A「昨日投稿分の記事は投稿翌日にしては多くの閲覧者数(26)を得ることが出来ました。
これは記事の前半・後半(書籍からの抜粋引用部)の何れが良かった、共感を呼んだのであるか分かりかねるところではありますが、後半の書籍からの抜粋引用部内容と多少関連があると思われる別の書籍の記述を思い出しましたので、この記述をあとで抜粋引用してみますので、よろしければ読んでみてください。
さて、昨今報道されるさまざまな出来事から、現在、政権を担当されている勢力に、ある種の混乱、錯乱らしきものが生じている、広がっているのではないかとも思われます。
そして、もしも、こうした見立て・観測がある程度妥当であるならば、我々は少なくとも(余程の事態が生じない限り)その勢力に国政をいましばらく委ね続けなければならない事態であると(意に反しながらも)認識することになるわけですが、そうした状況(政権担当勢力に対しての国民の絶望が広汎に生じた状況)においては国民は政権に対し、また政権は国民に対し如何なる態度にて臨むことになるのでしょうか・・?
また、こうした状況とは多少注意深く我が国の社会状況を観察し続け、且つ何かしら攻勢的な活動を画策・企図している他の国・組織にとって好機と認識することが多いのではないでしょうか?
また、他面において、そうした状況とは皮肉なことに政権担当勢力にとっても好機であり、そうした状況を国民に喧伝し、社会において危機感を惹起、自己勢力の正当化を為し、武断的に事態の収拾を行い、そして支持率の向上を狙うといったことも考えられます・・。
そして、それ故に特に政権担当勢力とは、あらゆる状況において国民からの信頼を損なうことは避けた方が良いと思われるのです・・。
また、こうした考えられる事態において『戦闘』をその主要な・本質的な目的とする武力組織・軍隊の政治的発言力が強い、あるいは政権担当勢力と結託した国家とは、より、そうした事態の収拾に際し防衛・国防と称して武力を用いる蓋然性が高くなると考えられます。
ともあれ、ここまで書いておりましたら、冒頭に書きました昨日投稿分記事にて用いた書籍とは別の関連があると思われる書籍からの記述を抜粋引用し易い流れ・文脈になってきたと思われますので、以下にそれを示します。
筑摩書房刊 丸山眞男著 『忠誠と反逆』転形期日本の精神的位相 pp.241-243より抜粋引用
ISBN-10: 4480083987
ISBN-13: 978-4480083982
『国家の行動がよって以って則るべき国家特有の準則は何か。この古くしてかつ新たな問題がいわゆる国家理性(raison d'etat ; Staatsrason)と呼ばれている観念をめぐって展開されて来たことは周知の通りである。
それは歴史的個体としての国家の行動目的を示すと同時に、そうした目的を実現するための技術(Staatskunst)をも示す。
国家理性の問題は政治権力の把握者が被支配層を支配し操縦する場合にも、他の国家に対する行動の場合にも表れる。
しかし国家理性の問題が最高度に白熱化し、もっとも喧しい論議の対象となるのはいうまでもなく、後の場合、すなわち国家の対外行動である。
国家的必要とか「国是」とかいわれるとき、それはおおむね国際関係についてである。
権力とモラルとの交錯と矛盾のデリケートな関係は国際関係における国家の行動にもっともよく発現される。
*国家理性という訳語は、raisonという言葉の意味を十分に伝えていないのであまり適当とは思われないが、ほかにピッタリした言葉が見当たらず、一般にもそういう訳で通っているのでそれに従った。
一方において国際平和の理想と戦争の罪悪ということが国際社会におけるほど昔から喧しく叫ばれるところはないが、またまさにここにおけるほど力は正義なり(マイト・イズ・ライト)という恥知らずな命題が大手をふって通用してきた社会もない。
そうして屡々露骨な国家権力の発動がきらびやかな道徳的衣装をまとって現れ、そうした行動の真の目的を隠蔽する。
しかも他方権力政治(power politics)ということがいわれる場合、その場合の権力とは単純な自然力ではなく一つの社会力である限り、そこに不可避的に心理的なモメントを包含する。
権力行動への「大義名分」を、たとえミニマムにせよ伴わない政治権力というものは存在しえない。
その限りではモラルとか、理想とか、総じてイデオロギーは、けっしてたんに「力」の反射ないしはその外的粉飾にすぎない、として片付けることは出来ないのである。
