2019年5月19日日曜日

20190519 いくつかの著作について思ったこと

昨日、本日と徳島は風の強い日が続き、あまり外出日和とは云えなかったと思われます。
さて、その後2件、書籍からの抜粋引用ですが、新たな記事投稿をしたことから、総投稿記事数は1183に到り、残り17記事の投稿にて1200記事へ到達します。

特に明確な理由はありませんが、1200記事まで到達することが出来れば、あまり後悔することなく、これまでの継続的な記事作成を止めることが出来るように思うのです。とはいえ、そこに至るまで残り17記事程度ありますので、あまり楽観視も悲観することもなく、もうしばらく(1200記事に到達するまで)記事作成を続けていければと考えています。

また、先月から新たにはじめたアメーバブログは、ブロガーでの1200記事到達後も、もう少し続けてようと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

さて、先日来の「翔ぶが如く」は依然第五巻を読み進めており、第五巻では明治新政府の行った官製倭寇とも云える台湾出兵が、清国そして国際社会からの非難に遭い、その後、良い結末に至らず幕引きに到りました。また、ここで第三巻末からたびたび登場する宮崎八郎という肥後国出身の青年が出てくるのですが、おそらく当時は、こうしたエネルギーを持て余している若者が割合多くいたのだと思われます。そして、そうした時代精神と共通するところに、先日から何度か取り上げている中江兆民による「三酔人経綸問答」の背景があると云えます。

いや、あるいは明治初期の新政府は、大隈重信が「書生政府」と評していたように、さきのような元気ある在野の若者と政府の姿勢との間にあまり違いがなかったのかもしれません。そして、良くも悪くも、その後の分水嶺となる出来事が西南戦争であったとも云えます。

こうした国を挙げて全面的に新たなことを行う時代は、その時代の様子を眺める人間からしますと大変興味深く、面白いものであるのですが、しかし同時にそれは、その後20世紀に入り日露戦争、第一次世界大戦、シベリア出兵、満州事変、日中戦争そして太平洋戦争開戦と徐々におかしくなっていく過程の端緒とも云える時代ですので、そこには既に若干苦いものもあるのです・・。

また、ここまで書いていて思い出しましたが、先日、ブロガーの記事の方へはじめてコメントが付きました。三年以上記事作成を行ってきましたが、はじめての出来事でしたので驚き「さて、コメントにお返事をしようか。」とも思いましたがネット上にて会ったことのない方にそうしたことをするのも気が引けるため、とりあえずそのままにしています。

そのため、この場にてお返事を書かせて頂きますと『野上弥生子著の「迷路」は、我が国の昭和十年代を知るために大変興味深く、面白い著作であると思いますので「慎吾のノート」までお読みになったのでしたら、もうすぐではあると思いますが、是非、最後までお読み頂ければと思います。また、個人的には特に垂水多津枝、阿藤三保子の作中の言動、考えが新鮮に感じ、興味深く思いました。』といった感じになります。

そういえば、昨日ブログ記事として抜粋引用しました小泉信三著「共産主義批判の常識」内の記述は、同著者による他の著作においても見られるものであり、また、それは感覚的ではありますが、何かしらスポーツの審判の判定を聞いているような感じを抱かせます。

それを約言しますと、身体性を持たせたコトバの運び方、文体といったことになると思われるのですが、そのことは著者である小泉信三を考えるうえで、なかなか重要なことであるようにも思われるのですが、さて如何でしょうか。

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料にポイントを絞った勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前から現在に至るまで列島各地・特に西日本・九州にて発生した、さまざまな大規模自然災害により被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しています。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 






















20190519 小泉 信三著 『共産主義批判の常識』 (中公クラシックス) pp.96-98より抜粋引用

『残るところは唯物史観に対する批評である。

人間はたしかに自分で自分の歴史を作るが、それを謂わば真空の内に創造するのではなくて、明日は、必ず昨日の終点である今日の歴史的現実から出発して、その上に築かれる。その与えられた現実そのものは、純然たる自然的条件以外のものは、それ自身人間の作り出したもので、天空から突如として落下したものではない。この意味において自分が作り出したものによって拘束せられ、またそれによって促進もされる。そういう意味において、当然歴史的経過は自由でなく、また偶然でない、といえる。そうしてその「与えられたるもの」の中、生産交通の方法技術、更に広く経済的事情、一般は、極めて重要な地位を占むべきものであるから、このことを強調したものと解すれば唯物史観は史学上争い難き貴重の理論を含んでいる。

ただ、歴史的経過は自由でないということは、ただ一つの行路のみが必至的であり、それ以外は一切不可能だという意味に解すべきではない。もしの歴史的因果の系列が絶対的に変更し難いものとして、将来に向って既に決定しているという意味において、必然的であるならば、一切の人間の努力、従って社会的運動は全く無意識であり、よし歴史は人間の心意を通じて経過するとしても、それがかかる絶対的の意味において必然的であるならば、それは宛も「朝日よ、昇れ」、「四季よ、循れ」といって努力するにも等しいことになるであろう。

マルクス及びマルクス主義者は、革命理論家たるとともに革命実践家たるものである。実践は、厳格な意味の必然とは両立しない。実践は、常に価値ある目的のためにする行為であり、そうしてもしもその行為がなければその目的は達成せられぬという可能性の容認がなければ、全然無意識に帰するものであろう。
そうして見れば、謂わゆる共産主義必然論には、多くの誇張または希望的観測が含まれていると謂わねばならぬ。資本主義社会の発展は、境遇の相同じき被傭者階級を膨大せしむること、生産を大経営に集中せきむること等によって、社会主義の実現を促し、もしくは可能ならしめると見らるべき事情を造るという点において、社会主義に対する或る可能性(possibility)を示すということは慥かに言える。進んで、ひとり可能であるのみならず、或る蓋然性を示すともいうことが出来よう。ここに社会運動の理由がある。

しかしこれが言い得る極限であって、それ以上進んで、共産主義は必然であるということは、政略的揚言か希望的観測に陥るものであって、経験科学の領域内にないてこれを承認せしむべき根拠はない。たしかにマルクスもいう通り、人間は勝手気儘に歴史を作るのではなく、与えられたる材料をもってこれを作るに相違ないけれども、かくして作られる歴史としては、幾多の可能の途が開かれている。その幾多の途の実現公算は同一ではない。その或るものは他のものに比べてより多くの蓋然性を持つ、とまではいうことが出来る。経験科学の領域内において吾々の言い得るところはここに止まり、それ以上に出ることは出来ぬ。』
小泉 信三著『共産主義批判の常識』 (中公クラシックス) pp.96-98より抜粋引用
ISBN-10: 4121601769
ISBN-13: 978-4121601766

20190519 中央公論社刊 陸奥宗光著『蹇蹇録』pp.228-230より抜粋引用

『この日両国全権の会合終わりおのおの退出ののち、余は明日談判上予め打ち合わせておくべきことあるにより、特に李経芳を留め両人対坐して要談を始めんとしたる際、人あり怱卒戸を排して入り来たり、ただいま清国使臣、帰途、一暴漢のため短銃をもって狙撃せられ重傷を負いたり、暴漢は直ちに捕縛につけり、と報告せり。余も李経芳も事の意外なるに驚き、余は李経芳に対し、この痛嘆すべき出来事に就ては吾儕力のおよぶ限りは善後の策を講ずべし、足下は願わくは速やかに帰館し尊父の看護を尽くされたし、といい別れ、余は直ちに伊藤全権の遇所に到り相伴い清国使臣の旅館に往きこれを慰問したり、李鴻章遭難の飛報、広島行在所に達するや深く聖聴を驚かし奉り、皇上は直ちに医を派し下関に来たらしめ、特に清国使臣の傷痍を治療することを命じ給い、また皇后よりも御製の繃帯を下賜せられると同時に看護婦を派遣し給う等、すこぶる御待遇を与えられたり。かつ翌二十五日、特に左の詔勅を渙発し給えり。

朕思うに清国はわれと現に交戦中にあり。然れどもすでにその使臣を簡派し礼を具え式によりもって和を議せしめ、朕また全権弁理大臣を命じこれと下関に会合、商議せしむ。朕はもとより国際の成例を践み国家の名誉をもって適当の待遇と警護とを清国使臣に与えざるべからず。すなわち特に有司に命じ、怠弛するところなからしむ。而して不幸危害を使臣に加うるの兇徒を出す。朕深くこれを憾みとす。その犯人のごときは有司はもとより法を按じ処罰し仮借するところなかるべし。百僚臣庶それまたさらによく朕が意を体し、厳に不逮を戒めもって国光を損ずるなからんことを努めよ。

