2015年12月18日金曜日

20151218 創作と環境について

A「年も押し迫ってきましたが、その後求職活動で何か動きはありましたか?」

B「ええ、つい先日面接で**まで行ってきました。
近いうちに結果のご連絡をいただけるとのことでしたが、今現在はわかりません。」

A「そうでしたか・・結果がわかるまでは落ち着きませんが、良い結果であるといいですね。」

B「そうなのですが、同時に今現在結果待ちの応募がいくつかありますので、この先また、どの様に変転するかは自分でもよくわかりません・・。
しかし、それで先日面接で行った**においてもブログのネタを探したり、ネタ帳の記入を試みたのですが、何故だか上手い具合に言葉が出てきませんでした。
もしかしたら無意識ながら緊張していたのかもしれませんが、これはこれで不思議なものでした(笑)。」

A「ああ、環境が変ったりするとそういうこともあるらしいけれど、私などはノートPCなどは持ち歩いているので、ネットが繋がる環境であれば、メールの返信などは普通に行っていますね。」

B「たしかに多忙な先生方は、どこに行かれる場合でも大抵ノートPCを持ち歩いて、宿泊先のホテルなどでもお仕事されていますね。
しかし私の場合はまた少し違うと思います。
つまり、少なくとも今現在においては、私のブログとは職務でもないですし、また特定の誰かへの反応、リアクションというわけでもありません。
そうした何といいますか、茫漠とした意識状態からテーマを決め、それを結晶化させるということはまた少し異なった意識の働きなのではないかと思うのです・・。」

A「・・うん、まあそれはそうであるかもしれないけれど、同時に多くの方々は出先においても様々な創造的活動をされていると思いますよ・・。」

B「はい、それもまたおっしゃるとおりであると思います。
ですから今回の件は、純粋に私の経験あるいは能力不足であると思います。
とはいえ、ブログのネタなどを考え、それをノートに記していて、その作業にノッてきますと私はそこに没入していると思います。
それは自分を客観視できていない状態です。
そして逆に客観視できている状態では、あまり文章は進みません。
これはなかなか面白いことであると思いますが、それでも創造や創作といった行為とは、大体その様なものではないかと思います・・。
また、このことは以前のブログで引用した北杜夫の文章においても類似したものがあったように思います。
ですから、何故、先日の**に行った時に、この作業に没入できなかったのかとは、私自身の中では、いまだ解決されていないものであり、同時に今後解決が望まれる課題でもあることが判明したのです・・。
かなり言い訳がましくなりましたが、まあ、そのような感じです(笑)。」

A「言わんとする内容はわかりました・・。
そうするとBさんは御自分が、この場合では、どの様な状況においてもブログのネタ帳作成に没入できるスイッチのようなものを探しているということですか?」

B「ええ、今回の件でそのように思うに至りました・・。
また今後、そういったことを自身で意識できるようになれば、現在よりは多少良いブログを作成することが出来るのではないかとも思います。
まあ、何れにしましても今後また様々な試行錯誤を試みてみます。
しかしそうしますと今度は試行錯誤が目的になってきそうで、それが少しこわいところです・・(笑)。」

A「うん、まあ書くのに最適な外的環境を探し求めるよりも、今現在においては、より多くの状況において書くことが出来るような内的環境を模索することの方が適切であると思いますね。
とはいえ、今の話を聞いていて思ったのは、最適な内的環境の模索はいいけれど、それは具体的にはどういったことを指すのだろうかね?
たとえば自分自身の文体の確立なのだろうか?あるいは平静な精神状態などといったものなのであろうか?はたまた、それらを絶妙に混合したものなのだろうか?
まあ、そのように考えてみると、最終的には各々個人で納得できればいいのでしょうが、そうすると今度は、ではそれは普遍的、つまり万人にある程度共通していて定量化出来る様なものなのであろうか?そしてそうであるとすれば、それはどの様な方法で証明することが出来るのか?といった疑問が湧いてきますが、これは今現在の段階では飛躍し過ぎた問いであるのかもしれません・・(笑)。」

