2021年7月30日金曜日

20210730 「文体の獲得」とは相変態的な変化なのでしょうか・・?

 今回の投稿記事を含めて4記事の投稿により、1600記事に到達します。昨日の投稿記事にても述べましたが、今回の1600記事への到達は、より当ブロガーとツイッターとの連携を重視した後での、ある程度の区切りであることから、これまでとは多少感じが異なり、あるいは少し緊張・萎縮していると云えるかもしれません・・(苦笑)。

それでも一つずつ記事作成を行わないことには目標に到達出来ませんので、あまり気乗りがしないままにて、ついさきほどから記事作成を始めた次第です。

また、昨日より「緊張」や「萎縮」といった表現を度々用いましたが、これらは後日、無事に1600記事に到達することができれば、何処かへ胡散霧消してしまうものなのでしょうか?さらに、そのように考えてみますと、1600記事の到達目前と云える現在にて「これまでに到達した各通過点でのそれとは異なった感覚を覚えている」とは、云えるのかもしれません。

とはいえ、当ブログ開始当初の頃を想起してみますと、当時は「公表する文章なんて、どう書けば良いのだろう?」と悩みつつ、書籍からの抜粋や、対話形式にて記事作成をしていましたが、その後、2016年の前半頃から独白形式を主とした記事作成を始め、そこから、さらに多少の紆余曲折を経て(どうにか)現在に至っていると云えます・・。

そうしますと、そこから5年程さらに独白形式にて記事作成を行ってきたのであれば「面白い記事をより多く作成出来るようになったのでは?」と思われるかもしれませんが、これに関しましては、さきの「緊張」や「萎縮」ともあるいは少し関係があるとも思われますが、当ブログ開始以前からの懸案事項である「文体の獲得」は、未だに実感され得ないことから、文章力向上についての見解は、現時点では出すことを控えたいと思います。

あるいは上記のように5年以上文章作成を続けても「文体の獲得」に至らず、徒に、ただただブログ記事を作成していることは、見様によれば喜劇的でもあるのかもしれません。しかしながら、これまでの記事作成を継続した期間には、現在よりも著しいスランプの時期もあり、一方で記事作成が全般的に楽しく、文章のアイデアも比較的快調に出ていた時期もあったと云えますが、そうした経験を経ても未だ明瞭な「文体の獲得」といった(相変態的な)感覚はないものの、同時に、これまで継続してきた期間にて、半ば無意識のうちに得てきたものも少なからずあると思われ、そして、その先にこそ「文体の獲得」の感覚があるのではないかとも思われるのです・・。

しかし他方で「では、これまでに相変態的と仮定される「文体の獲得」の感覚と、類似した感覚を覚えたことはあるのか?」と、記憶を遡ってみますと「それは2012・2013年頃にそうした感覚を覚えた」とは云え、またそれは、幾度か述べましたが、これまで、どうにか記事作成を継続出来ている根元にあるものであり、また、それなりの情動を齎したものと云え、後日、それをブログ記事として書いてみたいとも考えていますが、これについては「自分の文体を確立した」と自然に云えるようになった、ある程度先になるのではと考えています。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

順天堂大学保健医療学部
順天堂大学医療科学部

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 


一般社団法人大学支援機構



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