2016年4月27日水曜日

20160426 概論と各論・演繹と帰納そしてそれらの調和

A「先日必要に迫られ、かつて専攻した分野の用語辞典を引っ張り出しました。

そして、不図脳裏に浮かんだ、以前学んだものの、現在は意味が分からない、ある用語の意味を調べたところ、不思議なことに辞書引きの最中、その用語の意味が段々と思い出され、辞書引きを終えた時には、その項目を読む前にその大体の意味が思い出されておりました・・。

こうしたことは、不思議であるかもしれませんが、多くの方々もまた似たような経験をされているのではないでしょうか?

また、そこで大事であると思われることは「既にその用語をどこかで学んでいた」ということではないかと思います。

それがなければ、おそらく、その意味を辞書引きのさなかに想起することはなかったのではないかと思います。
また、同時に、かつて学んだことがなければ、それはたしかに「より」不思議、神秘的な出来事であったと思われます。
ただし、それは「思い出す」「想起する」とは、異質なものであるともいえます。

ともあれ、そのようなことから、一面において「学ぶ、研究する」とは、そういったもの、つまり、意識したことを無意識化することではないかと思いますが如何でしょうか?

そして、こうしたことは何も学問、勉強に止まらず、日常生活の様々なことがらについても同様にいえるのではないかと思います・・。

また、それに加え、昨今、その重要性が増していると思われる「専門知識」とは、そのような過程を経て学び、研究することにより得られた「知識の体系」であるのではないかと思われます。

その意味において、特に人体という人類において普遍性を有する分野を扱う医学分野における知識および知識体系とは、その典型であるのかもしれません・・。

また、一方において、歴史などといった古くからの文系学問における知識、知識体系とは、人体、医学などにおけるような普遍性を持つ要素が相対的に少ないため、典型的な専門知識として認識され難いのかもしれません・・(それが現今我が国における文系学問分野軽視の原因ともなっているのではないかと思われます)。

また、同時に、それらの学問(医学に代表されるような理系学問と古くからの文系学問)を教授、学ぶ上での方法論においても、そうした違いがあるようにも思われます。

つまり、理系学問分野における序論、概論よりはじまり各論に至り、適宜その反復を行うことにことにより、その学識を深めてゆくというような、いわば演繹的な方法・・。

その一方、文系学問分野において多く見られる各論ともいえる個別的な事柄の探求を通じ、その研究分野における概論、全体像を把握しようとするような、帰納的な方法といった違いに、何かしら関連性があるのではないかと思われます。

それらは、無論、双方共に重要ではあるのですが、それらの基本的な方法論の相違とは、ひいては、様々な事柄に対し得られる認識の相違そしてさらに、相互の無理解などにも至ることが多々あるのではないかと思いますが如何でしょうか?

そしてここまで書いていてウンベルト・エーコの「薔薇の名前」の作中人物のコトバ「全体性の中に個別性があり、また個別性の中に全体性があることこそ、世界の調和が示されるのである。」といったことを想起しましたが、これもまた、何かしら上記のことに関連があるのではないかと思いましたが、如何でしょうか?」

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
また、熊本の地震で被災された地域の皆様の暮らしが早期に復旧、復興されることを祈念しております。

2016年4月25日月曜日

20160425 最近小説、物語などについて思ったコト

このたびの熊本、九州の地震にて被災された地域の方々が早期に平穏な暮らしに戻られることを祈念しております。

A「現在読み進めている野上弥栄子著「迷路」とは、昨年12月1日に投稿した私のブログ記事において、はじめてその名前が出ました。

その後、実際この著作を購入し、読み始めるまで4カ月程度の時間差がありましたが、大変面白いことに、閲覧されたブログ記事を見ておりますと、それに気が付いておられる方(方々)もいらっしゃったようです・・・。

このような発見をしますと「よく読んでいただいていて光栄です。」と思うと同時に「ウカツなことを書けないな・・。」といった多少コワいような感じをも受けます・・(苦笑)。

