昨日投稿の記事も投稿翌日にしては多くの方々に閲覧して頂いたようです。
読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
さて、当ブログも気が付きましたら285記事に到達しており、余すところ15記事未満の記事投稿にて目標としている600記事に到達します。
そういえば、昨夜は寝る前に特に考えることなく久しぶりに手に取った、我が国の古代史に関しての書籍を読みはじめましたところ、疲労感の割にはそこそこ読み進むことが出来たと思われるのですが、いつの間にか寝ておりました・・(苦笑)。
また、本日に関しては以前より抜粋引用したいと考えていた著作からの引用部を以って投稿記事にしようと思い立ちました。
こうした文章を読んでおりますと、執筆当時の『時代の息吹』といったものを感じさせられます・・。
ちなみに、この著作の原文とは執筆年代を反映した漢文くずし的な文章であり、現代となっては聊か読みにくいため、現代語訳部分(書籍前半)からの抜粋引用としました・・。
岩波書店刊 中江兆民著 桑原武夫・島田虔次・校注
「三酔人経綸問答」pp.76ー77より抜粋引用
ISBN-10: 4003311019
ISBN-13: 978-4003311011
「またこの二つの元素は、地域的特殊性によって分類することができます。
おおまかなはなし、封建時代、二十万石以上の大藩は、たいていみな国境を閉ざして、他国の人間の入って来るのを禁じていました。
それで、そこの人間は、生涯のうちに見たり聞いたりするのは、ただ藩内のことばかり、一生のうちに接するのは、ただ藩内の男女にすぎません。
そこでその思想、風習、着物、さらに言葉にいたるまで、おのずと一定の型ができて、はっきり別人種を形づくっています。
たとい二十万石以下の小藩であっても、へんぴでよその藩と交渉のない町村では、これと変りはありません、つまりこうした藩の風俗は、みな質朴で武を尊び、それが国ぶりとなっています。
そこでその藩の人間の多くは、おおまかで重厚です。
いなか臭いが雄々しい。さもなければ、ねたみ屋で陰険です。にぶくて愚かです。
そこでその連中の多くは昔をなつかしがり、新しいことを嫌って、むやみと悲憤慷慨するばかり、綿密周到という才能は乏しいのです。
四方八方に交通のひらけた土地に位置している藩のばあい、その人民は平生いつも方々の事物に接触し、方々の人々に応対して、こたごたがやがやと暮らしてきた。
そのために風俗はすべて華美で、(武ではなくて)文を尊びます。
そのためにそこの人間は多くは、すばしっこくて綿密です。さもなければ、おべんちゃらで軽薄です。そのためその連中の多くは、古いものを棄てて新しいものをとり入れるのが、きわめて早い。
聡明な才能を持ち、ずば抜けた見識をそなえた人物というのは、もちろん普通の理屈で論ずることはできませんが、それ以外のものは、地域的特殊性に制約されないものはきわめてめずらしいのです。だから昔なつかしと新しづきの二つの元素は、だいたい地域的特殊性で分類することができる、といったのです。
ところでさて、おくれて文明の道にのぼり、今や改革の気運に直面した国家においては、この二つの元素がひろく政府にも在野にもゆき渡り、あまねく官界にも民間にも及び、眼には見えないが、国じゅうの人の心のなかにしのび込み、ひそかに活動して、いたるところでせりあい、たがいに勝利を争います。
宰相、大臣のあいだでは、宰相、大臣を反目させ、官僚のあいだでは、官僚を反目させ、民間人のあいだでは、民間人を反目させ、農、工を反目させ、商人を反目させ、親子を反目させ、夫婦を反目させ、子弟を反目させ、友人を反目させ、上は朝廷の建てる百年の大計、下は人民の日々の仕事、あらわな例でいえば面とむかって堂々たる討論、めだたぬ例では食べものの趣味という些細なこと、いやしくも人間の心のはたらきの存在しているところであるかぎりは、この二つの元素はきっとたがいに排斥しあい、闘争しあって、もはや調和させることはできません。
そこで一つの国のなかで、政府と在野、官界と民間、学者、芸術家、農、工、商などといった前からあるグループの区別のほかに、新たに二つの大きな党派が生み出されることになります。
これはどうにも治しにくい重病です。」
今回もまた読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
去る2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震により被害を被った地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。
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