2021年7月5日月曜日

20210705 ここ最近一カ月にて、ブロガーでの閲覧者数が断続的な増加を示していることから・・【創造の経路?】

 どうしたわけか、去る6月半ばから、当ブロガーでの1日の閲覧者数が突如として伸びる日が何日かあり、そうしたなか、昨日(7月4日)のそれは905人と、直近1年間にて3番目に閲覧者数が多い日となりました。ちなみに1番多い日が去る6月24日の975人であり、その次が去る6月16日の969人となっています。

そこから「何故ここ最近当ブロガーでの閲覧者数か多い日があるのか?」と考えてみたところ、ツイッター、フェイス・ブックとの連携にて、何かしらツボにハマる記事があると、こうした現象が生じるということまでは分かりましたが、しかし、その「ツボにハマる記事」の理由については、残念ながら未だよく分かっていません・・(苦笑)。

ともあれ、そこから、以前にも書いたことがありましたが、ブログ記事の投稿もまた「釣り」と似た要素があり、何かしら投げ込んでみないと、その結果は分からないのだと云えます。そしてまた、かつて自分が投げ込んだ(投稿した)記事を、たとえ粗くではあっても記憶しておけば、それもまた再度、適宜、投げ込むことが出来るというところが、こうしたブログの面白いところであるように思われます。

これまでに投稿した記事数は、書籍からの引用を含めて1500以上であり、それら記事については、出来るだけ把握しているつもりではあるのですが、何らかの契機により、あるいは適当にあたりをつけて既投稿記事をSNSにて連携投稿してみますと、思いもかけず、そこを基点として、関連していると思しき他の投稿記事が想起されたり、あるいは動画サイトでの動画との関連、結び付きなどを思い付くことがあるのですが、これは、実際それなりに面白く、また、この行為に脂が乗ってきますと、しばし時間が経つのも忘れることもありますが、そうであっても、これは現在行っている記事作成と比べますと、より遊戯に近いものであると云え、また、記事作成があるからこそ、さきの関連付けの作業も面白く感じることが出来るのだとも云えます。

そしてまた、この一連の過程、ブロガーでの記事作成、投稿からはじまり、それら記事の何らかの契機によるSNSでの連携投稿により、現在の私はどうにか「創造性のようなもの」を駆動させている感があるように思われます。

そうしたことから、おそらくは、ある程度の年齢にまで至ると、概ね若さによる創造的なエネルギーは枯渇気味になることから、何か新しいと思われるものを創造するに際しても、ある程度固定された基本的な手法・メソッドに拠って為されているのが一般的ではないかと思われてきますが、その手法・メソッドを硬直的な手法として理解するのではなく、要点を中心として粗く、大雑把に理解、把握しておくことが意外と重要ではないかと思われましたが、さて如何でしょうか。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 


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ISBN978-4-263-46420-5

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2021年7月4日日曜日

20210704 「メモランダム」の文章からブログ記事作成を行おうとして覚えた躊躇いについて

 以前に購入した「メモランダム」ですが、こちらは現在も持ち歩いています。ただ、それを開き、文章を書き記す頻度が若干、購入当初と比べては少なくなってきたように思われますので、このあたりで、そのことを敢えて記事に書いて「喝」を入れてみようと思いました・・(苦笑)。

この「メモランダム」には、何かしら思いついた断片的な考えや、あるいは漫然と頁を開き、その時の即物的な状況や、それらについての感想のようなことを書き散らかしているわけですが、それらの殆どは、その時の状況にのみ付随する文章であると云え、その後、現在になり、それら書かれた文章を読んでみますと、何と云いますか、あまりにも即物的であり、現在作成しているの当ブログの記事として記すことには躊躇いを覚えるのです。

しかし、であるからといって、そこには特に過激な言説が書かれているというわけでもなく、言い換えてみますと、端的に書かれている文章の「深度」のようなものが異なるように思われるのです。

そして、その視座から眺めますと、一応、当ブログでの文章は公開を前提として作成しており、あくまでも自分なりではありますが、作成する文章の内容や言い回し、そして表現には、それなりに気を使っており、また、おそらくは、そのために文章作成の速度も、さきの「メモランダム」での文章作成と比べ、有意に遅いと云えます。

