2016年6月22日水曜日

20160622 コンラッド著「闇の奥」とM2病・・

昨日のブログ記事において「コンラッドの小説」から抜粋引用しましたが、私がコンラッドの著作をはじめて読んだの和歌山在住の頃でした。

当時住んでいた場所の近くに24時間営業の大型商業施設があり、その中に入っている書店は時間に関係なく本を探せ、読めるため、重宝し、よく出入りしておりました。

そうした時、岩波文庫の書棚にて立ち読みしている際、偶然手に取ったのがコンラッド著の「闇の奥」でした。

その後、他のコンラッドの著作に大分ハマったようで、長編を含む数作品を比較的短期間で読んだ記憶があります。

しかし、そうであっても、やはり最初に読んだ「闇の奥」に一番感銘を受け、また、この著作がフランシス・フォード・コッポラ監督作品の「地獄の黙示録」(1979)の原作、ベースであることを知り、何度かこの作品を観返したりもしました・・。

ちなみに当時の私が取り組んでいたテーマは紀州、和歌山で行われていた雨乞い祭祀についてであり、その包括的な理解、把握のための方法論の一環としてフレーザーの「金枝篇」などにも手を伸ばしておりました。

現在考えてみますと、こうしたことは、扱う題材が我が国古来の民俗、風習であるのに対し、その用いる方法、依拠する書籍が(自然と)欧米的であったことに気が付かされます・・。

しかし、こうした題材(我が国古来の民俗、風習)を社会科学分野の研究としての体裁を整えるためには、そうした方法が(明治以来現在に至るまで)最も適切であるのかもしれません・・。

また、こうしたことは理系学問分野においては概ね当然のことであるのでしょうが、人文社会科学系の我が国の事物を扱う研究の場合、おかしな感じを受けなくもないと思います・・。

ともあれ、当時はそうしたことを殆ど考えず、単に自身の取り組んでいる対象の理解、把握に対し(大いに)効果的であると考え、それら著作に対し(自分なりに)「内容」を見出していたのではないだろうかとも思います・・(内容とは何でしょう・・?)。

また、そうはいうものの、あの時期に「闇の奥」に出会ったことは、なかなか不思議で面白く、その後しばらくの間、周囲の方々にこの著作のことを吹聴して回っていたような気がします・・(苦笑)。

さらに面白いことは、この著作(「闇の奥」)を原作、ベースとした、さきに挙げた映画「地獄の黙示録」内で登場人物の一人(カーツ大佐)が手に持っていた書籍が「金枝篇」であったことです・・。

もちろん当時の私はこうしたことを知らず、単に参考文献の一つとして「金枝篇」を読んでいたのですが、これを知った時はかなり不思議に思いました・・。

もちろん当時の私はさきと同様、このことを周囲の方々に吹聴して回ったことはいうまでもありません・・(苦笑)。

そして、こうした一連の現象(偶然による類似性の発見およびその吹聴)をも含みM2病と呼ぶのではないかと思います(笑)。

・・意外と、こうした経験が大事であるのかもしれません・・。

こうしたことは、私の経験から理系学問分野においても同様に生じていると思いますが、今もって理解できないのは、その作用機序、メカニズムです・・。

とはいえ、その作用機序、メカニズムは置いておいても、そうした現象が各地で同時多発的に生じたり、それらの相互作用などが為されることにより、様々な学問研究とは進化発展し、また同時に学問的潮流なども生じるのではなかろうかと思いますが、これを読んだ皆様は如何お考えになるでしょうか?

また、そうしたことと関連があるかどうかわかりませんが、私は時折手紙を書く際に、この著作(「闇の奥」)から時宜に適い且つ印象的であると思った部分を抜粋引用を行うことがありますが、この記事の場合においては以下のものが(もしかしたら)適切ではないかと思いますが如何でしょうか?

「・・No, it is impossible; it is impossible to convey the life-sensation of any given epoch of one’s existence-that which makes its truth, its meaning-its subtle and penetrating essence.

