2017年4月6日木曜日

20170406 高等教育における文系学問と実学系学問との正反合・止揚の具体案・・?

以前より続く不景気の影響によってか、あるいはそれ以前からの文化的土壌によるものか、我が国の高等教育における文系諸学問の価値とは、軽視されがちであると云えます・・。

こうした状況の直接の淵源とは、近代以降の我が国において、欧米文化が大々的に流入、そしてそれ以前の社会に接ぎ木されたことではないかと思われます・・。
「現代日本の開化」

さらにそこから、実学系の一部の分野を除き、高等教育にて為される学問、研究の内容が、実際の日常生活から縁遠いものとなり、卒業後においては、実質的にその学問に接する機会は限局され、そしてそれに対する興味とは減衰してゆくものと思われます・・。

しかし一方、そこで為される教育が、近代以前から連綿と続く、接ぎ木ではなく、一枚岩的なものであったとすれば、さきに述べたような高等教育と実際の日常生活との乖離は生じなかったのでしょうか・・?

これに対しても簡単に返答することは困難であり、あるいは我が国において高等教育として位置づけられる学問(実学、実務的なもの以外)とは、古来より日常生活を基盤とする感覚、観念から必然的に乖離するような(普遍的な)性質を持っているのではないかとも思われることがあります・・。

いや、こうしたことは世界においても少なくない類例もしくは傾向があるのかもしれませんが・・。

ではそこで特に我が国において何が問題であるかと考えてみますと、文系諸学問の高等教育にて得たことが、その後に接する実社会において役立てられることなく打ち捨てられ、忘れ去られ、単に学歴を示す指標となることではないかと考えます・・。

しかしながらその一方で、自身はこれまでの経験から、何らかの技術体系の習得を要する実学的な学問もまた極めて重要であると考えております。

また、それは同様に自身の経験から文系諸学問とも何らかのカタチで結節することが可能なものではないかと考えます。

さて、そのような状況、考えを正反合、止揚させてみますと、具体的にはどのような考えが浮かぶのかと申しますと・・。

我が国の文系学問を主軸とする諸大学と端的に実学系といえる医療、介護系の諸専門学校とが合併し、ある個人が一つの学部、学科での四年あるいは六年間の科目履修を通じ、双方を融合させたような学問体系を会得し、そして医療、介護系の資格を得ることが出来るようにすることです。

これは現時点においては荒唐無稽ではあるかもしれませんが、同時に来たるべき時代情勢に対する一つの創造的そして持続可能性のある対応の仕方、方法ではないかと考えますが、さて如何なものでしょうか・・?

とはいえ、その前提として極めて重要なことは、双方共にホンモノを感知し学問に対する能動性を得ること(それがまさしく持続可能性の基盤、原動力となる)ではないかと思われます・・。

そしてまた、このことはイギリスの経済学者が云う『経済騎士道』あるいは『冷静な頭脳と温かな心』の礎になるのではないかとも思われるのです・・。

また、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。


去る2016年に発生した熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧そして復興を祈念しております。



2017年4月5日水曜日

20170405 ブログ記事作成の継続と矢数俳諧について・・

A「昨日の投稿記事は概ね書籍からの抜粋引用ではありましたが、思いのほか多くの方々に閲覧して頂いたようです・・。

また、これまで22カ月(660日)程度にて600記事近くの投稿を行ってきたことは、概ね10日のうち9日は何かしら記事を作成してきたことになります・・。

これもあまり自慢できることではありませんが、それでもこうしたことは以前の自身では行うことが叶わなかったと思われますので、多少大げさに表現すれば『現時点あるいは毎日の記事更新においても、その都度、新たな境地に踏み入れている』といった感があるのです・・。

とはいえ、こうした感興に浸ることは、これまでの経験から必ずしも文章作成にとって良いものではなく、むしろ、そうした感興が無い、あるいは抑えた状態の方が、どうやら文章作成においては、適しているようです・・。

また、こうしたことは、他のさまざまな精神が関与する我々の為す作業においても類似、同様の傾向が認められるのではないかと思われます・・。

しかしながら、こうした傾向『だけ』が良いというわけでもなく、場合によっては内在、蓄積された創造を伴う精神を一気に放出した方が良い場合、場面もあるとは考えますが・・。