とはいえ、それが誰であるかはわかりませんが、そうした反応により私はブログ記事の作成を継続していることができております。
どうもありがとうございます。
お蔭さまです。

また、昨今の記事投稿により300記事に手が届きそうな状況にもなってきました。

最近は帰宅が若干遅くなることも間々あるため、ブログ記事の作成、投稿をかなり面倒に思うこともあり、そして本日もまたそうした状況であったのですが、上記の発見をしたことにより、また何かしら記事を書くことに決め、ここに書いている次第です・・。

現在読んでいる上記著作下巻は100頁近くまで読み進みましたが、繰り返すようではありますが、大変面白く、また現在の我が国の状況において読んでみると、さらにその面白さが増すように思います。

その一方、現今様々な小説が多く新刊、刊行されております。

そしてまた、私の知らない著作もかなり多くあると思いますので、断言することは出来かねますが、おそらく小説、物語に関しては過去、昔に記されたものの方が端的、単純に面白いのが多いのではないかと思います。

それに加え、少なくともひと昔前までの著述家とは、自身の作品に対し、あまり「これこそ自身の最高傑作だ!」ということは、あまり書かない、言わなかったのではないかと思います・・。

そして、著者にそこまで言わしめた原因とは一体何であるかと考えてみるのもまた、現在の我が国あるいは世界規模での何かしらの傾向、特徴なりを考える上において少しは参考になるのではないかとも思います・・。

さらに、その「最高傑作」とされる小説と対比される海外の小説としてジョージ・オーウェルの「動物農場」、「1984」が挙げられていることに対し、私は「それはいくらなんでも違うのではなかろうか?」と考えさせられます。

そして、その主要な原因とは、まさしく、その著者が「これこそ自身の最高傑作である!」と様々な意味においていえるということに象徴されるのではないかと思います。

おそらくジョージ・オーウェルの「動物農場」、「1984」を記す際のスタンスとは、どちらかといえば「止むに止まれず」といったものではなかったのではないかと考えさせられます(少なくとも自身の最高傑作であるというような陽性なスタンスは取れないのでは・・)。

また、たしか太平洋戦争中の日本軍戦闘機をめぐり意見の対立が見られた相手側である日本アニメの雄がジョージ・オーウェルの「動物農場」を過去にアニメ化していることもまた何だか面白く思われます・・。

とはいえ、少なくとも、一口に警世的な含みを持つ著作とはいっても、その「警世」なるものというのも、様々な種類、ニュアンスがあるということはいえるのかもしれません・・。

また、どのような小説、物語が、どのように受容されるかにおいてもまた、一国あるいは地域の情報リテラシー、文化水準、民度などとはある程度理解されるのではないかとも思われますが如何でしょうか?」

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

2016年4月24日日曜日

20160424 薩摩武士について

先日神保町で比較的程度の良い野上弥栄子著「迷路」下巻を見つけましたので、購入しました。

これは今現在あまり読んでいませんが(50頁程度)それでも今後の展開が楽しみです・・。

また、それに加え同日、以前専攻していた分野の書籍、ノート等を探していた際に橋川文三著の「西郷隆盛紀行」を見つけました・・。

書籍の整理などをしている際によくあることですが、そこでしばらく読んでしまいました・・(笑)。

この書籍においては著者と島尾敏雄との対談が大変面白く、ここでも著作内文章を抜粋引用したい誘惑にかられましたが、止めておきました・・。

もし、西郷隆盛に興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、この著作には示唆するものが少なからずあるのではないかと思います。

また、それに加え、この時、鹿児島出身の作家である海音寺潮五郎の著作「田原坂」(短編集)を大分前に読んだことを思い出しました。

これは西南戦争を実際の父祖の体験したコトとしている同著者が記したものであることから、当時の鹿児島(薩摩)の風土が強く伝わってくるように思います。

そうした風土の一つとして、当時19世紀後半における薩摩の武士社会とは、おそらく、たとえば東海、関東などにおけるそれとは、随分異なっていたのではないかと考えさせられます・・。

