2021年7月30日金曜日

20210730 「文体の獲得」とは相変態的な変化なのでしょうか・・?

 今回の投稿記事を含めて4記事の投稿により、1600記事に到達します。昨日の投稿記事にても述べましたが、今回の1600記事への到達は、より当ブロガーとツイッターとの連携を重視した後での、ある程度の区切りであることから、これまでとは多少感じが異なり、あるいは少し緊張・萎縮していると云えるかもしれません・・(苦笑)。

それでも一つずつ記事作成を行わないことには目標に到達出来ませんので、あまり気乗りがしないままにて、ついさきほどから記事作成を始めた次第です。

また、昨日より「緊張」や「萎縮」といった表現を度々用いましたが、これらは後日、無事に1600記事に到達することができれば、何処かへ胡散霧消してしまうものなのでしょうか?さらに、そのように考えてみますと、1600記事の到達目前と云える現在にて「これまでに到達した各通過点でのそれとは異なった感覚を覚えている」とは、云えるのかもしれません。

とはいえ、当ブログ開始当初の頃を想起してみますと、当時は「公表する文章なんて、どう書けば良いのだろう?」と悩みつつ、書籍からの抜粋や、対話形式にて記事作成をしていましたが、その後、2016年の前半頃から独白形式を主とした記事作成を始め、そこから、さらに多少の紆余曲折を経て(どうにか)現在に至っていると云えます・・。

そうしますと、そこから5年程さらに独白形式にて記事作成を行ってきたのであれば「面白い記事をより多く作成出来るようになったのでは?」と思われるかもしれませんが、これに関しましては、さきの「緊張」や「萎縮」ともあるいは少し関係があるとも思われますが、当ブログ開始以前からの懸案事項である「文体の獲得」は、未だに実感され得ないことから、文章力向上についての見解は、現時点では出すことを控えたいと思います。

あるいは上記のように5年以上文章作成を続けても「文体の獲得」に至らず、徒に、ただただブログ記事を作成していることは、見様によれば喜劇的でもあるのかもしれません。しかしながら、これまでの記事作成を継続した期間には、現在よりも著しいスランプの時期もあり、一方で記事作成が全般的に楽しく、文章のアイデアも比較的快調に出ていた時期もあったと云えますが、そうした経験を経ても未だ明瞭な「文体の獲得」といった(相変態的な)感覚はないものの、同時に、これまで継続してきた期間にて、半ば無意識のうちに得てきたものも少なからずあると思われ、そして、その先にこそ「文体の獲得」の感覚があるのではないかとも思われるのです・・。

しかし他方で「では、これまでに相変態的と仮定される「文体の獲得」の感覚と、類似した感覚を覚えたことはあるのか?」と、記憶を遡ってみますと「それは2012・2013年頃にそうした感覚を覚えた」とは云え、またそれは、幾度か述べましたが、これまで、どうにか記事作成を継続出来ている根元にあるものであり、また、それなりの情動を齎したものと云え、後日、それをブログ記事として書いてみたいとも考えていますが、これについては「自分の文体を確立した」と自然に云えるようになった、ある程度先になるのではと考えています。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部
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ISBN978-4-263-46420-5

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電話番号:047-334-0030 

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2021年7月29日木曜日

20210729 1600記事到達前での緊張感について・・

 昨日投稿の記事にて、ここ最近は、当ブロガーでの記事投稿とツイッターとの連携を重視していると述べましたが、それに関連があるのか分かりませんが、昨日、本日は以前のツイッターでのある投稿により、閲覧者数が、驚くべきことに、これまでと比べ、かなり多くの数にまで達しました。

この事態は、昨日の投稿記事での見解からしますと、やはり多少は緊張を伴うものではあり、案の定、本日もまた、あまりスムーズな感じでの記事作成には至らず、ようやく、つい先刻よりどうにか記事作成を開始した次第です・・(苦笑)。

さて、昨日の投稿記事にて述べた、緊張とスランプについて少し考えてみますと、おそらく、それを生じさせている一つの要因は、これまでの1500以上の投稿記事の存在であり、そこで述べていることと、現在作成している当記事との間に、できるだけ齟齬を生じさせないように作成することは、思いのほかに心に負荷を掛け、また、記事作成へのハードルを上げるものであり、あるいは慣れてしまえば、たいしたことではないのかもしれませんが、これは昨今の私としては、やはり重視して、そして緊張してしまうところであると云えます。

その意味において、単純に1600までの記事数を速やかに得たいのであれば、書籍からの抜粋による記事を投稿すれば良いのかもしれませんが、しかし、そうした目標間近という事態であればこそ、オリジナルの記事を主軸としての記事投稿を行う方が良いのではないかと思われるのです。