そしてまた上記の考えに加え、一連の当ブログとも、いくらかの関連が示唆されるものとして、想起されるものは『矢数俳諧』です。
これはおそらく17世紀末頃、大阪の井原西鶴がその記録を保持しているのではないかと記憶しております・・。

とはいえ、その記憶が不確かであることから、本日も以下に書籍からの抜粋引用を行います・・。

筑摩書房刊 加藤周一著 「日本文学史序説」上巻 P.527より抜粋引用

俳諧について
 「連歌の形式をとって、諧謔風刺を内容とし、主題・語彙ともに平安朝貴族趣味を離れて民衆の日常生活に即する傾向は、十六世紀に流行して、その専門家を生むに到った(俳諧師)。
十七世紀に入ると、専門家たちは忽ち技巧的となり、文献をふまえ、暗喩を多用し、言葉の奇抜な結びつけを貴んで、謎めいた句を多作するようになった、その代表的な作家が、西山宗因(一六〇八~八二)である。熊本出の元浪人で、その一派の作風は、「談林風」とよばれる。「談林風」の言葉の遊戯をもっとも徹底させた制度は、おそらく、一定の時間内に独りでどれほど多く連歌の句をつくるかを競う「矢数俳諧」であろう。
 その名手が、大阪の俳諧師、井原西鶴(一六四二~一六九三)であった。西鶴は、一六七七に、二十四時間一六〇〇句の独吟に成功して有名となった。(「俳諧大矢数」)。二年後にその記録は、仙台の俳諧師に二十四時間三〇〇〇句によって破られる。そこで西鶴は、翌年(一六八〇年)、二十四時間四〇〇〇句で、さらに記録を更新し(「大矢数」)、一六八一刊)、その四年後には、遂に二十四時間二万三五〇〇句の記録を樹てたといわれている(摂津住吉の神前興行、一六八四年、その独吟が残らなかったのは、平均一分間に一六句の早口を記録することができなかったからであるらしい)。」

一分間に一六句を作成する、そしてそれを二十四時間継続することが可能な精神あるいは頭脳の状態とは一体どのようなものであったのでしょうか・・(笑)?

また、それに付随し、これまでブログ記事作成を継続して時折感じることは、長編小説などを執筆出来るその精神あるいは頭脳とは一体どのようなものなのであろうかということです・・。

とはいえ、当ブログを開始する以前は、そのようなことも現在ほど実感を以って感じ、考えることが出来なかった(純粋に読者の立場でいた)ことから、おそらくブログ開始以前の自身と比べた場合、現在とは、多少の進歩はしているのかもしれません・・。

それでも、いま少し先、伸びしろがあるとは考えますが・・(笑)。

ともあれ今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」

















2017年4月4日火曜日

20170404 主に書籍からの抜粋引用 地域性についての面白い指摘

昨日投稿の記事も投稿翌日にしては多くの方々に閲覧して頂いたようです。

読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さて、当ブログも気が付きましたら285記事に到達しており、余すところ15記事未満の記事投稿にて目標としている600記事に到達します。

そういえば、昨夜は寝る前に特に考えることなく久しぶりに手に取った、我が国の古代史に関しての書籍を読みはじめましたところ、疲労感の割にはそこそこ読み進むことが出来たと思われるのですが、いつの間にか寝ておりました・・(苦笑)。

また、本日に関しては以前より抜粋引用したいと考えていた著作からの引用部を以って投稿記事にしようと思い立ちました。
こうした文章を読んでおりますと、執筆当時の『時代の息吹』といったものを感じさせられます・・。

ちなみに、この著作の原文とは執筆年代を反映した漢文くずし的な文章であり、現代となっては聊か読みにくいため、現代語訳部分(書籍前半)からの抜粋引用としました・・。

岩波書店刊 中江兆民著 桑原武夫・島田虔次・校注
「三酔人経綸問答」pp.76ー77より抜粋引用
ISBN-10: 4003311019
ISBN-13: 978-4003311011


