2016年1月17日日曜日

20160117 ホラー映画の怖さについて

A「先日久しぶりに市川監督で渥美清主演の「八つ墓村」の動画を少し観たのですが、ああした映画の舞台背景とは、私が幼い頃に見た風景、景色に近いものであり、何となく入り込めるのですが、一方最近の邦画などでは、どうもそれが難しいような気がします・・。
単純に時代が変り、風景の構成要素も変ったのだと思いますが、どうもこうした感覚をおぼえると自分の年齢、年代などを意識してしまいますね・・まだ、そんな年ではないはずなのですが(苦笑)。」

B「ええ、ああいった映画でも自分が実際に経験したものに近いと、その風景の空気の香りなど色々な要素が想像できて、そこから映画の内容に入り込み易くなりますよね・・。
私もその作品は幼い頃に観ましたが、当時の私にとっては、ほとんどホラー映画でしたね()。」

A「それは私も同じ経験を持っております。
しかし、そういわれますと邦画のホラーは、洋画のそれに比べ、まだ面白いというか怖いと感じるものが多いような気がします。
そうしますと、恐怖という感情とは、もしかしたら、文化の東西で違い、そのことから我々はやはり日本人であることを自覚するのかもしれませんね・・。
ちなみに私が邦画で「これは怖い」と感じたのは前世紀末に制作された「女優霊」という映画でしたが、これは今観ても多分かなり怖いと感じると思います・・。
洋画でしたら、スティーブン・キング原作でスタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」という作品が怖かったですが、この怖さはどちらかというと邦画のそれに近いのではないかと思います。
加えて、この映画作品に描かれる周囲の環境により主人公が徐々に狂気に陥っていく過程とは、シェイクスピアの「マクベス」にも通じる要素があるのではないかと思います・・。
また、そのように考えますと、この「マクベス」を原作とした黒澤明監督の「蜘蛛巣城」も時代劇ではありますが、同時に一種のホラー映画としても見ることができるのではないかと思います。」

B「・・ううむ、たしかにホラー映画に関しては私もまだ邦画の方を支持しますね。
その「女優霊」はまだ観たことがありませんが、たしか「リング」と同じ監督で、その出世作といわれるものではなかったですか?
また、映画「シャイニング」と「マクベス」あるいは「蜘蛛巣城」の間における恐怖の質の類似性とはなかなか面白い指摘ですね・・。
それらは実際誰にでも生じる可能性があるという意味で説得力があり、また、どれも物語冒頭においては主人公は謹厳実直、真面目なキャラクターとして描かれているのですが、それが徐々に狂気に陥ってゆく過程、そしてその先にある悲劇がこれらに描かれる恐怖の本質なのではないでしょうか?
しかし、そう考えてみますと、こうした悲劇性および恐怖の質とは、文化の東西を問わず古代神話の時代から受け継がれているものではないかなあ・・?」

A「・・・たしかにそうですね。
では、これらの恐怖の本質とは案外普遍性があるのかもしれませんね・・。
そうしますと、我々が感じる恐怖の感情における東西文化の相違とは、気のせいであるのかもしれません・・。
いや、しかしホラー映画におけるそれを考えてみますと、やはり邦画、洋画間に何かしら違いがあるのではないかとも思えますが・・。」

B「ううん、それは全般的に恐怖を感じさせる要素が観客にとって明示的であるか暗示的であるかといった違いではないでしょうかね・・?
邦画ホラーにおいては心霊、幽霊などの存在は暗示的であることが多く、それに対し洋画ホラーにおいてはジョーズや様々なモンスターと同様、その存在が明示的というか具体的存在が強調されるものが多いのではないかな。」

A「・・なるほど、そしてそう考えますと前に示した「シャイニング」、「マクベス」そして「蜘蛛巣城」における恐怖の質とは概ね暗示的であり、その意味において日本の伝統的な怪談に近い要素があるのかもしれません。
しかし一方において、そういった暗示的な恐怖とは、少なくとも洋画ホラーにおいては、主流ではなく、あるいは多く見受けることが出来ず、逆に邦画ホラーにおいては、概ね主流であるといっても良いということになるのでしょうか?」

A「・・たしかにそうであるかもしれないね。
そして、そう考えるとたしかにホラー映画のおける東西文化の相違はあるのかもしれませんね。
具体的には、日本のそれは何というか、より運命的、不可避なものであり、それに対し欧米のそれはまだ選択の余地、冒険的な要素があり、時にはハッピーエンドになることもあるけれど、そういったことがあるのではないかな?
そのように考えると、映画におけるホラー、恐怖の定義自体が多分、若干東西文化で違うのではないかと思えますね・・。」

B「そうしますと、邦画ホラーとは意識、無意識を問わず、伝統的な怪談からの系譜を引くものであり、それに対し洋画ホラーの系譜とは、少なくとも我々のそれとは当然ながら異なり、そうではあるものの時には類似したような恐怖を持つ作品もある。
といったところでしょうかね?」

