2016年1月13日水曜日

加藤周一著「日本文学史序説」下巻筑摩書房刊pp.511-514より抜粋20151231

「戦争体験は、またいうまでもなく、多くの人々にとっての戦場体験でもあった。その戦場体験を生涯にわたって文学的な仕事の基礎とし、その意味で徹底した一貫性を示したのは、大岡昇平(1909~88)である。30年代から太平洋戦争にかけて、スタンダールStendhal関係の文献の翻訳をしていた大岡は、35歳召集されてフィリピンへ送られ(ミンドロ島、1944)、そこで上陸したアメリカ軍の俘虜となり(1945)、レイテ島の収容所で日本の降伏を迎えた後、帰国してから「俘虜記」を書いた(1946執筆、1948発表)。
「俘虜記」は孤立した敗残の小部隊の一兵士として著者が熱帯の山中を、もはや戦闘のためではなく、みずからの生存のために、彷った経験から始めて、俘虜となって後の収容所での見聞を詳述する。山中の生活は、ほとんど確実な死を目前に控えたという意味でも、物理的な条件の過酷さという意味でも、極限の状況である。そこでは自然がかぎりなく美しくみえる。しかし実際に周囲で僚友がつぎつぎに死んでゆくようになると、突然「生還の可能性を信じ」(「大岡昇平全集」第一巻、197ページ)、一度生還の可能性を信じて「愚劣な作戦の犠牲になって死ぬのはつまらない」と考えると、主人公の関心はもはや自然の美しさではなく、危機脱出の方法へ向う。いかに生き残るべきかという工夫にとっての自然は、与えられた条件の一つにすぎないからである。追いつめられた主人公の心理と行動を、冷静に反省的に、簡潔で正確な文体で描く「俘虜記」冒頭の部分は、太平洋戦争の戦場の経験が生み出した日本語散文のなかで、もっとも傑れたものの一つにちがいない。
後半の収容所の光景の叙述は、所属集団の組織が崩れ去ったときの日本人の行動の証言であり、彼等においていかなる価値が内在化されていたかということの臨床的な記録でもある。職業的軍人でさえも、彼らの軍隊の秩序を信じていたので、その軍隊が解体した後に彼ら個人のなかに生き続けるような何らかの信念をもっていたのでもなかった。東京裁判について丸山の行った観察と、レイテ収容所において大岡の行った観察とは、幸か不幸か、見事に一致するのである。大岡は「俘虜記」から出発して、そのなかにも出て来る人間の肉を食う話を、小説「野火」(1951)で再び取りあげられている。「俘虜記」の主人公は、殺せば殺せたアメリカ兵を殺さなかったが、「野火」の主人公は、フィリピン人の女を射殺する。「野火」は「俘虜記」の実行されなかった選択肢を、人間の内部の問題として再検討した作品である、ともいえるだろう。その後に来るのが、「レイテ戦記」(1967~69)である。そこでは、著者自身が「あとがき」(単行本、1971刊)でいうとおり、「俘虜記」や「野火」が一兵士の立場から見たフィリピン戦場を、日米双方の資料を用いて、いわば鳥瞰的に描く。日本軍の戦没者がおよそ九万に及んだレイテ島は、フィリピンでの日米両軍の決戦場であった。そこでの「決断、作戦、戦闘経過及びその結果のすべてを書き尽くしたのが「レイテ戦記」である。(「あとがき」)。著者がその感慨を抑えて両軍の動きを叙する簡潔な文章の迫力は、ほとんどヴォルテールの戦記「シャルル十二世」を思わせる。しかもその叙述から次第に浮かび上がって来るのは、人間が全力を挙げて人間自身を破壊してゆく「戦争」という狂気そのものであり、その狂気にまきこまれて最大の犠牲を強いられる第三者=現地のフィリピン人の運命である。戦後二十年以上経って、大岡昇平は、「レイテ戦記」という「平家物語」以来の戦争文学の傑作を作った。戦場における軍隊ではなく、兵営における軍隊の実情を兵士の立場から書いたのは、野間宏(1915~91)である。野間は、三年間の兵営生活を送り(1941~44)、その間に中国とフィリピンでの戦闘、野戦病院、憲兵隊による検挙、軍法会議、陸軍刑務所を体験し、「私の内につみかさなった戦争と軍隊に対する怒り」(「私の戦争文学」「その一」、1956「野間宏全集」第四巻、1970、所収)から小説「真空地帯」(1952)を書いた。「真空地帯」は、小説の叙述に迫真性を与えるものが、激しい怒りでもあり得ることを、見事に示している。原爆の悲惨を、いわば外面から描きだそうとしたのが、井伏鱒二の「黒い雨」(1965~66)であるとすれば、被爆の体験を一人の女主人公の魂の死として内面化したのは、福永武彦(1918~79)の「死の島」(1966~71)である。後者は、多層的な時間の進行と主人公の内的独白、小説化志望の男の経験とその小説の断片を組み合わせ、戦後の長編小説の技巧的な新工夫としても、典型的である。
「日本文学史序説」下巻
加藤周一
ISBN-10: 4480084886
ISBN-13: 978-4480084880