聖旨正大公平にして事理明確なるは、敵国使臣して感泣せしめたるべく、またわが国民をしてすこぶる痛惜の観念を起こさしめたり。この事変の全国に流伝するや、世人は痛嘆の情余りてやや狼狽の色を顕し、わが国各種公私の団体を代表する者と一個人の資格をもってする者とに論なく、いずれも下関に来集し清国使臣の旅館を訪いて慰問の意を述べ、かつ遠隔の地にあるものは電信もしくは郵便によりてその意志を表し、或いは種々の物品を贈与するもの日夜陸続絶えず、清使旅寓の門前は群衆市をなすの観あり。これ一兇漢の所為は国民全般の同情を表せざるところたるを内外に明らかにせんと欲するに出ずるものなるべく、その意ものより美しといえども往々いたずらに外面を粉飾するに急なるより、言行或は虚偽にわたり中庸を失うものもまたこれなしとせず。現に日清開戦以後わが国の各新聞紙はもちろん、公会に私会に人々相集まれば清国官民の短所を過大に言いふらし罵詈誹謗を逞しゅうし、ひいては李鴻章の身分に対してもほとんど聞くに堪えざる悪口雑言を放ちおりたる者が、今日俄然として李に対しその遭難を痛惜するにおいて往々諛辞に類する溢美の言語を出し、はなはだしきは李が既往の功業を列挙して、東方将来の安危は李が死生にかかるもののごとく言うに至り、全国いたるところ李の遭難を痛嘆するよりは、むしろこれによりて生ずる外来の非難を畏惧するごとく、昨日まで戦勝の熱に浮かされ狂喜を極めたる社会はあたかも居喪の悲境に陥りたるがごとく、人情の反覆、波瀾に似たるは是非なき次第とはいえ、少しく言い甲斐なきに驚かざるを得ず。李鴻章は早くもこの形情を看破したり。その後彼が北京政府に電報して、日本官民の彼が遭難に対し痛惜の意を表するは外面を飾るに過ぎずといえりと聞けり。余は内外人心の趨向するところを察し、この際確かに善後の策を施さざれば、或は不測の危害を生ずるやも測り難しと思えり。内外の形勢はもはやいつもあでも交戦を継続するを許さざるの時機に迫れり。』
蹇蹇録』(中公クラシックス)
ISBN-10: 412160153X
ISBN-13: 978-4121601537

2019年5月18日土曜日

20190518 1180記事の到達

前回の記事投稿により、総投稿記事数が1180となり、残り20記事の投稿にて1200記事に至ることになります。また、4月からはじめたアメーバブログの方は、これまで閲覧者数はあまり伸びていないものの、読んでくださった方々からの反応を見ることが出来るという意味で、なかなか面白いと云えます。

さて、先日来より読み進めている司馬遼太郎著「翔ぶが如く」は、第5巻まで至りました。
第4巻では宮古島島民遭難事件により、さきに挫折した征韓論の代替として征台(台湾)論が
急きょ持ち上がり、そして実際に出兵に至るわけですが、この近代日本最初と云っても良い外地出兵は、そうしたことが不慣れであったことから、戦死者よりも戦病死がはるかに多いという結果に終わるのですが、それと同時に、こうした癖は太平洋戦争まで引き摺っていったとも云えるのかもしれません・・。

また、本日も日中、市街地の大型書店に出向き、いくつかのコーナーで書籍を物色していますと、先日の記事にも述べたウンベルト・エーコ著「プラハの墓地」が再度気になり、手に取って読んでみますと、やはり大変面白いと思ったことから「「翔ぶが如く」を読了後に読んでみよう・・。」と考えるに至りました・・。ともあれ、そこで面白いと思うことは「何故、書籍を手に取りしばらく読んでいると「これは面白い!」という感覚を得るに至るのであろうか?」ということであり、こうした感覚は一体何に起因しているのであろうかということです。

私は立ち読みに関しては多少キャリアを積んできたと云えますが、高校生の頃までは、よく分からないなりに書店にて立ち読みし、単純に面白いと感じた書籍を読んできました。あるいは父親の書斎から面白そうな書籍を勝手に引っ張り出してきては読んでいました。

それが変わったたのは、おそらく、こうした書籍を題材として他者と話すようになってきてからと云えます。とりわけ文系の師匠からの影響は大きかったと云え、さきに出た「プラハの墓地」の著者であるウンベルト・エーコを知ったのも、この師匠を介してであったと云えます・・。

また、そうした視点にて現在記事を作成している自身の傍らにある書棚を眺めてみますと、文系分野の著作のうち民俗学、考古学分野以外の著作については、概ね、その影響の始源にあるのは、この師匠と云えます。

しかしまた、それは「この著作を読んでみなさい。」といったライトなものではあれ要請ではなく、世間話のように「この間読んだ「***」(書籍題名)はとても面白かったけれども、そういえば外国の著述家で**という人が似た主題を扱った「***」(別の書籍名)という著作が大分前にあったけれど、先日読んだものの方が新たな歴史的知見が加味されていて、あとは当時の社会状況も活き活きと伝わってきてとても面白かったですよ。」といった感じであり、それを聞き、私はあまりお金がないなりに神田の古本屋にて、そういった著作を立ち読みし「なるほどたしかに面白そうだ・・。」と感じて購入しては読んでいた記憶があります・・。

これは社会人になってからも同様であり、時折届く師匠からのハガキや、さまざまな論説の別刷りを読み、刺激を受け、そしてもう一つ、今世紀初頭から規模を拡大しつつあったと思われるアマゾンのお蔭により、決して書店が多いとは言えない地方にいながら私は大概の読みたいと思う書籍を手軽に入手することが出来ていました。

おそらく、こうした事情が複合的に作用して私は大学院に進むことを決めたと云えます。また、他にもいくつかの要因がありますが、それでも、先ず初めに人との出会いがあり「ああ、こんな世界もあるのだな・・」と感覚的に分かり、そしてそこから見える方向性、視野にしたがって能動的に書籍を読み続けていますと、そのうちに何かが変わるのではないかと思われますが、如何でしょうか・・。

しかし、こうしたことは、個人個人で背景事情や好みの傾向が異なるため、普遍化することは困難であると思われますが、しかし、それでも各人のこうした行為の集積が今後の情報化する社会においては思いのほかに重要になり、また、その意味から高等教育の果たす意味合いも大きく変わっていくのではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか。

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料にポイントを絞った勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、ご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前から現在に至るまでの列島各地・特に西日本・九州にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しています。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 













2019年5月12日日曜日

20190512 最近の読書から思ったこと

先月末から読み始めた司馬遼太郎著「翔ぶが如く」は第四巻まで至りました。前巻に続いて第四巻においては、征韓論の挫折による西郷等参議、そして、それを支持する主に薩摩系官員・軍人の大量辞職、その後、地方における不穏な状況の醸成、そこから前参議 江藤新平等を首魁とした不平士族による「佐賀の乱」の勃発そして鎮圧、江藤新平の捕縛となりましたが、その捕縛された場所が高知県の徳島県との県境である甲浦であったことに少し驚きました。おそらく、そこからさらに北上し紀伊水道を渡り、大阪まで行く考えであったのでしょうか。

また、他の最近興味深く思われた書籍は、以前読んだ「薔薇の名前」「永遠のファシズム」の著者ウンベルト・エーコによる「プラハの墓地」を書店にて何気なく手に取り立ち読みしたところ、大変面白く引き込まれそうでしたが、同時にこの著作は、それなりにボリュームがあり、現時点で通読することは困難であると考え、ひとまずのところ購入は控えておきました・・。

くわえて、先日、文系分野の知人から送って頂いた書籍、これもかなり興味深い著作ではあるのですが、しかし、これもまた通読、精読するには、ある程度時間を要すると思われることから、これも現時点では先送りしています・・。