B「・・ええ、たしかにおっしゃることはよくわかります。
しかし、とりあえずは自身で色々と試行錯誤してみて、まあNを稼ぐ以外ないのではないかと思います・・。
あ!それで今思い出しましたが、私は修士院生時代に民俗学に近いようなことを研究していましたので、度々フィールドワークに行っていたのですが、その際、ある地域を自分なりに把握するため、地域内寺社の来歴等を調べておりますと、偶然に目的とはまったく異なってはいますが大変興味深い史実の痕跡に出くわすことが多くありました・・。
そして、そうした経験から、それら全て総合し物語れる地域の歴史を構築することが、少なくとも一面において地域を把握することなのではないかと思うに至りました・・。
また、こうした見解に至るまでの経験とは、客観的な科学的根拠は明示できないのですが、同時に他の分野で研究をされている方々に聞いてみても類似の経験をされていることを多く聞きますので、上手く表現はできませんが、何かしらそうした見解の方へ引き寄せられたような感覚があるのではないかと思います・・。」

A「・・・うん、たしかにそういった縁みたいなものは私も経験したことがありますが、かといって、そればかりに頼るとそういうのはダメみたいで、それはBさんのブログでも書かれていましたね・・。
ともあれ、ああいったことは不思議で、上手く説明がつかないけれども、何かあるのかもしれません。
キリスト教の言葉でいう「コーリング」みたいなものなのでしょうか?
とはいえ、そういったところで安住し続けていてもダメなようですので、あせらずに探求し続けることが肝要なのではないかと思います・・。」

B「ええ、そうですね・・。
そしてそれは日本語で「人事を尽くして天命を待つ」といった意味合いになるのではないかと思いますが、どうでしょうか?」

A「うん、そういった感じで間違いではないと思います。
またゲーテの箴言で「大きな必然は人間を大きくし、小さな必然は人間を小さくする。」といったのがありましたが、これも何かしら類似する意味合いを持っているのではないかと思います。」

B「・・・必然の大小を誰が判断するのかは分かりませんが、なるほどです。」

また、現在公募、求人等に応募しております。
現在大変困難な状況でありますので、この状況から助けていただきたく思います。
どうぞよろしくお願いします。
 


2015年12月17日木曜日

会田雄次著「日本人の忘れもの」角川書店刊pp.211-215より抜粋20151203

中学生活も終りのころ、私は工学部へ行こうという初志をひるがえし旧制高校の文科を志した。将来は文学部へ行って、哲学か歴史の研究者になるつもりになったのである。
今さら、どうしようもない年齢になり、大学騒動にいき当たって、なぜこんなものになって一生を台なしにしてしまったのだろうとくやむのだが、どうして、あのときこんな志望を立てたかは今考えてもはっきりしない。父に相談すると少し驚いたようである。しかし、徹底的に不干渉主義だったせいもあろうか別に反対はしなかった。ただ、こう言った。
「お前のような、自分勝手でずぼらな我がままものは、会社勤めには向かないかもしれないから、まあ、よかろう。だが、言っておくが学者とか大学の教師とかは女のくさったようなのが集まっている世界だぞ。男らしいのだっていないわけではないが、そういうのはたいてい発言力が弱かったり、中心的な人物にはなれないものだ。偽善と嫉妬だけが幅をきかす世界だということは、しっかり胸にたたきこんでおけ。そういう傾向は理科系よりも文科系に強い。半分技術者みたいな工学系より、基礎的な、純学問的なところほど強い。お前の望んでいる文学部などは、その中心だよ」

