2023年2月24日金曜日

20230223 当ブログに関する「源泉の感情」と「雑談的会話」の重要性について

おかげさまで、一昨日投稿分の記事は、投稿後二日としては比較的多くの方々に読んで頂けました。これを読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。そしてまた、この題材は、これまでの当ブログ継続の基層にあるものを扱ったことから、これを書くことにより、自らの「源泉の感情」をそこに見出し、そして、その融通無碍の性質から、相変態的に、また新たな方向性の創造を志向して動きだすことが出来るようになるのだと思われます。

その意味において、おそらく各々にある、この「源泉の感情」が、何により齎されたのかが重要になってきますが、これは人により異なると思われますが、それでも多くの方々は複数回は、そうした感情に触れる経験があると考えます。

この(「源泉の感情に触れる」)経験のもとになった出来事は人により異なるのでしょうが、私の場合、まさにそれが当ブログ継続の源泉であると考えることから、無計画に、そして小出しに、ブログ記事として書き続けてきましたが、昨今、ようやく2000記事到達もわずかに現実感が出てきて「そうした際に書いておきたいことはと・・。」と考えたところ、さきの題材が重要なものとして思い起こされ、またそれは、頻繁にツイッターにて連携投稿しているブログ記事である「おかしくなれる時期と(非典型的)知性について」の主題とも関与するものであることから「また何か、これについて書かなければと・・」と思い至り、一昨日の投稿記事となったわけですが、ここで書いた2012年の歯科理工学実習、そして歯科衛生学科での教養英語の経験は、研究室に教授も准教授もいない状況でのことであり、当時の私としては、かなり重大な出来事であったと云えます。

ともあれ、そうした経緯にて、実習やら講義を進めなければいけない私は、その主要な素養(知的背景)は人文系寄りであり、これは教養英語の講義では特に問題ないのかもしれませんが、歯科理工学実習では、先日の投稿記事にて述べた「雑談的会話」で、実習内容と関連することを、ごく自然に、雑談のようにして適宜、話すことが出来ることが重要と書きましたが、他方でもちろん、実習書や各種テキストに記載があるレポート作成上で重要と思しきことは全てお話していますが、それだけでは途中から実習が手持無沙汰になってしまうのです。

そこで、さきに書いた「雑談的会話」となるわけです。そして、2012年の私は、午前中の専門学校の教養英語の講義でのハイ・テンションをどうにか午後まで維持して実習にあたってきましたが、夕方前頃に実習を終えて後片付けをしてアパートに帰宅すると、日中の疲れのため、そのまま玄関先で寝落ちしてしまったことも何度かありました・・(苦笑)。

そして、そのようなことを思い出していますと、以前にも少しだけブログ記事にて書いたことがありましたが、実習時に自らが云ったことが、また少しずつ思い出されてくるのです。そして、それらの内容についてはまた近日中の別の機会に書いてみたいと考えています。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2023年2月22日水曜日

20230221 人文系人間の歯科理工学実習での雑談的会話について・・

これまでに投稿したオリジナル、あるいは引用記事をいくらかお読み頂いた方々であれば、お分かり頂けるかもしれませんが、おそらく私は、いくらか深いところから人文系への志向が強いと思われますが、2007年に歯科技工専門学校に入学して、歯科医療技術職の職業訓練を受けて、その後、歯学系の大学院博士課程に進みました。

当時は四年制大学での歯科技工士の養成も始まって、まだ間もない頃であったことから、歯科技工士で歯学系の大学院博士課程へ進まれた方は、おそらくいませんでした。その意味において、私は我が国の歯科技工士教育の一つの節目にはなったのかもしれませんが、同時に歯科技工士としては決して良いものになったとは云えません・・(苦笑)。

しかし、その代わりに、幾つかの分野に身を置いてきたことから、一身では経験することは少ないと思われる、複数種類の経験をさせて頂いたのではないかとも思われます。

現在から14年前の2009年に鹿児島に移り住み、その年から歯科理工学実習に実習補助として参加させて頂き、その中の幾つかの実習項目については、重要な工程を任せて頂き、また、歯科技工にて用いる各種器具の扱いが、未だ不慣れである学生さん達の動きにも、それとなく注意している必要があったことから、当初はかなり緊張していました。

