2016年5月25日水曜日

20160524 社会が巧妙に仕組んだワナ、創造性について・・

先日のブログ記事にて記した「燃え尽き症候群」とは、今考えてみますと私にもそれに類するものがあったのではないかと思われます・・。

そして、それは学位取得後の時期であると考えております。

その当時はアタマの中ではさまざまな考えが浮かぶのですが、それを上手く言語化、文章化することがまったく出来ないといった状況でした・・。

そうした状況がある程度継続すると、多少なりとも精神に失調をきたすのではないかと思われますが如何でしょうか?

ともあれ、そうした状況を経て現在、少なくとも以前よりかは(ある程度)楽に文章が書けるようになったのではなかと思われます・・。

そして、それは遅々たる、漸進的な治癒、寛解の過程を経た結果であり、同時に今後また如何なる状況に遭遇することになるかはわかりません・・。

しかしながら、あの文章がまったく出ない時期とは、私にとって心身共になかなか辛いものでした・・。

そうした時期のさなか、周囲の複数の方々の勧めに従い、ブログ記事を書き続けたことは、現在になり考えてみますと、やはり効果的であったのではないかと思います。

こうしたことから考えてみますと、どのような効果、重みによるものであるか分かりませんが、少なくとも私にとって2013年初秋に取得した「学位」とは、一面において「呪い」のような効果があったのではないかと思われます・・・。

また、現在において、こうしたことを過去の出来事として記すことが出来ているのは、その「呪い」が解けたことによるものであるかはよくわかりません・・。

しかし、とにかく何かしら自身の書くことが出来ることを書き続けることにより、大げさに云いますと現在の私とは「生きている」ことができているのではないかとも思います・・。

それ故、今後博士課程に進むことを検討されている皆様、現在では「足の裏の米粒」と評されるその結実たる学位ではありますが、これには一面において、こうした(多大なる)負(?)の効果がある可能性もまたどうぞ認識して頂きたく思います・・。

もしかすると、これは社会が巧妙に仕組んだワナであるのかもしれません・・(笑)。

とはいえ、その反面において、新しい事物の発見、学問的な創造性とは、こうした危険、ワナの先に存在、あるいはその展望が開けるのかもしれません・・。
そしてそれはそれで一方においては魅力的なことではないかとも思われますが如何でしょうか(笑)。

また、私は私が提示することが出来る新しい事物およびそれらの関連性を提示し尽したなどとは考えておりませんが、それでも自分なりに何かしら新しい要素を吸収しつつ、そこから何かしら提示し続けることを現在なお望んでおります・・(笑)。

そして、その様式が私の場合、たどり着いたこのブログであり、また文章ということになるのかもしれません・・。

さて、このようなことを平気が記す私とは現在なお精神に失調をきたしているのでしょうか(笑)?

あるいは、もしかすると、このようなことは自明のことであり、上記のことはいわば冗長であり、また単に私の理解の鈍さを示しているだけなのかもしれません・・(苦笑)。

とはいえ、ここまで興味を持って読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。

また、先日の熊本の大地震により被災された地域における生活インフラの復旧そして今後の復興を祈念しております。


2016年5月23日月曜日

20160523 ブログ記事作成および韓国岳について

これまでに投稿したブログ記事が300に到達しますと、何と言いましょうか「燃え尽き症候群」のようなものがやってくるのではないか?と勝手に考え300記事目は軽く流すように作成、投稿しました。

そしてさらに久しぶりに書籍からの引用抜粋を行いました。
岩波文庫版、トーマス・マン著の「魔の山」からの抜粋ですが、この著作は作中のこうした会話が何とも言えず面白いと思いますが、読んでいただいた皆様はどのように思われたでしょうか?

また、この著作に興味を持たれた方々、一度読んでみては如何でしょうか?

