2021年12月31日金曜日

20211231 筑摩書房刊 ちくま新書 坂井建雄著「医学全史」-西洋から東洋・日本まで

筑摩書房刊 ちくま新書 坂井建雄著「医学全史」-西洋から東洋・日本まで
pp.254-255より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4480073612
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4480073617


人体が病原体の二度目の感染に対して強い抵抗力をもつこと、免疫が生じることはジェンナーの種痘や、パストゥールによるワクチンの有効性からも広く知られていた。そして病原体に対する免疫がどのような仕組みで生じるのか、注目されるようになった。

 ロシア出身のメチニコフはパリのパストゥール研究所で研究中に、免疫された動物に含まれる物質がマクロファージを活性化して病原微生物を食べるようになる食作用を発見し、「感染症の免疫」(1901年)を発表して免疫の食作用説を提唱した。ドイツのベーリングはマールブルク大学の衛生学教授を務め、血清中の抗体が毒素と特異的に結合して中和することを見出してジフテリアに対する血清療法を開発した。

 エールリヒはコッホの伝染病研究所を経てフランクフルト実験治療研究所所長になり、血清療法の研究を定量的に行った。抗体産生機構について、細胞表面の側鎖すなわち受容体があり、抗原がこれと結合することで多量の受容体が産生されて抗体になるという「側鎖説」を提唱した1908年にノーベル生理学医学賞を共同受賞した。それ以後、血清中の抗体が免疫の主役として注目されるようになった。

 さまざまな抗原に対して特異的な抗体がどのように産生されるかが、解決すべき問題として残されていた。メルボルン医学研究所のフランク・マクファーレン・バーネットはウィルス性疾患について研究を行い、1940年頃から抗体産生機構について文献的な調査と研究を行った。1949年には獲得免疫寛容を説明する理論を提唱し、これにより1960年にノーベル生理学医学賞を受賞した。

 さらに「クローン選択説」を発表し(1957年)、あらゆる抗原に対して特異的に反応する抗体を作るリンパ球が先天的に用意されていて、抗原が体内に侵入するとそのリンパ球のクローンが選択されて急激に増殖し、成熟して形質細胞となって抗体を大量を産生すると提唱した。さらに1959年には「獲得免疫のクローン選択説」を著している。彼が提唱した「クローン選択説」は現在でも基本的に正しいと認められている。

20211231 株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」 pp.225-227より抜粋

株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」
pp.225-227より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309227880
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309227887

過去数十年間は、人間の歴史上最も平和な時代だった。暴力行為は、初期の農耕社会では人間の死因の最大15%、20世紀には5%を占めていたのに対して、今日では1パーセントにすぎない。とはいえ、2008年のグローバルな金融危機以降、国際情勢は急速に悪化しており、戦争挑発が再び流行し、軍事支出が急増している。1914年にオーストリア皇太子の暗殺がきっかけで第一次世界大戦が勃発したのとちょうど同じように、2018年にはシリア砂漠で何か事件が起こったり、朝鮮半島で誰かが無分別な行動を取ったりしてグローバルな争いが引き起こされはしないかと、素人も専門家も恐れている。

 世界の緊張の高まりと、ワシントンや平壌、その他数か所の指導者の性格を考えると、心配の種は間違いなくある。とはいえ、2018年と1914年の間には、重要な違いがいくつかある。具体的には、1914年には世界中のエリート層は戦争に大きな魅力を感じていた。なぜなら、戦争で勝利を収めれば経済が繁栄し、政治権力を伸ばせることを示す具体例に事欠かなかったからだ。それに対して2018年には、戦争による成功は絶滅危惧種のように珍しいものに見える。

