台にしているという指摘は当たり前かもしれないけれども、文章にて指摘されるとまた面白い視点が浮かび上がってきますね・・。」

B「はあ、それはどうも恐縮です・・
世界史的な通説では潜水艦を含む現代の戦争に用いられる多くの兵器が広く用いられるようになったのは20世紀初頭の第一次世界大戦であると云われていますけれども、さらにそれらの元祖といえるものは、実は1860年代のアメリカ合衆国南北戦争に多く登場していたと云われていますので、その時代、つまり幕末期でもある1860年代あたりを舞台として潜水艦の活躍?威力が示される物語が書かれたことには、それなりに歴史的な意味合いがあるのかもしれない・・と考えた次第です(笑)。」

A「なるほどねえ・・。
そのように考えてみると幕末維新の多くの戦闘に用いられた兵器の多くが南北戦争の後、処分に困った兵器であったことにも何かしら歴史的な意味合いがあるのかもしれませんね・・(笑)。
つまり当時、南北戦争の終結によって大量の余剰兵器を売りさばくための市場を欲していなければ、幕末期の幾多の戦闘も、その勝敗がどちらのものになっていたか分からないということになるのですが、しかし一方、それら兵器を用いた近代戦の戦場を若年において経験した薩長土肥あるいは幕府側将兵の多くが後年日清・日露両戦役において戦場での指揮を執ったということもまた、同時に一つの歴史的な意味があるのかもしれません・・。」

B「ええ、そうですね・・。
その意味において我が国は運が良かったのか、近代戦の初期の段階に滑り込み、それをどうにか自身のモノとすることには成功したのではないかと思います。
また、日露戦争(1904~1905)においては、そうした1860年代の諸戦争に示された近代戦の特徴、傾向といったものが、より一層明瞭化、洗練され、その様相とは欧米各国の観戦武官、記者等により国元に報告され、約10年先の第一次世界大戦(1914~1918)にて応用されることになるのです・・。
しかし司馬遼太郎曰く「日露戦争の当事者であった我が国とは、その後から、どうもおかしな方向に行き始めた。」とのことなのです・・。
さらに、その後に勃発する第一次世界大戦の戦禍を我が国は殆ど全く被らなかったことから、それらを経験した国々との間に戦争、戦闘に対する観念、思想にズレが生じ、それが紆余曲折を経て太平洋戦争(1941~1945)の開戦、そしてそこで経験するさまざまな戦禍の遠因になったとも考えることが出来るのです・・。」

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の復旧およびその後の復興を祈念しています。」