あとのほうは、動物学者だった父親の偏見かもしれない。しかし、当たっていないわけではない。全体として、この言葉は、もちろん自分自身もふくめて、今さら身にしみて思い出されることではある。このような大学教師の女性的性格は、日本だけのことだろうか。
日本文化というものは受容性が高度なせいもあってたいへん女性的特徴を持つようだ。学問も文化の一つだから、学者も女性的になるのだろうか。国文学者はとりわけ女性的な人が多い、ある博士には女性の長襦袢を身につける趣味があったといわれるが、そういう習慣を持つ人は、さすがに他部門の研究者にはいないようである。欧米では自国文学の研究者が、とくに女性的だという話は聞かないから、これは日本文化の女性的性格と関連するのであろう。ハーバード大学のリースマン教授が来朝したとき、日本の学者は幸福だ、本を読んでも女らしいなどと言われないからと冗談半分にもらした。事実アメリカでは、そういう意識がある。スポーツマンや技術者が男くさいというわけで女性にもてる。
学者、とりわけ本を読む学者はもてないのである。まあ、学者というものは、温和で乱暴者が少ない。女性的な嫉妬心が強いという点ではどこも共通ではある。ニュートンのすさまじい嫉妬と女らしい自己顕示性と競争相手にとった胸くそが悪くなるような術策は有名である。だが、それにしても、今日の日本の学者、とくに大学教授の女々しい性格は際立っている。ここで栄えたり、発言力を持ったりすることはもちろん、生き残るためにもずいぶん女らしい気をつかわなければならない。ここでは良心的ということは媚を売ることであり、誠実とはすがりつくということである。自分の好きなこと、それしかやれないことをやっているにすぎないのに、他の欲望を犠牲にして研究一本に打ち込んでいるように言いふらしたり、見せかけたりするのは、妻君が自分の才能を家庭のために犠牲にしていますということと変らない。ここでいわれる連帯とは徒党のこと、平和を守るとは地位を守ること、すべてが、言葉だけがお上品な江戸の大奥に酷似し過ぎている。こうなった原因の有力な一つには、明治、あるいは、それ以前から日本が文化の純輸入国であり、ほとんど全くといってよいほど輸出しえなかった国だったということがあると思われる。
要するに私たちの学問の世界では、どの分野にも外国が必ず先達がいるのであり、誰かが歩いた道を歩くのであり、落穂をひろうのである。前人未到の世界にふみ迷ったこともなければ、先頭を切って進んだこともない。このことが、ひいては教授のやることを真似ない弟子は憎まれるという風潮を作るに至っている。私は西洋史をやって、その世界で、あいつはドイツ語ができる、フランス語ができるというのが教授などの唯一の評価なのにびっくりした。それは大切な能力であり、不可欠な前提だけれど歴史家としては肝心要の能力ではないはずだ。東洋史で漢文が読める、日本史で古文書が読めるというのと同じことだ。歴史家にとって何がいちばん大切かということは実際の評価の際ほとんど問題にされない。歴史家が育たない根本理由である。中根千枝氏式に言えば、明治の日本の学問はウィスキーやブランデーなどの輸入商である。それを自分が作ったように勿体をつけた解説がうまかったにすぎぬ。もし明治人の持つあの国士風の風格、指導者としての責任感を欠いていたとするなら見られたものではなかったはずである。昭和のころは、それでもいろんなのをまぜ合わせカクテルは作れるようになった。マルキストはウィスキー一本やり、水わりの氷と水を加減しただけだろう。輸入したもとの酒の品質の他に、ここに上手、下手という多少の優劣が生まれた。うまいカクテもまずいのもあったがどちらにしたところで原酒を作ったことはなかったのだ。国粋主義者は、古代ものと称してあやしげなメチル入りのどぶろくを作り、これが絶対唯一のものとして強制し、国民の目をつぶしてしまった。マルクス主義経済学というのは、江戸時代の近代社会分析法を一生懸命学んで、現代にあてはめようとするものだ。現実分析がうまくゆかないし昔に帰れというはずである。人文社会系の学問だけのことではない。理科方面でも改良以外の独創的発見というのは今日に至るまで全く寥々たるものである。
会田雄次
日本人の忘れもの
商品コード 9784041329023

2015年12月14日月曜日

大西巨人著「神聖喜劇」第一巻 光文社刊pp.221-223より抜粋

私の「学生一般の精神には、「永遠の形而上的憂愁」か「世界苦」か、「シェストフ的不安」か、あるいは「時代閉塞の現状にたいする慨嘆」か、何か名状しがたいような物の鬱憤がある。」という少々気取ったような科白は、それでもたぶんたいてい事実に叶っていたであろう。
また私の「そういう鬱憤は、いつどんな小さなことでも契機にして爆発するかもしれないのですよ。」といういくらか示威的な言いぐさも、たぶん多かれ少なかれ事実に叶っていたであろう。

しかしそういう鬱憤は、何者かの「マルクス主義的策動」ないし「左翼的アジ・プロ」類による組織的・団体的・連帯的爆発への具体的可能性を概して持っていなかった。

生徒主事が言ったようにたしかに「その後(1931、2年以後)時代は大きく変換し」ていた。
そういう鬱憤が孕んでいたのは、むしろ主としてそれがたまたま個人的・孤立的・亜流ラスコーリニコフ的異常行為へ爆発することの具体的可能性であった。
如上の状況一般と、たとえば当時ある人文主義的思想家(谷川徹三)が青年学生(の教養問題)に関して「ニヒリズムの無関心」、「デカダンスの痙攣」などの語句をも用いつつ書いた一批評文章中の次ぎの部分などとは、内容上おおかたたがいに見合っていたのである。

