昨日の投稿記事は投稿翌日では、かつてない程、多くの方に閲覧して頂きました・・。
とはいえ、その内容とは主に書籍からの抜粋引用ではありますが、これまで通り、その選択に特に自信があるわけでもありません・・(苦笑)。
それ故、興味を持って読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。
また、この記事においても以前と同様、関連していると思われる複数投稿記事を示唆、掲示しましたが、その中でエルヴィン・シュレーディンガー著『生命とは何か』の抜粋引用記事が最も多く読まれたことには大変興味深い印象を受けました。
記事を作成している側からしますと、こうした読み手側からの指摘、示唆とは、とても勉強、刺激になるものであり、また、それが自身が関連記事として示唆、掲示していない、思いもかけない記事であった場合は尚更であると云えます・・。
そしてまた、読み手側からのそうした指摘、示唆といった反応が無ければ、現在まで記事作成を継続することは困難であっただろうと思われるのです。
しかしその一方で、本日の首都圏は終日の降雨であり、気温もあまり上昇しなかったことから、イマイチ意気が上がらないまま、さきほど記事作成を開始した次第でもあるのです・・(苦笑)。
そこで「さて本日作成する記事の主題は何にしようか?」と思いますと「昨日投稿記事と、さきに挙げた『生命とは何か』からの抜粋引用部内容の関連、類似性の指摘などはどうだろうか・・?」と割合自然に思い至るわけです。
そこで、それを出来るだけ端的に述べてみますと、おそらく幾度もの実験を通じて認識された物理現象と、さまざまな文献、資料により認識された歴史的な出来事(現象)の間には、その規模には大きな相異があるものの、主体(観察者)が認識するモノガタリとしての現象とは、それらのモデルが類似する場合もあり、また、それと同時に類似する場合においても、仔細に各々のモノガタリ、現象の構成要素をあらためて認識、検討してみると、そこから思いもよらぬ新しい現象が発見され、そして再度それ(新しい現象、モノガタリ)を包括する、より新しく大きな『モノガタリ』としての現象が考察、創造されるといったところではないでしょうか・・?
また、おそらく理系、文系の何れであれ、学問の進化とは概ね、そのように『三歩進んで二歩下がる』といった感じで為されてきたのではないかと自身は考えるのです・・(笑)。
そしてまた、ここまで述べてきたことも抽象的にはなりますが『モノガタリとしての現象』といえます。
さて、こうして書いておりますと『モノガタリとしての現象』を認識する上においては、あくまでもモノガタリ≒現象でなければならないと考えます。
しかし、当ブログをも含め、現在インターネット上に言語が氾濫し、さらには、さまざまな事が科学技術によって制御される状況においては、半ば必然的に人が自然に認識する現象よりも、外部から半解の状態でやってくるモノガタリの方が多く、その対応に追われ、自然、さまざまな認識、創造も皮相的なものとなってしまうこともあるのではないかと思いましたが、さて如何でしょうか・・?
本日もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
2017年3月2日木曜日
2017年3月1日水曜日
20170301 555回目の投稿 主に書籍からの抜粋引用 Alternative Facts of Japanese Modern History?
今回の記事投稿により、総投稿記事数が555記事となります。
この数字は特にキリが良いわけではありませんが、ゾロ目ということで、わずかに気分が高揚します・・(笑)。
さて一方、本日の首都圏は日中気温は多少上がったものの、夕刻よりの降雨により現在はまた肌寒いといっても良い状況であると思われます・・。
また、この降雨は明日一杯続くとのことから気が重く、そのことから、先ほどのゾロ目云々はこれで相殺されるようなカタチとなります・・(苦笑)。
しかし、この現在降っている雨も少し以前の明らかな『冬の雨』に比べると、わずかながら春めいているとも感じますので、やはり季節は春に向かっているのでしょう・・。
そしてお春に向かっている』でもう一つ感じるのは、花粉症の症状が昨今またわずかに認められることです・・。
そういえば、花粉症に関しては首都圏、和歌山在住時のいずれも、そこそこ悩まされましたが鹿児島在住時はすっかり影を潜めておりました・・。
その代わりに鹿児島は降灰があり、これには悩まされました・・。では『花粉症と降灰でいずれがマシか?』と二者択一で考えてみますと、これまたなかなか悩まされる問題です・・(笑)。
ともあれ、こうしてハナシが鹿児島になったところで以降本日の投稿記事は、昨日の記事にも書いたとおり、橋川文三による西郷南洲翁(隆盛)についての記述を抜粋引用してみようと思います・・。
橋川文三著 文藝春秋刊 「西郷隆盛紀行」pp.202ー207より抜粋
「話は少し変わりますが、西郷が明治二十二年でしたか、名誉回復がなされますね。
少しこだわるようですけれども、私としては、やはり西郷は永遠の逆賊であったとしていた方がよかったような気がします、そして西南戦争の年でしたか、福沢諭吉が書いたような「丁丑公論」のような西郷評価が残っていたならば、日本人にとってもそれはよかったんじゃないかと思います。
だからといって、最近見られるような西郷復活というか、やはり西郷さんは偉かった式の感じ方はそのままでは私は認めたくない。しかし、西郷は逆賊であった、あるいは反動であったというふうにまとめていわれるとそれも違う、それは間違いだと思ってしまう。日本の近代化の問題を考えてみて、今の日本とは違ったものができたはずだという思い―正反合というんですかね、そこで西郷も生きてくるという感じです。」
そうするともう勝敗の行方は明らかなんで、敗けるべくして敗けたという感じが強い。
そういう意味で明治十年というのは、従来の土俗的なもの全てが駄目だということを、改めて天下に示すという恰好になって、それ以降は近代主義がもっと羽を伸ばすということになります。
