2020年8月11日火曜日

20200811 株式会社草思社刊 セバスチャン・ハフナー著 瀬野 文教訳 「ヒトラーとは何か」pp.140-142

人間の命は短く、国家や民族の命は長い。身分制度や階級制度も、一個人の人生よりはるかに長い歴史がある。また公共機関や政党にしたところで、それらはたいてい、そこで働く政治家たちよりも長く続いている。

 だから、たいていの政治家は、実務的に事足れりとするのがふつうである。面白いことに、右寄りの政治家ほど、この傾向が強い。彼らは芝居の結末を知らないのだ。舞台に上がり、短い役柄を演じて降りてゆく。芝居全体を知ることはできないし、知ろうとも思わない。

 割り振られた役割を、ほんの一瞬果たすだけで満足する。そのほうが政治家として成功することが多いのだ。遠大な目標を追い求めて、全体の意味を見通そうなどと野心を抱く者ほど失敗に終わる。全体の意味などはじめから信じない。そんなものがあるとも思わない。知ろうともしない、そんな悟りきった政治家ほど成功するものだ。

 たとえばビスマルクがそうだった。「神を前に、国家の名誉だの、国家権力などいかほどのものであろう。牛のひづめひとかきで蟻塚はくずれてしまう。養蜂家が育てたミツバチの巣にしたところで一代かぎりのものじゃないか」

 これとは異なるタイプの政治家がいる。彼らはきまって理論を実践に移そうとする。国家や政党に仕えると同時に、歴史的使命を果たし進歩思想に貢献したいと考えるのである。こういうタイプはたいてい左翼の政治家で、まず成功しない。挫折した理想主義者、夢破れた夢想家たちの数は、浜の真砂より多い。

 それでも、壮大な理想を掲げて成功した大物がいなかったわけではない。とくに希代の革命家には成功例がある。たとえばクロムウェル、ジェファーソンがそうだ。私たちの20世紀ではレーニンと毛沢東がいる。彼らの成功は、実際には期待に反して醜悪なものだったが、それでも成功であったことにはちがいない。

 では、ヒトラーはどちらのタイプか。ヒトラーを不用意に右翼政治家に位置づけてしまうのは禁物だ。彼は明らかに後者のタイプ、すなわち左翼政治家のタイプだ。ヒトラーはたんなる実務政治家ではなく、思想的政治家、目的の策定者、彼一流の表現を借りれば「綱領作成者」(プログラマー)であり、いってみればヒトラー主義を唱える「マルクス」であると同時に、それを実践する「レーニン」でもあった。彼は、自分のなかにプログラマーと政治家が同居していることを、たいへん誇りにしていた。「長い人類の歴史でも一度きりのことだ」と。

 さらに彼は、理論すなわち「プログラム」に従って進める政治家のほうが、ただの実務政治家よりも成功するのが難しいことを認識していた。これはまったく正しいことだった。「なぜなら後世にとって偉大な仕事ほど、その戦いは困難なものであり、成功もまれであるからだ。だが百年に一度でも花ひらけば、きたるべきのちの世の名声がほのかな光のよるにわが身を包みこむことであろう。」
 むろん誰もが知るとおり、ヒトラーにそのような名声は残らなかった。のちの世に彼を包みこんだのは、(名声のほのかな光」とはまったく別のものであった。」
株式会社草思社刊 セバスチャン・ハフナー著 瀬野 文教訳 「ヒトラーとは何か」

ISBN-10: 4794219482ISBN-13: 978-4794219480

2020年8月10日月曜日

20200809 ブログ記事作成の原動力から「歴史像」の理解について・・

ブログ記事作成の原動力は、内面の活力や気力といったものであり、その継続的な発露によって為されていると云えますが、ここ数日は暑さのためか、あまり「新規の記事を作成しよう!」といった活力・気力が湧いてきません・・。おそらく、これも一種のスランプであるとは思いますが、同時にそれは「文章が何も浮かんでこない・・」といった種類のスランプとは異なり、それ以前のものであるように思われます。

とはいうものの、ここ2日ほど新規の記事投稿を行ってこなかったため、何かしら書いておこうと考え、さきほど来から記事作成を開始した次第ですが相変わらず、自身の内面は、何と云いますか無風・凪状態のままであり「何か書いてみよう!」といった能動的な衝動は湧いてきてくれません・・(苦笑)。

