2016年4月21日木曜日

20160421 野上彌生子とglobeのヴォーカリストおよびウスキについて

A「先日来より読んでいる「迷路」の著者である野上彌生子とは大分県の臼杵市御出身であることは以前ブログ記事にて記しました。

そして最近、大分前から私がよく聴いていたglobeの女性ヴォーカリストが同じく大分県臼杵市出身であることを知りました。

また、この御二方は遠縁にあたるかもしれないとのことで、これもまた「何たる偶然!」です(笑)。
ちなみに私が大分県臼杵市に立ち寄ったのは2009年夏であり、鹿児島在住時のことです。

この時、所用により近くまで行ったため、当時親戚が住んでいた愛媛県松山市を訪ね、数日間滞在し、帰路は松山から八幡浜までJR予讃線で行き、そこからフェリーにて豊後水道、豊予海峡を渡り、臼杵港に着き、そこからJR日豊本線にて当時在住んでいた場所の最寄り駅である宇宿(うすき)に帰着しました。

また、奄美大島には「宇宿」と書いて「うしゅく」と読む貝塚で有名な場所がありますが、元々は「うすき」も「うしゅく」も同じような音あるいは意味として認識されていたのかもしれません・・。
そして、このことはたしか金関丈夫氏の著作内において、取り扱われたものがあったのではないかと思います。
その著作中において「特に「しゅく・すき」とは、元来南洋由来の航海民、海洋民族のコトバであったのではないか?」と記されていたと記憶しております。
たしかに、それらの地名の場所は共通して沿岸部(かつてのを含む)に位置します。

また、これは関係ありませんが、私が前出globeの曲をもっともよく聴いていたのは、南紀在住の頃でした・・。

この当時は、毎日の暮らしの中で、現在考えてみるとぜいたく過ぎるほどにキレイな海の景色を眺めていたと思います・・。

そう書いていますと「おそらく昔の人々は白良浜の延長上にある権現崎そしてその近くに浮かぶ円月島といった一連の景観に何かしら神秘的なものを感じていたのではないだろうか?」と考えさせられます。

そして、そうであるからこそ、権現崎に熊野三所権現、火雨塚古墳などが造営されたのではないかと思います。」

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

20160420 都市と地方について考えたコト

地震で被災した熊本、九州にて、今度は大雨が降るという天気予報が出たといいます・・。

辛い状況ではあるとは思いますが、被災された地域の方々が出来るだけ早期に安心して過ごすことが出来るようになることを願っています。

このようなことを軽々しく書くことは、失礼であるのかもしれませんが、九州にて数年過ごしたことのある私としては、現実的に、自身が現地に行き、何かしらお手伝いできないこの状況においては、こうしたことを書くこと以外出来ませんし、また、そうした状況を歯がゆく感じます・・。

さて、首都圏にて暮らしておりますと、観光、旅行などで国内地方に行き、そこの魅力を味わうといった趣向、傾向(ばかり)が大変強いように思いますが、実際に、それら観光、旅行などで取り上げられている地方に住み、生活したことがある私から見ますと、どうもそれは違うような感じを受けます・・。

一方、そうした地方に住まわれている方々からすれば、観光、旅行などで地域に「お金」を落としていってくれる観光客、旅行者の方々は、それなりにありがたい存在であるのかもしれませんが・・。

ともあれ、そうした地方に住み、その土地の昔ながらの因習などを含めた、いわば観光向けでない、ホンモノのその土地に根差した歴史、文化に否応なく接し、それらを受け入れなければならなかった人間にとっては、如上のような観光、旅行などのみによって、その地方、地域を知ったかのように考えてしまう状況とは、前述同様、大変歯がゆく感じます・・。

しかしながら、こうした感覚、認識を表出することは、都市部、首都圏在住の方々、地方の方々双方にとって、あまり都合の良いものではないために、あえて放置されるか、あるいは悪い場合になると、何かしら糾弾(別件逮捕的な)されるような場合も少なからずあるのではないかと思います・・。(同調圧力、社会凝集性)

そしてまた、こうした図式とは、特に我が国の場合、自身の国の歴史に対しても同様の傾向が認められるのではないかとも思います・・。

さらに、こうした傾向は、インターネットが普及し、多くの人々が様々な知識を手軽に入手できるようになったことにより、より一層拍車が掛かったような感じをも受けますが、如何でしょうか?

