2015年12月10日木曜日

20151210

A「Bさんのブログも150回を超えましたけれど、最近はどうですか?」

B「ええ、おかげさまでどうにかここまできました・・。
それで最近不思議なことに知らない方々からメッセージをいただくことがあります・・。
求職サイトからのオファーでもないようですし、また、最近流行のサギまがい、ウィルス添付のものでもなさそうなのですが、それでも手の込んだそれである可能性もありますのでとりあえずこわいので削除しております・・。
こういったものは一体何なのでしょうか?」

A「うーん、まあ何もメッセージが来ないよりかはマシであると思いますけれど、多分それらは何かしら新手のサギまがいのものではないかと思いますよ・・。
そういうのはここ最近多いからね。
私のところにも時折そういったメッセージが来るけれど、ああいうのは若い女性っぽい名前を使ってくるよね(笑) 
何故だかよくわからないけれど・・。」

B「ええ、たしかにそういった感じはします。
ああいうのに書かれている名前とは実名なのか芸名、源氏名みたいなものなのかよくわかりませんね、まあ、かといってその真偽を調べようとも思いませんが・・。」

A「うん、SNSの普及によってだろうか、そういたバーチャルなやり取りの世界で、架空の名前、人格などを持つのが現在の流行なのかもしれないね。
それでも私の世代から見れば、そういったものはあくまでも架空の存在であって、その根底には動かしがたい自己というものがあり、それだけが実際に何かを為す、行動するというような考えが強いですね。
しかし現在の若い方々はそういった考えばかりではないのかもしれません・・。
よくはわかりませんが・・。」

B「ええ、実在の重要性とは私も同意します。
また、現在若い方々の間でコスプレが流行している様ですが、それは多分本来の実在の自身から一時的に逃避したいという心の底にある願望と、それをある程度容易に為させる道具立てがそろった社会により招来されたものなのではないかとも思います。
また、それに加えて最近電車などに乗っていて思うことは、特に男性一般がオシャレになり、その着るアイテムの装飾性が高くなり、ある意味女性化しているのではないかということです。
そしてこの二つの現象は似たようもの、あるいは同根なのではないかと思います。」

A「ふうん・・まあ、そういった意識的に外見のカッコよさを目指すような傾向とは、手軽に出来て、そこそこの効果が望めるものだからね・・。
まあ、コスパがいいのではないでしょうか・・(笑)?
加えて、そうした考えの延長線上にボディビルや美容整形などがあるのではないかなあ・・?
ともあれ、そういった外見のカッコよさ、美しさを強く志向することの目的は究極的にはやはり「異性にモテたい」というのがあるのではないかな?
たしか九鬼周造の「いきの構造」で「粋とは異性に対する媚態である。」といった意味のことが書いてあったけれども、まあ、そのような感じではないかな・・?」

B「ええ、多分それが主な動機であると私も思います・・(苦笑)。
それでも特に女性の場合に関しては、途中からカッコよさ、美しさそのものが自己目的化していくような感じを受けることもありますね・・。
女性の美への執念とは際限がないとはよくいわれることですし・・。
まあ、美に関してだけでなく女性の執念とは、我々男性にはなかなか真似できない一種の強さがありますからね・・。
もっとも、そういった女性の特徴から恩恵を受けることも少なからずあるとも思っていますけれども・・。」

A「・・・君も部活動の帰りに私のところに寄って駄弁っていた頃と比べると大分世慣れた、進歩したのではないかな(笑)。
たしかに今の意見は私も賛成できますね。
ともあれ、それだからこそ日本の近代化、特に教育面においてそれを実行してきた人達は女性教育の重要性に思い至ったのではないだろうかね・・?
その結果としての現代社会とは、果たして明六社の方々あたりから見るとどのように映るのだろうかね?」

B「・・・それは大変難しい質問であると思います。
無論当時に比べてそうした状況は全体的には良くはなっているとは思います。
しかし同時に当時では思いもつかなかった状況、問題が発生しているのではないかとも思います。
それ故、明六社の方々がどのような評価を現代社会に対して下すのかは、残念ながら見当もつきません・・。」

A「まあ、そんなものかねえ・・。
ともあれ、現在、女性研究者を国策として増やそうとしている様ですけれども、それもそうした状況の一つなのかもしれない。
まあ、それは改善された状況の一つであり、それに加えて私は個人的には医療専門職なども女性の方が向いているとは思うけれども、今後そうした状況はどのように変化していくのだろうか・・?」

B「ええ、それは私も同意見です。
また、そうすることにより、そうした女性に負けないように男性側が自身の職務に励むようになるのではないかと思いますし、また、そこから良い意味での緊張感が生じるのではないでしょうかね・・?」

A「うん、何も欧米社会の全てが進んでいるとは思わないけれども、その点に関して欧米社会は、先行して既にその様になりつつあるのかもしれない・・。
しかし一方、我が国はそれまでの経緯つまり歴史が異なるからね、果たしてそれは普遍的に良いことなのかどうかはわかりませんね・・。
たしか遠藤周作の「沈黙」のなかで「日本とは父権的な一神教がオリジナルに近い状態で根を下ろすことが困難な何かがある。」といった意味のことが書いてあったけれども、これは何か示唆的ではないかな・・?
そして、それは我が国の社会根底における圧倒的な母性、女系的な要素の強さがその原因ではないかと思うけれども、こういったことはたしか河合隼雄の本に書いてあったと思うけれども、まあ、たしかに日本社会根底の母性、女系的な要素の強さとは今後も変化することはないと思うね(笑)。」