また、この送って頂いた著作に関連して、以前にも当ブログで取り上げた森嶋通夫著「なぜ日本は没落するか」は、読んでいて感動をしたり、痛快な気分になる種類の著作では決してなく、むしろその対極にある著作と思われますが、しかしそれでも前世期末の時点で当著作は刊行されており、そこから現在に至るまでの我が国のさまざまな状況を鑑みますと「たしかにペンは剣より強いのかもしれないが、しかし、その効果、波及力に関しては、少なくとも我が国の場合、剣の方が即物的で分かりやすいのかもしれない。」あるいは「たしかに森嶋通夫、会田雄次、加藤周一、三島由紀夫、司馬遼太郎、村上兵衛といった今は亡き太平洋戦争を経験された方々が懸念されていた事態・状況になりつつあるのかもしれない。」と考えてしまうのです・・。

そして、こうした書籍を読むことによって生じる、ある種の絶望感・不快感のようなものは、出来るならば感じない方が幸せであるのかもしれませんが、しかし同時に著作内にて述べているところの多くは、おそらく公正であると考えることから、やはり我々は、こうした書籍、そしてその述べるところに対しても嗤わずに対峙して考える必要があるのかもしれません。また、おそらく社会におけるこうした感覚に対しての価値が、その後の社会の進む方向に思いのほか大きく影響を与えるのではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか。

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたらご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前から現在に至るまで日本列島各地・特に西日本・九州にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しています。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 













2019年5月5日日曜日

アメーバブログをはじめてから生じたこと【20190505】

先日からアメーバブログをはじめましたが、アメーバの方に直接ブログ記事の作成、投稿を行うことは未だ馴染まず、かねてから継続しているブロガーの方にて記事作成、投稿を行い、それをアメーバの方へコピペし、投稿しているのが現状です。

こうしたことからも「慣れ」や「習慣」は、なかなかバカに出来ないものだと痛感します。そして今後、1200記事あたりに到達し、そこからさらに記事作成を継続するという場合にはアメーバブログの方に直接記事作成を行っていこうと考えています。

また、さきに述べたアメーバブログでの記事投稿を始めて以来、どうしたわけか文系分野の知人および文系マインドを持っている方々からご連絡を頂くことが続いています。

彼等は概ね、本職の文系分野の研究者であったり、あるいはかつて文系分野の研究者であった方々であったりするのですが、彼等が作成した論説であったり、送って頂いた書籍はどれも大変興味深いものではあるのですが、それらを読み込むには、多少時間がかかりそうです。それ故、恐縮ではありますが、今しばらくお時間頂ければと思います。

くわえて、去る四月末から再び読み始めた司馬遼太郎著「翔ぶが如く」は、三巻にまで至り、明治六年の政変にて西郷隆盛が下野するくだりに差し掛かりました。今後の西南戦争に至るまでの経緯の描写が大変興味深いところですが、ここまでに自身が何度かブログ記事にて取り上げている陸奥宗光は登場していません。陸奥宗光の生涯を辿ってみますと、さきの明治六年の政変にはあまり関与しておらず、その後、明治八年に元老院議官に任命されています。そして、その後、西南戦争に際しては、主に土佐の自由民権派の反政府勢力と気脈を通じ政府転覆をはかったかどで逮捕され、下獄しています。また、この時、陸奥宗光が連絡を取り同じく下獄した土佐の反政府勢力に竹内綱と云う人物がおり、その五男が終戦直後に宰相を務めた吉田茂です。

このあたりの経緯については津本陽著「叛骨」上巻後半から下巻初頭あるいは、下獄に際しては山田風太郎著「エドの舞踏会」あたりが多少詳しく、特に後の著作は短編集としても面白く読むことが出来ると思いますので、興味のある方はお読みください。

また、明治初期の反政府運動、自由民権運動に参加し、下獄した人物の子供が養子に行ったとはいえ、その後、戦前期の外交官、外務官僚そして戦後すぐの外務大臣そして総理大臣を務めるといった社会背景からも我が国近現代史の動的な様相の一側面を見出すことが出来るように思われますが、さて如何でしょうか?

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、何らかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前から今日に至るまで日本列島各地・特に西日本・九州にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しています。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 






















2019年4月30日火曜日

20190429「翔ぶが如く」をあらためて読み始めて思ったこと

残り23記事の投稿にて、とりあえずの目標としている1200記事に到達することが出来ますが、ここ最近はどうも記事の更新が出来ていません。また、こうして新たに書き始めてみますと、特に問題なく書き進めることは出来るものの、以前のように半ば義務感で行っていた時期とは異なり、どうも記事作成時の緊張感のようなものが湧いてきません。しかし、この義務感がなくなった時期において、痛痒を感じることなく記事作成が出来ているということは、それはそれでこれまでの継続的な記事作成のおかげであるのかもしれません・・。

さて、つい先日、書店にて不図手にとってみたことから、20年以上前に読んだ司馬遼太郎著の「翔ぶが如く」をあらためて第一巻から読みはじめることにしました。また、この20年以上の間に「翔ぶが如く」の主な舞台となった鹿児島に在住したこともあり、心中にて「そうそう!たしかにそういう感覚は鹿児島ではよくありました。」あるいは「司馬先生、それはもう少し違う意味、とらえ方があるのではないでしょうか・・」といった思いが心中を去来しつつ、徳島から東京への夜行バス車内にて、決して明るいとは云えない読書灯を頼りにこの著作を読んでいました・・。

未だ二巻目の途中ではありますが、作中にて描かれている鹿児島、薩摩藩の様子は、私の同地域での経験とも大きく矛盾することはなく、あるいはそこから更に穿った意見なども書かれていることもあり、著者の同地域への勉強、調査そして興味の程度が並々ならぬものであったことが理解されます。

しかし、現在考えて不思議に思うことは「何故、鹿児島在住時に、同地を舞台としたこの著作をあらためて読んでみようと思わなかったのか」ということです。たしかに文庫にて全十巻と、長編と評して良い著作ではありますが、しかし、中高の頃には普通に読んでいましたので、読もうと思えば実験などの合間にでも読むことは決して無理ではなかったと思われるのですが、当時はどうしたわけか、この著作を再び読んでみようという気にはなりませんでした・・。

こうした場合もまた「灯台もと暗し」というコトバが適切なのでしょうか・・。

ともあれ、現在、20年以上ぶりにこの著作を読んでいますと、鹿児島在住当時の記憶が蘇り、そしてまた、さまざまな考えも湧いてくるのです。こうした経験を歴史を題材とした小説にて得ることは「大変重要である」とは断定しないまでも、私個人の意見としては、医学や工学など、いわゆる実学分野での知識と同程度に重要であるように思われるのですが、さて如何でしょうか。

今回もここまで読んで頂きどうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
新版発行決定!
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、何らかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前から今日に至るまで日本列島各地・特に西日本・九州にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しています。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 









2019年4月14日日曜日

20190414 アメーバブログをはじめて思ったこと【別種の経験の重要性?】

ここ最近新たなブログ記事を作成していませんでしたが、休日ということもあり、新たなブログ記事を作成しようと、多少あらたまってPCの前に座ってみますと、特に痛痒を感じることなく、新たな記事作成に取組むことが出来ましたが、しかしやはり、ほぼ毎日記事作成を行っていた頃と比較しますと、多少、滑らかには行かないようであり、今回に関しても、記事の書き出しについては、さきに述べたように問題なく行きましたが、その後の記事主題に関しては、未だ現在定まっていないと云えます・・(苦笑)。

とはいえ、主題となるようなものは何もないというわけでもなく「何を選んで書くか。」の方がより重要であり、書き出しからスムーズにそれ(主題)に至ることが出来れば、これまでの経験から概ね記事作成はどういか出来ると云えます。

そして、こうしたことは、我々の創造的行為全般にも、ある程度云えるのではないかと思われます。

しかし、本日に関しては、それが未だ定まっていないことから、それを主題として記事作成を進めていこうと考えていましたが、ここに来て、昨今、記事の主題に値する、特筆すべきことがあったことが思い起こされました。

本当にここ一週間程のハナシではありますが、新たにアメーバブログを開設し、そこに、これまでにブロガーにて作成した記事を移植しています。ブロガーにて作成した記事は1100記事以上あり、ある程度のストックがあると云えますが、それら全てをアメーバブログに移植するのは、それはそれで面倒な作業であるため、ここで新たな記事作成を行わなくとも、しばらくは記事の移植によりどうにかなると云えますが、冒頭にも述べた通り、ある程度の間隔は空けても、記事作成を継続していないと、記事作成が困難になると思われることから、アメーバブログへの記事移植と併行して、新たな記事作成を試みているのが現在であると云えます。

