2021年5月11日火曜日

20210511 中央公論新社刊 高坂正堯著「海洋国家日本の構想」 pp.119-124より抜粋

 中央公論新社刊 高坂正堯著「海洋国家日本の構想」

pp.119-124より抜粋

ISBN-10 : 4121601017
ISBN-13 : 978-4121601018


革命は過去との激しい断絶を伴うから、革命を正当化したり、否定することは自然な反応であるだろう。しかし、そうすることによって革命は道義的賞賛と道義的非難のもやのなかに包まれてしまうのだ。だから、われわれは革命のイデオロギー的判断、とくに道義的色彩の濃い判断を、避けなくてはならない。そうすれば、革命がその国の力を飛躍的に増大させるという、単純な事実が浮かび上がってくるだろう。フランス革命はフランスの力を、ロシア革命はロシアの力を、飛躍的に増大させたのであった。中国革命も同じような視点から見なくてはならない。

 もちろん、近代の革命は普遍的な原理の上に立っているから、革命の原理が国際政治に強い衝撃を与えるという面もたしかに存在する。しかし、われわれは普遍的な原理そのものが与える衝撃と、その普遍的原理を現実の政治・経済的体制として具体化した国家が与える衝撃とを混同してはならないのだ。革命の衝撃と普通考えられているものはこの二つの混合物なのであり、それを混同することかた、革命に対する誤った対応が生まれてくるのである。

 共産主義革命の場合にも、普遍的原理であるマルクス主義が与える衝撃と、それを体現した国家、ソ連が与える衝撃とは、質的にも量的にも異なっている。前者の場合には、思想は思想の論理で動いている。しかし、思想が力の組織である国家の原理となるや否や、思想の論理に加えて、権力の論理が作用し始め、それが次第に支配的になっていくのである。革命の衝撃がこのような構造を持つものである場合、外交の扱うべき側面は疑いもなく後者である。外交の基本的な任務は、力の組織としての国家間の関係を調整することだからである。したがって、ソ連革命についても、資本主義と社会主義が対立している間は真の平和はないと、そのイデオロギーが考えていることよりも、そのイデオロギーを体現した国家ソ連が、巨大な重工業を作り上げ、ロケット部門においてアメリカと激しく競争しているという事実、中東欧諸国をその支配下に置き、その経済統合にかなり成功してきたという事実、そして、重工業の発達と対照的に、消費財部門は貧弱で、とくに農業部門は完全に行詰っているという事実の方が、ソ連の対外政策を現実に動かすより重要な要因となっているのである。

 中国の場合も、この事情は基本的に同様である。したがって、われわれの視点は、力の組織としての国家、中共が中国共産革命によってどのように変わったかということに集められなくてはならないのである。

 そのように考えた場合、中共革命のもっとも重要な意義は、中国が民族革命を行うための組織的な基礎を、何回かの失敗のあとに与えたことにある。中国における民族国家の形成と産業革命、すなわち、一般に近代化と言われている現象が軌道にのるまでは、きわめて困難な、そして長期間にわたる過程が必要であった。その理由は中国の広大さと中国の伝統的な政治構造のゆるやかさにある。

 すなわち、中国には文明圏はあったが、近代的な意味での民族国家は存在しなかった。中国の一般民衆の政治に対する意識は、「日出デテ耕シ、日入リテヤスム、井ヲ鑿ッテ飲ミ、田ヲ耕シテ食ウ、帝力、我ニ於テ何カアランヤ」という有名な言葉に現れている通り、無関心の一語に尽きた。その無関心の上に皇帝を頂点とする官僚機構が表面的に乗っかっていたのであり、その最下端は県吏であって、村落まで及んでいなかった。そして、官僚制と村落の一般民衆とを結んでいたのは、土紳と呼ばれる富農階級であって、彼らが地方の実権を握っていたのである。この地方分権が清朝末に至って、皇帝の権力が弱まるとともにますます強まり、ついに軍閥の時代においてその極に達したことは周知の通りである。

 このように権力構造をそのままにしておいてなされた近代化の試みが失敗したのは不思議ではない。それは西洋文明の輸入のはやい海岸線沿いと揚子江沿岸に、外国資本を借り入れ作られた工場などを生み出したにとどまった。新しく作られた工場は中国の家族制度と結び付いて閥族化していったし、どちらにしても、海岸地帯の工業化は内陸の大多数の中国国民と密接に結びついてはいなかった。国民党の指導者としての蒋介石の業績を評価することはむつかしいし、とくに彼がこの地方の権力構造に手を触れようとしたかどうかについては意見が分かれている。しかし、いずれにしても、日本が中国に侵略を開始したときには、地方の権力構造は変わっていなかったのである。