そして実際に今後、1600記事に到達することが出来ましたら、その時はさすがしばらく休み、あるいは投稿頻度を下げたいと考えています。ともあれ、1600記事への到達直前の今頃、ツイッターとの連携による効果にて、時々は、(自分としては)多くの方々に閲覧して頂けたという何度かの事態が(あるいは過度に)意識され、この緊張へと至ったことは、特に悪いことではなく、これに慣れることが出来れば、それはそれで進化であるとも思われますので、もうしばらく、この緊張は続くものと思われますが、とりあえず1600記事到達までは書いていきたいと思っています・・。

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20210728 今回の記事投稿により1595記事に到達することについて思ったこと

 今回の記事投稿により、総投稿記事数が1595に至り、また、残り5記事の投稿を3日間にて行う必要性も生じてきますが、こちらに関しては、あまり考えないようにして、とりあえず一記事ずつ作成するほかにないと思うようにはしていますが、今回の目標である1600記事は、以前の1500記事、さらに以前の1000記事での達成直前の頃と比べて、何かしら緊張するものがあるのです・・。

私がこれまで記事を作成している「ブロガー」ですが、こちらでは投稿記事に対する何らかの反応を見出せることは稀であり、そうしたことから、ブロガーにおいては、それぞれの記事閲覧者数によって、その反応の程度を反映するものと考えるようになりました。

また、そうした見方も決して全面的に間違いではなく、むしろ、その見方によって、これまでの記事作成期間を通じて、多く読んで頂ける記事と、そうでない記事が書かれた理由のようなものが、少しでも分かり、理解出来ればと考えています。

他方で「ブロガー」にて作成した記事を他のSNSサイトにて連携しますと、それに対してのコメントがつくこともあり、そうしたことから、さきの「ブロガー」のみ、そしてその後の「ブロガー」と「フェイス・ブック」を連携させていた頃と比べ、現在の私は、より「ブロガー」と「ツイッター」との連携を重視していると云えます。

つまり、そうした「重視する」といった背景での思いがあったからこそ、冒頭にて述べた「緊張するものがある」も理解することが出来るのではないかと思われます。ともあれ、今回の1600記事への到達は、よりツイッターとの連携を深めた先にある、ある程度の到達記念であることから、緊張しているのであると云えるのかもしれません。

とはいえ、それを気にしているのは、ほぼ記事作成者のみではあるのですが、むしろ、こうした緊張は、これまでに経験することなく、どちらかと云えば漫然と数年間、記事作成を続けてきたわけですが、そうした先に、こうした緊張感のようなものがあっても、それはそれで特には問題ないように思われます。

そうしたことから、昨年1月からはじめたブロガーとツイッターとの連携は、間違いなく、そこからのブログ記事作成に影響を与えたと云えます。

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2021年7月28日水曜日

20210727 株式会社講談社刊 東浩紀著「動物化するポストモダン」 オタクから見た日本社会 pp.125-127より抜粋

株式会社講談社刊 東浩紀著「動物化するポストモダン」

オタクから見た日本社会

pp.125-127より抜粋

ISBN-10 ‏ : ‎ 4061495755
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4061495753

 コジューヴによれば、大きな物語が失われたあと、人々にはもはや「動物」と「スノビズム」の二つの選択肢しか残されていなかった。そして本書ではここまで、そのスノビズムのほうは、世界では1989年、日本では95年に時代精神としての役割を終え、いまは別種の時代精神=データベース消費に取って替わられつつあると論じてきた。とすれば、ここで、その変化を、コジューヴの言葉を踏まえて、「動物化」と名付けるのもよいかもしれない。

 動物化とは何か。コジューヴの「ヘーゲル読解入門」は、人間と動物の差異を独特な方法で定義している。その鍵となるのは、欲望と欲求の差異である。コジューヴによれば人間は欲望を持つ。対して動物は欲求しかもたない。「欲求」とは、特定の対象をもち、それとの関係で満たされる単純な渇望を意味する。たとえば空腹を覚えた動物は、食物を食べることで完全に満足する。欠乏ー満足のこの回路が欲求の特徴であり、人間の生活も多くはこの欲求で駆動されている。

しかし人間はまた別種の渇望をもっている。それが「欲望」である。欲望は欲求とは異なり、望む対象が与えられ、欠乏が満たされても消えることがない。その種の欲望の例として、コジューヴを始め、彼に影響を受けた多くのフランスの思想家たちが好んで挙げてきたのは、男性の女性に対する性的な欲望である。男性の女性への欲望は、相手の身体を手に入れても終わることがなく、むしろますます膨らんでいく(と彼らは記している)というのも、性的な欲望は、生理的な絶頂感で満たされるような単純なものではなく、他者の欲望を欲望するという複雑な構造を内側に抱えているからだ。平たく言えば、男性は女性を手に入れたあとも、その事実を他者に欲望されたい(嫉妬されたい)と思うし、また同時に、他者が欲望するものをこそ手に入れたいとも思う(嫉妬する)ので、その欲望は尽きることがないのである。人間が動物と異なり、自己意識をもち、社会関係を作ることができるのは、まさにこのような間主体的な欲望があるからにほかならない。動物の欲求は他者なしに満たされるが、人間の欲望は本質的に他者を必要とするーここでは詳しくは述べないが、この区別はじつは、ヘーゲルからラカンまで、近代の哲学や思想の根幹をなしているきわめて大きな前提である。コジューヴもまたそれを踏襲している。

