2021年12月4日土曜日

20211203【架空の話】・其の69 【モザイクのピースとなるもの】

以前にも述べたようなS教授の性格もあってか、研究室には企業、開業医など、さまざまな方々の訪問があった。また、複数の開業歯科医師、歯科技工所などとも並行して共同研究を行っており、そこでの試料作成や実験データの作成などが、下請けのように、大学院入りたての私のところに来たが、こうしたことについては、研究室の他の先生方や医専大勤務のE先生などが丁寧に教えてくださり、また、そのおかげもあって、さまざまな機器・分析機器の使用方法も習得することが出来た。

医専大時代からお世話になっているE先生は、週に一回はこちらにも顔を出すことから、私と顔を会わせることは度々あり、夕刻過ぎに帰る時などは、よく私を食事に誘ってくださった。その態度は、医専大の頃よりも打ち解けていたが、そこで私の方も打ち解けてしまうのは如何なものかと思い、以前と同様に接していたのだが、この地では案外それで良かったのかもしれない・・。

E先生はK市内に御実家があるものの、勤務先である医専大の近隣にアパートを借りて一人暮らしをされていた。そうした経緯もあり、外での夕食が多かったものと思われるが、私としては、E先生との夕食によって研究室や地域のさまざまな事情を知ることが出来、また、懐かしい東京の話題で盛り上がることも出来たことから、これは大変ありがたかったと云えよう。

E先生と行ったのは大抵、外食チェーン店であったが、とりわけハンバーガーの*クドナルドをE先生は好み、かつて私が医専大の学士編入試験の際に立ち寄った医専大近くの店舗には度々足を運んだ。また、そうした折の会話にて、E先生は「いや、本当は「て*や」の天丼が食べたいのだが、あれは九州では福岡まで行かないとないんだよなあ・・」と宣っておられたが、たしかに、その当時、ここKには「て*や」はなかったことから、私も「ああ、そうですね。あそこの夏限定のたれ付けした穴子の天ぷらがのった天丼がまた食べたいですね・・。」と返答したところ、E先生はフライド・ポテトをケチャップに浸けつつ頷いておられた。

また、この*クドナルドでは、私が初めての海外での学会発表前の予演をE先生に深夜に聴いて頂いた時のことが印象深い、この時、E先生は、横に赤の三本線が入った青いナイロンパンツの上にスウェットパーカを着用して髪の毛はボサボサであり、なんとなく映画「ファイト・クラブ」の登場人物を彷彿とさせた。

深夜ではあったものの、周囲にはK大学の学生さんらしい方々が散見され、こちらも見た目としてはそこまで変わりはないことから、特に浮いてはいなかったと思われる。しかし、二度目の予演を終えて、その講評を聞いていると不図、店の入り口を見たE先生が突然、パーカのフードを被り、私の方に小声で「・・今、店に入ってきたのは、うちの看護学科のR先生だ・・。あの人は高校時代の同級生でもあるんだけれど、ここで、こんな時間に、この格好で遭うのはちょっと・・」と云って、入って来たR先生に顔を見られないように座席を移動してから「じゃあ、大体は大丈夫だと思うから、それと、あのスライド7枚目のフィグを説明するところをもう少し強調した方が良いと思うよ・・。」と言い残し、既に席に着いていたR先生に気が付かれないようにパーカのフードを被ったまま、まさに脱兎の如く店から出て行ったことがあったが、おそらく、そこには、何らかの事情があったのだと思われる・・。

そういえば、この医専大については、その後、私もS教授からの依頼で実習補助に出向くことになったのだが、そのことについては、また、別の機会に記してみたいと思う。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。













2021年12月3日金曜日

20211202【架空の話】・其の68 【モザイクのピースとなるもの】

学士編入を経て入学した医専大を卒業後、K大学 大学院 医歯学総合研究科 歯科生体材料学専攻の博士課程に進んだたわけであるが、この際に実家との間で一悶着があり、これは当地にて開業医をされている遠い親戚にあたる***先生の仲介と説得により、どうにか了解を得て進学することが出来た。