それでも、以前にその実習工程を担当されていた講座の准教授の先生が丁寧に教えてくださり、また私の方も、和洋の歯科理工学教科書をアマゾンにて古本で購入し、それらを実験などの空いた時間で読み、自分なりに訳して、こなれたものにしてから、実習時、その記述と関連する工程の局面にて、それをおもむろに語ったりしていました・・。現在になり思い返してみますと「ああ、何と小手先な・・。」と恥ずかしく思う部分も少なからずありますが、しかし同時に、当時は、この実習で与えられた役割を上手くやり遂げようと自分なりに必死であったのだとも云えます・・。

 とはいえ、この「上手くやり遂げようとする」について、実習内容の説明といった技術的なことは、各種名称や、それら機器の使用法を心得て、ある程度使い慣れていれば、どうにか出来ると思われますが、そうした説明以外に、実習内容と関連する知見が含まれるような雑談的会話を適宜出来るようになることが大変重要であると思われます。その点、私は人文寄りな性質であることから、この実習時の雑談的会話では、さきの英語教科書や、実習内容と関連のある英語論文などを読み、ある程度知見を溜め込んでおき、それらを随時小出しにして用いつつ、そこに、人文寄りの知見を雑ぜ込みつつ、実習内容について、それらしいことを説明していた記憶があります・・(苦笑)。

2009年から2013年まで、毎年こうした経験をさせて頂き、また2011年からは教授(師匠)そして2012年からは、さきの准教授の先生が退職されたため、前述のように、当時、研究室唯一の院生であった私が、いくつかの項目については最後まで見ることになり、さらに、それと同時期、近隣の歯科衛生学科が併設された専門学校にて教養英語の講義を担当させて頂くことになり、この時期は早朝に大学に行って実習の準備を整えてから、各種教材を持って専門学校まで講義に原付で出向き、午前の講義を終えると急いで大学に戻り、実習の最終準備をしてから午後の実習に備えていました。

そして、現在になって振り返ってみますと、その他のさまざまな経験も重要なものであったとは思いますが、私の場合は、この時期の前述した経験(こそ)が、これまでにも何度か、当ブログにて述べてきましたが、当ブログ継続の基層にあるのではないかと思われるのです。

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2023年2月20日月曜日

20230219 「精度の上がった「認識の型」」と「予言力」および「歴史意識」について 【社会を変えるもの?】

昨日投稿分の記事内に書いた「精度の上がった「認識の型」」は、その後になり、これは以前投稿した引用記事内にて柳田國男が述べた「予言力」に類似するものであると思われました。

そしてまた、この「精度が上がった「認識の型」」としての「予言力」は、これまた過日に投稿した引用記事内にある「歴史意識」を培地として成長、発展していくのではないかと思われます。

その意味において、我が国が古来より歴史意識が乏しく、そしてまた近代以降も柳田が述べた通り「予言力」が落第ものであったならば、どのようにすれば、それらを改善することが出来るのかと自然、考えが至るわけですが、その解決策は、深く根本から改善しようとすると、かなり大掛かりに社会制度に変更を加える必要があるため難しいと思われますが、同時にそれを卑近なものとして表現しますと「ある程度の精度がある歴史意識を備えた人物の数が、社会にて多くなれば良い」ということになります。あるいは、もっと端的には「さまざまな故事や歴史などについて能動的な興味を持つ人々が増えれば良い」ということになりますが、しかし、このあたりの「・・・が良い」といった段階までは、おそらく我が国は、他国と比べて相対的に同質性が高いことから、スムーズに集団内での同意を得ることが出来るのでしょうが、しかしそれ故に、その後に生じる集団内部での競争が激しいものとなり、かえって文化の発展などが阻害されてしまうことは、現在に至るまで、少なからず生じているのではないかと思われるのです。(優等生病・一番病・カニバケツ)