新しい文化の可能が指示されている。新しい文化理想が掲げられている。そこから在来の個人主義的教養が蔑視せられるのである。さういふ意志と情熱とに生きる者にとっては教養は有閑的な社交的装飾的なものと考へられるのである。
それは生活の必需品ではない。食べられない人が沢山いる時そんなことは問題ではない。

フランス革命の当時、展覧会出品の絵を前に一市民が、それらの作品の「革命の偉大な原理を十分に表現していないことを遺憾とし」更に「彼らの兄弟達が祖国のために血を流しているその時に彫刻に従事しているとは一体何といふ人達であらう!」と嘆いたことをかつてプレハーノフの本で読んだがさういふ感情である。
そこからしてまた当時の一愛国者は、最もよい画家は国境に於いて自由のために戦っている市民達であることを熱心に証明しようとしたといふが、この感情が文化否定となり教養否定となるのである。
数年前われわれの国の若い人達の間にもこの感情を私は見た。

今日(1936年)も尚ほかういふ感情はどこかに何かの形で生きているのであらう。
従って若い人達に教養がないといふ場合には、彼らに教養への意志がない場合のあることを知らねばならない。
彼らは、できないのではない、しないのである。他の情熱と意志によって教養への意志を塞がれているのである。
最近あらためて教養の問題が取上げられているのはそれに対する反動であらう。
歴史的事実としてもフランス革命やロシア革命の直後に於ける文化否定的言動はやがて訂正された。
さういふ大きな情熱と意志とによって教養への意志が塞がれることさへ必ずしも正しくないとすれば、さういふ大きな情熱と意志とのない教養蔑視は一層正しくないであらう。
現代の青年達の示している虚無的な感情には、青年の理想家的情熱の凡て塞がれている鬱屈から由来したものがあるにしても、その表れ方に人々は好意を示さないのである。
それをもってわれわれの国にヒューマニズムの堅い地盤の欠如しているためと考へている者がある。
私もまたそれに賛する者であるが、この見地からすれば今日あらためて教養の意義が説かれなければならない。

20151214 想像・創造と想起および文体について・・

A「これまでに作成した対話形式のブログの大半は大体2000字以上になりますけれども、このくらいで適当なのでしょうかね?」

B「うーん、君のブログを読んでいて特に疲れるとか、面倒という程でもないので、そのくらいで良いのではないかなあ・・。」



A「はあ、そうですか。
あと、それに加えてこれまでに投稿した対話形式のブログとは、何といいますか、まだ自分自身の文体になっていない様な感じがするのですが・・?」


B「自分の文体ですか・・しかし、そもそも自分の文体とはそんなカチッとしたものがあるのでしょうかね?
私も一応これまでに色々と書いてきましたけれども、それでも果たして自分の文体とはどういったものであるかは特に意識はしていないと思います。
しかし、とはいうものの、どこかで自分の文章を見かけたら、これは自分の書いたものであると分かるとも思いますけれどね・・。」


A「はあ、そのようなものですか・・。
そういえば私の一連の対話形式のブログは、言文一致に近いものを意識して書いているのですが、この言語の層みたいな状態で色々と考え、想起してみますと、文章が比較的スムーズに湧いてくるような感じがします。
ですから、はじめに大まかにテーマを決め、そしてそこから、どの様な会話が展開されるかを想像することにより、記憶が刺激され、想起がはじまり、それに合わせて文章が作成されてゆくのではないかと思います。
そうしますと、はじめのテーマ決めの段階で、自分があまり経験したことのない事柄を選びますと、その後の想像と想起の結節により生じた流れ、勢いが弱くなってしまい、文章の作成が困難になってくるのではないでしょうか?
一方、この想像と想起の結節により生じた流れ、勢いが強ければ2000字程度は割合容易に書けるような感じもします。
また、はじめのテーマ決めの段階で、それまであまり書こうと思わなかった分野のことを考えてみると、案外良い文章の鉱脈?が見つかることもあるのではないかとも最近思うようになりました。
もっとも、こうしたことには何かしら、きっかけみたいなものが必要ではないかと思います。
それは外部の状況、あるいは自身の内部から生じるのでしょうが、それらは必然であるのか、偶然であるのかはよくわかりません。
そして、こうしたことは他のことにおいても同様であり、自分が強い影響を受けた著作の殆どは、大体立ち読みをしていて偶然手に取ったものであり、あるいは、このブログをはじめたきっかけもほぼ同時期に複数の方々から勧められたからです。
しかし、こういったことは、ただ受動的に待っているだけではどうやらダメなようでして、何かしら能動的な活動を続けることにより「バタフライ効果」あるいは「風が吹けば桶屋がもうかる」といった具合に何かが生じたり、そういったことを感知できるようになるのではないかと思います。
それ故「機が熟す」という言葉には、意外と深い意味があるのではないかと思うようにもなりました。」


