2022年12月25日日曜日

20221224 株式会社筑摩書房刊 ちくま新書 小泉悠著「ウクライナ戦争」pp.138-141より抜粋

株式会社筑摩書房刊 ちくま新書 小泉悠著「ウクライナ戦争」pp.138-141より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4480075283
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4480075284

 ここで、停戦交渉の行き詰まりをもたらしたブチャでの出来事について簡単に述べておきたい。

 前述した3月25日のロシア軍撤退表明後、ブチャを奪還したウクライナ軍が目にしたのは、酸鼻を極める虐殺の痕であった。後ろ手に縛られた拷問の跡だらけの遺体、性的暴行を受けたとおぼしき裸の女性の遺体、下水溝に投げ込まれた遺体ー街は陰惨な姿の遺体で埋め尽くされ、中心部の教会や町のはずれには集団墓地が作られていた。いずれも、ロシアによる戦争犯罪の明白な証拠であった。

国際社会はともかくとして、筆者自身がこの光景にショックを受けたといえばナイーヴとの謗りは免れまい。二度のチェチェン戦争でロシア軍がどれほどの非人道行為を働いたか、2015年に始まったシリアへの軍事介入でロシア航空宇宙軍の無差別爆撃がどれほどの殺戮をもたらしたかを、ロシア軍事研究を生業とする筆者はよく知っていたからである。2月以降のウクライナに対する侵略においても、ロシア軍は全くすることなく市街地に無差別爆撃を加えてきた。

 それでも、この情景はやはりショッキングであった。しかも殺害されたブチャの住民たちは、戦闘の巻添えになったわけではない。のちにジャーナリストたちが明らかにしているように、ブチャの住民たちは、戦闘の巻き添えになったわけではない。のちにジャーナリストたちが明らかにしているように、ブチャの占領自体はほど無血で行われたものの、虐殺、性的暴行、略奪はその後に始まったのである。そこには何の軍事的合理性もなかた。

 全くの言いがかり、酔った兵士の狼藉、ただの気まぐれによって人々は暴行され、犯され、殺されたいった(真野・三木、2022年5月5日、国末、竹花、2022年4月14日)。ウクライナ軍に協力している見なした人々を組織的に拷問。処刑していたこともわかっている(Peuchot,2022.4.5.)。

 今回の戦争に関しては「ウクライナを無垢の絶対的善として描くだけでよいのか、ロシアは絶対悪なのか」といった議論が度々提起されてきた。この主張を筆者は一概に否定するものではない。

 第一章で描いたように、ゼレンスキーは正義のヒーローではないし、ウクライナという国家自体も深刻な腐敗など多くの問題を抱えている。また、ウクライナ軍も戦争犯罪(捕虜の虐待やこれを晒し者にあうることなど)や住民の巻き添え被害とは無縁ではなく、これらの点はそれぞれに検証され、批判の対象とされるべきだろう。

 しかし、ブチャやその他多くの占領地域(ロシア軍の戦争犯罪はブチャに限られたものではなく、むしろ氷山の一角であった)にける振る舞いは、どう考えてみても「悪」と呼ぶほかないだろう。さらに言えば、今回の戦争はロシアによるウクライナへの侵略戦争であり、この点においてもロシアは明確に国際的な規範を犯している、これらの点を無視して、ロシアにもウクライナにも同程度に非がある、と論じるならば、それは客観性を装った悪しき相対主義でしかないのではないか。また、相対的に論じるというのなら、戦争犯罪や腐敗がより深刻なのはロシアであるが、これらの事情を以てロシアが外国の軍事侵攻を受けてもしかたないのだということにはなるまい。

 ちなみに、ブチャの虐殺を、ロシア政府は「挑発」と呼んでいる(例えば前述したプーチンの4月12日発現)。つまり、虐殺や拷問や性的暴行はウクライナ軍がブチャを奪還した「後」に起こった出来事であり、ロシアに罪を着せるために仕組まれたものだという主張である。

 だが、ブチャ事件が明るみに出た後、米国の衛星画像サービス企業Maxarが同地上空の衛星画像を公開し、路上の遺体や集団墓地はロシア軍占領当時に出現したことを暴露した。宇宙からの眼を現地住民の証言と照らし合わせて考えるならば、ロシア側の主張には全く信憑性がないことは明らかであろう。