2017年4月2日日曜日

20170402 昨日公募サイトを閲覧し思ったこと・・

A「昨日は休日ということもあり、久しぶりに公募サイトを閲覧してみました。

年度の変わり目ということもあり、公募の件数も大分減ってはいるようでしたが、それでも興味をおぼえる職種幾つかがありました・・。

しかしその一方「応募したらどうなるのか?」と考えてみますと、多少不安にもなってくるのです・・。

確固たる『専門』と云える分野がある方の場合、おそらく、その応募に値する職種とは、ある程度限定されるのでしょうが、自身の関しては、これまでの履歴、職歴から、職務内容および応募資格を見て、応募出来そうな職種をある程度限定し、その中から、さらに精選していくことになるのですが、実際そのようなことを行いますと、そこで精選された職種、職務内容もまた割合多岐に渡ることから、再度その中から「どれが良いのだろうか?」と考えることになるのです・・。

そして、このようなことを行っていく間に本当に自身に合った職種とは見つけることは出来るのでしょうか?

いや、それよりも、とりあえず応募出来そうな職種全てに対し、応募してみるという手段は確かにありますが、さすがにそれはいい加減であり、また時間と費用もまた掛かり過ぎるのではないかと思われるのです・・。

とはいえ、どのような職種であれ応募しないことには何も始まりませんので、興味を持ち、応募資格を満たしているものであれば、やはり応募した方が良いのかもしれませんが・・。

そうしますと「興味を持ち」が重要になってくるのではないかと思われますが、しかし、自身の興味と公募職種において必要とされる経験、技能などが上手くマッチングするかどうかが応募に際し毎度よく分からないところであるのです・・。

いや、あるいは、公募職種内容を熟読することにより、そうしたことは、ある程度理解できるようになるのでしょうか?

また、こうしたことは考え始めますと、上記のように延々と循環論法のように考え、そして悩むようになってしまうことが少なからずあります・・。

また、自身の経験から、こうした状態、そしてそれが継続することは危険(精神衛生上良くない)であると思われますので、それに対応する策として、出来るだけアンテナは高くしておき現在の日常生活を送りつつ、そこで感知される募集情報に対し、反応していくことが良いのではないかと思われます。

しかし、果たしてそれで良いのであろうか・・?

『そうしている間にも自身の知らない公募が流れていってしまうのではないだろうか?』と考えてしまうのですが、案外これが危険なことであるのかもしれません・・(苦笑)。

今回は愚痴のようなことを書いてしまいました。

とはいえ、これも一応自身の考えではありますので、一つの記事とします・・。

そして、後日、この記事を自身はどのように読むことになるのでしょうか・・?

読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

昨年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」


20170401 理想が社会、歴史に対し与える影響と世界的な動きについて・・

本日もまた特に確たる主題が決まらないままブログ記事作成を開始しました・・。
そこで、今週作成した記事について書いてみようと思います。
今週作成した記事の中で最も閲覧された記事は「スーパーに並んでいて不図思ったことから・・」であり、それはダントツといって良いと云えます。

そのため、この記事をあらためて読んでみたところ、その内容は、あくまでも自身が思ったところを述べたまでであり、特に新奇なことが書かれているわけでもありません・・。

とはいえ、そこに少し付け加えるならば一般的に我々は、各々の住んでいる場所、地域周辺に対して『のみ』何と言いますか『血の通った興味、関心』を持つことができると云えます・・。

しかし、それは特に悪いことでもなく、ただ我々の日常的な生活とは、概ね、そのような基盤の上に成り立っているものであると云えます。

もっとも、こうしたことにも地域性、国民性といったものはあり、それにより『血の通った興味、関心』を持ち得る範囲もまた幾分変化するのではないかと思われます。

そしてまた、世界で生じている、さまざまな出来事の報道などを見聞きしますと、その地域、国の人々が持ち得る『血の通った興味、関心を持ち得る範囲』といったものの一面が理解することが出来るのではないかとも思われます・・。

また、そうした考えとはベルクソンが述べた『閉じた、開いた社会』とも多少関係があるのではないかとも思われます・・。

とはいえ、このベルクソンの考えによる『開いた社会』は、あくまでも理想であり、現実にそのような社会とは、これまでに存在しないと云えます。

しかし、ここで重要なことは、そうした理想を広く社会にて『持つか、持たないか』であると考えます。

さらに、こうしたことは特に我が国をも含む世界の近現代史を考える上で示唆するものが大きいのではないでしょうか?