あるいは、これをもう少し詳説しますと、こうした云わば「ある権威を持つとされる見解や考え、そして、それらを背景とする組織、集団に対する凝集性」は、我が国では古来より、その傾向が強いと云えますが、これは集団の中で凝集性を惹起させる起点となる、一応は全体を見廻しつつ、自らの集団にとって(都合の)良い意見や方策を述べることが出来る人々が居ることから機能していたのだと云えますが、そうした方々が少なくなってきますと、それまでの歴史的文脈を逸脱や無視したような存在の方々が現れて、短期間のうちに社会を席捲することもあるのかもしれませんが、しかし、歴史の中にあっては、実はこうした流れや存在もまたトリック・スター的な存在として、その「認識の型」が存在するのだと云えます。そして、これら多様な「認識の型」のうちの何れが、眼前にある現象に対する理解として適切であるのか、あるいはまた、これら複数の「認識の型」を組み合わせることにより、現象への理解が深まり、そして新たな視点などを見出すことも出来るのではないかと思われるのですが、しかし、さきの凝集性を惹起させるような、深慮があり、有徳な年を重ねた方々も少なくなり、それに代わり、テレビやインターネットなどを舞台として、幾つかの見解を軸とした凝集的な動きが生じるのでしょうが、それらの中で強くなりがちであるのは、やはりまた、さきに述べたような「歴史的文脈を逸脱や無視したような方々による見解の軸」であるように思われます。そして、こうした軸への凝集が強まり、そしてあるところにまで達すると、我が国の場合であれば、どうも変な方向へ行ってしまうのではないかと思われるのです・・。

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2023年2月19日日曜日

20230218 「認識の型の精度」と専門家による知見の価値?

昨日までの数日間の首都圏はとても寒く、春が近づいていることを忘れさせるほどでした。しかし本日は打って変わり、日中、比較的気温も上がり過ごし易かったです。そして、これからが三寒四温に入り、気温もまた上下する期間がしばらく続くのでしょうが、私としては、速やかに暖かい春になってくれることを願うばかりです・・。他方で、当ブログの方は、今回の記事投稿により(ようやく)総投稿記事数が1955に到達します。また、この投稿頻度を継続すれば、あるいは4月中での2000記事到達も叶うのではないかと思われますが、とりあえずは、そのあたりの4・5月の間に到達出来ることを念頭に置いて、今しばらく続けてみようと思います。

そういえば、去る2月15日投稿分の引用記事は、比較的多くの方々に読んで頂けました。このような、どちらかというと「郷土史」に分類されるような著作も、読んでみますと当事者の記憶に基づいた記述であることから、期せずして真に迫るような描写が少なからずあり、そしてまた、そこから当時の時代精神なども読み取ることが出来るのだと思われます。おそらく、多くの優れた時代小説家の先生方も、こうした歴史的出来事の当事者が遺した文章や記録などを読み込んで、それらの内容を統合して、さらに現代の文章として洗練させたものとして書かれるのでしょうが、たしかに、こうした知的作業は大変そうではありますが、同時に、思いのほかに大事であると考えます。

そしてまた、こうした資料やコンテクストを読解して得られたものを統合して、それを抽象化した、ある種の「認識の型」は、その過程を何度も繰り返すことにより、さらに「認識の型」としての精度が上がり、現実世界での出来事にも応用可能になっていくのではないかと考えます。

おそらく一般的に「専門家の知見」なるものが状況の認識や判断において重視される背景には、ある分野の専門家は、その専門分野については、さきの精度の上がった「認識の型」を持っており、これまでの経緯と現状に対する推測、そして、この先についての予測などが適切に出来るであろうと、考えられているからです。

しかし、そこまで考えが及んで思ったのは「我が国の報道番組などにおいては、あまりそうした見解については期待していないのではないか?」ということです。また、そこからさらに思ったことは「こうした「認識の型」の精度などを重視しない社会であるからこそ、議論なども面倒で必要ないものと考えるのかもしれない。」ということであり、また「そうであれば各種芸術も、究極的には創造性などは必要ない、単なる型の作業の繰り返しということになり、そこからは相変態的な進化などが生じることがないであろう。」と思われるのです。

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2023年2月16日木曜日

20230215 青潮社刊 加治木常樹著「薩南血涙史」pp.93‐97より抜粋

青潮社刊 加治木常樹著「薩南血涙史」pp.93‐97より抜粋
ASIN ‏ : ‎ B009752XV8

 二月十五日

頃日天候俄に一変し十二日以来激甚の寒気を加え雪を降らすこと連日此日に至り地上の積雪幾んと六七寸より尺余に及べり古老之を伝えて五六十年来未曾有の大雪なりと云う天已に此の兆を示す前途亦寒心せざるを得ざるものの如し而して此日を以て出陣の初日とす午前六時を期し練兵場に集合し同八時を以て進発するの予定なりしかば四千有余の壮士各結束し払暁白雪を蹴り続々として練兵場に至り各隊標示の下に会し篝火を焚きて其期を俟つ、斯て八時を報ずるや各隊順次繰出し一糸乱れず整々として練兵場を発し東西に分れて征途に上る其状甚だ勇壮なりき。