それでも、記事を作成しようとするのであれば、何かしらは書かなければなりません・・。それが面白いかそうでないかは別として・・(苦笑)。では、面白い記事を書くことが出来ない状態であるのならば、無理をして記事作成をすることはないといった考えも出てくるのですが、他方で「継続」に重点を置いて考えてみますと、さきの見解とは異なり、たとえ面白い記事を書くことが出来なくとも、そこで作成した記事は、後で何らかの意味を持つ可能性も(充分に)あり、さらに、そうした無風・凪状態の中で記事を作成したといった実感は、自身の考えに影響を与え、さらには自信ともなり得るのだと云えます・・。

むしろ、ある程度の期間、どうにか記事作成を継続することが出来ているのであれば、この程度の状況はなかったとは言い切れませんので、こうした状況においては、やはり、多少自分なりの義務感を発露させてでも、何かしら作成しておく方が良いのではないかと思われるのです・・(苦笑)。

ともあれ、そのような経緯で上記のような文章に至ったと云えますが、ここまで書いていて不図思ったことは、もうじき終戦(敗戦)記念日ということであり、また同時にそれが祖霊が戻ってくるとされるお盆にもあたるということです。祖霊が戻るとされる時季に、多くの犠牲者を出した、まさしく有史以来の大戦争が終結したことは、必然的に記憶に残るようになるのでしょうが、他方で、こうした記憶はそれに関与した当事者の方々が存命であるうちは社会全体にて割合「生きた記憶」として保持されるのでしょうが、それら世代の方々が徐々に減ってきますと「生きた記憶」とは離れ、何と云いますか様式化・形式化していく傾向があると云えます・・。

こうした生きた記憶としての歴史像の様式化・形式化は、異言しますと「文字面による理解」であり、その底に息づいている情念や意味の捨象ということになります。あるいは、こうした行為は、実験などを要する自然科学系の学問であれば、有効な操作であるのかもしれませんが、人文社会科学系においては、事物の本質的な理解は、こうした情念や意味を血肉化・インカーネーションした上での理解ということになり、無論、それは同時代のものではないことから厳密な意味でのそれは不可能と云えますが、それでも、同時代のさまざまな状況の(精確な)認識により、それに迫ることは出来ると云えます。そして、この「(当時の歴史像に)迫ることは出来る」と考え、そこに価値を見出すことこそが、どの時代であっても歴史の意味であり、そしてまた楽しさであるとも思うのですが、多分、この部分が我が国の場合、どうも此岸的というか「今此処」に重点を置き過ぎてしまう傾向があるのではないかと思われるのです・・(過日引用のクローチェ的視点の行き過ぎとも云え、またそれは同、過日引用の「ラッセル教育論」での指摘に通じる)そうしますと、さきの「同時代のさまざまな状況の(精確な)認識」にはあまり力点を置かなくなり、そして、さまざまな借景的とも云える「歴史ドラマ」「マンガ」などの舞台背景の「設定」ということになります・・。

とはいえ、こうしたことは「今此処」で述べたところで、変りようがないとも思いますので、とりあえず指摘するだけ指摘しておこうと思いました。また、自身に関しては、内面の活力や気力が、こうした指摘に関連があるのではないかと不図、ここまで書いて思いました・・(苦笑)。

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2020年8月6日木曜日

20200806 自分の性質について思ったこと・・

本日は人混みを避けつつ、いつも通りの長い散歩をして、およそ8kmほど歩きました。暑い中でのある程度の距離の徒歩移動は、それなりに疲れ、汗もかきますが、その達成感はまたひとしおと云えます。

そういえば、毎年、この時季になりますと太平洋戦争を題材とした各種テレビ番組が報道されますが、そうした番組をテレビ放映の開始から時系列にて観ていきますと、一つの視点としての戦後史にはなり得るのではないかと思われます。先日書店にて「日本の戦争映画」という新書がありましたので、少し立ち読みしましたが、おそらくは、これと類似した試みであると云えます。

しかし、それでもこれまで当ブログにて述べてきましたが、我々日本人の歴史に対する意識は、同国の経済や理系を主とする科学技術全般の水準からしますと、劣った状態といいますか、何やらおかしな状態にあるように思われます・・。