 しかし、日本軍とのゲリラ戦を通じて、毛沢東の率いる中国共産党は農村に基礎を置く軍隊を作ることに成功した。毛沢東は日本が降伏したときには、百万の軍隊を指揮していたが、それは中国の歴史上最初の、村落に根を下した権力の組織であったのである。それが、いわば根なし草の蒋介石の軍隊を破ったのは当然であった。第二次世界大戦終了当時、中共が世界第四位の軍隊を持っていたことは見逃しえない事実である。こうして、中国の北部において生まれた権力の組織的な基礎は内戦における中共の勝利によって、全中国に拡大された。それによってはじめて、中国は近代的な意味における民族国家となったのであり、産業革命を強力に推進することができるようになったのである。

 この事実は、力の闘争である国際政治における中国の位置を理解する上にきわめて重要である。国家の力を構成するものは、表面的には軍事力や経済力に見える。しかし、その基礎をなすものは民族国家という形の、組織的な基礎なのである。近代の国際関係の歴史をきわめて巨視的に見るならば、権力に、広範で強力な組織的な基礎を与えることに成功した国が強大化して行ったことが理解されるであろう。その意味で、近代史は民族主義の勝利の歴史なのである。

 近代初頭のヨーロッパにおける強国、スペイン、フランス、イギリスはすべて、その地理的・歴史的条件から、民族国家の形成にいち早く成功した国であった。そして、この三つの国が十七世紀かた十八世紀にかけて権力闘争の主役となり、やがてスペインは脱落し、イギリスとフランスがその他の王朝国家をまじえて、長期にわたる権力闘争を展開したのであった。この権力闘争は一八一五年のウィーン会議において均衡を見出したが、それはある意味で民族主義と王政との均衡であった。フランスとイギリスそれ自身が、民族主義の原則によって貫かれたものはなかったのである。

 しかし、やがて民族主義の第二の波が、産業革命と結びついて起こってくる。そして、きわめて多数の国民を参加させながら、民族主義的感情と、進歩したテクノロジーによって国家の統一を保つことが可能になったのであった。それは国家権力を飛躍的に増大させることになった。そして、その結果として力の不均衡が起ってきたのである。

 まず、民族主義と産業主義を結びつけることに成功した国と、それを行っていない国との間にいちじるしい力の不均衡が生ずる。それは、帝国主義を生む基本的原因となった。そのころ福沢諭吉は、西洋文明をとり入れなければ国の独立を保つことはできないと主張し、古い伝統を固守する中国と朝鮮については、「我国は隣国の開明を持て共に亜細亜を興すの猶予ある可らず。寧ろ其伍を脱して西洋の文明国と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に従て処分す可きのみ」として「脱亜論」を唱えた。それは福沢を批判する材料とされてきたが、しかし、福沢が当時の世界における力の不均衡とその原因を正しく捉えており、いわばやむをえない方法として「脱亜論」を主張したことに注目するとき、明治の日本が置かれていた立場の困難性と悲劇性を示すものと考えるべきではないだろうか。