A「ええ、とりあえずそんなところではないでしょうか。
また、そう考えると洋画ホラーの根底に流れる諸文化およびその構成要素の比率、特徴などを検討してみるのもなかなか面白い研究であるかもかもしれませんね()。」

B「多分、その専門家は既にいるとは思いますが、たしかにそれは面白そうですね・・。
今の私にはその任は多少重いですが、今後必要性が生じたらやってみたいとも思いますね・・。
また、その際にここでAさんとの会話の検証をまた行うことが出来るとも思います。」

A「そうですね、まあ機会があったら是非やってみてください。
そうしたらまた、そのネタで話してみましょう。」

また、現在公募、求人等に応募しております。
現在大変困難な状況でありますので、この状況から助けていただきたく思います。
どうぞよろしくお願いします。

20160116

A「ここ最近また寒い日が続いていますが、どうですか求職活動などは順調にいっていますか?
あとブログは継続されているようですが、何か面白いネタになりそうなことはありましたか?」

B「求職活動は相変わらずです・・色々と動いて、またオファーなども時折ですが、いただいております。
また、最近はつい先日はブログでも書きましたが、何かを書く仕事に就いてみたいと考えております。
まあ、この先どうなるかわかりませんが・・。」

A「はあ、そうですか・・。
そういえばBさんのブログはたしかにBさんらしい文体で書かれているとは思いますよ、内容の面白さなどに関してはブレがあるとは思いますが・・。」

B「・・私のブログには私らしい個性を持った文体を感じることができますか?
いえ、丁度最近そのことを不図自分で考えましたので、それは多少気になります・・。
それで私の文体の特徴とは、一体どのようなものでしょうか?
別にどのような表現でも構いませんので、今後の参考のブログいや文章作成のためにお教えいただけますでしょうか?」

A「・・うーん、そういわれますと多少難しいですが、何といいますか、私の主観ではありますが、どうも民俗学っぽいような感じを受けますね・・。」

B「・・はあ、民俗学ですか・・それはどうも漠然としていますね・・。
ともあれ、特に問題があるというわけでもなさそうですので、どうもありがとうございます、参考になりました(笑)。
そして今後機会があれば、もう少し何かを意識して文章、文体を練ってみようと思います。
具体的には、もう少し断言調などを入れた方が良いのでしょうか?」

A「それは私にはわかりませんし、Bさんの好きなようにするのが一番良いのではないかと思います。
そして私が先ほどお伝えしたのはあくまでも感想であり、その後の示唆を含めたつもりはありません。
私としてはいずれにせよブログを読み「ああBさんは元気なんだな」と思うことの方が多いですから・・()
しかしだからといって、別にブログがつまらないというわけでもないですので、まあ、とりあえず今の調子で書き続ければ良いのではないかと思います・・。」

B「はあ、そんなものですか・・。
あと、そういえばブログの一日の閲覧者数はこのところあまり変化はありませんが、投稿した対話形式のブログの中でも閲覧者数が伸びているものと、そうでないものがあります・・。
それで先日、これらの間にはどのような相違があるのかと思い、双方を比べて読んでみたのですが、どうもイマイチその違いがわかりませんでした・・()
ちなみに普段私は一度投稿したブログはあまり読まないようにしていますが、何度か読み返してみるとその原因が何かわかるのでしょうか?」

A「・・うーんBさんが投稿する以前に、どの程度文章の推敲、見直し、加筆訂正をしているのかわかりませんが、細かい間違いなどを除き、内容に関しては特に大きな間違いはないと思いますが・・。
また、私個人としてもBさんが書いた対話形式ブログの間に閲覧者数に関与するような大きな違いはないように思えますけれども・・。
しかしBさんのことを直接知らない方々がそれらを読んでみると、また受ける感じも変ってくるのかもしれませんね()。」

B「それでしたら閲覧者は海外からも割合多いようですので、そこでの視点、好みがもしかしたら影響しているのかもしれません・・。
しかし、そうであるとすれば、ほぼ日本語で書いている一連の投稿の良し悪しをどのように判断しているのかは多少気になるところですね・・。」

A「・・なるほど、それでしたら単純に彼等にとって読みやすいとかそういった要素が影響しているのかもしれませんね()。」

B「はあ、そんなものでしょうかね・・?
ところで私の書いた文章とは読みやすいのでしょうか?
これまでの一連の文章、文体もつまるところ偶然の産物なのですが、これで良いのでしょうか・・?」

A「ええ、それは特に問題ないと思いますよ、また内容に関しても今のところ特に問題ないと思いますが・・。
しかし、それにしてもたしかに外国の方々はBさんのブログをどのように読んでいるのでしょうかね?
また以前たしかブログで書かれていましたがマッキントッシュユーザーの閲覧者が多いというのも、どのような理由によるものなのでしょうかね・・?」

B「ええ、それもこれまでに大きな変化はありません。
今後書き続けてゆくと何か分かるのでしょうかね?
また、それに加えて、どのように読まれているのかも多少気になるところです。」

A「・・あまりそういうことを強く気にし出すと、またスムーズに文章を書くことができなくなるのではないですか()?」

B「あ、そうでしたね・・何だかこういうのは世阿弥の「風姿花伝」の「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず。」みたいですね()。」