私は幼い頃から歴史に関する科目が好きでしたが、それら科目の成績は悪くはありませんでしたが、決して「特に優秀」というわけではありませんでした。それでも、私の「歴史好き」の傾向には周囲とは異なる「何か」があったらしく「授業中よく発言したりする割には成績はイマイチだな・・。」といった感じがあったように記憶しています・・(苦笑)。

とはいえ、後になって分かったことは、こうした人物はそこまで珍しいわけでもなく、時折居て、私にもその傾向が少なからずあると思われますが「アスペルガー症候群」的と云えます・・。

多くの人々は、その好むものが年代によって変わっていくのでしょうが、私の「歴史好き」に関しては、多分、小学校入学以前から変わらず、また、そのために人生の方向性も変わったと云えます。おそらく、方向性を変えずにそのまま生きていれば、団塊ジュニアのロスト・ジェネレーションに属する私は、もっと良い人生になっていたのか、はたまた、そうではないのか分かりませんが、自身としては、失ったものも少なからずありましたが、今までのところは、そこまで悪くはなかったように思われます。いや、より精確には「私のような進路変更が比較的多いとも云える生き方の割には、まあ、生きていられるだけ良いのかもしれない・・。」といったところになります・・(苦笑)。

しかしまた、聞いたハナシによりますと「アスペルガー症候群」的傾向を持つ人々は、その独特な性格などにより、周囲と馴染めず、必ずしも自らの意思によらずして転職を繰り返すことが多いとのことでした・・(苦笑)。

さて、この程度まで当て嵌まると、やはり私にはその傾向がないとは云えないように思えてきます・・(苦笑)。また、これまでにお目に掛かった社会的地位もそれなりに高い、所謂制度的知識人の方から、あるいは多少の含意があったのかもしれませんが「擬態のように知識人を演じられるというのもなかなかスゴイことなんだ。」といったご意見を伺ったことがありましたが、これは、私が知識人であるかどうかは別として、少なくとも「擬態」としてのそれではなく、むしろその対極にあるものであり、これまた歴史から考えてみますと、決してカッコいいものではなく、むしろ残念ながら、私の方がホンモノではないかと思われるのです・・(笑)。もしくは、あるいは少なくとも、人の才能の顕れ方には様々なものがあるのではないでしょうか(笑)。

そして、本質的に、そうしたことを口では認めつつも、感覚的には耐え切れず排斥し続けてきたさきが現在の我が国ではないでしょうか・・(笑)。

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2020年8月5日水曜日

20200804 「意識の変容を惹起させる何か」について

おかげさまで、直近2回投稿の【架空の話】は思いのほか多くの方々に読んで頂けました。

これらを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。おそらく、あと二話ほどでKでのアパート探しになり、その後数回でKへの転居という流れに至ると考えていますが、我がことながら面白いと思うことは、こうしたモノガタリのような文章を作成していますと、作成途中で何故だか急に眠くなり、意識が飛びそうになることがあったり、他方で、不図、忘れていた記憶を思い出し「そうだ、この記憶に肉付けをしてモノガタリに組み込んでみよう。」と記事作成に拍車が掛かったりすることです・・。

また、さらに面白いことの一つは、その後で、既に投稿した記事を再度フェイスブックやツイッターで共有してみたり、それ関連する内容の記事をさらにそこに投稿してみたくなってくることです。

これは、調子の良い時は、何と云いますか、比較的リズミカルに自然に出来るのですが、停滞やスランプ気味の時は、こうした行為の自分なりに感じる「冴え」も鈍っているように思われるのです。あるいは、こうした主観的な「冴え」は、あくまでも主観的なものであり、他者から見ると、それぞれの時期(乗っている時と停滞気味の時)の間に共有・関連付け作業を行っている際の「冴え」に違いは認められないのかもしれませんが、他方で感覚的ではありますが、こうした行為は、ある程度継続していますと「自分なりの評価基準」といったものが徐々に形成されていくようにも思われます。

そして、新規投稿を継続することにより、この「自分なりの評価基準」は次第に足場のしっかりしたものになり、その先の共有・関連付け作業もまた、出来るようになると思われます。

くわえて、そのようにして新規の記事投稿や共有・関連付け作業を継続していきますと、何かしら自身が記事で書いたことや、取り上げたトピックや書籍が、自身個人よりも広い規模で取り上げられているような感じを受けることが度々生じるのです・・(笑)。

