2021年5月8日土曜日

20210508 既知の領域から未知の領域への分岐点としての「歴史」(人文社会科学)

あまり集中していない読書の際も、その文章の字面を目で追っていますと、脳裏に不図、何か考えが浮かんできたり、あるいは、他の書籍記述が想起されることが度々あります。いや、ある程度の年齢になってきてからの読書とは、大体のところ、読み進めるのと同時進行にて、こうした活動を半ば無意識でありながらも、行っているのではないでしょうか?

そのため、現在となっては、他の考えが浮かんできたり、他の記述などを思い出さない方が純粋に読書を楽しんでいるようにすら感じられます。そして、そうした読書の仕方が可能であるのは、おそらく、全く見知らぬ領域・分野での読書の時であろうと思われますが、これはこれで、言葉や用語、言い回しなどに慣れるまで読み込むのが大変であり、また、どうにかそれらに慣れてきた頃になりますと、今度は、そのある程度慣れてきた言語、言い回しの世界から生じてくる考え、他の記述などが想起されるようになり、その時点で既に純粋な楽しみとしての読書は出来なくなっているようにも思われるのです・・(苦笑)。

いや、しかし、そもそも読書というものは、純粋に現在読んでいる書籍だけを楽しむというよりも、読者の過去の、さまざまな読書経験と、現在、生じつつある読書経験が内面にて化合し、反応することにより、何か新たなものが生まれることに、その「楽しみ」といったものがあるのではないかとも思われるのです。

そこから、やはり、冒頭に述べた、半ば無意識ながらの参照的とも云える活動こそが、読書をより楽しく、また、深みのあるものにしてくれているのだと思われてくるわけですが、他方で、そこからの分野的な広がり、展開がないというもまた、面白くありませんので、時には全く知らない分野の書籍を読んでみたくなるところですが、まさに、この時点においての読む書籍の選択が、かなり重要であるのではないかと私は考えます。

つまり、自分がそれまである程度慣れ親しんだ要素がないと、徐々に読み続けるのが苦しくなり、他方で、未知の領域としての記述が文中にある程度ないと、それは既定の読書路線からの展開や広がりといった新たな要素はなく、その意味においては「つまらない」と云えます・・。

そして、そうした状況において比較的選択し易いと思われるのが、何であれ「歴史」を扱ったものであると思われます。如何なるものであれ、そこに至るまでには歴史的経緯があり、そして、それを土台として現在の状況が成立していると云えますので、既知の分野から未知の分野への、読書のはじめの分岐点あるいは乗換え場所として適当であるのは「歴史」ではないでしょうか?

また、当初、既知と思われていた「歴史」についてを扱った書籍を読み進めていますと次第に、あまり知らない領域に入っていることが度々ありますが、しかし、そうであっても、当初の既知の要素との比較により、相対的な理解は一応担保されていることから「全く知らない」という状態とは異なることから、多くの場合、そこを基点として、どうにか読み進めることが出来ると云えます。そして、そこから、なおも読み進めて行きますと、次第に当初の「あまり知らない」という状態が多少変化していることに気が付くということもあるのではないでしょうか・・。

そして、そうしたところにも、歴史のみならず、さまざまな人文社会科学系諸学問のナマモノである人間の精神に対する価値といったものがあるように思われますが、さて如何でしょうか?

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設


一般社団法人大学支援機構

~書籍のご案内~

ISBN978-4-263-46420-5

*鶴木クリニックでのオペ見学につきましても承ります。

連絡先につきましては以下の通りとなっています。

メールアドレス: tsurukiclinic2001@gmail.com 

電話番号:047-334-0030 

どうぞよろしくお願い申し上げます。








20210507 インプットとアウトプットの均衡について・・

 このGWは毎日、割と長い距離を歩いたように思います。そしてまた、読書の方も普段と比べて進んだように思われます。他方、ブログ記事作成の方は、毎日の更新とは行かずに、また、書籍からの引用部を記事としたものもあり、あまり熱心には行わなかったと云えます・・。

これに特に理由はありませんが、ただ、私の場合、読書が好調に進んでいる時は、あまり進んで記事作成は行わないようであり、これが、さきに述べました記事の更新頻度と関連があると思われるところです。

たしかに以前、鹿児島在住時の頃は、わずかに残っていた「若さ」の勢いにまかせて、現在よりも多く読書をしていた記憶がありますが、他方、アウトプットに関しては、その読書量と比べますと、相対的に乏しく、今現在よりも少なかったと云えます・・。

そして、そうしたインプットの方に偏る読書は、若い頃は特に問題ないのかもしれませんが、ある程度の年齢に差し掛かってきますと、どうしたものか、アウトプットの方もある程度行っていないと、それらのバランスが悪くなり、どこかしら体に不調が生じてくるように思われるのです。

また、当ブログを始めたきっかけも、こうした不均衡の状態を脱するためであったと云え、くわえて、同時期に複数の方々からブログの作成を勧められたのも、そうした状況を察したためであったのではないかと思われるところです。あるいはそれが「若さ」を使い果たして、なおもインプットのみに偏っていると陥る状態であるのかもしれません・・。

もしも、現在の私が、かつての私のような状態の方と出会った場合、そうしたことを察することが出来るのかとは、正直なところ、なかなか難しいのではないかと思われるところです・・。

ともあれ、私の場合については、やはり幸運であったのだと思います。あの時点でブログ記事の作成を勧められず、思い付いていなければ、間違いなく、現在の私はいなくて、あるいは、生きてすらいないのではないかとも思われます・・。

そして、2015年から今現在に至るまで、どうにか書き続けていますが、一体どの程度まで書き続けますと、記事作成・アウトプットなしでも体に不調は生じなくなるのでしょうか?(ここまできますと、おそらく精神的な要因も何かあるのではないでしょうか?)あるいは、次の目標は1600記事と先日設定しましたが、そのあたりまで書き続けますと、何かまた、心境よりも大きな「精神」に変化は生じてくるのでしょうか?

とはいえ、それでも、2015年の頃と比べますと、当時感じていた、また、ブログ作成の「原動力」ともなっていた焦燥感や強迫観念は、明らかに減衰したと云えますが、その次には、それらが減衰した後においても記事作成を続けることが出来る「原動力」の方が現在においては、より重要となり、そして、それを試しているのが1000記事到達以降から今に至るまでの期間であると云えます。

また今後、あまり想定はしていませんが、当ブログが1600記事から、さらに2000記事まで継続することが出来ましたら、何かしら面白い、自分の新たな特徴を見出すことが出来るのではないかとも思われます・・(笑)。

ともあれ、今のところは次の1600記事に向けて、黙々と投稿を続けることが大事ではあるのですが・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 2020年4月開設


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