そうしますと、本来、自他の文化をより深く知るための手段としての学問であった昔ながらの文系学問分野全般においても、さきと類似、同様の図式、傾向が強くなってゆくのかもしれません・・。

こうしたことは、もしかしたら、ニーチェが「ツァラトゥストラかく語りき」そしてオルテガ、ウェーバーが各々著作で述べている近代以降の社会の特徴と関連があるのかもしれません・・。

とはいえ、我々が日常的な生活する上において「効率性」とは、きわめて重要なものであることもまた事実であり、それは肯定するのですが・・。


ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

2016年4月19日火曜日

20160419 本箱の整理「羊の歌」

引き続き予断を許さない状況の熊本、九州ではありますが、早期にこの一連の災害、およびそれに付随する様々な二次災害が収束、復興に向かうことを心より祈念いたします。
熊本、九州の皆様、どうぞ御無事で。

A「さて、本日は朝電車の中にてメモを取ろうと試みましたが、案の定なかなか混雑しており、筆記が厳しい状況でありました。

しかし、その後、再度電車に乗る機会を得たことにより、何かしら思いついたことを記すことができました。

しかし、それらは断片的なものであり、未だ文章にして表すに足るものではないような感じを受けました。

とはいえ、一応その断片を記すと、我が国における外国文化の扱いについてといった感じです・・。

今後このトピックにてブログ記事を書くことがありましたら、本日ノートに記した内容が精製、文章化されたものと考えていただきたく思います。

また、それとは別に帰宅後、必要に迫られ、かつて専攻した学問分野の書籍、記した講義ノートを引っ張り出すことになりました。

これらは、本箱の奥に収納してあったため、取り出すことに大変難儀しましたが、面白いことに、この時、私のこれまでのブログにおいて何回か取り上げたことがある加藤周一著の「羊の歌」が一緒に出てきました。

「何たる偶然!」と驚き、また何故、これらの書籍、ノートと一緒にこの著作が出てきた(収納していた)のか、いささか不思議に思いました・・(笑)。

今後、ブログのネタに多少窮することになりましたら、あるいは時宜に適うと思われる文章を同著作内に見つけましたら、ここから適宜抜粋引用してみようと考えております。

また、それに加えて先日来より引き続き野上彌生子著の「迷路」を読んでおります。

これは現在二度目の通読となりますが、それでも色々と読み飛ばしていたり、誤解しながら読み進めている部分があることに気が付かされます・・(苦笑)。

そして、こうした理解不足、誤解などは書籍に対してのみならず、対人間においても同様に行ってしまっているのかもしれません・・。」

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

2016年4月18日月曜日

20160418 「考える」とは・・

先日、熊本を中心として発生した地震は、現在に至るまで予断を許さない状況とのことであり、また被災された方々が出来るだけ早期に居宅に戻ることが出来、また同時に各インフラが復旧されることを祈念いたします。

そして本日夜半においても大きな地震が震源地をより内陸部に移し発生したとのことですが、特に付近におられる方々は大変不安、心配ではないかとお察しします。
どうぞご無事で。

本日も朝電車の中で色々とブログ記事について考えておりましたが、それらを筆記出来る状況ではないため、その内容を憶えていて、後で書こうと思いました。
しかし、その時々にて浮かんだ考えというものは、泡のようなものであり、その時に記しておかないと、どうやらあまり良くないようです・・(苦笑)。

そして、現在は、このようにして、朝電車の中にて考えていたことが突然想起することを願いつつ、この記事を記している次第ですが、残念ながら、なかなか思い出すことができません・・。

こうしたことは大変残念ですので、明日は何か工夫してみようと思います。

とはいえ、この「考える」という日本語の語源とは、一説によると「かむかえる・か迎える」といった感じで「何かしらの想念、観念などを自身の内部に迎え入れる」といったニュアンスがあるそうです。

とはいえ、そうした想念、観念を迎え入れるにしても、それを他者が理解可能な程度に言語化するためには、適切な言語あるいは表出、説明する際において有効と思われる類似した一般概念などの選択、および、そうした知識、見識が必要とされます。

それ故、コトバの奥にある想念、観念そして心、精神が本質的なものとして重要ではありながら、それを適切に表出するための手法、技術などもまた重要なのではないかと思います。

また、こうしたことは、他の様々なことにおいても応用できることではないかと考えます。

しかしながら、そうしますと、我々の多くは、徐々に、この手法、技術といったものに、より大きく心を捉われるようになり、当初考えた、望んだものとは異なる、何だかおかしな方向に行ってしまうこともまた少なからずあるのではないかと思います・・。

そして、そうした実際の生活において一見、所与、ア・プリオリとなって(しまって)いるようなことについて再度熟考させるために、昔ながらの文系学問分野全般といったものは存在意義を有しているのではないかと思いますが、如何でしょうか?

