2024年3月29日金曜日

20240328 先日読了の「クリミア戦争」上下巻と「セワ゛ストーポリ」について

今回の記事投稿により、総投稿記事数が2165に達します。そして、当面の目標としている2200記事まで残り35記事となりますが、これは1カ月と数日間、毎日1記事の投稿により達成出来ることが見込まれますが、それでは多少無理があると思われますので、もう少し期間を延ばして、2カ月での到達を目標にします。

 さて、つい先日、オーランドー・ファイジズ著「クリミア戦争」上下巻を読了して、そこから続いてレフ・トルストイによる「セワ゛ストーポリ」を読み始めましたが、こちらは旧字体であることから、たしかに読み難いは読み難いのですがしばらく読み進めていますと、徐々に慣れて来て、またその文体は、これまで読んだ限りにおいては、視覚的な情景描写が多く、おそらく読者は、戦場を案内されているような感じを受けるのではないかと思われます。

 そして、こうした、情景を複数案内することにより、ある世界観、あるいは物語を伝えようとする進行の仕方は、特に珍しいわけではありませんが、当「セワ゛ストーポリ」の語り口は、和訳文ではありますが、真に迫るものがあったと思われます。

 そしてまた、当作品を読んでいて、不図想起されたのが、面白いことに、大分以前に体験した東京ディズニーランドのアトラクションである「カリブの海賊」でした。その背景には、おそらく双方に大砲を操作する場面があったからであるとも思われますが、同時に全体を通じても、それぞれの視覚的な情景描写の推移に相通じるものがあったように思われます。

 そして、そうした物語進行の仕方とアトラクションでの情景の推移の背後に通底するものが何であるのかと考えてみますと、多くのキリスト教教会に掲げてある、聖書の絵物語や教会に関係のある聖人の生涯を絵で説明したものであり、あるいは我が国で云えば、絵巻物である様にも思われます。

 そして、そこから、キリスト教文化圏での物語進行の仕方と、我が国での絵巻物とを比較してみますと、それぞれの文化傾向の相違についての仮説も思いつくのですが、話は戻り、さきの「セワ゛ストーポリ」は、そうしたことをも考えさせるほどに、その文体は視覚を意識したものであったと云えます。それ故、旧字体さえ気にしなければ、当著作を読み進めることは、そこまで困難ではないと思われます。

 「クリミア戦争」上下巻を読了し、そして「セワ゛ストーポリ」をこれまで読んできたところから、クリミア戦争が勃発した19世紀半ばとは、他面において兵器の革新の時代でもあり、軍艦は無論のこと、兵員・物資を輸送する船が蒸気船、それも外輪船からスクリュー船へと、また鉄道を用いた陸上輸送、さらには大砲や小銃が、それまでの前込め式から後装式へと変わったのが、まさにこの時代でした。また、我が国においても、この19世紀半ばにアメリカ合衆国から黒船四隻が来航して幕末の回天期に至り、そしてまた、19世紀初頭の我が国では、いまだ主たる火器であった火縄銃が、その後の20~30年あまりの期間で、ゲベール銃、エンフィールド銃、後装式のスナイドル銃、そしてさらには、連発式の機関銃であるガトリング銃なども用いられるようになり、そこから、まさに一面においては、海外から齎された軍事技術の革新によって国の政体が変化した時代であったとも云えます。
 
 その意味において、世界史的な視座からも、このクリミア戦争が勃発した19世紀半ばとは、きわめて重要な時代であると云え、そしてまた、現在なおも続く第二次宇露戦争が、19世紀半ばのクリミア戦争と同じ地域で行われていることにも、あるいはいまだ看取し得ないものの、大きな意味があるのではないかと考えさせられるのですが、実際のところはどうなのでしょうか?