現在、世界各国にて排外的、求心、凝集的な動きが活性化していますが、こうした動きは20世紀以降の歴史を見ても周期的に生じていることであり、そして、そうした動きに乗る、便乗することは、一見安全策と見えて実は大変危険なことではないかとも思われるのです・・。

また、そうした動きに乗らずに(創造的に)乗り切りためには、先ほどのベルクソンが述べたような理想を『考え』として持つことが大事ではないかと思われるのです。

我が国が経験したさきの大戦においては大東亜共栄圏という理想がありましたが、それは実践の段階において、まさしく現実とのさまざまなギャップに苦しみ、またそこから野狐禅的に各々組織の自己利益が正当化され、後に敗戦によって、それは全て悪いものとされました・・。

とはいえ、その野狐禅的性質とは、現実において自身も含め、我が国の経済活動の実質的な指導原理となっているのではないかと思われることがあります・・(苦笑)。
(案外この歴史も古いのかもしれない・・。)

ともかく、こうしたことを考えてみますと、問題は『理想』の社会での浸透以前の、社会における内発的、能動的に考える姿勢の欠如、未発達であるように思われます・・。

これはおそらく教育が大きく関与していると思われるのですが、この点について、当然ではありますが、我が国とは、他の欧米を中心とした先進国と比べ、その基盤、背景となる歴史、文化が大きく異なると云えます。

しかし一方、具体的にそれは歴史、社会学者の多くが述べるような『圧制による負の遺産』ばかりでもないようにも思われるのです・・。

何れにせよ、こうしたことはもう少し考え続けなければならないのでしょう・・。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。







2017年4月1日土曜日

20170331 本年度最後の投稿  さまざまな出来事の基層に流れる性質? 

本日の首都圏は一日を通じて降雨そして気温もあまり上がりませんでした。

また、天気予報によりますと、明日も気温はあまり上がらずに真冬日になるとのことです・・。

とはいえ、ブログ記事の方も580記事に至り、目標とする600記事まで残り20記事を切りましたが、先日の記事に書いた通り、あまりそうしたことを考えずに今後もとりあえず600記事までは書き続けようと思います・・。

また、先ほどブログ頁を開いてみたところ、昨日投稿の記事も投稿翌日にしては多くの方々に閲覧して頂いたようでした。
読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

そういえば、本日の帰宅の途中、先日投稿した記事に書いた『大変面白く読ませて頂きました。』との評価を頂いた書籍の指摘箇所を書店にて読んでみますと、その箇所に前後する文脈が、あるいは現在の我が国にて生じているさまざまな出来事に対する評価ともとらえることが出来、あるいはそちらの方がその方のご意見であったのではないかとも思われた次第です・・(笑)。
多少飛躍、考え過ぎの感はあるものの・・。

また、その書籍の著者とは、これまでに当ブログ記事にて数多く、その文章を抜粋引用している加藤周一であり、この著者のことを何かのきっかけで話しますと
『いやあ、でも、あの人はサヨクでしょ・・?』あるいは『一番タチが悪い、いわゆる進歩的知識人てヤツだ。』
といった評価を聞くことがありますが、たしかに一面においてはそういった主張は自身も分からなくはないです・・。

しかし他方で『ではさきに示したような評価をされる方々とは、その著作にて述べられていることがらについて、どの程度能動的に考えたことがあるのでしょうか?』と云ってみたくなることも少なからずあるのです・・(自身もそこまで考えたとはいえませんが・・)。