B「ええ、私も両著作共に以前読みました。
そして、それと関係あるかどうかわかりませんが、女性とは一般に理屈だとか観念を好みませんから・・。
また、好んだと見える場合においても、何かしら実際的な利得と結び付く可能性が強い場合が大半ですから・・。
あるいは、そういったことを好む女性とは、子を生さない傾向があるといったようなことを丸山真男がどこかで述べていたと思います・・。
これに関しては「女性の識字率、高学歴化が進行すると出生率が低下する」という見解をこれまでに数度見聞きしたことがありますが、これらは何かしら関係があるのではないでしょうかね・・?」

A「うん、その意見は私も以前聞いたことがありますね。
しかし、そういうのは国内の状態あるいはそれまでの経緯などによっても解釈が変ってくると思いますので、科学の実験のような普遍的な見解を求められるのかどうかはかなり疑問ですね・・。
また、一言で識字率といってみても、世界には文字文化も色々ありますから何ともいえないのではないかと思うけれども・・。」

B「・・まあ、そうですね・・。
日本などは表意文字、表音文字を併用しているかなり珍しい文化を持つ社会ではないかと思います。
それに加えて、これはどこでもそうですけれども、音声言語、文字言語がありますからね・・。
あ!それで思い出しましたが、少なくとも我が国における音声言語と文字言語とは、それぞれ女性的、男性的と考えられるのではないでしょうかね?
漢字を簡素化して表音文字化つまり音声言語対応にしたものがひらがなですよね・・。
そしてそのひらがなとは古来より女文字とされてきましたけれど、こうったものの背景にはやはり男女の性質の相異があるのではないでしょうか?」

A「うん、それは面白い意見だね・・。
しかし、そこから議論をはじめるとまた先が長くなりそうですね・・(笑)。」


2015年12月7日月曜日

20151207 先祖のハナシ

A「最近また少し寒くなりましたが、どうですか?
その後求職活動は進展しましたか?」

B「ええ、お陰さまでしょうか、少しずつ動いている様な感じはします。
今後また何か動きがありましたらお知らせします・・。
それで最近思ったのですが、私はその職務内容が自身にとって魅力的であるかどうかをどうやって判断しているかということです。
多分私はその職務が何かしら人の役に立っているという実感がないと、自分を鼓舞することができないのだろうなと思います。純粋に利潤追求の仕事などは、私には到底出来ないのではないかと思います・・。また、私の周りを見渡してもそういった仕事で成功している人というのはいませんし、また、幼い頃より影響を受けた方々も、どちらかというと、そういう仕事に向いていない様な方々が多かったです(苦笑)。幼い頃に色々と聞いた面白い方々がいるのですが、多分皆どこかしら前時代的な小市民士族の面影を引きずっている様な感じがしますね・・。ちなみに私が幼い頃に聞いた寝物語は保元・平治、治承・寿永の乱などが多かったですね・・。その時に以仁王の令旨で重要な働きをする摂津源氏の長、源頼政のことを「げんさんみよりまさ」(源三位頼政)といっていましたが、何のことかよくわからずに、ただその音を鵜呑みにしていましたね・・(笑)。そして平等院の戦いで敗れた源頼政の遺児が三河国岡崎に逃れ、土着し、その後の北条執権、足利時代を河内源氏嫡流に近い吉良氏などに仕え、その後、徳川親藩といってもいい水野家に仕え、維新を迎えたというような話しを聞かされたことをなんとなく憶えています・・。あと黒船来航、維新の時の話は結構リアルなのをいくつか聞きましたが、大正生まれの祖父母の代からすれば、幕末もそんなに遠くない過去であったのでしょう・・。ともあれ、彼等にはその様な、今となってはどうでもいい過去のことに固執する様なところがあり、また私も無意識のうちにそういった観念に縛られていた(る)のかもしれません・・。そして、それが前に出た私の傾向、性質に何かしら関係があるのかもしれません。単なる後付の理屈であるのかもしれませんが、同時にそういったことが全く自身の性質に対し影響力を持っていないともいえませんから・・。」

A「そうですか・・昔気質の方々は特に御先祖の伝説をとても大事にしますからね・・。
また、そういった伝説とは多少の誇張を含んでいたとしても、気概を持ち続けるための燃料ともなりますので、それはそれでいいのではないかと思います。また、柳田國男もどこかで「日本人はせいぜい三代前までくらいの御先祖しか知らないのが多い。」と書いていましたが、そういった意味ではまあ、貴重なものであるのかもしれませんよ・・。それでもBさんのその御先祖の話もなかなか面白いですね・・。しかしそうなるとBさんのルーツの一つは、その伝説通りであれば、岡崎そして京都あるいは摂津あたりにあるということになるのですか?」

B「ええ、まあ、そういうことになるらしいのですが、多分岡崎あたりまではある程度史実に基づいているのではないかと思います。しかしそれ以前に関しては若干誇張が入っているのではないかと思っています(苦笑)。まあ、そこら辺は記紀でいいましたら神代の時代みたいなものですね(笑)。ともあれ、そういったことが現在、私が何かしら人の役に立つ仕事に就きたい、純粋な利潤追求の仕事はできないのではないかという様な傾向と何かしら関係があるのかもしれないということです・・。」

A「人の役に立つ仕事ねえ・・。まあ、大抵の仕事は何かしら人の役には立っていると思うけれども、たしかにそういう要素も人によったら仕事を選択する上では案外大事かもしれないね・・。」

B「ええ、端的に自身が「これはいい!」と納得することができなければ、たとえ人から勧められた、あるいはオファーを受けた場合においても、最も大事な何か気力、気概のようなものが削がれてしまうのではないかと思うのです・・。それは、その職務に対し何かしら胡散臭い要素を感じ取ってしまいますと、どうも興味、関心を失ってしまうということかもしれません・・。これは少なくとも私にとっては、なかなか大事なことでして、最近ではたとえば不図聞くテレビなどでの会話においても同様の感じを受けてしまうのです・・。こうしたことは国際資本主義が進展した現代においては、ある意味厭世的、ペシミスティックなあまり好ましくない傾向であるのかもしれませんが・・。」