ともあれ、さきに記した「燃え尽き症候群」らしきものは、そのおかげでか、特に感じられず、現在もこのように新しいブログ記事を書いている次第ですが、ここで少し思うことは、ブログを書く際において大事なのは導入部ではないかということです・・。

この部分さえどうにか書ききれば、自ずとテーマ、主題が定まり、またそれに付随し関連する小ネタ、知識そしてさらにそれらと関連する小ネタ、知識などがほぼ自動的に湧いてくるようです・・。

そのように考えてみますと、これは登山にも少し似ているのかもしれません・・。

鹿児島在住時、週末に登山に行きますと、一週間の疲れが残り、はじめはかなり辛いのですが10~15分程度歩いておりますと、徐々に体が軽くなってきて、足取りも軽やかになってきます・・。

そして、ここまで記していて不図想起したことは、鹿児島在住時に登った霧島にある韓国岳という山のことです。

この名称はなかなか面白いと思い、その由来を周囲の方々に聞いてみますと「この山の頂上に登ると、はるか北方に韓国が見えると云われたからだ。」と聞かされました。

しかし「さすがにそれは違うのでは?」と考え、郡元にある大学図書館に行き、その由来を調べたところ8~9世紀頃にかけて、この地域一帯には豊の国(現在の大分県)の住民が多く移住し、そしてその住民の多くは玄界灘の向こう側に出自を持つ人々が多く、それに伴い、上記のような山の名前が付けられたのではないかとのことでした。

こうした地名、山の名などは関西に多く、また関東においても少なからず見受けられます。

おそらく当時、半島からの移民とは、先端の文物を知るものとして移住先の住民から歓迎されたのかもしれません。

とはいえ、では何故、当時、豊の国(現在の大分県)には半島に出自を持つ方々が多く、そして何故、彼らの多くが薩摩・大隅の国境付近に入植することになったのかとはJR九州の肥薩線、日豊本線が乗り入れる隼人駅近くの隼人塚に行ってみると何となくわかるのではないかと思います・・。

そしてまた島津氏が薩摩・大隅(あるいは日向の大部分も)治めていた時代に為された人配(にんべ)の起源などは、こういったところにあったのではないだろうかと考えさせられます・・。

また、北隣のクニのこととなりますが、先月の熊本での大地震により被災を受けた地域における諸インフラの早期の復旧そして復興を祈念いたします。
そして、ここまで興味を持って読んでいただいた皆様どうもありがとうございます。




2016年5月22日日曜日

トーマス・マン著 関泰祐・望月市恵訳「魔の山」上巻 岩波書店刊pp.449‐452より抜粋20160522

「ベーレンスとヨーアヒムとは二人とも、べらべら口から出まかせにしゃべりつづけるハンス・カストルプを、恥ずかしくないのだろうかというように見つめた。しかし、ハンス・カストルプは話の内容に熱中していて、照れるどころではなかった、彼は絵をソファーの上方の壁にあて、このほうがずっと光線のあたりぐあいがよくないかとたずねた。そのとき女中が盆に湯とアルコールランプとコーヒー茶碗をのせて持ってきた。顧問官はそれを喫煙室へ持って行くように命じてからいった、

「それでしたら、あなたはほんとうは絵よりも第一に彫刻に興味をお持ちになるべきだったでしょう。・・いや、そこのほうが光線がよくあたりますとも。そんな明るみへ出せる作品だとお考えでしたらな。・・・つまり、造形美術にです、これはもっとも純粋に、専門的に人間一般を対象としていますから。しかし、湯が蒸発してしまわないうちにどうぞ」

「そうですね、造形美術」とハンス・カストルプはほかの二人と隣りの部屋へ移りながらいったが、絵をもとの壁へかけることも、下へおくことも忘れ、額縁の下をつかんで隣りへ持ちこんだ。「ほんとうですね、ギリシャのヴィーナスとか競技者とかいう彫刻には、人文的なものがもっとも鮮明にあらわれていて、ほんとうはああいうのがほんもので、ほんとうに人文的な芸術なんでしょうね、よく考えてみると」

「しかしあのかわいいショーシャについていうと」顧問官はいった、「あれはどっちみち絵画むきでしょうね、フィディアスにしても、名前のおわりがモーゼふうのもう一人の彫刻家にしても、彼女のようなご面相には鼻じわをよせたでしょうよ、私の想像では。・・・いったいどうなさるんです、そんな下手くそな絵をなぜまた苦労して持ちあるかれるんです?」

「ありがとう、僕はこの絵をしばらくこの椅子の足へ立てかけておきましょう、しばらくここでもしっかり立っていますから。しかし、ギリシャの彫刻家たちは顔にはあまり関心を持たなかったのではないでしょうか。かれらには体が問題であって、そこがたぶん人文的なところだったのでしょう。・・・ところで、婦人の造形性、これは脂肪でしょうか?」