あるいはまた、そこから、当ブログ開始当初の頃、記事作成に苦慮していた理由の多くは、公開を前提とする文章を作成する自己のキャラクターが確立していなかったからであると想起されるのですが、他方で、この「文章を作成する自己のキャラクターの確立」とは、特段難しいことでないと思われる方々もいらっしゃると思われますが、こうしたブログ記事とは理系論文のように各種データに基づいて、普遍的と思われる見解を提示するといった性質のものではなく、云うなれば、その書き手の持つ偏った部分も少なからずある考えを文章にて提示するものであることから、必然的に批判などを受けやすい性質を持つと云えます。

そして、そうした批判は理系論文などのように、実験手法や結果の見解などについて理路整然と行われるものではなく、多分に情念的なものが多く含まれることが予想されると云えます。それ故、書き手は、己の書く文章についての背景や根拠あるいは類似した事例などについては予め、ある程度、認識、通暁しておく必要性があると云えます。

その上で、そうした偏った部分もあると思しき文章を、少なくとも表層的には、あまり過激な態にならないようにして、ある程度の期間にわたり書き続けることは、思いのほかに面倒であるようにも思われるのですが、さて如何でしょうか。

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2021年7月1日木曜日

20210701 博士院生の期間よりも長く(どうにか)ブログ記事の更新が続いていることから・・

前回の記事投稿により総投稿記事数が1565に至り、本記事を含め、残り35記事の投稿にて1600記事に到達します。とはいえ、以前にも書きましたが1600という数字もキリが良いというわけでもなく、到達後も、おそらく現在と同程度の投稿ペースにて記事の更新を継続するように思われます・・(苦笑)。

以前にも書いた記憶がありますが、私は文章を作成することが「特に好き」というわけではなく、また同時に、特に我慢強いというわけでもありません。それらを踏まえて6年間、1550記事程度まで記事作成を継続することが出来た背景には、多少は無理をすることがあっても、兎に角、書き続けることが出来る環境であったことが大きいと云えます。

また、投稿した記事がなかなか読まれない状況が続いても、その継続は困難になると云えますので、その点においては、もちろんアルファ・ブロガーの方々と比べれば、取るに足りませんが、私としてはもちろん今後の伸びしろはあると思いつつも、比較的多くの方々に読んで頂いていると感じています。

そして、これらは多少は私自身の努力の結果であるとは云えますが、それ以上に、偶然によるものであるとも云えるのです。また、ブログを構成する文章を作成する訓練期間としては、5年間の社会人生活よりも、やはり、その後の文系・歯系の大学院での期間が大きかったと云えます。また、その点については面白いことに、文系にて修士号取得後は、ある程度滑らかな文章作成が出来るようになった実感があり、次の歯科技工専門学校では、それが少し鈍った感覚があり、さらにその次の歯系院では、比較的大きなスランプを経験し、そして、研究分野の英論文を読むことが出来るようになり、また、自分でもまがりなりにも書けるようになり、そして、どうにか学位取得にはこぎつけたものの、その後は定職を得ての安定飛行には至らず、警備員の仕事をしながら「JREC-IN」にて職探しと応募書類の作成に明け暮れる日々が続き、そして、その間に「応力緩和」のような現象が進み、現在の私の原型に近づいたと云えます・・(苦笑)。

これは日々の生活にて学問への探求自体を忘れてしまうよりかは、いくらかマシとは云えるのかもしれませんが、上記のような変遷過程とは決して褒められたものではないことは、もちろん認めざるを得ません。しかしながら他方で、博士課程にて過ごした期間よりも長く、現在に至るまで当ブログはどうにか続き、また、その継続期間に50万人以上の方々に閲覧、読んで頂いておりますので、見方にも拠るかもしれませんが、本業ではなく、片手間に続けたものとしては「多少は頑張った」とは云えるのではないかと思われます・・。

そしてまた、私にブログ記事の作成を勧めてくださった皆様(中には現在存命ではない方もいらっしゃいますが)に対しても、現時点においては、どうにか顔向けは出来るのではないかと思われます。

