2023年9月19日火曜日

20230919 歯科材料の歴史について(試作文章)

我々の身の回りにあるものと同様、歯科治療で用いる材料もまた、主に以下の四種材料により構成されています。

①有機材料(高分子材料、例:プラスチック)
②無機材料(セラミックスなど)
③金属材料(金属や合金)
④複合材料(これらの材料の組み合わせ)

①の有機材料(例:プラスチック)は、歯科治療において、口の中の型取り(印象採得)に使用されたり、入れ歯(義歯)の材料として使用されます。これらの材料は比較的柔らかく、変色や着色が生じやすいといった特徴があります。

②の無機材料(セラミックスなど)は、焼成や焼結工程を経て加工されます。材料としての特徴は、高硬度であり、変色や着色も少なく審美性にも優れており、また体内での安定性に優れ、為害性が極めて低いことが挙げられます。

③の金属材料(金属や合金)は、概して機械的強度に優れていますが、透過性や透光性に乏しく、口腔内の色調とは異なる特有の金属光沢があります。近年は金属アレルギーのリスクや価格高騰と技術進化の影響により、歯科材料として用いる利点が減少しています。

④最後の複合材料は、有機材料、無機材料、金属材料の特性を組み合わせたものです。これらの特徴は、機械的強度は金属や無機材料と比べて、概して低いですが、審美性や価格などの点からは、多くの場合、金属材料よりも用いる利点があると云えます。

如上の各歯科材料の性質概要を念頭に置いて、各歯科材料の歴史について考えますと、当然であるのか、驚くべきことであるのか、世界各地において、紀元前の頃から原始的ながらも歯科治療は行われていました。そして、そこで用いられていた各種材料が、現在の歯科材料の起源・始祖ともいえるものであるといえます。

そして、紀元前のいわば、歯科医療草創期の時代から各地で共通して歯科材料として用いられていたのが金です。金は展延性に富み加工が容易であり、且つ化学的安定性に優れていることから、各種加工技術が未熟であった時代から、歯科の補綴装置に用いられてきました。

そして、現代においても一部の臨床家や材料研究者は、金を最高の歯科材料であると考えていますが、貴金属の価格高騰と加工技術の進歩により、その評価は変化しつつあります。端的にそこから、時代と技術の進化に伴い、歯科材料に対する見解も変化するということが理解出来ます。そして、こうした変化を柔軟に対応するためには、歯科治療は自然科学とアートの融合であり、常に変化して進化し続ける分野であることを知ることが重要であると思われます。

さて、さきにアートと述べましたが、アート(芸術・技芸など)と親和性のある歯科材料として、たびたび取り上げられるのは磁器です。西欧において磁器生産が始まった18世紀以降、さらなる技術の進化発展に伴い、磁器の作製技術は当時の歯科材料にも応用されるようになりました。

18世紀に西欧での磁器生産が始まり、その技術が歯科医療へと波及する一方で、ポール・ケネディによる「大国の興亡」やジャレド・ダイアモンドによる「銃・病原菌・鉄」などでも述べられているように、16世紀以降から、西欧諸国が世界各地からさまざまな植物やその加工品を供給するために新大陸へ進出していました。

西欧が磁器を知ったのも、そうした大陸進出を通じてであるのすが、その中でも特筆すべき産品はサトウキビを材料とする砂糖です。砂糖の普及に伴い、さきの18世紀頃の西欧社会では虫歯の増加が顕著となりました。現在では西欧は虫歯予防や歯科医療において先進的な国々となっていますが、18世紀当時には虫歯と砂糖の因果関係は理解されておらず、虫歯治療は未発達な原初的なものであり、その多くは抜歯を行っていました。抜歯には専門の「歯抜き師」という職業があり、この職業は、17世紀初頭の文学作品「ドン・キホーテ」にも伝説の兜を被っていると誤解されるキャラクターとして登場しています。

ともあれ、18世紀の西欧社会には砂糖の普及に伴い、虫歯が増加し、「歯抜き師」が一般的な職業となりました。やがて、抜歯のみならず、口腔内全般の治療を行う「歯の治療者」と呼ばれる職業も登場し、これが現代の歯科医師の直接的な起源とされています。ただし、この時代の治療は、現代の歯科医療と比較すると、知見不足の原初的なものであり、決して適切とは云えないものでした。

他方で「歯の治療者」が歯科医療に大きな貢献を果たしたのは、歯科補綴装置の分野でした。これと関連して、18世紀に錬金術師によって開発された中国由来の磁器の作成法が歯科医療において重要な役割を果たしました。まとめますと、18世紀には、砂糖の普及による虫歯増加から、歯抜き師が登場し、やがて「歯の治療者」が誕生しました。この変化には同時代に西欧ではじまった磁器製造も関連しており、歯科医療の進化に寄与したということになります。

この18世紀での砂糖の普及と虫歯の増加は、歯科医療に大きな変化をもたらし、それまでの「歯抜き師」による虫歯の抜歯から、「歯の治療者」が抜歯後の外観や機能の改善、修復を行う職業として認知されました。この変化には、お口を含む人体の構造や材料に関する幅広い知識が背後にあり、これは錬金術師からの系譜であると云えます。

ヨハン・ベトガーなどの錬金術師が18世紀、西欧で初めて磁器の製造に成功し、歯科医療にも影響を与えました。例えば、英国のウェッジウッド社は陶磁器の技術を用いて陶歯を製造し、その美しさで人々を引き寄せました。しかし、当時の入れ歯は不完全で、食いしばることができない仕様でした。

ジョージ・ワシントンの描かれた1ドル紙幣にもその影響が見られます。一方、日本では木製の入れ歯が15世紀末から16世紀初頭に作成されました。これらの木製入れ歯は柘植から作成され、熟練の職人によって個別に作られました。この技術は、室町時代末期から戦国時代にかけての社会変化により、職人たちが新しい職業を模索する中で発展しました。

しかし、西洋の歯科医学の導入と共に、木製入れ歯の技術は衰退し、20世紀初頭には西洋式の歯科医療が主流となりました。現代でも、我が国の歯科技工は高い技術水準を維持しており、そのルーツには古来からの技術と職人のこだわりが息づいています。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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