「脂肪ですとも!」と顧問官は、壁にはめこまれた戸棚を鍵であけて、コーヒーの道具を取り出しながらきっぱりと答えた。それはトルコふうの筒状のコーヒー挽きと、長い柄のついたコーヒー沸かしと、挽いたコーヒーと砂糖とを入れる二重容器とであって、どれも真鍮製であった。「パルミチンに、ステアリンに、オレイン」顧問官は脂肪の成分を数えあげ、ブリキ缶からコーヒー豆をコーヒー挽きのなかへ入れ、ハンドルをまわしはじめた。「こうして私は初めから最後まで自分でやるんです。ひとしお風味がよろしいので。―あなたはいったいなんだとお考えでしたか?不老長寿の仙薬とでもお考えでしたか?」

「いいえ、僕も知ってはいたんです。しかし、そう聞かれると、やはり不思議な気持がするんです」

三人は喫煙室のドアと窓のあいだの隅に陣どり、東洋ふうの彫りのある真鍮板がはめこまれている籐のテーブルをかこんで坐った。コーヒーの道具は、タバコの道具とともにそのテーブルにのせられていた。ヨーアヒムは絹のクッションをいくつもおいてあるトルコふうの長椅子にベーレンスとならんでいたし、ハンス・カストルプ小さい脚輪のついた肘掛椅子に腰かけて、ショーシャ夫人の肖像画をそれへ立てかけていた。床には華麗な絨毯が敷かれていた。顧問官は、長柄のついたコーヒー沸かしへ砂糖をすくいこみ、それへ湯をそそぎ、アルコールランプの火の上へかけて煮えたたせた。やがてコーヒーは円い茶碗に注がれて褐色に泡立ち、すすると強いあまり味がした。

「それに、あなたの造形性もです」とベーレンスはいった。「あなたの造形性も、造形性といえるのでしたら、もちろんこれも脂肪です」とベーレンスはいった。「あなたの造形性も、造形性といえるのでしたら、もちろんこれも脂肪です、婦人の脂肪ほどではありませんが。私たち男性の脂肪は、一般に体重の二十分の一にすぎませんが、婦人のは十六分の一を占めています。この皮下脂肪組織がなかったら、だれもアミガサダケそっくりの姿になりましょう。年をとるにつれて脂肪がなくなり、だれもが知っているあまり美しくないくたくた皺ができます。脂肪がどこよりもぎっしりついているのは、婦人の胸と腹と太腿で、要するに、私たちの気持ちを少しでもわくわくさせる場所です。足の裏も脂肪が多くて、くすぐったいです」

ハンス・カストルプは筒状のコーヒー挽きを両手でひねくっていた。コーヒー挽きは、セット全体がそうであったように、トルコ製というよりもインドかペルシャの製品らしく、真鍮のにぶい色の地から明るく浮きでている彫りの様式がそれを暗示していた。ハンス・カストルプはその彫りがなにをあらえあしているかがわからずにながめていた。それがわかると思わず顔を赤くした。「さよう独身者むきの道具ですよ」とベーレンスはいった。「だから私は鍵をかけて保管しているんです。女中には目の毒になるかもしれませんから。あなただったらそれほど危険はないでしょう。私はこれをある婦人患者からもらったんです、ここに一年ほど滞在の栄をたまわったエジプトの王女から。ごらんのようにどれにも同じ模様がくりかえされています。こっけいでしょう、ねえ?」

「そうですね、かわっていますね」とハンス・カストルプは答えた。
「ハハ、僕はもちろん心配ないですよ。それに、考えようによっては、厳粛で荘重なこととも考えられるですから。—コーヒーセットにはやはりあまりしっくりしないでしょうが。
古人はこういうものを棺にといどきつけたそうですね。
むかしは淫猥なものと神聖なものとは、いくぶん同じだったのですね」「いや、その王女はというと」とベーレンスはいった、「これはどうも前者がお好きだったようです。
それに、私は彼女からとても上等のシガレットをもらいましたよ。
飛び切り上等のシガレットで、第一級の機会にだけ奮発することにしています」。そういって壁の戸棚からけばけばしい色の小箱を取り出して客にすすめた。
ヨーアヒムは踵をあわせて辞退した。
ハンス・カストルプは一本取りだして、そのすごく長くて太いシガレットを吸ってみたが、金色のスフィンクスがついていて、ほんとうにすばらしい味であった。」
「魔の山」
「魔の山」
ISBN-10: 4003243366
ISBN-13: 978-4003243367