2021年5月10日月曜日

20210510 左右社刊 大西巨人著「日本人論争 大西巨人回想」pp.190-192より抜粋

 左右社刊 大西巨人著「日本人論争 大西巨人回想」

pp.190-192より抜粋

ISBN-10 : 4865281029
ISBN-13 : 978-4865281026

小作小説「神聖喜劇」の中で、私は、日本軍隊について(延いては日本国家一般について)、「累々たる無責任な体系、膨大な責任不在の機構」というようなことを書いた。また、小作エッセイ「俗情との結託」の中で、私は、日本軍隊について、「その真意においては、決して「特殊の境涯」でも「別世界」でもなく、最も濃密かつ圧縮的に日本の半封建的絶対主義性・帝国主義反動性を実現せる典型的な国家の部分であって、しかも爾余の社会と密接な内面的連関性を持てる「地帯」であった。」と書いた。すなわち、それは、「日本軍隊が、掛けても「真空地帯」などではなく、日本の国家および社会の圧縮典型である。」という意味である。「俗情との結託」なり「神聖喜劇」なりの「新日本文学」誌上発表時、私は全然知らなかったが、丸山眞男著「超国家主義の論理と心理」(岩波書店1946年「世界」所収)の中に、やはり日本軍隊に関する「累々たる無責任の体型、膨大な責任不存在の機構」を読んでいなかったこと、その類の言表の存在を知らなかったことを、言語表現公表者として、たいそう不行き届きにかえりみ思った。日本国家一般を「累々たつ無責任の体系、膨大な責任不存在の機構」と把握することは、君主制否定ならびに共和制樹立の具現を切望することにほかならぬ。戦後の一時期、この「切望」は適えられるかにみえた。しかし、それは、事実として適えられなかった。それどころか、なかんずくここ数年来、日本国家一般は、戦争前・戦争中なみの「累々たる無責任の体系、厖大な責任不存在の機構」に堕しつつある。

 ところで、原水爆開発後の今日、人類の存続的・繁栄的な未来は、「国家の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使と」を「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」ことの上にしかあり得ない。日本国家・社会が戦争前・戦争中なみの「累々たる無責任の体系、厖大な責任不存在の機構」に堕することは、人類の滅亡的・衰退的な成り行きを用意することになる。いま言われている「グローバリゼーション」のいかがわしい正体は、これであり、先述「切望」の成就こそが、真正の「グローバリゼーション」なのである。

「丸山眞男 自由について/七つの問答(聞き手、鶴見俊輔/北沢恒彦/塩沢由典)」は、昨年(2005年)7月、編集グループSUREから刊行せられた。その中で、丸山眞男は、「セクトなんかだって、二つしか言葉を知らない。「異議なし」と「ナンセンス」ですよ。悲しいかな、これもやっぱり満場一致制です。「異議なし」のはずないんですよ。ほんとうなら、人間が集まれば異議があるほうが当り前でしょ。だから、ぼくは日本の無責任体制ってのを自分が論じたもの(「超国家主義の論理と心理」)について、あらためて近ごろ、自己批判してるの。あそこでは、これを戦争中の病理現象と見たけれども、実際はそうじゃなくて、もっと根が深い。」と語っている。

 決して「真空地帯」ではない日本軍隊の日常生活現実(「知りません」禁止。「忘れました」強制)から演繹した私の「累々たる無責任の体系、厖大な責任不存在の機構」は、むろん毛ほども「これを戦争中の病理現象」と見立ててはいなかった。そこに、丸山眞男と私との異同が、実存する。

 いずれにせよ、日本国家一般に関する「君主制否定ならびに共和政樹立の切望」は、依然として日本平民の絶大な課題・当為である。


2021年5月9日日曜日

20210509 1525記事への到達:今後しばらくの期間の記事作成方針について

今回の記事投稿により、総投稿記事が1525に到達します。そうしますと、去る3月後半に達成した1500記事から、次の目標として定めた1600記事までの道程の四分の一もしくは25%にまで至ったということになりますが、ここまでの道程は、どちらかというと順調であったように思われます。そして、次の四分の一もしくは25%の到達は、来る6月中のなるべく早い日に出来ればと考えています。

また、さきほど、ここ一、二カ月に投稿した記事毎の閲覧者数を見ていますと、ある程度コンスタントに閲覧者数を集めているのは、どうしものかオリジナルの記事が多く、他方で、書籍内記述を引用した記事は、閲覧者数に関しては当たり外れが大きい傾向があるように見受けられました。

とはいえ、先日まで、しばらくの期間、書籍からの引用部を記事として投稿してきましたが、その期間における閲覧者数は特に少ないということもなく、また、私としても、それなりに充実していたことから、あるいは、今後もまた、こうした期間を設けてみても良いのではないかとも思われるところです。

そういえば、以前、しばらくの期間100~200記事程度を書籍内記述の引用にて作成、投稿してみるのも興味深いといったことを述べたことがありましたが、これは自分の文章作成に対して悪影響がない限りにおいては、くわえて、今現在、ある程度の期間、記事作成を継続した後の試みとしては、そこまで悪くないのではないかと、あらためて思われました。

そのため、今後は、しばらくの期間は、この方針のもとで記事作成を行っていきたいと思います。また、そこまでの厳密さは求めませんが、投稿記事の三分の一か四分の一程度は、オリジナルの記事としたいとも考えています。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。そして、今後もまた、どうぞよろしくお願いいたします!