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。




2016年4月17日日曜日

20160417 肥後・熊本での「神風連の乱」について

先日発生した熊本での地震は、その後も揺れは継続し、現在においても予断を許さない状況であるとのことです。


熊本をはじめとする九州の皆様、とても大変であるとは思いますが、どうぞ、お気落ちなく、お元気で。


また、この地震のことに触れずにブログ記事を書くことは難しいと思いつつも、同時に私の書いた記事の内容により、何かしら地震被災地の方々に対し失礼があっても良くないと思い、新たな記事作成に対し躊躇しておりました。


とはいえ、やはり私は新たなブログ記事を作成した方が良いと考え、この記事を作成することにしました。


さて、以前も当ブログ記事にて少し触れましたが、今年2016年とは、明治9年つまり1876に同地、熊本にて発生した「神風連の乱」から丁度140年経った年です。


また、このことも以前、当ブログ記事にて触れたことではありますが「概ね70年程度の周期にて、世の中の様々な価値観が大きく変化する」という考えを、前の「神風連の乱」が発生した年と加味して考えてみますと、今回の熊本での天災である地震においても、何かしら深い意味合い、あるいは何かしらの関連があるのではないかと考えさせられます・・。

しかしながら、実際、そういった意味合い、関連が存在するのかどうか「科学的」に判断することは困難であるとは思いますが・・。


また、様々な歴史的な出来事において、その当時の生々しい「時代精神」といったものが、各々歴史的出来事の本質を理解、把握する上において極めて重要な要素であると考えます。


そして、そうしますと「では、過ぎ去った時代の時代意識、同時代感をどのようにして理解、把握できるのか?」と感じる方々も少なからずおられると思います。


こうしたことにある程度、適切な解を与えてくれるものが、文学、日記、そして映画などを含む映像資料といった同時代に作成されたものをなるべく多く閲覧、読み込むことではないかと思います(無論能動的に)。


そして、そうした資料閲覧、熟読の後に発生するいくつもの想念、観念の結合、それらの間の反応などといったものが一つの哲学、思想が形成される過程の一側面ではないかと考えます。


また、インターネットにより、多くの資料の閲覧が即座に容易になったことにより、逆に、ある程度大きな想念、観念そして思想の形成が妨げられるか、その形成の過程に変形が生じる(生じてしまう)可能性があるのではないかとも思われます・・。


さらに、こうしたことは経年の蓄積により世論、民度、文化の質などに対し、結果的に大きな影響を与えるものではないかとも思います・・。

そして、それ故に一見いや、到底実利的、功利的とはいえない文系学問分野の重要性、存在意義といったものがあるのではないかと思いますが如何でしょうか?

ここまで興味を持って読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。

2016年4月16日土曜日

20160415 万世橋に建っていた銅像と野上彌生子について

A「これまでに色々と書いてきましたが、今の段階においては、自分を匿名的な存在と仮定して文章を書く方が進みが良いようです。

それとは反対に、自身が属する全てを背負って書く場合、文章を書く際に自身が感じる「圧力」らしきものが大きくなり、それに伴い、文章の進み具合も遅くなるのではないかと思います。

また、今現在、私の場合、文章の良し悪しなどよりも、量を書いてみる方が大事ではないかと思いますので、自身を匿名的な存在として書き続ける方が都合が良いのかもしれません・・。

とはいえ、書いているのは、あくまでも私自身ですので、その主題、内容の選択、推敲などに関しては、ある程度、自分なりにではありますが、緊張感を持っていた方が良いとも思っております・・(笑)。

加えて最近は比較的帰宅する時間帯が遅く、また、読書に関しても前に示しました野上彌生子著の「迷路」以外読んでおりませんので、あまり「これ」といった面白そうなブログのネタを思いつくことが少ないです・・。