 アッシリアや秦の時代から、大帝国はたいてい力ずくの征服によって築かれた。1914年にも、主要国はみな、戦争での勝利によってその地位を得ていた。たとえば大日本帝国は中国とロシアに対する勝利でアジアの大国になり、ドイツはオーストリア=ハンガリーとフランスに勝ってヨーロッパ最強国の座に就き、イギリスは各地で次々に小さな戦争を見事に勝ち抜いて世界で最も大きく裕福な国を築いた。たとえば1882年、イギリスはエジプトに侵攻し、わずか57人の兵を失っただけでテル・エル・ケビールの決戦に勝利し、エジプトを占領した。今ではイスラム教国を占領するというのは西洋人にとっては悪夢の材料だが、テル・エル・ケビールの戦いの後、イギリスはほとんど武力での抵抗に遭わず、70年以上にわたってナイル川流域とスエズ運河という要衝を支配し続けた。他のヨーロッパの大国もイギリスを手本とし、パリやローマやブリュッセルの政府がヴェトナムやリビアやコンゴへの出兵をもくろむときにはいつも、恐れていたのはよその国に出し抜かれることだけだった。

 アメリカでさえ、ビジネスだけではなく軍事行動のおかげもあって、大国としての地位を確立した。同国は1846年にメキシコを侵略し、カルフォルニア、ネヴァダ、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコに加えて、コロラドやカンザスとワイオミングとオクラホマの一部も占領した。その後に結んだ平和条約ですでに行っていたテキサスの併合も承認された。この戦争でアメリカ兵1万3000人が亡くなったが、国土は230平方キロメートル増えた(これは、フランス、イギリス、ドイツ、スペイン、イタリアを合わせたよりも広い)2000年紀(西暦1001~2000年)でこれ以上ないほど有利な取引だった。

 したがって1914年、ワシントンやロンドンやベルリンのエリートたちは、戦争に勝利を収めるとはどういうことか、そしてそこからどれほど多くを手に入れられるかを知り尽くしていた。それに対して2018年には、世界のエリートは、これほど旨みのある戦争はもうなくなったのではないかと考えている。もっともなことだ。第三世界の独裁者や非国家主体の一部は、依然として戦争でうまく栄えているものの、主要国にはそれはもう無理のようだ。

20211230 株式会社河出書房新社刊 ウンベルト・エーコ著 和田 忠彦監訳 石田 聖子・小久保 真理江・柴田 瑞枝・高田和弘・横田さやか 訳「ウンベルト・エーコの世界文明講義」 pp.186-189より抜粋

株式会社河出書房新社刊 ウンベルト・エーコ著 和田 忠彦監訳 石田 聖子・小久保 真理江・柴田 瑞枝・高田和弘・横田さやか 訳「ウンベルト・エーコの世界文明講義」
pp.186-189より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4309207529
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4309207520

ヒトラーとアンナ・カレーニナが存在論的に異なる状態にある二つの異なる実体であることを合理的に否定できる者はいない。

一方で、歴史についての命題もまたしばしば(言表)であると認めざるを得ない。小説の登場人物についての命題と同じことだ。たとえば、現代史にかんして、学生がヒトラーはベルリンの地下壕で自殺したと書いても、それは直接の経験によって知っていることを述べているのではなく、自分たちの歴史の教科書にそう書いてあるとただ認めているだけだ。

 言い換えれば、自分の直接の経験による判断(いま雨が降っているなど)は別として、わたしのあらゆる判断はわたし自身の文化的知識を根拠になされるのであり、百科事典に記載されている情報にもとづいているのだ。

その百科事典から、わたしは地球から太陽までの距離や、ヒトラーがベルリンの地下壕で死んだという事実を学んでいる。それが真実かどうかを量るにはわたしはその場に居合わせなかったので、百科事典の情報を信頼する。太陽についての情報にしても、ヒトラーについての情報にしても、わたしがそれらを専門とする研究者に委任したからだ。