It is impossible. We live, as we dream-alone…」

「Heart of Darkness」 Collins Classic Joseph・Conrad  p.32



「・・そう,それは無理だよ.自分の存在の忘れ難い一時点で覚えた生の感覚というものを,他人に伝えるのは不可能なんだよ.その感覚こそが人生の真実,その意味―その微妙で深く浸透する本質なのだが.無理だな.ちょうど夢を見るのと同じように,僕らは生きているんだ―ただひとりぼっちでね・・」



「闇の奥」三交社 藤永茂訳 pp.74-75

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
さる熊本での大地震により被災された地域の諸インフラの早期の復旧そして復興を祈念します。」








2016年6月21日火曜日

照屋佳男著「コンラッドの小説」早稲田大学出版部刊 pp.26‐28より抜粋  20160621

昨日記した記事「納豆、照葉樹林文化・・銅鐸?」とは最近記した記事の中では珍しく、出だしから閲覧者数がそこそこ伸びました・・。

なぜこの記事が最近書かれた記事の中で比較的多くの閲覧者数を得られたのかは未だ不明ではありますが、単に、それら記事の中では比較的面白かったということになるのでしょうか・・?

これまでに300程度の記事を作成してはきましたが、正直なところ「これはウケるぞ・・。」と確信をもって作成した記事はただの一つもありません・・(苦笑)。

実際にそういった記事が一つでもあれば、それはそれで面白いかもしれませんが・・。
しかし、そうはいっても、あまりウケを狙い過ぎるのも、後々のことを考えてみますと、あまり良くないのではないかとも考えさせられます・・。

また、こうした考えとは、一連のブログ記事作成をはじめた当初よりボンヤリとは持っておりました。
しかし、それ以上に閲覧者の方々からの閲覧記事の傾向などを見て「何となく気づかされた」部分がより大きいのではないかと思います・・。
もとより私はあまりこうした特に思想、信条、(歴史的)事実の認識にかかわるような、そしてブログ記事のような公開を前提にするような文章を書く上でのバランス感覚に長けている方ではなく、むしろ反対であると考えておりますが、上に記したような反応を見ておりますと、そうしたことを、まさに「何とくなく気づかされた」といった感じがあります・・。
このような感覚もなかなか不思議で面白いものであると思います・・(笑)。
(どのようにしてそうした感性が精神内部に生じるのであろうか・・? そのメカニズムとは?)
そういえば、少し前に投稿記事数が300に到達しましたが、その後、現在においても未だ「新しい視野、視点」などは開けてきません・・(苦笑)。
ブログ記事の作成などとは一般的にこういったものなのでしょうか?
しかしながら、以前から繰り返すようではありますが、一応ここまで記事作成を継続することが出来た主要な原因とは、閲覧者の方々からの様々な面白い反応であったとはいうことが出来ます。
それ故、これは決して私一人の手によって為されているのではなく、閲覧してくださっている方々の合計としては甚大なるご協力により、どうにか継続することが出来ているといって良いです。

さて、ここまで書いていて不図思い起こした文章があるので以下に抜粋引用します。」


「照屋佳男著 「コンラッドの小説」早稲田大学出版部刊
pp.26-28より抜粋」

「「ナーシサス号の黒人」には有名な序文が付せられてゐる。一見難解なこの序文の中心には伝統の問題が据ゑられている、尤もコンラッドは伝統という語をただの一度も使ってはゐないが。

「彼(芸術家=小説家)の訴へは(思想家や科学者のやうに)声高にはなされないが、より深い所に達する。(思想家や科学者のやうに)明晰ではないが、より深く人の心を動かす―さうしてそれはじきに忘れられる。
それでもその影響はいつまでも残るのである」。