B「・・・なるほどねえ。
また少しAさんの熱弁に呑まれてしまいそうになりました・・(笑)。
しかし、たしかにいわれてみるとイマジネーションの想像と想起の結節によりクリエーションの創造がはじまるという意見はなかなか面白いと思います。
これを言い換えると、イマジネーションの想像とは、知覚を与えられていないものを思い描くことであり、想起とは、知覚が得られているものを記憶から思い起こすことですよね。
そしてこの二つが合成されたところで創造がはじまるということでしょう。
そうすると、何だか弁証法の止揚(アウフヘーベン)だとか西田哲学の絶対矛盾的自己同一の概念を想起させますね・・(笑)。」


A「・・はあ、どうもありがとうございます。
ともあれ、センスの良いクリエーションの創造を行うためにはやはり、想像と想起の双方が必要なのではないかと思います。
一般的にはクリエーションの創造とはイマジネーションの想像だけで出来るのではないかと思われますが、実はそれは違うのではないかと思います。
私がこのように思うに至った主要なきっかけとは、幼い頃から好んで読んでおりました歴史小説から得られた感覚によるものなのです。
たとえば司馬遼太郎は、その著作を書く際に膨大な資料をあたるという話は割合有名です。
そしてそれら資料より得られた詳細な歴史的事実を基に物語、小説を書き進めるわけなのですが、その中での作中人物の会話などは概ねイマジネーションの想像であると思うのですが、同時にそれは歴史的事実を知覚した上で、その流れに沿う形で為されるものです。
そしてそれらはクリエーションの創造といっても良いものなのではないかと思います。
それにより、同一の歴史的出来事を扱った幾つかの著作、小説を読んだ場合、描かれる登場人物の人物像、性格あるいはそこから派生する会話などは微妙に異なりながらも、概ね同一の歴史の流れを辿って行くことが理解できます。
そして、そこで得られた解釈、感覚を統合することにより歴史への理解が深まってゆくのではないでしょうか?
一方、こういった歴史的事実を基軸とした小説とは、あくまでも、その著者の解釈した歴史像であり、本当の歴史ではないとする考えも根強くあります。
では、そうしますと歴史を理解するとは、一体どういうことなのでしょうか?
出来事、年号などを暗記することも大事であるとは思いますが、それよりも歴史の流れを活き活きと想起出来るということの方が重要なのではないかと思います・・。
そうすることにより、主体が自身の人生にて経験する様々な規模の出来事を歴史上の出来事と重ね合わせて考えることが出来るようになるのではないかと思います。
また、我々日本人はこういったことを何故だかよくわかりませんが、あまり好まない様な傾向があるのではないかと思います・・。
言い換えると、様々な出来事の歴史的な意味での普遍化を避けるような傾向があるのではないかということです。
そしてそれは、我々日本人のクリエーションの方の創造性、あるいはその知覚できる視野の範囲に対して何かしらの影響を与えているのではないかとも思います・・。」


B「ふーん、なるほどねえ・・。
歴史小説はたしかに私もよく読むけれども、それで私が想起するのはロバート・グレイヴスの「この私クラウディウス」に出てくる古代ローマ帝国の軍団兵などに関するリアルな描写ですね。
そしてそれは同じ著者の第一次世界大戦での従軍記録でもある「さらば古きものよ」と、かなり共通する基盤があるのではないかと思います・・。
あのような秀逸な描写が出来るということは、著者が実際経験した記憶に基づき、文献資料などによる知識を加味して物語を創造しているということなのだろうね・・。
そして、それが少なくとも歴史を扱ったものである場合は、やはり君のいう通りイマジネーションの想像ばかりではどうも難しいのかもしれないね・・。」


