2023年12月2日土曜日

20231201 株式会社講談社刊 講談社学術文庫 宇野重規著「トクヴィル 平等と不平等の理論家」 pp.168-171より抜粋

株式会社講談社刊 講談社学術文庫 宇野重規著「トクヴィル 平等と不平等の理論家」
pp.168-171より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4065157110
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4065157114

フランスにおいて長らく「忘れられた思想家」となったトクヴィルは20世紀末になって劇的な復活を遂げたが、フランスと比べるとはるかに安定して読み継がれたアメリカにおいてすら、「デモクラシー」への注目は時代ごとの浮き沈みがあった。国が時代によって、人々がトクヴィルに向ける視線には大きな違いが見られるのである。
 ちなみにトクヴィルは、過去何度か予言者として注目されている。一例をあげると、「デモクラシー」第一巻の終わりで、トクヴィルは、アメリカとロシアがやがて世界の超大国となることを予言しているが、この予言など、かつて米ソ冷戦が激しかった時期に、さかんに取り上げられたものである。その後も「大衆社会論の先駆者」、「自由民主主義の勝利の予言者」といった呼び名がトクヴィルに与えられてきた。しかしながら、今となってみると、このような持ち上げ方にどこか違和感があるのは、否定しがたいところである。いいにつけ悪いにつけ、トクヴィルには、予言者として持ち上げられやすい傾向がある。が、そのことはトクヴィル理解をめぐり、それぞれの時代のバイアスが読み込まれやすいということも意味している。トクヴィルを読むにあたっては、このことを他の思想家以上に意識する必要があるだろう。
 本書では、数あるトクヴィルの予言のうち、もっぱら平等化の予言に議論を集中してきたが、この予言は、彼の同時代人にとって、二重の意味で問題性をはらむものであった。一方で、トクヴィルの家族がそうであったように、フランス革命を歴史の偶発事に過ぎないと考え、人間の本質的不平等を基本とする社会への復帰を願う人々がいた。平等こそが逸脱であると考えるそのような人々にとって、やがて平等化が社会を根底から覆すであろうというトクヴィルの予言は極端なものに思われた。他方において、トクヴィルとほとんそ同時代人と言ってもいいマルクスが鋭く指摘したように、産業化が進むなか、貧富の差が拡大し、新たな階級対立が社会の基本的矛盾となりつつあることは、多くの人々にとってもはや目を背けられない現実であった。そのような人々にとって、むしろ平等化こそが社会の基本的趨勢であるというトクヴィルの予言は、現実を無視するものに思われたのである。本書において時代の文脈を掘り起こす作業を重視したのは、トクヴィルの予言がその時代において持っていたこれらの問題性を浮き彫りにするのであった。
 それではなぜトクヴィルは、平等化を歴史の不可逆な方向性であると考えたのだろうか。本書では、トクヴィルの洞察を理解するための補助線として、「赤と黒」や「ボヴァリー夫人」を取り上げた。そのねらいは、トクヴィルが生きた時代のフランス社会のおいて起きた、ある想像力の変容を明らかにうることになった、すなわち、トクヴィルのいう平等化とは、人間の本質的不平等を前提に組み立てられた諸制度が、人々のきづかぬうちに次第に掘り崩され、空洞化していくことに指し示すと同時に、人間と人間とを絶対的に隔てるような想像力の壁が無意味化し、人々がすべての他者を本質的には自分と同類とみなすようになることを意味した。このような想像力の変容は、トクヴィルの同時代においてはけっして自明のものではなかった。というのも、社会の表層を見る限り、古い社会の仕組みはいまだその力を失っていないし、逆に新しい不平等性も目につくようになっていたからである。ところがトクヴィルは、このような表層の下で、社会の象徴秩序が根源的に変化しつつあることを見て取ったのである。
 その意味でいえば、トクヴィルの予言は、あまりにも早すぎるものであったのかもしれない。しかしながら、この変容はやがてすべての社会秩序を根底から組み替えていくであろうというトクヴィルの確信は揺らぐことがなかった。このような平等化が極限まで進んだ社会としてトクヴィルはアメリカに着目したが、彼は、同じダイナミズムがヨーロッパ社会においても次第に明らかになっていくと考えたのである。たしかに、このような意味での平等化が進んだ社会においても、不平等は残る。しかしながら、それは不平等を当然とした社会における不平等とはまったく意味を異にする。そのような社会において、不平等はもはや自明視されず、平等への想像力を持ってしまった人々によって、次々に異議申し立てを受けるであろう。そしてそのような異議申し立てによって、今後の歴史のダイナミズムが決定されていくことになるであろう。これが、トクヴィルの予言であった。