また、そのようなことから、現在においては同じ武士、侍などといった名称が様々な宣伝文句などにて用いられておりますが、その実態とは、地域あるいは当時の藩などによって、随分異なっていたのではないかと思います・・。
以上のような見地に立つ場合、もう少し厳密な定義が必要ではないかと思うことがあります・・(笑)。

つまり、ほぼ絶滅してしまった過去のもの(アメリカ合衆国におけるネィティブ・アメリカンのように・・・そういえば、入植者である白人が、滅ぼしたネィティブ・アメリカンの文化を自家嚢中のものの様に扱うことは、なかなか興味深い現象です・・。)ではありますが、その対象たる「武士、侍」とは、日本国内諸地域において、その認識される内容に、かなりのバラツキがあった(ある)のではないかと思います・・。

私見とはなりますが16世紀の九州内での争乱、関ケ原の合戦から幕末、西南戦争において勇猛さを誇った薩摩武士とは、かなり大雑把にいいますと、辺境であったがゆえに、鎌倉期に流入した関東武士、鎌倉御家人的な要素が強く残存し、それに加え、古来より勇猛で名高い在来の隼人文化が混交したものであり、同時にそれぞれ(鎌倉御家人、隼人)のオリジナルに近い姿を留めたものではないかと考えさせられます・・。

そして、それは我が国の江戸期に代表されるような武士(文治的な施政者)とは大きく異なるものの、同時にそれは始原に近い武士の姿をより多く留めたものであったのではないかと考えさせられます・・。

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

2016年4月23日土曜日

20160423 和歌山の中華そばから考えたコト

今回の熊本、大分の地震で被災された地域における様々なインフラの早期の復旧を望み、また同時に被災された皆様に対し、十分な医療が為されることを願っております。

A「先日久しぶりに夢を見ました。
見た夢の内容とは、在和歌山時代によく通っていた「中華そば」のお店で数人と食事をしている夢でした・・(笑)。

この時期に何故、こうような内容の夢を見たということの解釈はなかなか難しいですが、それでも私にとって和歌山の「中華そば」とは、夢にまで出てくる程の価値を持っているということは事実であると認めます・・。

在和歌山時代は週末の夕刻、夜半などによく、連れ立って「中華そば」を食べにいっていた記憶があります。

多くの和歌山の「中華そば」のお店には、さばの「早すし」がテーブル上に積まれており、それと一緒に「中華そば」を食べるというのが、当地の慣習であり、私個人としては、この慣習とは、一つの優れた「地域における食文化」であると、疑いの余地なく信じております。

しかし、それを首都圏などで「これはいい!」と思い、同じことをしようとすると、それは「どうも違うのでは・・?」と思ってしまいます。

それは、その土地に根差した「中華そば」であるからこそ、この食文化(中華そばと早すしを一緒に食べること)が優れたものとして認識されるのではないかと私は思うのです・・。

また、それと同時に、局地的、地域性が強いものがあまり良いものでなく、全国的、普遍的な価値を持つものばかりが良いものであるという認識、見解もまた「どうも違うのでは・・?」と思ってしまいます。

現在、様々な理由から、自身が生まれ育った都道府県、地域から出たがらないような傾向が社会において強くなってきたように思われます。

首都圏、東京のものが何でも最先端(日本の中で)であり、それに伴い、殆ど無意識ながらも地方由来の文物を軽く見る傾向とは、何だか我が国が古来より諸外国と応対する時の基本的な姿勢とよく似ているのではないかと思うことがあります・・(苦笑)。

その昔、大和朝廷において、国内辺縁地域の出身力士による相撲を神事として行っており、また、周辺諸国からの定期的な贈り物に対し、鷹揚に構えているように見え(せ)ながらも、それらに対し相当の興味、好奇心を持っていたものと思われます。