A「はあ、どうもありがとうございます・・。
そうしますと、記憶された経験に加え、それを想起する力、そしてそれを的確に表現できるということが大事なのでしょうかね?」


B「うん、それだけではないと思うけれども、まあ、とりあえずはそうだろうねえ・・。」

加藤周一著「日本人とは何か」講談社刊p.197より抜粋

『思想は体験から出発するものである。

体験が変らなければ、思想が変るということは決してない。
その意味で思想は輸入できないものだ。
たとえば「押しつけられた」民主主義思想などというものはない。
それは日本にないか、あるとすれば「押し付けられた」のではなく日本の土から生まれたのである。
本来の思想が日本の土に、生活とその体験に、超越するのも、それが日本の土に生まれたからである。
その他に思想上の節操ということの意味もないだろう。』


  

2015年12月12日土曜日

20151211 マンガ・映画と神話・古典について・・

A「どうです、最近何か面白い本や映画を見つけましたか?」


B「そうですね、書籍に関してはここ最近はずっとこれまである本を読み直すことが多いですが、先日用事があって行った神保町の書店で何か面白そうな本がないか色々と見ていましたら数学者で哲学者のラッセルの生涯を扱ったマンガがありましたが、これはかなり面白そうでした。
機会がありましたら是非購入したいなと思いましたね(笑)。
しかし、それで思い出すのは以前、そのラッセル著の「西洋哲学史」全三巻を読破できずに現在本箱の奥にあることですね・・。
あれはたしか6年前のことですが、また機会がを見つけてこれを精読、読破したいです。
また、映画に関しては、これも特にここ最近は観ていませんが、観てみたいのは「ワーテルロー」という映画ですね・・。
あの当時の大規模なロケを行った映画の迫力は現在のCGを多用したものとは大きく違うと思います・・。
こうした意見は今となっては時代遅れなのでしょうか?」


A「ラッセルの著作はたしかに面白いのが多いですからね。
しかしBさんがマンガを話題に出すのはなかなか珍しいですね、購入されたら是非読ませてください。
あと、映画に関しての御意見は私も大体同じですね。
私も本当の戦争は大嫌いですけれど、若い頃に観た面白い戦争映画はまた機会を作りゆっくりと観てみたいと思うことがあります。
私の場合はそうですね「空軍大戦略」やドイツ映画の「Uボート」などはまた観てみたいですね・・。
しかし君がさきほど云った「ワーテルロー」は、ちょっとマニアックですね(笑)。
もちろん私も以前観ましたけれど・・。
ちなみに私はあれを見るとどうもそこから40年後の世界を舞台にした「遥かなる戦場」を思い出してしまいますね。」


B「・・お言葉を返すようですが、私などはAさんに比べましたら、まだまだそういった映画等の趣味に関しては青二才であると思いますが・・(笑)。
それでも「Uボート」は私も今Aさんからお聞きして思い出しましたが、その後のハリウッド映画「U-571」の出現で少し人気が後退した様に見えましたがストーリーの重厚さなど全体的には「Uボート」の方が勝っているのではないかと思います。
また、あのストーリーはホメロスの「オデュッセイア」に通じる様なものがあるのではないかと思います・・。
ちなみに同じ監督が後年「オデュッセイア」の前の物語である「イーリアス」を映画化した作品を制作していることは何だか少し面白いですね・・。」


A「・・なるほど、それは面白い意見ですね。
私も「オデュッセイア」、「イーリアス」は以前読みましたが、確かにそういわれてみるとそうかもしれませんね・・。
ところで、ああいう物語は日本でいうところの記紀や平家物語、太平記などに相当するのですかね?」


B「ええ、多分その様な感じであると思います。
しかし背景の時代が大きく異なりますが・・。
ともあれ半分神話といってもいいそれらの舞台が、実際の遺跡として発見されたことは、発掘された当時としては画期的なことであったのではないかと思います。
その意味で、そういった古代の神話などは単なる物語やロマンではなく、何かしらの史実の痕跡を示すものが多いのではないかとも思います。
そしてこそれは我が国の記紀についても云えることであり、神武東征の際に九州を出発し瀬戸内海を通り大阪での在地の酋長勢力との戦にて受けた傷がもとで亡くなった神武天皇の兄である五瀬命が紀伊に葬られたと記されていますが、これは竈山神社として和歌山市に現存しています。
もっとも、これは記紀の記録に合わせて造営されたものであるのかもしれませんが、ともあれ同時にそうした遺跡は他にもありますので、少なくとも神武東征とは全く架空の物語でもないのではないかと私は思います。」