2016年1月11日月曜日

20160111 ブログ記事に対する反応について・・

A「Bさんのブログももうすぐ200記事になりそうですが、書き続けていて何か気付いたことなどはありましたか?」


B「・・いえ、私は他のブログなどはあまり読んでおりませんので、相対的な意味での気付きは特にありません。
その一方で、気付きというか面白いというのが、最新の投稿した記事に対する返答であるのかわかりませんが、その投稿に様々な意味で関連する内容の過去の投稿記事をわかるように示すようなことがあり、そういったことがあると考えさせられ、またそれは次の記事を作成する意欲につながります・・。
そうしたことは、誰が行っているのかわかりませんが、なかなか味なことをしていると思います・・。
ともあれ、そうしたことから私のブログでの記事も、誰かがある程度真面目に読んでくれているのだなと感じます・・。
それが気付きみたいなものではないでしょうか?」


A「ああ、そのことは以前にもブログにて記されていましたが、そういったことはいつ頃から続いているのですか・・?」


B「一連のそうした反応に気付いたのは昨年の10月頃であったと思いますが、それらは断続的であり、また反応の仕方は様々であるので、全て同一人物によるものであるかどうかはわかりませんし、また日本人によるものであるかどうかもよくわかりません・・。」


A「しかしBさんのブログの大半は日本語で書かれていますので、それら記事の内容を理解して、そうした一連の知的な反応することは日本人以外では難しいのではないでしょうか?」


B「ええ、まあそうなのですが、その反応の仕方が恥ずかしながら上手く言葉に出来ませんが、時折どうも日本人らしくないと思われることがあるのです・・。
あるいは、これまでに対話、議論などをした際に得た反応とはどうも質が違うような感じを受けるのです・・。
ですから、これをより厳密にいいますと、日本人でないというよりも、これまでに私が見知った日本人のタイプとは異なるということになりますね・・。」


A「・・はあ、そうですか・・私はそうした反応が出来るのは大体日本人であり、また、そうした反応であるからこそ日本人ではないかとも思いますが・・。
しかし、何れにしてもブログの投稿を続けてゆけば何かしら、また分かってくるのではないでしょうか・・?」


B「・・まあ、そうですね。
実際、それが誰であっても今のところ別に構わないのですが、まあブログ記事の投稿を続けていて気付いたことは、そういったことですね・・。」


A「はあ、そうですか・・それと求職活動の方は新年に入ってから何か新たな進展はありましたか?」


B「ええ、色々と動いており、また最近いくつかの企業からオファーをいただきましたが、これもさきほどの話に関係あるのかもしれませんが、ブログの記事投稿を続けているとオファーが来るようになった気がします・・。
このことは以前ブログにて記しましたが、その間に何か関連性があるのかもしれません・・。
それと、年末年始から新年にかけて色々動いておりましたことと、その他の事情により、お年賀の入手が遅れ、そのお返事を出せていないので、遅ればせながら、今後書いていこうと思っています・・。
ともあれ、お年賀頂いた方々には大変申し訳ないことをしてしまいました。」


A「はあ、そうだったのですか、結構色々と動いてらっしゃるようですね・・しかし、そうするとBさんは年末年始も家にいなかったということになるのですか?」


B「そうです。もう少し落ち着いた年末年始を送りたかったのですが、色々とありまして、さきほどのようなことになってしまいました・・。
ただ、それらの出先でもブログ記事の投稿はしておりましたので、ここに来てよくわかりませんが少し疲れが出たような気がします・・。」


A「今年は暖冬であると聞きますが、体調管理には気をつけてください、色々と移動して活動していたようですので・・。」


B「ええ、どうもありがとうございます。」

また、現在公募、求人等に応募しております。現在大変困難な状況でありますので、この状況から助けていただきたく思います。
どうぞよろしくお願いします。

2016年1月10日日曜日

20160110書籍とは 読むことにより索引となる・・?

A「Bさんのブログ記事ももうすぐ200に届きそうですね。」

B「・・いえ、最近は動画を投稿することがありましたので、これらはノーカンとして私は考えております。
やはり私としては自分の文章あるいは少なくとも読んだ書籍の抜粋引用でないと、どうも一記事としてはカウントする気にはなれません。
とはいえ、投稿した動画は私の書いた記事以上の説得力があるように思いますので、これらの閲覧者数が伸びても、それはそれでうれしいのですが・・。」

A「はあ、そうですか・・。
私は投稿された動画の方はあまり観ないので、それらの内容はわかりませんが、Bさん御自身の文章でも閲覧者数が伸びやすいのとそうでないものはあるのですか?
あるいは、それらの閲覧者数の伸びは大体同じですか?」

B「ええ、そうですね、やはり閲覧者数が短時間、期間で伸びるのもあれば、そうでないものがあります。
しかし実際のところ、そうした現象とは、内容によるものであるのかイマイチよくわかりません。
それよりもむしろ記事を投稿した日時などによるのではないかとも思えます。」