そういえば***先生のところへは、医専大在学中から定期的に足を運び、また、天文館にある行きつけのお店から電話をかけてこられて呼び出されることも時々あったが、おそらくは当時、息子さんが北九州の方にある医科大学に進学しており忙しく、なかなか帰郷出来ないことから、手軽な若い話し相手として、私を呼んでいたのではないかと思われる。ともあれ、私としては、そのおかげで多少、天文館界隈には詳しくなり、後に研究室の打ち上げ
(飲み(ん)方)などのセッティングを任された時などには、この経験が役立ったものと云える。

しかし、当初の頃はやはり、慣れていない夜の歓楽街は「おっかなびっくり」であり、特に夏の夜の文化通りの風情には、ある種の妖しい異文化、異国情緒のようなものすら感じられた。

***先生の行きつけのお店は天文館にいくつかあったが、どれも、席数は20に満たない小規模な個人経営のものであったが、同時に落ち着いた雰囲気であり、客層も比較的良かったのではないかと思われる。

また、私が呼び出しを受けるのは大抵週末であり、特に喫緊の用事がない場合は、出来るだけ行くようにしていたが、その際は市電を用いず、原付で県道20号線まで出て、そこから北上して紫原団地入口のところで左方向に入り、またしばらく進むと、天文館周辺へと至るルートを用いて行っていた。

帰路は大抵の場合、少しではあっても飲酒を伴っていたことから、原付は駐輪場に置いたままにして(お店によっては駐輪スペースもあったが)先生がお願いした運転代行サービスの自動車に同乗し、宇宿の自宅アパートまで送って頂いていたが、この降車の際、私が財布を取り出し、その代金の折半を申し出ると、酔って多少陽気になっていた***先生は、大仰な様子で、財布を出そうとする私の手を押し留めようとするのであった・・。こうしたやり取りはその後も何度かあり、さらに、K大院の研究室での打ち上げ(飲み(ん)方)後の帰路、同じ方面の方々でまとめてタクシーに同乗した際、一人が何処かで降車する際にも、こうした酔った上での陽気なやりとりが繰り広げられ、長い時には、それで数分経過することもあったが、あれはあれで面白く、また、その際に不図、車内ミラー越しに運転手さんの顔を覗いてみると、俯きつつも笑いを堪えているといった様子であったことが思い出される・・。そしてハナシは戻り、その時の様子は、さきの***先生とよく似ていると思われたことから、あるいは、こうしたところからも、地域性の一面のようなものは看取することが出来るのかもしれない・・。

ともあれ、斯様な経緯にて原付を天文館に駐車することになると、その翌日、大体は夕刻過ぎに市電にて天文館に出向いて原付を取りに行かなければならず、くわえて、打ち上げ(飲み(ん)方)翌日ということもあり頭も体も重く、多少、面倒に感じられたものであった・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。







2021年12月1日水曜日

20211130 1660記事の到達、昂揚を伴わない精神の励起から【架空の話】の背景にあるものについて・・

本日もまた、若干帰宅が遅くなったことから「無理に記事作成をしなくても良いのでは・・」と考えていましたが、他方、どうしたわけか、ここ最近数日間で「ブログたまに読んでいるよ。」と云われることが何回かありました。これまでに、そうしたことを云われることは極めて少なかったことから、その背景には何かがあるのではないかと思われ、また、そのことを題材とすれば、一記事作成出来るようにも思われて、冒頭の考えをあらため、本日もまた作成することにしました・・。

そういえば、本日の記事投稿により総投稿記事数が1660に達します。それは現在目標としている1700記事まで、あと40記事の投稿を要するということになりますが、現在の投稿頻度にて進めますと、来年の1月中には、どうにか達成出来るのではないかと思われます。

1700記事の到達とは云っても、私が勝手に行っていることであるから、決して褒められることではありませんが、それでも、現在に至るまで6年以上にわたり、ブログ記事の作成を続け、どうにか、ある程度の区切りとなる記事数まで到達出来ることは、ここに至ってはおそらく、あまり大きな感興とはならないものの、やはり「嬉しい」ことであることには違いありません。

いや、あるいは、その「嬉しさ」は、感覚的な昂揚などには結びつくことはないものの、それ以外の内的な要素を励起させるといった作用があるのかもしれません・・。そして、それがあるからこそ、時にはイヤイヤではありながらも、どうにか継続することが出来ているのではないかとも思われます・・。