私の感じでは、たしかに日本の近代主義はひとつの成功をおさめます。そしてそれなりに順調に歩みますが、結局、第二次大戦での敗戦という形で失敗してしまう。こう見てくると、やっぱり西郷の方がよかったんじゃないかという気がしてくるんです。
というのは、鹿児島の中村きい子さんの小説「女と刀」の中で、今度の戦争の敗戦場面が描かれていて、そこで一人のお婆さんに、彼女は西南戦争で敗れて帰ってきた自分の父親の話をよく覚えているんですが、つまり西郷さんはあんな戦争をしろとは言わなかったはずだ、だから西郷さんが勝っていたならば、こんなひどい目にあわなくても済んだと語らせているんです。
もう一つは、柴五郎の「ある明治人の記録」(石光真人編著・中公新書)を見ても、彼は会津藩ですから、勿論西南戦争当時は西郷憎しというので志願までしていて、結局、戦争には参加できませんでしたが、西郷敗るの報に非常に喜んでいるんです、しかしその彼が、今度の第二次大戦をかえりみて、反省すべき点がありそうだという意味のことを語っていたように思います、学問的なことからいうと、こういう薄弱なデータしかないんですけれど、今紹介したような、当時のことを経験した人たちが自分の心底から語っているようなことは、この他にも意外にたくさんあったんではないかという感じがして仕方ありません。
本日もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
この数字は特にキリが良いわけではありませんが、ゾロ目ということで、わずかに気分が高揚します・・(笑)。
さて一方、本日の首都圏は日中気温は多少上がったものの、夕刻よりの降雨により現在はまた肌寒いといっても良い状況であると思われます・・。
また、この降雨は明日一杯続くとのことから気が重く、そのことから、先ほどのゾロ目云々はこれで相殺されるようなカタチとなります・・(苦笑)。
しかし、この現在降っている雨も少し以前の明らかな『冬の雨』に比べると、わずかながら春めいているとも感じますので、やはり季節は春に向かっているのでしょう・・。
そしてお春に向かっている』でもう一つ感じるのは、花粉症の症状が昨今またわずかに認められることです・・。
そういえば、花粉症に関しては首都圏、和歌山在住時のいずれも、そこそこ悩まされましたが鹿児島在住時はすっかり影を潜めておりました・・。
その代わりに鹿児島は降灰があり、これには悩まされました・・。では『花粉症と降灰でいずれがマシか?』と二者択一で考えてみますと、これまたなかなか悩まされる問題です・・(笑)。
ともあれ、こうしてハナシが鹿児島になったところで以降本日の投稿記事は、昨日の記事にも書いたとおり、橋川文三による西郷南洲翁(隆盛)についての記述を抜粋引用してみようと思います・・。
橋川文三著 文藝春秋刊 「西郷隆盛紀行」pp.202ー207より抜粋
「話は少し変わりますが、西郷が明治二十二年でしたか、名誉回復がなされますね。
少しこだわるようですけれども、私としては、やはり西郷は永遠の逆賊であったとしていた方がよかったような気がします、そして西南戦争の年でしたか、福沢諭吉が書いたような「丁丑公論」のような西郷評価が残っていたならば、日本人にとってもそれはよかったんじゃないかと思います。
だからといって、最近見られるような西郷復活というか、やはり西郷さんは偉かった式の感じ方はそのままでは私は認めたくない。しかし、西郷は逆賊であった、あるいは反動であったというふうにまとめていわれるとそれも違う、それは間違いだと思ってしまう。日本の近代化の問題を考えてみて、今の日本とは違ったものができたはずだという思い―正反合というんですかね、そこで西郷も生きてくるという感じです。」
中略
「西南戦争が難しいというのは、第一にリーダーである西郷自身が、どういう姿勢を持っていたのかはっきりしない点があります。それから政府軍というのは、これはもう近代的な装備を持つ堂々たる軍隊で、西郷軍というのは、それに比べて前近代というか、もっと泥臭い感じ、土俗的な軍隊ですね。そうするともう勝敗の行方は明らかなんで、敗けるべくして敗けたという感じが強い。
そういう意味で明治十年というのは、従来の土俗的なもの全てが駄目だということを、改めて天下に示すという恰好になって、それ以降は近代主義がもっと羽を伸ばすということになります。
私の感じでは、たしかに日本の近代主義はひとつの成功をおさめます。そしてそれなりに順調に歩みますが、結局、第二次大戦での敗戦という形で失敗してしまう。こう見てくると、やっぱり西郷の方がよかったんじゃないかという気がしてくるんです。
というのは、鹿児島の中村きい子さんの小説「女と刀」の中で、今度の戦争の敗戦場面が描かれていて、そこで一人のお婆さんに、彼女は西南戦争で敗れて帰ってきた自分の父親の話をよく覚えているんですが、つまり西郷さんはあんな戦争をしろとは言わなかったはずだ、だから西郷さんが勝っていたならば、こんなひどい目にあわなくても済んだと語らせているんです。
もう一つは、柴五郎の「ある明治人の記録」(石光真人編著・中公新書)を見ても、彼は会津藩ですから、勿論西南戦争当時は西郷憎しというので志願までしていて、結局、戦争には参加できませんでしたが、西郷敗るの報に非常に喜んでいるんです、しかしその彼が、今度の第二次大戦をかえりみて、反省すべき点がありそうだという意味のことを語っていたように思います、学問的なことからいうと、こういう薄弱なデータしかないんですけれど、今紹介したような、当時のことを経験した人たちが自分の心底から語っているようなことは、この他にも意外にたくさんあったんではないかという感じがして仕方ありません。
本日もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
2017年2月28日火曜日
20170228 初期に作成された記事を読んで思うこと 『著す』とは・・?