A「・・なるほど、閲覧者数の伸びの理由はイマイチよくわからないのですか・・。
まあ、私としては記事に出てくる言葉にウィキペディアなどによる参照が多いものの方が面白いと感じるものが多い気がしますね・・。
やはり特に自分の専門分野以外ではBさんのブログ記事内容などから新たな知見や、そのヒントを得ることが時折ありますからね・・(笑)。」

B「はあ、そういっていただけますと励みになります(笑)。
また、記事を投稿した直後に知人から記事内容と関連するようなメールが届くことがありますので、やはり少なくとも時折は私の記事を読んでくださっている方がいるのではないかと思います・・。」

A「まあ、そういったことは普通直接本人にはいわないですからね(笑)。
しかしそれにしてもBさんのブログもよくネタが続きますね・・実際カウントする投稿が200回あたりを越えたら何かあるのではないでしょうか?」

B「・・いえ、投稿記事数は置いておいて、ブログのネタに関しては実際のところあまり意識、考えてはいないのです。
しかし全く考えていないというわけでもなく、ただ、そうした意識にとらわれますと益々ネタが浮ばなくなる傾向があるのではないかと感じるのです。
また、ネタを比較的浮びやすくするためには、前にブログにて書いた、それに適する精神状態の維持に加え、少なくとも私の場合、書籍を読むことが大事なのではないかと思います・・。
まあ、書籍を読まないでも、おそらくしばらくの間は記事を書き続けることは可能であるとは思うのですが、こうした文章を書くというような能動性とは、本質的に書籍を読んだ反応、リアクションとしてはじめて実効性らしきものが生じるのではないかと思います。
このことをたとえると、コップなどの容器内に一滴ずつ水が滴下することにより容器が満ち、その結果、縁から少しずつ水がこぼれていくような感じではないでしょうか?
そしてこの場合、滴下する水とは読書などのインプットであり、容器が自身の精神であり、こぼれる水がブログの記事などのアウトプットです。
また、こういった様相としてイメージすることにより、はじめて以前ブログに書きましたインプット、アウトプット双方要素の重要性が理解できたようにも思えます・・(苦笑)。
ですから、私の場合、自身が興味関心を持つ内容の書籍を読むことは、特に苦痛ではないことから、その種のインプットは自然な形で行っているのではないかと思います。
そして問題となるのは、アウトプットをどのように、どの程度行うかということになるのではないかと思うのです。
そうした意味において、ブログという形式を用いて自然な形でアウトプットが出来るということは、現代とはなかなか良い時代ではないかと思います。
まあ、しかしそこで問題となるのは、どの程度それを読んでいる人々がいるかということになるのですが、それを考えすぎますと、先ほどいったように囚われてしまうのではないかと思います・・(苦笑)。
また、それこそが一つの正しい意味における自縄自縛といったところではないでしょうか(笑)。
とはいえ、こうしたブログが一般的になった現代の状況により、かつての紙媒体のあまり知られていない良い書籍が時間、技術の進化に伴い閑却、忘却されてしまうのは不味いことではないかとも思いますが・・。
それ故、書籍の抜粋引用なども併行して継続した方が良いのではないかとも考えています。」

A「なるほどねえ・・私も仕事柄必要に応じて、あるいは楽しみとして割合書籍を読んでいるとは思うけれども、たしかにそうしたインプット、アウトプット要素の均衡と電子化の普及による紙媒体の書籍の忘却に対する危惧は時折感じますね・・。
しかし実際問題として、あらゆる書籍が電子化されれば、圧縮されて、かつてそれらが占有していた面、体積がかなり低減、節約されるといった良い面もあるように思えるのだけれどもね・・。」

B「・・ええ、たしかにその御意見には一理あると思います。
しかし、これはたしか中井久夫がどこかで書いていたことなのですが、書籍が実体として存在することにより、それが持っている要素である表紙、背表紙およびそのデザインにより、それが実際に読んだ書籍である場合、その存在によって書籍の内容あるいは読書の際に得た経験が想起されるとのことでした。
つまり紙媒体で存在する書籍とは、読むことにより、その存在自体が索引としての意味をも持つということではないかと思います。
そのように考えますと、書籍の電子化とは、かつてとは違う意味による「選択して読む」といった堅苦しい、遊びの部分を残さないものとなり「それは果たして良いことであるのだろうか?」と考えてしまうのです・・。
加えて、読んだことのない多量の書籍が存在する書店、図書館とは、人を緊張させトイレに行きたくなるという意見を多く聞きますが、そうした圧倒的な未知の要素を示唆されることにより生じる緊張を低減するためにも書籍を電子化するというのは、本末転倒であり、その緊張とは慣れ親しむことにより克服、陶冶されるものではないかと思います・・。
そして、こうした表層的に感じる緊張を低減するための装置とは、近代以降数多く出現しており、そうした意味においては家電、自動車などとあまり違いはないのかもしれません。
しかし、書籍とは、本質的により人間の精神、記憶に圧倒的に強く関与するものであるからこそ電子化による圧縮に対して疑問を感じざるを得ないのです。」