これも見方によれば非生産的として社会的に日の目を見ることが少ない元文系院生の戯言、恨み言とも聞こえるのかもしれません・・(苦笑)。

さらに、そのようなところから、さきに述べたような飛躍、考え過ぎの感に結節したのではないかとも考えられます・・(笑)。

そして、そのようなことを書くと今度は『では、その前後する文脈とやらを述べよ』といった反応が生じる可能性がありますので、記憶を頼りに書いてみます。

それは著作内の戦前期のことを述べた箇所であり、そこで著者加藤周一の大叔父にあたる帝国海軍軍人が『急進的、狂信的な国家主義者・自称愛国者が台頭するようになると国がダメな方向に行く』という意味のことを述べていたことが記されています・・。

このことは現在の我が国での社会にて生じているさまざまな出来事を考える上においても示唆するものが多い、あるいは(少なくとも近代以降の我が国においては)普遍的な現象であるのかもしれないとも考えさせられます・・。

とはいえ、こうした現象の基層に流れている、ある種の性質とは、我が国が古来より保持しているかなり根強いものではないかとも考えさせられるのですが、さて如何でしょうか?

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

昨2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」





2017年3月31日金曜日

20170330 昨日師匠に言いそびれたこと・ケルンの水など・・

A「本日作成する記事により総投稿記事が580記事となります。

そうしますと、残り20記事にて600記事到達ということになりますが、これに関して未だ感慨らしきものはありません・・。

そして、このままのペースにて記事を作成し、600記事に到達した場合においても果たして何かしら感慨らしきものは生じるのでしょうか・・(笑)。

さて、本日もまたつい先ほどブログの頁を開いてみますと、昨日程ではなかったものの、ありがたいことに自身としては少なからず閲覧されている方がいらっしゃるようでした・・。

また、昨日お目に掛かった師匠とのハナシですっかりお話しすることを忘れていたことを思い出しました・・。

それは大したことではありませんが、ここ最近、北杜夫著『楡家の人びと』の英訳版を古書にて購入したことです・・。

この著作は古書になりますと、そこまで高値ではないようであり、また実際に手元に届いた一冊とは、値段の割に古書としては大変状態が良いものであると云い得ます。

とはいえ、この著作は原本の場合、文庫三冊分であることから、それを洋書にて一冊の装丁としますと、かなりの頁数、ボリューム(厚さ5㎝以上はある!)となっておりました・・(笑)。

そのことから、おそらくこの一冊は、気軽に持ち歩くことは出来ないであろうと思われます・・(笑)。

また同時に、現在読んでいる洋書の小説があるため、おそらくこれを読みはじめるのは、しばらく後になるのではないかと思われます・・(苦笑)。

それはさて置き、昨日師匠との会話にて、またどちらかというと重厚な古典とも云える著作を、あるクラシック楽曲とのからみにて聞くことになりました・・。

また、悔しいことに(?)その著作を後で調べてみますと、これがまた大変面白そうなのです・・(苦笑)。

そして、こうした何と云いますか、人を見て、その都度面白そうな著作をからめてハナシをされる技能、才能に関しては(少なくとも今現在)この師匠は自身よりも数段上であると感じざるを得ません・・(苦笑)。

ちなみに自身はこれまで、この師匠との会話にて出て来た著作をその後、少なからず読んでいるのではないかと思われます・・(中には師匠御自身が読了してない著作をも含めて)。

また、多少おかしなハナシになるかもしれませんが、自身はそうした読書経験と、それと直接には関与しないさまざまな経験との複合によって、これまでどうにかブログ記事を作成出来ているのではないかとも思われることもあります・・(苦笑)。

しかしながら、それでも自身の考えを決定付けるような影響を持つ重大な著作とは、やはり各個人が独自に、そして偶然に書棚から見つけ出すようなものではないかと思われます。