コンラッドに言はせると、芸術家は使ひ捨ての利くやうな思想や事実や理論を相手にしてゐるのではない、「芸術家が訴への対象にしてゐるのは、知恵に依存しない我々の存在のあの部分、即ち我々内部の、習得された部分ではなくて天与の部分である」。

これは格別新しい文学論ではない、寧ろ陳腐とさへ評したくなるやうな文学論なのだが、ただ「知恵」(wisdom)といふ語の使い方は、そのやうな陳腐さを消し去る程の重みを有してゐる。

右の一句には過去の力、伝統や思ひ出の力を無視して、「知恵」を獲得したつもりになってゐる世の「賢者」への痛烈な批判が感じ取られるのである。

「我々内部に宿る生きとし生けるものに対する連帯の感情―無数の孤独な魂を結合する微妙にして堅固な確然とした連帯の感情、夢、喜び、渇望、幻想、希望そして恐怖を通じての連帯の感情、人間を相互に結び合せ、全人類を結合する連帯の感情―死者を生者に、生者を未生の者に結び合せる連帯の感情」とコンラッドは言ふ。

「連帯」(solidarity)といふ語が「知恵」に対置されてゐると我々は理解することが出来るが、列挙されてゐるさまざまな「連帯」の性質の中で際立って読者の注意を引くのは「死者を生者に、生者を未生の者に結び合せる」といふ性質であらう。

死者と生者と未生の者との結合という観念を通じて、コンラッドは「連帯」に伝統を含意させてゐる、すると「賢者」の振り翳す思想や事実や理論に伝統が対置されてゐる事になる。

芸術家にとって重要なのは知恵ではない、伝統の意識である、とコンラッドは言ひたいのだ。

しかし伝統の意識の獲得が途方もなく大きな労力を要する事をコンラッドは承知してゐる。

第一、伝統は、船乗りにとっても作家にとっても、仕事への献身を通じてしか感得され得ない。

仕事への献身といふ一事は船乗りから作家への移り行きを可能にした当のものであった、小説家としての仕事への献身を、コンラッドは「形式と美質の完璧な融合をめざして脇目もふらぬ献身」といふ風に表現し、かう述べる、「さういふ創作上の課題を成し遂げようと誠実に努力すること、力の及ぶ限りこの道をどこまでも辿らうと努力する事、躓いても、疲れても、非難されてもひるまずにこの道を辿らうと努力する事、これだけが芸術家の存在を正当化し、それに確実な根拠を与へるのである」


このような不撓不屈の専心的な努力を通じて伝統が生き生きと感得される時、芸術家は思ひ出の力を借りて経験に輪郭を与へ得るやうになる。

「思い出の力を借りて」と言ったのは、伝統は一面から言ふと、思い出の集積、或は上手に思ひ出された過去の集積に他ならないからである。

そして作品において明瞭な輪郭を与へられた経験とは、「仮借なき時間の奔流」から掴み取られた、或は救ひ出された「過ぎ去り行く生の局面」「生の断片」に他ならない。別言すると、それはさういふ「局面」や「断片」の「震動、色彩、形式」或は「説得力ある一瞬一瞬の核に存する緊張と情熱を明示する事に他ならない。

「コンラッドの小説」

照屋佳男

ISBN-10: 4657909312
ISBN-13: 978-4657909312

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

大雨が降った九州の皆様の御無事および、さきの大地震にて被災された熊本県地域での被害がなく、今後の復旧、復興が速やかに為されることを祈念します。





20160620 納豆、照葉樹林文化・・銅鐸?

