2021年10月30日土曜日

20211030 ウンベルト・エーコの著作を読んでいて想起された別の著述家から・・

おかげさまで昨日投稿分の記事は、投稿翌日としては珍しいほどに、多くの方々に読んで頂けました。こちらを読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。そしてまた、これを機にウンベルト・エーコの著作に興味を持たれる方が少しでも増えれば良いと思います・・(笑)。

以前にも書きましたがウンベルト・エーコは、20年以上前に文系の師匠との雑談にて知り、その後、これまでに何冊か読んできましたが、その書きぶりからは、私の場合、どうしたものか、ロバート・グレーヴスの作品が思い出されるのです・・。そこで手近にあった、その著作である「さらば古きものよ」上巻を手に取り、しばし、読んでみますと、その書きぶりのおそらくは別の要素から、今度はジョージ・オーウェルの著作が想起されるのです・・。

また、このうちのロバート・グレーヴスの方も、さきの師匠とのやり取りを通じてその著作を知ったわけですが、こちらは就職して3年程経った頃、南紀白浜での勤務の際でした。当時、師匠は比較的頻繁にハガキや手紙などを送ってきてくださいましたが、その中には度々、師匠が執筆した書評、コラムあるいは別刷などが入っており、私の方は、そうしたものを分からないなりに、分かる部分を読んでいましたが、そうした冊子の中に別の方によるロバート・グレーヴス著「この私、クラウディウス」の書評があり、それを読み、そして当時、はじめたばかりのアマゾンを利用して当著作を購入しましたが、当時の私はこれを大層面白く感じ、これも、昨日投稿の記事にて述べた「ウンベルト・エーコの世界文明講義」と同様、外出にも持って出て、当時よく通っていた田辺市宝来町の「うどん そば あそこ」にて読み、そしてまた、合川ダムでのブラックバスの釣行の際にも濡れないようにビニール袋に入れて持って行き、ボートの上で、釣りの合い間に読んでいました・・。

そう、書籍が本当に面白いと感じはじめますと、自然、よく持ち歩くことになりますが、その点、現在では、比較的重いと云えるハードカバーの書籍を数冊、その他の荷物と一緒にデイパックに詰め、10㎞程度を歩くことは辛く感じられ、それが普通に出来ていた最後の時期は、鹿児島在住の頃であったと思われます。

当時は、デイパックに、ダウンロードした(歯科理工学関連の)英論文数編をバインダーにはさんだものをいくつかと、メモ帳と、何かのために常時持っていたフェイスタオルと、電子辞書と、そして書籍を何冊か入れており、その重さは10㎏近くはあったように思われます。

そして、週末になりますと、このデイパックを背負い、市電にて天文館まで出向き、多くの場合、照国神社の表参道沿いにあるドトールコーヒーの2階にある喫煙席にて、一人の世界に入り、さきに述べた、文献や書籍などをひたすら読み、夕刻前になりますと、店を出て、徒歩にて天文館から脇田、宇宿まで歩いていきました。

その後、千葉県市川市に戻りますと、首都圏ということもあり、とにかく人が多く、これは現在となっても、未だ苦手のままであるのですが、また、そうした地域にあっては、ハードカバーの書籍やバインダーに綴じた英語文献などを、喫茶店などで落ち着いて読むことが出来るような余裕や雰囲気は乏しいと感じられ、外では主に、ブックカバーを被せた文庫や新書などを持ち歩くことになり、重さの軽減も為されはしましたが、他方で、何だか自分が弱くなったようにも感じられました・・。

ともあれ、さきのロバート・グレーヴスもまた、ウンベルト・エーコと同様、文系師匠とのやり取りを通じて知ったわけですが、そうしたやり取りが続き、そこから私の方にて何やら自転運動のようなものが生じますと、徐々に、また自然と「これは院に進むべきではないか・・」と思い悩むようになり、そこから紆余曲折を経て現在の私に至ると云えますが、それでも、私の性質から考えてみますと、このルートにて「まあ良かった」のではないかと思われるのです・・。

しかし、そうであっても、もう少しは諸事良くなるようにも思われますので、今しばらく、1700記事程度までは当ブログを続けてみようと思います。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

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2021年10月29日金曜日

20211029 現在読み進めている著作からの影響?