以前に読んだ本を久しぶりに手に取り、読んでみると、その中に引かれた赤線や殴り書きの註釈の意味が過去の自身が行った行為であるにも関わらず、分からないことがあります・・(苦笑)。
また一方、とりあえず500記事程度もしくは20ヶ月程度、ブログ記事作成を続けておりますと、自身が過去に作成した記事においても、そのような現象が生じることがあるのではないかと、不図考えることがあります・・(笑)。
とはいえ、現在日々、過去の記事を読み返し、適宜わずかな改変、修正を行い再投稿する限りにおいては、そうした現象に出くわすことはありません・・。
あるいは、これはこれで成長がないということになるのでしょうか・・(苦笑)?
その一方で過去の自身の作成した記事を読み思うことは、その作成された時季によっても若干の相異が認められますが、概して古い段階に作成された記事とは、最初期の対話形式からの延長であることから、ハナシの主題がよく飛ぶ、変化する文体であることが認められます。
こうした文体の場合、ハナシを無理やり繋げることに対し、あまり抵抗はありませんので、自然、ある程度の文量を比較的容易に書くことが出来るようです・・(笑)。
しかしながら、この傾向とは、昨今においても時折見受けることが出来、また自身としては、この傾向に対し危機感を持つことは、むしろ『記事作成』にとって危険なことではないかと考えます。
それ故、そうした傾向の文体で書かれた記事であっても、それはあくまでもブレ、偏差のようなものであると割り切り、あまり気にすることなく、目標とする600記事まで作成することに主眼を置くこととします・・(笑)。
また、それと同時に思うことは、以前も記事に書きましたが『初期に書かれた記事の方が内容的に深いものが多い傾向がある』ことであり、これに関しては、単純に初期の記事とは、その作成に割ける時間が相対的に多かったことによるものと考えます。
そのため、昨今においても、記事作成に割く時間が比較的多い週末に作成された記事とは、あとになり読み返してみても、平日に作成された記事に比べ、多少練られた感があるのではないかと思われますが如何でしょうか・・(笑)?
それと同時に、自身が表現したい内容、考えを文章としてまさしく『著す』という意味においては、初期作成記事に比べ多少は上達、洗練してきているのではないかとも思われます・・。
また、その意味においては、たしかに『継続は力なり』というコトバの意味の深さを多少考えさせられるところでもあります・・(笑)。
そういえば、ここまで書いて不図思い出したことは、本日作成の記事は先日再読した橋川文三の西郷南洲翁(隆盛)についての記述の抜粋引用にて充てようと考えていたことです・・。
白状しますと、こうしたことは、これまでの記事作成において、何度もありましたが、結果的には、どちらが良かったのかとは、なかなか分かりにくいものです・・(苦笑)。
さて、そこからハナシは飛び(笑)結果的にこれまでに作成した記事数とは、おおよそ550であり、1記事が大体1000字程度と考えますと55万字程度書いたことになり、さらに書籍からの抜粋引用をそのうちの半分として除きますと、おおよそ30万字弱程度自身の文章を書いてきたことになりますが、これは何かしらの影響、効果を文章作成の上達、洗練以外に自身に与えているのでしょうか・・?
こうしたこともまた、なかなか分かりにくいものです(笑)。
本日もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
また一方、とりあえず500記事程度もしくは20ヶ月程度、ブログ記事作成を続けておりますと、自身が過去に作成した記事においても、そのような現象が生じることがあるのではないかと、不図考えることがあります・・(笑)。
とはいえ、現在日々、過去の記事を読み返し、適宜わずかな改変、修正を行い再投稿する限りにおいては、そうした現象に出くわすことはありません・・。
あるいは、これはこれで成長がないということになるのでしょうか・・(苦笑)?
その一方で過去の自身の作成した記事を読み思うことは、その作成された時季によっても若干の相異が認められますが、概して古い段階に作成された記事とは、最初期の対話形式からの延長であることから、ハナシの主題がよく飛ぶ、変化する文体であることが認められます。
こうした文体の場合、ハナシを無理やり繋げることに対し、あまり抵抗はありませんので、自然、ある程度の文量を比較的容易に書くことが出来るようです・・(笑)。
しかしながら、この傾向とは、昨今においても時折見受けることが出来、また自身としては、この傾向に対し危機感を持つことは、むしろ『記事作成』にとって危険なことではないかと考えます。
それ故、そうした傾向の文体で書かれた記事であっても、それはあくまでもブレ、偏差のようなものであると割り切り、あまり気にすることなく、目標とする600記事まで作成することに主眼を置くこととします・・(笑)。
また、それと同時に思うことは、以前も記事に書きましたが『初期に書かれた記事の方が内容的に深いものが多い傾向がある』ことであり、これに関しては、単純に初期の記事とは、その作成に割ける時間が相対的に多かったことによるものと考えます。
そのため、昨今においても、記事作成に割く時間が比較的多い週末に作成された記事とは、あとになり読み返してみても、平日に作成された記事に比べ、多少練られた感があるのではないかと思われますが如何でしょうか・・(笑)?