ここに政治権力の逆説的な性格がある。
「力は正義なり」がきわめて危険な憎むべき命題であること、いうに俟たない。
しかしその逆に「正義は力なり」という原理に安心して手放しで安住して居られないところに政治社会の、とくに国際政治の悲しい現実がある。
だから正義を国際社会に妥当させようと志す国家は少なくも「力を伴った正義」(right with might)を原理とすることを余儀なくされる。
しかしその場合でも、はたして「力」のなかにひそむデモーニッシュな要素はつねに忠実に正義の僕としてとどまるであろうか。
かくして問題は限りなく複雑である。
そうしてこれはけっしてたんなる抽象的思弁の問題でなない。
「宇内に大義を布く」のを使命としたはずのわが「大日本帝国」の支配者は国際社会において償い難い罪過を冒して、われわれの眼前で世界の厳粛な法廷に立っているではないか。しかも悪夢のような第二次世界大戦が過ぎ去っていくばくもない現在、世界は「冷たい戦争」という新しい夢魔に悩まされている。
この冷静な現実から眼をそらして、ユートピアの世界に逃避することも、あるいは、どうせ国際関係などというものは、いつでも、どこでも力づくめだ、といったシニシズムに居座ることも、ともに容易である。
しかしその両者いずれの態度にも甘んじない者はここで近代国家と近代国際社会の今日まで発展して来た過程をもう一度ふりかえって、現在の世界の歴史的境位を誤りなく見定めることの必要を痛切に感じるであろう。
そうした場合、近代国家の国際行動が担って来た国家理性の理念を省みることは、近代国際社会の社会的基盤の分析とともに不可欠ではないかと思われる。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
先日より九州北部にて大雨とのことです、これによる被害が出来る限り少ないことを願います。
また、昨年より現在に至るまでに生じた一連の熊本、山陰東部、福島県周辺での地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しています。」
本日帰宅後、既に恒例となっているブログの閲覧者数をチェックしてみますと、昨日と同様、自身としては多いと思われる閲覧者数(650程度)となっておりました・・。
昨日の記事においても書きましたが、やはり閲覧者数が多いと感じられると、その画面の数値から少なからず圧迫感のようなものを受けるようです。
そこから『今日は記事の作成を止めておこうか・・』といった感じにもなるのですが、同時にその一方で『これだけ読まれているのだから今日も何か書かなくては・・』といったアンヴィバレントな心情が内面において惹起されます。
その動態としての名称が『葛藤』であり、そしてまたそれが私の場合継続的なブログ記事作成に対する一つの大きな原動力になっていると云い得ます。
また、それに加えて、ブログ記事作成において、もう一つこうした『葛藤』を惹起せしめる大きな要素として、直近に投稿された記事に対しての反応として見られる読まれている記事の傾向であり、これらの(反応として読まれた)記事を多少注意深く見ていると、その関連性の軸となるものが透けて見えて来て、そこから時折、否往々にして新たな自身の思いもしなかった新たな考えが惹起されるのです・・。
このことはあまりブログ記事にて書かれることはありませんが、白状しますと、自身のブログ記事の多くとは、こうした『文語(記事)を介在させたやりとり』によって成立している部分がかなり大きいと評することが出来ます・・(笑)。
また、こうしたやりとりの中で、それが具体的な誰かによるものであると判断出来るものは(ほぼ)ありませんが、少なくとも一連のブログ記事を通じて自身のことをよく知っている、もしくは書かれた記事の内容をあるいは書き手よりもよく理解していることは判然と伝わってきます・・(笑)。
そして、その意味でこうした自身の作成した記事を用いたリアルタイムなやり取りとは、古の常陸国風土記、肥前国風土記に見られる歌垣、万葉集に見られる相聞歌とも底通する何かがあるのではないかとも考えさせられます・・(笑)。
そして、もしもそれがある程度妥当な意見であるとすれば、現在の技術であるPC・インターネットを用いて感覚面では古の遊びを行うということに何といいますか『人間の面白さ』らしきものを感じさせます(笑)。
さて、そういえば、昨今のニュースを多少見聞きしている折、面白いと思われた書籍の記述がありましたので、以下にそれを抜粋引用します。
