2020年5月16日土曜日

20200515【架空の話】・其の14

【架空の話】
「その日帰宅したのは24:00少し前であり、かなり久しぶりの飛行機による移動、そして何より、生まれてはじめての編入試験で疲れたのか、この日もストンと寝付くことが出来た。翌日は2限目からの講義であり、少し休めると思ったが、修士(博士前期課程)2年目になると、履修科目の状態は、このような感じになるのではないだろうか・・。

翌日2限目の講義に出席し、その後、あまり人に会わないように一人、学食テラス席にて岩波文庫版の カレル・チャペック著「山椒魚戦争」での山椒魚と人間の戦争が始まるくだり(英仏海峡事件のあたり)を読んでいると、横から聴き慣れた声で「やあ**君、今日は何を読んでいるのですか?」と訊ねてきた。声の主は指導教員であり、この先生の声は、若干オクターブが高く、言葉が明瞭に聞き取れるのは良いが、反面、あまり感情に訴える要素は少なく、どちらかというと、理性に訴えるような響きが強いと云える。こうした声の持ち主は、その後も何名か出会ったが、総じて、軽躁の気があったのではないかと思われる。そして、出来ることなら、自分もこうした声になり、さらに軽躁気味にもなりたいと願うようになったが、今のところ、そうした変化は全く見られない。

私は指導教員に「ああ、先生ですか。今日は「山椒魚戦争」を読んでいます。この作品は1920~30年代の世界情勢や時代精神を知るうえで、とても参考になりますね。」と著作を示しながら答えた。すると指導教員は「ははあ、その作品はたしかに面白くて、フィクションなのに芸が細かく、現実っぽく仕上げているところがとても秀逸ですね。あと、当時の世界情勢、時代精神についての君の指摘も間違っていないと思いますね。ええと、その著作はたしか1930年代半ば頃に刊行されたと思いますが、そこを基点として大体10年前に刊行のトーマス・マンの「魔の山」そして、大体10年後に刊行のジョージ・オーウェルの「1984年」の3作品をそれぞれ読んでみますと、何と云いますか20世紀前半の時代精神の推移といったものが見えてくるのではないかと思いますね。・・あ!これは学部ゼミの講義で使えるかもしれない・・。いや、いや、まあ、それは置いておいて、たしか先日、編入試験を受けてきましたよね?」と少しだけ真顔になって訊ねてきた。本日の指導教員は、先日より明るいブルーのブロード地ボタンダウンをこれまた腕まくりして着て、片手にコーヒー用の蓋付き紙コップを持ち、もう片方の手は濃いベージュの古風なパイプドステムのチノパンのポケットに入れていた。

こうしたことを訊ねてくるのも指導教員の務めの一つであるのか、あるいは単純な好奇心からであるのか不明であるが、この先生の場合、様子を見ていると、どうも後者の方が強いのではないかと思われる・・。ともあれ私は「ええ、昨日、編入試験を受けて深夜にこちらに戻ってきました。試験の出来はボチボチでしたね・・。英論文の翻訳は、院の講義で使う向こうの経済誌の翻訳などに比べれば、素直な文章で比較的訳しやすいと思いました。しかし、その意味はイマイチ分かりませんでしたが・・。あと、小論文と実技試験は、まあ、自分なりに頑張りましたので、あれで落ちていれば、まあ、仕方ないとあきらめます・・(笑)。」と少し先回り気味で返事をした。

すると、指導教員は「ふーん、そうですか・・。まあ「人事を尽くして天命を待つ」といったところでしょうかね・・。上手いこと行っているといいですが・・。あと、それはそうと、来年度からは私のところにも一人、新しい院生が来るかもしれません。まあ、君の今後の身の振り方が決まりましたら、また一緒に夕飯にでも行きましょう・・。」とのことであった。A大学は比較的小規模な大学ではあるものの、戦前の私立旧制高等学校の流れを汲んでおり、ところどころには、未だこうした教員と学生のあまり壁のない交流の文化が残存していたのかもしれない・・。

ともあれ、そのような会話ののち、私は図書館で少し調べものをしてから帰宅し、夕刻頃、D先生の医院に電話をかけた。「あ、先生どうも、昨日試験を受けて戻ってきました。そこで本日少しそちらにお邪魔したいのですが、よろしいですか?」と訪ねると「ああ、今日はあまり患者さんが多くないから、そうだな19:00頃に来てもらえればCさん共々相手出来るよ。」とのことであった。そこで指定の時刻に医院に着き、ノックをして待合室から診療室に入ると、先生はカルテに何か記入をしており、Cさんは治療に使用した器具の後片付けをしていた。両名とも私の姿を認めると、それぞれの作業を止め、D先生が「・・おお、よく来たね。それで昨日、試験の後、前に話した口腔保健工学科で教員をしている同期の友人から電話があってね。まあ、ハナシを聞かされたよ。いや、今回の口腔保健工学科の編入試験を受けたのはどうやら君一人だったようだね・・。これでもし、君が合格していれば、私は彼等から少しは感謝されてもいいのかもしれないね・・。まあ、先のハナシはまだ分からないけれども・・。」と云った。Cさんは「どのくらい志願者がいましたか?」聞いてきたため、私は「ええ、全体で20~30名ほどであったと思います。そのうち7~8割方は女性でしたが、歯科衛生士学科(口腔保健学科)の編入希望者は何人かいたのではないかと思います。」と当てずっぽうな返事をした。また、続けて「結果は1週間に郵送で知らせ、あと大学HPにも掲示されるとのことです。」と言い添えた。ともあれ、以上の報告を今回お世話になった二人にしてから、しばらく雑談をした後、医院を辞して帰路についた。そして、帰り道の途中でCさんのKでの出身地を聞くことを忘れていたことを思い出し、少し後悔した・・。Bに対しては、メールにて編入試験を無事終えたことを伝えていたが、夜になって「それはご苦労さん。こちらも2日後に二次面接だ。」と短いメールが届き、それに対し「頑張れ。来年二人してK行きになったら面白いな。」と返信した。

それから1週間はバイトや論文の調べもので費やされ、HPでの合格者掲示の日は、1時間ほど前から院生研究室にてHPを開いて待っていた・・。こういう時はやはり落ち着かないものであり、院生研究室から出たり入ったりを繰り返し、また、HPの更新ボタンを何度も押していた・・。先日受けた説明によると13:00から掲示とのことであり、時刻を過ぎて、更新ボタンを押してみると、学科毎の合格者の受験番号が掲示されており、口腔保健工学科の欄を見てみると、果たして、そこには一つだけ番号が掲示されており、それは私の受験番号であった・・。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!


新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

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