A「・・そうすると少なくとも書籍の電子化とは占有面、体積の低減、節約以外あまり良い効果はなく、むしろ実際の書籍が多く存在する環境に慣れた方が良いということなのですか・・?
何だかニーチェの超人の概念を彷彿とさせますね(笑)。
しかし、そう考えますと、たしかに現代の社会とはニーチェあるいはマックス・ヴェーバーが各々その著作で述べたような末人の世であるのかもしれませんね・・(苦笑)。
あれはたしか「ツァラトストラかく語りき」の綱渡り芸人の場面での説教でしたか?
またマックス・ヴェーバーはそれをベースにして「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」のなかで「文化発展の最後にあらわれる末人たち、すなわち精神なき専門人、心情なき享楽人、この無のものは人間性のかつて達したことのない段階まで登りつめたと自惚れるだろう。」といったことを記していたことは、もしかしたら、この書籍の電子化などの底流に流れる何かと通じるものがあるのかもしれませんね・・。」

B「ええ、それでしたらカミュの「転落」とハビエル・ガラルダという方が書かれた「自己愛とエゴイズム」あたりを読んでみると何となくもう少しつながるのではないかとも思います・・。
しかし、そう考えてみますと、このブログも結局のところ自己愛、エゴイズムの所産でなくもないですね・・(苦笑)。」

A「まあ、基本的にアウトプットには大体そういった要素はありますからね・・。
それはあまり気にしなくてもいいのではないかな?」

また、現在公募、求人等に応募しております。
現在大変困難な状況でありますので、この状況から助けていただきたく思います。
どうぞよろしくお願いします。

2016年1月8日金曜日

20160108 コトバ、言語について・・

A「どうです、最近求職活動などで進展はありましたか?」

B「いえ、特に今のところありませんが、また何件かオファーを頂きました。
なかには良さそうなものもあるのですが、とりあえず現在は目の前のことをやっています・・。」

A「では、現在何か動いているのがあるのですか?」

B「ええ、まあそうなのですが、また具体的な動きがありましたらお知らせします。
それでも最近は私のところに来るオファーの内容も大まかに見れば似たようなものであることが判明しました・・。
そして、それが現在の私の相場というものなのではないかと思います・・(苦笑)。
それらは、これまでの経緯からすれば決して悪くはないと思うのですが、それでも私は今度就く仕事においては持続可能性を大事にしたいと考えておりますので、それに合致しているかどうかは、実際に飛び込んでみないとイマイチ分からないのだと思います。そして、それが悩みどころなのです・・(苦笑)。」

A「まあ、企業や様々な組織でも色々なのがあるらしいからね・・。
ブラック企業とはいわないけれども「看板に偽りなし」とはいえないようなところもありますからね・・。
そして、そういったところに限って何だかよくわからない勢いらしきものがありますからね・・。
ああいったのはどうも不思議ですが、言語の運用の仕方があまり厳密でないというか、変に言語が流れていくような感じでしょうかね・・?
ですから、どうも掴みどころがないというか、とにかくやりにくいです・・(苦笑)。
しかし、もしかしたら企業からすれば、そういった方面で優秀な人材がやり手の営業マンであったりするのではないでしょうか・・?
まあ、その意味において我々日本人とは勢い、流れに呑まれ易いような性質を持っているのではないかな?
そして、それと類似したような具体的なキャラクターを挙げるとすればノモンハン事件から太平洋戦争いや、その後でも名を馳せた参謀辻政信あたりではないかな?
もっともこうしたタイプは太平洋戦争時多く見受けられたらしいですが・・。
それ故、これも特異ではあるけれども時代が生んだキャラクターであるのかもしれないね・・?
しかし、それとあまり変らないようなイケイケドンドンの無理強いキャラクターが様々な場面において実権を握ってしまう我が国の組織とは一体どうしたものなのだろうね?」

B「たしか村上兵衛の著作で辻政信が学校に講演に来て、それを聞いた感想として「参謀という職務に幻滅した。」というようなことが書かれていましたが、たしかに現地指導督戦型の参謀とは、現場部隊からすれば厄介な存在であるのかもしれません・・(苦笑)。
そして、たしかにそういったキャラクターはやり手の営業マンと被るところがありますね・・。
また、我々日本人とはそういったキャラクターに対し、古来よりどうも弱いのではないかというのも理解出来ます。
そして、何故そういった存在に対し弱いかと考えますと、それは言語の定義、意味、内容などよりも雰囲気、勢いなどに呑まれてしまうからではないかと思います・・。
たしか司馬遼太郎は「日本人とは言語を用い慣れ過ぎているがゆえに、それを退屈なものとあきらめてしまっているのではないか?」という意味のことを書いていましたが、これは識字率が古来より高かった我が国の負の側面ではないかと思います・・。」