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設


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2021年5月8日土曜日

20210508 既知の領域から未知の領域への分岐点としての「歴史」(人文社会科学)

あまり集中していない読書の際も、その文章の字面を目で追っていますと、脳裏に不図、何か考えが浮かんできたり、あるいは、他の書籍記述が想起されることが度々あります。いや、ある程度の年齢になってきてからの読書とは、大体のところ、読み進めるのと同時進行にて、こうした活動を半ば無意識でありながらも、行っているのではないでしょうか?

そのため、現在となっては、他の考えが浮かんできたり、他の記述などを思い出さない方が純粋に読書を楽しんでいるようにすら感じられます。そして、そうした読書の仕方が可能であるのは、おそらく、全く見知らぬ領域・分野での読書の時であろうと思われますが、これはこれで、言葉や用語、言い回しなどに慣れるまで読み込むのが大変であり、また、どうにかそれらに慣れてきた頃になりますと、今度は、そのある程度慣れてきた言語、言い回しの世界から生じてくる考え、他の記述などが想起されるようになり、その時点で既に純粋な楽しみとしての読書は出来なくなっているようにも思われるのです・・(苦笑)。

いや、しかし、そもそも読書というものは、純粋に現在読んでいる書籍だけを楽しむというよりも、読者の過去の、さまざまな読書経験と、現在、生じつつある読書経験が内面にて化合し、反応することにより、何か新たなものが生まれることに、その「楽しみ」といったものがあるのではないかとも思われるのです。

そこから、やはり、冒頭に述べた、半ば無意識ながらの参照的とも云える活動こそが、読書をより楽しく、また、深みのあるものにしてくれているのだと思われてくるわけですが、他方で、そこからの分野的な広がり、展開がないというもまた、面白くありませんので、時には全く知らない分野の書籍を読んでみたくなるところですが、まさに、この時点においての読む書籍の選択が、かなり重要であるのではないかと私は考えます。

つまり、自分がそれまである程度慣れ親しんだ要素がないと、徐々に読み続けるのが苦しくなり、他方で、未知の領域としての記述が文中にある程度ないと、それは既定の読書路線からの展開や広がりといった新たな要素はなく、その意味においては「つまらない」と云えます・・。

そして、そうした状況において比較的選択し易いと思われるのが、何であれ「歴史」を扱ったものであると思われます。如何なるものであれ、そこに至るまでには歴史的経緯があり、そして、それを土台として現在の状況が成立していると云えますので、既知の分野から未知の分野への、読書のはじめの分岐点あるいは乗換え場所として適当であるのは「歴史」ではないでしょうか?

また、当初、既知と思われていた「歴史」についてを扱った書籍を読み進めていますと次第に、あまり知らない領域に入っていることが度々ありますが、しかし、そうであっても、当初の既知の要素との比較により、相対的な理解は一応担保されていることから「全く知らない」という状態とは異なることから、多くの場合、そこを基点として、どうにか読み進めることが出来ると云えます。そして、そこから、なおも読み進めて行きますと、次第に当初の「あまり知らない」という状態が多少変化していることに気が付くということもあるのではないでしょうか・・。

そして、そうしたところにも、歴史のみならず、さまざまな人文社会科学系諸学問のナマモノである人間の精神に対する価値といったものがあるように思われますが、さて如何でしょうか?

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20210507 インプットとアウトプットの均衡について・・

 このGWは毎日、割と長い距離を歩いたように思います。そしてまた、読書の方も普段と比べて進んだように思われます。他方、ブログ記事作成の方は、毎日の更新とは行かずに、また、書籍からの引用部を記事としたものもあり、あまり熱心には行わなかったと云えます・・。

これに特に理由はありませんが、ただ、私の場合、読書が好調に進んでいる時は、あまり進んで記事作成は行わないようであり、これが、さきに述べました記事の更新頻度と関連があると思われるところです。

たしかに以前、鹿児島在住時の頃は、わずかに残っていた「若さ」の勢いにまかせて、現在よりも多く読書をしていた記憶がありますが、他方、アウトプットに関しては、その読書量と比べますと、相対的に乏しく、今現在よりも少なかったと云えます・・。

そして、そうしたインプットの方に偏る読書は、若い頃は特に問題ないのかもしれませんが、ある程度の年齢に差し掛かってきますと、どうしたものか、アウトプットの方もある程度行っていないと、それらのバランスが悪くなり、どこかしら体に不調が生じてくるように思われるのです。

