2016年3月28日月曜日

20160328 250記事到達

先日、以前から気になり、ブログ記事にも記した某著作の程度の良い古書を神保町の書店にて偶然見つけ、しばらく立ち読みしたのち購入しました。

この著作は上下巻、各々600頁程度の文庫本ですが、とりあえず購入したのは上巻のみです。

この作品の時代背景は昭和初期であり、徐々に戦時体制に傾斜してゆく我が国社会の様々な側面を描いております。

ちなみに私から見て作風、時代背景が類似していると思われるものとして映画「戦争と人間」あるいは加藤周一が自らの若い頃を綴った「羊の歌」あたりが挙げられると思います。

これもまた個人的な意見となりますが加藤周一の「羊の歌」は大変読みやすいと思います。

この著作は現代を一つの時代として相対的な視点で捉えてみたいと考える方々にとって、なかなか面白く読むことができるのではないかと思います。

さて、話はさきの作品に戻りますが、その著者は女性であり、これは私としてはかなり珍しいことではないかと思います。

おそらく女性著者の長編を読むことは初めての経験です。

とはいえ、この著作は読んでいると、かなり引き込まれてゆく感じがします。

その原因は、女性独特の情感の緻密な描写に加え、同時代を生きた人間としての確かな歴史認識が主要なものであると思われます。

また、こうした感じとは、ここ最近味わったことがありませんでしたので、私の知的好奇心とは、どうやらまだ枯渇はしてないようです・・(笑)。

また、それに加えて最近、以前学んでいた分野の周辺分野を学ぶ必要性が出てきました。

この分野も大変奥が深く時間がかかりそうですが、既知のものに結び付けつつ、ゆるりゆるりとやってゆこうと思います。

ここまで読んでいただいた皆様どうもありがとうございます。
この記事で250回目の投稿記事となります。
そして、次の目標は300回目の投稿記事とします。
今後ともどうぞよろしくお願いします。


2016年3月27日日曜日

20160327 学問に対しての能動性と社会の存立について

本来、学問や研究といったものは、好きであるから行うものであり、その基本的な態度においては自発性、能動性が強く要求されるのではないかと思います。

しかし、ある専門的な職業に就くことを目的とした学部、学科の勉強においては、この限りでなく、多くの情報、体系的な知識を効率よく吸収することが要求されます。

こうした態度とは、吸収するための勉強を自発的、能動的に行おうと、基本的な態度とは、その専門的な職業に就くことを目的とした、ある意味受動的なものではないかと思います。

しかし、そうであるからといって私はこれらの専門的な職業に就くことを目的とする学部、学科に対し悪感情は全く持っておりません。

むしろ、反対にそうしたことが出来る能力、才能に対して単純なる敬意を持ちます。

その点、私は、自身の自発性、能動性を持ち得る分野に対してのみ、四苦八苦して、どうにかそうした情報、体系的知識を吸収することができる人間であると認識しております。

とはいえ、伝統的に我が国の社会全般において有用とされるのは、個人の自発性、能動性にかかわらず、より多くの情報、知識を効率的に吸収できる人材の方ではないかと思います。

そして人工知能が進化しつつある現在の状況において、我々人間とは、より各々個人の自発性、能動性に根付いた感性、知性の発展に重点を置いても良いのではないかと思います。

何故なら、そちらの方が持続的発展の可能性があるのではないかと思うからです。

そして、その意味において理系学問分野の教育に重点を置くことは大変素晴らしいことであると思います。

しかし、その一方において、安定した政権、企業などの組織運営を阻害する可能性があるという理由から、古来よりの文系学問分野全般を蔑ろにすることは、長い目で考えてみますと、かなり危険なことなのではないかと思いますが如何でしょうか?




