pp.89-91より抜粋
ISBN-10 : 4902854155
ISBN-13 : 978-4902854152
庵主は、人間と云ふ者は、此土地と、其上にある国家に対しては、極度の敬意と愛憐の情とを持たねばならぬ物と思ふ、而して其敬意と愛憐の情は如何にして持つかと云へば、抑々地上にあって歴史を持たぬ所はないのである。
国家なる物は歴史の結晶である、語を易へて云へば、歴史あるに依て国民が生れたのである、善なり悪なり、其国家の有する歴史は、其国家に取っての生命であり、光栄であるのである。如何となれば、歴史なる物は已に経過したる事実であって、改正と取消しの出来ぬ物の名である、夫を罵るのは直ちに吾人の生存を罵る者であって、少なくとも第三者の容喙を許さぬ物である、斯る自己の関係を知らずに、之を無視したり罵ったりする者が其国民中に孵化する、之を名づけて泡沫学者と云ひ、蛆虫代議士と云うのである。
今や世界の人類は此二十世紀前より、自己の歴史なる物を、無形の学理と云ふ空間の理論の鋒鋩を以て無闇に突崩し突崩し、恐々として覚る事を知らず、縦横無尽に亡世界的行為を組織して居るのである。
豈図らんや、従来あったればこそ現在がある、其現在は歴史の賜である、故に将来もあるのである、現在の自己は即ち吾人祖先歴史の賜であつて、爾後の発明発見の歴史は、自己が子孫に対する歴史的責任行為である。
日本
此故に先ず我が国は、東洋と云ふ歴史を有し、又其一部分たる日本と云ふ歴史を有し、吾人は其日本人たる歴史を有して居るから、其生存行為の何事を為すにも、此歴史の根本を忘れては、何事も日本人の行為とはならぬのである。先ず日本と云う国は、今も昔日も同じく、太平洋中に浮鴎の如く波瀾澎湃の間に出没して居る其島嶼を我が国皇室の御祖先が御発見になつて、建国の地と定められ、種々困難なる経験をなされたが、一度寒潮と暖流との交叉接近にあって、気候が中温であった故に、至る所に生い茂った物は蘆葦斗りであった、之を刈り除いて色々の播種をせられたら、何の植物でも能く登るので、豊葦原瑞穂国と命名せられた、夫で建国の基礎を農事と定められた、夫から吾人の祖先に対して、此国に居住する事を許されたが、夫が一部出来ると天皇は直ちに丘陵に立って政治の基礎を宣言せられた、曰く「民は国の本なり、民の生は朕が生なり、民安うして朕始めて安し」と、夫から行政の綱領を利用厚生に置かれた、曰く「民は国の本なり、民の富は朕が富なり、民富んで朕始めて富」と、夫から信仰を祖先、即ち歴史の崇拝に置かれた、曰く「祖を祭り先に事うるは、朕が民の心なり」と、夫から政策は、人材登用主義である、曰く「才を伸ばし能を発するは、道を行う所以なり」と、夫から法律は暴を制するに止められた、曰く「暴を制するは法の定むる所に因る、道を教うるは民の事を安んずる所以なり」と仰出された、即ち我が皇室は其出発より、全世界中の無財産的、無欲有徳の大慈善家主義であった、是が吾人民族が始めて国家と政治と云う物に遭遇した、歴史の始原である、其後儒学仏教の渡来旺盛は全く自己の歴史を彩る塗料に過ぎなかつたが、其功績の継続の経験は、今日から之を見るも甚だ危険であつて、歴史上の一異彩となって居るのである。
併し我国家歴史出発の素質には何等の腐蝕をも印せずに、今日までの歴史思想を継続して居るのである、此故に吾人は、先ず自己の国家の歴史を知り、自己の祖先の歴史を知り、夫に第一の敬意と愛隣の情とを注ぐは、即ち吾人の国家と吾人とを尊崇する所以である。
夫が即ち又、吾人の子孫後昆に歴史的生存の道を遺す所以でもある事を忘れてはならぬのである、先ず此位の国民的自覚が付いたらば、始めて人間学と云う高尚な学問に心を向けねばならぬ、夫は世界の歴史を知るは世界の民族を貴ぶ所以であり、国交を平和ならしむる所以でもあるのである。此心が基礎をなしたら、明治天皇維新の其宣言にもある如く智識を世界に求め大いに皇基を振起すべしと、仰せられたように、世界の学問に眼を付けねばならぬ。
先ず地球の球体なるを知るには「アリストテレス」に因るも宜しい、之を伝証するには「トレミー」に因るも宜しい、之を証拠立てるには航海家「マゼラン」に因るも宜しい、経済の大要を知るには「ミル」でも「ホーセツト」でも宜しい、民権説を聞くには「ルーソー」でも宜しい、進化論には「ダーウイン」でも宜しい、蒸気の発明を知るには「ワット」も宜しい、何でも千差万別、今日まで此世界人類中を馳駆した学問の努力は、皆彼等学者が子孫に遺す為めの、事業の行程日記である、夫を読んだり、学んだりするのは人類の尤も高尚な行為である。
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