 したがってここで「動物になる」とは、そのような間主体的な構造が消え、各人がそれぞれ欠乏ー満足の回路を閉じてしまう状態の到来を意味する。コジューヴが「動物的」だと称したのは戦後のアメリカ型消費社会だったが、このような文脈を踏まえると、その言葉にもまた、単なる印象以上の鋭い洞察が込められていたことがよく分かるだろう。

2021年7月27日火曜日

20210727 記事作成のための原動力と必要な感覚・・

 今回の記事投稿によって総投稿記事が1593に到達します。これもあまりキリの良い数字ではありませんが、一記事の投稿によって、とりあえずの目標に近づいていると思えることは、何れの数字であっても、それなりに嬉しいものであり、さらにまた、本日のようにあまり書く題材がなかなか見つからない時においては、新たな記事作成のための題材ともなり、それはそれでありがたい感覚であるようにも思われます。

そういえば、ここ最近私は、自分の思ったことをそのまま口頭にて話し、それを筆記して言語化し続けるよりも、とりあえず、ここでキーボード入力であれ筆記であっても、書き続けることの方が、記事作成のための効率的な途であると考えるようになりました。それは異言しますと、自分が口頭で何かを云おうとするよりも、ペンを持ち、あるいはキーボードを操作し、文章を作成している自分の方が、口頭で云おうとする自分よりも、あるいは少しマシであるように思われてきたということです。

これはおそらく、現実での私と、この文章での世界の私の間にて、この文章の世界の私の方がよく話しをする環境にあるということを示すものであるとも云え、ひいては現実社会における私は、あまり話していないということにもなり得ます・・(苦笑)。

とはいえ、おそらくそうした環境は、文章作成もしくは文体の獲得のためには良いと思われるため、これも以前に述べたと思われますが、それぞれのバランスといったものが大事であると思われるのです。

そして、その最適なバランスが継続的に確保されるのであれば、最も効果的な文章作成が出来るのかと云えば、そうではなく、おそらく、文章作成のための一つの大きな原動力とは、文章作成のための(自分なりの)最適な環境を求めつつも、それがなかなか得られないといった状態から惹起される摩擦のようなものから生じるのではないかと思われるのです。

また、そうしたことをここで思ったのは、現在読み進めている ちくま新書 小泉悠著 「現代ロシアの軍事戦略」p.77の記述によると思われますが、しばしば書籍とは面白いものであり、その題名「現代ロシアの軍事戦略」と、卑近とも云える(自分の)記事作成のための原動力とは、あまり結節しそうにないと思われるところではあるのですが、それらをごく自然に関連があるのかもしれないと考えるところに、現在に至るまで、どうにか記事作成を続けることが出来ている一つの要因があるのではないかとも思われるのです・・。

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2021年7月26日月曜日

20210726 メモランダムに記した文章をキーボードにて入力していて思ったこと

以下、先日メモランダムにて筆記したものを示します。

「そういえば、大抵の条件にてスムーズにインクが出て筆記が出来て、また出過ぎて服を汚すことのない万年筆と、それに合った適切なノートがあれば、キーボードにて打ち込み、PCにて文章を作成するよりも、生き生きとした文章を作成することが出て来るかもしれない。また、不思議なことであるが、このメモランダムに書いた文章をそのままPCに入力ことはどうも気が引ける。」

これはPC入力にて文章を作成している自分と、メモランダムに筆記で文章を作成している私とでは、少し性質が異なることから、以上のような見解になったものと思われます。それでも、さきに「気が引く」と述べていた、メモランダム文章を当ブログに実際、入力してみても、特に違和感は感じられませんでした。

この二人の自分に隔たりが無くなれば、あるいは、スムーズな記事作成が出来るようになるかもしれず、さらに、これは未だスランプの中にいる私からすれば、検討すべきことであると思われ、そのさきを記そうとしていますが、そこで思い付いたのは「とりあえず、メモランダムに書いた文章をより多く、こちらに移植することを続けること」により、キーボードを使う私と、ペンとノートを使う私は、同一化することが出来るのではないかということです。今後、メモランダムにどのようなことを記すか未だ分かりませんが、こうした試みもまた当ブログ全体の記事数に資するのであれば、意味があると云えるかもしれません・・。