A「うーん、それはどうだかわかりませんが、一般的な見解としては「世の中そんなものだよ。」とか「世の中はそんなに甘くない!」などになるのでなないでしょうか?
しかし一方において、そういった気持、感受性もまた大事であると思いますよ。
私はある程度の期間、研究をしたり、人にそういったことを教える様な仕事に就いてきましたけれど、そこからの経験から、今Bさんがいった様なこともわからなくもないです・・。つまり、それは自分が相対している相手の言動、挙措動作あるいはその作成した文章などから、ある程度普遍的な評価ができてしまう(苦笑)のではないかということです。無論、その評価結果に絶対の自信があるわけでもないけれどね・・(笑)。」
B「ええ、それは私にも何となくわかるような気がします・・。それは、自分が話している相手が多少無理して、わざと難解な言葉を用いているのではないか?そしてその背景となる知識がどの程度その話し手自身に定着しているのか?とは、話しをしていると、その内容、挙措動作などの全体像、それこそ雰囲気、オーラみたいなものから何となく読めてくるということであると思います。また、以前ブログに記した高い女子力が妖刀に近いということの意味とは、一つにそういったことを女性特有のある種の感性の加味により、かなり精確に近い判断が出来てしまうということからくる悲劇?ではないかということです・・。ともあれ、以上の様な理由により、私は一連の対話形式のブログを記す際は、出来るだけ難解な表現、言い回し、言葉を避けているようにしているつもりです。そちらの方が虚飾を廃し、伝えたい意味、内容が通じると思いますし、また簡潔明瞭とは、そういうことではないかと思います。そして、そうした上で意味、内容が的確に表現され、相手に対し通じる言葉、文体こそが良いのではないかと思うのです。」

A「うん、まあそれはそうですね。しかし、御承知とは思いますが、そういった考えとは特に新しいものではなく、そうですね・・それは正岡子規の俳句論あるいは小林秀雄の芸術評論などにおいても類似した考えを見出すことができると思いますよ。つまりそれは、言葉を用いた事物、現象の写生、描写などにおいても同様に大変重要なことであるということですね。」

B「ええ、もちろんそういったことは重々承知しており、また自分のそういった意見も結局のところ、それら先人の肩車に乗った意見であるとは思います。しかし同時に、現在の傾向、時代の潮流とは、どうもそれとは異なる方面に向っているのではないかとここ最近思うのです・・。といいますのは、以前のブログにて記しましたが、現在の傾向、時代の潮流がどうもかつての日本浪漫派と類似した様なものを持っているのではないかと考えさせられるからです。」

A「ああ、私も日本浪漫派については少しは知っていますよ。しかし皮肉なことに日本の将来を憂いて衝撃的な最期を遂げた三島由紀夫もまた、日本浪漫派から強く影響を受けたか、あるいはその流れを汲む一人として目されていたのではなかったかな?」

B「ええ、そうですね。しかしそれに対し反論させていただくならば、三島由紀夫はその背景に膨大な知識、教養を深く、幅広く持っていました。それはホンモノといっても良いものであったのではないかと思います。そして、その様に考えますと、真似、類似とは特に悪いことではないのだと思います。大事なことは、そこに含まれている考え、観念を主体が咀嚼、消化し完全に自己のものとしているかどうかということではないでしょうか?
そうでない場合はオリジナルのエピゴーネンの氾濫を招き、ひいては当初その文化的事物が持っていた瑞々しさ、新鮮さが損なわれ、陳腐なものに堕していってしまうのではないでしょうか?また、こういったこともさきの小林秀雄は勾玉に関して述べていましたし、また他では、ゲーテも詩作に関連してこれと類似したことを述べています。」

A「それは心情的にはとても理解できるけれども、しかし一方において工業化された大量生産、大量販売、消費も基盤とする現代社会においては、多少そういった考えも妥協、譲歩した方が都合が良いのではないかなと思うけれどね・・。また、蛇足になるけれど、それは教育についても同じ様なことがいえるのではないかな・・?」

B「ええ、おっしゃることは私もよく理解できます。それは極論しますと普遍性と特殊性との葛藤であると思いますが、はじめから普遍性一本槍で物事を断定して推し進めてしまいますと、その後の様々な創造性、持続可能性が徐々に損なわれてしまうのではないでしょうか?そしてその結果、カチッと出来てはいるが伸代のない様な未来になってしまうのではないでしょうか?私としてはそちらの方がこわい様な気がするのです・・。」

A「・・ううむ、なるほど、そうかもしれないね。持続可能性という言葉もここ最近よく聞くけれども、その意味に関してはあまり考えてみたことがなかったかもしれない・・。
一体どういったことが持続可能性なのだろうかね?」

B「ええ、前のブログにて引用したフランクルの「夜と霧」の「人間は如何なる状況にも適応できる。しかしどの様に適応するかは問わないで欲しい。」とは、こういったことにおいても適応できるのではないかと思います・・。」