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


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2024年3月26日火曜日

20240326 株式会社白水社刊 オーランド―・ファイジズ著 染谷徹訳「クリミア戦争」下巻 pp.314‐315より抜粋

株式会社白水社刊 オーランド―・ファイジズ著 染谷徹訳「クリミア戦争」下巻
pp.314‐315より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4560094896
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4560094891

 イギリス産産革命とフランス革命がおこった十八世紀後半から第一次世界大戦が勃発した一九一四年までを、しばしば「長期の十九世紀」と呼ぶ。この時代は、いわば「ヨーロッパの時代」であり、近代社会の特徴が最もよく現れた時代であった。その特徴とは、特に西ヨーロッパを中心に、工業化と、民主化を伴いながらの国民国家形成が進んだということであり、グローバルに見れば、世界全体がヨーロッパで生み出された体制の中に包摂されていったということであった。たとえば新しい技術学伸について言えば、一八〇七年汽走船(蒸気船)が発明され、一八一七年には汽走船による大西洋横断が成功した。当初外輪船であったが三〇年代後半にはスクリュー船が登場している。一八三〇年には鉄道がイギリスで最初の営業運転を開始した。こうした運輸手段の発達などは、交通革命と呼ばれる状況をもたらした。ナポレオン戦争後、ヨーロッパではウィーン体制と呼ばれる復古体制が支配したが、フランスでは一八三〇年に七月革命がおこって、復古ブルボン朝は倒れ、ルイ=フィリップが「フランス国民の王」となった。この七月革命の影響で、ベルギーが独立する一方、フランスでは二月革命がおこって王政が倒れ第二共和制となった。二月革命は、ヨーロッパ各地に波及してウィーン体制を終わらせる一八四八年革命と総称される大きな歴史的事件へと発展した。一八四八年革命の時には、「諸国民の春」と呼ばれる国民主権運動や国家を持たない中東欧の新たな運動も生起した。他方、十九世紀半ばにかけてのグローバルな状況を東アジアについて見ると、一八二〇年代には中国・インド・イギリスを結ぶアヘン・茶・イギリス綿製品のアジア三角貿易が成立し、これはやがてアヘン戦争(一八四〇~四二年)を引き起こした。欧米のアジア進出は、清朝と同様に鎖国体制に会った日本にも及んだ。ペリーが四隻の艦隊(うち二隻は汽走軍艦)で浦賀に来航したのはまさにクリミア戦争勃発の年、一八五三年である。一八五四年初めにはロシアのプチャーチンとの交渉が、長崎で行われている。

 クリミア戦争が勃発したのは、「長期の十九世紀」のちょうど中ごろ、右のような大きな歴史のうねりが世界を覆いつつあった時代であった。したがって、この戦争は「古い騎士道精神に則って戦われた最後の戦争」(本書二二頁)であった一方、最新の工業技術が、とりわけ英仏側において、動員された近代的な戦争であった。たとえば、英仏軍が使用したミニエ銃は、ロシア軍のマスケット銃よりもはるかに長い射程距離を持っていた(第7章)。ロシアはいまだ国内にすら十分な鉄道網を持っておらず(首都ペテルブルグとモスクワの間に鉄道が開通したのは一八五一年)、そのことがロシアの軍事的補給を困難にしていたことはわが国の概説書などにおいても指摘されてきたことであるが、本書では、イギリスが一八五五年に入って突貫工事でバラクラヴァ港とイギリス軍陣地近くの積み降ろし基地を結ぶ延長一〇キロの鉄道を完成させ、セヴァストポリ要塞攻撃のための物資補給体制を整えたことが描かれている。これは世界の世界史上初の戦場鉄道であった(第10章)。新技術の採用と並んで、イギリスやフランスにおいては、国民形成の進展とジャーナリズムの発展によって(戦闘の現場に戦争報道記者と戦争写真家が登場したのは初めてであった)、ファイジズがいたるところで強調しているように、国民世論が戦争遂行にとって決定的な役割を果たすことになった。このこともまた歴史上初めてのことであった(第5章、第9章)。

2024年3月25日月曜日

20240324 当ブログの現況と短期的な展望およびいくつかの著作について

昨日の記事投稿により総投稿記事数が2162に達しました。そうしますと、あと38記事の新規投稿により、現在目標としている2200記事に到達出来ます。そしてこれは、毎日1記事の更新の場合、1カ月と1週間ほどで達成されることが見込まれますが、また以前のように、突発的に記事作成を休止する可能性もあることから、少し期間を長く設定し、現在から2カ月ほどでの2200記事到達を目標にします。

さて、現在から2カ月としますと、来る5月末頃になりますが、そうしますと、そこから2、3週間ほどの継続で6月17日となり、当ブログ開始より丸9年になりますので、当ブログ記事数と、その継続期間との組合せも9年間で概ね2200記事と比較的分かり易いものになります。