それと同時に、自身が表現したい内容、考えを文章としてまさしく『著す』という意味においては、初期作成記事に比べ多少は上達、洗練してきているのではないかとも思われます・・。
また、その意味においては、たしかに『継続は力なり』というコトバの意味の深さを多少考えさせられるところでもあります・・(笑)。
そういえば、ここまで書いて不図思い出したことは、本日作成の記事は先日再読した橋川文三の西郷南洲翁(隆盛)についての記述の抜粋引用にて充てようと考えていたことです・・。
白状しますと、こうしたことは、これまでの記事作成において、何度もありましたが、結果的には、どちらが良かったのかとは、なかなか分かりにくいものです・・(苦笑)。
さて、そこからハナシは飛び(笑)結果的にこれまでに作成した記事数とは、おおよそ550であり、1記事が大体1000字程度と考えますと55万字程度書いたことになり、さらに書籍からの抜粋引用をそのうちの半分として除きますと、おおよそ30万字弱程度自身の文章を書いてきたことになりますが、これは何かしらの影響、効果を文章作成の上達、洗練以外に自身に与えているのでしょうか・・?
こうしたこともまた、なかなか分かりにくいものです(笑)。
本日もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
2017年2月27日月曜日
20170227 昨日投稿の記事から思ったこと・・内発性・議論について
本日の首都圏は以前の肌寒さが戻ってきたように思われますが、それでも去る1月全般と比べますと徐徐に温暖になっている感じを受けます。
さて、昨日投稿した記事もまた思いのほか、多くの方々に閲覧して頂きました。
この記事を興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
このことから、時折は以前に投稿した記事の中で比較的反響の大きかったものを題材とするのもまた、悪くないことであると認識した次第です・・(笑)。
そういえば、以前読んだある著作の中で『明治維新以降の現代に至るまでの我が国とは、全体として精神を病んでいる』と表現したものがありましたが、この考えは夏目漱石が明治44年に行った講演、書籍化もされている『現代日本の開化』を媒介として自身としては納得できるものでした。
また、あるいはさきの著作も、その主題の基層には夏目漱石の講演があったのかもしれません・・。
ともあれ、我々とは日常において、そのようなことを考える暇もなければ、機会も十分にあるとはいえません・・。
しかしながら、やはりこのこと(夏目漱石の『現代日本の開化』を読んでみてください)とは、少なくとも近代以降の我々の社会を考える上において、最も重要な事柄(の一つ)ではないかと思われるのです・・。
我々は夏目漱石およびその著作を紙幣の図柄にもなる国民的作家そして国民的著作として称揚していながらも、日常的な話題において、それら著作の主題となっている『我々の持つさまざまな性質』および同様に『社会、文化についての言及』が取り上げられることはほぼ皆無といっても良いのではないでしょうか・・?
とはいえ、現今の我が国における近代初期の文学とは、そのような位置付けであり、また、それが一般的であるため、現今の首都圏(のマスメディア)を中心とする文化が発信する皮相的、他律的とも云える衒学性の方が余程上滑りであり、結果的に神経衰弱を招きかねないのではないかと思われます・・。
そして、ここまで書いており、また不図思ったことは『いや、近代以降の我が国とは、現代に至るまで、このような皮相的、他律的な言説を自家嚢中のものの如く、さも権威であるかの如く、ただ大声で喚き散らし、あるいは(ただ)耳聞こえの良い調子にて説いてきた勢力により牽引され続けてきたのではないか・・?』ということです・・。
そして、こうした状況をどうにか変革するためにはどうした良いかと考えてみますと、一つは教育による漸進的なものであり、次に我々が『内発的な動機』により、さまざまな著作を読み、それらの主題を考えて、議論をする風土を創り出すことではないかと思われるのですが、実はこうしたことは明治初期から云われてきたことでもあるのです・・。
そしてその象徴が港区三田の高台にある和洋折衷(なまこ壁)の特徴的な建造物です・・。
無論、自身も含めてそうですが、我々とは、その時代から多少なりとも進化しているのでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨2016年に熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した大地震によって被災された地域のできるだけ早期の諸インフラの復旧、そして復興を祈念しております。
さて、昨日投稿した記事もまた思いのほか、多くの方々に閲覧して頂きました。
この記事を興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
このことから、時折は以前に投稿した記事の中で比較的反響の大きかったものを題材とするのもまた、悪くないことであると認識した次第です・・(笑)。
そういえば、以前読んだある著作の中で『明治維新以降の現代に至るまでの我が国とは、全体として精神を病んでいる』と表現したものがありましたが、この考えは夏目漱石が明治44年に行った講演、書籍化もされている『現代日本の開化』を媒介として自身としては納得できるものでした。
また、あるいはさきの著作も、その主題の基層には夏目漱石の講演があったのかもしれません・・。
ともあれ、我々とは日常において、そのようなことを考える暇もなければ、機会も十分にあるとはいえません・・。
しかしながら、やはりこのこと(夏目漱石の『現代日本の開化』を読んでみてください)とは、少なくとも近代以降の我々の社会を考える上において、最も重要な事柄(の一つ)ではないかと思われるのです・・。
我々は夏目漱石およびその著作を紙幣の図柄にもなる国民的作家そして国民的著作として称揚していながらも、日常的な話題において、それら著作の主題となっている『我々の持つさまざまな性質』および同様に『社会、文化についての言及』が取り上げられることはほぼ皆無といっても良いのではないでしょうか・・?