そして、ここにきて再びメモランダムに目を移しますと、そこに書かれている文字がPC画面の文字と比べ、あきらかにくずれていることから、先ずはその意味を再解釈する必要性が往々にしてあるのですが、おそらく、その過程で、メモランダム上の文章をリアルタイムに記していた頃が想起されるのだと思われます。そして、その想起されたものが多くなっていくことにより、手書きとキーボードでの私は和解してゆくのだと思います。

また、くずれた文字は万年筆を用いて書いたものですが、ここ数年間愛用しているのはラミー(Lamy)社のLamy2000(ニブはF)というものであり、1960年代にデザインされたものであるにもかかわらず、古さを感じさせないシンプル且つバランスの良いフォルム、そして、外観からは、あまり万年筆らしくないと思われるものの、書き味は万年筆らしく大変滑らかなものであり、そのギャップのようなものが、ロング・セラーである当Lamy2000万年筆の魅力であると私は思っています。

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2021年7月25日日曜日

20210725 筑摩書房刊 開高健著「開高健ベスト・エッセイ」 pp.158-160より抜粋

 筑摩書房刊 開高健著「開高健ベスト・エッセイ」

pp.158-160より抜粋

ISBN-10 : 4480435123
ISBN-13 : 978-4480435125

小説を書くにはどうすればどうすればよいかということは百人百説で、めいめいがオマジナイや処方箋をもっている。パイプを三服ふかさなければとりかかれないとか、耳の垢をホジらないことには落ち着けないとか、タバコを一箱買いに行ってからとか、いろいろである。デュマはサロンにどかんと腰をおろして雑談をするとそれがことごとく小説になるのでサロンの常連からデュマ小説製造株式会社という仇名をつけられたとか、というような話もあるけれど、そんなのは例外である。

 一番多いのは酒、タバコ、それから〆切日が近づくと、ノーシンなどが机のまわりに登場するらしい。私はあまり飲まないがこの薬は奇妙に評判がよくて、あちらこちらで苦笑まじりに噂を聞く。流行の尖端をゆく小説家がシェーファーの万年筆をおいてやおらノーシンの箱に手をのばすなどという風景はいかにも日本らしい。トッポい名前が安心感をさそうのだろう。

 コーヒーについてはバルザックが派手な、しかし彼の実力からすればまんざら嘘でもないような賛辞を捧げている。なんでも彼は一日に60杯飲んで12時間書きに書き続けたという噂である。ちょっと引用すると・・・

「・・・こいつが胃の中に入ると昂奮してカーッとなる。戦場にのぞんだナポレオンのひきいる常勝軍のおうに妙想が雲のようにはげしくわきだす。軽騎兵が疾風のようにかけるようにイマージュが飛ぶ。砲兵隊がつうけざまに大砲をブッ放すように論理が躍動する。自然に微笑が浮かぶ。インキが原稿用紙のうえに一面にパッと散る。戦闘開始。インキの洪水が見る見るうちに長編小説を仕上げてくれる。まるで戦争に火薬を使うように・・・」

恐れ入りましたとひきさがるばかりである。

これらは机に向かってからの話だが、それ以前に用意されてある小説のヒントそのものはどうして入手するのか。これまた百人百説で、お菓子のかけらをお茶に浸して口に入れた瞬間に半生の時間を回復した人物もいれば、ライオン狩りや闘牛をやらないことにはダメだとする猛者もいる。チェホフはサラリーマンのようにせっせとメモをつけ、モームは南洋くんだりくんだりからモスクワまで旅行した。万人万様である。

 書くものがどうやら発表できるようになった頃のこと、私は毎日タクシーのメーターを眺めているような気分におそわれて憂鬱だった。雲の妙想、軽騎兵のイマージュ、大砲の論理、なにひとつとして在庫皆無である。コーヒーを飲むと酔うし、闘牛をやるには体重が13貫しかない。しようがない、お酒を飲んでフテ寝をした。稼げるのに稼がないのはなんと贅沢な快楽であることか。肘枕、かすんだ目を細くひらき、くちびるをかみながらカッと射す西陽を眺めて暮らした。そのうちに半ば真性のノイローゼとなり、ほんとに衰弱してしまったのにはまったく手を焼いた。

しようがないから好きなE・H・カーの名作「バクーニン」でも翻訳してやろうかと思ったが、これは埴谷雄高氏から、

「ダメだ、ダメだ、そんなことするとますます小説が書けなくなるよ」といわれたのでよしにした。思うに埴谷氏は自分のことをいっていたのである。一年ほどしてから会ってそのことをいうと、まえとまったくおなじ警告をうけた。「道ですれちがった女の匂いがムンと鼻先に迫って離れないような状態におかなくちゃあ」というのが氏の処方箋であった。

