『いや、前々から懸念されていたムラピ山の本格的な噴火が起きてね、この周囲も相当灰が降っているよ、うん、これはさすがに桜島の降灰とはワケが違うね・・もしかしたら、帰りの飛行機にも影響が出るかもしれない・・。』
とのことであり、この先の我々の予定に、まさしく暗雲が垂れ込みはじめたのであった・・。
また、ホテルロビー周辺では、アジア各国からの出席者たちが概ね、国毎のグループを成して集まり、携帯電話やタブレットを用いて何やら情報収集を行い、帰国の策を講じていることが見て取れた・・。
私も既に居合わせていた同行した先輩等と予定通りに搭乗便が離陸するかをホテルフロントを通じ空港に問い合わせたところ、それはかなり絶望的であり、おそらく少なくともここ数日程度は【大規模な降灰および上空の視界不良から】飛行場の使用は無理であろうとのことであった・・。
この事態にはさすがに驚き『どうしたら良いだろうか?』と話し合ったところ『我々と同じ便にて離陸予定の他の日本人グループもいるだろうから、その方々と相談してみよう。』という結論に至り、各自散らばり他グループへの問い合わせを開始した・・。
丁度その頃、他の日本人グループ等も我々と同じようなことを考えていたようであり、また、そうした状況を察してか、急遽、ホテルロビーに机、椅子が置かれ情報の集積および指示所らしきものが設置されていた。
その実際の対応、処理作業を行っていたのが**大学の**教授であった。
我々もここに赴き、現状を指示所の陣頭指揮を執っておられた**教授に状況をお伝えすると、ノートパソコンにて何か(皆の状況?)を入力しつつ『そうか、君等**大学組はこの調子だと悪くすると一週間程度は足止めされるかもしれないね・・帰りの便をジョグジャカルタからデンパサール発に変更して・・そこまで行けば火山噴火の影響はかなり小さくなっているからね、そこからええと、関空まで行ければどうにかなるかな・・?』
『ええ、おそらくデンパサールでは今現在、特に発着便の乱れはないとのことですが、しかし、どうやってここからデンパサール空港のあるバリ島まで行けばいいのでしょうか・・?』
**教授はこの質問を予期していたようでありノートパソコンから目を離し、我々の方を向いて以下のような返答をされた。
『ええ、それは先程問い合わせにいらした**大学のグループも君等と同じ様な状況であるようなので、現地の**先生に尋ねてみたところ『バンを数台チャーターして陸路にて行くことが出来る。』とのことで、今その所要時間や経費を問い合わせているところです。
それ故、もうしばらくしたら新たな情報が入って来ますので、それまで待機していてください。』
その迅速且つ適切とも云える対応に我々は感服し、礼を述べて早々にその場を離れた・・後にも我々と同様のグループが控えていたからだ。
そして、しばらくすると、さきの**教授が未だ騒然としたロビー全体に聞こえるような声で『**大学の皆さんおよび**大学の先ほど来られた方々【我々のこと】新たな情報が入りましたで、こちらに来てください。』との通知があり、我々はすぐにさきの指示所に向かった。
すると**教授は手に持った紙片に時折目をやりながら『かなり急なハナシで申し訳ないですが、本日22時半頃ここを出発する自動車に乗り、バリ島、デンパサールに向かえば、十分に皆さんの搭乗予定便に間に合う目算が立ちます。費用は一人頭***ルピア、日本円に換算すると大体***円(数千円ほど)ですが、これが今現在採り得る最適な移動手段であると思われますが、皆さん、この自動車を正式にチャーターしますか?』とのことであった。
我々は一も二もなく、これに同意し、めいめいの費用をいつの間にか**教授の傍らで事務、会計的な補助をされていた方にお渡しした・・。
我々は費用を支払い、大まかな帰国準備、パッキングのためホテル自室に向かう途中『急なハナシではあったけれども、これでデンパサール空港から予定の便に乗れるのであれば、まあ結果としてはそこまで悪くはないかもしれませんね・・。」と話し合った・・。
この日予定されていた観光は火山噴火のため、目的地はホテル近郊に変更されたものの行われた。
我々はバスに乗り銀細工にて有名とされる町の工房を見学し、近隣のレストランにて昼食をとった・・。
さすがに数日間日本の食事から離れていると、当初珍しかった現地の料理に対しても申し訳ないとは思いつつもあまり魅力を感じなくなっていた・・。
いや、それよりも本日の夜中に発つ自動車にてインドネシアのジャワ島を横断することへの緊張・不安からか、どうもこの時の記憶はあまり鮮明には思い出すことができません・・。
そして、ホテルに戻りおそらく無縁であろうと思われた学会の締めである閉会式、授賞式が行われる会議場に向かった。このような状況であることからか、多くの他の出席者の方々は特に改まった服装ではなかったように記憶しています。
ともあれ、本当にどうしたわけか、私はこの時に生まれて初めて学会発表にて受賞することになったのです・・。
これもムラピ山の噴火とは無縁であるとは思われますが、しかし一方において、現在考えてみますと、この出来事はさらなる波瀾を呼ぶ私にとっての2011・2012年の前哨戦であったのかもしれません・・(笑)。
さて、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨今生じた一連の熊本、山陰東部、福島県周辺での地震により被害を被った地域の出来るだけ早い諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しています。」
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