「またこの二つの元素は、地域的特殊性によって分類することができます。
おおまかなはなし、封建時代、二十万石以上の大藩は、たいていみな国境を閉ざして、他国の人間の入って来るのを禁じていました。
それで、そこの人間は、生涯のうちに見たり聞いたりするのは、ただ藩内のことばかり、一生のうちに接するのは、ただ藩内の男女にすぎません。
そこでその思想、風習、着物、さらに言葉にいたるまで、おのずと一定の型ができて、はっきり別人種を形づくっています。
たとい二十万石以下の小藩であっても、へんぴでよその藩と交渉のない町村では、これと変りはありません、つまりこうした藩の風俗は、みな質朴で武を尊び、それが国ぶりとなっています。
そこでその藩の人間の多くは、おおまかで重厚です。
いなか臭いが雄々しい。さもなければ、ねたみ屋で陰険です。にぶくて愚かです。
そこでその連中の多くは昔をなつかしがり、新しいことを嫌って、むやみと悲憤慷慨するばかり、綿密周到という才能は乏しいのです。
四方八方に交通のひらけた土地に位置している藩のばあい、その人民は平生いつも方々の事物に接触し、方々の人々に応対して、こたごたがやがやと暮らしてきた。
そのために風俗はすべて華美で、(武ではなくて)文を尊びます。
そのためにそこの人間は多くは、すばしっこくて綿密です。さもなければ、おべんちゃらで軽薄です。そのためその連中の多くは、古いものを棄てて新しいものをとり入れるのが、きわめて早い。
聡明な才能を持ち、ずば抜けた見識をそなえた人物というのは、もちろん普通の理屈で論ずることはできませんが、それ以外のものは、地域的特殊性に制約されないものはきわめてめずらしいのです。だから昔なつかしと新しづきの二つの元素は、だいたい地域的特殊性で分類することができる、といったのです。
ところでさて、おくれて文明の道にのぼり、今や改革の気運に直面した国家においては、この二つの元素がひろく政府にも在野にもゆき渡り、あまねく官界にも民間にも及び、眼には見えないが、国じゅうの人の心のなかにしのび込み、ひそかに活動して、いたるところでせりあい、たがいに勝利を争います。
宰相、大臣のあいだでは、宰相、大臣を反目させ、官僚のあいだでは、官僚を反目させ、民間人のあいだでは、民間人を反目させ、農、工を反目させ、商人を反目させ、親子を反目させ、夫婦を反目させ、子弟を反目させ、友人を反目させ、上は朝廷の建てる百年の大計、下は人民の日々の仕事、あらわな例でいえば面とむかって堂々たる討論、めだたぬ例では食べものの趣味という些細なこと、いやしくも人間の心のはたらきの存在しているところであるかぎりは、この二つの元素はきっとたがいに排斥しあい、闘争しあって、もはや調和させることはできません。
そこで一つの国のなかで、政府と在野、官界と民間、学者、芸術家、農、工、商などといった前からあるグループの区別のほかに、新たに二つの大きな党派が生み出されることになります。
これはどうにも治しにくい重病です。」

今回もまた読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震により被害を被った地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。

2017年4月3日月曜日

20170403 気温の上昇、記憶から自身の言語・コトバの能力の限界について・・

本日は夕刻に雷が鳴り雨もそこそこ激しく降りました。
この時丁度外出中であったため、急ぎ雨宿りをしました。
しかし、その雨の降り方は既に冬のものではなく、春の雨であることを感じさせました。
また、明日は気温もいくらか上昇するとのことで多少安堵している次第です・・(笑)。