20151205 勾玉および道具の使用法と演繹、帰納法

A「相変わらず寒いけれど、どうだい、元気でやっているかね?」

B「ええ、どうにかお陰さまでやっております。
しかし、こう寒い日が続きますと読書の方はどちらかというとはかどる様です。先日、写真集ですけれど「勾玉」を中心とした古代の装飾品のものを見ていましたら「あのデザインは一体どこから来たのだろうか?」と不図、考えてしまいましたね。あれはデザインで大きく分類しますと、大和型と出雲型になり、大和型は尾の部分がシュッとしており、二つ合わせると丁度陰陽の文様になり、それに対し出雲型はアルファベットのCの字に近いものです。ともあれ、この勾玉の祖形はどうやら弥生時代以前から東アジア及び南洋の方にも存在することから、この分岐、差異は日本列島に伝播した後に生じたものの様ですね・・。」

A「ふうん・・勾玉ねえ。
そういえば私も君からお土産で勾玉をいただいたことがあったかれど、そういわれると、あれは出雲型だったね。」

B「ええ、それは一応意識してそうしたのです。
先ほどの大和、出雲双方の勾玉の相異とは、それを敷衍してみますと、それぞれ天津神、国津神にも分類することが出来るのではないかと勝手に考え、そして我々日本人の多くは国津神、つまり天孫の末裔ではないと思われるため、出雲型の方が適当なのではないかと考え、そうした次第です。」

A「ああ、なるほど。
そういわれるとたしかに天津神、国津神は勾玉の形状のルーツにも何かしら関係あるのかもしれないね。それで私は国津神系と判断されたわけですか?(笑)
まあ、たしかにそういわれると違うともいえないね・・。
しかし考えてみると勾玉とは、もしかしたら二千年以上にわたり我々日本人が抱いてきた何かを象徴する形状なんだろうね・・。
あるいは欧米の十字架よりも古いものなのかもしれない・・。」

B「ええ、その通りではないかと私は思います。
また勾玉とは琉球、沖縄において神器として現在尚存在しておりますし、また、北方のアイヌ、蝦夷などの文化においても見られることから、少なくとも日本列島を包括する文化なのではないかと思います・・。」

A「はあ、それは知りませんでしたね・・。
そしてそれが三種の神器の一つでもあるのはなかなか面白いことですね。」

B「ええ、しかしその勾玉の持つ意味なのですが、これは先ほど少し申しましたように諸説あるようでして、統一した見解というものは未だ得られていないようです。
また、それはそれで面白い現象であると思うのです。といいますのは、この勾玉の意味についての諸説とは、日本人と神輿についての丸山真男、渥美勝などによる見解を想起させるからです。この場合、勾玉と神輿との類似点とは、双方共にある明確な物質的存在があり、それについての見解は諸説あってかまわない。しかし、ともかくそれらの物質的存在が基軸となっているということではないでしょうか?そして、そういった物質的存在を基軸とした、ゆるやかな形而上的な世界とは、日本文化の中で割合多く見られるのではないかと思います・・。こういうのは欧米社会における十字架の意味合いとは大分毛色が異なるのではないかと思います。つまり十字架の場合、その背景にキリスト教、そしてそれを成立させる観念、書物などが権威を持って存在します。
また、時代によってはその権威がリゴリスティックに過ぎることもあります。
これは宗派によって異なると思いますが「薔薇の名前」の時代背景が丁度そんな感じであったと思います。ともあれ、その点、日本における勾玉、神輿などはどうも物質的存在の方が観念などよりも先行している様な感じさえ受けるのです。つまり、欧米のキリスト教などとこれらを比較した場合、ニワトリ、タマゴの順序が逆になっているのではないかという様な感じですかね(笑)。」

A「はあ、モノが先か観念が先かでそれら内実の性格も大分変ってくるからね・・。
そうすると私が思い出すのは鋸の使い方について誰かが書いていたのだけれど、西洋だと鋸を押す時に切れて、日本だと引く時に切れるという様なことだね。その著者は「西洋と日本では何でもそういったものが全て逆さになっている。」と書いていたけれど、私はそれはさすがに短絡的であると思ったけれど、まあ面白い意見ではあるよね・・(笑)。」

B「道具の使用などは正しく身体性に属するものであると思います。そして案外こうした観念の出発点からの思索の方向性なども身体性に基礎を置いているのかもしれませんね。
まあ、よくはわかりませんが・・。」

A「うん、身体性はなかなか面白い視点であると思いますが、あとは言語の構造なども特に観念などに関しては強く関連しているのではないかな?たしか山本七平がどこかで「日本語は元来戦争などの遂行などには不向きの言語である。」と書いていたけれど、そういったことに関係あるのかもしれないね・・。」

B「なるほど、言語の構造ですか・・それもまた面白い発想ですね。そういわれますと加藤周一もどこかで「日本語とは叙情的な散文を書くのには適しているけれども、これを用いて思考する文体を書くことは簡単でなない。」といった意味のことを書いておりましたが、それも類似したものであるのかもしれません・・。」

A「叙情的な散文ですか・・なるほど。たしかにそうかもしれませんね。
そうすると今度は私は帰納法と演繹法の違いを思い出してしまうね。
つまり日本語とは、特殊、個別的な事象を詳細に多少の情感を込めて記録する帰納法における一要素の叙述などに適していて、印欧語とは、総合的、演繹的な記述に適しているのかもしれないね、少なくとも各々言語の根本においては。」

B「はあ、それは現代においては確証を得ることが難しいと思いますが、一方において、前の私のブログにおいて取上げました加藤周一が書いておりました歌舞伎とシェイクスピアの劇における科白の傾向の相違なども想起させますね・・。」

A「うん、辞書の名前で有名なgenius(ジーニアス)とは、元々言霊などの意味らしいけれども、そういったレベルにおける何かしらの違いとはやはり何かしらあるのだろうね・・。」