20210725 【架空の話】に登場する挿話の背景について

 今回の記事投稿により、総投稿記事数が1590に至り、残り10記事の投稿にて、当面の目標としている1600記事に到達することが出来ます。また、今月中での達成は危ういと云えますが、何れにしても、新規の記事投稿がなければ前に進みませんので、本日もあわよくば複数の記事投稿が出来ればと考えています・・(苦笑)。

ちなみに今月は残りが6日であり、本日さらに新規にて投稿することによって、6日間にて9記事の投稿を要することとなり、そうした状況のもと、この6日のうち3日を2記事の新規投稿とすることにより、今月内での1600記事到達への目途が立ち得ます。

とはいえ、実際、それに挑むのは未だ現在スランプ気味である私であり、ここまで書いて認識された、現実の様相に対しても既にゲンナリしつつある私もいます・・(苦笑)。

しかし、それでも遅かれ早かれ1600記事には到達することが見込まれますので、何であれ、とりあえずここは書き進めて行こうと思います。

さて、ここ数日間は【架空の話】の続編のようなものを作成し記事として投稿してきましたが、こちらも、思いのほか多くの方々に読んで頂いており、少し驚かされました。

また、これら投稿した【架空の話】の続編は、精確には続編ではなく「続編作成のための材料となる挿話」のようなものであり、これらが次の段階での物語の進行に際し、その全体のリアリティーを高めたり、もしくは、作中の世界を引き締め、深みを与えるのではないかと思われます。

ともあれ、そうした挿話もまた、いくつもの挿話的要素によって構成されたものであり、そして、その挿話的要素の基層には、作者自らの経験、他者から聞いた印象的な経験といった、より現実に近い記憶があると云えます。

そして、先日来の【モザイクのピースとなるもの】とは、まさにその意味で、物語の進行に際して描かれる挿話的なものの具体的な内容を文章としたものであり、それらもまた幾つもの挿話的要素にて構成されてはいますが、こうしたものは思いのほかに文章としては一気呵成に書く事が出来ることもあり、何か思いついた時に、【架空の話】に用いるか用いないかは別として、作成出来るものは作成しておき、後日、必要になれば、そこから手を加えれば良いのではないと思われました。

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順天堂大学保
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20210724【架空の話】・其の67 【モザイクのピースとなるもの】

 医専大卒業後は、そのままK大学大学院に進学した。ここに至るまでは色々とあったが、ともあれ、どうにか進学することは出来た。また、この進路は転居を要さず、むしろ通学先はさらに近くなることから、楽になると思われたのだが、私の住むアパートの敷地を出てすぐに坂があり、その坂のさきにK大学があるのだが、この坂が意外なほどに険しく、通常の自転車では、一度も地に足をつけないで上り切ることは困難なほどであった。

そうした事情もあり、入学後すぐに中古にて原付を購入したが、首都圏在住時は、その交通事情から、さすがに危険であると考え、乗ることを控えていた原付にいざ乗ってみると、これがかなり便利であり楽しかった。休日に鹿児島から桜島フェリーに原付を載せ、大隅半島側に渡り、垂水、鹿屋を抜け、大崎や志布志の地域を一周したこともあったが、当時の私にとって原付は、とても新鮮に感じられる一種の遊び道具のようなものでもあった・・。

さて、K大学大学院に進んでからの日常は、医専大の頃と大きく変わりはなかったが、今までの医専大では教えられる学生という立場であったが、ここK大院では、他の研究室の先生からすると、私のような歯科技工士なり立て1年目のいわばオールド・ルーキーの院生でも、何かの専門家として扱われることから、あまり下手なことは出来ず、云えないような雰囲気であった・・。

朝、研究室に着くと、その一角にある自分の席に荷物を置き、既に出勤されている研究室の先生方に挨拶をしてから、その時間には大抵在室であったS教授の研究室に行き、当日の予定などを聞き、特に用事がなければ、依頼を受けていた、さまざまな試料の作製に取り掛かり、そして、それと併行して自分の研究分野と関連すると思しき先行研究、著名な論文などを読み、辞書をひいては訳していくといった作業をしていた。

片や先行研究の読み込みで、もう片方は1000℃以上にまで加熱された電気炉内から試料の出し入れなどを行っていたことは、現在考えてみると、あるいは少しおかしかったのかもしれないが、当時としては、そうしたことも考えずに、ただただ作業をしていたことが思い出される。とはいえ、こうした事情は、当研究室を修了された他の先生方もまた概ね同様であり、それぞれ先生方が行っている手指を用いる実験と、論文の読み込みや作成などの文章仕事とのバリエーションに特徴があり、これもこれで興味深いものであったと云える。