 先日来から読み進めている「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は、ここ最近では珍しいほどに読書に身が入り、本日で230頁ほどまで進みました。ここ最近は、年齢のためであるのでしょうか、ハードカバー書籍を電車内にて読むことは、以前と比べ、少なくなりましたが、当著作については、身が入っているためかリュックに詰めて持ち歩き、電車での移動時にも読んでいます。

当著作については、過日投稿の記事にて述べましたが、著者の特徴的な「読ませる文章」で書かれ、さらに、その述べるところは、全体的に、さまざまな事象を低倍率(形而上的)にて観察しているような書きぶりではありつつも、それら記述に符合する具体的存在の図像等が豊富に示されており、さらに、読んでいる際に新たな興味深い発見があるのです。

事物を低倍率にて観察した際の文章は、おそらく多くは概要的となり、また同時に、抽象的になり易いとも云えます。あるいは、そうした文章は、一般的に「ベタな能書き的」なものになり易い傾向があると思われることから、そうであってもなお、その記述に惹かれるということには、やはり興味深く、新しい「何か」があるからであるように思われるのです・・。

さて、その「何か」につきましては、また後日に機会を見つけ、何らかのカタチの記事として作成・投稿出来ればと考えていますが、また、その意味からも、やはり、当ブログが現在に至るまで(どうにか)継続している背景には、私の場合、読書があるのだと云えます・・。

つまり、未だ判然とはしていませんが、読書の際に入っている精神のギアと、ブログ記事を作成している時のそれは、同一ではないにしても、似通ったものと思われ、双方行為を継続することにより、習慣的に、そのあたりに精神のギアが入れ易くなっていくのかもしれません。

しかし他方で、記事作成に関しては、慢性的にスランプ気味であると云えますが、そうであっても(どうにか)当ブログが続いていることの背景には、やはり、さきに述べたような事情があるのではないかと思われるのです・・。

また、そういえば、さきほど「低倍率にて観察した」と書きましたが、歴史などを検討するに際して、この「倍率云々」といった表現もしくは(まさしく)視座の置き方は、一般的ではないものの、いくらかは理解を助けるのではないかとも思われました。

ともあれ、さきのウンベルト・エーコの著作を読み進めている影響からか、上述のようなことを、あまり意識や躊躇せずに書くことが出来ているのではないかと思われるのです。さらに、ここ直近の数記事に関してもまた、その影響下にて作成されたものであると云えますが、これらについては後日、また何か新たなことが分かるようになるのでしょうか・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

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2021年10月27日水曜日

20211027 記事作成の背景にある意欲と技術の関係について・・

昨日の投稿記事にて述べた「当初に作成した投稿記事の方が面白く、また、自分なりの主張が出来ているものが多いのでは」は、たしかにその通りであると思われ、さらに、現在読み直し、そこから新たな記事作成のアイデアを得ることも度々あります。

つまり、初期に作成した記事の中に、より個性的とも云える「何か」があるのだと云えますが、その「何か」とは、いくつかあるとは思われますが、それらで共通していることは、それまでの人生の記憶の中で、特に印象的と感じ、文章にしておこうと思い立ったものであるということです。たしかに、それらは比較的鮮明に記憶に残っており、さらに、その記憶に基づいて作成した文章を読んでみますと、その他の当時の周辺事情などもまた、付随して思い出されてくることもあります。そこから、あらためて記憶とは、なかなか面白いものであると思われました・・。

ともあれ、これまでのところを総合してみますと、ブログ当初の作成記事は、それまでの記憶の中から、いわば優先的に抽出されたものであることから、より印象的なものが多く、またそこから、新たな記事作成のアイデアを得ることもあり、これら文章化した自らの記憶から、さらに他の付随、関連する記憶が想起されることが度々あることは、これまでの継続的な文章作成の余禄のようなものと云えますが、しかし、これは案外と大事なことであるのかもしれません・・。