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2015年12月4日金曜日

20151204 自身のブログと記憶、創造について【初期の独白形式】

私のブログもこれで150回目の投稿に近くなってきましたが、最近はどうもそのネタを何にしようかと考えてしまうようになってしまいました・・(苦笑)。

これまでこういったものは、その時の思いつきでプラっと書いてしまう方が良いと考えていたのですが・・。

あるいは単にネタがなくなってきた、枯渇してきたと思う様になったのかわかりませんが、とにかくブログのネタについて考えてしまうようになりました・・。

しかし、よく考えてみますと、これはここ最近にはじまったことではなくて、実は内心無意識に行っていたことを徐々に意識化するようになった結果であるのかもしれません。

その様に考えますと、こうした多少の創造的要素を伴うことを行うことは、自分自身が何か新しいことを気付くためにはなかなか良いことであるのかもしれません。

そして、この場合、気付いたというよりも、むしろ、これまで何となく継続して行ってきたことを省みて、そこにどういった軌跡、轍が見えたかということであるのかもしれません。

それは、同時にこれまでの自身の継続してきた行為に何かしらの価値を感じた、見出したということでもあります。

それ故、これを更に継続して行うために、新たなネタを探すということになるのです。

もし、現在このブログに対しある程度明確な意識を持たない、価値を認めないままでいたら、ネタがなくなれば単純に止めればいいと思ってしまうところでしょう。

しかし、そう考えないことには悪くいえば、あきらめが悪い、良くいえば、一種、自助努力の様なものということにもなりましょう。

そして、おそらくこの二つの評価には明確な差異はないのではないかと思います。

それを判断するのは、このブログを読んでくださっている方々か、あるいは後の自分自身ではないかと思います・・。

とはいいましても、実のところ、これまでの主に対話形式のブログでの会話とは、その内容の7~8割方は、かつて実際に私が様々なところで経験したもの構成を色々と変化させているものであり、その意味では、何といいますか創造的要素の部分は案外少ないのではないかとも思います・・(苦笑)。

しかしながら、以前のブログにて述べました通り、実はその会話の記憶こそ、そしてそれを呼び起こす力こそ精神力であり、それがもしかしたら創造的要素というものの異名であり、あるいはそれと類似したものであるのかもしれません。

そして、もしそれがある程度妥当であり、正しいといっても良い考えであるならば、それはそれで全体的には創造的行為と呼んでも差し支えないのかもしれません・・。

また、私はこれまでにそういった機会、時間にある程度恵まれてきたことから、書籍、文献などを割合多く読み、映画などもそれなりに多く観てきたのではないかと思います。

そして、それらに関しての記憶を機に応じて(それが当を得ているか、センスが良いかどうかはわかりませんが)呼び起こすことの出来る精神状態、意識とは、無意識に近い層にまで達しているのではないかと思います。

丁度、大岡昇平の「俘虜記」の冒頭近くにおいて、朦朧とした意識状態の主人公が、あるフランス文学の一節を想起し、そうした自分自身を自嘲気味に描く様なことではないかと思います。

無論、私はそこまでの深度(?)、教養レベルに達しているかどうかは、かなり怪しいと思いますが、しかしモデルとしては類似したものではないかと思われます。

また、そうなると実際の会話であれ、書籍などを読む時に自然に行っている著者との対話であれ、その根本もまた類似したものであるのではないかと思います。

そして、その様に考えてみますと、いかなるものであれ、能動的な知性を駆動させる活動とは全て、その主体が意識したものを再度無意識化してゆく過程そのものではないかと思います。

そうしますと、創造的行為とは、一面において、精神、心の中に予めあるものを機に応じ適宜想起し、それらを主体の流儀、好みにより調整、再構成することではないかとも考えられます。

もちろん、それ一辺倒ではダメであると思いますが・・(案外ここが大事であるかもしれない。特に自分を含めた日本人の場合。)

ともあれ、そうすると、より純粋に近い創造とは、精神、心の中にあるものが少ない幼少期におけるものがそうなのではないかと思います。

その後、様々な知識、技術等を得てきますと、創造的要素は一時的に減少し、さらにその後、それらが主体の中で安定して定着してきますと、それらが咀嚼、消化され、より無意識に近い状態において、それまで得てきた様々な知識、技術を自由自在に使用することが出来るようになるのではないでしょうか?

そして、それこそが、次の創造のための種子となるのだと思います。

また、こうしたことを英語でincarnation(血肉化)と称するのではないかと思います。

かつて、このincarnation(血肉化)とは、学問を行う上で極めて大切であったということは当然であり、また、現在尚同様であると思います。

しかし、その一方において、昨今続々と登場している一連の便利な機器とは、人間が様々な知識、情報そして技術を血肉化させる必然性、必要性を省き、ある意味大変合理化はされたのでしょうが、同時に精神、心を駆動させる機会を奪い取っているようにも思えます。

ともあれ、こういったモデルは私のこれまでのブログにて繰り返す様ですが、特に新しいものでもなく、様々なところで類似したものを見受けることが可能です。

具体例として、マンガ「どらえもん」の様々な便利な道具にまつわる話、映画「2001年宇宙の旅」あるいは多少古典的なところでは人造人間の「フランケンシュタイン」などもそうではないかと思います。

また、そこに怪奇的要素をより濃厚にしたものが西洋怪談の古典であるジェイコブスの「猿の手」がそうではないかと思います。

ともあれ、こうした一連の物語が示すものは、新規の発明、現在の困難な状況を改良、除去すると一見思われるものには、遅効、速効の相異はあるかもしれませんが、案外毒が含まれていることが多いということであると思います。

そして私が分不相応にも危惧することは、こうした便利な機器が、我々が得意な「なあなあ」「なし崩し」により、結果的には創造性、精神の力、活力が損なわれてゆくのではないかということです・・。