アメーバブログは、これまで主に記事作成・投稿を行ってきたブロガーと比較しますと、カウントされる閲覧者数は少ないものの、投稿記事への反応は早いことから、記事作成の手応えは、記事作成者としては同程度であると感じられます。

そうしたことから、新たにブログを始めようと考えている方々に対して云えることは、あまり他からの反応に右往左往することなく、記事作成が出来るのがブロガーであり、他方、他者からの反応を見つつ、それに合わせて記事作成を行っていこうと考える方々にとってはアメーバブログは適しているのではないかと思われます。

自身の場合、おそらく当初からアメーバブログにてブログを始めていたら、1000記事まで到達出来たであろうか不安になります・・(苦笑)。

ブログ記事の作成と云えども、その記事作成環境は思いのほかに重要であり、また、何でもそうであると云えますが「自分に合った環境を選ぶこと」が大事ではないかと思われました・・。そして、ここからは多少観念的になりますが、この「自分に合った**」を納得して選択する際に哲学・思想そして宗教などの存在が足掛かりになるのではないかと思われるのです・・。

インターネット網の進化発展によって、さまざまな哲学・思想そして宗教の概要のようなものを一通り知ることが出来るようにはなりましたが、それらを自身の精神に内在化・インカーネーション(incarnation)させ、さらにそれらを能動的に発動することが出来るようにするためには、また異なった種類の経験が必要であるということを、周辺技術の進化により表層的には合理的になった我々は、どうも見落としがちではないかとも思われるのですが、さて如何でしょうか?


2019年3月31日日曜日

20190331 総投稿記事が1175記事に到達して「人文社会科学系の意味・価値について」

おかげさまで先日3月23日投稿分記事である「対話形式2007年10月頃のこと」はその後、最近では珍しいほど多くの方々に読んで頂きました。これを読んでくださった皆さま、どうもありがとうございます。

また、それに関連があるのか、あるいは単なる偶然であるのか、この記事投稿後から、人文社会科学系マインドを持っているであろうと思われる方々から、ご連絡を頂くことが幾度かありました。

かねてより我が国では、何と云いますか歴史的な視点、考え、あるいは、たとえ話の題材として通常の会話、あるいは少し真剣な場にてそれを話すことを避けるような「何かよく分からない感覚」のようなものがあると思われます。

それは端的に、そうした話を持ち出すと、後の会話がギクシャクするような「空気」のようなものであると考えます。また、時折表明されるそうした考え、あるいは見方に対するリアクション(反動)であるのか、歴史に関する何らかの名称をコトバ遊びのように用いて、どうにかして笑い、あるいは軽いものに転化したがるといったtrait・習性のようなものがあるとも考えます。

そして、それは近年のインターネットの発達により、更に顕著になったと思われます。たしかにインターネットでの検索により、我々は瞬時に、より多くの知識を得ることが出来るようにはなりましたが、しかし、そうした状況に至って重視されることは「それら知識を用いてどのようなハナシ・物語を考え、述べることが出来るか」であると考えます。

しかしながら、こうしたハナシ・物語自体もまた、インターネットでの検索により、手軽に得ることが出来るようになっているのが近年以来の社会状況であると云えます。

そうしますと、たしかに「人文社会科学系、特に歴史などに関する学問、高等教育などは果たして、そこまで意味・価値があるのか?」といったご意見が自然に生じると考えられ、また、そうした意見は昨今の社会状況を鑑みるに説得力があると云えます。

実際、今後の社会、そして特に人文社会科学分野の高等教育を考えた場合、これまでとは異なる学部・学科編成に変えた方が、より社会に適合するのではないかと思われます。

また、それが実のところ高等教育における人文社会科学系学問の自然な姿であるようにも思われます。

しかし、であるからと云って、それは人文社会科学系学問を軽視するというわけでは断じてありません。むしろ今後の社会は、より洗練された、より科学的な、そして自然科学系学問に対して遜色のない我々の精神を栄養する編纂された歴史が生まれるのではないかと考えていたのですが、かなり悔しいことに、どうもそれが違うのではないかと思われるのです・・。そしてまた、こうした国内状況を、これまたさきに述べたインターネット検索による情報にて世界各国が知るようになり、また、そうした状況を踏まえて世界各国が我が国への対応をしつつあるように思われるのです。

そして、さらに、その遡った背景にある参照されているであろう我が国の社会について扱った文物を考えてみますと、それはジョージ・オーウェル有名な著作のオマージュ的作品を著した国際的に高名な邦人作家の諸著作であるよりも、丸山眞男あるいは加藤周一などの著作であると考えます。こうしたことに関して、我が国全般は、もう少し認識を改めても良いのではないかとも思われるのですが、おそらく、そうしたことは為されないのではないかと考えます。

また、こうしたことは、目に見えて、あるいは即時に金銭・経済的損失などに結び付くことは少ないと考えられることから、引き続き「人文社会科学系、特に歴史などに関する学問、高等教育などは果たして、そこまで意味・価値があるのか?」といった、本音としての社会全般の傾向に至るものと予想されます。しかしながら、おそらくこれがボディ・ブローのように後々効いてくるのではなかかと思われるのですが、さて如何でしょうか。


ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前からつい先日までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 



2019年3月24日日曜日

20190323 対話形式2007年10月頃のこと

地下鉄神保町駅近く喫茶店にて

A「その後、歯科技工学校に行くことになったとお聞きしましたが、調子の方はどうですか。」

B「ええ、おかげさまでどうにかやっています。こうした専門学校は初めてであり、また、今まで歯科のことはよく知りませんでしたので、とても勉強になっていると思います。その中で歯科理工学という科目があるのですが、この科目では、鋳造の原理も教わるのですが、これがなかなか面白いのです。といいますのは、以前に研究した地域学・民俗学において和歌山・紀州の地域性を考える一つの要素・基軸として、弥生時代の青銅製祭器である銅鐸に着目しましたが、この銅鐸がまさしく鋳造によって作られているのです・・。ですから、その技術原理を知りますと、経時的な銅鐸意匠の変化を技術的な視点から考えることが出来るようになると思うのです・・。その意味で、この科目はとても面白いと云えます・・(笑)。」

A「ああ、銅鐸ですか、そういえば、たしかに以前私が和歌山に訪問した際も、君は熱心に銅鐸のことを説明していましたね・・。」

B「ええ、銅鐸の形式別の出土分布などを考えてみますと、何と云いますか、その当時の地域における文化の伝播の方向性のようなものが分かるのではないかと思うのです。その意味で、和歌山、紀伊半島におけるそれは、まさに典型的であると云え、県庁所在地がある和歌山市を中心とする紀北地域では、比較的小型で、装飾性もあまり高いとは云えないタイプの旧式の銅鐸の出土が相対的に多く、それが有田、御坊、みなべ、田辺と地域を南下するに随い、大型の装飾性が高い、新式の銅鐸が多くなり、また出土数全体も多くなっていくのです。
そして、そのピークがみなべ・田辺の周辺地域であると云え、そこからさらに南下して、上富田町が今のところ紀伊半島、ひいては本州での銅鐸出土の最南端となり、そこから現在の42号線、あるいは昔でいうところの大辺路で、ぐるっと半島の東側に周って新宮まで行き、ようやく破砕した状態での銅鐸が一つ出土しているのです・・。しかし、この銅鐸は後世の平安時代の遺物と一緒に出土していますので、弥生時代当時から、この地で祀られていたものであるかどうかは不明であるのですが・・。」

A「ふーん、なるほど、そうでしたか・・。そのように考えてみますと、昔から紀伊半島の南端地域は、人が入ることが憚れる何といいますか、神聖な土地であり、また、そこに自然崇拝や神道、仏教などが混淆して熊野信仰が生まれたのでしょうね・・。その意味で、たしかに今、君が説明してくれた紀伊半島での銅鐸の出土分布は興味深いかもしれません・・。」

B「はい、数年前に熊野参詣道高野山が世界遺産に登録されましたが、こうしたことを併せて、その淵源を考えてみますと、これがなかなか古いのではないかとも思われてくるのです・・。また、同じく、当地域における古墳についても、その分布を考えてみますと、なかなか興味深く、これまでで分かっている県内の古墳は、全体で1000基近くあるとのことですが、その7~8割が紀北の和歌山市周辺にあるのです。これを、さきの銅鐸の出土傾向と重ねて比較してみますと、もちろん単純には云えないのかもしれませんが、概ね、社会構造の変化に伴う、地域における中央集権化の様相といったものを示しているのではないかと思われるのです。」