こうしたことは、後の江戸時代の南方辺縁に位置する藩においても類似、同様のことがいえ、その藩からさらに南方に位置する島々を実質的に服属させ、その文化、習俗をことさらに自藩に属する異国、異文化由来(風)のものとして、当時のヘゲモンである幕閣に示しておりました。

そして、そういったこととは、現在の我が国におけるハーフ、外国人タレントに対する認識、扱いなどと、その基層部において何かしら類似、共通する要素があるのではないかと思われます・・。

とはいえ、こうした文化と同時に、国粋的な傾向を持つ文化も併存しており、それらが時代毎の権力者達の持つ背景文化に対し、何かしら少なからぬ影響を与えていた(る)のではないかと思いますが、如何でしょうか?

そして、そうした傾向の淵源とは一体どのようなものなのでしょうか?

また、それは我が国においてのみ特有なものなのでしょうか?」

ここまで興味を持って読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。


2016年4月21日木曜日

20160421 野上彌生子とglobeのヴォーカリストおよびウスキについて

A「先日来より読んでいる「迷路」の著者である野上彌生子とは大分県の臼杵市御出身であることは以前ブログ記事にて記しました。

そして最近、大分前から私がよく聴いていたglobeの女性ヴォーカリストが同じく大分県臼杵市出身であることを知りました。

また、この御二方は遠縁にあたるかもしれないとのことで、これもまた「何たる偶然!」です(笑)。
ちなみに私が大分県臼杵市に立ち寄ったのは2009年夏であり、鹿児島在住時のことです。

この時、所用により近くまで行ったため、当時親戚が住んでいた愛媛県松山市を訪ね、数日間滞在し、帰路は松山から八幡浜までJR予讃線で行き、そこからフェリーにて豊後水道、豊予海峡を渡り、臼杵港に着き、そこからJR日豊本線にて当時在住んでいた場所の最寄り駅である宇宿(うすき)に帰着しました。

また、奄美大島には「宇宿」と書いて「うしゅく」と読む貝塚で有名な場所がありますが、元々は「うすき」も「うしゅく」も同じような音あるいは意味として認識されていたのかもしれません・・。
そして、このことはたしか金関丈夫氏の著作内において、取り扱われたものがあったのではないかと思います。
その著作中において「特に「しゅく・すき」とは、元来南洋由来の航海民、海洋民族のコトバであったのではないか?」と記されていたと記憶しております。
たしかに、それらの地名の場所は共通して沿岸部(かつてのを含む)に位置します。

また、これは関係ありませんが、私が前出globeの曲をもっともよく聴いていたのは、南紀在住の頃でした・・。

この当時は、毎日の暮らしの中で、現在考えてみるとぜいたく過ぎるほどにキレイな海の景色を眺めていたと思います・・。

そう書いていますと「おそらく昔の人々は白良浜の延長上にある権現崎そしてその近くに浮かぶ円月島といった一連の景観に何かしら神秘的なものを感じていたのではないだろうか?」と考えさせられます。

そして、そうであるからこそ、権現崎に熊野三所権現、火雨塚古墳などが造営されたのではないかと思います。」

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

20160420 都市と地方について考えたコト

地震で被災した熊本、九州にて、今度は大雨が降るという天気予報が出たといいます・・。

辛い状況ではあるとは思いますが、被災された地域の方々が出来るだけ早期に安心して過ごすことが出来るようになることを願っています。

このようなことを軽々しく書くことは、失礼であるのかもしれませんが、九州にて数年過ごしたことのある私としては、現実的に、自身が現地に行き、何かしらお手伝いできないこの状況においては、こうしたことを書くこと以外出来ませんし、また、そうした状況を歯がゆく感じます・・。

さて、首都圏にて暮らしておりますと、観光、旅行などで国内地方に行き、そこの魅力を味わうといった趣向、傾向(ばかり)が大変強いように思いますが、実際に、それら観光、旅行などで取り上げられている地方に住み、生活したことがある私から見ますと、どうもそれは違うような感じを受けます・・。