自身の場合、その著作が何であるかは書きませんが、お分かりになっている方も少なからずいらっしゃるのではないかと思われます・・(笑)。

あるいはまた、そうした『大きな影響を受けた著作』とは、人それぞれ成長段階ごとに何冊かあるのではないかとも思われます・・。

また、こうした言説とは、おそらく文系の方々にはあまり違和感なく受け入れられるのではないかと思われますが、理系の方々に関してはどうもよく分からない感じを受けることがあります。

無論これは『そうでなければならない』ということではなく、ただ単に、ある種の『気質』の違いによるものではないかと思われますが・・。

さて、そこからハナシは変わりまして、本日講座先輩からドイツのお土産にてオーデコロンの小瓶を頂きました。

『どうもありがとうございます!』(橋のハナシも大変興味深かったです(『モノのカタチ』に対するセンスとは、概して理系の方が優れているのではないかと思われます)。

さて、そこで、このオーデコロンから想起されたことは、昨日の師匠がかつてこのオーデコロンを使用されていたことです・・。

また、当時の自身とは現在に比べ、そうしたことに少なからず興味がありましたので研究室にて『そのハンカチに振りかけているのは何ですか?』と聞いたところ、留学からの帰国後まだ間もない師匠は18世紀後半~19世紀初頭のフランス都市部にける排水、下水、衛生事情からはじまりフランス革命、ナポレオンの台頭、ロシア遠征そして何故、オーデコロンとはフランス語にてケルンの水という意味でありながら、我が国にて、その名称が香水一般を指すかについて一通りの説明をされた記憶があります・・。

こうしたところは昨日の会話においても大きく変わるところがなく、また、こうした性格もしくは才能(こそ)が一つの典型的な人文社会学系の研究者ではないかと思われた次第です・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」




2017年3月30日木曜日

20170329 みた夢のハナシ、師匠との会話などから・・

A「本日はつい先ほど帰宅しました。
この比較的遅い帰宅により、本日のブログ記事作成は割合本気で止めておこうと考えつつ、ブログの頁を閲覧してみますと、これまでになく多くの閲覧者数を示しておりました・・。

そのため、多少作成される文章は粗く、短くなろうとも、とりあえず何かしら書き、更新する方向に考えを変えた次第です・・(苦笑)。
さて、その閲覧されていた記事は多岐にわたるものの、最も多い閲覧者数を示していたのが、直近に作成、投稿した記事でした・・。

また、それに関連するのでしょうか、昨晩いや、正確には本日の明け方ではないかと思われますが、かなり久しぶりに記憶に残る程に鮮烈な夢をみました。

その夢の内容とは、自身がどこか山荘のようなところに入り、その部屋を見分し、奥にある部屋に入ってみますと、部屋左手の暗がりの方から比較的大きな西洋人をモデルとする古めかしく着飾った人形(フランス人形?)が歩いてくるという夢です・・。

もちろん夢の中の自身はそれを怖がり、ドアを閉じて、逃げるのですが、しばらく時間をおき、再度その部屋のドアを開けてみますと、また同じようにその人形が左手暗がりから現れるのです・・。
この夢の印象とは最近では珍しい程に鮮烈であり、起床後すぐに、寒さとは別に少し震えていることに気が付いたほどです・・。

そうしたことから、後になりインターネットにてその夢の意味を調べてみますと、さまざまな解釈があり一概には云えないようですが、どうやら、そこまで悪い意味ではないようでした・・。

また、その日の夜半には、かなり久しぶりに師匠にお目に掛かり、しばらくハナシをしましたが、この時の会話により、さきの夢の印象とは大分ボヤけたようにも思われます・・。

久しぶりにこの師匠と会話をしますと、自身でも驚くことに、アタマの中のどこにしまってあったのか不思議に思うほど、さまざまなかつて知った知識、記憶が甦り、そして展開するのです・・。

これらのことから人間の記憶とは、さきの夢について述べたように後の経験、記憶によってボンヤリとすることもある一方、久しぶりに会った師匠との会話にて、何時知ったのかも忘れてしまっていることまで甦り、展開することもあるという随分不思議なものであるようです・・(笑)。