そういえば、S教授には、同じ研究分野にて着実に地歩を固めつつある若手の後継研究者と云われるような存在はなく、むしろ逆に、この研究分野、いやS教授のもとで学位を取得されると、どうしたわけか、より素の自分に近いと思われる研究分野へと進まれて行くといった不思議な傾向があるように見受けられた・・。

一面的ではあるものの、良い指導教授とは、あるいは本来そうしたものであるのかもしれない。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保
健医療学部
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2021年7月23日金曜日

20210723【架空の話】・其の66 【モザイクのピースとなるもの】

医専大4年生の初夏、突然、文系院での指導教員からメールが届き「今週末、福岡にて学会があるため福岡に出向くのですが、都合が良ければ、福岡まで出て来ませんか?」とのことであった。幸いなことに、その日はバイトのシフトも入っておらず、K大での実験は一カ月ほど前に終わり、また、2年前にKに移り住んで以来、これまで、ほとんど遠出をしなかったことから、これを良い機会と、福岡まで出向くことにした。

交通手段としては高速バスが良いと思われ、当日は早朝にKを発ち、昼頃に福岡の博多に着いた。待ち合わせはJR博多駅西口付近と定めておいた。

正午少し前にバスは博多駅に着き、降りてから少し歩いて駅前広場に至り、周囲を見てみると、背の高いビルが立ち並び、また、全国展開の百貨店などもあり、その街並みの威容には少し驚かされた。2年あまりのKでの在住と、そこからあまり外に出なかったことから、街並みに対しての感覚が変化したことにここで気が付かされた。

指導教員は、いでたちに特徴があるというわけでもないが、日本人の中に外国人が存在すると分かり易いのと類似した感じにて、それなりの人込みの中でも比較的容易に判別できた。
この時はよくアイロンのきいた白の少し厚手生地の開襟シャツの下に、これまた白のクルーネックシャツを着て、紺のチノクロスパンツを穿いていた。

私がこの時の指導教員の服装を憶えていた理由は、それまでの私が知る指導教員は、夏になると決まってマドラスチェックの半袖のボタンダウンを着用しており、その記憶からの変化をそこに見つけたからである。

ともあれ、久しぶりの再会にて駅近くの喫茶店に入り、それぞれの近況を話したが、指導教員は現在、応募を検討している大学での公募があるとのことであり、私に意見を求めるのかよく分からないような話し振りにて話された。私の方は、昨年秋、K大学のS教授研究室での会話を話し、そこから「今後さらに進学するべきであろうか?」といったことを尋ねてみた。

すると指導教員は、少し黙ってから「それは親御さんとは相談しましたか?」と先ず訊ねてきた。さらに続けて学資や、修了後の進路についての展望などについても訊ねてこられた。

私はその点については、粗くではあるものの、一応考えてはいた。それは、また奨学金に頼りつつ、アルバイトをして、突然のそれなりの額の出費に関しては、実家に相談するといったものであったが、実のところ両親に対しては、そのことを明確には伝えていなかった。とはいえ、そもそも、このハナシ自体、私のもとに来たのは一カ月ほど前に終わったK大での実験から数日経ったある日、E先生からS教授の伝言として「K大の歯科理工学の院を受けてみないか?」との打診を受けて以来であり、これは当時の私としては、思案のしどころであったには違いない・・。

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20210722 今月中での1600記事への到達について思ったことから

 これまでの総投稿記事数は1586であり、また今月中での1600記事への到達を望むのであれば、記事数を稼ぐため、本日も新たに記事を作成投稿しておいた方が良いと考え、さきほどからまた、新たな記事作成を行っています。

そして、当記事の投稿により、実質、残り8日にて13記事の投稿を要するという事態となり、1日にて2記事の投稿を7回行う必要性が出てくると云えます。

そのように考えてみますと、多少目標の達成が困難であると思われてきますが、当初から、こちらの目標は、そこまで考慮した上で設定したものではないため、達成は出来なくとも特に気に留めることはないと云えます。

また、その達成が困難ではあるにしても、未だ不可能ではないとも云えますので、とりあえずは、あまりそうしたことを考えずに、新たな記事作成を行っていきたいと思います。

そういえば、ここ近日中にて【架空の話】を2つ新たに投稿しましが、これらの閲覧者数は、思いのほかに多く「では引続きさらに何話か・・。」と行きたいところではあるのですが、この2記事は、以前からツイッターにて何度か取りあげさせて頂いている某独文学者、エッセイストの講演動画、もしくは著作内にて述べられていたことに、トーマス・マンの作品の作成法というものがあり、それによると、マンは自分の気になる、好みのテーマなどを3行程度の文章にて記録しておき、さらに、もう少し具体的な作品内に登場する挿話のような情報を9行程度の文章にて書き溜め、後日、それらを見直しつつ作品を執筆していくというスタイルであったとのことでした。私はこの情報に「なるほど、それは真似をしてみると面白いかもしれない・・。」と思い、自分なりにそれを実践してみたのが、直近2つの【架空の話】と云えます。