とはいえ、現今の我が国における近代初期の文学とは、そのような位置付けであり、また、それが一般的であるため、現今の首都圏(のマスメディア)を中心とする文化が発信する皮相的、他律的とも云える衒学性の方が余程上滑りであり、結果的に神経衰弱を招きかねないのではないかと思われます・・。
そして、ここまで書いており、また不図思ったことは『いや、近代以降の我が国とは、現代に至るまで、このような皮相的、他律的な言説を自家嚢中のものの如く、さも権威であるかの如く、ただ大声で喚き散らし、あるいは(ただ)耳聞こえの良い調子にて説いてきた勢力により牽引され続けてきたのではないか・・?』ということです・・。
そして、こうした状況をどうにか変革するためにはどうした良いかと考えてみますと、一つは教育による漸進的なものであり、次に我々が『内発的な動機』により、さまざまな著作を読み、それらの主題を考えて、議論をする風土を創り出すことではないかと思われるのですが、実はこうしたことは明治初期から云われてきたことでもあるのです・・。
そしてその象徴が港区三田の高台にある和洋折衷(なまこ壁)の特徴的な建造物です・・。
無論、自身も含めてそうですが、我々とは、その時代から多少なりとも進化しているのでしょうか・・?
今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨2016年に熊本、山陰東部そして福島周辺にて発生した大地震によって被災された地域のできるだけ早期の諸インフラの復旧、そして復興を祈念しております。
2017年2月26日日曜日
20170226 本質とは何でしょうか・・?【書籍からの抜粋引用あり】
今月二月ももうじき終わり、三月となりますが、ここで今月に多く閲覧されたブログ記事を取り上げてみようと思います。
これまでは、あまりそうした試みを行うことはありませんでしたので、いわば初めての試みということになります・・(笑)。
さて、今月作成した記事の中で最も読まれていた記事は2月4日に作成投稿された「どの程度の深さからの反応であるのか・・?」でした。
この記事に関しては、その主題が我が国社会が持つある種の傾向、特性を指摘したものであり、また、その内容全般に関しては特に加筆修正の必要性はないと考えます。
とはいえ、それと同時に思うことは、この記事に書かれた内容とは、あくまでも、我が国の首都圏、東京文化に対するものであり、あるいは国内他地域、地方においては、その内容とは、必ずしも適用することが出来るものではないのかもしれないということです・・。
また、本日が2月26日であることから考えることではありますが、現代において1936年・昭和11年のこの日に起きた2・26事件のことを何やら現今流行の経営戦略的な視点で論ずるのは、それがあくまでも国内の事件であり、対外的な戦争・戦闘でないだけにより一層何ともいえない苛立たしさをおぼえるのです・・(苦笑)。
また、三島由紀夫等が1970年・昭和45年に自衛隊市ヶ谷駐屯地にて盾の会事件を決行した主要な原因の一つとして、事件当時から既に社会に存在、顕在していた、そうした浅薄とも評し得る傾向に対する抗議の意味があったのではないかと思われます・・。
あるいはさらに時代を遡り、明治維新から神風連の乱、西南戦争に至るまでの西郷隆盛をはじめ同様の過程を経た、かつての志士達にもまた、それと類似する心のメカニズムが働いていたのではないかとも推察することが出来ます。
そして、ここまで書いておりますと、つい先日読みました司馬遼太郎の対談集「日本人の顔」での
江崎玲於奈との対談を想起しました。
以下にその部分を抜粋引用し、示します。
司馬「日本人のいい面といえば、原理性から離れたところで物事を運営するのがうまいということでしょうか。
たとえば、日本航空は優秀ですな。
パリあたりの空港で途方にくれている場合、日本航空だとわれわれ乗客を低能として扱ってくれて(笑)-ずーっと至れり尽くせり誘導してくれるでしょう。スチュワーデスの制服にしても、いかにもキビキビ、マネジメントしているだろうという感じでしょう。
何だか昔の帝国海軍を見ている感じで、変な感じがするほどですね。(笑)」
江崎「日本航空は、一つの国策会社ですからね。(笑)」
司馬「運営という点で磨きあげられている感じがあって。
だけど独創的なところはないんじゃないですか。
椅子など機内の備品類でもよく磨いてありますね。
幕末に西洋から航海術を受け入れたころから、日本人は船内を清潔にせよという技術的習慣を学んだ。
だから飛行機でも、スチュワーデスは自分の担当の備品をきれいにする。
ところが非常に衛生を重んじるドイツの旅客機に乗ると、衛生はきちっとしてしているけれども、椅子など金属のところに傷がついていたり、その傷に黒っぽいアカがたまっているような感じだったり、何か汚らしい感じがしますが、日本のエアラインなら、ちょっとでも汚れるとすぐ新品ととりかえてしまう感じがありますね。
ドイツ人には、見かけは汚くても、衛生的であればいいんだという思想がありますでしょう。つまり衛生という原理さえしっかりしてればいい。」
(中略)
司馬「私が「坂の上の雲」という作品を書いていたとき、古い海軍さんに教えを請うたんです。
その海軍さんの話だと、ソ連の巡洋艦が寄港したとき、みんなで乗せてもらった。
ソ連の海軍はどんなレベルかと思って、ある人は船室の隅をほこりがついてないか指でなぜてみたというんです。
私は海軍のことは知りませんが、海軍さんはそうやって水兵をいじめていたそうですね。
これはイギリス海軍の伝統だそうで。
イギリス海軍は、船内を隅から隅まできれいにすることによって、自然に普遍的な海軍倫理をつくり上げていった。と
ころがイギリス海軍をお手本にした日本海軍は、清掃自体が至上命令のものになってしまった。
本来はそんなことはどうでもいいことですよ。
ソ連人が乗れば、汚く乗っていたっていいんで、その巡洋艦の機能さえよければいいんですが、日本人は非常に技術の末梢的なことを重要視することで精神性を見ようとしますね。」
江崎「研究所にしても、きれいとか汚いとかの観念が西洋人と日本人とではだいぶ違うんじゃないですかね。
アメリカのわれわれの研究室は、壁なんか必要以上に塗りかえるわけです。
日本では塗りかえなんかはしないでぞうきんで一生懸命にふく。清掃すること自体に重きをおく。実際にきれいになるかどうかよりもね。
司馬「本質にいたらず、末梢にかかずらわってしまう。」
さて、上掲の抜粋引用部はその前に書いた記事主題の本質と多少は関わっていたでしょうか(笑)?