文藝春秋刊 橋川文三著『西郷隆盛紀行』P.108より抜粋引用
ISBN-10: 4168130312
ISBN-13: 978-4168130311
『しかし、兆民の場合には、単に(西郷隆盛)惚れこんでいた、それだけのものではなさそうです。
中江兆民には、西郷さんの人物評価とは別に、もう一つ冷酷な目で権力の構造というものを見抜いていた面があるようです。
つまり、権力には、実現すべきある目的、政治の目的というものがある。
そして権力が権力として存在する以上、実現すべき政治の目的というものは、いつの間にかぼやかされてしまうことが多いわけです。
なぜかといえば、実際の権力というものは、現実の政治的必要から、いかにも本当らしい政治の目的を掲げる一面では、正義といった看板を掲げざるをえない。
けれども他面では、つまり、本当のところは悪いことをやると。
そうした権力自体が内在している、必然的な仕組みがあると思うのです。
どうも、うまくいえませんが、権力というものは、自分が掲げた政治の目的、いわば追求すべきものを、決して追求できないという性質を持っているのです。
ですから、権力が目的として掲げているものは、権力の本当の目的ではないのだと・・・。
そういうところが権力の実際だろうと思います。
だから、中江兆民の場合、当時の政治状況を脳裏に描き、保守派の島津久光の勢力と、西郷の声望を結ぶ延長線上に、権力顚覆の可能性を読んでいた。
要するに、権力のメカニズムというものをはっきりと把握しながら、西郷さんの担ぎ出しを策謀していたのです。
兆民は後年、自分を中国の張良をもって任じ、漢の高祖さえありせば、縦横無尽の腕をふるえるのにと嘆じたといいます。
そして、自己の才能を発揮させてくれる漢の高祖とは、西郷さんだったといっているわけです。兆民と西郷を論じますと、いろいろ複雑な問題が出てきますが、いずれにしても、中江兆民もまた、西郷隆盛に惚れこんでいたのはたしかなんです。』
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年より現在に至るまで生じている一連の列島各地にて生じている地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しています。
先ほど帰宅し、ブログの閲覧者数をチェックしてみますと、ここ最近では珍しいほど多くの閲覧者数(700程度)となっていました・・。
『一体これはどうしたものであろうか・・?』とも少し考えてみましたが、残念ながら、その説明に適した仮説らしきものは思い付きませんでした・・(苦笑)。
とはいえ、これら記事を読んで頂いたみなさま、どうもありがとうございます。
さて、昨今、一日のブログ閲覧者数が1000に達することが時折(概ね週末)ありましたが、こうしたことは記事を書く側になってみますと、やはりいくらかは緊張するものであり、次いで、さきにも書いたとおり『そこで読まれた記事とは一体なぜ読まれたのであろうか?また読後どのような感想を持つに至るのであろうか?』などと、しばらく考え込んでしまうことがあります・・。
しかし、こうした考えに『捉われて』しまいますと、新たな記事作成に対して構えてしまう・萎縮してしまうといった傾向があるようであり、現在をも含めた記事作成段階においては特にそうした意識を心に抱く、意識の多くを占めることは避けた方が良いとものと考えています・・。
また、そういえば『人は何かを創造している時の自身に対しては客観的になることは出来ない。』というコトバを何処で聞いたことがありますが、これはそうしたことにも関連があるのかもしれません・・。
さて、つい先日より効率的なブログ記事作成のため、電車での行き帰りにてノートにブログ記事の題材となりそうなことをあれこれメモ書きしております。
しかしあいにく、これはかなりの殴り書きであるため、その中からどうにか判読出来るものの一つを主題として書いて行きますと、現在私がいる首都圏では基本的に何処に行っても看板、標識、吊り広告など『文字・文章』があふれております。
その中で自身はほぼ無意識ながらも何かを感じ、考え、そしてその反応として、あるいはこれまでのブログ記事作成は為されているのかもしれない・・それに対して、もし自身がこうした環境(至るところに文字・文章が空間に掲示されていないところ)ではないところに居住することになった場合、たとえ、その他の環境が現在と同一であったとして、私は継続的にブログ記事の作成は出来るのでしょうか・・?