こうした感覚は「天動説」のような前近代的なものであると思われがちであり、おそらくは、そうした要素も少なからずあるとは思われますが、しかし他方で、それだけではない、個人と集団を貫く何らかの意識や感覚に触れたり、かすったりあるいはまた貫くこともいくらかはあるのではないかと思われるのです・・。

そうしますと、こうしたネット空間での新規のブログ記事投稿や共有・関連付け作業を行うことに、どのような効果や意味があるのかと考えてみますと、それは残念ながら現在の私の語彙や言語化し得る感覚の外にあると云えます・・。とはいえ、少なくとも自身においては、そうした行為には「意識の変容を惹起させる何か」があるのではとも考えています。

そして、そうした未だコトバにて翻訳出来ないような意識変容の蓄積により、何かしら「意識の相変態」のようなことが生じるのではないかと思われるのです・・。

また、ここまで書いていて不図、思ったことは「意識の相変態」が生じ易い社会とそうでない社会についてですが、これにつきましては、また別の機会に書いてみようと思います。

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2020年8月2日日曜日

20200802【架空の話】・其の37

また、そうしてあらためてCさんの顔を見ていると、何だか、さきの二人のような精悍な顔立ちにも見えてきたのだが、より精確には、それまで私がそれに気が付いていなかっただけであるのかもしれない・・。

ともあれ、そうして1時間ほど家探しのアドバイスをもらい、雑談をしてから医院を出て帰宅したのだが、考えてみると、一人暮らしをするにあたって必要と思われるものが色々あることに気が付いた・・。そこでe-mailで兄に一人暮らしでの必需品を教えてもらおうと、これまた久々にパソコンを開いて、兄宛てにメールを作成し送信した。

さて、この日も帰宅してみると家には誰も居らず、来週のKでの家探しのための荷物をパッキングしていると、不図「今後の一人暮らしでは、現在の衣類の量は多すぎるのではないか?」と思い、まだ使えそうで、そこそこキレイな衣類を古着屋さんに売ってみることにした。私は古着屋さんでアルバイトをしているため、一般的な若者が着るような衣類に関しては、そこそこ知識を持っていると考えているが、その私が選んだ衣類が果たして、どの程度の金額で買い取ってもらえるかということは、少し怖い面があるものの、興味深いものがあった。

時刻は、暗くはなってきていたものの、未だ夕刻前であり、時間は充分にあると云えた。そこで、さきのパッキングから移行した衣類の整理をさらに続け、ラージサイズの米軍サープラスのダッフルバッグが目一杯にまでなった・・。

その中に入れたものは

*日本ではあまり知られていないが、大戦時に実際に米軍に納入していたメーカーによる民間向けモデルのA-2フライトジャケット(多分70年代)

*オイルドクロスによる各種コートで有名な英国ブランドによるキルティングジャケット(色はグリーンで襟がブラウンのコーデュロイ)

*オイルドクロスによる各種コートで有名な英国ブランドによるモーターサイクルジャケット(通称インターナショナルジャケット:色はグリーン)

*マリリン・モンローが朝鮮戦争での慰問に着用したことで有名になったナイロン製フライトジャケットB-15Cの国産レプリカ

*レザーヨークダウンベスト(ヴィンテージの国産レプリカ)×2枚

これらに加え、何枚かのシャツやスウェットを詰め込んだダッフルバッグを背負い、再び電車に乗って大学近くにある、そうした衣類を専門に扱うお店に持ち込んだ。店員さんは入ってきた私を見て「あ、買取のお客様ですね。」と慣れた感じの対応であった。私は先方にバッグを委ね、書類に必要事項を記入し、査定番号が刻印された小判型の赤い番号札を受け取った。

このお店は大学近くということもあり、若者向けの衣料が比較的豊富に置いてあり、また、店内には、おそらくは近くの学生であろう若者が何人かいた。そして私もそうした中に入り店内を物色しているフリをしていると、思いのほかに程度の良い商品が並んでおり、うっかりすると、また買ってしまいそうな感じもしてきたことから、敢えて出入り口近くのレディースのバッグが置かれているところに行き、そこに並んでいるバッグに対し、偏見に基づく評価を心中で行っていると、不図、窓ガラスの向こうに見覚えのある歩き方の人物を認めたため、少し注視してみると、それは研究室で見覚えのある濃いベージュのトレンチコートを着た指導教員であった。おそらく駅に向かっているのであろう。