加えて、そこでの会話においても、先日のブログ記事に書いた大学への求職活動を再開する旨を師匠にお伝えすると、特に『良い』とも『悪い』とも評することはありませんでした・・。

また、それとは別件ではありますが、本日伺った歯科医院院長のお母様へ、以前の会話にて関連があるのではないかと思い、後日お持ちした書籍を『大変面白く読ませて頂きました。』との感想を聞くことができました。

こうした世代の異なる、しかもどちらかというと感情を率直にあらわす傾向のご婦人から、自身の選んだ書籍を喜んで頂けたことは、あまり経験がないことからか、なかなか嬉しく感じられた次第です・・(笑)。

また、書くまでもないことであるかもしれませんが、このご婦人がその書籍を楽しく読んで頂けたことは、その細やかな女性らしい感性による興味を持たれた記述内容に対する説明からも理解することが出来ました・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」


2017年3月28日火曜日

20170328 スーパーで並んでいて不図思ったことから・・

昨日投稿した記事は思いのほか多くの方々に閲覧して頂けました。また、それに対しての大変興味深い反応も見られました。どなたであるか分かりませんが、大変興味深いご指摘どうもありがとうございます。

くわえて、そこからも自身の考えが大きくはブレていないことを理解して頂けたのではないでしょうか・・(笑)?

さて、ハナシはそこから変わり、本日帰宅間際にスーパーのレジにて並んでおりますと、偶然、大変人気のある某海賊マンガに登場する男女キャラクターが描いてあるポスターが目に入りました。

特に意識することなく、そのポスターを漫然と眺めておりますと、不図、このポスターに描かれているキャラクター達が以前に読んだ別の某漫画家の描くそれに似ているのではないかと思われたのです。

おそらく双方漫画家間に実際の接点、面識はないと思われますが、一方、それと同時に面白いと思ったことは、前作者が熊本県熊本市出身であり、後作者が鹿児島県鹿児島市出身であることです。

とりわけ両者の描くキャラクターにて美形・ヒロインとして描かれる女性キャラクターの顔貌の造型が類似しているのではないかと思われました。

また、これは私見ではありますが、その類似性とは、現代のさまざまなアニメヒロイン造型間において指摘される類似性とは、その根本が異なるものであると考えます。

さて、そこから自身の在鹿、福岡時代を想起してみますと、たしかに、さきに述べた双方キャラクターに共通するモデル、あるいは最大公約数的ともいうべき実在の女性はいたように思われます。

しかし面白いことに、こうした女性とは、あまり関東、首都圏といったさまざなな地域の出身者が混淆し居住している地域では見受けることがないことから、おそらく、こういったタイプの女性は、在地社会に根付いていく傾向が強いのではないかと思われます・・(とはいえ、先日その著作を読んだ白洲正子が少し似ているのではないかとも思われましたが・・)。

もとより、これも観察のN数が少ないため断定は出来ませんが、それでも現段階においてはそのような仮説が妥当ではあるまいかと考えます・・。

ともあれ、ハナシを元に戻し、以上のことから、さきに述べた両マンガヒロインの造型の類似性と、両作者の出身地が熊本、鹿児島であることには、科学的・数値的には判断できないものの何かしらの関連性があるのではないかと考える次第です・・(笑)。

また、こうしたこと(地域における顔貌などの類似性)を考えはじめた九州在住期後半(2012~)とは、それまでに読んでいた谷川健一、金関丈夫などの著作の影響からか、さきに述べたような土着の女性、また、それに加えて外部から移り住み、さまざまな苦労をしているであろう女性に対しても同様に、あくまでも『自分なりに』ではありますが、しかし内発的に、どちらかというと敬うようになっていきました・・(苦笑)。