もちろん、これは先のハナシではありますが、もし来る6月22日の丸9年の継続までに、目標とする2200記事に到達出来れば、それまでの9年間、5日間で3記事以上は投稿してきたことになりますので、我がことながら、多少は「身を入れた」「頑張った」と云えるのかもしれません。

とはいえ、毎度のことながら、ブログの継続により何かが変ったのかと考えてみますと、その実感はありません。あるいは今後、丸9年間の継続と2200記事の到達により、これまで実感し得なかった有意な変化が生じるのかもしれませんが、そのようなことは全く予想出来ませんので、これまでの調子で変化などは期待せず、あと3ヶ月弱、そして40記事ほど、更新・継続したいと考えます。

そういえば、ここ最近、何度か、複数の方々から、それぞれの会話の際に、当ブログ記事、あるいは引用記事にて扱った内容について、先方より話題にされたことがあり、それぞれについては、ごく自然な会話の流れではあったとは思われるのですが、後になり、どうも「あるいは私のブログを読まれているのでは・・?」とも思われました。

そうして思い返してみますと、以前にも度々、そのようなことがありましたが、それらは自分で考えてみても、おそらく、納得できる答えは得られないと思われますので、このまま棚上げ、保留しつつ、あまり気にせずに当面は更新・継続するのが良いのではないかと思われます。

また一方で、当ブログのこれまでの総閲覧者数はおよそ85万人であり、それを継続期間の日数で均すために割りますと、1日の閲覧者数が大体250~260人となります。この値はエックス(旧ツイッター)での1日のインプレッション数と比較しますと、桁が異なるくらい少ないのですが、こちらブロガーでの閲覧者数の方が、当ブログの実態を精確に反映していると思われますので、時折、エックス(旧ツイッター)の方でインプレッション数がいくらか増加しても、連携は継続しますが、同時に、こちらも、あまりそうした数字を気にしない方が良いのではないかとも思われます。

別件ですが、現在読み進めているオーランドー・ファイジズによる「クリミア戦争」下巻はいよいよ残り頁もわずかとなり、ここ数日で読了に至ると思われますが、当著作の記述で若い頃の作家レフ・トルストイが、この戦争に砲兵少尉として従軍していたことを知り、さらに、その経験から「セヴァストポリ物語」という作品を著したことを知り、先日、古書にてこれを購入しました。

そして「クリミア戦争」下巻もいまだ読了に至っていませんが、早速、入手した当著作を読んでみますと、その訳文は旧字体が多く、また、文体も硬く古めかしいと思われましたが、同時にそれは、以前に読んだ陸奥宗光による「蹇蹇録」と同程度であるようにも思われましたので、読めないことは全くなく、「クリミア戦争」下巻読了後は、以前に述べたアレクシ・ド・トクヴィル著「旧体制と大革命」と並行して「セヴァストポリ物語」を読み進めたいと考えています。しかしながら、他方で、ここ最近は19世紀ヨーロッパについての著作ばかりを読んでいることにも気が付き、そこから、近いうちに、我が国の考古学あるいは民俗学などを扱った少し硬めの著作をも読んでみようと考えるに至りました・・。

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2024年3月24日日曜日

20240323 中央公論新社刊 池内紀著「ヒトラーの時代-ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか」 pp.21-24より抜粋

中央公論新社刊 池内紀著「ヒトラーの時代-ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか」
pp.21-24より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121025539
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121025531

ナチ党の集会に多くの聴衆を引きつけたのは、党の政治的プログラムよりも、ヒトラー個人の演説だった。痩せぎすで、こころもち割れた声。論点を黒白図式で明快に示して、それをくり返しつづける。断固とした口調で、大胆に断定する。ヒトラー自身が政治的プロパガンダの基本的原理として口にしたところであって、ナチス・ドイツ一五年間を通して一貫して変わらなかった。大衆の情緒的な感性にもっともよく訴えることを見きわめていた。

 単純化と、くり返しと、断定が、ひときわ効果を発揮する土壌があった。すでに述べたように当時ドイツは第一次世界大戦後の底知れぬ不況と失業者に苦しんでいた。古今未曾有のインフレによって、ドイツの屋台骨にあたる堅実な中産階級が、せっせと維持してきた預金を一夜にして失った。年金はパン一つ買うにも足りない。