A「なるほど・・。そういえば以前、君が案内してくれた海岸から突き出た半島状地形の頂上部に築かれた古墳で「ここは紀伊半島、ひいては本州最南端の現存している古墳です。」と説明されていましたが、あの古墳は紀伊半島のどの辺りに立地しているのですか。」

B「ああ、上ミ山古墳のことですね。あの古墳は本州最南端の串本町と温泉で有名な白浜町の間にあるすさみ町に立地していまして、しかも、あの古墳の造営様式は、県内での古墳が集中する和歌山市周辺で多く見られるものとは異なり、それはむしろ熊本・肥後のそれに近いのではないかとも考えられています・・。」

A「へええ、それはなかなか面白いですね・・。私は熊本の古墳もよく分からないから何とも云えませんが、その背景には一体どのような歴史・経緯があったのでしょうかね・・。」

B「ええ、そのあたりもさらに検証して考えてみると、なかなか面白いのではないかと思います。また、それに関連して、先日購入した書籍に面白いことが書かれていまして、先生は6世紀の継体天皇の御代に九州北部で生じた磐井の乱はご存じだと思いますが、それで、その筑紫君磐井の墳墓とされる岩戸山古墳周辺地域に特異的に見られる石人石馬もご存じであると思うのですが、この地域特有とされる石人石馬が、これが何と!鳥取県の石馬谷古墳からも、一つだけですが出土しているのです・・。それで、この共通項から遡った地域を考えてみますと、それは古代朝鮮半島南東部にあった新羅ではないかと思われるのですが、これは未だ仮説、いや一応、歴史的背景などは考えてはいるのですが、現段階では空想と云えます・・(笑)。」

A「・・なるほど、古代の山陰地域と朝鮮半島南東部にあった新羅との関係性は記紀にもいくつか記載がありますし、また、磐井の乱が勃発した経緯にも新羅が出てきますので、たしかに、そこには中央集権化・国家統一が為される以前の、古代における何らかの交流関係・交易ルートのようなものが示唆されるのかもしれませんね。そして、その伝で、さきの本州最南端の上ミ山古墳を考えてみますと、どのような仮説が考えられるのですか。」

B「・・ええ、これについては未だ仮説ではあれ説明を可能にするほどの周辺知識を得ていませんので、おいおい書籍を読みつつ考えていきます。そして、また仮説を思い付きましたら、お聞き頂ければと思います・・。」


今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

~勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス~
conrad19762013@gmail.com
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前からつい先日までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 







2019年3月18日月曜日

20190317 対話形式2005年11月頃のこと

和歌山市内 ガーデンパーク和歌山内スターバックスコーヒーにて

A「やあ、わざわざ駅まで迎えに来てもらってどうもありがとう。・・それはそうと、ここはスーパーマーケットもあるのですね・・。なるほど・・あとで夜食でも買って帰りましょう。」

B「先生こそ、わざわざ和歌山まで来て頂いて恐縮です。それで日程についての確認ですが、明後日に奈良までお送りすれば良いのですね。」

A「ええ、今回の大阪での学会の後、こうして和歌山まで足を延ばし、それでまた明々後日から奈良で別の学会に参加しますので、この週末は東京に戻らず、はじめての和歌山を楽しもうと思います。」

B「はあ、わかりました。では明日は、これまでのフィールドワークで見つけた面白いところにお連れしようと思います・・。」

A「ほお、それは面白そうですね。それで、それはどういったところですか?」

B「ええ、まあ、だいたい古墳や神社ですが、和歌山県は本州南部の辺縁ですから、何と云いますか、昔からの古い要素が残存し易いのではないかと思われます。ですから歴史好きの先生からすれば、面白いと感じて頂けるところが多いのではないかと考えています・・。」

A「うーん、そうですか、それは楽しみになってきましたね・・。以前話したと思いますけれども、私も親類に民俗学者がいましてね、幼い頃はその方から色々と話を聞かされましたので、多分、素養がなくもないですよ(笑)。」

B「ああ、たしかにそうでしたね・・。そうしますと明日の私の説明も少し気合いを入れないとダメかもしれませんね・・(苦笑)。」

A「いや、そこまで気合いを入れずに、まあ気楽にガイドをしてください。それはそうと君の方は和歌山で元気でやっているのですか?」

B「ええ、まあ、こうして陽にやけてますし、おかげさまで、どうにか元気でやっています。いや、それよりも、こちらに来てからは本当に書籍を読んでいますね・・。あと、周りにもそこまで多くはないですが面白い院生の方々がいまして、よく議論をしています。ですから、やはり文系の院というのは、本来こういうモノなんですよね・・。あと、その方々の影響で最近は思想書なども読んでいますが、そうした書籍を読んでいますと、やはり、それぞれの思想には時代性のようなものがあり、さらに上位には、その繰り返しの波のようなものがあるのではないかと思われてくるのです・・。」

A「ああ、たしかに、どの思想もそれぞれの時代精神の産物ではあるからね・・。まあ、そのように考えてみるとルネッサンスなども、多少大がかりな、そうした構図から説明することが出来ますよね・・。」

B「はあ、なるほど、たしかにそうですね・・。また、そうした波によって歴史は進み、そして社会は徐々に進化していくのかもしれませんね・・。」

A「うん、必ずしもそれら全てが進化であるとは思わないけれども、ともかく、そうして歴史は進行して行きますね。また、こうしたことを考えてみますと、政治学者の丸山眞男が書いていた社会での古層論・執拗低音といった考えもまた、それを説明する際に役立つようにも思われてきますね・・。」

B「ああ、そうですね。そして、それは多分、国全体としての古層・執拗低音のようなものがあり、さらにそれは地方、地域毎にも、それぞれ、そのようなものがあるのではないかと思われるのです・・。そして、その地方、地域毎の古層・執拗低音を説明する際にきわめて重要であるのが、その地域での言い伝え、民話、祭りなどの民俗全般ではないかと思うのです・・。ですから、その意味では、まあ最近読んでいる思想書なども、それらを理解するうえで役立つのではないかとも最近は考えるようになってきました・・。」

A「なるほど、それはたしかにそうかもしれないですね・・。」

今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前からつい先日までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 


2019年3月4日月曜日

20190304 対話形式2003年9月頃のこと

東急東横線 中目黒駅近くの喫茶店にて
A「やあ、先日は私の母がそちらにご厄介になったそうですね。どうもありがとう。それで大分陽にやけたようですが、お元気にやっていますか?」

B「ええ、その節はお母様を熊野三山にご案内しましたが、那智大社那智瀧では随分驚いておられたようです。南紀の自然は関東とはまた大分違いますからね・・。」

A「そうですか、それでは私も今後折を見て、南紀方面を散策してみようと思います。それに君の方も、そちらでの生活を楽しんでいるようですね。」

B「ええ、まあ住み始めの頃は本当に何もない場所だと愕然としました。・・何せ全国チェーンの飲食店が県内の一番近いところで10㎞、下手をしますと100㎞ほど離れているところもありますからね・・。しかし、自然の方は豊富でして、また温泉もありますので、あの辺りは、多分関東圏での伊豆のような感じなのだと思います。まあ、スケールは大分違いますが。」

A「ふーん、関西の伊豆ですか・・。それはなかなか面白そうですね。それはそうと、今日は一体どうされたのですか?」

B「ええ、南紀の方はやはり夏がシーズンで忙しいのですが、ようやく夏も終わり、落ち着いてきましたので、少し休みが取れ、それと日本橋の本社に少し用事がありましたので帰郷した次第です。また明日には向こうに戻りますが・・。」

A「まあ、あまりゆっくりも出来ないのでしょうが、それで和歌山に転勤してから2年以上経ちましたが、今でも東京、首都圏に戻りたいですか?」

B「・・それは微妙ですね。戻りたいと云えば戻りたいですし、そうでもないと云えば、そうも云えます。何と云いますか、私は関西、西日本での在住経験が初めてなのですが、やはり万事何かと関東、首都圏と勝手が違うのです。そして、当初はそれがとてもイヤであったのですが、まあ、そこで住んで色々とやっているうちに、どうも愛着のようなものが湧いてきましたし、また、こちらでは近隣に遺跡、古墳などが普通にあることから、自然、アマゾンを利用して【アマゾンは本当に便利ですねえ!】我が国の古代史や考古学関連の書籍を読むようになったのですが、そのお蔭でか、これまであまり興味を持たなかった時代区分がほんの少しですが、ある程度は分かるようになってきたようにも思うのです・・。それに今回の帰郷でも、実家の改装時に箱詰めされた親父の書斎の書籍から、面白そうな考古学の書籍をいくつかパクってきました(笑)。」