さて、そこで不図思い出したのは以下の文章です・・(笑)。
「温度もまた生命に影響すること甚大である。温度の上昇は物理化学的現象の発現のみならず、生命現象をも一層活発にする。
温度の低下は物理化学的現象のエネルギーを減少して生命現象を鈍らせる。
天然の外界においてはこの温度の変化はいわゆる季節となって現れるが、これは結局地上における動植物生活の変化によって特徴づけられているにすぎない。
これらの変化が生じるのは、植物や或る動物の内界即ち有機的環境が外界と平衡しているためである。
もしも植物を温室の中に入れておくならば、冬の影響はもはや感じなくなる。
冬眠する冷血動物にしても全く同じことである。
然るに温血動物になると、いわば細胞を温室の中に保っているようなものである。
それ故このものは冬眠の影響を感じない。
しかしながらこれも結局外界と温度の平衡を保とうとする一種独特の内界の抵抗にすぎないのであるから、ある場合にはこの抵抗が破れて、温血動物でも熱くなったり冷たくなったりすることがあり得る。」

岩波書店刊 クロード・ベルナール著 三浦岱栄訳 「実験医学序説」P.196より抜粋引用

そして、上に示した抜粋引用部をあらためて読んでみますと3月29日投稿分の記事「みた夢のハナシ、師匠との会話などから・・」にて夢をみて起床直後の『震え』の記憶が想起されます(苦笑)。

そしてまた、こうした感覚とは、これまで何度か味わった記憶がありますが、それらの中で最も『怖い』と感じていたのは2012年秋頃のある記憶です・・。

この記憶に関しては今現在、比較的明瞭に憶えており、また憶えているからこそ、現在でも『怖い』と感じることが出来るのですが、しかし同時に、この記憶のことを文章化することは未だ躊躇を覚えます・・。

そして何故、躊躇するのかと考えてみますと、それは、この記憶とは『怖い』ものであると同時に、自身にとって大変大きな意味を持つと考えることから、そう簡単には文章化したくない、出来ないのではないかと思われます・・。

それに加え、実際にその記憶を文章として著した場合『何だ、そんなことか!』と他者から無惨に嗤われるのも、またイヤであるといった、いささかケチくさい了見もあるのではないかと思われます・・(苦笑)。

しかしながら、その一方で、これまでブログ記事の継続的な作成が出来た一つの主要な原動力がまさに、この時の経験、記憶であると自身は考えるのです・・。

また、おそらく、こうしたことは、あまり他者に書いても、説明しても精確には伝わらずに終わってしまうのではないかと思われるのです・・。

それ故、一面における現在の自身の言語・コトバの能力の限界といったものが、この辺りにあるのではないかと思われる次第です・・(苦笑)。

そして、そうしたことを書いておりますと、何故だか思い起こすのが下に示す文章です・・。

「・・そう、それは無理だよ。自分の存在の忘れ難い一時点で覚えた生の感覚というものを、他人に伝えるのは不可能なんだよ。
その感覚こそが人生の真実、その意味ーその微妙で深く浸透する本質なのだが。無理だな。ちょうど夢を見るのと同じように、僕らは生きているんだーただひとりぼっちでね・・」

三交社刊 ジョセフ・コンラッド著 藤永茂訳「闇の奥」pp..74ー75


“No, it is impossible; it is impossible to convey the life-sensation of any given epoch of one’s existence--that which makes its truth, its meaning--its subtle and penetrating essence. It is impossible. We live, as we dream--alone.” 
「Heart of Darkness」 Collins Classic Joseph・Conrad P.32

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年に発生した熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧そして復興を祈念しております。」








20170402其の2 『時代を通じ普遍的に人々に重み、深みを感じさせる「何か」とは』

A「あと20記事未満の投稿により、総投稿記事数が600に至ります。

この600記事とは果たしてどの程度のものであるかイマイチよく分かりませんが、それでもキリの良いところまでは書き続けないとどうも気持ちが悪いものです。

しかし、その場合、果たして600という数字がキリが良いのかどうか分かりかねるところではありますが、まあ少なくとも直近のキリの良い数字としては、自身にとって多少の意味があるのではないかと思われます・・(笑)。

さて、本日分の記事は先ほど既に投稿しましたが、本日は休日ということもあり、もう1記事書くことが出来るのではないかと思い、新たに記事作成を開始した次第です・・。

こうした試みはこれまでにあまり為されていなかったことから、多少不安ではあるのですが、実際に書き始めてみますと、そこまで逡巡することなくキーボード上の手は動いてくれるようです・・(笑)。