週のはじめではありますが、本日も帰宅が遅く、日をまたいだ今現在より記事を作成することになりました・・。

さて、先日記した紀州、和歌山名物の「なれずし」についてですが、かつて食品の冷凍、冷蔵技術が飛躍的に発展する以前の時代においては、こうした発酵食品が一般的なものであり、また東部日本に比べ温暖湿潤な気候風土である西日本においては、より一層その傾向が強かったのではないかと思われます。

現在、納豆といえば関東(特に水戸)などが著名ではありますが、おそらく、かつてのそうした時代(冷凍、冷蔵技術の進化以前)においては、納豆もさきの「なれずし」同様、西日本においても一般的な食品であったと考えるの自然です。

奈良、平安時代における朝廷での宴会の献立、あるいは各地方から朝貢される食品の記録などを見ますと、そこには様々な発酵食品が見受けられることから、納豆も名称こそ現在と異なるかもしれませんが、それらの中に入っていたものと考えられます・・。
(未だに納豆の語源が納得できません・・(笑)。

では、何故現在の紀州、和歌山を含む関西、近畿地方とは、納豆文化が東日本に比べ人気がなく、また一般的ではないのだろうか?(まあ、あくまでも一般論ですが・・)と考えてみますと、そこにはあまり明確な原因、理由が見受けられず、ただ単に「住民達の食文化、食品に対する嗜好が変化したのではなかろうか?」ぐらいとしかいえません・・。

また、それと関連して中尾佐助が述べた東アジア南部を中心に広がる「照葉樹林文化論」の生活文化の中には、納豆を含む発酵食品の製造、嗜好が挙げられております。

御存じではあるかと思いますが、納豆とは日本特有の食品ではありません・・。

ともあれ、我が国の場合、全体的な植生において西日本(大体フォッサ・マグナ以西)の方が常緑性照葉樹が優勢であり、まあ、こうした植生となる気候風土の地域において、そうした生活文化が自然に発生し、それが営まれた易かったのではないかと考えられます・・。

また、それと関連して、大陸における銅鐸と類似した要素を持つとされる精銅の祭器とは、現在の中国南部、東南アジア北部といった、さきの照葉樹林文化圏において、時代は多少異なるものの見受けられ、その埋納の仕方などに類似点があることが指摘されております。

こうしたことも我が国の歴史、文化を考えてみる上でなかなか面白いのではないかと思います。

本日は何故か、こうした話が思い浮かびました・・。

また、それと多少関連するかもしれませんが、先日も少し書きましたが、ある書籍で地名に関しての大変面白い記述を見つけましたので、近日中にその部分を抜粋引用しようと思います。

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

さる九州、熊本での大地震にて被災された地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。」


2016年6月19日日曜日

20160619 紀州鉈およびなれずしについて・・

おかげさまで昨日もブログの閲覧者数が1000人に到達しました。ここ最近は時折、突発的にではありますが、こうしたことがありますので、全体的に見れば最近の閲覧者数増加の割合とは上昇しているのではないかと思います・・。

今後も記事を作成、投稿し続けようと考えておりますので、
どうぞよろしくお願いします。

さて、本日の首都圏は昨日に比べ気温もあまり上がらず、曇っておりそのためか日差しは強くなく、夕刻には少し雨も降りました。
丁度その頃、神田神保町におり、書店の屋外にある本棚を店員さんが急いで店内に戻すのをいくつか見かけました。

本日もまた面白そうな書籍を数冊見つけましたが、購入には及ばず、書籍名、著者をメモするに留めました。

そのうちの一冊は社会学者ゲオルグ・ジンメルの著作でしたが、この方はたしか以前、対話形式のブログ記事にて出てきましたが、思い返してみますと、さらに以前、和歌山在住の頃、お世話になった先生からの御依頼で書いた記事にも、この方の文章を抜粋引用しておりました・・。

この記事のデータも現在は手元になく、大変残念ではあるのですが、その内容は紀州、和歌山にて多く見られる林業用の鉈(なた)について述べたものでした。

この鉈とは一般的に紀州鉈と呼ばれるものであり、紀州、和歌山地域一帯においては一般的な形状である(とされる)のですが、他地域出身の私からしますと、そうした地域にて日常的に用いられている道具の形状が大変新鮮に見え興味を憶えた次第です・・。