A「ええ、まあそんなところですが、同時に同著者でしたら「初心忘るべからず。」も現在のBさんにとってはなかなか示唆的なのではないでしょうか()?」

B「はあ、なるほど・・たしかにいわれてみますとその通りですね()
まあ、とりあえず現在はあまりそういった数やデータに惑わされずに書き続けることが大事なのでしょう・・。
それで、この会話も面白かったので、個人特定の要素を除きブログのネタにしようと思いますが、問題ないですか?」

A「・・そうですね、特に問題ありませんよ。」

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どうぞよろしくお願いします。

村上兵衛著「国破レテ」失われた昭和史 二玄社刊pp.397-400より抜粋20160116

欧米と日本とのあいだに介在する有力な誤解の原因の一つは、第二次世界大戦およびそれに至る現代史の認識のちがいである。そしてその誤解のすべてを除くことは困難であるにしても、なんとか共通の理解に達する素材を提供することはできないだろうか・・?
日本の歴史についての研究は、海外でもひじょうに進みつつある。

とりわけアメリカの日本歴史研究者の業績には、近年、目を洗われるものがあり、第二次大戦後の時期については、その視野は広く公正で啓発されるところが多い。
しかし残念ながら、その研究はなお専門の分野にとどまっていて、もっとも近い過去であるあの戦争の前後の時代を、ひとつの通史として叙述するまでには成熟していない。
ひるがえって日本の歴史学者、そしてその筆になる通史に目を通すと、事情は最悪とさえいえる。私は、「まえがき」」でも触れたように、これまで刊行された日本の現代史に関する書物の熱心な読者であるが、どういうわけかそれらには、世界のなかで日本および日本人だけが悪かった・・・という読後感を、読者に抱かせるように書かれている。
どういうわけか・・・?いや、その理由は明らかである。
連合軍は武力によって日本を打ち負かしたのち、さらに日本人の精神的武装を打ち壊すことにつとめ、そして見事に成功した。
いわゆる、戦争裁判、とりわけ「極東軍事裁判」とその報道とは、日本人の誇りを打ちのめすには充分であった。
あの戦争は日本の軍閥とその支持者たちの共同謀議によって、着々と進められたものとされ、連合国のいっさいの過誤や罪は問われることがなかった。
そしてもっとも不幸なことは、この「極東軍事裁判史観」とでもいうべきものを、日本のいわゆる進歩的な歴史学者、社会学者の多くが、双手を挙げて迎え容れた、という事実である。さらに、この「史観」に唯物史観―というより社会主義は正義であり、無謬であり、ゆえにつねに勝利する―という思想が輪をかけた。じじつ中国大陸においては、当時、紅軍が駸々と勝利を収めつつあった。
日本人は、このような「勝てば官軍」思想には、じつに脆い。
昨日の源氏の白旗は、たちまり今日の平家の赤旗に取ってかわられる。
だから、たとえば朝鮮戦争がはじまったとき、世界は共産党軍の侵攻を知っていたが、この国ではそれをいい出す者は「非国民」扱いされた。
また、日本が占領下を脱し、ふたたび国際社会に復帰するにあたって、「全面講和(ソ連との講和)」の思想に与しなりものは軍国主義者であるかのような議論が、この国では風靡した。その結果として日本の通史をひもとくと、戦後においてさえ日本政府(権力)の政治的選択はつねにアヤマリで、「逆コース」「復古調」「右傾化」として指弾される。
そして「全面講和論」にはじまって「基地反対闘争」「勤評闘争」「安保闘争」と、良心的な文化人と、弾圧されても屈しない英雄的な人民のモノガタリ―その描写は、日本の戦前や徳川時代とどこが変ったのかと目を疑わせるほどである―がどこまでもつづく。
私は、それらの思想や運動のすべてがムダだったとは思っていないし、それらの教訓が政治に組み入れられていった結果が、今日まで日本の平和や繁栄の一部を支えてきた事実を否定するものではない。
しかし、それのみが日本の歴史であったとするのは、大きな危険をともなう・・。

(中略)

日本人は、戦争にむかう道程においても、世界を見る視野に乏しく、その単純で脆い民族性の欠陥を露呈した。しかしその欠陥は敗戦によって少しでも修正されただろうか?
敗戦は、むしろこの民族の弱点を拡大したようにさえ思われる。ひとつには、この民族が敗戦という経験にまったく馴れていなかったからだろう。それまでの皇国史観が消し去られたのち、日本では連合国の視点から、あるいはソ連ないし新中国という正義の視点から歴史と人間とを断裁する―という単純な転換がおこなわれた。
いや、そういい切ってしまっては、それも単純に過ぎるかも知れない。
時代を経るにつれて、歴史の叙述にはいくらか修正もおこなわれ、また論証も精緻になった。
・・・しかし基本的に、日本および日本人についての矮小化、ことさらな無視、卑屈さはあいかわらずつづいている、というのが私の見解である。

国破レテ-失われた昭和史
ISBN-10: 4544053013
ISBN-13: 978-4544053012
村上兵衛