2020年7月7日火曜日

20200707 唯物史観・構造主義と野狐禅の違いとは・・

昨日は、今後の国家の有様(ありよう)、そして新たな大学の姿などについて書かせて頂きましたが、その後、またしばらく「国家」について考えてみました。150年ほど前の我が国には、現在の「国家」は存在せず、武家政権の元締めである「幕府」が実質的にその役目を負っていました。しかし、この「幕府」は1603年以来300年近く我が国を支配してきたものの、ある意味での国際化とも云える欧米列強の海外進出により、その統治体制が時代遅れのものであると内外にて認識され、かねてより「幕府」に対して反感を抱いていた西南諸藩勢力により、その統治権を奪取され、古代以来の形式的な統治機関であった「朝廷」に、それが正式に返還され、そして、それに基づいて我が国近代の国家は設立され、動き出したと云えます。

その後、この我が国初の近代国家は、順調に勢力を伸張し、そして欧米列強とアジア地域での覇権を巡り争うにまで至り、
これが第二次世界大戦・太平洋戦争となり、これに大敗を喫してから、紆余曲折を経て現在に至ると云えます。

してみると、我が国の近代国家と云っても、それは一度、第二次世界大戦・太平洋戦争にて敗北するまでのものと、その後では、大きく様相が異なると云えます。


また、それは当然「国家」の性質においても同様であると云えます。第二次世界大戦・太平洋戦争に負けるまでの我が国は、やはり「民主主義国家」であったとは云えません。憲法自体が欽定憲法であり、君主の意思に基づいて定められたものとされ、主権者は国民ではありませんでした・・。


これに対して現在の我が国は、一応、主権在民の「民主主義国家」ということになっていますが、しかし、その実態は、全体主義とまでは行かないのでしょうが、同時に「国家」と「国民」が互いに信頼し合っているとは云えず、他方で、双方が双方、騙しあっているのではないかと思われることが多々あります。


おそらく、以前であれば、こうした「騙しあっている」と思わせるようなさまざまな情報は、広く世に出ることは少なかったのでしょうが、先日投稿の記事において書きましたように、現在は「インターネットと主とする情報技術の進化発展により、生の情報が直ぐに広がり、拡散してしまうような時代であり、それらの背後にある思惑、考えなども比較的容易に看取されてしまうような時代であると云えます・・。


そうした中で「国家」を背景に持つ機関が、良くも悪くも昔ながらの強権的な姿勢、威圧的な態度で「国民」に臨めば、果たしてどうなるのかとは、まあ、火を見るよりも明らかであると云えます・・。


その意味で、現在は戦後社会によって築かれた「国家」の採点が為されているのだと云えます・・。また、さきにも述べましたが、戦後築かれた「国家」は、戦前の天皇主権であった国家と類似している部分も多くあるものの、全体としては、かなり異なると云えます・・。


そして、この特に戦後「国家」の実質的な行動指針になったものが「唯物史観」や「構造主義」ではないかと思われ、さらに、それに基づいて進化発展して行った社会が、絶頂期を過ぎて衰退期に至ると、現在のような社会になるのではないかと思われるのです・・(苦笑)。


*意外なことに、三島由紀夫氏の述べた未来の我が国社会についての発言は、概ね、あたっているのではないかと思われます・・。また、その意味からも、やはり経済学や社会学などと同様、あるいはそれ以上に文学もマジメに検討されるべきものであると云えるのかもしれません・・(笑)。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2020年7月6日月曜日

20200706 自分のためから人のためへの変容について・・

引き続き、今回の大雨によって深刻な被害を被った南九州地域にて、行方不明となられた方々の早期の生還・救出そして、負傷された方々の回復、被害を受けたさまざまな生活インフラの早期の復旧を祈念いたします。

さて、先月22日にブログ開始から丸5年を経過し、また、これまでの総投稿記事数も1336記事と区切りの良いものではありませんが、このままのペースにて記事作成を継続すれば、今月中には1350記事程度までは到達することが出来るのではないかと思われます。

また、さらに上手く行けば、涼しくなる前に、1400記事まで到達することが出来るのではないかと思われるところですが、もしも、そこまで、概ね予定通りに進むことが出来たのであれば、その先、来年初旬には1500記事に到達することも、あながち無理ではないようにも思えてきます・・。

