2017年4月3日月曜日

20170402其の2 『時代を通じ普遍的に人々に重み、深みを感じさせる「何か」とは』

A「あと20記事未満の投稿により、総投稿記事数が600に至ります。

この600記事とは果たしてどの程度のものであるかイマイチよく分かりませんが、それでもキリの良いところまでは書き続けないとどうも気持ちが悪いものです。

しかし、その場合、果たして600という数字がキリが良いのかどうか分かりかねるところではありますが、まあ少なくとも直近のキリの良い数字としては、自身にとって多少の意味があるのではないかと思われます・・(笑)。

さて、本日分の記事は先ほど既に投稿しましたが、本日は休日ということもあり、もう1記事書くことが出来るのではないかと思い、新たに記事作成を開始した次第です・・。

こうした試みはこれまでにあまり為されていなかったことから、多少不安ではあるのですが、実際に書き始めてみますと、そこまで逡巡することなくキーボード上の手は動いてくれるようです・・(笑)。

とはいえ、その書くべき主題といったものは今現在決まっておりません・・(苦笑)。

しかし、そうした状態から書き起こし、大抵の場合はどうにか記事作成を行うことが出来ておりますので、とりあえず書き進めるにしたがい、何かしら主題は思い付くのではないかと思われます・・。

そういえば、先月の最も読まれた記事は3月10日分の記事「保守は右翼、革新は左翼・・?」であり、これも他記事の閲覧者数に比べダントツといって良い状態でした。

何故、この記事が多くの方々に閲覧して頂いたのかは書いた自身もよく分からないところではあるのですが、少なくとも現在の表層的にウヨク・サヨクに分け、難癖を付けるような風潮においては多少は意味があったのかもしれません・・(苦笑)。

また、その意味において現在の文学、映画といった文化一般において、こうしたことを能動的に考えてしまうような重み、深みがあれば良いのではないかとも思われます・・。

(現在においては時代遅れの意見であるのかもしれませんが、さまざまな文化的事物における価値の根源にあるものとは、時代を通じ普遍的に人々に重み、深みを感じさせる「何か」ではないかと考えます・・)

しかし一方、表層的な人気を得ようとする作品とは、概ね、そうしたことを意識的に避ける傾向があります。

たしかに、そちらの方が「君子危うきに近寄らず」で安全ではあるのかもしれませんが、そうした文化事物にて世の中が埋め尽くされてしまいますと、それはそれで逆に息苦しい社会となってしまうのではないでしょうか・・(苦笑)。

いや、それら文化の系譜、成り立ちを知らなければ、そうした状態を息苦しいとすら感じることもなく、それが当たり前と感じ、その中において文化事物に対する別の尺度による評価が為されるようになるのかもしれません・・。

また、これまでのさまざまな文化の発展もまた、見方によれば、そのような感じで為されたものも少なからずあるのではないかとも考えられます・・。

つまり、こうしたこともいわば「勝てば官軍」であり、実はその為される評価とは曖昧模糊とした基準であるのかもしれません・・。

それでも先に述べた、時代を通じ普遍的に人々に重み、深みを感じさせる「何か」とは存在するのではないかと自身は考える次第です。

今回もまた、ここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部そして福島県周辺において発生した地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そして、その後の復興を祈念しております。」






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