A「・・・たしかに我々日本人は言葉、言語を軽く扱い、そしてそれを何やら詩的、芸術的であると勘違いしてしまうような傾向とはなくもないですね・・(苦笑)。
しかし、実際問題、我々の大半は少なくとも日常においては詩人ではありませんし、またそうである必要もありません。
そうしますと、言語、言葉の運用において重要なことは、自身の意思を言語を用いて明晰に相手に伝え、そして相手からのそれを正しく解釈し、対話を成り立たせ、結果として双方意見の合意や相異の原因などを理解することだと思うのですが、我が国におけるそれは往々にして、よくわからない腹の探りあいや、同様の禅問答のようになり、そうした言語の本来の意味に基づいた議論が行われにくいような風潮、傾向が古来よりあるのではないかと思います・・。
そして、それが高い識字率と合成されると、先ほどのような雰囲気、勢いに流され易い国民性?になってしまうのではないでしょうか?」

B「まあ、それはたしかにそうであると思いますが、一方そうした言語の本来の意味に基づいた対話、議論などといっていると、半笑いでダサい、不粋である、あるいはペダンティックなどといわれるような傾向もまたあるのではないかと思います・・(苦笑)。
最近はまた何だかよくわからない読書ブームとやらでそういった傾向は若干弱まってきているようですが、私の記憶するかぎり、つい数年前までは社会全般がそのような感じではなかったかと思います。
また、そうした傾向が変ったのは一連の中国、韓国などを相手とする領土問題が深刻化したからではないでしょうか?
そのように考えると、現在のこの硬い言葉、読書などがもてはやされているのも畢竟「様々な意匠」の一つではないかと思います。
ですから当たり前といえば当たり前ではありますが、また時間が少し過ぎれば風化、フェード・アウトしてゆくものではないでしょうか?
そして、一連のそうした流れこそが我が国の伝統であり、基層にある意識なのではないでしょうか?」

A「・・・ううむ、しかしそうすると、先ほどの雰囲気、勢いに流され易い性質というのは、今後も変らないということになりますね・・?」

B「ええ、多分そう簡単には変らないのではないかと思います。」

2016年1月6日水曜日

20160106 異郷での経験について・・

A「現在我々が日常的に用いている日本語について考えてみますと、時折不思議な感覚をおぼえることがあります。
それは「はたして自身は日常的に用いている日本語を正しい意味において使っているのか?」ということです。
こうした感覚は、自身と類似した言語を含む様々な文化を保持する人々との間での会話、交流においては生じる可能性が低いですが、そうでない人々、つまり外国あるいは他地域、地方に住む人々との会話、交流においてはそうした感覚をおぼえる可能性が高いと思われます。そしてその感覚とは、概ね違和感、不安などとしてあらわれ、また同時に、それは自身が慣れ親しんだ文化地域から遠く離れるに随い、その違和感、不安などの度合いは増すのではないかと思われます。」

B「・・ええ、そういった感覚とは、旅行などで帰ることを前提として外国、他地域にしばらくの間滞在する際の感覚とは違いますね・・。また、そうした感覚とは古来より存在するものであり、たとえば有名なところでは阿部仲麻呂が唐で詠んだ歌がありますよね・・・。皮肉なことに結局彼の帰国は叶わなかったのですが、あの歌は望郷の念を歌ったものであり、その意味で帰ることを前提とした旅行などとは本質的に異なる何かがあると思います。そしてその望郷の念を起す要因こそ、先ほどAさんがおっしゃった様々な文化の相異より生じる違和感、不安なのではないでしょうか?」

A「そうです、それはおっしゃるとおりです。また、それと同時に異郷にてある程度の期間生活し、そこで適応して(してしまった)結果、自身の内面に変化が生じた後に帰郷しておぼえる違和感、不安などもまたあると思われます。そうしたものは、たとえば昔話であれば浦島太郎であり、あるいは歴史上においては第一次世界大戦、ベトナム戦争、太平洋戦争などにおける帰還兵において、そうした具体例が多く挙げられると思います。ですから人間がある程度の期間在住した地域から移動して何かに従事するということには単なる物理的な移動、経験だけでは片付けられない何かがあるのではないでしょうか?こうしたことは、同一地域にてずっと暮らしてきた方々には理解しにくい何か重大なものがあるのではないかと思います・・。」

B「なるほど、たしかにそれはそうなのですが、一方においてそうした他地域での生活を通じて人間とは相変態的な成長を遂げるという考えもまたあると思います。ですから、そうした違和感、不安を持ちながらも、それを徐々に克服してゆくという過程こそが人間の精神の成長とも見ることができると考えます。そして大小の社会の変化、変革とはそうした経験を持つ個人を核として広がり為されてゆくのではないでしょうか?」

A「そういわれるとそうなのですが、ただ、そうした経験を経て内面に変化が生じた結果、社会より疎外され、行き場を失うといったこともまたあるのではないかと思います・・。
そうした場合は、そうした変化を隠し、表層的に外の環境に適応したような態度を取ることにより、どうにか解決してゆくのでしょうが、結局のところそれは外見を取繕うことであり、長い目で見れば決して良い解決策であるとは思えないのです・・。ですから、そうした異郷での経験による変化とは、良い結果となることもあれば、同時にそうでない場合も少なからずあるということではないでしょうか?」