20160522 ほぼ即興にて作成 コトバについて

A「ブログ記事が300を越えましたが、特に大きな心境の変化などはありません・・。

もう少し何かしらそういったものが生じても良いのではないかとも思いましたが、残念ながらといいますか、面白いことにといいますか、少なくとも今現在ではそのような感じです・・。

そこで、もう少し何かを書いてみれば、そうした変化を感じとることが出来るかもしれないという、いささか賭博者にも似た心境にて、この文章を書き始めることにしました・・(苦笑)。

それ故、現在記しているこの文章とは、書き始めた段階において明確な主題、テーマを特に定めておりません。

また、以上のような宣言に基づき文章を記した場合、一体どのような方向に文章が進んでゆくのかというのも、また考えようによれば面白いことであるのかもしれません・・(笑)。

とはいえ、このように自身が文章を記す際の状態をあたかも第三者的な視点にて記すというのもまた、かなり困難ではないかとも思われます・・。

それは単純にその時間、空間が重複しているからではないでしょうか?

それに対し、これを過去のものとして対象化して書くことには上記ほどの困難さはないものと思われます。

そして、この困難さの要因とは、前記の
「それ故、現在記しているこの文章とは、書き始めた段階において明確な主題、テーマを特に定めておりません。また、以上のような宣言に基づき文章を記した場合、一体どのような方向に文章が進んでゆくのかというのも、また考えようによれば面白いことであるのかもしれません・・(笑)。」
と記したことにより端を発しているのではないかとも思われます。

少なくとも、それを記した者が、文字、言語およびその意味に対し、一般的な意味である程度正しい認識を持っているならば・・・。

そのように考えてみますと、こうしたコトバというものには何かしら自己の内面の精神?あるいは考え方の傾向などを規定するような性質があるのではないかとも考えさせられます・・。

そして、昔の人々はおそらく現在の我々よりも、コトバに接する機会が相対的に少なかったために、コトバに対して鋭敏な感性を持っていた,、いや保持していたのではないかと考えさせられます。

また言霊というコトバおよび概念も、おそらくそうした環境により自然と発生したのではないかと思われます・・。

その意味において、現在とは、コトバに対する感覚が特に都市部にて、それが氾濫しているが故に摩耗しているのではないかとも考えさせられることがあります・・(これはとても深刻なものであると思うことがあります)。

そして、そうしたことは、おそらく「そこで」書かれる文学、小説などに対しても少なからず影響を及ぼしているのではないかと考えさせられます・・。

さて、ここまで書いていて不図我に返り「そういえば、この文章とは、当初何を書くか定めずに書き始めたものである。」ということを思い出しました・・(笑)。

つまり、書き始めて、何か主題らしきものに遭遇(?)し、書き進めてゆくうちに当初の宣言を忘れ、その代わりにさきの遭遇した主題、テーマについて書いているという現象を認識したということになります・・。

そして、このことは多少こじつけ気味ではありますが、夏目漱石の「現代日本の開化」にて、たしかベルクソンからの引用で類似した考えが示されており、またそれに加え、小林秀雄がどこかで「ヒトは創造的である時、決して自己の客観視を許さない。」といったことを述べておりましたが、これらには何かしら上記のことに対し関連性があるのではないかと考えさせられます。

しかし、それはさておき、ここまで興味をもって読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

また、先月の熊本を中心とする大地震にて被災された地域の生活諸インフラの早期の復旧そしてそこからの復興を祈念しております。」


20160521 300記事到達・・

今回作成投稿する記事が丁度300記事ということになります。ブログ記事の作成を始めたのが昨年6月であるため、概ね1年程度で300記事に到達したということになります。
そうしますと、概ね5日のうち4日程度の割合にて記事を作成投稿してきたことになります。また、上記程度の割合にて文章を作成してきたことは、これまでの私の人生においてありませんでした。その意味において今回300回目のブログ記事を更新できることはなかなか嬉しく思います。