もう少し具体的に考えるために自身の過去を振り返ってみますと、かつて在住した何れの地域の日常においても、おそらく自身が意識的に接する以外の文字・文章(書籍、PC画面など以外の文字・文章)とは、現在に比べかなり少なかったのではないかと云えます・・。
また、端的に云いますと、それは、現代の我が国では、都市化の度合いと関連があるのではないかと思われます。
そして、この二年間そうした【どちらかと云えば都市化された】環境の中で継続的なブログ記事作成が為されてきたことは事実であり、また今後、自身がそうではない環境、たとえば窓の外に目をやると山、川、海などが見えるような環境且つ仕事場への往復にあまり文字・文章を見かけることがない場所に在住することになった場合、現在のような継続的なブログ記事の作成とは出来るのでしょうか・・?
あるいは出来る場合においても、それはどのような変化を書かれたブログ記事に対し与えるのでしょうか?
はたまた、もしそこで記事を書くことが困難であると感じた場合、自身はどのような反応するのか?とは、自身を用いたなかなか面白い実験ではないかと考えましたが、さて如何でしょうか・・(笑)。
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年から現在に至るまでに発生した一連の熊本、山陰東部、福島県周辺などでの地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧その後の速やかな復興を祈念しています。」
以前にも当ブログ記事に書きましたが、自身はあまり政治に関することには特に期待をしていないため、ブログ記事主題として書くことは稀ですが、昨今、都議会議員の選挙にてその主要勢力の交代とも云える事態、ないしは大きな変動があったとのことは多少興味深く思われました・・。
ここで生じた流れ、動きといったものが今後、全国に波及していくかは分かりませんが、私見としては、あるいは余計な心配であるかもしれませんが、各道府県は急いでこれを波及、真似することは避けた方が良いと考えます・・。
何故ならば、未だこの先どうなるか分からない状態の都政において、ただ単に新たな勢力がその主導権を握ったからといって、その先を見ずに、この流れを取り入れることは、ごく普通に考えてもおかしなことではないかと考えるからです。
とはいえ、それと同時に自身はこの新たに都議会にて台頭した新たな勢力に対し悪意を持っているわけではありません。
むしろ団塊あるいはその周辺世代に多く見られる『変に』アメリカナイズされたパターナリズム、マッチョイムズ的な要素(ある意味、この国をここまで引っ張って、あるいは引き摺って来たもの)が機能することが困難になった昨今の御時世においては、東京都という部分的にではあれ、それが取り除かれ、新たな勢力が台頭することは少なくとも悪いことではないものと考えます・・。
それ故、その既存勢力を取り除いた新たな勢力が代わって、時代に即した(さまざまな業界のボス同士の利権を忖度し合うことのない・理解し難いような裏面を持たない)『良い都政』が為されるのであれば、全く問題はないと考えます・・。
しかし、ただ、それがどうも未だよく分からないということなのです・・。
それ故、とりあえず今後しばらくは、都政がどのように変わっていくかを期待しつつ静観するのが良いのではないかと思われます・・。
また、そのようなことを書いておりますと、否応なく思い出されるのが2010年夏~秋に掛けて生じた出来事であり、おそらく自身に関しては、その出来事により、その後の人生が大きく変化したと云い得ます・・。
しかしながら、現在に至れば、それは本当に悔やんでも仕方のないことではあると考えるものの、その一方において、どうしても、さきの都議会勢力の交代の要因の一つともなったと評される、文部科学省が関与したとされる一連の出来事あるいは事件と、その背景に類似・同様のメカニズムを認識してしまうのです・・。
おそらく国会・議会・立法府側からのある種の圧力により、省庁とは、その実質的配下にある大学に対して更なる圧力をかけることとなり、そして大学側は、その省庁からの圧力に対して最終的には逆らうことが出来ないといった何やら厳然としたシステムが存在するのではないかと考えさせられます・・。
そして、それはまさしく丸山眞男の云う我が国における『抑圧移譲』の論理であり、また同時に大西巨人著『神聖喜劇』にて活写、象徴されている世界、我が国の社会そのものであるとも云い得ます・・。
しかしながら、そのような分析をしてみたところで何一つ現実の状況とは良くならないと考えることから、自身は冒頭に書いたとおり、特に政治に期待はしていないはずではあるのですが、それでも事態が周知の如く、このように推移し、また、それが大きく取り上げられるのを見聞きしますと、どうしても何かしら書かずにはいられないのです・・(苦笑)。
それ故、多少無茶を承知で書きますと、自身をとりまく状況が(大幅に)良くなれば、また、それを取り巻く更に大きな状況もまた幾分かは良くはなるのではないでしょうか・・(笑)?