一番大隊は西目街道より進み横井及び伊集院に休憩して市来湊町(八里)に至り二番大隊は東目街道より進み重富に休憩し加治木(五里)に至りて一泊す又別府晋介の統率せる加治木先鋒の一番二番の大隊は早天加治木を発し溝辺に休憩し横川(五里)に至りて一泊す。

二月十六日

此日雪前日より甚しく三番四番の大隊は予定の時刻を以て練兵場を発し三番大隊は西目街道より進み横井及び伊集院に休憩して市来湊町に至り、四番大隊は東目街道より進み重富に休憩して加治木に至り別府の二大隊は横川を発し湯の尾に休憩して大口(六里)に至り、又二番大隊は加治木を発し溝邊に休憩して横川に至り、一番大隊は市来湊町を発し向田に休憩し阿久根(十里)至りて各一泊す。

二月十七日

降雪猶ほ前日の如し五番大隊及び砲隊は予定の時刻を以て練兵場を発し、五番大隊は西目街道より進み横井及び伊集院に休憩して市来に至る篠原国幹、永山弥一郎、池上四郎之と共にす砲隊は東目街道より進み西郷隆盛、桐野利秋、村田新八、淵邊高照之を率い此日西郷隆盛は陸軍大将の略服を着し正帽を戴き刀を帯び草鞋を着け歩して田の浦に至る偶ま西郷の長男寅太郎一僕を従えて来り謁す西郷顧て曰く「来たか」と共に行くこと数丁西郷曰く「もう帰れ」と寅太郎猶ほ従い行こと数十歩僕之を止む寅太郎止むを得ず西郷に一礼して停立し其行を目送す、西郷亦屡途より之を顧み磯天神社の下に至る、西郷、淵邊高照に謂て曰く「旧君の門前に至らば諸兵宜しく一礼して過ぐべしと淵邊乃ち敷根市蔵をして之を伝へしむ、砲隊皆な礼して過ぐ西郷亦恭しく三拝して去る、重富に至りて休憩し加治木に一泊す、別府の二大隊は大口を発し久木野に休憩して佐敷(六里)に至り二番大隊は横川を発し湯の尾に休憩して大口に至り四番大隊は加治木を発し溝邊に休憩し横川に至りて一泊す又一番大隊は阿久根を発し野田に休憩して出水(四里半)に至り、三番大隊は市来湊町を発して向田に休憩し阿久根に至りて一泊す。

二月十八日

別府の二大隊は佐敷を発し田の浦に休憩して日奈久(五里)に至り二番大隊は大口を発し久木野に休憩して佐敷に至り、四番大隊は横川を発し湯の尾に休憩して大口に至り砲隊及び西郷等は加治木を発して溝邊に休憩し横川に至りて一泊す、又一番大隊は出水を発し(休憩所不詳)水俣(四里半)に至り、三番大隊は阿久根を発し野田に休憩して出水に至り、五番大隊は市来を発して向田に休憩し阿久根に至りて一泊す。

二月十九日

別府の二大隊は日奈久を発し八代に休憩して小川(六里)に至り、二番大隊は佐敷を発し田の浦に休憩して日奈久に至り、四番大隊は大口を発して(休憩所不詳)水俣に至り砲隊及び西郷等は横川を発して栗野に休憩し吉田(五里)に至りて一泊す、又一番大隊は水俣を発し湯の浦に休憩して佐敷(四里半)に至り、三番大隊は出水を発して(休憩所不詳)水俣に至り、五番大隊は阿久根を発して野田に休憩し出水に至りて一泊す。

二月二十日

別府の二大隊は小川を発し宇土に休憩し川尻(五里)に達せり、二番大隊は日奈久を発し八代に休憩して小川に至り、四番大隊は水俣を発し湯の浦及び佐敷に休憩して田の浦に至り、西郷及び砲隊は吉田を発し人吉(七里)に至りて一泊す、又一番大隊は佐敷を発し田の浦に休憩して日奈久に至り、三番大隊は水俣を発し(休憩所不詳)佐敷に至る、五番大隊は午前八時出水を発して米の津に至り同九時三十分一隊二十艙の船に分乗し午後四時佐敷に着せしが、三番四番の大隊既に着陣し宿陣すべきの家屋なかりしかば海岸白岩村に至りて宿陣せり、此時熊本城下及び川尻駅焼失の風説あり是に於て三番大隊は午後七時更に佐敷を発し夜を冒して進軍し田の浦に至りて露営せり而して此夜鎮台兵城下を放火し戦備に汲々たるの情報至り続て別府晋介小川に来り川尻衝突の事を以て二番大隊と軍議を為せり。