そして1500記事まで作成すれば、たとえ、そこで止めても、文句を言われることはないと思われるのですが、ともあれ、踏ん切りがつくとは思いますので、そこまでは、遅くとも2~3日に1記事程度のペースにて継続しようと考えています・・。しかし、ここで不図、原点にかえり「なぜ、私はこのブログを継続しているのだろうか?」と考えてみますと、どうしたものか、すぐには明確な答えは出てきません・・(苦笑)。

他方で、これまで継続的に当ブログを読んで頂いた方々がいなければ、継続出来ていなかった可能性が高いように思われます。そうしますと、当初はそうでなかったのかもしれませんが、自分でも明確には気が付かないある時期から、読んで頂いている方々のために書き続けるようになったとは云えるのかもしれません・・。

また、このことは他の継続的な事業を行う諸組織においても、類似あるいは同様のメカニズムといったものがあるのではないかと思われてきます。

具体的には、大きなものであれば「国家」などにも、そうした性質があるのではないかと思われますが、その意味において、近年のインターネットを基盤とする情報技術の進化発展により、まさに「国家」が、その継続のための真価が問われているのだと云えます。

これと類似した歴史上での時代を検討してみますと、それは、活版印刷の普及により、同じフォントの聖書の大量印刷が可能になり、それまで、有無を言わさぬ権威を以て為されていたカトリック教会の行う諸活動に対し、文脈に基づいて異議申し立てが出来るようになった宗教改革の時代が近いのではないかと思われます。

おそらく、我々が好むと好まざるに関わらず、否応なく、今後、世界は更に大きく変化してゆくと思われます・・。

その中で私が関心を持っているのは、高等教育機関たる大学であり、その成立母体が「国家」(たとえ法人であろうと)といった大学は、特に大きく変化せざるを得ず、おそらく今後は、これまで「国家」に拠らずして、実践的な公共性を保持し続けてきた「国家」以外の諸組織・機関が大きく、これに関与するようになっていくのではないかと思われます。

また、その意味において「医療」分野の高等教育機関は好例になるのではないかと考えています。

具体的には、希望的観測に基づく私見となりますが、未だ50代にも至っていないような、活性の高い方々が、現今の官民を横断する、さまざまな組織と連携・協力して、歯科衛生士・技工士を養成する歯科医療分野の専門職大学が新たに設置されれば、かなり社会にとっても有益であり、また何より、面白いと思われるのですが、さて如何でしょうか?

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2020年7月5日日曜日

20200704 この度の南九州での大雨災害から

先ず、このたびの大雨によって甚大な被害を被った南九州地域での行方不明となった方々の早期の生還・救出そして、さまざまな生活インフラの早期の復旧を祈念いたします。また、報道番組などで、当地域の映像が出てきますと、さまざまな記憶が思い起こされてきます。

今回、多くの被害を被った球磨川流域、人吉市は、鹿児島在住時に訪問したことがあります・・。さらに当地ご出身の学生さんがおられたことも思い出されましたが、今回の大雨で被害に遭われていないこと願っています・・。

鹿児島在住時、球磨川流域の人吉市を訪れたのは、2011年の初秋であり、川下りのラフティングのためでした。これを企画して頂いたのは、当ブログにて何度か取り上げさせて頂いている先輩院生の方であり、2009年に兄が亡くなり、さらに、2010年には指導教員が心ならずも退職されることになり、失意のどん底にあった私を、おそらくは見るに見かねて、企画してくださったのではないかと思われます・・。

とはいえ、この先輩は、そうした気配を全く見せることなく「実は中止にしようと思ったんだけれども・・。他の参加者の様子を見に研究室を訪ねてみたら、皆でYouTubeでラフティングの動画を喜々として見ている光景を目にして引くに引けなくなった・・。」と、国道225号沿い、南鹿児島駅近くのリンガーハットで皿うどんを食べながら話してくださったことが思い出されます。ちなみにこの先輩は皿うどんが好物であり、そこに酢を多くかけるのが特徴的でした。

しかし、こうした一種、露悪的とも云える言動は、現在考えてみますと、私に余計な気を使わせないためであったのではないかとも思われるところですが、そうしてみますと、私が学位審査前でおかしくなっている頃も、同様に、そうした行動や言動を取り、またそれは、当時私の周囲におられた多くの研究室関係者においても同様であったのではないかとも思われてきます。