ともあれ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年より現今に至るまで生じている一連の熊本、山陰東部、福島県周辺などでの地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しています。
翌朝、目を覚ましてホテルロビーに行ってみると、どうもただならぬ様子であったので、既にこの場所におられた先輩に事情、状況を尋ねてみると
『いや、前々から懸念されていたムラピ山の本格的な噴火が起きてね、この周囲も相当灰が降っているよ、うん、これはさすがに桜島の降灰とはワケが違うね・・もしかしたら、帰りの飛行機にも影響が出るかもしれない・・。』
とのことであり、この先の我々の予定に、まさしく暗雲が垂れ込みはじめたのであった・・。
また、ホテルロビー周辺では、アジア各国からの出席者たちが概ね、国毎のグループを成して集まり、携帯電話やタブレットを用いて何やら情報収集を行い、帰国の策を講じていることが見て取れた・・。
私も既に居合わせていた同行した先輩等と予定通りに搭乗便が離陸するかをホテルフロントを通じ空港に問い合わせたところ、それはかなり絶望的であり、おそらく少なくともここ数日程度は【大規模な降灰および上空の視界不良から】飛行場の使用は無理であろうとのことであった・・。
この事態にはさすがに驚き『どうしたら良いだろうか?』と話し合ったところ『我々と同じ便にて離陸予定の他の日本人グループもいるだろうから、その方々と相談してみよう。』という結論に至り、各自散らばり他グループへの問い合わせを開始した・・。
丁度その頃、他の日本人グループ等も我々と同じようなことを考えていたようであり、また、そうした状況を察してか、急遽、ホテルロビーに机、椅子が置かれ情報の集積および指示所らしきものが設置されていた。
その実際の対応、処理作業を行っていたのが**大学の**教授であった。
我々もここに赴き、現状を指示所の陣頭指揮を執っておられた**教授に状況をお伝えすると、ノートパソコンにて何か(皆の状況?)を入力しつつ『そうか、君等**大学組はこの調子だと悪くすると一週間程度は足止めされるかもしれないね・・帰りの便をジョグジャカルタからデンパサール発に変更して・・そこまで行けば火山噴火の影響はかなり小さくなっているからね、そこからええと、関空まで行ければどうにかなるかな・・?』
『ええ、おそらくデンパサールでは今現在、特に発着便の乱れはないとのことですが、しかし、どうやってここからデンパサール空港のあるバリ島まで行けばいいのでしょうか・・?』
**教授はこの質問を予期していたようでありノートパソコンから目を離し、我々の方を向いて以下のような返答をされた。
『ええ、それは先程問い合わせにいらした**大学のグループも君等と同じ様な状況であるようなので、現地の**先生に尋ねてみたところ『バンを数台チャーターして陸路にて行くことが出来る。』とのことで、今その所要時間や経費を問い合わせているところです。
それ故、もうしばらくしたら新たな情報が入って来ますので、それまで待機していてください。』
その迅速且つ適切とも云える対応に我々は感服し、礼を述べて早々にその場を離れた・・後にも我々と同様のグループが控えていたからだ。
そして、しばらくすると、さきの**教授が未だ騒然としたロビー全体に聞こえるような声で『**大学の皆さんおよび**大学の先ほど来られた方々【我々のこと】新たな情報が入りましたで、こちらに来てください。』との通知があり、我々はすぐにさきの指示所に向かった。
すると**教授は手に持った紙片に時折目をやりながら『かなり急なハナシで申し訳ないですが、本日22時半頃ここを出発する自動車に乗り、バリ島、デンパサールに向かえば、十分に皆さんの搭乗予定便に間に合う目算が立ちます。費用は一人頭***ルピア、日本円に換算すると大体***円(数千円ほど)ですが、これが今現在採り得る最適な移動手段であると思われますが、皆さん、この自動車を正式にチャーターしますか?』とのことであった。
我々は一も二もなく、これに同意し、めいめいの費用をいつの間にか**教授の傍らで事務、会計的な補助をされていた方にお渡しした・・。
我々は費用を支払い、大まかな帰国準備、パッキングのためホテル自室に向かう途中『急なハナシではあったけれども、これでデンパサール空港から予定の便に乗れるのであれば、まあ結果としてはそこまで悪くはないかもしれませんね・・。」と話し合った・・。
この日予定されていた観光は火山噴火のため、目的地はホテル近郊に変更されたものの行われた。
我々はバスに乗り銀細工にて有名とされる町の工房を見学し、近隣のレストランにて昼食をとった・・。
さすがに数日間日本の食事から離れていると、当初珍しかった現地の料理に対しても申し訳ないとは思いつつもあまり魅力を感じなくなっていた・・。
いや、それよりも本日の夜中に発つ自動車にてインドネシアのジャワ島を横断することへの緊張・不安からか、どうもこの時の記憶はあまり鮮明には思い出すことができません・・。