さて、この最後に述べた、自身が作成した記事を読み、その内容に関連する他の記憶が思い出されることは、これまで、自身による文章からは、明らかなものとして経験したことがなかったため、その価値、意味のようなものは、未だに分かりかねていますが、同時に、何と云いますか、ある種の身体感覚からは「これは少し大事にしておいた方が良いのかもしれない」と感じられるのです。

そしてまた、こうした変化、具体的には、自分が以前に作成した文章を読み、そこから、他の自作文章などが思い出されるようになったということは、ブロガーやツイッターなどの周辺環境がなければ、気が付くことは出来なかったと云えるのかもしれません。その意味で、私の場合、ブロガーと、それと連携するツイッターがあったからこそ、以前のブロガーのみの時期と比べ、自身の作成記事や投稿が、本当に人々に見られていることに、より意識が向くようになったのだとも云えます。

また、それ故に記事作成が多少辛くなったとも云えますが、それでも、記事作成当初から、閲覧者の存在が具体的に意識されるような環境であったならば、継続的な記事作成自体が困難になると思われますので、丁度、ここ最近の時期に、この変化の認識があったことは、いわば適切な頃合であったのではないかとも思われるのです・・。

さらにまた、1500記事到達以降からの慢性的な意欲の減退なども加わり、現今での記事作成は、かつて、1000記事到達直前(2018年5月末頃)の頃の勢いと比べますと、明らかに数段落ちており、あるいは軽量可能ではありませんが、感覚としては、半分以下程度であるように感じられます。

しかし、そうした勢いが減衰した先にある現在においても、どうにか記事作成が継続出来ていることは、やはり、さきの勢いの減衰を補うような「何か」があるからではないかと思われるのですが、それは6年以上にわたり、どうにか記事作成を継続してきたことにより、培ってきた文章作成の技術のようなものがあるのではないかと、現在に至っては思うのです。つまり、当初は意欲が技術を補い、それが徐々に双方所を変えて、技術が意欲を補うようになっていったという推移の様相が、そこにはあるように思われるのです・・。

また、こうした技術を用いて、以前に投稿した記事の内容をいくつか組み合わせた記事を作成することが出来ることも分かり、あるいは、そうしたものは、題材によるとは思われますが、現在作成している当記事のように、ほぼゼロからの記事作成とは、どうも作成の仕方が異なり、私からしますと、双方共に面倒ではありますが、既投稿記事をいくつか組み合わせた記事の作成は、未だ私としては、その作成手法が未だ珍しいと云えることから、またしばらく、慣れるまで点々と作成し投稿し続けたいと考えています。

後年、過去の作成記事内容を抽象化した「概念」をタネとして新たに作成された記事が重なり、さらに後年に至っては、それら重なった記事内容から抽象化された「概念」がさきの「概念」との比較が為されると意外と面白いかもしれません・・。

そういえば、先日投稿の記事にて「当初の頃に何度か言及した題材にて新たな記事作成をしたい」と述べていましたが、この題材は、これまでのブログの継続とも密接な関係があると思われることから、やはり、今しばらくは控えようと思います。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

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2021年10月26日火曜日

20211025 読書とブログ記事作成のバランスについて

一昨日の投稿記事に出た「ウンベルト・エーコの世界文明講義」は、その後も主に就寝前にて読み進めています。また、この時間帯は同時に、ブログ記事作成に充てる時間帯でもあることから、充実して読書を進めようとしますと、他方のブログ記事作成の方が疎かになってしまうといった傾向が少なくとも私にはあるようです・・。