また、その他のこうしたものとして、食文化に属するものではありますが「なれずし」がそうしたものであると思われます。

この「なれずし」とは米飯を乳酸発酵させた往時の保存食品の一種であるのですが、これは現在の寿司(江戸前寿司)の祖型(少なくともその一つ)であり、現在の寿司が酢飯をシャリに用いるのは、この「なれずし」文化の流れ、あるいはその省略化、簡略化とも見做すことができます。

ちなみに紀州、和歌山においては「なれずし」と共に「なれずし」よりも後代に考案された「はやずし」と呼ばれるものがあり、これが酢飯を用いた棒寿司であり、現在ではこちらの方が一般的になっております(この「はやずし」とはかなり美味しいと思います。)。

また、和歌山ラーメン(中華そば)の多くの店にて供されている「はやずし」(以前ブログにも記しました。)とは、これを概ね一口大にしたものを葉っぱにて包んだものです。
これは形状としては奈良県名産の「柿の葉寿司」よりも若干大きく、また多少丸みを帯び、さらに酢漬けの生姜の切片が具(大抵はサバ)とシャリの間に入っていることが多いです。
そして、これと一緒に和歌山ラーメン(中華そば)を食するのが、こちらの一般的なスタイルです。

それはさておき、さきの「なれずし」とは(気温、湿度の下降に伴い)発酵が急速に進まなくなる9月以降に供されることが多いのですが、これを収穫の祭りの際に濁り酒(どぶろく)と共に飲食することが中紀北部の湯浅、有田周辺においてよく見受けられる伝統的な食文化とのことでした。

そして、この「なれずし」とは大変興味深い食品であり、且つ食べる人を選ぶと思います(においが独特ですが慣れると病みつきになるといいます。まあ西欧のある種のチーズと似たような感じがしますが・・)が、発酵食品が様々なコンテンツにおいて取り上げられることが多い昨今、興味を持たれた皆様、一度試みては如何でしょうか・・?

南海電鉄の和歌山市駅近くに昔からの有名なお店があり、さきに記した「なれずし」、「はやずし」のコトもその大半は、このお店の御主人から伺ったことです・・(笑)。

ちなみにこのお店の「はやずし」はかなり美味しいと思います。和歌山市に行かれる機会がある方は是非双方(「なれずし」、「はやずし」)試されることをおススメいたします(笑)。
さらに、こうしたことをもう少し知りたい、興味を持たれた方々には以下の書籍をおススメいたします。

「すしの本」(岩波現代文庫)






  • ISBN-10: 4006030703
  • ISBN-13: 978-4006030704



  • ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
    おかげさまで昨日閲覧してくださった方々が90000人に到達しました。

    さる四月の九州、熊本での大地震にて被災された地域の諸インフラの復旧、それに続く復興を祈念しております。」














    2016年6月18日土曜日

    20160618 閲覧者数90000人到達

    A「昨日作成したブログ記事とは書きながら途中何度か強い眠気に襲われました・・。
    これまでこうした状態にてブログ記事を書いたことはありませんが、こうした状態で書かれた記事も今後、何かしらの具体例にはなるのではないかと思い、多少の加筆訂正は行いますが、削除はしないと思います・・(笑)。

    さて、本日首都圏は夏日となり、日中の外出の際は多少暑く感じられました。
    私はこうした暑いと感じられる季節になってきますと和歌山、九州でのことが思い起こされます。

    現在私は(再び)首都圏にて生活しており、朝の通勤電車や都会の雑踏にも(再び)慣れてきましたが、それと同時にかつて首都圏に暮らした折に持っていた大都市、首都東京の様々な流行的事物、文化に対する興味、関心はかなり薄れたのではないかと思います。

    これは年齢の為なのであろうか?あるいはその他の要因によるものであろうか・・?