そういえば、フランクルの「夜と霧」の中で「人間はどんな状況にも適応できる。しかし、どの様に適応するかは問わないで欲しい。」といった意味の記述がありましたが、こういったことにも、もしかしたら適応することができるのかもしれません。

しかし同時にそれが将来において「事実、ナンセンスな危惧であった。」と評される未来の方が私は望ましいと考えております。

2015年12月1日火曜日

20151201「初見 野上彌生子著「迷路」」

A「ここ最近随分寒くなりましたけれどお元気ですか?」

B「ええ、まあどうにかやっております。しかし如何せんここ最近寒いので、つい先日セラミックファンヒーターを秋葉原で購入しました。
また、その帰りに神保町に立寄り古本屋街をぶらつきましたが、また面白そうな本をいくつか見つけてしまいました(笑)。」

A「そうですか。私の方もまた幾つかそういった本を見つけましたが、ここ最近はどうも、長編の小説などはどうも読むのが難しくなってきましたね・・。
こういったのはやはり年齢のせいなのかねえ(笑)。」

B「ええ、そうですね。
私も長編の小説などはここ最近ずっと御無沙汰です。
しかし同時に長編の小説などを読み終えた時の充実感はなかなかのものです。
あの感覚は何といいますか、頭の中を列車が通過してゆくような感じですかね(笑)。」

A「うん、それは何となくわかるね・・(笑)。
私も若い頃に色々と読んだつもりだけれど、今となってはすっかり忘れていると思った時に、不図その内容や文章を思い出したりすることがあるけれど、ああいう時は我ながら不思議な感じを受けるねえ・・。」

B「ああ、そうですね。
それはわたしにもよく分かります。
人間の記憶とは、なかなか不思議で面白いものですね。
その一方でやはり何といいますか、長編小説や数冊ものの通史などのヘヴィーなものは、ある程度若い時分に読んでおいた方が良いとも思いますね。
多分、ああいうのを継続、集中して読むのは頭脳の明晰さと同様、体力が必要なのではないでしょうかね・・。
ですから、決して若いとはいえない現在では、そういったものを読むのが苦痛とはいいませんが、困難になってきているのではないでしょうか?」

A「うん、それはたしかにあるね。私も一番集中して色々と読めていたのは20代後半から30代前半ぐらいの時期だったね。それでもそういった集中して読書をした時期と自身の研究活動にアブラがのる時期にはタイムラグ、ずれがあるみたいだね・・。
いや、逆にこういったことを同時期に自転車操業的に行うのは難しいのではないかな?」

B「・・はあ、そうですか・・。
私が現在作成しているブログは大体自転車操業的なものなのですが、それでもネタ帳に記したものは、全てそれ以前に考えたものですから、厳密にいえば自転車操業ではないかもしれません・・。
また、多少自意識過剰かもしれませんが、私のブログを読んでいただいている方は「ああ、こういった内容はたしかにBが書きそうな内容だな。」と思われているのではないでしょうか?
まあ、これは若干今Aさんが仰ったものと意味合い、示す現象の相が違うのかもしれませんが、私はその様に思いました。」

A「うん、ちょっと違うかもしれないけれど、まあ、それも一つの考え方であるし同時に特に間違ってもないではないかなあ(笑)。
まあ、ともあれ色々読むことが出来た時期は今考えてみると私にとってはとても貴重なものであったと思うね(笑)。」

B「ええ、そうですね。
繰り返すようですが、私も現在これまでに読んだ学術書、長編小説、哲学書、通史などをもう一度継続、通読する必要が生じても、それが出来るかどうか正直なところかなり不安ですね・・(苦笑)。
それでも先日神保町に行った際にまた私の書籍センサー(笑)が「これはすごいかもしれない。」と思わせる一作を見つけてしまいました・・(笑)。」

A「ほう!それは何という著作でしたか?」

B「これはAさん御存知であるかどうかわかりませんが岩波書店から出ている野上弥生子の著作で「迷路」という作品です。
冒頭部を立ち読みしておりましたらどうも続きが気になってしまいました・・。」

A「うーん、その作品は読んだことがありませんが、ただ野上弥生子は君のいくつかのブログで触れた大分県の臼杵出身なのだけれど、御存知でしたか?」

B「・・・あ!たしかに臼杵に着いた時に駅近くの案内板にそのことが書いてあった様な気がします。
今Aさんにいわれまして思い出しました!
いや、正確には無意識に近いところで憶えていたものが今のAさんの発言でつながったというような感じです。」

A「はあ、そうですか。
それもまたなかなか興味深く、面白いですね(笑)。
何だかこれは以前君のブログにも書かれていた夏目漱石の夢十夜の第三夜のモチーフに近いものがありますね・・。
もっとも、あれはどちらかといえばこわい内容、怪談に近いものでしたが、たしかに人間の心にはそういったところがありますよね。」

B「なるほど・・そうですね。
そういったものがデジャブ、既視感とかいうのでしょうかね・・?
いや、正確には違うかもしれませんが、まあ、大まかに考えれば似たようなものでしょう・・。」

A「ああデジャブですか・・。
そうともいえるかもしれませんが、それは過去において、明晰でない意識状態で見聞きし、記憶していたものを再度どこかで同一、類似したものを見聞きして意識化されたことをも指すのかもしれません。」

B「ええ、そしてそういったことは、先程の話しで出ました継続した読書や研究などによって、徐々に明晰化された意識が感じ取り、意識化することが出来る様になった事象の多寡およびその範囲の広さなどにも似た様なことがいえるのかもしれませんね(笑)。」