B「・・まあ、たしかにそうした経験が悪い結果となる場合も少なからずあるとは思いますが、おそらく現在のところそれに対し全面的な解決策は見出されていないし、また今後も難しいのではないかと思います。また、そうした経験も歴史を経るごとに蓄積されてゆくと思いますので、それを基として学び、人間というものをより深く知る以外ないのではないかと思います。しかし、我が国の場合「人間を知る」ということの多くの部分を外国からの知見の流用で間に合せているのではないかと思われます・・。とはいえ、この「人間を知る」ということが結局のところ全ての学問、研究の究極的な目的ではないかと思いますが・・。そして、その切り口、見方の違いが文系、理系をはじめとする様々な学問分野の相異なのではないでしょうか?」

A「たしかに「人間を知る」ということが重要であり、また、ある程度対象が明瞭である理系学問分野におけるそれについては我が国はその古くからの性質により、かなり優秀であるとは思うのですが、さきほどBさんがおっしゃった歴史の経過により蓄積されるような人文社会的な人間に対する普遍的な知見に対しては何故だかわかりませんが、かなり消極的あるいは冷淡というか、とにかくそうしたものの明示を避ける、よくわからない傾向があると思うのです・・。そしてそれは我々日本人の様々な文化的事物の抽象化によっても見出すことが出来るのではないでしょうか・・。その意味において我々日本人の文化全般とは理知的というよりも情感的であるように思われます。」

B「・・ううむ、その分類の仕方はニーチェの「悲劇の誕生」にて述べられている芸術様式の分類であるアポロン的、ディオニソス的の概念を彷彿とさせますが、たしかにそうした要素は少なからずあるかもしれません・・。では、そうすると我が国において理系学問がその古くからの性質に基づき、かなり優秀であるということはどのようなことなのでしょうか?」

A「ええ、それに対する解釈とは、我々日本人の古くからの性質である即物性が知性的な方向へ展開した結果が理系学問分野における優秀さであり、逆に知性的な展開を経ない即物性が普遍的な知識に対する消極性、冷淡さといったある種の情感的な要素に結び付くのではないかと思います。ですから、これらの源泉は類似あるいは同一なのではないでしょうか?」

B「・・なるほど、それでしたらその過剰な情感的要素とは、教育によって是正できるということなのでしょうか?」

A「ええ、おそらくある程度は是正、改善できるのではないかと思います。無論それは漸進的なものではあると思いますが・・。そして、その基盤となるものが、やはり理系・文系問わずどのような形であれ、強要されない自然なかたちでの教養なのではないかと思います。」

2016年1月5日火曜日

20160105 インプットとアウトプットの関係について・・

A「これまである程度ブログを書いてきましたが、それで最近ブログに関してインターネットで調べてみたところ、どうやらそこでの一般論では当初は質より量とのことでした・・。
それで、このままブログを書き続けてゆくと何かを貫通して、より一層ふっ切れた良い文章を書けるようになるのでしょうか?」


B「私も仕事柄色々と書いておりますが、やはり何かしら書き続けているとそうした変化はいずれ訪れるのではないかと思います。
ですから、現在はとりあえず書き続けること、継続することが大事ではないでしょうか・・。
また、Aさんのブログは理系、文系どちらともいえないですし、時折出てくる小ネタが面白いこともありますので、人、投稿によっては興味深く読めているのではないかと思います。
もっとも、その数は必ずしも多いとは思えませんが・・。
また、それはAさんの自然な流れでそのような内容、文体になったと思いますので、今後も自身の能動性によるもの以外で大きく変える必要はないと思います。」


A「・・はあそうですか、どうもありがとうございます。
それで最近思うのですが、私はこれまでそうした環境にいたため、ある程度文献、書籍を読む機会に恵まれました。
そして、それはいわゆる自身に対する入力、インプットです。
それに対し出力、アウトプットの方はこれまであまり行ってこなかったと思うのです・・。
この入出力、インプット、アウトプットにおいてもまた均衡、バランスが重要であり、私はこれまで読んできた文献、行ってきた研究に対し、過小あるいは制度上求められる最小限のアウトプットしかしてこなかったのではないかと思うのです・・。
そして、そうしたインプット偏重の状態が続くと、どうも様々な意味で具合が悪くなってくるのではないかと思うのです。
しかし一方、では誰が私の出力、アウトプットした文章を読むのか、そしてそれを読む価値のあるものとして認めるのか、とは、やはり不安をおぼえる要素であるのです・・。
その点、理系、文系問わず、研究に基づいた文章、論文とは、その研究分野が存在する限り、少なくとも研究上の必要性により誰かに読まれるものです。
その意味において、現在の私は研究等に従事しておりませんので、そのアウトプットの形態とは、自然な流れで散文的なものになるのです・・。
しかし、私はこれまで散文などはあまり書いた経験がありませんので「さて、どうしたものか?」と考えた結果、これまでに経験した学問的内容を含む議論、会話を抽象、結晶化させた文章を書けば、それはそれで出力、アウトプットとなるのではないかと考えたのです・・。
そして、その際に思い出したのは、修士院生時代によく会議の議事録を作成したことです。
この議事録作成は当初なかなか苦労しましたが、自分なりに工夫して、まあ、どうにかなったのではないかと思います。
とにかく、議事録作成とは、現在継続作成している対話形式のブログの一つの基礎になったのではないかと思った次第です。」