今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島周辺において発生した大地震により被災された地域のできるだけ早期の諸インフラの復旧、そして復興を祈念しております。
これまでは、あまりそうした試みを行うことはありませんでしたので、いわば初めての試みということになります・・(笑)。
さて、今月作成した記事の中で最も読まれていた記事は2月4日に作成投稿された「どの程度の深さからの反応であるのか・・?」でした。
この記事に関しては、その主題が我が国社会が持つある種の傾向、特性を指摘したものであり、また、その内容全般に関しては特に加筆修正の必要性はないと考えます。
とはいえ、それと同時に思うことは、この記事に書かれた内容とは、あくまでも、我が国の首都圏、東京文化に対するものであり、あるいは国内他地域、地方においては、その内容とは、必ずしも適用することが出来るものではないのかもしれないということです・・。
また、本日が2月26日であることから考えることではありますが、現代において1936年・昭和11年のこの日に起きた2・26事件のことを何やら現今流行の経営戦略的な視点で論ずるのは、それがあくまでも国内の事件であり、対外的な戦争・戦闘でないだけにより一層何ともいえない苛立たしさをおぼえるのです・・(苦笑)。
また、三島由紀夫等が1970年・昭和45年に自衛隊市ヶ谷駐屯地にて盾の会事件を決行した主要な原因の一つとして、事件当時から既に社会に存在、顕在していた、そうした浅薄とも評し得る傾向に対する抗議の意味があったのではないかと思われます・・。
あるいはさらに時代を遡り、明治維新から神風連の乱、西南戦争に至るまでの西郷隆盛をはじめ同様の過程を経た、かつての志士達にもまた、それと類似する心のメカニズムが働いていたのではないかとも推察することが出来ます。
そして、ここまで書いておりますと、つい先日読みました司馬遼太郎の対談集「日本人の顔」での
江崎玲於奈との対談を想起しました。
以下にその部分を抜粋引用し、示します。
司馬「日本人のいい面といえば、原理性から離れたところで物事を運営するのがうまいということでしょうか。
たとえば、日本航空は優秀ですな。
パリあたりの空港で途方にくれている場合、日本航空だとわれわれ乗客を低能として扱ってくれて(笑)-ずーっと至れり尽くせり誘導してくれるでしょう。スチュワーデスの制服にしても、いかにもキビキビ、マネジメントしているだろうという感じでしょう。
何だか昔の帝国海軍を見ている感じで、変な感じがするほどですね。(笑)」
江崎「日本航空は、一つの国策会社ですからね。(笑)」
司馬「運営という点で磨きあげられている感じがあって。
だけど独創的なところはないんじゃないですか。
椅子など機内の備品類でもよく磨いてありますね。
幕末に西洋から航海術を受け入れたころから、日本人は船内を清潔にせよという技術的習慣を学んだ。
だから飛行機でも、スチュワーデスは自分の担当の備品をきれいにする。
ところが非常に衛生を重んじるドイツの旅客機に乗ると、衛生はきちっとしてしているけれども、椅子など金属のところに傷がついていたり、その傷に黒っぽいアカがたまっているような感じだったり、何か汚らしい感じがしますが、日本のエアラインなら、ちょっとでも汚れるとすぐ新品ととりかえてしまう感じがありますね。
ドイツ人には、見かけは汚くても、衛生的であればいいんだという思想がありますでしょう。つまり衛生という原理さえしっかりしてればいい。」
(中略)
司馬「私が「坂の上の雲」という作品を書いていたとき、古い海軍さんに教えを請うたんです。
その海軍さんの話だと、ソ連の巡洋艦が寄港したとき、みんなで乗せてもらった。
ソ連の海軍はどんなレベルかと思って、ある人は船室の隅をほこりがついてないか指でなぜてみたというんです。
私は海軍のことは知りませんが、海軍さんはそうやって水兵をいじめていたそうですね。
これはイギリス海軍の伝統だそうで。
イギリス海軍は、船内を隅から隅まできれいにすることによって、自然に普遍的な海軍倫理をつくり上げていった。と
ころがイギリス海軍をお手本にした日本海軍は、清掃自体が至上命令のものになってしまった。
本来はそんなことはどうでもいいことですよ。
ソ連人が乗れば、汚く乗っていたっていいんで、その巡洋艦の機能さえよければいいんですが、日本人は非常に技術の末梢的なことを重要視することで精神性を見ようとしますね。」
江崎「研究所にしても、きれいとか汚いとかの観念が西洋人と日本人とではだいぶ違うんじゃないですかね。
アメリカのわれわれの研究室は、壁なんか必要以上に塗りかえるわけです。
日本では塗りかえなんかはしないでぞうきんで一生懸命にふく。清掃すること自体に重きをおく。実際にきれいになるかどうかよりもね。
司馬「本質にいたらず、末梢にかかずらわってしまう。」
さて、上掲の抜粋引用部はその前に書いた記事主題の本質と多少は関わっていたでしょうか(笑)?