しかし傍から見ますと「随分地味なコトで嬉しく思うものだ。」と感じる方々もおられるのではないかと思われます・・(苦笑)。しかし他方で、私はこれまでにある程度、自身が従事した専門分野における書籍を読んできたものと考えています。また、それ以上にそれら専門分野とは直接的には関連のない様々な分野の書籍をも読んできたとも考えています。そして、それらは自身にとってインプットといっていいものであると認識しています。


このインプットとは咀嚼・消化し更に表出(アウトプット)することにより強く自身のものとして定着するのではないかと最近思います。

そして、それらのインプットの組み合わせ、そして表出(アウトプット)の傾向などがヒト一人の様々な意味での精神的傾向、性格などを特徴付ける大きな要因となるのではないでしょうか?

また「教養」といったものも、そうした過程により徐々に獲得されてゆくのではないかと思われますが如何でしょうか?

一般的に書籍などを読まなくとも、生きていく上においては大きな支障はなく、むしろ、そういったものは生きてゆく上においては何も意味がないだけでなく、むしろ邪魔なものであるといった考えも表には出しませんが、根強く我々の社会全般にて共有されているのではないかと思いますが如何でしょうか?

それ故、最近「反知性的」というコトバをよく聞きますが、こうした考えは今現在「だけ」特にそうした傾向が認められるものではなく、古来より遍く存在しており、むしろ、それがあまりにも一般的であったために、これまでに「反知性的」というコトバが社会批判的な文脈として用いられてこなかったのではないかと思われます・・。

そしてそれはまた、我が国における極めて強い現世的、此岸的な傾向とも強い関連性があるのではないかと考えさせられますが如何でしょうか?

また、こうした傾向とは、おそらく我が国について実地に研究し、生活をした経験を持つ者であるならば、概ね認識しているのではないかとも最近よく考えさせられます(具体例としてSTAP細胞、現象の事件の発生、経緯、顛末に至るまで・・)がこれを読んで頂いている皆様はどのようにお考えになるでしょうか?

さらに加えて、こうしたことは時代遅れ、過去の概念として認識されがちな「アジア的停滞」といったコトバとも何かしら関連があるのではないかと考えさせられます・・。

ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。また、先月の九州、熊本における大地震にて被災された地域のより早期の復旧そして復興を祈念いたします。




2016年5月21日土曜日

20160520 ブログ記事作成のやりがいとは・・

A「これまでに投稿したブログ記事の閲覧傾向を見ますと、その時々によって何らかの傾向が存在するのではないかと考えさせられます・・。

そして、よく読んで頂いている(多くの閲覧者数を得ている)記事とは自身の作成したものの中では、なかなか上手く書けている方であるのではないかと思われます・・。

とはいえ、そうしたものを含め、概ね私がこれまでに記したブログ記事とは、その時々(下書き作成時も含め)に浮かんだ考えを記したものであり、特に前々から構想を持っていたというようなものではありません。

そして今後、私がそのような記事(大きな構想による記事)を作成することになれば、その閲覧者数とは大きく増加したりするというようなこともまたあり得るのでしょうか・・?

そういえば、大きな構想による文章といえば、小説、論文などが、その代表的なものであるとして挙げられるのではないかと思います。

では、小説などは一体どのようにして書かれているのだろうか?と最近何故だか考えてみることがあります・・。

このことは決して今後、小説を書いてみたいということにはなりません。

しかしながら、これまでにある程度ブログ記事作成を継続してきたことにより、そうした興味、関心あるいは疑問を「ある程度身近なものとして」感じることが出来るようになってきたのかもしれません・・。

そうした意味において、少なくとも、これまでに行ってきたブログ記事作成とは、私にとっては有意義であり、また閲覧して頂いている方々の中でそれら記事を読むことにより、何らかの新しい発見あるいは興味、関心の対象が生じたのであれば、それは記事を作成した者にとって望外の僥倖といっても良いと思います。

また、それは私に限定していえば、これまでのブログ記事の継続的な作成を可能ならしめた主たる要因とは、長い期間、様々な研究活動、自身の能動的な探求的行動に従事してきたことであると考えます。