A「・・ああ、そういえば**先生が君の父上は考古学にも造詣が深いと仰っていましたね。・・それと、開院されたご実家の方は上手く行っているのですか?」

B「まあ、造詣が深いと云っても親父の考古学は範囲が狭いですからね、多分和歌山県の遺跡や古墳に関しては既に私の方が知っていると思います・・(笑)。それでも、昔の面白そうな書籍がいくらか見つかるのは、ありがたいですが・・。それと実家クリニックの方はどうにか上手く運営しているようで、またスタッフの方々も運良く、色々な大学から先生方が来てくださっていると兄貴が云っていました。それに、即物的には、兄弟も開院以降は、着る洋服が小ぎれいになっているように思われます(笑)。以前は補修跡が相当に目立つセーターや、襟布がスダレのようになったボタンダウンや、よく見るとシミだらけのチノパンを普通に着用して通学していたのですが、最近はそういったのはなくなってきたようです・・。しかし、そうした中、兄貴の方はどうしたわけか、新品のジーンズに水を含ませてから数日間庭に埋めてわざと汚したりといったことを未だにしているのですが、これは何となく弟の私には理解できますね(笑)。」

A「へええ、君の兄上にはお目に掛かったことはないですが、それはなかなか面白いですね・・(笑)。」

B「ええ、兄貴は和歌山の方にも来て一緒に釣りに行きしましたが、また今度は古墳巡りに来ると云っていました。そして、そういったことにも関連して、私も考古学ではないですが、そうした地域に関しての研究をしてみたいと最近考えるようになってきました・・。」

A「・・以前のヨーロッパ文化でなく、我が国の郷土史のようなことを研究したいということですか・・?まあ、おそらくどちらも金、職業にはなりにくいと思いますが・・しかし、それはどこで研究できるかなどは既に調べているのですか?」

B「・・ええ、いくつか候補となる大学については問い合わせにも行ったのですが、感触がイマイチ分かりませんね・・。以前説明を聞きに行った**大学大学院のヨーロッパ文化専攻とは、またかなり違う感じがします・・。それに、それら大学は全て関西にありますので、そういったところからも勝手が違うのかもしれません・・。」

A「ふーん、そうですか。それでご両親にはそのことを既に話されたのですか?」

B「ええ、あまり良い顔はされませんでしたが、行くのであれば多少の援助はするとのことでした・・。」

A「うーん、難しいところですね・・。このまま会社勤務を続けるか、院に行くかを天秤に掛けるのはとても悩むところでしょうが、しかし、それもしばらくご自身で考え続けてください。まあ、必要があれば、また相談には乗りますが。」

B「そうですね。こういったことは結局自分で決めることですが、しかし、私の場合、自分が好きになった分野に関しては結構根気よく続けることが出来、また、それが私の根強い性質であると思いますので、この件に関しても、もう少し考えてから決めようと思います・・。」

A「うん、そうですね。それと、ご両親や親戚のご意見もキチンと聞いておいた方が良いですよ・・。」

B「ええ、そうですね。親戚の叔父とは時々そういった話をしていますので、また方向性がある程度決まったら相談してみようと思っています。」

B「わかりました。ではまた、こちらに帰ってくることがありましたら、事前にご連絡ください。私は最近落語に凝っていましてね、そこで「紀州」という演題があるのですが、これがなかなか面白いので、まあ今度は、寄席にでもご招待しましょう・・(笑)。」

今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。


勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前からつい先日までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 







2019年2月17日日曜日

20190217 対話形式 先日の続き 2001年のこと

時期:2001年3月頃
場所:高田馬場付近の喫茶店にて

A「久しぶりですがお元気そうですね。葉書に書いてありましたが、転勤とのことですが、次は何処で勤務されるのですか?」

B「ええ、ずっと転勤希望調査では東京と書いていたのですが、次は和歌山県に行くことになりました。北海道の次は和歌山県で、東京を随分飛ばして更に西に行くことになりました・・。西に関しては、私はこれまで伊豆から西は殆ど知りませんので、かなり不安であり、正直なところ、あまり行きたくありません・・。」

A「和歌山県ですか・・それは私も行ったことがないですね・・。学会などで関西方面に出向くことがありましたら、連絡しますよ。それで北海道勤務は2年でしたが、この次はどのくらいになりそうですか?」

B「・・いや、それも分かりませんし、あまり考えたくもありません・・。まあ、行ってみないと分かりませんが、しかし、もう地方へはあまり行きたくありませんね・・。出来れば、このまま東京に居たいところですが、残念ながらそうも行かないようです・・(苦笑)。そういえば、先生の方は最近如何ですか?」

A「うん、まあボチボチやっていますよ。最近は本務校以外のいくつかの大学でも非常勤講師を引き受けていましてね、自画自賛ではないですが、多分君が知っている頃よりも国際関係論や近現代史の講義は、いくらか洗練されてきたのではないかと思います。ですから、また上京することがありましたら、一応、大学側に許可を得て講義にモグッて参加してみたらどうですか?」

B「ええ、そういった刺激はここ最近まったくありませんでしたので、是非そうしたいと思います。私もまだ大学院に行くことをあきらめていませんし、いや、いつかは行こうと考えていますので、少しづつですが、お金も貯めています。ああ、それと、先生は既にご存じだと思いますが、最近実家が開業することになりまして、住んでいる家を医院に改装するとのことです・・。まあ、上手いこと行くかどうか分かりませんが、それで、それとも関連して弟が歯学部に学士編入することになりました・・。そうしますと、私が大学院に進みたいというのも、そこまでわがままではないとも思われてくるのですが・・。」

A「ええ、**先生からそのことは少し聞いていましたが、それでしたら、君もその家業に沿った方面に進むのが良いのではないですか?」

B「まあ、たしかにそうであるのかもしれませんが、私の場合、器用に万遍なくではなく、好きなことであれば、かなりのめり込む性質であると最近強く思うようになり、また、親戚などを見てみましても、そういうタイプがいますので、そちらの方が良いと思うのです・・。あと、歯科医師になった兄もそう云ってくれていますので・・。まあ、何れにしましても、もう少し働いてみないと分かりませんが・・。」

A「そうですか、次はまた知らない土地ですので、そこで君の考えも、どのように変化するか分かりませんので、まあ、あまり思いつめることなく、柔軟に考えたら良いですよ。あと、何か用事で関西方面に行くことがありましたら事前に連絡しますので、来れるようであれば来てください。」

B「ええ、分かりました。どうもありがとうございます。」

今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。


*上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。


勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前からつい先日までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 





2019年2月10日日曜日

20190210 P・F・ドラッカー著 小林 宏治監訳 上田 惇生・佐々木実智雄訳 ダイヤモンド社刊『イノベーションと企業家精神』pp.50‐53より抜粋引用

20190210 P・F・ドラッカー著 小林 宏治監訳 上田 惇生・佐々木実智雄訳 ダイヤモンド社刊『イノベーションと企業家精神』pp.50‐53より抜粋引用
ISBN-10: 4478370176
ISBN-13: 978-4478370179

『社会的なイノベーションとその重要性に関して、最も興味ある例は日本である。日本は1867年の明治維新以来、1894年の日清戦争や、1905年の日露戦争の勝利、あるいは真珠湾の勝利、さらには、1970年代における経済大国、最強の競争相手としての台頭にもかかわらず、アメリカやヨーロッパからは、つねに低く評価されてきた。

 その最大の原因、おそらくは唯一最大の原因は、イノベーションとは物に関するものであり、科学や技術に関するものでなければならないという、アメリカやヨーロッパの側における誤った通念にあった。そのため、日本はイノベータ―ではなくイミテーター、模倣者と見られてしまったのである。その結果、日本人自身でさえ、そのように考えるにいたっている。日本は科学的あるいは技術的な特筆すべきイノベーションを行っていないからである。