2016年3月26日土曜日

20160326 修士号についての私見

最近のニュースでMBAというコトバがよく出てきましたが、これはMaster of Business Administrationの略であり、日本語にしますと経営学修士ということになり、おそらく専門職学位の一つであると思います。

また、さらに大きな分類では、文系学問分野の修士号ということになると思います。

多くの学問分野において、同一の修士号という名称が与えられてはおりますが、これは各々学問分野により随分とその扱いが異なるのではないかと思います。

たとえば工学部をはじめとする多くの理系学部卒のうち、かなりの割合が大学院修士課程にまで進みます。

他方、文系学問分野の多くでは、さきの理系学部ほどの割合が大学院修士課程まで進学することはないと云えます。
しかし近年は教育、会計、法律などの専門職学位などが存在することから、この限りではないのかもしれませんが・・。

しかし、それでも我が国において、全体的に見て、文系よりも理系学問分野の方が、より多く大学院修士課程に進む傾向があるとは云えます。

そのような中、私は反時代的ともいえる専門職大学院でない、昔ながらの文系学問分野の大学院修士課程に地域学、民俗学を専攻するため、五年の社会人生活の後、進みました。

私は学部時代、部活動に没頭しておりましたが、同時に古今東西歴史の知識に関しては、小学生以前からの(根拠のない)自信を持っておりました・・(苦笑)。

ちなみに、この自信とは、その後随分傷つきしましたが、現在なお保持しております(笑)。

それはともかく、以上の理由と、いくつかの経緯により、私は大学院に進むことを希望するようになっておりました。

大学院に修士課程、博士課程あるいは博士前期課程、後期課程などがあることも知らずに・・(苦笑)。

そうした自身の希望を文系学問の研究者であった親戚、知人に告げたところ『まあ、とりあえず数年くらい働いてみて、それで大学院に進みたければ進めばいいのではないかな?』
といったことをいわれ、結果的にそのようになりました・・。

とはいえ、学部時代に進みたかった大学院とは、首都圏にある某大学であり、その分野はヨーロッパ文化専攻でした。

それが五年の社会人経験、特に南紀にて暮らした経験により地域学、民俗学専攻を希望するようになっておりました・・。

この希望する専攻の変化とは、私が『自国の文化、民俗について殆ど何も知らないことを痛感した』ことによります・・。

そして、ここでの修士課程の院生生活とは、それまでの人生で最も多くの書籍を読み、同時に議論をした時期であり、現在考えてみますと、遅蒔きの青春であったのではないかと思います・・(笑)

そして、その後、働きながら首都圏にある大学の博士課程に進み研究を続けたいと思うようになりましたが、どうしたわけか、異なった分野(歯学)の博士課程に進むことになりました・・。

ここでは色々なことがありましたが、どうにか学位取得にまで至ることができました・・。

この時お世話になった皆様、どうもありがとうございます。

とはいえ、現在の私とは、こうして取得した、頂いた学位に見合った人間であるのかどうかとは、イマイチよくわかりません・・(苦笑)。

また、よくわからないからこそ、この一連のブログ記事を作
成しているのかもしれません・・(笑)。

ともあれ、ここまで興味を持ってお読みいただいた方々、どうもありがとうございます。



2016年3月25日金曜日

20160325 閲覧者数50000人到達

おかげさまで、昨日(20160324)で全期間のブログの閲覧者数が50000人に到達しました。

また、閲覧者の方々の反応を見ておりますと、私が思うよりも深く記事を読んでくれている方々がいらっしゃるようであり、それにより新しい記事を書く意欲が湧き、また「いい加減なことは書けないな・・」といった気の引き締めにもなります。
そういえば、今現在はほとんど見ることはありませんが、以前作成したSNSの記事、投稿は現在なおそのままにしてあります。

このSNSでの記事、投稿の文章とは稚拙ではあると思いますが、内容に関しては、特にいい加減、ウソを記したとも考えておりませんので、放置している次第です。

また、現在作成している一連のブログも、そのうちのごくごくわずかは削除しましたが、大部分は掲示しております。

とはいえ、以前は記事の作成自体が現在に比べ、かなり面倒くさく思っており、また自身の思ったこと、知っていることを記す、公表することに対して何かしらの抵抗感を持っておりました。

それは「私自身の持つ知識、そしてそれに基づく考えとは、私だけのものである。」といった考えに立脚するものであり、ある意味、独り占めを志向していたのではないかと思います・・。

それらの知識、考えが客観的に見た場合、それ(独り占め)に値するものであるかどうかはわかりませんが・・(苦笑)。

しかし、本質的に自分の知り得た知識、考えの独り占めを志向することは、良いことではないと私は考えます。
そのような志向を強く持つ個人、組織、国などは長い目で考えてみますと、衰亡してゆくのではないかと思いますが如何でしょうか?