もっとも、当ブログを始める以前は、専ら読書一辺倒に近く、鹿児島在住時は週に1回程度、当時加入していた「ミクシィ」の日記にて何かしら文章を作成していましたが、それもあまり長くは続きませんでした・・。つまり「私は当ブログを始める前に類似したことを行っていた時期があったものの、それは長続きはしなかった。」ということになりますが、そうしますと、今回の私のブログは比較的続いている方であると云えます。むしろ、ここまで続けた能動的行為はあまりないと云っても良いのかもしれません・・。

しかし、もしも「読書」が、さきの能動的行為に含まれるとするならば、私の場合、この読書の習慣が背景あって、その上に当ブログの継続が為されているのではないかと思われるのです。

そしてまた、何故であるか分かりませんが、ある程度の年齢になりますと、読書という受動的要素が強い能動的行為ばかりを続けることが困難になるようで、それを続けるためには、他方で、受動的要素が乏しい能動的な行為もまた、何か続ける必要があるように思われるのです・・。そして、私にとってのそうした行為とは、当ブログであると云えます。

つまり、私の場合、読書と記事作成のバランスを取ることは、いつも(いつも)難しいのですが、しかしそれでも、これらのバランスの上に当ブログの継続があると云えますので、どちらかに偏しないように(引続き)意識して行きたいところです。しかし、困ったことに、これら二つのうちで楽しいのは、未だに読書の方であり、就中、比較的楽しく読み進めている時には、ブログ記事作成の方は、あまり気が進まなくなると云えます・・。

とはいえ、現在に至るまで、どうにか当ブログは続いていますので、それ以前の私と比べますと、比較的熱心には文章を作成するようになったと云えるところではあるのですが、あるいは何か工夫をしますと、何かしら相転移的に、さらに多くの文章を作成することが出来るようになるのではないかとも思われるのです・・。

もっとも、これは以前の経験に基づくものであり、これまでの記事作成の中で度々あったスランプの時期は、毎回スムーズな記事作成が出来ずに、あれこれとやっていくうちに、何とか記事作成が出来ていたと云え、そしてまた、現在もそれに近い状態と云えますが、それでも、どうにか自分を御して続けられていることから、やはり、何かしら記事の着想を得るための「センサー」のようなものと、それを文章として組み立てるような能力については、あるいは以前と比べると向上したと云えるのかもしれません・・。

そう、文章や文体などは、当初と比べ多少マシになった感覚はありますが、それでも、記事の着想や、述べられている考えなどについては、当初の記事の方が、より、良くも悪くも個性的なものが多く、現在の記事作成においても何かヒントを提供するものが、この頃の記事に有意に多いと云えます。

そしてまた、そうした当初の頃に、何度か言及してきた題材をもう一度用い、次の記事作成を行おうと考えています。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

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2021年10月23日土曜日

20211023 中央公論新社刊 佐々木高明著「照葉樹林文化とは何か」 pp.44-48より抜粋

中央公論新社刊 佐々木高明著「照葉樹林文化とは何か」
pp.44-48より抜粋

ISBN-10 ‏ : ‎ 4121019210
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121019219

 モチの次にスシの原型と考えられるナレズシが、やはり照葉樹林対とその周辺に次々と分布していることに注目してみよう。

 ナレズシは、日本では琵琶湖のフナズシによくその原型が残っているが、魚を開いて腹をきれいに掃除して塩をふり、その魚の切り身と炊いたり蒸したりした飯とを交互に重ねて、甕や桶の中に漬け込んだものである。半年ひど置いておくと飯が乳酸発酵してどろどろになるが、乳酸発酵で雑菌の繁殖が抑えられて、魚や肉の保存食となる。このようなナレズシをアッサムのシロンの露天市で、カーシー族の女性が売っているのをみかけたことがある。一包み買って開くと異臭が強く鼻をついて困ったほどだった。

 知られているかぎり、このカーシー族のものを西の端としてナレズシは点々とそれから東方に分布している。タイの中北部やラオスなどでは、川魚に塩をして、それと飯を交互に漬け込むナレズシが広く分布し、中国でも華南や江南地方の照葉樹林帯に住む少数民族のもとでは、今もナレズシをつくる慣行が広く残っている。私も貴州省東南部のミャオ族やヤオ族、トン族のところでナレズシが、今も盛んにつくられていることを確認している。(次頁のコラム参照)。このほか、カンボジアや北ボルネオ、あるいはフィリピンのルソン島など、照葉樹林帯以外の東南アジアの地域にもその分布が広がっているが、ナレズシの中心はあくまで照葉樹林帯とその周辺地域である。