そこから、これも以前に述べたことがありますが「こうしたブログは記事作成を続けることによって継続することで出来ている」のではないかとも思われるのです・・。

そしてまた記事作成・投稿の頻度を更に上げることにより、一層、精神が励起されるのであれば、また以前のように(ほぼ)毎日1記事の投稿頻度に戻すことにも意味があるようにも思われます。

ともあれ、こうしたブログをある程度まで継続されている方々には何らかの共通する要素といったものはあるのか?また、その中でも、さきに述べた精神が励起されるメカニズムの有無や強弱といったものは、どのようになっているのかが気になるところです。

また、ここまで書いていて不図思ったことですが、以前、我が国では平成17年(2005)に四年制大学での歯科技工士の養成が始まったと述べましたが、そこから順調に進むと2009年に四年制学部卒の歯科技工士が誕生したことになり、その後、さらに修士、博士へと進んだ場合、修士は2011年、そして博士は2014あるいは2015年に、それぞれの課程を修了するのが最短となりますが、ここを私の場合、人文系にて修士課程までを経ていたことから、2013年に博士課程を修了することが出来ました。

そこから思ったのですが、あるいは私は日本で課程博士を修了した最初の歯科技工士であるのかもしれません・・。

とはいえ、これは、たとえ実際にそうであったとしても、たいしたことではないと思われますが、しかし、私自身は半ば無意識ながらも、そのことに拘っていることから、当ブログにて、しばらくの期間投稿した一連の【架空の話】では、その主人公の背景が人文系の修士を修了した歯科技工学科(口腔保健工学)の学生という設定になっているのだと思われます。

また、主人公が、その後、さらに博士課程に進学することも自身の経験と被るのですが、【架空の話】での、その期間の物語の運びについては未だ考えておらず、今後もモザイクのピース状に点々と【架空の話】の作成を続けていこうと考えています。

そして、そこで思い出されたことは、こちらに登場する【架空の】高等教育機関である、国内各地域にそれぞれ複数設置された公設民営の医療専門職大学についての記述がある【架空の話】などでの閲覧者数が、何故か、伸びていたことであり、あるいは「こうした高等教育機関が今後、もっとあっても良いのではないか。」と考えている方々が多いのではないかと希望的観測ながら思われたのですが、さて、実際のところはどうなのでしょうか・・?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。












2021年11月30日火曜日

20211129 一昨日の引用記事を巡り思い出されたこと

本日は帰宅が若干遅かったことから、記事作成を止め、早めに休もうと考えていましたが、 一昨日投稿のロバート・グレーヴスによる 「さらば古きものよ」からの引用記事が、思いのほかに多くの方々に読んで頂いていたことから、時刻が多少押しているものの、たとえ多少短いものであっても記事作成をした方が良いと考えをあらため、つい先ほど記事作成を始めました。

この「さらば古きものよ」は、以前にも何度か当ブログにて挙げた前出ロバート・グレーヴスによる作品ですが、これをはじめて読んだのは同著者による「この私クラウディウス」を読み終え、しばらく経った2004年であったと記憶しています。丁度当時は、南紀白浜から東京へ転勤となり、本格的に大学院への進学のための活動を始めた頃であり、出席させて頂いた大学院進学説明会にも持参して移動時に読んでいた記憶があります。移動時とは云っても、電車内のみならず、当時は活字に飢えていたこともあってか、現在の歩きスマホ、あるいは二宮金次郎のように、駅構内での徒歩移動の際にも読んでいました。

また、当著作を読了後またしばらく経ち、再度、和歌山県の今度は和歌山市に住むことになりましたが、この在住時には「この私クラウディウス」そしてロバート・グレーヴスを知るきっかけを与えてくださった文系師匠が何度かこちらまで足を運んでこられました。そして、その滞在中の会話で「さらば古きものよ」も出てきましたが、どうしたわけか師匠はこの作品は名前は知っているものの読んだことはないとのことであり、この時の会話にて当著作に大変興味を持たれたようでした。

それからまたしばらく経ち、私が鹿児島にて(どうにか)学位を取得し、実家に戻り警備員のアルバイトをしながら求職活動を行い、あるいは当ブログを始める少し前の頃、師匠にお目に掛かった折に師匠の方から「さらば古きものよ」についての話題が出ました。その内容は当時刊行されたエヴェレスト初登頂を目指す英国登山隊を題材とした翻訳作品に師匠が関与され、そして、その作品の背景や文脈を理解するためにロバート・グレーヴスの「さらば古きものよ」は大変役に立ち「これは以前、君がこの作品を教えてくれたからだ。」といったものでした。