 さらには百科事典にあるあらゆる真実は、どれも再検討の可能性に開かれている。わたしたちが学術的に開かれた意識をもっているなら、新たな資料がいつか発見されることへの心構えが必要だ。新たな資料によれば、ヒトラーは地下壕で死んでおらず、アルゼンチンに逃亡し、地下壕で発見された焼死体はかれのものではなく、自殺説はプロパガンダを目的としたロシア人の創作であると、あるいはそもそも地下壕など存在していないと明らかされるかもしれない。事実、地下壕のあった場所にチャーチルが腰を下した写真があっても、その場所には疑いの余地があると主張する者もいるのだ。その一方で、アンナ・カレーニナが線路に身を投げ自殺したことに疑いの余地は絶対にない。

 架空の人物は、歴史上の人物に対してもうひとつ特権をもっている。史実としては、鉄仮面やカスパー・ハウザーの正体についてわたしたちはいまだに確信をもっていないし、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァがロシアの皇族一家もろとも殺されたのか、あるいは生き延びて魅力的な婚約者としてイングリッド・バーグマン(「追想」1956)に演じられるに至ったのかもたしかではない。それとは対照的に、アーサー・コナン・ドイルを読んでいるとき、シャーロック・ホームズがワトソンについて言及すれば、それはいつでもひとりの人物を指していると、わたしたちは確信しているし、ロンドンに同じ名前で同じ特性の人はひとりだけであることも、どの作品中でその言及されている人物があの「緋色の研究」でスタンフォードという名の人からはじめてワトスンとよばれた人物であることも確信している。ドイルの未発表作品があり、そこには、ワトスンがアフガン戦争のさなかマイワインドの戦いで負傷しただとか医学の学士号をもっていることなどと言っていたのは嘘だった、とドイルが書いている可能性だってある。しかし、たとえそうだとしても詐欺師として正体を暴かれる人物は、やはり「緋色の研究」でスタンフォードからワトスンとよばれたその人であることに変わりない。

 架空の人物の強固なアイデンティティにまつわるこうした問題は非常に重要だ。

2021年12月30日木曜日

20211229【架空の話】・其の80 【モザイクのピースとなるもの】

国による、医療介護従事者の大幅な増員政策と、ジョブ型雇用職種となり得易い、医療介護職職種の養成機関増設計画とが重なり、各地方に概ね二つの医療系専門職大学の新設を目指す方向にて動き出したが、その設置地域選定から始まり、各医療線も職大学の設置学科の調整、人員の募集などといった設置当初のさまざまな業務は、半官半民の「医療専門職大学運営機構」という組織が担当して実施した。これと類似していると思われる既存の組織は、国内各地にて看護大学を運営している日本赤十字学園であったり、あるいはこれにいくらか似ていると思われる、以前投稿のブログ記事においても少し触れた、東京医療保健大学と云える。

さて、各医療専門職大学を運営している「医療専門職大学運営機構」は、さまざまな基準に基づき、どの地域に設置するのが適切であるかの検討からはじまり、その決定後に大学が擁する学科についての検討を行い、それが決定されて公開に至って初めて、新設専門職大学の運営を希望する企業等の在地組織の募集を始めたとのことであるが、ここに至るまでの経緯は、さきの「医療専門職大学運営機構」の更なる運営元の主体といえる医療政策の研究を行っている、ある組織が実施に携わったとのことであり、その組織は、基本的に政府の職にある方はいない民間組織であり、また、その多くは、医療分野の研究者や、人文系の政治社会学、国際関係論などの研究者によって構成されており、各々の背景はさまざまなであったが、総じて、今後の更なる労働力人口の減少にくわえ、社会全体の高齢化による医療介護専門職の大幅な増員が求められることを見越して、そうした高等教育機関の設置を求めて活動を続けてきた方々であったが、この情勢が本格的に問題視されるようになってきた十年ほど前、この専門職大学の設置案が注目を集めるようになった。そして、そこから設置準備室から始まり、各地方二つの新設へと至ったが、そこでは、各地の専門職大学では運営に参画している地元企業からの意向も考慮することが求められたが、実際のところは、かなり自由であり、特に運営する地元企業・組織として、医療機関や医師会・歯科医師会が入っている場合、(これは殆どの専門職大学の運営側に入っていたが、その「程度」が大学によって異なり、それが所謂、金太郎飴的になりがちと指摘されていた各地の専門職大学にてスクール・カラーのようなものが形成されてゆく契機・端緒であったものと云える。)無頓着であるのか、殆ど大学運営に関して干渉することはなく、ただ、各種国家試験の合格率の保持、あるいはその改善については強い関心を持っているようであった。