 石毛直道氏はその著「魚醤とナレズシの研究」(1990年)の中で、塩をした魚に加熱した穀物(コメあるいはアワ)を混ぜて乳酸発酵させたナレズシは、魚醤(魚に塩を加えて発酵させた食品)に米飯が加わったものと考え、その起源は魚醤の利用のもっとも盛んなラオスと東北タイ一帯の水田耕作地帯と考えている。しかし、中国の湖南省(湘西のミャオ族)や台湾山地、中部日本(静岡県大井川上流域や岐阜県根尾川上上流域など)や朝鮮半島など、照葉樹林帯の周辺部には米飯ではなくアワ飯を使う古いタイプのナレズシが点々と分布している。そうしたことから、私はむしろナレズシは長江中・上流域の照葉樹林帯のアワを主作物とする焼畑地帯で起源して照葉樹林にまず拡がり、東南アジアへはドンソン文化の稲作などとともに南下したのではないかと考えている。いずれにしても、その起源について確定的なことはまだわからない。

コラム ミャオ族のナレズシ

中国・貴州省東南部のミャオ族の間では、今でもナレズシづくりが盛んである。そこでは、まず魚の腹を裂き、内臓を捨て、塩を魚の腹にすり込む。その魚の切り身を囲炉裏の上の火棚で半月ほどいぶしながら乾かす。その後、蒸したモチゴメに塩やトウガラシを混ぜ、それを魚の腹につめこみ、その魚の切り身を専用の密閉式の甕(48頁の写真参照)の中につめこんで密閉し、3~6カ月ほど発酵させる。魚は河川でとれる川魚を用いることもあるが、今は水田で養魚したコイやフナを用いることが多いという。

 凌純声氏らが戦前(1930年)に調査した湖南省西部のミャオ族では、軽く鍋の中で加熱処理した魚に塩を加え、数日間天日で乾かし、(炊くか蒸すかした)アワとよく混ぜて密閉した甕の中に1カ月ほど漬け込んだナレズシが盛んにつくられていた。また魚肉のほか、牛肉やブタ肉も塩をしたあと、コメの粉と混ぜて甕の中に密閉して発酵させて食べたという。

 また同じ貴州省のトン族やヤオ族では直径40~50センチほどの木桶の底に蒸したモチゴメを敷き詰め、その上に塩をした生の魚の切り身をびっしりと並べ、さらにその上に蒸し米と魚の切り身を交互に積み重ね、最後に蓋をしてその上に大きな重しを置く、というやり方でナレズシを今もつくっているという。このように加熱や燻製などの前処理をほとんど行わず、甕でなく木桶に漬け込むトン族やヤオ族のやり方や湖南省のミャオ族のコメでなくアワを用いる調理法などは、ナレズシづくりの古い形式をよく伝えるものとみることができる。

20211023 現在読んでいる著作から思ったこと(スマホを持たないことの効果?)

前回の記事投稿により、総投稿記事数が1640となっていたことを先ほど気が付きました。そうしますと、残り60記事の投稿にて、現在目標としている1700記事への到達となります。そして、これは、毎日1記事の投稿頻度の場合、2カ月程、つまり、年内での到達の目途が立つことになります。他方で、10月も残り少ないことから、出来るだけ投稿頻度を下げずに今後も続けたいと考えていますので、どうぞよろしくお願いたします。

さて、つい先日、スマートフォンを地面に落とし、少し破損してしまったことから、修理まであまり触らないように、携帯せずに置いておいたところ、これまでと比べて、少し調子が良く、読書が進んだことから、あるいは、私の場合、そこ(スマホを持たないことと読書の進み具合)にも何か関連があるのかもしれません・・。