そして、ホテルに戻りおそらく無縁であろうと思われた学会の締めである閉会式、授賞式が行われる会議場に向かった。このような状況であることからか、多くの他の出席者の方々は特に改まった服装ではなかったように記憶しています。
ともあれ、本当にどうしたわけか、私はこの時に生まれて初めて学会発表にて受賞することになったのです・・。
これもムラピ山の噴火とは無縁であるとは思われますが、しかし一方において、現在考えてみますと、この出来事はさらなる波瀾を呼ぶ私にとっての2011・2012年の前哨戦であったのかもしれません・・(笑)。
さて、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨今生じた一連の熊本、山陰東部、福島県周辺での地震により被害を被った地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しています。」
A「昨日投稿分の記事も投稿翌日にしては多くの閲覧者数(36)を得ることが出来ました。
読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さて、本日もまた所用にて都心部に出向き、歩いておりますと既にして若干蒸し暑く感じられ、季節が本格的に夏に向かっていることが感じられます・・。
また、こうした時候の夕刻になりますと、不図、和歌山在住時の記憶が思い起こされます・・。
現在はどうであるか分かりませんが、当時は院生研究室にて徹夜の研究、調べもの、読書といったことが行われており、殊に夏の暑い時期などは院生研究室の方が居心地が良いと感じられるため【大学が丘の上に立地しており比較的涼しい】こうしたことは一般的に行われていました。
何人かでこうした徹夜を行う場合、夕刻を過ぎた頃に誰か一人の自動車に皆で乗り、市街地まで夕食を食べに出かけ、帰り際に大型書店に寄り、書籍を立ち読み、物色したのち大学に戻り、院生研究室にて、それぞれの研究や調べものの続きを行うことになるわけですが、時折は、夕食時あるいはそれ以前からの議論が白熱し、まさに夜を徹しての議論ということになり、これにはさすがに最後の方(明け方近く)になると、疲労にて意識が朦朧とし、その日の活性は顕著に落ちていた記憶があります・・(苦笑)。
また、それぞれの研究、調べものを行いつつ夜が明けてくると、目覚まし、あるいは構内自販機にて新たな飲物を購入するため大学構内を散歩・徘徊することも多く、そうした場合、ここで、その夜の研究、調べものにて疑問に思ったこと、収穫した新しい知見などを披露し合うことにもなるのですが、ここでまた新たな議論の発端・火種が生じるというケースもありました・・(笑)。
加えて、こうした徹夜の折の夕食にて、よくお世話になった中華そば屋さんが市内南部の和歌浦・紀三井寺方面にあり、ここは近隣に和医大があることから、その学生グループとバッティングすることが往々にしてありました・・。
こうした場合、周囲にてよく分からない医学用語の混ざった会話が為されつつある中、他方で、これまたよく分からない思想、歴史、哲学関連の用語が混ざった会話が為されているといった【一種異様な】光景が現出する事態となるわけですが、そこには、現在考えてみますと大変貴重とも云える『何か』があったのではないかとも思われます・・(笑)。
おそらく、そうした光景とは、各地域毎に、ある程度共通して存在するのではないかと思われますが、私見として、地域毎に見られるそうした『場』とは、ある意味、我が国、地域の伝統文化、無形文化財と見做しても良いのではないかと考えます・・(笑)。
また、そういえば、現在仕事を行っている場所のごく近くに、都内某大学学生からの伝統的とも云える根強い人気により、全国的な知名度を得るに至ったラーメン屋さんの本店がありますが、昼時あるいは夕刻に、そのお店の前に出来る、おそらく大学生を主とした行列を眺めておりますと、それもまた何とも感慨深いものを感じさせます・・。
今回もここまで興味を持って読んでいただき、どうもありがとうございます・・。
昨年2016年に熊本、山陰東部、福島周辺地域において発生した地震により被災された諸地域の出来るだけ速やかな諸インフラの復旧とその後の復興を祈念しています。」
A「本日もまた、帰宅後一旦休み、深夜となってから記事作成を開始し、また昨日投稿分記事との関連においては、本日も必要により地下鉄数駅分程度を歩きました。
また、その際、首都圏は午前中少し雨が降ったことにより、多少蒸し暑く感じられました。
さて、こうした徒歩での移動とは、行く先、目的地が明確であれば、割合早く着く感覚を覚えるのですが、一方、それが明確でない場合、どうも途中で飽き、そして疲れてくるといった傾向があるのではないかと思われます・・。
しかし、そうであるからといって、行く先、目的地を定めない徒歩が『全くの無意味』であるかと云えば、決してそうでもなく、おそらく、こうした『一見無目的、無意味な行為によって精神などは鍛えられる』といった側面もまた多少はあるのではないでしょうか・・?