また、設置される各学科の教員は、設置準備室による公募とスカウトの併用にて募集したが、そこには研究教育職への求職活動に苦労していた多くの若手研究者からの応募があったとのことである。

そうしたことから、これら専門職大学は、設置当初から全体的に運営側が未だ若手に属する年齢層の方々が多く、設置当初から数年経て、比較的年配であった初代学長に代わり、二人目の学長となった方は40歳代であり、また、その頃の医専大執行部の方々の多くも、それに近い年齢層の方々であった。とはいえ、執行部とは云っても、教授職の多くは、当初からの数年は、さきの初代学長のように、地元大学医学部の教授が兼任していた。また、それにより、S教授はK大学教授であると同時に、医専大口腔保健工学科の初代教授ということにもなっていた。また、そうした状況は他の学科においても概ね同様であり、設置後数年を経た頃に、徐々に教授職の代替わりが生じ、それによって40歳代を主とする若手による大学運営が本格的に始まったとのことである。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 


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ISBN978-4-263-46420-5

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2021年12月29日水曜日

20211229 三交社刊 ジョセフ・コンラッド著 藤永茂訳「闇の奥」pp.45-46より抜粋

三交社刊 ジョセフ・コンラッド著 藤永茂訳「闇の奥」pp.19-21より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4879191620
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4879191625

この未開のままの黒人の一隊のうしろから、順化された黒人―彼らに加えられている新しい力の副産物なのだがーのひとりがライフル銃の中ほどを手に握って、だらしなく付いてきていた。ボタンの一つとれた上衣を着ていたが、白人の僕を見かけると、すばやく、銃を肩に担ぎ変えた。ちょっとした用心というわけだ。遠目には白人はみんな同じに見えて、僕がどんな男なのか、分からないからね。近づいてみて、すぐ安心すると、大きな白い歯をみせて、ずるっこくニヤリとした。そして引き連れている黒人たちの方をチラリと見た。彼は、僕を、彼の崇高な任務の相棒として見てくれたらしかった。つまるところ、この僕だって、この気高く公正な大事業の一部を担ってきたわけだからね。

『丘に上がっていくのはやめにして、僕は向きを変え、左の方に降りて行ってみた。丘の上にあがる前に、鎖につながれた罪人たちを視界の外にやりすごしてしまおうと思ったのだ。知っての通り、僕は特別心優しい男じゃない。人を殴ることも、殴られるのをかわすこともしなけりゃならなかった。はまり込んだ生活が生活だから、後のことはよく考えずに、抵抗したり攻撃したりしたこともあったさ。攻撃も抵抗の一手段だからな。暴力の鬼、貪欲の鬼、燃えたぎる情欲の鬼にもお目にかかった。―だが、誓ってもいいが、そいつらは、すべて、頑強で、強壮で、紅潮した目を持った鬼どもだった。そうした奴らが、まわりの男たち―いいかね、いっぱしの男たちをどつき回し、駆り立てていたのだ。しかし、ここは違う。丘の中腹に立って、僕はこれから先を見通した。この土地の、目も眩む烈しい太陽の下で、強欲無慈悲な愚行に耽溺する、だらしのない、しょぼくれ目の、見かけ倒しの悪魔と、僕はやがて知り合うことになるだろうということをね。そいつがいかに陰険狡猾な奴であるかを、それから数か月後、ここからさらに1000マイルも入った奥地で見出すことになったのだ。僕は、何か警告でも受けたかのように、ぞっとして、しばらく立ち尽くしていた。結局、僕はさきほど目をつけていた森の方に向って、丘を斜めによぎって降りて行った。