 第一次世界大戦は四年あまりもの無意味な戦いののちに終結した。ロシアは革命で戦線から脱落、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギー、どの国も消耗しきっていた。ドイツが戦線放棄を余儀なくされたのは、キール軍港における水兵の反乱などで、本国の厭戦気分がもはやとどめようもなくなっていたせいであって、戦線が国内に及んだことはない。「敗戦国」の意識がきわめて薄く、そこから「背後からのナイフの一刺し」の意識が生まれた。その際、情報、外交、経済に強力なネットを持つユダヤ人=ナイフ説が定着した。

 生きがいの喪失と将来への不安、そのような精神状況のなかに、ナチスは「救済役」として現れた。旧弊を断ち切り、明るい未来を実現する。それを邪魔立てする敵は何か。ヴェルサイユ条約、ユダヤ人、コミュニズム。くり返し、またくり返し名指しするー。

 ところで私は一つのことを忘れていた。ヒトラーの声である。記録映画などにとどめられているヒトラーの声はガラガラ声、ときに金切声であって、やたらに壇上で獅子吼するふぜいだが、まだ未熟だったトーキーのせいではあるまいか。あれほど大衆をとらえた演説は、声そのものにも、いうにいわれぬ魅力、また魔力をそなえていたのではなかろうか。

「新編春の海ー宮城道雄随筆集」という本がある。幼いころに失明したが、箏の世界で革新的な業績をのこした宮城道雄(一八九四~一九六五)の随筆を集めたもので、巻末に作家林芙美子との対談がついている。一九三八年、「文藝春秋」九月号に掲載されたものだという。耳の人には人一倍敏感な聴覚が視覚の補いをする。その宮城道雄がヒトラーの声について述べている。一九三八年はドイツが戦後の荒廃から立ち直り、ヒトラー政権五年間の功績が大きくクローズアップされていたころだった。

宮城 しかし何ですね、厳めしそうな将軍なんかで、会ってみると存外声の優しい方がありますね。この間中継で聞きましたが、ヒトラーという人はやはり声がちゃんと具わっておりますね。

林 なんだか、怖い声のように想像されますが・・・。

宮城 ちょっと聞きますとライオンが吼えるような感じがします。しかし、あまり太い声じゃありません。いい声で、やはりドイツ人特有の声です。

 ヒトラーの演説には、プロパガンダだけがいわれるが、「耳の人」が聴きとったような「いい声」の要素がはたらいていたにちがいない。女性がとりわけ演説に「しびれた」というのも、女性は男性よりも、はるかにその種のことに敏感なものである。

2024年3月23日土曜日

20240322 岩波書店刊 ジョージ・オーウェル著 小野寺 健訳『オーウェル評論集』pp.217-220より抜粋

岩波書店刊 ジョージ・オーウェル著 小野寺 健訳『オーウェル評論集』pp.217-220より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4003226216
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4003226216

わずか一年前にハースト・アンド・ブラケット社から出版された「わが闘争」の無削除版は、ヒットラー擁護の立場で編集されている。これこそ歴史の動きの早さを示すものだ。訳者はその序文と注で、あきらかにこの本の残忍さを弱め、ヒットラーをできるかぎり好意のもてる人物に仕立てようとしている。というのも、当時のヒットラーはまだまともな人物だったからである。彼はドイツの労働運動を粉砕した。その結果、有産階級は彼のすることならたいてい大目に見ようという気になった。左翼も右翼も、国家社会主義と保守主義の一種にすぎないとする浅薄な見方では、一致していたのである。

 ところがとつじょとして、ヒットラーはやはりまともな人物でないことが明らかになったのだ。その一つの結果として、ハースト・アンド・ブラケット社の再版本には、本書から上がる利潤はすべて赤十字に寄付するというという説明入りの、新しいカバーがついたのである。だが「わが闘争」の内容を考えてみただけでも、ヒットラーの目標や主張には、なんら本質的変化があったとは考えられない。一年くらい前の彼の発現と十五年前のそれとを比べてみて驚かされるのは、その世界観にまったく発展がみられない、彼の精神の硬直性なのだ。これは偏執狂の固定した幻想であって、現実政策の一時的な戦術くらいでは、たいした影響をうけることは考えられない。ヒットラーの精神にとっては、おそらく独ソ不可侵条約も単なる時間表の変化にしかすぎないのだろう。「わが闘争」の中での計画では、まずロシアを叩き、つづいて英国を叩く予定になっていた。ところがロシアのほうが懐柔しやすいものだから、まず英国から片づけようということになったのである。だが英国を抹殺したなら次はロシアの番だーこれがヒットラーの計画であることに疑いはない。むろん、結果としてそうなるかどうかは、むずかしいところだが。