しかしながら、私は同著者による「この私クラウディウス」は師匠が送ってくださった冊子や書籍から知るに至り、そこから同著者による他作品にも興味を持ち「さらば古きものよ」を手にして読んだと云えますので、その源流を辿りますと、師匠に返るとも云えそうです・・。

しかし、それでも5年前の投稿記事「もう一人の師匠について P51 兵器開発 武器貸与法」にて書かれている前世紀末頃の私と比べますと、あるいは多少進歩したとは云えるのかもしれません・・(笑)。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。




2021年11月28日日曜日

20211127 株式会社岩波書店刊 ロバート・グレーヴス著 工藤 政司訳 「さらば古きものよ」上巻 pp.15-17より抜粋

株式会社岩波書店刊 ロバート・グレーヴス著 工藤 政司訳
「さらば古きものよ」上巻 pp.15-17より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4003228618
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4003228616

 パスポートの国籍欄には「イギリス国民」と書かれている。ここで私は、「黄金の書」の冒頭にローマ皇帝にふさわしい美徳を授かった先祖や親戚の名前を挙げたマルクス・アウレリウス王にならい、私がローマ皇帝はおろか、ときどきを除いてイギリス紳士でさえない理由を説明したいと思う。母の父方は苗字をフォン・ランケといい、代々ザクセン地方の牧師で、家柄の旧い貴族ではない。貴族を示す「フォン」がつくようになったのは最初の現代史家だった大伯父、レオポルド・フォン・ランケからで、私はある程度彼のおかげを被っている。彼は、「私はキリスト教徒であるまえに歴史家である。要するに私の目的はものごとが実際どのようにして起こったかを発見することに尽きる」と述べて同時代の歴史家の顰蹙を買った。彼らを怒らせたのはそれだけではない。フランスの歴史家ミシュレを論じたさいに、「彼は真実が語れない文体で歴史を書いた」と言ったこともそれに油を注いだ。トーマス・カーライルが彼を「無味乾燥」だと非難したのは決して不名誉なことではなかった。不体裁なまでに大柄な私の体、我慢強さ、エネルギー、生真面目さ、それにふさふさした髪、などは祖父のハインリッヒ・フォン・ランケ譲りである。彼は若い時分には反抗的で、無神論者でさえあった。プロイセンの大学で医学生であった彼は、大逆罪に問われたカール・マルクスを支持して学生デモが行われた1848年には反政府活動に参加した。マルクス同様、彼らは国外退去を余儀なくされた。祖父はロンドンに逃れ、そこで医学の修行を終えた。1854年、彼はイギリス陸軍の連隊所属軍医としてクリミア戦争に従軍した。祖父に関するこうした知識は、子供のころにたまたま彼が言った言葉に端を発していれる。彼はそのとき、「大男が丈夫だとはかぎらないものだよ。セバストポールの塹壕では、小さな工兵が平気な顔をしているのに雲を衝くような体をしたイギリス軍の近衛師団兵がやられて死んでいく、こういうのを何十人も見たもんじゃ」と言った。しかし、堂々として押し出しのいい祖父は長生きした。

 彼はロンドンで祖母と結婚した。祖母はシュレスヴィヒ生まれのデンマーク人でグリニッジ天文台の天文学者だったティアルクスの娘で、信心深く、おどおどした小柄な女だった。彼女の父親が天文学を専攻するまえには、ティアルクス一族はデンマークの田舎の習慣に従って父親と息子が交互に別の職業に就いた。偶数の世代は板金職になり、奇数世代は牧師になったわけだが、これはあながち悪い習慣ではない。穏やかな私の性格は祖母から受け継いだものだ。彼女には十人の子供がいたが、一番上の母はロンドンで生まれている。祖父の無神論と急進主義は年を経るにつれ穏健なものになった。彼は結局ドイツに帰ってミュンヘンで有名な小児科医になったが、子供の患者に新鮮な牛乳を飲ませるべきだと主張したヨーロッパで最初の医師はおそらく彼である。通常の手段では新鮮な牛乳を病院に確保することはできない、とみた祖父は模範的な酪農場を自ら開いた。彼の不可知論はルターの敬虔な信奉者だった祖母を悲しませた。彼女は祖父のために祈ることを決してやめなかった。けれども、彼女の祈りはとりわけ子供たちの魂の救済に注がれた。祖父は考え方をまったく改めずにこの世を去ったのではなかった。