20211228 年末休暇期間のブログ記事作成の方向性について・・

 昨日の記事投稿により、総投稿記事数が1676に到達しました。一方、今年はあと本日(28日)を含めて4日ですので、大晦日まで毎日1記事づつ投稿することにより、どうにか年内に1680記事まで到達する目途が立ちます。さらに、そうしますと、来年1月の間(31日)に新規で20記事投稿することにより、1月中での1700記事到達への目途が立ちます。

とはいえ、そのためには、新たな記事作成が必要であることから、この年末の休暇期間は、出来るだけ多めに記事を作成、投稿しておこうと考えるにいたりました。しかし「多めの記事を・・」とコトバで述べてみても、オリジナルの記事は、現在の私にとっては、そこまで簡単に出来るものでもなく、毎日1記事程度が無理のないところであると云えます。

そこで、今後の年末休暇期間は、オリジナルの記事にくわえ、書籍からの引用による記事も作成し、合わせて、1日2記事の投稿を目指すことにします。

そうしますと、年内に1682~83記事まで達することが出来、そして、来年1月での1700記事到達も、以前と比べ、さらに現実味を帯びてくると云えます。

さて、そうした状況ではありますが、これまで昨年から断続的に作成してきました【架空の話】はおかげさまで「其の79」まで至り、次の投稿により80記事に到達します。この概ね自身の記憶に基づく物語が(どうにか)この程度まで続いていることは、実は作成者としても多少の驚きの感があり、また、そこから、この程度まで書くことが出来たのであれば、あるいは【其の100】あたりまでも続けることが出来るように思われてきます。

ともあれ、この【架空の話】は、自身の院生時代を元ネタとしたものであることから、記憶が甦れば、100記事とは云わず、さらに続けて作成することも可能であると云えますが、この「記憶が甦らす」ことが、思いのほかに厄介と云え、PC前に座っていれば都合よく記憶が甦るといったものでもなく、むしろ、それは街中を歩いている時に何かの拍子に不図想起されるといった性質があり、また、その記憶をもとに帰宅後【架空の話】を作成しようとしますと不思議なことに、その記憶がボンヤリと不鮮明になっていたりすることが多いのです・・。それ故、そのボンヤリとした記憶に文字でカタチを与えようと試みますと、実際の記憶とは多少異なる【架空の話】になるのですが、しかし、ここで大事であることは、たとえ【架空の話】の作成ではなっても、その基軸となるものは実際の記憶であることであり、これがなければ、モノガタリをモノガタリならしめている、ある種の「凝集性」がなくなってしまうのではないかと考えるのです。

しかしながら、この【架空の話】のもととなっている2009~2013の記憶は、決して快いものばかりでなく、いや、実際には辛いものの方が多かったのではないかと思われます。それは、これまでに何度か当ブログにて述べましたが、兄の死や師匠の退職といった、それまでの人生の中でも特筆すべき辛い出来事が集中して生じ、その後も、生きるために右往左往しつつ色々と活動はしながらも、それまで自分の中にあった何かが徐々に衰弱していっているような感じがあると云えます・・。

しかしまた、たとえ心が衰弱しつつあったとしても、そうしたことをブログ記事として文章化することにより、絶望を遠ざけ、未来へと希望をつないでいるとも云え、その意味において、当ブログは兄の死や師匠の退職があったことから(どうにか)続けることが出来ていると云えます・・。また反語的に、それらの出来事がなければ、わざわざブログを作成、継続することに意味など見出すことはなかったものと思われます・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2021年12月27日月曜日

20211227【架空の話】・其の79 【モザイクのピースとなるもの】

医専大口腔保健工学科での歯科理工学実習は、D2に上がってから参加させて頂くようになったが、K大学歯学部での歯科理工学実習は、その前年から実習補助として参加していた。歯学部での実習は対象が3年生であり、教養課程を経てすぐであったことから、石膏の練和や鋳造などといった歯科独特のさまざまな材料や技術に接する初めての機会であり、その意味で、この歯科理工学実習は、それなりに意義深いものであったと思われる。