他方、当時の私は、おかしくなっていたものの、そのことに少しは気が付いていたフシもあり、学位審査を終えて結果が出た後、天文館で開かれた祝賀会にて私が「ええと、この度、私がどうにか学位取得に至ることが出来ましたのは、自分の努力以上に、ここにおられる諸先生方の「運」を少しづつ分けて頂いたことによると云えます。」と宣ったところ、しばらくの間、場が固まり、そして、当時、他講座の助教であった指導教員門下の最年長の先生が「ささ!まあ、それは良いとして、とりあえずは乾杯を!」と流れを変え、その場の雰囲気を変えましたが、実のところ、あの場で私が云ったことはまさに図星であったのではないかと思われるのです・・。そして、図星であったが故に、その場におられた先生方は、その話題を深入りされたくなかったのではないかと思われるのです・・。



しかし、現在になって考えてみますと、さきにも述べましたが、兄の死と指導教員の突然の退職が重なり、かなり落ち込んでいた私を、そのまま放置せずに、あまり気が進まない素振りは見せつつも、さまざまな危機的な局面で救って頂き、また、良い方向への進路変更をさり気なく促してくださったのは、こうした周囲の先生方であり、あるいは、あまりこうした事情をご存じでなかった学生さん達であったのではないかと思われるのです。

そして、今現在、学位取得の2013年から既に7年近く経っていますが、そこから自分自身が、有意に変わったとは、どうしても思うことが出来ないのです・・。つまり、2013年から現在までは「本当にどうにか生きてこれた・・。」ような感じがしてなりません・・。

それは、何かしら精神的な傷によるものであるのか、あるいは、そこで芯が疲れ切ってしまったのか、はたまた、それがごく普通の生き方であるのか分かりませんが、私としては、もう少しハリのある、自身を生かし、精神の自転運動を惹起させるような、生き方をしたいと願うところですが、それは、少し高望みし過ぎなのでしょうか・・(苦笑)。

ゲーテの「ファウスト」に『心をよみがえらす泉は自分の胸中からわいてこねば、心身をよみがえらすことはできない。』といったコトバがありましたが、今後、私はその泉を自分の中に見出すことが出来るのでしょうか・・そして、それは当ブログと関係があるものなのでしょうか・・イマイチよく分かりません(苦笑)。

ともあれ、上記のような経験の記憶を私に与えてくれた南九州における、この度の大雨災害による被害が出来るだけ軽微であり、また、そこからの復旧が速やかに進むことを願っています。

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2020年7月3日金曜日

20200703【架空の話】・其の35

【架空の話】・其の35
「あ、もうすぐホームに行っておいた方が良いんじゃないかな?」と兄が言ってきたのが12:45頃であった。そこで、私は新幹線の改札口まで行き「それじゃあ、また。」とあまり畏まらずに別れの挨拶を告げると、兄の方も「おお、じゃあ、またな!」といった、ごく軽い感じにて双方別れを告げ、私は改札口を通って新幹線のホームに向かった。

新幹線の車内では持参したジョージ・オーウェルの「パリ・ロンドン放浪記」を読んでいたが、そこに登場する亡命ロシア人ボリスのキャラクターの描写が面白く感じられ、また、その後の彼について少し興味を持った。ともあれ、ロシア革命直後のヨーロッパ各都市には、こうした亡命ロシア人のコミュニティーがあったことは想像に難くないが、その生きる姿を、全体主義批判の物語とも云える「1984年」を著したのと同一の著者が描いていることに、歴史の流れと、それを観察しようとする文筆家の執念というのかセンスというか分からないが、それらがクロスする一つの視点のようなものがあるのではないかと思われた・・。

この新幹線の旅は思いのほかに短く、16:00前には東京駅に到着していた。そこから在来線を乗り継いで家に着いたのは17:00前であった。あたりは既に暗くなっていたが、家には誰もおらず、とりあえず、落ち着く前に、今回の旅で着用した衣服やタオルを、以前から洗濯機に入っていたものと一緒に洗濯を始めた。

そうして、しばらくすると母親が帰ってきて「今日はあまり夕食は用意していなかったの・・。」と云ってたものの、昨日の夕飯の残りと出来合いのもので、それなりの夕食にはなった・・。父はまた出張で、今度は山陰方面に行っているとのことであった。母には兄の様子を色々と聞かれ、あまり驚くような変化はなかったものの、それなりに社会人らしくなっていたことを、今回の旅でのいくつかの経験を交えて話すと「うん、頑張っているのね・・。それでキチンとご飯は食べていた?」と聞かれたため、向うでの寿司や中華そばのハナシをすると「あっちは魚が美味しいと聞いているから、今度、お父さんと行ってみようかしら・・。」といった返事がかえってきた。