そして、そうした変化のことを文系院時代の知人等に話しますと、感心されるよりさきに疑念(割合真剣な)を持たれました・・(笑)。

しかし、そうであっても、これはあくまでも内発的な変化であり、その変化に至るまでのさまざまな心象の蓄積とは、その土地で自身が経験したこと、あるいは傍観者として眺めた光景などによるものであり、それはいわば、そこに住む人々によって形成されている地域性に自身が(経時的に)反応した結果であるともいえるのです。

そして同時に思うことは、まさしくその時期(2012~)とはD2病の全盛期であり、また最も文章を滑らかに書くことが出来ていた時期でもあるのです・・(笑)。

・・いずれがタマゴかニワトリかは今となっては判然としませんが、それでも、いや、それ故にこそ、そうした時期における自身に対する慎重な対応とは極めて重要であるように思われるのです・・(苦笑)。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

昨年に熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生地震により被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。








2017年3月27日月曜日

20170327 消極的な書き出しから希望にて終わる(ブログ記事作成について)

A「本日の首都圏は午前中に雨が降り、また1日を通して気温が上がらず、大変に寒い1日でした。また、自身も少し体調がすぐれない1日でした。

もうじき、この冬めいた気候も終わり、春が訪れるのでしょうが、もうしばらくは防寒衣料が手放せない日々が続きそうです・・(苦笑)。

さて、本日も前述の体調により、ブログ記事作成を断念しようと思いましたが、幾ばくかの閲覧者があったことから、本日、今現在こうして記事作成を開始した次第です・・。

とはいえ、あと残り20数記事の作成によって600記事に到達することから、あまり無理をしてまで記事作成をすることもないのですが、その一方で、どうも何かしら書いておかないと落ち着かない自身がいるようです・・(苦笑)。

さて、昨日作成の記事に書いた通り、今後また求職活動を再開する所存ですが、これまたどうなるものか分かったものではありません・・。

また、特に昨今の大学職種とは、全般的に任期付きが多いことから不安定とも思われるところですが、それでも自身に関しては、これまでの経験から、そうした職種こそが最も全力で取り組むことが出来るのではないかと考えるのです・・。

また、かつて大学職種に就いた時期がありましたが、もしもそのまま大学の職に就いていたならば、おそらく、このようなカタチで、これまでの期間(1年9カ月程度)継続的に文章を書き、そして、その書かれた文章が20万人以上の方々に閲覧されるといった経験は得ることができなかったのではないかと考えます。

それ故、これに関しては特に大きな後悔はしておりません・・。

やはり、自身に関しては、こうしたブログ(文章)作成を継続するという行為においても、ある程度不退転の決意を後押しする『契機』が必要であったのではないかと思われるのです・・。

もっとも、こうしたことは何も自慢出来るようなことではないのですが・・(苦笑)。

それでも、これまで継続的に記事作成を行うことが出来たことは、自身にとって少なからず得るもの、進歩があったと考えます・・。
何故ならば、当記事冒頭の『どうも何かしら書いておかないと~』といった消極的な書き出しから、ここまで、どうにか一気呵成とまでは行きませんが、あまり逡巡することなく書くことが出来ておりますので、それは、おそらくブログ記事の継続的な作成以前の自身では出来ないことであったと認識するからです・・(笑)。

以前、ミクシィに登録していた際には、一週間に一度程度、こうした記事を作成していた記憶がありますが、その内容とは、残念ながら登録情報を全て削除したため、現在となっては見ることが出来ませんが、あるいはその中にも見るべきものがあったのではないかとも思われます・・(苦笑)。

いや、それでも特に無理をして書くわけではありませんが、おそらく作成された記事全体として考えてみますと、現在作成しているブログ記事の方が、多少は面白い、見るべきものが相対的に多いのではないかと思われるのです・・。

そしてまた『今後、如何なるカタチでこれまでの記事作成の経験が生かされるのであろうか?』とは、なかなか自身としては楽しみにしているところでもあるのです・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます!

昨年の熊本、山陰東部、福島県周辺において発生した地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」