状況も状況であるが、私は近くにいる店員さんに、さきほどの番号札を示しつつ「すいません。ちょっと用事があって店外に出ますが、すぐに戻ってきます。」と云って、店外に出た。そして、少し小走りにて指導教員に追いつき、後ろから「先生!」と声を掛けた。

すると指導教員は立ち止まり、あまり驚く様子もなく「ああ、君か・・。そういえば夕食はもう食べたかい?」と唐突に聞いてきた。そこで「あ、あの、実は、この近くで今ちょっとした用事がありまして、おそらく、もうすぐ終わるとは思うのですが・・。」と返事をして「夕食はまだですが、先生は御済みですか?」と付け加えた。すると「その用事はあとどのくらいで終わるのですか?」と聞いてきたことから「ちょっと、お待ちください。すぐに聞いてきますので・・。」と言い残して、すぐに店に戻った。多少混み合った大学近くの商店街であっても、おそらく指導教員は私がどこに入って行くかは見えていたであろう・・。店内に戻り、近くにいた先ほどの店員さんに再び番号札を示して「あと、どのくらいかかりますか?」と訊ねたところ、腰に下げていた携帯用無線機らしきもので査定カウンターの方に問い合わせてくれた。「大体、あと5分前後ですね。」とのことであり、礼を述べて再び、指導教員の方に戻ろうとすると、後ろの方でドアの開く音が聞こえ、当の本人が中に入って来た。戻る手間は省けたものの、こうした状況は何だか恥ずかしいものであり「先生、わざわざ来て頂いて恐縮です。もうすぐ用事も終えますので・・。」と云うと「あまり詮索はしないよ。」といった感じでちょっと首をすくめて、店内の方を眺めていた。そして、そうした状況を察知したのか、ただの偶然であるであるか分からないが「**番のお客様、買取査定が終わりましたので買取カウンターまでお越しください。」と店内アナウンスが流れた。それは私の番号であった。

買取カウンターに行き、案内された席に座ると、査定担当者らしき人が、査定額が記載されたプリントをこちらに示して、一点ずつ、査定金額とその理由を説明していった。こちらとしては、完全に納得の行く金額ではなかったものの、買取総額は優に5万円以上であったことから納得し、これらを買い取ってもらうことにした。おそらく、その一部始終を背後から指導教員は見ていたのであろうが、門下の院生がこうして一種の金策らしいことをしているのを見て、一体どのように感じたのであろうか・・。

そして、無事に買取交渉を終え、買取額を受け取り、指導教員と共に店の外に出ると、おもむろに「ちょっと寒いから今日は家の近くの蕎麦屋でカレーそばでも食べようと思っているんだが、一緒にどうだね。」と話を振って来た。

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20200801【架空の話】・其の36

こうした指導教員に関する背景をボーっと思い出していると、私も数か月後にはKに住む予定であることが不図、思い起こされ、そこでBに連絡してみようと思い立った。指導教員には思いがけずに長時間居座ってしまったことを詫び、二人分のカップとソーサーを洗ってから研究室を後にした。

時刻は未だ14:00前であったが曇りがちで、陽も陰ってきていた。研究室棟を出て学食に行き、寒いためか空席が目立つ屋外の席に敢えて座り、左手を中学生の頃から着ているダークブラウンのグローバーオールのダッフルコートのポケットに入れ、右手でスマートフォンを操作して、Bに電話をかけてみたが、しばらく鳴らしてみても出ることはなかったため、電話を切り、そしてショートメッセージにて「またあとで連絡する。」と送信しておいた。


そうしてスマートフォンを手に持ったまま、右手もポケットに入れ、座ったままで背伸びをして天を仰いでみた。空は14:00前というのに、陽が乏しく灰色であり、こうしたところから、不図、先週末のWの空の色や、大気の薫りが思い出されてきた・・。そして「よくは分からないが、ああした太陽光の量や、それを素として成育する様々な植物から発せられる気体や物質などは、その土地土地に住む人々の心身に長年影響を及ぼして、次第には、地域性のようなものが形成されるのではないだろうか・・。」と不図、思ったわけだが、その後になってもこの考えには、科学的に究明してみても面白く、何かしら興味深い新たな知見がそこにあるのではないかと思われた。

ともあれ、この学食での空気には、さきのWでの大気のような、樹木や植物の薫りが混然一体となったようなものは感じられず、大気は冷たく、そして乾燥していた。すると突然、右ポケットに入れいたスマートフォンに着信があったため上を向いていた顎を落とし、姿勢を直してから電話に出た。はたして電話はBからであった。