また、当ブログを始めたきっかけも、こうした不均衡の状態を脱するためであったと云え、くわえて、同時期に複数の方々からブログの作成を勧められたのも、そうした状況を察したためであったのではないかと思われるところです。あるいはそれが「若さ」を使い果たして、なおもインプットのみに偏っていると陥る状態であるのかもしれません・・。

もしも、現在の私が、かつての私のような状態の方と出会った場合、そうしたことを察することが出来るのかとは、正直なところ、なかなか難しいのではないかと思われるところです・・。

ともあれ、私の場合については、やはり幸運であったのだと思います。あの時点でブログ記事の作成を勧められず、思い付いていなければ、間違いなく、現在の私はいなくて、あるいは、生きてすらいないのではないかとも思われます・・。

そして、2015年から今現在に至るまで、どうにか書き続けていますが、一体どの程度まで書き続けますと、記事作成・アウトプットなしでも体に不調は生じなくなるのでしょうか?(ここまできますと、おそらく精神的な要因も何かあるのではないでしょうか?)あるいは、次の目標は1600記事と先日設定しましたが、そのあたりまで書き続けますと、何かまた、心境よりも大きな「精神」に変化は生じてくるのでしょうか?

とはいえ、それでも、2015年の頃と比べますと、当時感じていた、また、ブログ作成の「原動力」ともなっていた焦燥感や強迫観念は、明らかに減衰したと云えますが、その次には、それらが減衰した後においても記事作成を続けることが出来る「原動力」の方が現在においては、より重要となり、そして、それを試しているのが1000記事到達以降から今に至るまでの期間であると云えます。

また今後、あまり想定はしていませんが、当ブログが1600記事から、さらに2000記事まで継続することが出来ましたら、何かしら面白い、自分の新たな特徴を見出すことが出来るのではないかとも思われます・・(笑)。

ともあれ、今のところは次の1600記事に向けて、黙々と投稿を続けることが大事ではあるのですが・・。

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2021年5月7日金曜日

20210506 河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ:著 柴田 裕之:訳 「ホモ・デウス」下巻 pp.142-146より抜粋

 河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ:著 柴田 裕之:訳

「ホモ・デウス」下巻 pp.142-146より抜粋

ISBN-10 : 4309227376
ISBN-13 : 978-4309227375

医師でさえアルゴリズムの恰好の標的になっている。ほとんどの医師にとって、第一の、そして主要な仕事は、病気を正しく診断し、それから実行可能な治療法のうちで最善のものを推薦することだ。私が医療機関を訪れて、発熱と下痢という症状を訴えたら、私は食中毒を起こしていると診断されるかもしれない。だがその症状は、ウィルス性胃炎やコレラ、赤痢、マラリア、癌あるいは未知の新しい病気が原因である可能性もある。私のかかりつけの医師は、ほんの数分で正しい診断を下さなければならない。

 私の医療保険は、それぐらいの時間の分しか保険金を支払わないからだ。そのため、医師はいくつか質問して、場合によっては手早く診察するのがせいぜいだ。それからこの乏しい情報や病歴や、人間の病気の広大な世界と照らし合わせる。悲しいかな、どれほど勤勉な医師でも、これまで私がかかった病気や、受けた健康診断の結果すべてを覚えてはいない。同様に、病気や薬を一つ残らず熟知している医師や、ありとあらゆる医学専門誌に発表されたありとあらゆる新論文を読んでいる医師もいない。そのうえ、医師もときには疲れていたり、お腹が減っていたりするし、ひょっとしたら病気のことさえあるから、それが判断力に響く、医師がときおり診断を誤ったり、最適とは言えない治療法を推薦したりするのも無理はない。

 今度はIBMの有名なワトソンのことを考えてほしい。二〇一一年に過去のチャンピオン二人を破ってテレビのクイズ番組「ジャパディ!」で優勝したAIシステムだ。ワトソンは現在、もっとも重要な仕事、とくに病気の診断をするために準備を重ねている。ワトソンのようなAIには、人間の医師をはるかに凌ぐ潜在能力がある。第一に、AIには自分のデータバンクに、歴史上知られているすべての病気と薬についての情報を保存しておける。そうしておいて、新しい研究の成果だけでなく、接続している世界中のありとあらゆるクリニックや病院から集めた医学的統計を組み込み、このデータバンクを毎日アップデートできる。