翌日は、久しぶりに大学に行き、昼頃に指導教員の研究室を訪問すると、果たして在室しており、いつも研究指導の時に使うソファに深く座って紅茶を飲んでいた・・。そして「やあ、もうすぐ引越しの準備じゃないかね・・。それと、先週の週末はどこかに行くと言っていましたが・・。」と、ビスケットを一つつまんでから訊ねてきた。そこで私は「ええ、兄が住んでいるWの方に行ってきましたが、これまでにない経験でとても面白かったですよ。」と返事をすると、指導教員は、さきほどのビスケットを口に入れたままで立ち上がり、ティーカップに一つティーバッグを入れ、そこに傍らに置いてある電気ポットからお湯を注ぎ、ソファ向いにある書籍やプリントが雑然と置かれた低いテーブルの空いている場所に、それをソーサーと一緒に置いて、ビスケットを咀嚼しながら、無言のままでテーブル前のもう一つのソファに座るよう促された。

私は、これまでの研究指導で座り慣れたとも云える、そのソファに座り、次に指導教員が何を云うのか待った。すると「ふうむ・・Wですか・・それはまた、これまで私は縁のなかったところですね・・。あそこはたしか南方熊楠や陸奥宗光の出身地でしたが、実際に行ってみたらどのようなところでしたか?」と、いくらか大人げないとも見える好奇心を示して訊ねてきたことから、これまでのWでの体験について書いた文章の内容をほぼ、そのまま話してみた。ハナシの最中で質問をしてくることも度々あったが、その都度、分からないことは分からないと返答し、分かりそうなことは、兄から聞いたハナシなどの耳学問を混ぜて、それらしく返答した。

このWでの体験談は、昼過ぎ頃から始まり、13:30頃まで続き、割合長い時間話していたことが分かったが、何故だか、それはとても短く感じられた。そして、この報告のような体験談を話し終えてから指導教員は、おもむろに「・・いやあ、知っているかもしれないけれど、実は春に中国地方のo大学で学会があるんだれど、その会場から、そこまで遠くないところに私のご先祖が長らく住んでいたという場所があるのだけれど、今回の君のハナシを聞いてみたら、行ってみたくなってきたよ・・。」と話しを振ってきた。

この指導教員は特に欧州の近現代史、文化全般などに関しては、おそらく、国内でも相当通じている方であると思われるのだが、他方で、自国の民俗や古代史などに関しては、これまで機会がなかったのか、そこまで知っているような感じを受けることはなかった。

ともあれ私は「ええと、先生は曾祖父の代にこっちに出てこられたとお聞きしていますが、それ以前は、その中国地方のoのあたりに代々住んでいたのですよね・・。」と、以前に聞いたハナシを思い出しつつ訊ねてみると「うん、曾祖父が出てきて以来、ずっとこちらに住んでいるけれど、地元に残った親戚筋もいてね、その中に開業医の人がいて、その方がここ最近、郷土史を調べているらしくてね、それで私の名前が出て来たらしく、つい先日連絡を頂いたんだよ・・。」とのことであった。

この指導教員の曾祖父は、我が国の近現代史を研究していると時折名前が登場するような、ある種、歴史上の人物(たしか勲功華族で男爵)でもあり、機会があり、時代がかった造りのご自宅にお邪魔してみると、これまた古めかしい造りのリビングには勲章を下げ、大礼服を着用した姿の肖像画が掛かっており、さらには、古めかしい楕円柱型の箱に入ったシルクハットなどもテーブル下の片隅に割と無造作に置かれていた。

そして、こうした指導教員に関する背景をボーっと思い出していると、私も数か月後にはKに住む予定であることが不図思い出され、そしてBに連絡してみようと思い立った。そこで指導教員には、思いがけず長時間居てしまったことを詫びて、二人分のカップとソーサーを洗ってから研究室を後にした。