2023年2月14日火曜日

20230214 岩波書店刊 ジョージ・オーウェル著 小野寺 健訳 『オーウェル評論集』pp.318-321より抜粋

岩波書店刊 ジョージ・オーウェル著 小野寺 健訳
『オーウェル評論集』pp.318-321より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4003226216
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4003226216

不安定。ナショナリストの忠誠心は、どれほど強烈なものであっても、その対象がかんたんに変わることがある。第一に、これはすでに指摘したことだが、対象は外国であってもさしつかえなく、事実そういう場合がいくらもあるのだ。偉大な国家的指導者や民族主義運動の創始者が、彼らの賛美する国の国民でさえないばあいもけっして珍しくない。まったくの外国人であるばあいもあるし、国籍もはっきりしない辺境出身者のばあいとなればさらに多い。スターリン、ヒットラー、ナポレオン、デ・ヴァレラ、ディズレーリ、ポアンカレ、ビーヴァ―ブルックなどは、すべてこういう辺境の出身である。汎ゲルマン運動は、なかば、英国人ヒューストン・チェンバレンの創始によるものであった。文学的知識人のあいだでは、過去五十年か百年のあいだに忠誠心を変えるものが続出した。ラフカディオ・ハーンのばあいは日本へ、カーライルをはじめその当時の多くの人びとはドイツへ、忠誠心の対象を移したし、今日ではたいていソヴィエトを対象に選んでいる。だがとくに興味ぶかいのは、この対象が再変更されるばあいもある、ということである。長年にわたって崇拝してきたある国家あるいはその他の組織がとつぜん嫌悪の対象となって、ほとんど間髪を入れず別の愛情の対象がこれにとって代る。H・Gウェルズの「世界史体系」の初版やほど同時期の彼の著作では、今日ソヴィエトが共産主義者にたたえられているのにも劣らないくらい。異常なまでにアメリカがたたえられているのだが、この無批判の賛美は、それから数年もしないうちに敵意に変わったのだった。数週間、いや数日のうちに、頑固な共産主義者が同じように頑固なトロツキストに変わるというのは、珍しいことでもない。ヨーロッパ大陸でのファシスト運動には大量の共産主義者が参加したが、ここ数年のうちにその逆の現象が起こったとしても、すこしも不思議ではない。ナショナリストにあって終始かわらないのはその精神状態だけであって、感情の対象そのものは変わることもあるし、架空のものであってもさしつかえないのだ。

 だが、知識人のばあい、忠誠の対象を変えるということは、すでにチェスタトンをめぐってかんたんに触れたとおり、重大な影響を受けるのである。すなわち、その結果、自分の祖国あるいはその他、自分がほんとうによく知っている組織のために発言するばあいなら考えられないくらい、はるかにナショナリスチックになってしまうのだ。つまり、はるかに卑俗で、愚かしく、意地悪く、不誠実になってしまうのである。相当の知性があり感受性にも富む人びとがスターリンとか赤軍といったものについて卑屈な、あるいは得意そうなたわごとを並べているのを見れば、これはぜったいに何か錯覚しているせいだと考えざるをえない。現代英国のような社会では、知識人といえるような人間が自分の祖国に深い愛着をいだくことは、まず考えられない。世間がーと言っても、知識人としてのその人物が意識している一部の世間ということにすぎないのだがーそれを許さないのである。周囲にいつのがたいてい懐疑的で不満を持っている人間ばかりとなれば、その真似をするか、要するにそれに反対する勇気がないというだけの理由から、自分も同じ態度をとってしまう。そうなると、ではほんとうの国際的視野を持とうとするかと言えばそうはせず、単にもっとも手近な型のナショナリズムも放棄するというだけに終わるだろう。しかしやはり何か「祖国」は欲しい。そうなれば、これを国外に求めるのは自然な成り行きである。そしてひとびとたびそれが見つかれば、自分ではとうに脱却したつもりでいる。神とか、国王とか、帝国とか、ユニオン・ジャックといったものにつながる愛情に身をゆだねて平然、という思いがけない結果になる。こういう、とうに覆されたはずのさまざまな偶像がふたたび名前を変えて現われ、その正体を認識できないまま、良心のとがめもなく崇拝するということになるのだ。忠誠心の対象を移し変えたナショナリズムというのは、犠牲の山羊(スケープ・ゴート)を使うのと同じで、みずからの行いは改めないまま救いを得る、一つの方法なのである。