A「ええ、もしかしたらそれらは似た様なことなのかもしれません。
まあ、何れにしましても人間の心、精神とは、実は記憶のことなんでしょうね・・。
そして、精神力とは、一面において記憶を呼び起こす力のことを指すのではないでしょうか?
その様に考えますと、現在の発達したPC、スマホは便利な道具であると同時に、この意味での人間の精神力に対してはあまり良い効果をもたらさないかもしれません。
丁度腰の補強ベルトをずっと着用しておくと背筋、腹筋が弱くなってしまうように・・。」



「茶の味」予告編



北杜夫著「どくとるマンボウ小辞典」中央公論社刊pp.124-126より抜粋20151130

H・G・ウェルズは、ジュール・ヴェルヌと共に、空想小説の元祖として私たちの記憶にとどまっている。しかし、一時代まえのヴェルヌの小説は、ロマンチックな夢物語(といって彼は将来の実現性を第一目標にした)という感じが強く、いわゆる空想科学小説の種々のタイプ、アイデアの原型のほとんどを創始したウェルズは、やはり偉大であったといってよい。

しかしウェルズは、科学者としての彼の知識を(彼はもともと生物学者として出発した)、文学上の筋の展開のために、かなりしばしば犠牲にもしている。初期の小説群、「タイムマシン」「透明人間」「宇宙戦争」「月世界最初の人間」などのすでに古典となった大衆小説はこうしてうまれた。その着想の新鮮さはぬきにしても、物語の運び方、描写の正確さ、つまり彼の卓抜な小説技術が、これらの作を古典にしたといえる。

しかしウェルズは、やがてこうした空想科学小説から離れてゆき、社会科学的な立場から書かれた思想小説、科学的あるいは歴史的な著述に、その後半生は費やされた。

「世界文化史大系」などはなかんずく著名だが、一九三三年に出版された「来るべき世界」(最後の革命)」という書物がある。

一九三三年といえば、ヒトラーが政権をとった年である。ウェルズはこの書物のなかで、日本の中国本土侵略、日本の敗北、ヒトラーの檯頭、第二次世界大戦、原子爆弾を暗示する細菌戦などを予言していて、いかにも当たった予言という感を抱かせるが、客観的に見てこれはどうであろうか。

ウェルズほどの頭脳で当時の世界情勢を判断すれば、この程度の予言は当然のことではなかろうか。また彼に近い立場の人で、誰がヒトラーの勝利を予言するだろうか。
この書物はむしろ彼の広範囲な知識、ときおり見せる小説家的な描写力のほうに興味がもてる。

この書物は、彼の友人が夢のなかで見た書物―その中には未来のことまで描いてあるのだが―を書きとめた遺稿という形で書かれている。著名な科学者や作家の子孫などを登場させて、未来における研究や当時の描写をさせているところがおもしろい。
原子爆弾を連想させる「永久死滅ガス」というのが登場するが、「この殺人地帯はだれも二度と足を踏み入れることができず、一九六〇年になって、ようやく二、三の探検隊員が、特別マスクをかけてはいったほどであった。発見されたものは、人体ばかりでなく、そこに迷い込んだ家畜や犬などの死体が、ばらばらとなり白骨となり、数百万のネズミや鳥の小動物の皮や羽のくずが散乱していた。あるいは雑草は傷んでいたが、他の加下等植物は繁茂していた。広大な地帯はちぢかんでムギナデシコでおおわれ、オオグルマは灰色のうぶ毛が生えかかっていた」さらに、この死滅ガスの副産物として、不妊性放射物が生じたことが記されている。これは日本軍の南京緑色ガス攻撃の報復として、中国空軍が日本へ投下したものだが、偶然の結果として、日本の都市では、人間のみならず鳥や牛やネズミまで不妊になってしまった。ウェルズは特に、一章をもうけて憎悪について語っている。つまり、後世からの見方では、「憎悪が知的に緩和され抑圧されるようになったのは、おどろくほど最近のことだが、われわれの祖先たちは、この憎悪を予防し得るものとは考えていなかった」その説くところによると、憎悪は一種の病気であって感染しやすいが、特に哺乳類動物の大脳、とりわけ社会集団型の大脳は感染しやすい。それは合理的なコントロールを欠くためであり、大脳皮質がくり返し少しずつ刺激されるために起こる。伝染は成熟の前後に発生するもので、幾度か的確におそわれると、ついには執念ぶかい痼疾とまでなる。この憎悪から、必然的に手ひどい残酷が生まれた。「しかし、一九八〇年の復興途上の世界の記録には、人間や獣に対する兇悪な行為はほとんど見られない。これは局面の変化であって、人間天性の変化ではない。現に人を殺したりいじめたりした同じ人々が、今はまったく合理的に善良にふるまっている」ウェルズは混乱と残酷な未来史―それは私たちが経験し、経験しつつあるものである―を描いたが、そのあとに、ユートピア的な世界国家の像を描いている。これは、他の作家たちの描く未来像がおおむね暗く絶望にみちているのにくらべ、一特色といってよい。彼によれば、人類は悪戦苦闘のはてに、かがやかしい新世界を創造できるというのだが、その根本を、彼は遅々とした教育の力においている。
「どくとるマンボウ小辞典」
ISBN-10: 4122000734
ISBN-13: 978-4122000735
北杜夫

20151129

A「欧米のメディアが先日のパリでの自爆テロを「KAMIKAZE」と報道した様ですね・・何だか我々日本人とすれば複雑な心境です・・。」

B「ああ、それは私も聞きました。欧米の方々から見れば捨身の自爆テロは一般名詞としてそうなるのかもしれません・・これに特に悪意はないと思います。
しかし一方において、少し前のベストセラー小説の映画化されたものの中で、日本人の登場人物が神風特別攻撃隊のことを自爆テロと評価しており、それを主人公が強く否定していた場面がありましたので、そういった流れで考えてみますと、やはり違和感が残るのかもしれません。」