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2020年6月30日火曜日

20200630 特別講義・勉強会などのご案内

ここ数日は新たな記事作成を休もうと考えていましたが「少し短い記事であれば大丈夫だろう。」と考え、さきほど記事作成をはじめた次第です。

さて、古巣である千葉県市川市に戻り、早や3カ月が経とうとしていますが、帰郷時から続く新型コロナウィルス感染症による外出自粛により、思うように外出も出来ず、不自由とも云える日々を送っていますが、そこで思うことは、生きる環境であるならば西日本の温暖な地域の方が首都圏よりも圧倒的に良いということです・・。

そのため、今後も機会があれば年の半分くらいは、そちらに住みたいと考えています。また、この希望を基礎・前提として、生きる道を検討してみますと、たとえば、西日本にある医療介護系大学の学生さんに対して首都圏の医療機関等への就職や国内留学の支援などを行うような仕事が出来れば、さまざまな西日本の大学に行き、また、首都圏の医療機関等にも足を運ぶ必要が出てきますので、それなりに希望は叶い、同時に、自身のこれまでの経験も生かすことが出来るのではないかと思われます・・。

また、それに加えて、以前から書いていることではありますが、医療機関や大学などで、ある科目・分野に特化した特別講義・勉強会などのご要望がございましたら、是非、ご連絡頂ければと思います。こちらに関しましては、ご相談を頂いた上で、希望に沿うような講師・先生を検討して、ご案内いたしますので、メールでも結構ですので、お気軽にご相談頂ければと思います。

科目・分野につきましては、さきに述べました通り、予め想定する講師・先生陣がカッチリと決まっているわけではありませんので、ボンヤリと「こうした内容の特別講義・勉強会を行いたい。」といったご希望を仰って頂けましたら、ご一緒に検討していきたいと思います。また、こうしたご相談につきましては、ZOOMなどのテレビ会議様式でも対応させて頂きます。

5年を過ぎたためであるのか、ここ最近「ブログ読みました。」と仰って頂くことが何度かありますが、これらに対して、私のコミュ力不足のため、あまり満足行くような活性の高い応答が出来ていないように思われます・・(苦笑)。とはいえ、医療機関や大学などの関係者さまで、上記のような検討事項が御座いましたら、ご連絡頂ければと思います。

くわえて、当ブログにて掲載させて頂いている先生方に対しての取材申し込み、イベント出席・対談などのご依頼がありましたら、これもお受けいたしますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

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2020年6月29日月曜日

20200628【架空の話】・其の34

【架空の話】・其の34
これもまた興味深いハナシであり、たしかにそれらの根底には、コトバによってカタチを与えることを躊躇うような、地域性の原型のようなものがあるようにも思われた。さらに「執念」という意味においては、昨日・本日とハナシに出た「娘道成寺」も、かなりイイ線を行くのではないかと思われたが、これは口に出さなかった・・。また同時に、こうした検討や考察を自国の地域に対して行うことが出来るようになることもなかなか大事なことであるように思われたのだが、さて、如何であろうか・・?

さて、その晩はこうしたハナシを遅くまで続け、日が変わる少し前頃から順番で入浴し、歯磨きをして床に就いた。たった二晩のWでの滞在であったが、そこで見聞きした時間(時代)のスパンが長く、また、そのような経験は、これまでになかったことからか、就寝後はすぐにぐっすりと眠りにつくことが出来た・・。

ともあれ、こうした実体験を重ねることにより、おそらく、有機的な血の通ったとも云える地域の歴史の流れを認識することが出来るようになるのだろう・・。そして、それをいくつかの地域に対して行い、さらに、それらの共通する要素を抽出することにより、より広い領域での歴史の流れや大きな傾向といったものも掴むことが出来るようになるのかもしれない・・。

そしてまた、こうした認識を日本や極東そして東アジアなどを対象として行うことが出来るのであれば、それはそれで面白いものになるのだろう・・。また、こうしたはじめの認識を得られたという意味において、今回のWへの訪問は、意義深いものであり、また、それを提案し、案内をしてくれた兄の一種の慧眼には、やはり感謝すべきであろう・・。