B「なるほどねえ、そうした経験もあって、現在の対話形式のブログにたどり着いたというわけですか・・。
また、入出力の均衡の話はなかなか面白く、たしかにそういった要素は心身に対して何らかの影響があると思います。
そして、その意味においてブログやSNSなどは便利な道具なのだろうね・・。
しかし、そこでも重要なことは、入出力の均衡であり、出力、アウトプットばかりが多いと意識の有無を問わず、これもまた何らかの悪影響が出てくるのではないかと思います。
あるいはまた、この入出力を言い換えると、受容、放出となりますが、この二要素とは、前者が女性的、後者が男性的要素に相当するのではないでしょうか?
その意味でブログ記事の投稿などは放出、つまり男性的であり、一方読書などは受容、つまり女性的な要素に相当するのではないでしょうか?」

A「ええ、そうした要素の性別による分類とは、多くの文化において見受けられると思います。
たとえば船のことを女性として扱うことや、それと最近面白いと思ったのは、地表からの凸の要素である山は英語でいうと「mountain」であり、同じく凹の要素である泉は「fountain」なのですが、双方の頭文字はMとFですよね、そしてこれは同時にMale、Femaleの頭文字なのです・・。
おそらくこれらの言葉の根源には男女性別要素があるのではないでしょうか?」

B「・・なるほど、いわれてみるとたしかにそうですね(笑)。
それはなかなか面白い指摘かもしれない・・。
それと不図思ったのだけれども、この受容、放出の要素ですが、農耕、狩猟民族間でもそのあらわれ方に違いが出てくるのではないかな・・。
以前読んだ太平洋戦争の南方戦線での戦記もので、前線で物資不足で苦労した兵士が司令部の在所に帰還し、物資が豊富な兵站倉庫を見て憤慨するというのがあったけれど、そこで書かれていたことは、日本人のような稲作農耕民は、物資を倉庫に貯めて出し惜しみする傾向があるのではないかとのことでしたが、これは案外当たっているかもしれないし、また飢饉などの際にの打ちこわしの主要な原因もそういったところにあるのではないかな・・。
そうしたことから、日本人とは放出、つまり使うことよりも受容、蓄積に偏重するような傾向があるのではないかと思います・・。」

A「・・ええ、国別の貯蓄額などもそういった傾向を示唆するのではないでしょうか?
また、それに加えて、世代別の資産額などもなかなか現在の我が国においては重要であり、興味深い事実を示すのではないかと思います・・。」


B「うん、そういうのを見聞きしますと、何だか「日本残酷物語」を彷彿とさせますね・・。
あそこで描かれている頃の社会から比べて現在の社会とは本当に進化しているのでしょうかね?
また、そうでないとしたら、その原因の一つ、つまり進化を阻む要因として、我が国の国民性ともいえる受容、蓄積の偏重が挙げられるのではないかと思います・・。
ですから、一見あまり経済的に有益でない学問分野などに従事している、あるいは、そのような内容を発信している方々に対しての資産の放出の質量を改善していただけたら、大変助かります・・(苦笑)。」

2016年1月4日月曜日

20160104 コトバと情報リテラシーについて・・

A「最近ブログを連投気味で投稿していますが、文章を書く調子がいいのですか?」

B「いえ、そういうわけでもないのですが、年末年始ですのでブログのネタを考えて書く時間が普段よりも多く取れているからではないでしょうか?」

A「はあ、なるほどそうだったのですか。それでもこの年末年始に書いた一連のブログで自分の書いた文章の割合が多少多くなったのではないですか?」

A「ええ、そうですね・・。これで自分の書いた文章が全体の三分の一を越えました。
そして今後はもう少し自分で書いた文章の割合を多くしてゆきたいですね(笑)。
ただ、閲覧者数を短期的に多く得るのは書籍の引用抜粋の方がいいようです・・(苦笑)。
また、現在のところ私のブログとは、多くの閲覧者を得ることが第一の目的ではありませんし、また自身の文章の割合を多くしていった方が長期的に見て自身のためになるのではないかと思うのです・・。」

B「・・なるほど現在そういった状況なのですか・・。それでも意識して自身の文章を増やしてゆこうとするのは、いいことであると思いますよ。あと、Aさんは昔から文章を書くのが好きだったのですか?」

A「・・さて、どうでしょうか?しかし、そういわれて今思い返してみますと、私が文章を好きで書いていた時期はたしかに何度かありましたね・・。中学生の頃、作文を現代文の先生に褒められて、その後色々と書いていた時期がありました・・。その先生は当時の私から見て大変博学であり、また映画にも造詣が深く、その点でも影響を受けたかもしれません。そして高校入学後にも新聞部にいくつか文章を投稿したのですが、その後、部活動の方に力を入れるようになり、文章を書くことは徐々に閑却されるようになった次第です・・。」