そして、そうした意図にて作成した2記事が、思いのほかに多くの方々に読んで頂けていることは、やはり嬉しいことであり、また【架空の話】の続きを作成する意欲も湧いてくると云えます。

では、ここでそうした3行のようなことを1つ書いてみみますと・・

2年次編入にて入学したK医療専門職大学口腔保健工学科では、結局最後の卒業まで、同じ学科の方々と打ち解けるところまではいかなかったものの、逆に特に悪い関係であったというわけでもなく、テスト前にはノートなども借りることが出来、また、その他にも助けて頂いたことは度々あった。

文系院時代の指導教員は、医専大4年の初夏、学会参加のために訪れた福岡、福岡から連絡を頂き、こちらがKから出向くことになり、高速バスにて4時間ほど掛けて着いた。当時はまだ九州新幹線も開通していなかったことから、福岡まで出向くのであっても、なかなか大変なものであったが、指導教員と久々に会えたことは嬉しく、私は当時の検討事項であったK大学大学院への進学についての意見を求めた。指導教員は、まず親御さんが納得しているか、そして、学資の目途はついているのか、といったことを懐疑的な調子で訊ねてこられた。そこで、3年時にS教授研究室へ訪問した際の会話概要を述べ、そこから、むしろK大の院に進んだ方が就職に関しては明るいと思われる。といった見解を述べた。それに対して指導教員はなおも懐疑的な姿勢を保持し、しばらく黙っておられたが「・・・こういうのは実際、運みたいな不確定な要素大きく関与してくるからね、あまり甘く考えずにおいた方が良いと思いますが、それでも進むのであれば進んでみたと良いと思います。」といった見解を述べられた。

また、この博多訪問が生まれて初めての博多訪問であり、その街の大きさに驚かされ、また同時にそれは。編入試験後から帰郷していなかったためであるのか、スッカリ街の大きさに関しての感覚が変わってしまったことによるのではないかとも思われた。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部


日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 



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~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

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連絡先につきましては以下の通りとなっています。

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電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。











2021年7月22日木曜日

20210722 継続的な記事作成のための環境について・・

少し以前、ブログ記事を作成していて、不図思ったことで「記事作成のためにはあまり人に会わない方が良いのではないか?」といったものがありました。そこで、最近はあまり人に会わないようにしていましたが、ここ数日間、人と会う機会が続き、また、それにより記事作成もせずにいましたが、ここであらためて思ったことは「時には人と会って刺戟を受けた方が良い」ということです。

既知の方々と久しぶりにお目に掛かり、ハナシをしていますと、先ず、その方に関しての記憶が想起され、次いで、それが現在話されている姿と徐々に同一化してゆきます。そして、その過程の中で、おそらく、何かしら変化のようなものを感じ取っているのだと思われます。

そして、これまで、あまり人に会わないように努めた期間の後に、これを久々に経験してみますと、それが一層新鮮に感じられると云えます。

また、そうした背景があってこそ、以前投稿のブログ記事にて「【架空の話】の続きを作成するためには鹿児島を訪問する必要があるのでは・・。」と述べていたのではないかとも思われるのです・・。

しかしまた他方の「あまり人と会わないようにしよう」にも、それなりの背景や経緯があり、現在に至るまでに、安定した記事作成のためには、そちらの方が好ましいだろうと小さな判断を積み重ねた結果がそれであり、また、孤独である方が、こうした作業の継続のためには諸事都合良いとも云えます。

そのように考えてみますと、双方それぞれを受容する感覚が重要であると思われ、また、その人なりの、これらのバランスこそが、少しは創造的である作業の継続のために大事であると思われるのです。

とはいえ、そのようなバランスの取れた環境もまた、短期的に得られるものではなく、半ば無意識ながらであるかもしれない小さな判断の積み重ねによって、形成されていったものであると云えますので、その点においては私は、そこまで酷い環境にいるというとわけではないかもしれないが、同時に決して良い環境であるとも云えません・・。

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2021年7月19日月曜日

20210719 【架空の話】を作成していて何故か思い出した2010年のこと

2010年の秋、当時、鹿児島に在住していた私は学会発表のため名古屋を訪問した。学会会場自体は岐阜市であったが、帰りの飛行機や交通の便などから考えてみると、名古屋の方が良いと思われたため、ホテルは名古屋駅の近くにて予約した。

また、名古屋には文系院時代からの友人のご実家があり、彼は博士課程にて北海道に渡り、そこでどうにか学位を取得されてから、名古屋のご実家に戻り、アルバイトをしながら求職活動を続けていた。