しかし他方で、現在読み進めている一冊もまた、大変興味深いものであり、まさに「読ませる」のです・・。当著作は原作はおそらくイタリア語であると思われますが、それを和訳にて、ここまで「読ませる」のは、もちろん、訳者の力量も少なからずあるとは思われますが、やはり、大本にある著者の文体、コトバ使いなどに、何か「力」があるからではないかとも思われるのです・・。

ともあれ、当著者による作品は、以前に何冊か読みましたが、そこでも同様に、この独特の「読ませる」文章があり、今回の著作においても、以前のそれと通底する感覚がありつつも、新しい要素もあり、さらに当著作は、以前に読んだ話としての筋がある「小説」とは異なり、著者の見解、考えを幾つかの項目を立てて述べたものであることから、多少、観念的あるいは抽象的になりがちかと思うとそうでもなく、数多くの画像が図示されており、概ね納得しながら読み進め、さらには、これまでに読んだ記述の中にも既に、少なからず、興味深いものがあることなどは、さきの「スマホを持たないことによる効果」よりも、やはり著作が持つ惹き付ける面白さの方が(私にとっては)余程大きいのではないかと思われるのです・・。

しかしまた、今回読み進めている著作は400頁以上あり、ここ数日間のスマホをあまり触らない期間にて、120頁ほどまで読み進めることが出来ましたが、これは最近の自分としては、明らかに早いものであり、あるいは、以前の「薔薇の名前」と「プラハの墓地」の読書にて無意識に培った当著者の文章を読み進めるコツなどもあったのかもしれません・・。

そう、これまでの記述にてお分かりになったと思われますが、当著者とはウンベルト・エーコで、また、読み進めている著作は「ウンベルト・エーコの世界文明講義」であり、その中には、我が国のサブカルチャーの一面を理解する際にも応用可能な概念があるように思われました。

そういえば、はじめてウンベルト・エーコの著作を知ったのは、文系の師匠の研究室本棚に「薔薇の名前」上下巻があり、この少し奇妙な表紙絵柄の著作に興味を持ち尋ねてみたところ、物語概要を説明され、そして「・・それは、たしかショーン・コネリーが出演して映画にもなったよ。多分、この作品は大抵のお店に置いてあると思うから、興味があれば借りて視ると面白いかもしれないよ・・。」とのことであり、すぐにレンタルしてから、その後ほどなくして神保町の書店にて同著作上下巻の新古本を見つけ購入し、読んだのは現在から既に20年以上前のことになりました・・。

その後「永遠のファシズム」や「プラハの墓地」などを読みましたが、いずれも大変興味深い記述が多く、あるいは私見となりますが、その述べるところや、実証精神の発露の仕方などは、戦前の我が国の研究者とも相通じるものがあるように思われました。ともあれ、当著作につきましては、おそらくまた後日、記事題材にさせて頂くと思われます。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

順天堂大学保健医療学部


一般社団法人大学支援機構


~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

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2021年10月19日火曜日

20211019(20260606加筆) 株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」 pp.182-184より抜粋

 株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」

pp.182-184より抜粋
ISBN-10: 4309227880
ISBN-13: 978-4309227887

近代以降の世界で伝統宗教が相変わらず力を持っており、重要であることを示す最適の例は、日本かもしれない。1853年にアメリカの艦隊が近代世界に対して日本の門戸を開かせた。それに応じて、日本は急速な近代化に乗り出し、大成功を収めた。数十年のうちに、科学と資本主義と最新の軍事テクノロジーに依存する強力な官僚国家となり、中国とロシアを打ち負かし、台湾と朝鮮を領土とし、最終的には真珠湾でアメリカ艦隊を撃沈し、極東におけるヨーロッパ人による帝国主義支配を覆した。とはいえ日本は、やみくもに西洋の青写真をなぞったわけではない。日本は独自のアイデンティティを守り、近代の日本人を科学や近代性、あるいは、何らかの漠然としたグローバルなコミュニティではなく祖国に対して確実に忠実たらしめることを固く決意していた。