そういえば、つい先日機会があり、歯科理工学の師匠とZOOMでのPC画面を通じてお話をさせて頂いたところ「お前はもう少し野心を持て!」と云われました。そこで、当ブログが6年以上続き、そして1500記事以上投稿していることをお伝えすると「ふーむ、そうか・・。」といったお返事を頂きました。ともあれ、たしかに当ブログは野心から始めたものではなく、また、現在も厳密には野心(のみ)によって続いているわけではありませんが、そのように考えてみますと、たしかに、その先にある「何か」は現時点ではあまり明確に意識してはいませんが、何かしらは願っているとも云えます・・。しかし、いずれにしましても、とりあえず1600記事までは続けてみて、その過程あるいは、そこに至った時に、自分の性質や得意、不得意などを勘案しつつ、その「野心」についてもう少し考えてみようと思います。

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2021年6月29日火曜日

20210629 非生産的としてマウントを取られがちな人文社会科学ではありますが・・

どうにか6年間、10日のうち7日はブログ記事の更新をしてはきましたが、それによって自信がついたといった自覚はほぼありません・・。一方で世の中を見てみますと、現今において自信なるものは、その稼ぐ金銭の多寡によって決まるといった風潮があるように見受けられます。

これは経済活動の首府でもある東京において、著しくその傾向が強いように思われます。また、それに対抗し得る学術・芸術といった文化活動においても、多くの場合、最終的には経済活動に収斂され、丸め込まれ、本来それらが持っていた価値が、少なからず減じられているように思われるのです・・。

他方でそれは「経済活動が盛んであり、多くの富が蓄積され、さらに流通すれば、自然と、そこでの学術や芸術といった文化活動も盛んになる」といったメカニズムを別の視点から眺めたものであるとも云えます。

つまり、肥料としての冨が豊富であれば、その地の文化活動も盛んになるということですが、しかし、経済活動による富と文化活動の関係性において、文化活動とは一方的に肥料を与えられる受動的なものなのでしょうか・・。

これは文化活動の分野にもよると思われますが、医療の基礎たる医学研究を文化活動の一つとして捉えますと、分かり易いと思われます。つまり、そうした文化活動があることから、我々の社会は漸進的ではあれ進化しているのだとも云えるのではないでしょうか。

しかし、さきに述べたように、分野によっては社会に対しての貢献が見え難く、特に人文社会科学分野などは、非常に分かり難いと云え、あるいは疾病保険か生命保険の掛け金のように(半ば無為とは思いつつも)肥料を与え続けなければならないものであるようにも思われます・・。

してみますと、そこで「合理化・効率化」といった概念やコトバが広く一般的に用いられるようになりますと、そこから、さきの人文社会科学分野などは(無駄なものとして)真っ先に槍玉に上げられ易くなると云えます・・。

そして、ここに至って大事であると思われるのは、やはり「さまざまな歴史」であると思われるのです。「経済状況があまり芳しくなくなり、合理化や効率化といったコトバ・考えが重視されるようになると、不図、頭に浮かぶさまざまな事物は、本当に全て無駄なものとして排除しても良いものなのだろうか?」といった疑念を持った場合、参照されるのは古今東西の類似した状況であると思われます。

しかしながら、それはただ、そうした事柄が記されている各種資料が存在していれば良いというわけではなく。それを類似していると考え、指摘出来る方々、また、以前からそうしたことを考え続けている方々が、意見を発信し、さらに関連諸分野の方々との議論・検証等を経て、ある程度分かり易いカタチとして世の中に広く発信することが大事であると思われるのですが、こうした作業を大きく歪ませるものが、以前からの伝統的価値の力が大規模な敗戦によって著しく減衰し、その代わりに更に重視されるようになった経済活動による諸価値の判断であるように思われるのです・・。

坂本龍馬に続き、渋沢栄一を一種の英雄として扱いたがる世間の価値観とは、詳細は別として、半世紀を通じ、大きくは変化していないものと思われます。あるいは団塊の世代の青年期と老年期での理想像の変遷といったものを示しているのかもしれません・・。

そういえば、登場人物達が揃いも揃って美男美女であり、衣装もセットもやたらとキレイな歴史ドラマが普通に制作出来て、それが当り前にヒットするような国や地域とは、たとえ他方の経済活動による合理性や効率性が重視され、それが活きた活動指針とはなっていても、やはり何かがおかしく、数世紀にわたる持続的な発展などは困難であるように思われるのですが、さて、いかがでしょうか?