Bは「さっきはごめん。え「今どこにいるか?」だって・・。それが、もうあまり出席が必要な講義もないし、修論も受理されて審査にも無事に通っているから、早々に高い家賃のこちらのアパートは引払って、今はKの実家に戻ってきているよ。それで、こっちに来て家を探すのであれば、出来るだけ一緒に探すようにするから、その日程を教えて欲しい。」とのことであった。私の方も早急に家探しに行く必要があると考えていたことから、翌週の金曜日に行くことに決め、それをBに伝えて合意を得た。

航空便は昨年の編入試験と同様、LCCを利用して行くことにした。また、今回のKへの訪問は、以前ほど緊張する性質のものではないことから、上手くアパートを探すことが出来たらならば、向うで少し遠出をしてみようと思った。

こうした状況からも分かるように、修了直前の私はそれなりに色々と動いており、周囲には卒業旅行で海外に行く方々も少なからずいたように思うが、私にとっては、さきのW訪問や今度のK訪問が、そうした卒業旅行に値するものであったと認識している・・。

さて、LCCで首都圏からKに行く場合、一般的に最も安い航空便であれば、新東京国際空港、つまり成田空港から出発するものになり、これは、成田空港まで出向くことに慣れていないためか少し面倒に感じられた。

このBとの電話とショートメールのやり取りを一通り終えると、私は席を立ち、この後はD先生に連絡を取り医院を訪問してみようと思った。とはいえ、この医院は、家の最寄駅からの途中、少しだけ折れたところにあるため、あまり労せずして行くことが出来る場所にあると云える・・、

医院に電話を掛けてみると、歯科衛生士のCさんが出てきて「今から夕方くらいまでは少し時間があるから寄って頂いて大丈夫です。」とのことであり、相変わらずのマジメな口調であったが、同時にその声は少し浮いているようにも聞こえた。

そして医院に着いて中に入ると、待合室には加湿器が置かれ、室温は暖かく保たれていたことから、少しホッとして更に中に入ってみると、Cさんはゴム手袋をした手で滅菌消毒されたらしい器具をそれぞれの収納場所に戻ししてるといった様子であり、D先生はクリップボードに挟んだカルテに何かを書き込んでいた。二人とも私に気が付くと、先生はクリップボードを傍らのキャスター付きワゴンに乗せ、Cさんは区切りの良いところまで器具を仕舞い終えると「今日は早いですね。それと、もうすぐKへの引越しもしなければいけませんね。」と声を掛けてきてくれた。私は「ええ、実はまさに今度kにアパートを探しに行こうと思っているのですが、そこで少し、向うの地理について知っておきたいと思ったのです。もちろん、向うではBにも相談に乗ってもらうつもりですが、ここにもK出身者とそこに長く住んだ人がいますからね・・。」と返事をした。するとD先生が「ええと、大学は市民病院とK大のKキャンパスの近くだったよね・・。」と具体的な地理の話を始めたため、少し記憶を遡り「そうです。あの路面電車の市民病院駅のすぐ近くです。」と返事をした。すると先生は「あの辺りは昔は専売局があったんだよなあ・・。と話してから少し間を置いて「それで、そのまま市電に乗っていると、さらに南のK大病院のある方に行くんだよ。それで、住むのであれば今や繁華街と云っても良いK中央駅の近くよりも、K大KキャンパスかK大病院の近くの方が安くて、比較的静かで住みよいと思うよ。」とのことであった。Cさんはk中心市街地の北にあるY野という場所のご出身であり、高校,大学時代を通じて市内中心部までバス通学であったとのことであり、住むのであれば、確かに賑やかなk中央駅近くよりも、中心からは少し外れたK大病院の近くあたりが良いかもしれない。」とのことであった。ちなみに、この時Cさんから聞いたY野という地名は、以前に読んだ記憶があり、そこで「ええっと、Cさんの出身地のY野って、もしかして西南戦争のK野利秋やB府晋介の出身地のY野ですか?」と訊ねてみると「ええ、そうです。今でも石碑が立っていて、公園になっていたりしています。それでも、よくご存じでしたね・・。」と少し嬉しそうであった。また、その顔を見ていると、Cさんの顔貌も何だか、さきの二人のように精悍に見えてきたのだが、より精確には、それまで私が気が付いていなかっただけであるのかもしれない・・。