    とはいえ、いくつかの学問分野に関しては時期、季節などにより多少の変動はあるものの、相変わらずともいっていい興味を持っていることを自覚しております。
    本日も神保町の書店街を徘徊し、いくつか面白そうな本を見つけました・・(笑)。

    また、それと関連して以前、紀州、和歌山における古墳の造営様式について記したブログ記事と関連があるのではないかと考えさせられる記述を見つけましたので、今後機会がありましたら、また抜粋引用してみようと考えております・・。
    こうしたことに興味がある方々には是非読んで頂きたく思います(笑)。

    ともあれ、こうした自身が以前に考えた、記したことに関連がありそうな書籍などの記述を見つけますと、何となくワクワクしてくることは昔からあまり変わりはないようです・・(笑)。
    また、こうした感覚がなければ学問、研究とは、どちらかというと苦行的色彩が強くなってゆき、持続可能性を持つには至らないことが多いのではないかと思いますが如何でしょうか?

    また、当然といえば当然なのですが、こうしたことは実験ありきの理系学問分野においても同様であり、実験が進捗するに伴い、自身の行っている実験に対する疑問が湧き、自然と関連論文を読んでみたり、試料の作製方法、実験方法なども追加的に検討、考察を行ってゆくようにもなるのではないでしょうか?

    ・・さて、ハナシは変わりますが、本日ブログの閲覧者数が90000人に到達しました。
    80000人に到達したのが今月はじめであったので、直近10000人の閲覧者の増加とは、なかなか速やかなものであったのではないかと思います。
    そして、これまで拙いもの(が)多い一連のブログ記事を興味を持って読んで頂いている皆様、どうもありがとうございます。

    次は、とりあえず閲覧者数が100000人あるいは記事数が365に到達するまで記事作成を継続しようと考えておりますので、今後とも、どうぞよろしくお願いします。

    お蔭さまで当初、多くの閲覧者数を企図しなかったこのブログも、とりあえず、ここまで来ることが出来ました・・。

    そして2カ月前の九州、熊本で発生した大地震により被災された地域における諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」













    20260617 三つの魂?

    A「本日は若干帰宅が遅くなり、また多少疲れていたため「今日はブログ記事作成を止めておこうかな・・?」と思いましたが、まあ、それでも何かしら書いておこうと思い、書きはじめた次第です・・。

    ・・とはいえ、どうしたわけか本日は書きたいこともあまり思い浮かびません・・(苦笑)。

    そういえば、昨年もそうでしたので、この季節(春と夏の間)とは、少なくとも私にとっては文章を書くのが辛い時期であるのかもしれません・・。

    それが何故であるかはわかりませんが、まあ大抵の人には何かしら季節による、このような傾向があるのではないかと思いますが如何でしょうか?

    そして、これまで半ば惰性、習慣的にブログ記事作成を継続してきたことにより、今年のこの季節は何かしら自身の文章を作成し続ける(乗り越える)ことができるのでしょうか(笑)?

    それはここ最近になり自覚した自身の傾向(この季節になると自身の文章が書き難くなる。)と、これまで習慣的に継続してきた自身の行動(ブログ記事の作成。)との内面での葛藤あるい決闘であるのかもしれません・・。

    そしてその勝敗、あるいは妥協の結末とは、これまた私自身が握り、支配しているのことなのです・・(笑)。

    とはいえ、同時にその結果とは、私自身も未だ知り得るものではなく、ただ、そうした事態をどうにか望ましい、良い方に持っていこうとする私の努力、決意の程度?により、どのような形であれ、今後、その結果が認識され得るものとなるのではなかろうかと思います・・。

    そして、そこまで書いて不図思い起こしたことは、かつて南方熊楠が記していた「人は三つの魂を持っている。」ということです。
    このことは、ここ最近ブログ記事作成を継続してきたことにより、以前よりも、自分なりにではありますが、その意味が分かってきたのではないかと思います・・。

    具体的には、これまでの独白形式を用いた一連の記事から示される著者(A)の性格と、現在の普通、日常生活における「A」自身の性格とは、一見分離、断絶したものであると見做されるかもしれないということです(まあ、そうしますと二つですが)・・。

    また、ブログ記事とはいえ、ある程度文章を作成し続けておりますと、その詳細なメカニズムとは分かりかねますが、自身の書きコトバを司る層とハナシ言葉を司る層が分離、断絶そしてその後、無意識化の末、混淆してゆくような現象があるのかもしれません・・(無意識を支配する「A」自身で合計三つ)。

    いや・・もしかすると、このようなことは自明、当たり前のことであるのかもしれませんが、どうでしょうか・・(笑)?