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20210628 源泉の感情に達するために悠々として急ぐことについて・・(言い回し・表現と趣旨・結論)

あと37の新規記事投稿にて、総投稿記事数が1600に到達します。これはあまりキリの良い数字ではなく、また今後いくらか頑張ってみても、来月7月内での到達は困難であるように思われます。また他方で、これまで当ブログを継続して思うことの一つに、夏季になり、陽気が良くなってきますと、徐々に記事作成がスムーズになってくる傾向があることです。あるいはこれは、気温の上昇により、体内の血液などの巡りが良くなることから生じる面も少なからずあるのかもしれません・・。

それにくわえて、作成される文章も、寒い時季に作成したものと比べ、開放的になっている傾向があると思われるのです。とはいえ、未だ本格的な夏には至っておらず、現在の時期は、あるいは、その前の、いわば「もがきの段階」にあると云えるのかもしれません・・。

そう、たしかに「もがいて」はいるのですが、そうであっても、以前にはあった「しばらく続く記事作成の波に乗った」という感覚は、ここ最近は皆無であり、その代わりに、何かしら、これまでの継続により身に着いたと思しき文章作成の(卑近な)技法のようなものに逃避して記事作成を行っているような感覚があるのです・・(苦笑)。

これに関して、現在はツイッター等SNSを通じ、大分前のブログ記事を連携して投稿可能であることから、過去の投稿記事もその機会にそれなりに読んでいますが、そこでの視座から、現在に至るまでの当ブログ全体を考えてみますと、開始当初期(2015・2016)に作成した記事の趣旨と大きくは変わっていないように思われるのです・・。

それはつまり、文章の言い回しや表現が若干変わったと云える程度であり、それに続く趣旨や結論のようなものは、あまり変化していないということになります。しかし、これ(趣旨・結論)については無理に変える必要はなく「徐々にゆっくりと変化していく」というのが、本来の自然な変化の流れであると思われますので、この点は慌てる必要は全くないと考えてます。

そうしますと、現時点においては、むしろ「文章の言い回しや表現」の方に注意を払い、記事作成を続けることが大事であるようにも思われるのです・・。また、ここからは未だ経験していない領域ではありますが、そうしたことを念頭に置き、記事作成を続けることにより、自分の「源泉の感情」まで達することが出来るのではないかとも思われるのです・・。そしてまた、それこそが私にとっては相変態であるように思われるのです・・。たとえ、趣旨や結論に新奇性ナシの不毛と思しき記事が続いても、作成している主体については、多少はそのことで葛藤を抱き、また「ゆっくりと急げ」もしくは「悠々として急げ」あたりのコトバが心中にて持続重低音のように響いてはいるのです・・。

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2021年6月27日日曜日

20210627 朝日新聞出版刊 松本仁一著「カラシニコフⅠ」 pp.132-134より抜粋

朝日新聞出版刊 松本仁一著「カラシニコフⅠ」

pp.132-134より抜粋

ISBN-10 ‏ : ‎ 4022615745
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4022615749

 武装勢力は「テクニカル」と呼ぶ武装車両を持っている。日本製の四輪駆動小型トラックの荷台に旧ソ連製「デシーカ」12.7ミリ重機関銃をすえつけてあり、ソマリア内戦独特のものだ。武装勢力の中では対戦車ロケット砲と並ぶ最強の兵器で、モガディシオの町をわが物顔で走り回っている。デシーカのかわりにロケット砲をすえつけたテクニカルもある。こんなもので攻撃されたら車など吹き飛んでしまう。

 ソマリアでは、テクニカルを何台持っているかが武装グループの戦力を測る基準になっている。冷戦時代の米ソのミサイル競争みたいなものだ。大きな武装グループは自前でテクニカルの製造工場を持っており、外国に「輸出」しているところもあるという。