私としては、もちろん学会発表は重要であったが、また同時に、こうした機会に長らく会っていなかった友人に出会うことも同様に重要と考え、そして楽しみにしていた。

待ち合わせをしたのは、たしか夕刻過ぎの名古屋駅の近くであった。私は学会出席のため、着慣れない一張羅のスーツを着用していたが、待ち合わせ場所で見つけた友人は、上下ジャージ姿にて頭にはタオルを巻いていた。

このスタイルからは、かねてより、私が知っている当人との間にギャップは感じられなかったが、同時に、体育会系の色彩がより強まったように感じられた。ちなみに、この友人は御自身の思想を実践するためか、博士課程院生時に体育会運動部に所属し、研究との両立をはかってきたわけであるが、そのためか体格は以前よりも幾分か良くなっているように見受けられた。

そして、二人とも夕飯をまだとっていなかったことから、地元で有名とされるお店に入り、食事を済ませてから喫茶店に入り、互いに最近の出来事などを話した。

それによると彼は、ご実家の近くの板金工場にてアルバイトとして働き、そして月に何度かは地元の公立大学にて何らかの科目の講義を受け持たれているとのことであった。また、大学教員の公募は帰郷以来応募し続けてはいるが、まだまだ学位取得後1年も経っていないことから、そう簡単には決まらないだろうとのことであった。

私の方は、研究室での色々な出来事などを話し、また、先の展望なども話したものと記憶しているが、当時は既に師匠も退職されることになっており、私としても他面において色々と自分の身の振り方について検討しなければならない状況であったと云える・・。

とはいえ、この喫茶店でのハナシは久しぶりということもあり、かなり盛り上がった。

現在になり考えてみますと、2010年当時は双方共に、かなり夢があったと思われるところですが、私の方は何故かそれを思い出して、こうしてブログ記事としています・・。

ちなみにこの友人は私にブログ記事の作成を勧めてくださった方の一人であり、文系院の頃から、色々と無茶でおかしなところがある私に合わせてくださっているのか、お世話になっていると云えます・・。

ともあれ、こうした経緯もありますので、もうしばらくブログ記事の作成を続けてみようと思います。

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20210719【架空の話】・其の65 【モザイクのピースとなるもの】

医専大3年生の秋口から参加したK大学での実験は、その後、ある程度継続されて、とりあえず一段落ついたのは翌年の春が深まった頃であった。その間に、歯科用陶材の扱い方を習得するためにK市にて開業されているO先生のもとに何度か通い、また実験全体を指導されているS教授とは、親しく接する機会を比較的多く持つことが出来た。

以前にも書いたがS教授は関西人らしく気さくな人柄であり、実験機器などの納入業者の方々とも、ざっくばらんに会話をされることからか、業者の方々からのウケは極めてよく、アブストラクトの締切直前にて実験への追い込みが掛かった、かつてS教授門下の院生であった先生方数人が入れ代わり立ち代わりで研究室の走査型電子顕微鏡で試料観察をしていると、未だ水分が残った状態での試料に電子線を当て続けたためであるか、鏡筒内環境が悪くなり、電子銃のフィラメントが切れてしまうということが度々生じ、ついにストックのフィラメントが全滅してしまうということがあった。

そうした折りに、最後のフィラメントが切れてしまう場面にて電子顕微鏡を操作していたのは医専大での勤務を終え、実験のためK大を訪れていたE先生であった。時刻は既に23:30頃であったが困ったE先生は、とりあえず、その場でS教授に電話をかけた。

少し眠たそうな感じで電話口に出て来たS教授であったが、E先生から事情を聴くと「・・よっしゃ、わかった。明日の午前はペリオ(歯周病学研究室のこと)の**先生が電顕使うはずやからな・・それまでにはなんとか使えるようにするわい・・。」とのことであった。E先生はそれを聞いて「あるいはS教授がどこかでフィラメントの予備ストックを持っているのかもしれない・・。」と思ったそうだが、後で聞いたところによると、S教授はその深夜か、翌朝早くに福岡の九州全土を主管とする修理・サービスセンターに連絡を入れていたそうだ。そして、福岡から新たなフィラメントがK大学に届いたのは、その日の午前10時を少しだけ廻った頃であった。

この迅速さにはS教授御自身も大層驚かれたようで「どうやって福岡から来たのか?」と訊ねていたという。そして、担当者が自動車で来たことが分かると、教授室ロッカーの片隅から一升瓶を持って来て「これな、荷物になるかもしれへんが、ワシの郷里の「灘の生一本」や、帰って皆さんで飲んでください。そして、おかげさまで助かりましたと皆さんにお伝えください。」とのことであった。

以前にも述べたが、S教授御自身もかつて、そうした実験機器などを大学に納入する会社におられたことから、そこでのご苦労もよく分かっておられたのだと思われる。

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