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2020年7月29日水曜日

20200729 読んでいる著作で見つけた気になるコトバから

ここ最近は、新たな書籍に手を出すことはなく、蔵書の中で、その時の考えていることや、気分にて選び、何となく読んでいるといった日々を過ごしています。端的にこうした状態は「停滞気味」と評すべきものと云えますが、しかし、この停滞の中で、新たな書籍に興味が湧いたり、また(自身にとって)新たな考えの萌芽のようなものに出くわすことも多々ありますので、この停滞状態においても、何かしら読み続けることは、重要であると考えます。

そうした中で、以前にも当ブログにて取り上げたジャレド・ダイアモンド編著による「歴史は実験できるのか」第一章の「ポリネシアの島々を文化実験する」にて以下の記述が記述が特に興味深く思われました。

p.43
「食料が豊富な年があると思えば、不足する年があるような予測不能な環境では、どの島でも各地の渓谷を支配する首長同士がたびたび対立し合うのも意外ではない。実際、異文化に接する直前のマルケサス諸島では襲撃や武力衝突が大きな特徴で、饗宴やカニバリズムの儀式のサイクルと密接に関わっていた。私は、べつの場所でこれを「競争的退行」と呼んでいる。」

p.45
「最初にトフア(*巨大な石造の祭壇(引用者))が建造されたのは拡張期だったと思われる。しかし、建築活動が最もさかんだったのはサッグスが古典期と呼んだ時期だと考えて間違いない。ヨーロッパ人と接触するよりも1、2世紀以前から、接触が始まった頃までに当たる。この時期は、「競争的退行」のパターンの進行が民族誌学的に証明されている時期でもあり、襲撃が絶えず、饗宴の規模は拡大し、人身御供への注目が高まった。そのうえ、人口密度が最も高くなり、定期的に発生する干ばつや飢饉の影響がマルケサス諸島全域におよび、社会政治的制度が大きく変容を遂げたとも推定される。古代ポリネシアのパターンから離れ、トーマスが「流動的かつ競争的な」社会制度と呼んだ形へと変わっていったのである。」

干ばつや飢饉、そして、そこから生じる既存統治体制の揺らぎは、原初的な祭政一致の社会では、祭祀・儀式への依存・注力が一層強まり、そして、祭祀を同じくする個々の社会集団における凝集性はさらに強まり、反面で、異なる社会集団同士の争いは激化し、また同時に、そうした状況(干ばつ・飢饉・争乱)によって農作物などの拡大再生産は為しえなくなると、さらなる争乱の激化につながっていき、そうした一連の状態を当著作では「競争的退行」と呼んでいると思われますが、このコトバをネットで調べてみたところ、未だ一般的には運用されていないと思われましたが、同時にこのコトバは、この時代(西暦1400年~1600年頃)のマルケサス諸島社会のみにふさわしいといわけではなく、たとえば西暦1500年代前後のユカタン半島のマヤ文明、あるいは、2世紀後半の所謂「倭国大乱」の時代にも、あるいはこれと類似した現象があり、さらには、経済的には継続的な停滞期にある一方、情報技術が更に進化発展し、他方では感染症に社会全体が脅かされている我が国社会においても、こうした「競争的退行」とも認識出来るような状況が多く生じているのではないかと思われました・・。
(記載部分のマヤ文明につきまして、興味がありましたらメル・ギブソン監督の映画作品「アポカリプト」をご覧ください。あるいはジョルジュ・バタイユ著の「呪われた部分 有用性の限界」(ちくま学芸文庫)をご一読ください。)

とはいえ、このコトバが記載された著作「歴史は実験できるのか」は、未だ原書を入手しておらず、どのような英語表記になっているか分かりませんので、現段階では何とも云えませんが、この「競争的退行」というコトバは、昨今の我が国社会の状況、あるいはまた、世界規模でのある種の状況を指すものとして、適切であるようにも思われましたが、さて、如何でしょうか?

慶應義塾大学出版会株式会社刊 ジャレド・ダイアモンド ジェイムズ・A・ロビンソン編著 小坂 恵理訳 「歴史は実験できるのか」
ISBN-10: 4766425197

新型コロナウィルス感染症そして東アジアを含めた世界情勢が出来れば今後、収束そして鎮静化することを願っています・・。

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