 外国って、どこへ?ジャマルは「イエメンとコンゴだ」といった。紅海対岸のアラビア半島イエメンは、北部山岳地帯で部族同士の抗争が恒常的に続いており、人々はつねに銃を持ち歩いている。西アフリカのコンゴ[旧ザイール]はモブツ政権崩壊後、周辺諸国の支援を受けた武装勢力が力を競う状況が続いている。イエメンやコンゴに行くテクニカルは政府にではなく、そうした集団に売り渡されているらしい。

イエメンまでは海路100キロほどしかなく、小さな船で簡単に渡れる距離だが、コンゴは遠い。陸路だとケニア・ウガンダを通るか、エチオピア・スーダンを通るルートしかない。重機関銃がすえつけられて隠しようもない車を、どうやって国境を通過させるのか。「陸地で行くんじゃない。船で運ぶんだ。リビアの船が来て積んでいく」ジャマルが答えた。内戦のシエラリオネにAK47を密輸し、混乱に拍車をかけていたのはリビアだったが、ソマリアにもリビアの影があった。

20210626 でたらめから始まり、因果律や法則そして物語などを見出すようになり大事になるもの・・

おかげさまで一昨日の投稿記事である「先日の「記事作成を継続する理由」と「新たなものに対する精神の開かれ」について・・」は、本日に至るまでに比較的多くの方々に読んだ頂くことが出来ました。これを読んで頂いた皆様どうもありがとうございます。

ともあれ、そこで述べた「好みの変化に象徴されるような感覚の変化」とは、やはり感性が柔軟である若い頃に、より多く自然に生じると云えますが、また一方で、ある程度の年齢に達し、そうした感覚が落着いたと自覚するようになってからは、敢えて意識して、そうした感覚を保持し続けるよう努めることが大事になってくるのではないかと思われるのです。

こうした感覚はある種、非合理的とも云える面をも含むため、成熟され、その人なりの最適化が為された、いわば「大人の感性」を持つ方々にとっては多少困難を伴うのかもしれませんが、しかしながら、国全体規模にて考えてみますと、これが近代以降の新興国であったという出自を持つ我が国の現代において、特に弱点であり、重要なことであるように思われるのです・・。

とはいえ、そうした感覚の保持とは、具体的には、世間にて「良い」評価を受けている諸感性に対し無条件に迎合するという態度ではなく、あくまでも、自分の感性や、ある程度体系化された考えに基づいた価値判断に拠ってこそ保持され、さらに進化していくものと考えます。しかしながら、そうであっても、おそらく、その当初の頃は、よく分かららずに、賭けのような感覚にて価値判断をしてしまっていることも多分にあると思われます。それでも、とにかく続けていくうちに、その中に何らかの因果律や物語のようなものを見出すことが出来るのではないかと思われるのです。

そして、この見出された因果律や物語を観念的な意味にて写実的に述べ、自他共への理解を深め、共有化するために極めて有効と思われるものが、我々人類が過去から受け継いできた様々な知見や教養であると思われます。その意味から、これらは、やはり人文社会科学分野での高等教育にて必要不可欠であると思われるのですが、さて如何でしょうか・・。

そういえば、以前にも書きましたが、ここ最近はまたスランプ気味であり、そこから本日も記事作成を躊躇していたのですが、どうにかこのあたりまで書き進めることが出来ました。そして、こうしたことを今しばらく続けていきますとキック・スタートのバイクのエンジンのように、また動き出してくれるのでしょうか・・。とはいえ、そうして「エンジンがかかった!」と思い、得意気になることもまた、これまでの経験から、あまり良い兆候とは云えませんので、出来るだけ客観的な態度にて自身の中で沸き起こる、想起される「流れ」の理解に努めたいと思います。そのように考えてみますと、これまでに投稿した記事そしてまた記事として引用した書籍の記述などは、さきの沸き起こる、想起される「流れ」に当座の形を与えるもの(依代)としては悪くなく、あるいは、これまた観念的な意味での、組み立て遊びに用いるレゴ・ブロックの一つのようなものとも云えるのかもしれません・・。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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