読み手の方々が私の書いた記事を興味を持って読んでくださるかどうかは別として考えてみても、それでも、とりあえず自身の知識、考えを言語化、文章化して発信することには何かしらの意味があるのではないかと思います。




2016年3月24日木曜日

20160324 D2病の特徴について・・

以前作成したブログ記事にも記しましたが、2012年の私には何かしら躁的(D2病)なものがあったのではないかと思います。

そしてそれは、後から訪れる反動を勘案して考えてみますと、なかなか怖い、恐ろしいものであると思います・・。

しかし、それと同時に、そういった時期には何かしら面白いこともまた起きるのではないかと思います。

2012年に関西某所にて開催された勉強会に出席した私は、自身の発表内容の資料、レジュメを作成しました。

そして、その中にトーマス・マンの「魔の山」内の主人公ハンス・カストルプとベーレンス顧問官の会話、やりとりを抜粋、引用しました。

これは発表内容の要旨を的確に表現していると考えたため、そうした次第です。

そして、面白いことに、その翌年2013年に封切られたジブリアニメ「風立ちぬ」内において、この「魔の山」に基づいた事柄、挿話がいくつか出てきました。

こうした偶然は私自身にとってはなかなか面白く、何故そういったことが起きたのか未だに不思議に思っています。

また、このことを知人等に話しますと、概ね『それは単なる偶然だよ。』といった感じに落ち着くのですが、私としては、たとえ偶然であったとしても『何故こうした偶然が起きたのか?』ということが気になり、不思議に思うところなのです。

とはいえ、こうしたことを深く考えてみても、適切な回答を得ることは難しいのではないかと思います。

あるいは、こうした躁的な状態において、個人の精神とは、時折、何といいますか集合的無意識の層のようなものに達することがあるのかもしれません。

また、作家で精神科医の北杜夫もその著作の中で「躁の状態において人間の精神とは未来に向かって疾走する。」といったことが書かれておりましたので、何かしら、そういったものがあるのではないかとも思います。

よくわかりませんが・・。

また、そうしますと「人間の実在、本質を文字を以って迫る、描写することは可能なのだろうか?」と考えてしまうのですが、こうした疑問に対しジョセフ・コンラッドであれば否定的に考え「それでも敢えて勇気をもって表層に留まることこそが分別のある人間の姿勢だ。」といった感じになるのではないかと思います。

一方、バートランド・ラッセルやルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインであれば、人間の実在、本質に対し、文字、言語を用いてギリギリまで迫ろうとするのではないかとも思います・・。

そして、そこで思い出すのはロジ・コミックスというマンガのpp.250‐251に記されているセリフで

『深淵の縁に立たされ、想像を絶する出来事に遭遇すると、人は神秘主義者か狂人になる・・・この両者はおそらく同じものなのだ!』

となりますが、如何でしょうか?

おかげさまで本日(20160324)ブログの全期間の閲覧者数が50000人に到達いたしました。

興味を持って読んでいただいている皆様、どうもありがとうございます。

今後も出来る限り書き続けてゆこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

北杜夫著「どくとるマンボウ医局記」中央公論社刊pp.336‐337より抜粋

『ともあれ、躁鬱病になって本当に良かったと思う。
躁は未来へ向かって突き進む、鬱は過去へ向かって沈潜する。従って、私には未来も過去も分かるのだ。
古代人は過去ばかり考えていた。
ようやく二十世紀になって未来を考えるようになった。
しかし、未来よりも過去のほうがより大切である。
たびたび述べたように、近代人は未来ばかり考えているから堕落したのだ。
実はヴィンスワンガーの美しき説は、なだ君から教わった。
しかし、先日、二階の書斎の戸棚を見ていたら、なだ君も知らぬヴィンスワンガーの著者が三冊も見つかった。
医局時代は貧乏であったから、おそらく作家になってからいつの間にか買ったものであろう。
私はまだ若い頃、自分に必要な書物はなにも求める必要はない、本当に必要なときは不思議な因縁によってめぐりあえるものであると書いたが、まさしくその通りであった。』

2016年3月23日水曜日

20160323 続「専門知識」とは・・

A「理系学問分野においては、あるコトバ(専門用語)が指し示す対象とは、概ね実在するものです。

それに対し、文系学問分野におけるコトバ(専門用語)とは、往々にして、その対象が実在するものではなく、時代によって解釈、定義が異なる概念あるいは事物であったります。