    とはいえ、こうしたことを前述の南方熊楠のコトバと結び付けようとする言及、指摘とは、私としては、はじめてであり、それにより、少なくとも当ブログ記事を作成した意味にはなったのではないかと思いましたが如何でしょうか・・?

    ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
    また、二カ月前の九州、熊本での大地震により被災された地域における諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」







    2016年6月16日木曜日

    20160616 コトバ、文字、神話について・・

    A「昨日投稿した記事は3年前の丁度今頃に記した手紙がPCデータより見つかりましたので、個人特定要素を除き、これを以って記事とさせていただきました・・。

    これは見方によっては手抜きではありますが、同時に「過去の自分に手助けをしてもらった」と考えますと、まあ、そこまで悪いことでもないと思います・・。

    また、過去の自分から手助けをしてもらうことがなければ、このブログをはじめ、我々が何かを為す上において、その多くが困難となってしまうのではないでしょうか?

    しかし、そうはいうものの、では「過去の自分とは一体どのようなことが出来、どのような性質、傾向を持っていたのだろうか?」と考えてみますと、それもまた明確に想起、定義することは困難ではなかろうかとも思います・・。

    そして、そのような時、過去に自身がノートに記した日記などを読んでみますと、それは当ブログ記事あるいは手紙のように他者に対し公表することを前提としておりませんので、文章としてはひどいものであることが多いのですが、同時に書いた本人からしますと、何と言いましょうか「過去の自分自身が迫ってくる」ような感覚があり、それが落ち込んでいたりした時に記されたものであれば、否応なく再度そういった感情、気分を想起いたり考えたりすることになるのです・・・。

    そのように考えてみますとコトバ、文字、文章とはつくづく面白いものであると思います・・。

    何故我々はいくつかの線を連ねた形象およびその連続から様々な感情、想念、思考などを惹起させることができるのでしょうか?
    こうしたことは自明のことではあるのですが、同時によく考えてみますと、とても深い何かがあるのではないかと思います・・。

    とはいえ、こうしたことは何も現代に生きる我々のみならず、それを当初発明した世界各地の古代の人びともまた、そうしたコトバ、文字、文章の不思議さに対し、より新鮮な神秘性、神性を感じていたのではないかとも思います・・。

    そして、彼等がコトバ、文字、文章から感じた神秘性、神性に枠組み、形式を与えたものが世界各地における神話の一つの大きな源流、起源であったのではないかと考えます。

    さて、ここまで記していて不図「コトバ、文字、文章が神話に枠組みを与えたのであるならば「神話」がその原型、起源ともいえる「歴史」などは、かつてのコトバ、文字、文章と同義に近い意味があり、それ故に、文(ふみ)と史(ふみ)は同じ読み方があるのかもしれないなどど思いました・・。

    私はこうしたことは素人ではありますが、何かしらの関連はあるのではないかと思います。

    また、我々日本の神話とは、研究者の指摘するところによると東北アジアから東南アジアにかけての地域のそれら(神話)を混淆したものが多く、その原因とは様々にいわれております。
    そして、こうしたことは我々が現在用いている日本語、漢字(ひらがなは漢字を崩したもの)とも、ある程度(正)比例しているのではないかと思われますが、どうなのでしょうか?

    ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
    二カ月前の九州、熊本の大地震で被災された地域の諸インフラの早期の復旧そして、それに続く復興を祈念しております。」