 もちろん日本の成功はイノベーションによってもたらされたものである。ただしそれは科学的・技術的なイノベーションではなく、社会的なイノベーションである。

日本がいやいやながらも開国に踏み切ったのは、かつてのインドや19世紀の中国の轍を踏みたくなかったからである。属国化したり植民地化されたくなかったからであり、西洋化されたくなかったからである。日本の目指したものは、柔道の真髄ともいうべきものであった。すなわち西洋の侵入を食い止め、日本が日本であり続けるために、西洋の武器を使うことであった。

ということは、日本にとって社会的なイノベーションのほうが、蒸気機関車や電報の発明よりもはるかに重要であったということである。そしてもちろん、政府機関や教育機関や労使関係なその発展すなわち社会的なイノベーションの方が、蒸気機関車や電報の発明よりも、はるかに難しいものであった。ロンドンからリバプールへ列車を引く蒸気機関車は、そのまま東京から大阪へ列車を引くっことが出来る。しかし社会の仕組みは、近代的であると同時に日本的であらねばならない。技術は安いコストで、しかもほとんど文化的なリスク抜きに輸入することが出来る。これに対して社会的な仕組みは、それを発展させるためには、文化的に根付かせなければならない。
 このような理由で、日本は100年前、その資源を社会的なイノベーションに集中することとし、技術的なイノベーションは模倣し、輸入し、応用するという決断を行った。そして見事に成功をおさめた。この方針は、今日にいたるまでも十分通用するものといってよい。なぜならば、時に冷やかし的にいわれている創造的模倣なるものこそ、後に17章で見るように、企業家的戦略としてきわめて成功の確率の高いものだからである。
 
 また、もしかりに、日本が他の国の技術の輸入や応用以上のことをしなければならないとし、自ら純粋に技術的イノベーションの行わなければならなくなっていると仮定した場合においても、日本を過小評価してはならない。

 そもそも研究開発というものが、人類史上ごく最近における社会的なイノベーションの一つなのであり、日本は過去の例からも明らかなように、社会的なイノベーションには、とくに長じているからである。また日本は、とくに企業家的な戦略にも長じているからである。

 かくしてイノベーションは、技術というよりは経済や社会にかかわる用語である。J・Bセイは、企業家精神をもって、資源の価値を変えるものと規定した。イノベーションについても、同じ文脈でとらえるべきものである。近代経済学者のように、イノベーションとは、消費者が資源から得るところの価値や満足を変えるものと規定すべきである。

 ただしイノベーションは、需要と供給のいずれの側でも起こる。鉄鉱石ではなく、鉄屑を原料として鉄鋼製品をつくるということは、供給にかかわるイノベーションである。コンテナー船の発明も、供給にかかわるイノベーションである。いずれも、最終製品や、その使用目的や、消費者は変わらない。
 
 しかし、テープレコーダーやビデオの発明は、技術的なイノベーションではあるが、消費者の価値観や欲求という需要側のイノベーションとしてとらえるべきである。1920年代にヘンリー・ルースによって創刊された「タイム」、「ライフ」、「フォーチュン」などのニュース雑誌や、1970年代後半から80年代前半にかけて発展をみたマネー・マーケット・ファンドなどの社会的なイノベーションもまた、需要にかかわるイノベーションである。』

20190209 対話形式1998年のこと【イノベーションに関連して】

おかげさまで、昨日投稿分の記事も投稿翌日にしては多くの方々に読んで頂きました。これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

また、今回の記事投稿により、総投稿記事数が1170に到達します。そして当面の目標としている1200記事まで残り30記事となりますが、これはあまり急がず、具体的には四月くらいまでに到達出来れば良いと考えています。

そういえば、先日投稿した記事である『「イノベーション」について思ったこと』も多くの方々に読んで頂けましたが、ここで述べたことには特に新しいことはなく、歴史・戦史などの分野では通俗的な知識であると云えます。とはいえ、こうした「イノベーション」の背景とは思いのほかに重要であり、以下に、それに関連すると思しき対話形式の文章を示します。
時代:1998年6月頃
場所:小田急線下北沢駅近くの喫茶店
A「そうですか、Bさんも***に就職が決まりましたか、それはおめでとう。それで勤務地はどこになるのですか?」

B「ええ、どうもありがとうございます。つい先日、内定者の集まりがありましたが、勤務地が決まるのはもう少し後になるとのことでした。会社は北海道から九州まで事業所がありまして、勤務地がどこになるかはまだ分かりません・・。それでも一応希望勤務地は首都圏と書いて提出しました。・・多分難しいとは思いますが・・。」

A「はあ、そうですか・・。まあ初めの勤務地は勝手知ったる場所ではない方が良いと思いますよ・・(笑)。」

B「・・そんなものですか・・しかし、私は元々首都圏の人間ですからね。出来るだけ早いうちにこっちに戻ってきたいと思うのですが、どうなのでしょうか?」

A「うん、多分まだ分からないと思うけれども、君くらいの年の頃は、色々な地域に行った方が良いと思うよ。それで、その後になってから、また大学院に進みたいと考えるのであれば、その時の方が良い選択が出来るのではないかな・・。」

B「ええ、そのあたりが未だ経験がなくて、よく分からないので何とも云えませんし、それでも先日説明を聞きにいった**大学大学院のヨーロッパ文化専攻はとても興味深く、面白そうで自分に合っているようにも思われたのですが・・。」

A「まあ、数年後になって君がまだ**のヨーロッパ文化専攻に行きたいのであれば、またその時は相談に乗りますが、でも、とりあえずはそうですね・・三年くらいは会社で働いてみるのが良いと思いますよ・・。」

B「・・しかし、先生はストレートで院に進まれたのですよね?先生はそれで良かったのですか?」

A「うん、私も当時は色々と悩みましたし、結局違う大学の院に行くことなったことは、君も知っていると思うけれども、私の場合、あまり他の選択肢は考えませんでしたね・・。それで、そうであったから君はとりあえず数年働いてみるのが良いと思うのです・・。ストレートで院に行くのは、正直なところ、あまりツブシが利かないので、おススメできませんよ。」

B「ふーん、そんなものですか・・。そういえば先日、大学院進学について親に話したところ『文系分野の院に行ったってツブシが利かなくなるだけだから、ちゃんと会社に就職した方が良い。』と云われまして、それでA先生のことを話したところ『ああいう人はそれで良いんだ。それにその分野の研究者で食べて行ける人なんて本当に少ないのだから、それはそれでA先生も苦労しているはずだ・・。』というようなことを云われました・・。そうするとA先生の専攻分野の方々は、研究者以外でしたら他に何になることが出来るのですか?」

A「うーん、たしかに現在の日本では、大学の研究者以外にあまり道はないかもしれないけれども、私が留学していた国では、この専攻分野の院を出て普通に企業に就職することもあったし、あとは軍や政府機関に就職した方もいましたね・・。それに向こうの企業には企業参謀といった私のような背景を持った人々が結構いるのです。しかし、たしかにそういった社会環境は日本の企業文化にはないかもしれませんね・・。ここ日本ですと、歴史とか国際関係論などはあまり実用的な学問とは見做されていないようですが、本質的にはそれは間違いなのです・・。向こうの連中は歴史や思想とか哲学があるからこそ、企業や組織が機能して、さらには発展することが出来ると考えているようなところがありますね・・。」

B「・・はあ、そんなものなのですか・・そうすると、向こうでは先生のような背景を持った方々が企業や組織で参謀のような仕事をしているのですか・・。それはたしかに日本の会社とは違うかもしれませんね・・。」

A「うん、ですから、そういったことを確かめるためにも、とりあえずは良い会社に就職出来たのだから数年間はそこで働いてみなさいよ。多分そこで勉強になることも沢山あるだろうし、そして、その時になって考えが変わったら、また相談に乗りますよ。」

B「ええ、そうですね。どうもありがとうございます。それで先生はこの後どうされるのですか?」

A「ああ、今日は仕事が少し早く終わったから**の実家に帰ります。ですから、ここからは井の頭線で渋谷に出てから**線ですね。・・あ、そういえば、今度うちのゼミ生を連れて外務省外交史料館に見学に行く予定なのですが、君も就職が決まって時間があるのでしたら、ご一緒にどうですか?」

B「はあ、外務省外交史料館ですか・・。それは面白そうですね。空いている日でしたら是非行きたいと思います。」

今回もここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。


*上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。


勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前からつい先日までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 