 ヒットラーの計画が実現したとしてみよう。彼が百年後に画策しているのは、広い「居間」を持った二億五千万のドイツ人が住む、ひとつづきの国である(その「居間」はアフガニスタン周辺あたりまでひろがる)。それは戦争のための青年の訓練と、砲弾の餌食となる人間を無際限に産ませる以外本質的には何もしない、恐るべき、愚かしい帝国である。彼がこんな途方もない計画を立てられたのは、なぜだろうか?その生涯の一時期に、彼ならば社会主義者や共産主義者をつぶせると見た重工業家たちが財政的支援を与えたからだというのでは、あまりにも安易な解釈すぎる。この重工業家たちにしても、彼がその弁舌に物を言わせて、一つの大きな運動が実現したかのような幻想をすでに与えていなかったら後援などしなかっただろう。失業者七百万というドイツの情勢が扇動家たちにとっては有利だったことも、一面では当たっている。だが、ヒットラー自身の独自な個人的魅力がなかったなら、多くの競争相手を敵にまわして彼一人が成功するというわけにはいかなかっただろう。その魅力は、「わが闘争」の不器用な文章からもうかがわれるが、演説を聞いたとすれば、さぞかし圧倒的な力をもっているにちがいない。わたしは、自分が一度もヒットラーを嫌いになれなかったことを、はっきり言っておきたい。彼が政権を握って以来ーそれまでは、たいていの人と同じように、わたしも彼など問題にならないものと思いこんでいたーわたしは、もし手の届くところまで近づければぜったいに彼を殺すだろうが、それでも個人的な敵意を抱くことはできまいと考えてきた。つまり彼にはどこかふかく人の心を動かすところがあって、それは写真を見てもわかるのである。とくにハースト・アンド・ブラケット社版の巻頭にある、初期のブラウンシャツ時代の一枚の写真を見てもらえばいい。それは憐みをさそう犬のような顔というか、耐えがたい虐待に苦しんでいる男の顔である。やや男らしいところはあるものの、無数にある十字架上のキリストの絵の表情にそっくりなのだ。そしてヒットラー自身が、自分をそういう目で見ていることはまちがいない。宇宙にたいする彼の恨みのそもそもの個人的な原因は、推測するしか方法がないけれども、とにかく、ここに恨みがこもっていることはたしかである。彼は殉教者であり、犠牲者なのだ。岩につながれたプロメテウスであり、徒手空拳で自己をかえりみず耐えがたい不正と戦う英雄なのである。ねずみ一匹殺すにしても、彼はそれをうまく恐龍に見せる方法を知っている。われわれはナポレオンにたいする時のように何となく、彼は運命と闘っている、勝つことはできまいが勝ってもいいではないかといった気持になる。こういうポーズはきわめて魅力的なものだ。映画の主題の大半はこれなのである。

2024年3月21日木曜日

20240321 現在読み進めている著作から思ったこと

ここ最近は、数日間遠出していたこともあり、ブログ記事の更新は進んでいませんでしたが、後になり記事材料となる経験を意識的に持つことも記事作成と同様に重要であり、またそれら経験を整理しつつ、さらにそれを自然に文章化出来るようになるまでには、ある程度の期間を要すると思われますので、多少気の長い話ではあるかもしれませんが、こうした突発的な休止期間も時には必要であって欲しいと考える次第です・・(苦笑)。

他方で読書の方は進み、先日の遠出の際にも、かねてより読み進めている白水社刊 オーランドー・ファイジズ著「クリミア戦争」下巻を持参して、移動時や睡眠前に読み進め、残り数十頁となりました。また、その他にも書籍に関しては、立ち読みなどで興味深い著作をいくつか見つけましたが、現在メインで読み進めている前出の「クリミア戦争」下巻の読了後は、以前、購入したままで積読状態にあるアレクシ・ド・トクヴィルによる「旧体制と大革命」を読み進めたいと考えています。

考えてみますと、トクヴィルの生年はフランス革命の期間から数年経た1805年であり、そして没年は1859年であり、また、その生涯を通じた大きな興味の一つが「フランス革命」であったことから、トクヴィルは19世紀前半の思想家と見做されがちと云えますが、当記事前出、もう一つのトピックである「クリミア戦争」は1853~1856年の期間続き、また、その歴史的背景、基層には所謂「東方問題」として、数世紀にわたり懸念視され続けてきたものがあります。