これは跳躍の前の収縮であれば良いのですが・・(苦笑)。

そういえば、先日朝、総武線に乗っている際、秋葉原付近から外の風景を眺めておりますと、向こう側に中央線が走る神田川の見えるあたりで「ああ、そうえいえば、このあたりには昔、野上彌生子の出身地であり、且つその著作「迷路」の一つの主要な舞台でもあった大分を出自を持つ明治期の海軍軍人の銅像が立っていたなあ・・」と、不図、思い出しました。

一般的に大分とは、福岡、熊本、鹿児島などといった「いかにも九州!」といったイメージがある地域と少し異なり、あるいは同様に距離を置き、どちらかというと中国、四国文化圏の方に近いような印象があるのではないかと思いますが、如何でしょうか?

そのためか、かつて、この総武線と中央線が分岐するあたりに銅像が立っていた大分御出身の明治期の海軍軍人とは「九州男児」と評される、称されることが少なかったのではないかと思います・・。

また、こうしたことは大分、中津に出自を持つ幕末、明治期の高名な思想家、教育者においても同様であるかもしれませんが・・。

あるいは、その当時(明治時代~戦後)とは「九州男児」という地域を包括するような男性に対する名称、美称とは、少なくとも一般的ではなく、どちらかというと薩摩隼人、山坂達者、ぼっけもん、肥後もっこす、黒田武士などといった感じに、細分化した、より具体的な地域性を感じさせる名称、美称の方が一般的なものとして存在していたのかもしれません・・。

そのように考えてみますと、この「迷路」の著者である野上彌生子女史は、おそらく間近で見たこともあろう万世橋のたもとに立つ同郷ともいえるこの海軍軍人の銅像に対し、如何なる思いを持っていたのでしょうか・・?

あるいは、何かの著作にそうしたことが記されてあるのかもしれませんが・・。」

ここまで興味を持って読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。








2016年4月14日木曜日

20160414 閲覧者数60000人到達

お蔭さまで昨日で全期間でのブログの閲覧者数が60000人に到達しました。
どうもありがとうございます。

そういえば、先月3月24日にて閲覧者数が50000人に到達いたしましたので、この直近10000人の増加とは、比較的早いペースであったのではないかと思われます。

今後も出来るだけブログ記事を更新してゆこうと考えておりますので、ブログを読んでいただいている皆様、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

また最近は、帰宅が若干遅くなることが多く、多少(かなり)記事を書くことを面倒に思うこともありますが、記事を書き続けることにより、何かしら面白いこともまた起きるのではないかと思います。

実際に、このブログを書き続けていることにより、私は何度かそうしたことが起きたものと考えております。

しかし、それ(面白いこと)が実際にブログ記事を書いたことによって生じたのかとは「科学的」に判断、判定することはできません。

しかし、この人の世においては「科学的」に判断されることばかりではないとも思いますので・・(笑)。
また、一方において、科学(人文社会科学も当然含めて)とは、大変重要なものであるとも思いますが・・。

そういえば、ゲーテは「他国語を理解していないということは、自国語も全く理解していないのと同じことなのだ。」といったような、大変耳の痛いコトバをどこかに記しておりましたが、そうした事情とは、科学と、前述の科学だけでは決して割り切ることのできない重要なものとの間においても同様の事情が存在するのではないかと思いますが、如何でしょうか?

さて、ハナシはまたブログに戻りまして、読まれている記事の動向を時折見ておりますと、投稿した過去の記事が深く読まれていることを感じることが間々あります。

そうした読んでいただいているのが国内外何れの方(方々)であれ、私の作成する記事とは、そういった反応に支えられ書き続けることができております。

駄文、悪文も(の方が圧倒的に)多いと察せられる一連の記事において、それは大変にありがたいものです・・。

さらにまた、ハナシは変わりますが、先ほど九州、熊本を中心として、大きな地震があったとのことですが、私の知る九州、熊本の方々皆様そしてその周辺の方々がご無事でいること、および、この地震による被害が出来る限り少ないことを心より祈念します。

「九州の皆様どうぞご無事で。」

色々とありましたが、同時に色々と経験させていただいた九州全土が私はとても好きです。
おそらく、今となっては、実際の自分の故郷である首都圏よりも、はるかに好きであると思います・・。

とはいえ、このようなことを臆面もなく書いていますと、さすがに恥ずかしくなってきましたので、このあたりでこの記事を終わりにいたします・・。

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。