A「そうだね。日本人がこの欧米での報道に対して違和感を覚えるか覚えないかは、おそらく太平洋戦争への評価によって変ってくるのではないかもしれませんね・・。
そして、そうでなければ英和辞書にも出てくる「TSUNAMI」と日本語の津波も同じ様なものとして、まあ特に違和感を覚えることもなく納得できるのではないでしょうか?」

B「ええ、たしかに仰る通りですね。
この問題にはおそらく、太平洋戦争、第二次世界大戦における立場の違いが根底にあるのではないかと思います。
また、もし日本がいまだ旧連合国を主とする現在の欧米諸国に対して敵意、反感を持っているとするならば、むしろこの報道の仕方に対し、違和感を覚えることなく、むしろ「そうだ!その通りだ!思い知ったか!」となっても良いかもしれません。
しかし、さすがにそういった意見、傾向は国内で皆無あるいはかなりの少数派ではないかと思います。
また、それと同時にアメリカの原爆投下に対する日本側の謝罪の要求と、それを決して受け入れないアメリカなどにおいてもこれと似た様な構図があるのかもしれません。
何れにしましても、自らの視座を定めた近現代史に対し払ってきた価値が、こういったことの遠因となっているのではないでしょうか?
そしてそれが、先程の欧米における「KAMIKAZE」報道に対する我が国のはっきりとしないモヤモヤとした違和感となるのではないかと思います・・。
まあ、しかしそう考えますと、これは国内においても同様のことがいえまして、たとえば沖縄問題などについても、様々な方々が、その歴史的経緯において損な役を負わされた続けた沖縄のまさしく歴史的経緯を認識し、対応するべきであると論じていますが、こういった意見はあまり主流派となることはありません。
そしてこれは日本の国際間の対応においても同様の傾向があるようにも思われます・・。
しかし一方において、近代以降の特に明治期の日本などにおいては、決して当初からそういった傾向を持つ人々が主流派であったようにも思えません・・。
つまり、何といいますか、明治維新から敗戦に至るまでの日本とは、当初相手の立場に立つ義侠心と自身の利益が混在、葛藤していたものから徐々に後者つまり利益一辺倒の態度にシフトしていった結果、敗戦に至り、それが現在まで続いているのではないかと思います。
しかしまあ、このあたりのことはおそらく司馬遼太郎著の「坂の上の雲」あたりを通読してみれば大体わかるようなことではないかと思いますが・・。
そういえば「坂の上の雲」は英訳が出版されたそうですが、Aさん御存知でしたか?」

A「うん、君のいう近代日本の社会全体、あるいは少なくとも国策、外交の意思決定を行ってきた社会上層部の漸進的なパラダイムシフト、あるいはそのハビトゥスの変化とは、竹山道雄などが様々なところで説いているけれど、それは私も概ね賛成できますね・・。
あと、こういったことは戦前の国粋主義団体などの発足から太平洋戦争に至るまでの歴史を見てみてもなかなか面白いと思うよ・・。
あと「坂の上の雲」の英訳本の存在は知りませんでしたね。
しかし、それはなかなか面白そうですが、あの作品の海外での評価はどうなのでしょうか?
少なくとも、そういった近代日本の勃興期を主題として扱った小説は海外ではあまり知られていないと思うから、それはそれで面白いと思いますね。
また、それと併行し、同時代ものとして夏目漱石の「三四郎」、「現代日本の開化」の英訳あたりを読んでみたら近代日本の複雑さをもう少し理解してもらえそうな気もしないではないね(笑)。
あと、そういえば、こういったことは小林秀雄もどこかで書いていたね・・。」

B「はあ、なるほど・。それは面白い趣向ですね・・(笑)。
あ!それで話はもとの「KAMIKAZE」に戻りますが、かつての神風特攻隊隊員の残された遺書で、大変考えさせられ、胸につまるものがあるのですが、これが岩波文庫の「きけわだつみのこえ」に載っているのですが、そこに隊員の方が自分のことを「彼らのいうとおり自殺者」と書かれているのですが、やはり当時においても「KAMIKAZE」とは、欧米側からすれば、初めての経験であったかもしれませんが、自爆攻撃のことを指すものであったのではないかと思います・・。」

A「ああ、その「きけわだつみのこえ」は私も読みました・・。
あれは実に悲痛な内容の文章でした・・。
ああいった当時の学徒兵の書いた文章が英訳にてもっと世界に認知されていたら前の「KAMIKAZE」の報道もまた別のものになっていたかもしれないね・・。」

B「ええ「きけわだつみのこえ」は2000年に「Listen to the Voices from the Sea」として英訳出版されています。私も未だ読んではいませんが、それでもこういったものを教材として用いれば、ある程度効果的な平和教育になるのではないかと思いますが・・。」

A「うん、それは個人的には大変良いアイデアであると思いますが、そういったものは果たして国内では受け入れられますかね・・?」

B「内容が重過ぎるのかもしれませんが、歴史教育、特に日本の近現代史などは多少重過ぎても仕方ないのではないかと思います・・。
また、それを避けて利益一辺倒、あるいは臭いものに蓋をする不自然な歴史教育を行うよりかはいくらかはマシであるような気もします・・。
また、三島由紀夫が日本の将来について抱いていた危惧も今考えてみますと、そういったところにあったように思えます・・。」

A「うーん、たしかにそうなのだけれどねえ。
果たしてそれが受容されたとしてもその後上手くいくかどうかもまた難しいような気がしますねえ・・。
そうすると今度はオルテガのあの著作を私は思い出してしまうのです・・。」