ともあれ、そこでトクヴィルとクリミア戦争との関わりについて考えてみますと、1848年の2月革命政権(第二共和制)時に官職に就いていたトクヴィルが、1851年のナポレオン三世によるクーデターによって辞職することとなり、それから2年後にクリミア戦争が勃発しましたが、この戦争についてトクヴィルがどのように考えていたのかは興味深いものがあり、トクヴィルのそれまでの履歴から考えてみますと、おそらくは、フランスにとっては犠牲が大きく、益の乏しい戦争であると考えていたのではないかと思われます。

とはいえ、このクリミア戦争とは、主体となる国家や政体は変化しても、残念ながら今なお継続しており、そこから、まさに重層化したフォルト・ライン戦争の勃発地域、あるいは国際秩序が乱れた際に紛争・戦争といったカタチでの応力集中が生じ易い地域であるとも云えます。

その視座からも、もしもあるとすれば、トクヴィルのクリミア戦争に対する見解は興味深く、そしてそれは、今後の世界情勢の展開を検討するうえで一つの参考になるのではないかと思われました。さらに、トクヴィルが興味を抱き続けた18世紀末の「フランス革命」即ち、大きな社会変化の様相や、その機序についての考察もまた、今後のさまざまな国や地域について考えるうえでの有効な参考になるのではないかと考えました。

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2024年3月20日水曜日

20240319 中央公論新社刊 中公クラシックス トクヴィル著 岩永健吉郎訳「アメリカにおけるデモクラシーについて」 pp.69-70より抜粋

中央公論新社刊 中公クラシックス トクヴィル著 岩永健吉郎訳「アメリカにおけるデモクラシーについて」
pp.69-70より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121601610
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121601612

政府はふつう、無力によるか、または圧政により崩壊する。前者では権力がその手から漏れるが、あとの場合には権力がもぎとられる。

民主制の国家が無政府状態に陥るのを見て、政府が本来、弱くて無力だったのだと、多くの人は考えた。しかし、実は、いったん党派間に闘争が勃発すると、政府が社会に対する影響を失うのである。

私は、民主的な権力に本来、力と策とが欠けているとは思わない。反対に、政府を崩壊させるのはたいていの場合、物理的な力の濫用と方策・資源の悪用とであると信じている。無政府状態は、たいがい、圧政か未熟から生まれるが、無力からではない。

 安定を物理的な力と混同したり、巨大なものは持続すると考えてはならぬ。民主的共和制においては、社会を指導する権力は安定しない。しばしばその持ち手と目的とを変えるからである。しかし、それを行使されることになると、その力に抵抗するのはきわめて困難である。アメリカ共和制の政府は、ヨーロッパの絶対君主制の政府と同様に中央集権的で、精力の点ではまさっているように見える。それが弱いから崩れるとは、とても思えない。

 万一、アメリカで自由が失われることがあるとすれば、多数の万能が少数(派)を絶望に追いやり、物理的な力に訴えさせるようになる場合にちがいあるまい。その場合には無政府状態になるであろうが、それは専制の結果として到来する。

 (のちの)大統領ジェイムズ・マディソンが同じ考えを述べる〔『ザ・フェデラリスト』第五一篇を参照〕「共和国においては、支配者の圧制から社会を守るだけでなく、当該社会の一部を他の部分の不正から守ることがきわめて重要である。正義はすべての政府の向かうべき目的である。それこそ社会形成の目的なのである。これを人民は達成されるまで追求したし、今後ともそうするであろう。あるいは、追求は自由の失われるまでつづけられよう。一つの社会で、より強力な党派が容易に勢力を結集して、より弱い党派を圧迫するようなことがあれば、その下では、自然状態においてと同様、無政府状態が支配するといえよう。自然状態では、より弱い個人は、より強い個人の暴力から護られていない。そして、自然状態でより強い個人さえも、自己の境遇が不確かで不安定なため種々の不都合が生じるから、政府に服する気にさせられ、その政府が同様が弱者を彼らとともに保護することになるのと同様、無政府状態でも、より強力な党派が、同様な動機から、しだいに強弱を問わず、すべての党派を保護する政府を希求するようになる。