今回もここまで興味を持って読んで頂きどうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部、福島周辺において発生した大地震により被災された地域のできるだけ早期の諸インフラの復旧、そして復興を祈念しております。
20170225 『計画性』『創造性』『散文』『手作業』『季節毎の仕事』について・・551記事
つい先日に総投稿記事数が550に到達することができましたので、本日も含め以降数日間、記事作成を休もうと思いましたが、以前に作成した記事を眺めておりますと、どうしたわけかまた何か書かなくては・・と思うに至り、現在このように記事作成を行っている次第です・・(苦笑)。
とはいえ、本日もまた特に記事の題材は決まっているわけではなく、漫然と『何か』が頭に思い浮かぶまで、その都度脳裏に浮かんだことを記していこうと思います・・(笑)。
「果たしてこのような感じで良いのであろうか? 文章を書くのであれば、もう少し構想を練って、ある程度のハナシの構成が出来上がってから書くべきではないか・・?」
とも思うところではありますが、しかし実際の多くの文章とは、そのような計画的なものではなく、いや、少なくとも、散文などの場合は『書いてみないと分からない・・』といった感じではないかと思われるのです・・。
そして、こうした態度を『計画性がない』として非難する傾向のある社会とは、おそらく少なからず『創造性』を犠牲にしているのではないかと思います。
一方『計画性』がないこともまた、それは問題であり、それにより社会全体が危ない方向に行ってしまうことも、さきと同程度にあるのではないかとも思われます・・。
しかし、こうしたブログなどにおいては、計画性云々よりも、とりあえず現段階においては、わずかでも創造的行為(書くこと)を継続することが重視されるべきであると考えますので、本日のような適当な着想が得られない場合であれば、このような文体で書くこともまた、それなりに有意義であるものと考えます・・(笑)。
そして、実際にそのように書くことにより、さきの『創造性と計画性』についての着想を得ることができました。
さらにここまで書いており、不図思ったことは、本日ある偶然により大変久しぶりに印象材、硬石膏の練和およびそれを採得された印象に注ぐといった作業を行うことになりました・・。
久しぶりであったわりには、特に問題なく一連の作業を行うことが出来たことは、自身としても安心するところであり、また同時にこれまでにそれなりの数を行ってきた作業、手技とは、そうすぐには身体が忘れるものではないことを実感しました・・。
加えて、それを行った場所が技工室等でなく、一般のご家庭の流し付近であったにも関わらず、その作業を滞りなくできたことに対し、わずかながら満足した次第です・・(笑)。
そして、ここまで書いて、さらに思い出されたことは、つい先日頂いた師匠(歯科理工学)からのお手紙の中に『やはり手を用いて作業をしていることは楽しい』と綴られていたことです。
そこから、今後しばらくしたら、再度そうした公募職種への応募を再度開始した方が良いのではないか?と思うところですが、さて、そうした職種とは上手いこと見つかるものでしょうか・・(笑)?
ともあれ、自身の希望する職種内容を考えてみますと、それは学部、学科は問いませんが、『季節毎』に
1):さまざまな試料作製・分析といった研究支援
2):導入部・教養課程での実習指導
3):求職活動の支援
などを担当する職種であればベストですが、これはいささか欲張りすぎであるかもしれません・・(笑)。
本日もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
とはいえ、本日もまた特に記事の題材は決まっているわけではなく、漫然と『何か』が頭に思い浮かぶまで、その都度脳裏に浮かんだことを記していこうと思います・・(笑)。
「果たしてこのような感じで良いのであろうか? 文章を書くのであれば、もう少し構想を練って、ある程度のハナシの構成が出来上がってから書くべきではないか・・?」
とも思うところではありますが、しかし実際の多くの文章とは、そのような計画的なものではなく、いや、少なくとも、散文などの場合は『書いてみないと分からない・・』といった感じではないかと思われるのです・・。
そして、こうした態度を『計画性がない』として非難する傾向のある社会とは、おそらく少なからず『創造性』を犠牲にしているのではないかと思います。
一方『計画性』がないこともまた、それは問題であり、それにより社会全体が危ない方向に行ってしまうことも、さきと同程度にあるのではないかとも思われます・・。
しかし、こうしたブログなどにおいては、計画性云々よりも、とりあえず現段階においては、わずかでも創造的行為(書くこと)を継続することが重視されるべきであると考えますので、本日のような適当な着想が得られない場合であれば、このような文体で書くこともまた、それなりに有意義であるものと考えます・・(笑)。
そして、実際にそのように書くことにより、さきの『創造性と計画性』についての着想を得ることができました。
さらにここまで書いており、不図思ったことは、本日ある偶然により大変久しぶりに印象材、硬石膏の練和およびそれを採得された印象に注ぐといった作業を行うことになりました・・。
久しぶりであったわりには、特に問題なく一連の作業を行うことが出来たことは、自身としても安心するところであり、また同時にこれまでにそれなりの数を行ってきた作業、手技とは、そうすぐには身体が忘れるものではないことを実感しました・・。
加えて、それを行った場所が技工室等でなく、一般のご家庭の流し付近であったにも関わらず、その作業を滞りなくできたことに対し、わずかながら満足した次第です・・(笑)。
そして、ここまで書いて、さらに思い出されたことは、つい先日頂いた師匠(歯科理工学)からのお手紙の中に『やはり手を用いて作業をしていることは楽しい』と綴られていたことです。
そこから、今後しばらくしたら、再度そうした公募職種への応募を再度開始した方が良いのではないか?と思うところですが、さて、そうした職種とは上手いこと見つかるものでしょうか・・(笑)?