20230213 「デウス・エクス・マキナ」が望めなさそうな世界情勢と「内憂外患」

本日は終日降雨が続きましたが、気温は、以前ほど寒くは感じられませんでした。2月ももうすぐ半ばとなりますので、徐々に春が近づいているものと思われます。とはいえ、世界情勢はロシアによるウクライナ侵攻、そして隣国である中華人民共和国による台湾侵攻への懸念も払拭されることなく月日が経っております。さらに、これらの世界規模の重大な懸念は今後、どのようなカタチで落ち着いていくのかは現時点では不明ではあり、また同時に、スムーズにそれらが収束することは難しいのではないかと思われます・・。

そして、このような状況にこそ、古代ギリシャ喜劇の「デウス・エクス・マキナ」(機械仕掛けの神)の到来が望まれるのだと思われますが、そうした気配、あるいは国際情勢での文脈も、現時点においてはないと思われますので、今後も、2020年頃から今なお続くコロナ禍と同様、否が応にも、それら情勢の推移を注視し続ける必要があるように思われます・・。

そしてまた、そのように考えてみますと、1945年の太平洋戦争の敗戦以来、我が国にとって、最も戦争に巻き込まれる可能性(危険性)が高くなっているのが現在であるように思われます。

我が国にとって理想的な今後の展開は、ロシアがウクライナへの侵攻を諦め、東部ドンバス地方そして南部のクリミア半島からもロシア軍が撤退し、さらに、中華人民共和国が台湾への侵攻を完全に止めることであると云えますが、しかし、たとえ、そのような方向へ情勢が推移したとしても、その次は我が国の内部での諸問題に焦点が当たり、それらもまた、全て良い方向での解決は困難であると思われますので、こうした状態がまさに「内憂外患」と評し得るのではないかと思われます。

とはいえ、こうした国内においても不安定な要素が活性化している状況は、何も我が国のみに限られず、各種報道を視るかぎりにおいては世界各地にて生じていることであるとも云えます。

そして、こうした世界規模にて、さきの「不安定な要素が活性化している状態」を歴史を視座として考えてみますと、今後の進展は、必ずしも、我が国にとって都合の良いものにはならないと思われるのです。

そして、そうした考えが依拠する歴史は、1930年代の我が国と(ナチス)ドイツによるものであり、実際にウクライナに侵攻したロシアに関しては、少なからずの研究者の方々が、そのことを指摘されていました。

しかし同時にロシアの方は既に戦争を始めていますので、他方の中華人民共和国の動向については、1930年代以降、既に統治していた南満州に飽き足らず、満州全土を手に入れ、そこに傀儡国家をおき、さらに中国全土の支配を目論んでいた、当時の我が国と比較してみますと、先ず、一国二制度により高度な自治権が認められていた香港への中華人民共和国からの締め付けが厳しくなり、さらに、そこから少し北上した東側の海にある台湾に対しても、他の国々からの繰り返しの非難にもかかわらず、威圧的な行為を繰り返しています。さらに、最近では観測気球(飛行艇と云う)がアメリカ合衆国、カナダ上空などで発見され撃墜されていますが、これに対しても国際法上明らかな領空侵犯であるにも関わらず、中華人民共和国政府は、陳謝や反省の弁を述べることはなく、逆にさらに強硬な態度を示しているとのことです。

この事態の推移からは、さきの1930年代の中国大陸での我が国の動向、そしてまた1960年代初頭のピッグス湾事件、そしてキューバ危機などとも相通じるものがあるように思われますが、同時にそれらの背景にある諸要素は同じではありませんので、さらなる検討が必要であると思われます。

そして、このたびの一連の動向が、今後、砲弾やミサイルの発射、そして何より流血や人命の損失を伴わずに収束に向かうことを切望していますが、しかし、実際の事態の進展とは、どのような方向に進むことになるのでしょうか?

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