2021年11月25日木曜日

20211124 昨日投稿記事の続き『「文学」の持つ意味や価値』について・・

昨日投稿記事の最後にて「「文学」の持つ意味あいや価値」と述べましたが、私のこれまでの経験からは、認識の仕方、つまり、それまでの考え方を変えるような作品は、いくつかありました。

その一つがポーランドを出自とする英国の作家ジョゼフ・コンラッドによる「闇の奥」であり、そのハナシの筋は、全体的に暗く、また、その作中人物に託された筆者の思想や含蓄、あるいは当時の世界情勢、西欧社会一般での人々の考え方なども描かれていることから、現在であるからこそ、読み直すと面白い作品であるとも云えます。

ともあれ、私が当作品に惹かれたのは、主にその「書きぶり」であり、過日投稿のブログ記事にて、いくつか、その書きぶりを真似て作成したこともあります。

では、その「書きぶり」の「何に」惹かれたのかと考えてみますと、それは、著者の視座が、さまざまな時代や地域を行き来しながらハナシを進める「書きぶり」であり、具体的な箇所を挙げますと、当ブログでの引用記事にもある「僕は大昔のこと、1900年前、ローマ人が初めてここにやってきた頃のことを考えていたんだ―ついこの間のことのようにね。」からの記述です。

こうした、作中にて語り手がいる場所から、二千年近く遡った、大昔とも云える時代にて、あり得たであろう様相を、想像と史実とを織り交ぜて語り、そこから、本題とも云える語り手自身の経験・記憶に結び付け、さきに述べた時代や地域を行き来語りつつハナシを進めるといった、その「書きぶり」に、何かしらの「深み」を感じたと云えます。

そして、その「書きぶり」に「深み」を感じるように背景には、南紀での在住経験があると思われます。つまり、その在住期間に日常的であった場所に、古墳など大昔の遺構がありますと、次第に、そして自然と、それ(遺構)に付随する「深み」や、その背景についても興味を持つようになり、さらに、その次には、その興味に基づいて知った背景などを絡めて、その地域のことを語りたくなっていくのではないかと思われるのです。

これは、私の場合はそうであったと云えますが、こうした何と云いますか、自身の経験と、作中に描かれている様相が「あれ、この状況は**に似ているのでは・・?」と何らかのきっかけで不図、思い付くようなことが、意外と重要であると思われるのです。

また、南紀での在住経験からハナシを進めてきたことから追記しますと、こうした、いわば「自分の境遇との何らかの類似性」を認識することによって感情移入が可能となり、それは歌の歌詞などに対しても同様であり、それを契機として、その歌に対して「自然な感動」をおぼえることが出来るようになるのではないかと思われるのです・・。

これは南紀白浜在住時、退勤後、一人、夜の白良浜に出てみますと聞こえてくるのは波音ばかりであり、あとは海と星空と月と円月島が視界に入るといった状況にて、不図、童謡の「椰子の実」が思い出されて、そのメロディーを口笛でしばし吹いてみますと、その歌詞も思い出され「ああ、これは現在の私のことかもしれないな・・。」と思い、そして、ある種の感傷に浸るといったことがありましたが、おそらく、それ以前には、自分の境遇との類似性から、ある特定の歌に共感をおぼえるといったことはなかったと思われますので、現在考えてみますと、あれはあれでエポック・メイキングであったように思われるのです・・。

また、そうした視座は、歌詞と同様、小説、あるいは論文などに対しても有効であると思われ、あるいは、こうしたいわば情緒的とも云える要素とは、論理的に記述された文章を読み解く際においても重要であるのではないかと思われ、そして、それが昨日の投稿記事、および当記事冒頭にて述べました「「文学」の持つ意味あいや価値」の一面であるようにも思われるのですが、さて如何でしょうか?