2019年2月9日土曜日

20190208 気が滅入るような読書から思ったこと

昨日の徳島は気温がかなり上昇し、日中は少し暑く感じるほどでしたが、本日はそこから打って変わって気温が低く、また風も強い一日でした。

さて、ここ最近は当ブログは週末のみ更新を行ってきましたが、そのわりには閲覧者数は大幅に減ることはなく、特に記事更新を行った日に関しては、これまでの平均的な一日の閲覧者数と比較し、かなり多くなったと云えます。それに加えて、当ブログでの記事更新と関連があるのか分かりかねますが、昨今、これまでに接触したいくつかの組織から、ご連絡を頂くこともありました。ブログ記事を作成していますと時折、こうしたことが生じることがあり、これはなかなか面白いと云えます。

ともあれ、先日投稿した記事『「イノベーション」について思ったこと』から、ここ最近「イノベーション」に関連する著作をいくつか読みましたが、その中で大変興味深く、そして打ちのめされた著作は岩波書店刊 森嶋通夫著『なぜ日本は没落するか』であり、この著作を読んでいますと、その書かれていることが概ね正しいと考えられることから、かなり暗鬱とした気分となり、さらに、その内容は、以前に読んだ我が国の特質が述べられている加藤周一山本七平などの諸著作をも彷彿とさせられることから一層、現在および今後の我が国の状況は好転することはないように思われました。


しかし、であるからと云って、特に昨今少なからず見受けられる我が国について自画自賛のトーンにて述べられた諸著作は、書店で手に取ってみても読む気にはなれませんので、いくらかは書籍を読み続けている自身のこの反応は、実感として信用出来るものであると考えます。いや、実のところ、この実感の方が間違っているのであれば、それで良いのですが、しかしそれでも、昨今相次いで発刊されている我が国に関する自画自賛本を読み、自らを愛国者、保守的と考えている方々と積極的に与したいと思うことは、かなり少ないと云えますが・・。

さて、こうして自身の考えを述べて思うことは『何故、私はそのように考えるのか。』ということであり、その理由はおそらく『我が国の特に戦間期の歴史そして時代精神をいくつかの書籍を通じて知っていると思っているからであろう。』と考えるのですが、この時代【1920・30年代】の歴史を、ある程度、同時代人の著した著作を通じてでも知っていれば、到底、さきの自画自賛本を『良いもの』として読むことは出来ないように思われるのです。

また、こうした考えは、戦前、戦後を経験し、そこから戦後社会を概ね良いものと考え、そして近代日本の勃興期である明治時代を肯定的に描いた『坂の上の雲』を著した司馬遼太郎が、その晩年に我が国の行く末を危ぶんでいたことと親和性を持つのではないかとも考えます。

そして、その考えからさらに歩を進めますと、そこには昭和45年の時点で我が国の将来を文化的に暗澹たるものと考えて決起、自決した三島由紀夫の思想に近づくのではないかと思われます。

以前読んだ三島事件直後に書かれた司馬遼太郎の三島事件に対しての論評は、かなり否定的なものであったと記憶していますが、その後、時代を経るにしたがい、司馬遼太郎は、その述べられた意見自体は変えないまでも、その基層にある考えについては変化したのではないかと思われます。

そして、そうしてある程度ピントを合わせた視座にて、さきの森嶋通夫著『なぜ日本は没落するか』あるいは、欧米人で云うと、以前に抜粋引用したP・F・ドラッカー著 『イノベーションと企業家精神』の日本語版への序文、サミュエル・P・ハンティントン著『文明の衝突』での日本に関しての記述、ロナルド・ドーア著『幻滅 外国人社会学者が見た戦後日本70年』などを読んでみますと、たとえ今後2020年に東京オリンピックが開催され、そして2025年には大阪にて再び万博が開催されようとも、それらは現今の我々の再び固定化しつつある社会構造に対しては、何と云いますか、深部からの社会全体への活性化には結び付き難いようにも思われるのですが、さて如何でしょうか?

~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されておりましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!


数年前からつい先日までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします! 












2019年2月3日日曜日

20190203 「イノベーション」について思ったこと

おかげさまで昨日投稿分の記事は、投稿翌日の本日までに、かなり多くの方々に読んで頂けました。おそらく、この数は徳島在住以降最高であると云えます。これを読んで頂いた皆さま、どうもありがとうございます。

さて、休日である本日も昨日(土曜日)同様、新たな記事の作成を考え、先週に引き続きP・F・ドラッカー著の『イノベーションと企業家精神』からの抜粋引用にて充てようと考えていましたが、さきに述べた昨日投稿記事の閲覧者数から、この考えを変更し、自身の文章にて記事作成を行うことにします。

昨今巷にて云われている「イノベーション」ですが、これは歴史上の出来事から考えてみますと、端的に理解出来るのは世界各地の「戦争」からであり、これは「イノベーションを行った側が勝利を収める」という法則によって概ね貫かれていると云えます。

それは技術・戦術あるいは双方に云えることであり、我々に馴染み深いものとして武田軍対織田・徳川連合軍の戦いである長篠の戦いが挙げられます。この戦いにより戦場での騎馬武者の有効性が鉄砲により否定され、以降の戦場においては、鉄砲を装備した徒歩兵力がより重要なものとされるようになりました。

こうした一種の相転移のような現象は世界的に見ても概ね普遍的なものであり、欧州においては我が国の関ケ原、大阪冬・夏の陣以後の30年戦争においても引き継がれ、さらには18世紀以降の欧州各地にて生じた諸戦役においても同様であり、こうした過程のなかで鉄砲をはじめとする銃器そしてそれを用いた戦術も勝つために否応なく洗練・向上されていきました。

さらに、こうした流れにくわえ、西欧において18世紀に蒸気機関が発明され、社会のさまざな方面に、この機関が応用・実装化されることにより、その後、19世紀以降の西欧列強による帝国主義時代の舞台設定がほぼ完成されるに至ります。

また、他方で「イノベーション」は技術のみならず、戦術そしてそのさらに下部構造にあたる社会においても同様に行われるものであり、これは18世紀末のフランス革命により、社会がそれまでの王侯貴族による統治から人民によるものへと変化を遂げたことにより、戦術を立案する軍隊においても大きな変化が生じ、これにより端的には、より個々の兵士の自主性・能動性が発揮されるようになったと云えます。そして、それまでの戦列歩兵による比較的単純な戦闘から、より複雑・機動的と云える散兵戦術が可能となりました。19世紀初頭、ナポレオン軍が欧州全土にてその強さを示すことが出来た背景には、こうした社会における「イノベーション」があったからであると云えます。また、これ(ナポレオン軍の強さ)に対する実感から著された著作が、さきにブログにて述べたクラウゼヴィッツによる「戦争論」と云えます。

とはいえ、この散兵戦術はフランス革命以前においても、個々の兵士の自主・能動性に依拠する独立戦争などの場合においては比較的多く見受けられ、現代史に区分される、さまざまなゲリラ戦術もまた、この系譜に連なるものと云えます。

さて、こうした流れから翻って我が国のことを考えてみますと、たしかに戦国織豊期における鉄砲の採用・普及は世界規模で見ても目を見張るものがあったと云えますが、その後、17世紀以降においては、こうした否応なく変化を遂げなければならないような歴史の流れには背を向け、鉄砲に対しても、その機能(連発性能・射撃精度など)の向上よりも、より緻密な象嵌や螺鈿細工を施す対象となっていったと評することが出来ます・・。そして、おそらく、こうした長い目で見ての我が国の行為態度とは、ある程度(現在に至るまで)普遍性を持っているのではないかと思われるのですが、さて如何でしょうか?


今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます。
~書籍のご案内~
ISBN978-4-263-46420-5

~勉強会の御案内~
前掲書籍の主著者である師匠による歯科材料全般あるいは、いくつかの歯科材料に焦点を当てた勉強会・講演会の開催を検討されていましたら、よろこんでご相談承ります。師匠はこれまで長年、大学歯学部・歯科衛生・歯科技工専門学校にて教鞭を執られた経験から、さまざまなご要望に対応させて頂くことが可能です。

上記以外、他分野での研究室・法人・院内等の勉強会・特別講義のご相談も承ります。

勉強会・特別講義 問合せ 連絡先メールアドレス
conrad19762013@gmail.com 
どうぞよろしくお願いいたします!

数年前からつい先日までに日本列島各地・特に西日本にて発生した、さまざまな大規模自然災害によって被害を蒙った地域の速やかな復旧そして復興を祈念しております。
↑こちらもどうぞよろしくお願いいたします!