とはいえ、その書くべき主題といったものは今現在決まっておりません・・(苦笑)。

しかし、そうした状態から書き起こし、大抵の場合はどうにか記事作成を行うことが出来ておりますので、とりあえず書き進めるにしたがい、何かしら主題は思い付くのではないかと思われます・・。

そういえば、先月の最も読まれた記事は3月10日分の記事「保守は右翼、革新は左翼・・?」であり、これも他記事の閲覧者数に比べダントツといって良い状態でした。

何故、この記事が多くの方々に閲覧して頂いたのかは書いた自身もよく分からないところではあるのですが、少なくとも現在の表層的にウヨク・サヨクに分け、難癖を付けるような風潮においては多少は意味があったのかもしれません・・(苦笑)。

また、その意味において現在の文学、映画といった文化一般において、こうしたことを能動的に考えてしまうような重み、深みがあれば良いのではないかとも思われます・・。

(現在においては時代遅れの意見であるのかもしれませんが、さまざまな文化的事物における価値の根源にあるものとは、時代を通じ普遍的に人々に重み、深みを感じさせる「何か」ではないかと考えます・・)

しかし一方、表層的な人気を得ようとする作品とは、概ね、そうしたことを意識的に避ける傾向があります。

たしかに、そちらの方が「君子危うきに近寄らず」で安全ではあるのかもしれませんが、そうした文化事物にて世の中が埋め尽くされてしまいますと、それはそれで逆に息苦しい社会となってしまうのではないでしょうか・・(苦笑)。

いや、それら文化の系譜、成り立ちを知らなければ、そうした状態を息苦しいとすら感じることもなく、それが当たり前と感じ、その中において文化事物に対する別の尺度による評価が為されるようになるのかもしれません・・。

また、これまでのさまざまな文化の発展もまた、見方によれば、そのような感じで為されたものも少なからずあるのではないかとも考えられます・・。

つまり、こうしたこともいわば「勝てば官軍」であり、実はその為される評価とは曖昧模糊とした基準であるのかもしれません・・。

それでも先に述べた、時代を通じ普遍的に人々に重み、深みを感じさせる「何か」とは存在するのではないかと自身は考える次第です。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」






2017年4月2日日曜日

20170402 昨日公募サイトを閲覧し思ったこと・・

A「昨日は休日ということもあり、久しぶりに公募サイトを閲覧してみました。

年度の変わり目ということもあり、公募の件数も大分減ってはいるようでしたが、それでも興味をおぼえる職種幾つかがありました・・。

しかしその一方「応募したらどうなるのか?」と考えてみますと、多少不安にもなってくるのです・・。

確固たる『専門』と云える分野がある方の場合、おそらく、その応募に値する職種とは、ある程度限定されるのでしょうが、自身の関しては、これまでの履歴、職歴から、職務内容および応募資格を見て、応募出来そうな職種をある程度限定し、その中から、さらに精選していくことになるのですが、実際そのようなことを行いますと、そこで精選された職種、職務内容もまた割合多岐に渡ることから、再度その中から「どれが良いのだろうか?」と考えることになるのです・・。

そして、このようなことを行っていく間に本当に自身に合った職種とは見つけることは出来るのでしょうか?

いや、それよりも、とりあえず応募出来そうな職種全てに対し、応募してみるという手段は確かにありますが、さすがにそれはいい加減であり、また時間と費用もまた掛かり過ぎるのではないかと思われるのです・・。

とはいえ、どのような職種であれ応募しないことには何も始まりませんので、興味を持ち、応募資格を満たしているものであれば、やはり応募した方が良いのかもしれませんが・・。

そうしますと「興味を持ち」が重要になってくるのではないかと思われますが、しかし、自身の興味と公募職種において必要とされる経験、技能などが上手くマッチングするかどうかが応募に際し毎度よく分からないところであるのです・・。

いや、あるいは、公募職種内容を熟読することにより、そうしたことは、ある程度理解できるようになるのでしょうか?