翌朝も昨日同様、7:00頃に目を覚ました。この日は月曜日であったが、兄は会社に有給休暇を申請しており、朝食時のハナシでは車で大阪あたりまで送ってくれるとのことであった。元々、この時季は、あまり混雑しないと聞いており、帰路の切符は未だ予約していなかったことから、この提案には躊躇なく喜ぶことが出来たが、その具体的な経路に関しては、未だ検討していなかった。そこで、兄にその旨を伝えると、しばらく間を置いてから「うーん、そうかあ、じゃあ、車じゃないけれど、N海電鉄でS今宮まで出て、そこから環状線でO阪に行って、そこから東海道本線で新大阪に行き、そこで新幹線に乗るルートでいいかな・・。」と経路についての説明をしてくれたが、私としては、その内容が全く分からないことから「・・うん、新大阪まで行って、そこから新幹線で帰るので良いと思うけれど、少しお金が掛かりそうだね・・。」と多少心配そうに答えると「・・ああ、合計で多分15000円くらいになりそうだけれど、高速バス代から足が出そうな分くらいは俺が出しておくよ。」とのことであった。

そこで、朝食の後片付けをして、リビングのテレビを点けたままで出発の準備をしていると時刻は9:00を過ぎていた。兄の方も、あまり急ぐ様子はなく、自室でPCを操作したり、リビングで寛いだりしていたが「じゃあ、10:00前にはここを出ようか?」と訊ねてきた。その予定時刻には何らかの意味があると思われたことかた「うん、分かった。もうすぐ準備も終わるから・・。」と返答し、じきに荷物をまとめて部屋を出た。

兄の方は既に外出の準備は整っており、私が準備を終えて部屋から出てくるのをみとめると、テレビを消し、ソファの背もたれから上半身を起こし、そして、スマホをレザージャケットのポケットに入れ、傍らに準備していた小振りのデイパックを引き寄せて立ち上がった。それに比べると私の荷物は多かったが、昨晩よく眠れたせいか、あまり重くは感じなかった。

兄の家を出発したのは9:30過ぎであり、そこからしばらく歩き、N海W市駅行きのバスが出ている停留所に着いた。時刻は、出勤時間帯から外れていたため、他の乗客と思しき方々も多くはなかった。そこで数分バスを待ってから乗車すると、切符のようなものが出てくるシステムであり、その切符に番号が印字されており、その印字番号の区分により運賃が変わってくるといったシステムであった。

バスは市街地、JRW駅を通過し、10:00過ぎた頃にN海W市駅に到着した。この駅舎は現在改築中であることからか、どうも改札口が変則的な位置にあるように思われた。また、その様子から、長らく工事が続いているJR線の御茶ノ水や飯田橋駅の改札口が何となく思い起こされた・・。

ここではSUICAは使えるようであり、それで入場したが、兄の方も同様に、昔から使っているICカードの入ったパスケースを取り出していた。入場して列車の到着を待っていると兄が「区間急行というのに乗ると早いから、それを待とうか。」とのことであった。

やがて区間急行が到着し、生まれて初めてN海電車に乗車したが、どうも車内の雰囲気など全体的に、首都圏とは違う感じを受けた。こうした感じは上手くコトバで表現することが出来ないものの、それでも異郷で乗る、さきのようなバスや、この電車では、当初、こうした上手くコトバに出来ない違和感を感じることが多いのではないかと思われる・・。

くわえて、停車したり通過する駅名も、こちらではあまり聞かないような響きのものが多く、興味深く感じられた・・。そして、そうこうするうちに電車はS今宮に着いた。思いのほかに早く、時刻は11:30前であった。そこでJR環状線に乗り換え、O阪まで出て、そこから、さらに東海道本線に乗り換え新大阪に着いた。それでも時刻は12:00前であり、早速、新大阪駅構内のみどりの窓口にて学割証明書を提示して新幹線の自由席の切符を購入したが、思いのほかに安く済んだ・・。

そうして兄と新大阪駅構内の土産物売場を徘徊していると、以前にも何度か駅構内で目にした記憶のある「肉まん」を主に販売しているとお店を見つけた。そこで兄に訊ねてみると「ああ、これは関西方面では定番だよね・・。さっきも家で点いていたテレビでCMがやっていたよ・・。味は悪くないし、これを昼ごはんにするのも悪くないね・・。」とのことで、既に何人か並んでいるその店の前に並んで購入し、それを売場近くのフードコートのような場所で食べた。

その味は首都圏の肉まんとは若干異なるものの、大変美味しいと感じた。いや、これよりも美味しい首都圏の肉まんと考えてみるとI新號が思い浮かぶ程度であったが、あれはあれで、また、この肉まんと比較対象としては適切かどうか迷うところだ・・。