 第二に、ワトソンは私のゲノム全体と日々の健康状態や病歴を詳しく知っているだけでなく、私の親や兄弟姉妹、親戚、隣人、友人のゲノムと健康状態や病歴も知り尽くしている。ワトソンは私が最近、熱帯の国を訪れたかどうかや、再発性のウィルス性胃炎にかかっているかどうか、身内に大腸や小腸の癌になった人がいるかどうか、町中の人が今朝、下痢の症状を訴えているかどうかを瞬時に知る。

 第三に、ワトソンはけっして疲れたり。お腹を空かせたり、病気になったりしないし、私のためにいくらでも時間を使える。私は自宅で自分のソファに心地良く座り、ワトソンを相手に、何百という質問に答え、自分がどんな具合なのか詳しく語ることができる。これはほとんどの患者(自分の健康状態を気にし過ぎる人は例外かもしれない)にとって、ありがたい話だ。だが、もしあなたが今日、二〇年後も家庭医の仕事があることを期待してメディカルスクールに入ろうとしているのなら、考え直したほうがいいかもしれない。ワトソンのようなAIが普及すれば、シャーロック・ホームズのような鋭い観察眼を持った人でさえ、あまり必要とされないだろうから。

 この脅威にさらされているのは一般開業医だけではなく、専門医も同様だ。それどころか、癌診断のように比較的狭い領域を専門にしている医師のほうが、Aiに取って代わられやすいかもしれない。最近のある実験では、コンピュータアルゴリズムが、示された肺癌の症例のうち九割を正しく判断したのに対して、人間の医師の成功率は五割にすぎなかった。実際、未来はすでに到来している。CTスキャンや乳房X線撮影(マンモグラフィ)の結果は専門アルゴリズムが日常的に調べており、医師にセカンドオピニオンを提供し、ときには医師が見落とした腫瘍を発見する。

 ワトソンやその同類は技術的な難問をもあだ多く抱えているので、明日の朝になったらほとんどの医師に取って代わっているという状況にあなりそうにない。とはいえ、そうした技術的問題は、どれほそ難しいものであっても、一度解決するだけで済む。人間の医師を育てるのは、何年もの月日と多額の費用がかかる複雑な過程だ。しかも、一〇年ほどの学習と研修を経てその過程が完了したときの成果は、たった一人の医師にすぎない。もし医師がもう一人必要なら、同じ過程をすべて最初から繰り返さなければならない。それに対して、ワトソンの導入を妨げている技術的な問題が解決できた暁には、一人ではなく数限りない医師が、世界各地で一年三六五日、二四時間体制で患者に対応できる。だからワトソンをうまく機能させるためにたとえ一〇〇〇億ドルかかるとしても、長い目で見れば、人間の医師を養成するよりもはるかに安上がりだろう。

 もちろん、人間の医師が全員消えてしまうわけではない。ありふれた診断よりも高いレベルの創造性を必要とする仕事は、当分は人間の手に委ねられたままになるだろう。二一世紀の軍隊が精鋭の特殊部隊を増強しているのとちょうど同じで、未来の医療サービスでは、アメリカ陸軍のアーミー・レンジャーや海軍のシールズに相当する医療チームのために、新たな職が多く生まれるかもしれない。とはいえ、軍隊が何百万もの兵士をもう必要としないのと同様、未来の医療サービスも何百万もの一般開業医は必要としない。

 医師に当てはまることは、薬剤師にはなおさらよく当てはまる。二〇一一年、ロボットがたった一台で応対する調剤薬局がサンフランシスコで開業した。人間がその薬局にやって来ると、数秒のうちにロボットが処方箋を全部受け取るとともに、その人が服用している他の薬や、抱えているかもしれないアレルギーについての詳しい情報も入手する。ロボットは、服用中の他のどの薬との組み合わせでも新しい薬が悪い影響を及ぼすことなく、アレルギーも引き起こさないことをたしかめた上で、必要な薬を調合する。開業から一年で、このロボット薬剤師は処方箋に従って二〇〇万回の調剤を行ったが、一度としてミスは犯さなかった。生身の人間の薬剤師は平均するとすべての調剤のうち一・七パーセントで間違える。これはアメリカだけでも、なんと毎年五〇〇〇万回の調剤ミスに相当する。