A「うーん、たしかに神武東征などは記紀における「オデュッセイア」に相当するものなのかもしれません・・。
また、戦前はそういった記紀の神話を題材にした絵画なども割合多く描かれたから、それらはもしかしたら欧米において多く存在する聖書物語あるいは「イーリアス」、「オデュッセイア」などの場面を題材とした絵画に触発され描かれたのかもしれないね。」


B「いわれてみますとたしかにそうですね。
そういった神話の場面を絵画として描き可視化する行為とは、その国の持つ神話文化を明晰化する意味があるのかもしれませんね・・なるほどです。
そして、そう考えますと、ある国が持つ絵画文化の発達とは、その普遍的題材となり得る神話などといった物語の存在が案外重要なのかもしれません・・。
またそれは丁度、音声言語と文字言語の様な関係であるのかもしれませんね。
その様に考えますと、現在我が国で盛んなマンガ文化とは一体どの様な系譜に立つものなのでしょうか?」


A「我が国のマンガ文化の系譜ですか・・。
その直接的な起源とは江戸時代の浮世絵なのでしょうか?
しかしそれ以前についてはどうも思いつきません・・。」 

2015年12月10日木曜日

20151210

A「Bさんのブログも150回を超えましたけれど、最近はどうですか?」

B「ええ、おかげさまでどうにかここまできました・・。
それで最近不思議なことに知らない方々からメッセージをいただくことがあります・・。
求職サイトからのオファーでもないようですし、また、最近流行のサギまがい、ウィルス添付のものでもなさそうなのですが、それでも手の込んだそれである可能性もありますのでとりあえずこわいので削除しております・・。
こういったものは一体何なのでしょうか?」

A「うーん、まあ何もメッセージが来ないよりかはマシであると思いますけれど、多分それらは何かしら新手のサギまがいのものではないかと思いますよ・・。
そういうのはここ最近多いからね。
私のところにも時折そういったメッセージが来るけれど、ああいうのは若い女性っぽい名前を使ってくるよね(笑) 
何故だかよくわからないけれど・・。」

B「ええ、たしかにそういった感じはします。
ああいうのに書かれている名前とは実名なのか芸名、源氏名みたいなものなのかよくわかりませんね、まあ、かといってその真偽を調べようとも思いませんが・・。」

A「うん、SNSの普及によってだろうか、そういたバーチャルなやり取りの世界で、架空の名前、人格などを持つのが現在の流行なのかもしれないね。
それでも私の世代から見れば、そういったものはあくまでも架空の存在であって、その根底には動かしがたい自己というものがあり、それだけが実際に何かを為す、行動するというような考えが強いですね。
しかし現在の若い方々はそういった考えばかりではないのかもしれません・・。
よくはわかりませんが・・。」

B「ええ、実在の重要性とは私も同意します。
また、現在若い方々の間でコスプレが流行している様ですが、それは多分本来の実在の自身から一時的に逃避したいという心の底にある願望と、それをある程度容易に為させる道具立てがそろった社会により招来されたものなのではないかとも思います。
また、それに加えて最近電車などに乗っていて思うことは、特に男性一般がオシャレになり、その着るアイテムの装飾性が高くなり、ある意味女性化しているのではないかということです。
そしてこの二つの現象は似たようもの、あるいは同根なのではないかと思います。」

A「ふうん・・まあ、そういった意識的に外見のカッコよさを目指すような傾向とは、手軽に出来て、そこそこの効果が望めるものだからね・・。
まあ、コスパがいいのではないでしょうか・・(笑)?
加えて、そうした考えの延長線上にボディビルや美容整形などがあるのではないかなあ・・?
ともあれ、そういった外見のカッコよさ、美しさを強く志向することの目的は究極的にはやはり「異性にモテたい」というのがあるのではないかな?
たしか九鬼周造の「いきの構造」で「粋とは異性に対する媚態である。」といった意味のことが書いてあったけれども、まあ、そのような感じではないかな・・?」