一方、そうした地方に住まわれている方々からすれば、観光、旅行などで地域に「お金」を落としていってくれる観光客、旅行者の方々は、それなりにありがたい存在であるのかもしれませんが・・。

ともあれ、そうした地方に住み、その土地の昔ながらの因習などを含めた、いわば観光向けでない、ホンモノのその土地に根差した歴史、文化に否応なく接し、それらを受け入れなければならなかった人間にとっては、如上のような観光、旅行などのみによって、その地方、地域を知ったかのように考えてしまう状況とは、前述同様、大変歯がゆく感じます・・。

しかしながら、こうした感覚、認識を表出することは、都市部、首都圏在住の方々、地方の方々双方にとって、あまり都合の良いものではないために、あえて放置されるか、あるいは悪い場合になると、何かしら糾弾(別件逮捕的な)されるような場合も少なからずあるのではないかと思います・・。(同調圧力、社会凝集性)

そしてまた、こうした図式とは、特に我が国の場合、自身の国の歴史に対しても同様の傾向が認められるのではないかとも思います・・。

さらに、こうした傾向は、インターネットが普及し、多くの人々が様々な知識を手軽に入手できるようになったことにより、より一層拍車が掛かったような感じをも受けますが、如何でしょうか?

そうしますと、本来、自他の文化をより深く知るための手段としての学問であった昔ながらの文系学問分野全般においても、さきと類似、同様の図式、傾向が強くなってゆくのかもしれません・・。

こうしたことは、もしかしたら、ニーチェが「ツァラトゥストラかく語りき」そしてオルテガ、ウェーバーが各々著作で述べている近代以降の社会の特徴と関連があるのかもしれません・・。

とはいえ、我々が日常的な生活する上において「効率性」とは、きわめて重要なものであることもまた事実であり、それは肯定するのですが・・。


ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。

2016年4月19日火曜日

20160419 本箱の整理「羊の歌」

引き続き予断を許さない状況の熊本、九州ではありますが、早期にこの一連の災害、およびそれに付随する様々な二次災害が収束、復興に向かうことを心より祈念いたします。
熊本、九州の皆様、どうぞ御無事で。

A「さて、本日は朝電車の中にてメモを取ろうと試みましたが、案の定なかなか混雑しており、筆記が厳しい状況でありました。

しかし、その後、再度電車に乗る機会を得たことにより、何かしら思いついたことを記すことができました。

しかし、それらは断片的なものであり、未だ文章にして表すに足るものではないような感じを受けました。

とはいえ、一応その断片を記すと、我が国における外国文化の扱いについてといった感じです・・。

今後このトピックにてブログ記事を書くことがありましたら、本日ノートに記した内容が精製、文章化されたものと考えていただきたく思います。

また、それとは別に帰宅後、必要に迫られ、かつて専攻した学問分野の書籍、記した講義ノートを引っ張り出すことになりました。

これらは、本箱の奥に収納してあったため、取り出すことに大変難儀しましたが、面白いことに、この時、私のこれまでのブログにおいて何回か取り上げたことがある加藤周一著の「羊の歌」が一緒に出てきました。

「何たる偶然!」と驚き、また何故、これらの書籍、ノートと一緒にこの著作が出てきた(収納していた)のか、いささか不思議に思いました・・(笑)。

今後、ブログのネタに多少窮することになりましたら、あるいは時宜に適うと思われる文章を同著作内に見つけましたら、ここから適宜抜粋引用してみようと考えております。

また、それに加えて先日来より引き続き野上彌生子著の「迷路」を読んでおります。

これは現在二度目の通読となりますが、それでも色々と読み飛ばしていたり、誤解しながら読み進めている部分があることに気が付かされます・・(苦笑)。

そして、こうした理解不足、誤解などは書籍に対してのみならず、対人間においても同様に行ってしまっているのかもしれません・・。」

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。