しかしながらその一方で、この考えとは、本質的に非合理的(目的合理性を欠く)であり、且つ一歩間違うと様々なレベルでの圧制者側が自己正当化を行う際の常套論理ともなることから、その扱いが大変難しく、おそらく現今の社会においては『少なくとも『他者』に対して、そうした態度を公然ととることは控えよう・・』といった風潮になりつつあるのではないかと思われますが、如何でしょうか・・?
(もしかしたら、そこにもまた別種の悪徳の胚胎があるのかもしれないが・・。)
それ故、他者ではなく、自身に対して、そうした態度で臨むことは、特に問題はないのかもしれませんが、そのように考えてみますと現在自身が作成している一連のブログ記事とは少なくとも、その『当初の期間』においては、まさしく自己に対して行っている非合理的な行為、蛮勇もしくはある種の露出狂とも評し得るものであり、正直なところ自身でもよく意味が分からずに記事を作成していたと云い得ます・・(苦笑)。
また、よく分からないことから、その当初の期間においては書籍からの抜粋引用の形式が多く為され、そして、それにも疑問を覚えた時期から、まずは対話形式の文体を以って自己オリジナルの記事作成と為し、次いで徐々に現在多く用いている独白形式へと移行していったと、その流れを物語ることが出来ます・・。
とはいえ、この流れとは、あくまでも記事作成の形式、手法の流れについてであり、その作成の基層にある『自己の持つ思い、考えの表白、文章化』については現在においてもまた特に分かっているとは云えず、自覚され得ず、ただ単純に、ある程度の量の文章作成に『慣れてきた』だけであるのかもしれません・・(苦笑)。
それでも、この自身が何かに対して『ある程度慣れた』と自覚し得るに段階に至るまでは、やはりどうしても、さきに書いた自己に対してある程度非合理的な態度で臨む必要性があるのではないかと思われるのです・・。
そして、そうしたいわば『創造の基層にある(自己に対する)態度』には、おそらく各人なりの何らかの秘密(万人に対して啓蒙的な要素を持つとされるものとは相反する・逆行する、さきに書いた非合理的なもの)らしきものがあるのではないかと思われます・・。
また、多少ハナシは変わるかもしれませんが、現在作成している、このブログ記事となる文章とは、概ね特定の誰かに対して書いているというわけではありませんが、同時に、特にどうでもいいことではないものの、誰に読まれていても構わないものであることをどこかで自覚しながら書いていると云い得ますが、おそらく、こうした『表出可能な層』を自己の内部に見出し、それを明瞭化、拡大化していくことに、さきの『創造の基層にある態度』とは大きく関与しているのかもしれません・・。
・・ともあれ、自身の場合、深夜にて記事作成を開始すると、どうもこのような(観念的)ことを書く傾向があるのかもしれませんが(苦笑)、それでも、その内容が、何かの、誰かにとって、わずかでも有益であれば、それは現在の自身にとっては有益であり意味があることなのです・・(笑)。
それ故、今回もここまで興味をもって読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島周辺地域にて発生した地震によって被災された諸地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧に加え、その後の速やかな復興を祈念します。」