B「ええ、多分それが主な動機であると私も思います・・(苦笑)。
それでも特に女性の場合に関しては、途中からカッコよさ、美しさそのものが自己目的化していくような感じを受けることもありますね・・。
女性の美への執念とは際限がないとはよくいわれることですし・・。
まあ、美に関してだけでなく女性の執念とは、我々男性にはなかなか真似できない一種の強さがありますからね・・。
もっとも、そういった女性の特徴から恩恵を受けることも少なからずあるとも思っていますけれども・・。」

A「・・・君も部活動の帰りに私のところに寄って駄弁っていた頃と比べると大分世慣れた、進歩したのではないかな(笑)。
たしかに今の意見は私も賛成できますね。
ともあれ、それだからこそ日本の近代化、特に教育面においてそれを実行してきた人達は女性教育の重要性に思い至ったのではないだろうかね・・?
その結果としての現代社会とは、果たして明六社の方々あたりから見るとどのように映るのだろうかね?」

B「・・・それは大変難しい質問であると思います。
無論当時に比べてそうした状況は全体的には良くはなっているとは思います。
しかし同時に当時では思いもつかなかった状況、問題が発生しているのではないかとも思います。
それ故、明六社の方々がどのような評価を現代社会に対して下すのかは、残念ながら見当もつきません・・。」

A「まあ、そんなものかねえ・・。
ともあれ、現在、女性研究者を国策として増やそうとしている様ですけれども、それもそうした状況の一つなのかもしれない。
まあ、それは改善された状況の一つであり、それに加えて私は個人的には医療専門職なども女性の方が向いているとは思うけれども、今後そうした状況はどのように変化していくのだろうか・・?」

B「ええ、それは私も同意見です。
また、そうすることにより、そうした女性に負けないように男性側が自身の職務に励むようになるのではないかと思いますし、また、そこから良い意味での緊張感が生じるのではないでしょうかね・・?」

A「うん、何も欧米社会の全てが進んでいるとは思わないけれども、その点に関して欧米社会は、先行して既にその様になりつつあるのかもしれない・・。
しかし一方、我が国はそれまでの経緯つまり歴史が異なるからね、果たしてそれは普遍的に良いことなのかどうかはわかりませんね・・。
たしか遠藤周作の「沈黙」のなかで「日本とは父権的な一神教がオリジナルに近い状態で根を下ろすことが困難な何かがある。」といった意味のことが書いてあったけれども、これは何か示唆的ではないかな・・?
そして、それは我が国の社会根底における圧倒的な母性、女系的な要素の強さがその原因ではないかと思うけれども、こういったことはたしか河合隼雄の本に書いてあったと思うけれども、まあ、たしかに日本社会根底の母性、女系的な要素の強さとは今後も変化することはないと思うね(笑)。」

B「ええ、私も両著作共に以前読みました。
そして、それと関係あるかどうかわかりませんが、女性とは一般に理屈だとか観念を好みませんから・・。
また、好んだと見える場合においても、何かしら実際的な利得と結び付く可能性が強い場合が大半ですから・・。
あるいは、そういったことを好む女性とは、子を生さない傾向があるといったようなことを丸山真男がどこかで述べていたと思います・・。
これに関しては「女性の識字率、高学歴化が進行すると出生率が低下する」という見解をこれまでに数度見聞きしたことがありますが、これらは何かしら関係があるのではないでしょうかね・・?」

A「うん、その意見は私も以前聞いたことがありますね。
しかし、そういうのは国内の状態あるいはそれまでの経緯などによっても解釈が変ってくると思いますので、科学の実験のような普遍的な見解を求められるのかどうかはかなり疑問ですね・・。
また、一言で識字率といってみても、世界には文字文化も色々ありますから何ともいえないのではないかと思うけれども・・。」

B「・・まあ、そうですね・・。
日本などは表意文字、表音文字を併用しているかなり珍しい文化を持つ社会ではないかと思います。
それに加えて、これはどこでもそうですけれども、音声言語、文字言語がありますからね・・。
あ!それで思い出しましたが、少なくとも我が国における音声言語と文字言語とは、それぞれ女性的、男性的と考えられるのではないでしょうかね?
漢字を簡素化して表音文字化つまり音声言語対応にしたものがひらがなですよね・・。
そしてそのひらがなとは古来より女文字とされてきましたけれど、こうったものの背景にはやはり男女の性質の相異があるのではないでしょうか?」

A「うん、それは面白い意見だね・・。
しかし、そこから議論をはじめるとまた先が長くなりそうですね・・(笑)。」