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。





2021年11月24日水曜日

20211123 経験を文章化することにより、それを対自的なものとする意味・・

一昨日の投稿記事にて「ブログ記事作成時の緊張感の減衰」と述べましたが、それでも現在に至るまでの6.5年程度、1週間程度の空白期間をも、あまり設けずに継続し、また、これまで10日のうち7日程度は、新規にブログ記事を投稿してきましたので、ここに至り多少意欲が減衰しても、いずれまた、意気軒昂とまでは行かなくとも、復旧することは出来るのではないかと、これまでの自身の経験は語ります。そこから、大事であるのは、何であれ「ともかく続けること」であるように思われます。

「続ける」と云いますと、あまり難しいことではないようにも思われ、実際、日中に仕事であれ、何らかの活動をしていますと、そのさ中に、ブログ記事の題材となりそうなことが、あたかも泡のように湧いてくることが度々あるのですが、それが、いざ記事作成に取り掛かる段になりますと、あたかも「逃げ水」のように消えてなくなっていることが多いのです・・(苦笑)。

これに関しては、以前にも言及し、またその後、どうにか、日中に着想を得た題材でのブログ記事作成をおぼえ、さらに、それを習慣化することも出来ましたが、それが2016年後半から2018年にかけてでした。この時期に作成した記事を読み返してみますと、その多くは、前述のとおり、日中での出来事を「題材のもと」としていることが思い出されますが、現在となっては、この記事作成に関する自分の機能、能力が退化してしまったようにも感じられます。

それ故、以前にメモランダムを持ち歩くことなども検討していましたが、しかし、それは習慣化し、定着したとは云えないのが現状と云えます・・。

他方で、人はその置かれた環境に満足してしまうと、ブログ記事の作成なども含む表現や発信の行為をしなくなる傾向があると聞き及びますので、このあたりにつきましては、より倍率を低く観察し、大雑把に、記事作成の継続をどこかで心掛けていれば、好調・不調はあるものの、まさに「自然に」どうにか継続することが出来るのではないかと思われるのです・・。

もとより、私は当ブログ記事の作成により、金銭などの報酬を受けておらず、ただ、自分の能動性に基づいて作成していますので、このあたりは「自然に」で良いのではないかと思われます・・。また、その割には、相対的に続いている方ではないかと思われます。

しかしまた、こうしたことにも満足を示し始めるようになりますと、さきの伝の如く、記事作成をしなくなり、まさに、元も子もなくなりますので、日常のなかで、記事作成の肥やしとなる読書などを含めた、さまざまな新たな経験を積み重ねてゆく「意味」があるように思われるのです・・。

また、ここまで書いていて思い出されたのは、2015年の当ブログを開始する以前の「読むこと」のみに重点を置き、自らで公表を前提とする文章を作成せずにいた頃のことであり、この時期は何故であるか、とても辛かったです・・。

それは、30代の終わり頃であり、あるいは私にとっては、インプットばかりをすることが出来た最後の時期であったのかもしれません・・。またおそらく、あのまま、何らかの表現や発信行為を初めていなかったならば、現在よりもかなり酷いことになっていたものと思われます。

そこからも、その時期の私にブログ記事の作成を勧めてくださった方々のある種の慧眼には未だ驚きを禁じ得ないと共に感謝もしていますが・・。とはいえ、そうした経緯にて始めた当ブログが、6年以上継続することに関してまでは、予測されていなかったのではないかとも思われます・・(笑)。

また、これまでどうにか続けることが出来た背景には、これまでの読書と同様、あるいはそれ以上に「いくつかの地域にて居住してきた経験」があると云えます、いや、より精確には地域在住の経験に読書の経験が化合したものこそが、当ブログの継続の根底にあると云えます。

私見としては、このことは重要であり、また、それぞれの在住当初の頃を想起してみますと、そこでの経験を文章化することにより「対自的」なものとすることは稀であり、そうした意味から、文章を読む読書と云う行為により、実際の経験を文字によって文章のように解釈し、そこからさらに、文章にて再構成するという習慣の基礎のようなものが醸成されたのではないかと思われるのですが、あるいは、そういったところに「文学」の持つ意味あいや価値のようなものがあるのではないかとも思われるのです。

そして、これもまた、私の経験に即しているのですが、その具体的な内容につきましては、また別の機会にブログ記事として作成しようと思います。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部

一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: clinic@tsuruki.org

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。