B「ふーん、そんなことがあったのですか・・。それで読書の方はその間ずっと続けていたのですか?」
A「・・高校時代は読んでおりましたが、大学では部活動で忙しくなり本を読む時間はあまりありませんでした・・。ただ、引退後は部活動で培った体力にものをいわせて色々と読むようになり、会社入社後の初めてのボーナスでギボンの「ローマ帝国衰亡史」を購入するようになっていました(笑)。加えて休日に映画のレビューなどを投稿したりもしていました・・(苦笑)。ですから、私は周期的に文章を書きたくなるような性質、傾向があるのかもしれません・・。」

B「それで結局文系の大学院に進むことにしたのですか・・。そして修士院生の頃はやはり民俗学関係の本を多く読んでいたのですか?」

A「ええ、当時はそれまでの人生の中で最も多くの本を読んでいた、熟読していたと思います。また、たしかに民俗学の文献もそれなりに多く読んでいましたが、同時に考古学、哲学そして歴史関連などといった周辺分野の文献も併行して読んでおりました・・。
それに加え、当時は議論も多くしておりました。学問、研究に基づくある程度深い議論したのは、あれが最初であり、それはかなり自身の精神的な糧になったのではないかと思います・・。」

B「うん、我々日本人は議論をあまり好まないからね・・。しかし、学問上の議論とは、個人の感情的な好悪と関係なくできるからね、その意味で剣道、柔道などの試合に似た部分があるかもしれない・・。ただ、それでもやはり我々日本人一般は議論が苦手というか好まない傾向がありますね・・これは国民全体の性質が女性的、受容的な性質であるからなのだろうか?」

A「・・それは、かねてより多くの方々が指摘していることではありますが、たしかにそういった傾向はあると思います・・。しかし一方、何といいますか、我が国ではそうした社会における女性的な要素による影響を指摘することはタブーとされているような雰囲気があるのではないかとも思います・・。」
B「・・それはよくわかりますが、同時に我が国の場合、対照的な男性的な要素が強くなりすぎても、どうもおかしな方向に行ってしまうような傾向もあるのではないでしょうか?」

A「ええ、我が国の様々な歴史的遺物を見てみますと、たしかにそういった傾向があり、また、そうした流れは時代を通し、交互に循環、交替しているような感じを受けますね。」

B「・・なるほど、たしかにいわれてみるとそうかもしれませんね。
そして、そうだとするとやはり社会における男女双方要素のバランス、均衡が大事なのでしょうね?」

A「なかなかそうしたことは科学的に判然としませんので、難しいとは思いますが、実のところかなり重要なのではないかと思います・・。そして、そうしたことを考慮せずに対症療法のような施策のみを続けていますと、ことはより一層悪い方向に行ってしまうのではないでしょうか?」
B「ふーん、そうすると具体的にはどんな施策が今の時代に適しているのでしょうかね?」

A「・・そうですね、一つには情報リテラシーの向上を目指した教養教育を自然なかたちで充実させることに加え、医師、獣医師、歯科医師、薬剤師、看護師、歯科衛生士などの普遍的な科学、医学的知識を必要とする国家資格、加えて同様知識を必要とする理工学系の学部、院を女性に対して門戸を広げるような施策、つまりそうした学問分野の小規模の公立大学、学部、学科の新増設などは、ある程度有効であり、また現今進行中の少子高齢化に対しても効果があるのではないかと思います。」

B「なるほど、いわゆるリケジョを増やそうというのですか・・。それはたしかに短期的に見て男性にとってはあまりうれしくないですが、長期的に見れば、そうした普遍的知識、技術を備えた女性を相手にせざるを得なくなり、必然的に男性側も自助努力、学問をするようになるということですか・・?」

A「ええ、まあそういったところです・・。そして、それに加えもう一つ大事な施策として、一見経済的に有益とは思われないような文系学問研究分野およびそれに従事している人々に対して雇用を含めた何らかの補助を行うことです。かなり我田引水、牽強付会の感はありますが・・・(苦笑)。」

B「まあ、そういった施策は西欧の国々では割合多く見られるけれども、現在の我が国では理解がないというか、まあ、いずれにしても難しいのではないかな。残念だけれども・・良くも悪くも我が国の国民性とは即物的なのだと思いますよ。」

A「科学的知識と文系的な教養とは、双方共に重要なのですが、我が国における文系的教養とは、本質的にある種の伝統芸能と同様、未だ男性に属する部分が多いと思います。そしてそれと同時に、今後将来多くの女性が自然に入ってくるような、来たがるような魅力的な環境にすることもまた大事ではないかと思います・・。しかし、これは当分先の話になりそうですが(苦笑)。」

B「・・なるほどねえ・・。しかし女性に対するそうした施策とは一歩間違えると新約聖書のマタイ伝あるいはオスカー・ワイルドの「サロメ」みたいなオチになるからね・・・なかなか難しいのではないでしょうか・・?ただ、そのサロメのような危なっかしい性質を制御するという意味において普遍的な科学技術の知識を重視することは悪くないと思います。そして、そこでも重要なことは、女性陣の能動性を活性化し、そうした流れを自然に作ってゆくことなのだろうね・・。」

A「ええ、まあそんなところです。」