少なくとも、あの期間、時間がなければ、間違いなく、これまで継続して記事を書くことは出来ませんでした・・。

また、そのことを言い換えますと、それらの期間、時間とは私のインプットが為されたものであるといえます。

それに対し現在継続し作成している一連のブログ記事がアウトプットといえるのではないかと思います・・。

そしてそのアウトプットがそれを読んで頂いた方々によって評価されるということはやはり大変うれしく、記事を作成した甲斐、ひいてはそのインプットの期間、時間が少なくとも無駄なものではなかったものと実感できます・・。

ともあれ、今後どの程度の期間ブログ記事の更新を行うか分かりませんが、いずれにしても、ここまである程度連続して記事を更新してきたこと、そしてそれを為す気力、勇気を与えてくれた閲覧して頂いている皆様から、新しい自覚あるいは自信らしきものが得られたのではないかと思います・・。

そして、それは今後、どのようなものに、そしてどのようなカタチで生かされるのであろうか?ということは自身にとってなかなか興味深い疑問です。

とはいえ、今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます!

そして、九州・熊本の大地震にて被災された地域における生活諸インフラの早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。」








2016年5月20日金曜日

20160519 マトリックス(母材)としての文系的な教養・・

これまでにある程度自身のブログ記事の作成を継続してきて思うことは「自分が書き続けることの出来る記事の主題、題材とはある程度限定している。」ということです。


たとえば自身のかつての専攻分野であった歯科理工学に関する記事のみを主題、題材とすれば、おそらく現在まで記事更新の継続は出来なかったのではないかと思います。


しかし、そうであるからといって私が歯科理工学をキライ(になった)というわけではありません・・。


それはただ、さきのブログ記事にて示したように、インプットとアウトプットの均衡上、残念ながら歯科理工学分野においては、これまで継続した程度のアウトプットをするだけの「この分野におけるインプットがない。」ということになるのではないかと思います。


あるいは私にとっての歯科理工学とは、それを表出し易い環境に置かれることによって「のみ」これまでインプットしてきた内容が活性化、表出することが容易になるといった性質のものであるのかもしれません・・。


これは以前抜粋引用したエルンスト・ユンガーの記述とも、あるいは多少類似しているのかもしれませんが、どうお考えになりますでしょうか?


また、そうした視座にて考えてみますと、私にとって、これまでに様々な環境にて学び、研究した「ごった煮」的な文系学問分野の知識、情報あるいは(極めて個人的色彩が強い)体系とは、何かを理解、把握するためのマトリックス(母材)的なものであるのかもしれません・・。


そして、こうしたことはおそらく諸個人においても同様の傾向を持つのではないかとも思いますが如何でしょうか?


また、さらにこのことを敷衍しますと、これまた以前ブログ記事にて記した「理系的知識の礎としての文系的知識」あるいは「科学技術の基盤としての原初的観念」などといったことにも親和性を持つのではないかと?も考えさせられます・・。


そして、こうしたことをマクロレヴェルにて考えてみますと、現今理系学問分野の更なる興隆をはかる(私としては大変素晴らしいと思う)施策が為されるとしても、その土壌たる文系的なものが肥沃でない限り、それは強い意味での持続可能性あるいはより良い結実に至ることが困難となるのではないかと考えさせられます・・・。


また、こうした考えも「つまるところ」文系学問偏重主義者(笑)による屁理屈であろうと考えるのであれば、とりあえず、文系学問あるいは文系的な教養を重視する教育政策といったものを局地的、実験的に採用してみるというのも、それを検証してみる意味においては価値がないというわけではないと考えますが如何でしょうか・・? 

また、それに併せて、少なくとも昔の我が国には、そうした恐竜のような世界規模の研究者がいたことは決して忘れてはならない事実であると私は思います・・。


しかし、そこで思うことは、そうした「普及させることが極めて困難」であるとこれまた以前のブログ記事にて示した「文系学問あるいは文系的な教養」を「どのようにして教え、普及させるか?」ということです。


そして、究極的に、こうしたところから、良い悪いを抜きにして、地域、国毎の様々な傾向らしきものを看取することが出来るのかもしれません・・。


しかし一方において、そうした地域、国毎の傾向に対し「ある統一的な基準」に拠り評価、判断することもまた慎重に考えた方が良いのではないかとも考えさせられます・・。」

また、ここまで興味を持って読んで頂いた皆様どうもありがとうございます。そして、今回の九州、熊本での大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧そしてその先の復興を祈念しております。