ともあれ、自身の希望する職種内容を考えてみますと、それは学部、学科は問いませんが、『季節毎』に
1):さまざまな試料作製・分析といった研究支援
2):導入部・教養課程での実習指導
3):求職活動の支援
などを担当する職種であればベストですが、これはいささか欲張りすぎであるかもしれません・・(笑)。
本日もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
昨年に熊本、山陰東部そして福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。
2017年2月23日木曜日
20170223 550記事到達に際し思ったこと、思い出したこと・・
A「本日の首都圏は日中気温も上昇し大変過ごし易かったです。
おそらく本日に関しては日中、暖房も必要ではなかったのではないでしょうか・・?
さて、今回の記事投稿によって総投稿記事数が550に至ります。
これにより600記事到達まで残り50記事ということになり、同時に500記事から600記事への丁度半分の地点に至ったことにもなります・・。
そして、この調子にて記事作成を継続してゆけば、おそらく4月中に600記事に到達することが出来るのではないかとも思えます。
今後も適宜休みを入れつつ、あまり無理をしないで、とりあえずの目標である600記事までの到達を目指そうと考えております。
そして、そこから先については、今現在考える必要はないと考えます・・(笑)。
それよりも残り50記事の題材とは、どうにかなるのでしょうか・・?
とはいえ、これまでも主題の重複はありながらも、ここまで継続して記事作成が出来ておりますので、残り50記事もどうにか作成することが出来るものと勝手に考えることにします・・(笑)。
また、記事題材に困った場合、書籍からの抜粋引用に加え、これまでによく読まれたブログ記事の紹介およびその解説などを行うことにより新たな記事作成が出来るかもしれません(苦笑)。
また、これに関してはこれまでに行ったことがありませんでしたので面白いかもしれません・・。
そして、ここまで書いていて不図思い出したことは、鹿児島在住時代の2011年、何故か分かりませんが、突然文系学問の書籍が読めなくなり、また同時に文系学問の当然知っているはずのことまで頭に浮かばず、それを上手く発することが出来ない状態になったことです・・。
しかし、その他に身体に悪いところがありませんでした。未だにその原因は不明です。
ともあれ、この時はさすがに焦燥に駆られ、色々と試した結果、どうにかその窮地?から脱することが出来たように思います・・。
あるいは、このことは現在継続しているブログを始めた理由とも多少類似、関連した何かがあるのかもしれません・・(苦笑)。
とはいえ、ハナシを戻し、さきほどの2011年の際は、その年の暮れ、あるいは翌2012年初頭より徐徐に回復し、元気になっていきました。
ここに如何なる要因が関与しているのかは未だ分かりません。
ただ、ここで思うことは『どのような状況、状態であれブログ記事作成のようなものであっても、何かしら創造的な行為を意識して継続することにより、時折到来するそうした精神の危機といったものを回避あるいはそこからの被害を最小限に抑えることが出来るのではないか?』ということです。
これはこれまでブログ記事をある程度継続し作成した中で思ったことですが、さて如何お考えでしょうか・・?
ともあれ、おかげさまで550記事まで到達することができました。
ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
おそらく本日に関しては日中、暖房も必要ではなかったのではないでしょうか・・?
さて、今回の記事投稿によって総投稿記事数が550に至ります。
これにより600記事到達まで残り50記事ということになり、同時に500記事から600記事への丁度半分の地点に至ったことにもなります・・。
そして、この調子にて記事作成を継続してゆけば、おそらく4月中に600記事に到達することが出来るのではないかとも思えます。
今後も適宜休みを入れつつ、あまり無理をしないで、とりあえずの目標である600記事までの到達を目指そうと考えております。
そして、そこから先については、今現在考える必要はないと考えます・・(笑)。
それよりも残り50記事の題材とは、どうにかなるのでしょうか・・?
とはいえ、これまでも主題の重複はありながらも、ここまで継続して記事作成が出来ておりますので、残り50記事もどうにか作成することが出来るものと勝手に考えることにします・・(笑)。
また、記事題材に困った場合、書籍からの抜粋引用に加え、これまでによく読まれたブログ記事の紹介およびその解説などを行うことにより新たな記事作成が出来るかもしれません(苦笑)。
また、これに関してはこれまでに行ったことがありませんでしたので面白いかもしれません・・。
そして、ここまで書いていて不図思い出したことは、鹿児島在住時代の2011年、何故か分かりませんが、突然文系学問の書籍が読めなくなり、また同時に文系学問の当然知っているはずのことまで頭に浮かばず、それを上手く発することが出来ない状態になったことです・・。
しかし、その他に身体に悪いところがありませんでした。未だにその原因は不明です。
ともあれ、この時はさすがに焦燥に駆られ、色々と試した結果、どうにかその窮地?から脱することが出来たように思います・・。
あるいは、このことは現在継続しているブログを始めた理由とも多少類似、関連した何かがあるのかもしれません・・(苦笑)。
とはいえ、ハナシを戻し、さきほどの2011年の際は、その年の暮れ、あるいは翌2012年初頭より徐徐に回復し、元気になっていきました。
ここに如何なる要因が関与しているのかは未だ分かりません。
ただ、ここで思うことは『どのような状況、状態であれブログ記事作成のようなものであっても、何かしら創造的な行為を意識して継続することにより、時折到来するそうした精神の危機といったものを回避あるいはそこからの被害を最小限に抑えることが出来るのではないか?』ということです。
これはこれまでブログ記事をある程度継続し作成した中で思ったことですが、さて如何お考えでしょうか・・?
ともあれ、おかげさまで550記事まで到達することができました。
ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
去る2016年に熊本、山陰東部および福島県周辺にて発生した大地震により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」
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