 その目的を達成するために、日本は固有の宗教である神道を日本のアイデンティティの土台とした。実際には、日本という国は神道を徹底的に作り直した。伝統的な神道は、さまざまな神や霊や魔物を信じるアニミズムの信仰の寄せ集めで、どの村も、お気に入りの霊や地元の風習を持っていた。19世紀後期から20世紀初期にかけて、日本は神道の公式版を創り出し、地方の伝統の数多くを廃止させた。この「国家神道」を、日本のエリート層がヨーロッパの帝国主義から学んだ、国民や民族という非常に近代的な考え方と融合させた。そして、国家への忠誠を強固にするのに役立ちうるものなら、仏教や儒教、封建制度の武士の気風のどんな要素も、そこに加えた。仕上げに、国家神道は至上の原理として天皇崇拝を神聖化した。天皇は太陽の女神である天照大神の直系の子孫で、自身も現人神であると考えられていた。

 一見すると、新旧のこの奇妙な組み合わせは、近代化の速習コースを受けようとしている国にしては、はなはだ不適切な選択に思えた。現人神?アニミズムの霊?封建制度の気風?これは近代の工業大国というよりも新石器時代の族長支配のように聞こえる。

 ところが、これが魔法のように効果を発揮した。日本人は息を呑むような速さで近代化すると同時に、国家に対する熱狂的な忠誠心を育んだ。神道国家の成功の象徴として最も有名なのは、日本が他の大国に先駆けて、精密誘導ミサイルを開発した事実だ。アメリカがスマート爆弾を実戦配備するよりも何十年も前、そして、ナチスドイツがようやく初歩的な慣性誘導式V2ロケットを配備し始めていた頃、日本は精密誘導ミサイルで連合国の艦船を何十隻も沈めた。このミサイルは、「カミカゼ」として知られている。今日の精密誘導兵器はコンピューターが誘導するにに対して、カミカゼは爆弾を積んだ通常の飛行機で、片道の任務に進んで出撃する人間の搭乗員が操縦していた。このような任務に就く意欲は、国家神道に培われた、命知らずの自己犠牲精神の産物だった。このようにカミカゼは、最新のテクノロジーと最新の宗教的教化の組み合わせを拠り所としていたのだった。

 知ってか知らずか、今日非常に多くの政府が日本の例に倣っている。現代の普遍的な手段や構造を採用する一方で、伝統的な宗教に頼って独自の国家としてのアイデンティティを維持している。日本における国家神道の役割は、程度こそ違うものの、ロシアでは東方正教会のキリスト教が、ポーランドではカトリック教が、イランではシーア派のイスラム教が、サウジアラビアではワッハーブ派のイスラム教が、イスラエルではユダヤ教が担っている。宗教はどれほど古めかしく見えたとしても、少しばかり想像力を働かせて解釈し直してやれば、いつでも最新テクノロジーを使った装置や最も高度な現代の機関と結びつけることができる。

 国家がまったく新しい宗教を創って、独自のアイデンティティの支えとする場合もある。今日、その最も極端な例が、かつて日本の植民地だった北朝鮮だ。北朝鮮の政権は、「チュチェ思想」と呼ばれる狂信的な国教を国民に吹き込んでいる。チュチェ思想は、マルクス・レーニン主義と、いくつかの古い朝鮮の伝統と、朝鮮民族の無比の純粋性に対する人種差別的信仰と、金日成の家系の神格化の混合物だ。金一家が太陽の女神の子孫だと主張する人は誰もいないものの、彼らは歴史上のほとんどどんな神よりも熱烈に崇拝されている。大日本帝国が最終的にどのように打ち負かされたかが念頭にあるからだろうか、北朝鮮のチュチェ思想という混合物は長い間、核兵器も自らに加えると言って聞かず、核兵器の開発を、最大の犠牲を払うだけの価値のある神聖な義務と位置づけてきた。