また、それに加えて、近代以降の我が国における学問全般とは、西欧から輸入されたものであり、その方法論、考え方などにおいて現在なお強い影響を受けています。

そして、それはたとえ民俗学などのような近代以前の我が国の文化、習俗などを研究対象とする学問においても同様であり、その記述法、用いる方法論において、西欧から輸入された手法を用いざるを得ないのが現状であるといえます。

また、そのような手法に拠らなければ、現代の我が国において学問として認められる文章(主に論文)は書くことができないのではないかと思います。

それほどまでに近代以降の我が国の学問全般とは、西欧からの影響を強く受けているといえます。

しかし、理系学問分野においては、その多くが実際の生活に資することが多いこと、つまり、強い必要性により、あまりこういったことは考慮されず、どちらかといえば、所与(アプリオリ)のものとされる傾向があったのではないかと思います。

また、それに加えて、古来より我が国は自然環境が豊かであることから、そうした要素(理系学問分野)に対する感受性は鋭く、近代以降に流入した西欧的な自然科学をはじめとする理系学問分野の学問体系も比較的容易に咀嚼吸収できるような文化的背景があったのではないかと思います。

さらに理系学問全般とは、再現可能性、つまりその知識、見解の普遍性を大変重視します。

そうしますと、基本的に、理系学問分野においては東西文化の相違とは、あまり考慮される(べき)ものではないと思われます。

それでは、その一方において、文系学問分野におけるコトバ(専門用語)および、それにより体系化された知識の価値とは一体どのようなモノなのでしょうか?

それは現在のような時代であるからこそ、今一度真剣に学び、考えてみる価値があるのではないかと思います。

そして、その結果として、文系学問分野とは小価値であると認定するに至っても、そこに至るまでの学び、考えてみる過程こそが既に小価値ではないと私には思われるのです。

そして、そうした学び、考える過程とは、各々個々人が実際に経験してみないとわからないということが、先ほど述べた理系学問全般における知識、見解の普遍性と大きく異なる点ではないかと思います。

そして、現在のような個人の経験、体験を代行してくれる便利な道具が増えてゆくにしたがい、こうした文理間の異なる点もまた、ボヤけてくるのではないかと思います。

こうしたことは実のところ進化なのでしょうか?
あるいは退化なのでしょうか?
まあ、単純に割り切れるようなことではないと思いますが、そういった面倒でカネにならないようなことを時折考えてみるのもまた価値のあることではないかと思います・・。」

2016年3月22日火曜日

20160322 D2病について

私事になってしまい恐縮ですが、先日人と話していたところ、去る2012年に久々に私と会ったその方は、彼が知る私は2012年当時で大きく変化していたとのことでしたが、これは今となって思い返してみますと、たしかに、そのように感じるのが自然であったのではないかと思います・・。

あの当時の自身を思い返しますと、やはり少し変であったのではないかと思います・・。

そして、まさしく当時の私こそがD2病真っ只中であったのではないかと思います・・(苦笑)。

そのようにして思い返してみますと、さらに以前の2008年当時の私とはM2病をかなり強く引きずっていたのではないかと思います・・。

そして、この当時もなかなかイタイ行為をしていたような記憶がウッスラとあります・・(苦笑)。

とはいえ、言い訳となってしまいますが、ある程度のいい年をして相当イタイことを無意識のうち(ここが大事です(笑))に出来るという場所が大学院ではないでしょうか?

また、様々な分野における研究などは、そういった精神的、文化的土壌においてのみ、能動的、創造的に活動することができるのではないかと思います。

それ故、このイタサは致し方ないものではないかと思います。

特に理系学問分野においては、より多額の研究資金を獲得することが重要であるのですが、それにのみ強く縛られてしまいますと、能動性、創造性の源泉たる精神の自由をもなくしてしまうおそれがあるのではないでしょうか?

つまり、大学院などでは、はたから見て多少(自然に)おかしくなっている状態の方が主観的には面白く、有意義に過ごすことができるのではないかと思います・・。

しかし、現在、もし私が再びそういった精神状態に戻ることが出来るということであれば、それはかなり真剣に悩むと思いますが・・。