また、こうしたことは考え始めますと、上記のように延々と循環論法のように考え、そして悩むようになってしまうことが少なからずあります・・。

また、自身の経験から、こうした状態、そしてそれが継続することは危険(精神衛生上良くない)であると思われますので、それに対応する策として、出来るだけアンテナは高くしておき現在の日常生活を送りつつ、そこで感知される募集情報に対し、反応していくことが良いのではないかと思われます。

しかし、果たしてそれで良いのであろうか・・?

『そうしている間にも自身の知らない公募が流れていってしまうのではないだろうか?』と考えてしまうのですが、案外これが危険なことであるのかもしれません・・(苦笑)。

今回は愚痴のようなことを書いてしまいました。

とはいえ、これも一応自身の考えではありますので、一つの記事とします・・。

そして、後日、この記事を自身はどのように読むことになるのでしょうか・・?

読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

昨年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」


20170401 理想が社会、歴史に対し与える影響と世界的な動きについて・・

本日もまた特に確たる主題が決まらないままブログ記事作成を開始しました・・。
そこで、今週作成した記事について書いてみようと思います。
今週作成した記事の中で最も閲覧された記事は「スーパーに並んでいて不図思ったことから・・」であり、それはダントツといって良いと云えます。

そのため、この記事をあらためて読んでみたところ、その内容は、あくまでも自身が思ったところを述べたまでであり、特に新奇なことが書かれているわけでもありません・・。

とはいえ、そこに少し付け加えるならば一般的に我々は、各々の住んでいる場所、地域周辺に対して『のみ』何と言いますか『血の通った興味、関心』を持つことができると云えます・・。

しかし、それは特に悪いことでもなく、ただ我々の日常的な生活とは、概ね、そのような基盤の上に成り立っているものであると云えます。

もっとも、こうしたことにも地域性、国民性といったものはあり、それにより『血の通った興味、関心』を持ち得る範囲もまた幾分変化するのではないかと思われます。

そしてまた、世界で生じている、さまざまな出来事の報道などを見聞きしますと、その地域、国の人々が持ち得る『血の通った興味、関心を持ち得る範囲』といったものの一面が理解することが出来るのではないかとも思われます・・。

また、そうした考えとはベルクソンが述べた『閉じた、開いた社会』とも多少関係があるのではないかとも思われます・・。

とはいえ、このベルクソンの考えによる『開いた社会』は、あくまでも理想であり、現実にそのような社会とは、これまでに存在しないと云えます。

しかし、ここで重要なことは、そうした理想を広く社会にて『持つか、持たないか』であると考えます。

さらに、こうしたことは特に我が国をも含む世界の近現代史を考える上で示唆するものが大きいのではないでしょうか?

現在、世界各国にて排外的、求心、凝集的な動きが活性化していますが、こうした動きは20世紀以降の歴史を見ても周期的に生じていることであり、そして、そうした動きに乗る、便乗することは、一見安全策と見えて実は大変危険なことではないかとも思われるのです・・。

また、そうした動きに乗らずに(創造的に)乗り切りためには、先ほどのベルクソンが述べたような理想を『考え』として持つことが大事ではないかと思われるのです。

我が国が経験したさきの大戦においては大東亜共栄圏という理想がありましたが、それは実践の段階において、まさしく現実とのさまざまなギャップに苦しみ、またそこから野狐禅的に各々組織の自己利益が正当化され、後に敗戦によって、それは全て悪いものとされました・・。

とはいえ、その野狐禅的性質とは、現実において自身も含め、我が国の経済活動の実質的な指導原理となっているのではないかと思われることがあります・・(苦笑)。
(案外この歴史も古いのかもしれない・・。)

ともかく、こうしたことを考えてみますと、問題は『理想』の社会での浸透以前の、社会における内発的、能動的に考える姿勢の欠如、未発達であるように思われます・・。

これはおそらく教育が大きく関与していると思われるのですが、この点について、当然ではありますが、我が国とは、他の欧米を中心とした先進国と比べ、その基盤、背景となる歴史、文化が大きく異なると云えます。

しかし一方、具体的にそれは歴史、社会学者の多くが述べるような『圧制による負の遺産』ばかりでもないようにも思われるのです・・。

何れにせよ、こうしたことはもう少し考え続けなければならないのでしょう・・。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。