 たとえアルゴリズムが仕事の技術的な面で医師や薬剤師よりも優るとしても、人間味あふれた対応までは提供できないと主張する人もいる。もしCTスキャンであなたが癌であることが判明したら、あなたはその結果を思いやりのかけらもない機械から聞きたいか、それとも、あなたの情動の状態にも気を配ってくれる人間の医師から聞きたいか?では、注意深くて、あなたの気持ちや性格タイプに合うように言葉を選ぶ機械にその結果を知らされるというのはどうだろう?思い出してほしい、生き物にはアルゴリズムであり、ワトソンはあなたの腫瘍を見つけるのと同じ精度であなたの情動も検知できるのだ。

2021年5月5日水曜日

20210505 大学院についての続き・・

 おかげさまで直近投稿記事の「1520記事の到達、新書を読んでいて思ったこと・・大学院について」は、比較的多くの方々に読んで頂けました。これを読んでくださった皆様どうもありがとうございます。

さて、ここで述べました「大学院」に関してですが、私の場合「人との出会い」によって、そこに進む願望が生じ、くわえてまた、比較的幸運であったことは、身近なところに、そうしたことについて、ある程度妥当と思われる意見を聞くことが出来る方がいたことであると云えます・・。

これは、その後の博士課程への進学においても同様でありましたが、その後に生じた事態(指導教授の退職)は当然ながら想定出来なかったため、結果、自分としてはあまり嬉しいとはいえない日々を(数年間)送ることになりました。

この時期は本当に「宙ぶらりん」といった表現が適切であると云えます。つまり、新たに研究室の教授が決まらないことには学位取得の手続きを進めることが出来ないということですが、それでも新教授が赴任されてからは、割合早くことは運び、赴任された年の夏には、おかげさまで学位取得まで至ることが出来ました。またこれは「早期修了」というものでしたが、これについては、既に一年間、同研究科にて修士課程を経ていたことから、実質的には「早期」とは云い難いものであった云えます。

ともあれ、そうした経緯により、どうにか取得した学位は、当初はそれなりに大事と思い、学位記も壁に掛けていましたが、その後の度重なる引越しを経るうちに、いつの間にか本箱内片隅が定位置となっていました・・。

また、現在、これが必要となる機会とは、たとえば大学の公募書類作成に際し、学位記写しの提出が求められることがある程度と云えますが、これも既にPDFファイル化したものをクラウド上に保存してあるため、現物を取り出す必要はありません・・。

こうして自分としては、多少なりとも苦労して取得した記憶のある学位およびその象徴ではありますが、今やまさしく「陽の目を見ない存在」になり果てた感があると云えます・・(苦笑)。

しかしながら、以前に述べました通り、度々周囲の方々から揶揄されようとも、あるいはまた、寝落ちすることも度々ありつつも、2015年から現在に至るまで当ブログを続けることが出来ているのは、やはり、一般的とは云えない経緯を辿りつつも、どうにか当初の目的を達成出来たからであるとも云えます・・。

これが出来ていなければ、ブログ記事の作成どころか、今現在、生きていたかどうかすらも分かりません・・。

また、かつてに比べれますと、大分マシになり、少なくなったと云えますが「宙ぶらりん」であった時期は度々(少なからず)「どうしようもなく落ち込んだ気分」になることがありました。そのような時はとにかく歩き、そして、その後は市内紫原にある一本桜温泉センターに行っていました・・。

そうしますと、不思議なことに、この「どうしようもなく落ち込んだ気分」もどこかに溶けていってしまうのでした・・。こうした経験から私には「温泉に救われた」という実感があるわけですが、現今のコロナ禍の渦中にあっては、たとえGWであっても温泉に出かけることは避けるべきことであるように思われます。

また、さきに少し出ました「公募書類作成」についてですが、今現在全く大学公募の様子をチェックしていませんが、今後1600記事程度まで書き続けることが出来ましたら、今度は副業にて西日本在の医療福祉系を主とする大学の職種を検討してみようと考えています。

ともあれ、能力に偏りがあり、また、成功体験と失敗体験が記憶・精神の中で今現在になお葛藤し続けている私ではありますが、2020年以降は、特にツイッターとの連携によって、さまざまな方々が当ブログを見て頂いていることも分かりましたので、そうした認識を糧にして、未だ先は長いですが、とりあえず1600記事まで書き続けてみようと思います。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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