そして、食べながら兄にそのことを伝えると「・・うん、まあ、たしかにI新號の肉まんは、それだけで「ご馳走」ってイメージがあるけれども、この肉まんは、まあ云ってみれば、普段着の味だから、たしかにちょっと違うかもしれないね・・。」とのことであった。

新幹線の発車時刻は12:57であり、もうすぐでホームまで行かなければならないが、こちらはあまり頓着せずに、肉まんを食べて、土産物をいくつか見繕っていた。そして、兄が「あ、もうすぐホームに行っておいた方が良いんじゃないか?」と云ってきたのが12:45頃であった。そこで、私は新幹線に乗るべく改札口方面に行き、「それじゃあ、また。」と別れの挨拶を告げると「おお、じゃあ、またな!」といった、ごく軽い調子にて互いに別れ、私は改札口を入ってホームに向かった。

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2020年6月27日土曜日

20200627 ツイッターでの反応から思ったこと【医療・介護系専門職大学の新設】

これまで30回以上【架空の話】を作成してきて、その後、いくつか近況報告のような記事が続きますと【架空の話】の方が近況報告よりも、いくらか書き進めるのに時間を要することが分かってきました。

【架空の話】では、概ねハナシのスジは決まってはいるのですが、そこでの文章は、ハナシのスジに沿ってではあれ、ある程度細部まで精確に記述する必要があると考えることから、ネットで調べたり、あるいは書籍を引っ張り出して調べ、書き進めるといったことが多く、それが、記事作成のため、多少多くの時間を要する主な原因であると云えます。

他方で、こうした近況報告から展開する記事は、自身の状況や考えを述べることがメインであることから、言葉によって、別の世界を描写、創出する必要性がないため、自身から離れることのない文章にて終始一貫して作成出来ることから、【架空の話】と比較すると、スムーズな記事作成が可能と云えます。

そして、本日もまた、自身の状況や考えを題材にしていることから、ここまでの文章作成はスムーズに進んでいると云えます。さて、ここ最近は当ブロガーにて作成した記事をツイッターにてアップしていますが、ツイッターでの閲覧者数も、おかげさまで、ここ最近多少増加し、くわえて、時折は「♡」を頂けることもあります。

そして、時には投稿した自身としても「意外」と思われる記事に「♡」を頂くこともあり、こうしたことに関しては驚くと同時に、そこに、現時点では、一般的とは云えない意見が含まれていることから、多少、それを疑う気持ちもありつつも、全体的には嬉しいと云えます・・(笑)。

最近のそうした記事は、昨年8月31日投稿の「先日のフェイスブックでの写真投稿から【人文社会科学系と専門職大学】」であり、ここでは、我が国の高等教育を批判し、その変革の方向性を粗く示唆しているのですが、その方向性を支持して頂けているのであれば、それはかなり嬉しいと云えます・・。

とはいえ、おそらく、こうした考えは、今後数年以内には更に大きな議論になっていくと考えていますので、現在、この時点で、先手を打ち、多くの都道府県にて、医療・介護専門職養成のための専門職大学の大幅な新設を、明治初期における郵便制度の普及、あるいは大正後半期における各種高等教育機関の拡充のように、速やかに、そして計画的に行って頂ければと思います。

そして、そのための受け皿は国、自治体、企業、既存の大学法人あるいは医療法人などの有志機関が、それぞれの得意分野からの出資・協力を行い、出来るだけ多く、当初は金太郎飴の様であっても良いと思いますので、とにかく設置すべきであると考えます。

また、国の方からは、出来るだけ出費を避け、設立に至るまでの手続き上の援助や支援をする程度のスタンスが良いと思われます。そして、こうした小規模ではあっても看護師、理学療法士、作業療法士、臨床工学技士、放射線技師、歯科衛生士、歯科技工士などの医療・介護系職種を養成する専門職大学を国内で新たに20~30ほど新設すれば、その先の社会も多少は(良い方向に)変化していくのではないかと思われます。

これまで、大学における、多くの人文社会科学分野での特にマスプロ教育は、おそらく、我が国のさまざまな面での発展には有意に寄与しなかったことを正直に認め、前記のような専門職教育に注力するのが、今後の日本社会にとって「吉」であると考えるのですが、さて如何でしょうか。

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歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に関する勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。また、上記以外、他諸分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

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