K大学歯学部の一学年学生数は年度によって若干の偏差はあるものの、概ね50人ほどであり、実習に際しては、出席番号などに基づき、大体10人毎の班を5つ作り、それぞれの班が週替わりで、異なった実習を受け、それを廻していくといった流れであった。

以前にも述べた通り、当時、研究室にはS教授をはじめとして合計4名の教員がおり、また、実習時にはTAとして他の研究室から大学院生が1~2名ほど、実習補助として参加することもあったが、そうした事態はあまり多くはなかった。

私は歯科技工士ということで、主として鋳造などの液相状態の合金を扱う実習項目の補助に就くことになったが、それら項目の担当教員は、以前に述べた歯科技工士を背景とする、定年間近ではあるものの、大柄で逞しい感じがするJ先生であった。

このJ先生は、私が医専大3年の頃、歯科用陶材の操作法を教えてくださったK市在住の開業医であるO先生と親しく、そこから、これをハナシの起点として、後日、J先生とも比較的気軽に話すことが出来るようになった。また、担当する実習項目の内容および、その手順については、高温の炎を用いることから、学生さんがケガを負うような事故が起らないようにと、時間を掛けて、実演等を含めて懇切丁寧に教えてくださった。

それに対して私も頑張ろうと思ったのか、この一連の実習に際しては色々と動いた記憶がある。そして、そうしたこともあってか、さきに述べた医専大口腔保健工学科での実習補助も任せて頂けるようになったのかもしれない・・。

また、鋳造やロウ付けなどの高温状態となっている合金を扱う作業を、男女問わず、学生さんがしているのを見ることは個人の心情としても興味深いものがあり、あるいは、それを数年間見続けていると、何かしら面白い発見があるのではないかとも思われた・・。

ともあれ、こうした経緯によって、歯学部3年生および口腔保健工学科2年生双方での歯科理工学実習に補助として関与させて頂くことになったが、やはり学生さんの手先の器用さに関しては全般的に医専大の方が少し優っているように見受けられたが、他方で歯学部の学生さん等は、こちらが伝えたことを、学生さんが互いに教え合うことによって実習の進行がスムーズになるといったところがあり、これはこれでまた、興味深い現象であると思われた。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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2021年12月26日日曜日

20211225【架空の話】・其の78 【モザイクのピースとなるもの】

S教授の指示による医専大 口腔保健工学科での新規技術に精しい実務家教員の選定下準備のため、E先生と東京訪問することになったが、E先生は学科の別業務のため、私より1日遅れての出発となった。そして、私の方は到着した日にS教授から預かった実験試料を持参し(その中には私が作製したものも入っていた。)かつて、S教授が勤務されていた都心部にある某老舗歯科大学の歯科理工学講座を訪問した。

こちらの講座の長であるO教授は、以前はS教授の同僚であり、年齢は二つほど違うとのことで、また、当歯科大学のOBで歯科医師でもあった。ともあれ、おそるおそる研究室を訪ねると、話が通じていたのか、すんなりと教授室に通され、そして預かっていた実験試料一式を手渡すことが出来た。するとO教授は早速、それらを手に持ち、私を連れ立って実験室に向かった。これまでに私は医専大とK大学以外の歯科理工学講座の実験室に入った経験はなく、この時が初めてであったが、これには少しの緊張と共に、何と云うかパラレル・ワールドを覗くようなワクワク感が少なからずあった。

室内に入ると、歯科歯科理工学研究室にて共通するのか、鼻を衝くモノマー液の匂いが薄くなったものや、高温状態の電気炉が発する、あの独特の熱気などを感じ取ることが出来た。そして、その奥に医専大やK大学のそれよりも大掛かりな、万能引張圧縮試験機が据え付けられており、その前には白衣を着た私と同年輩と思しき方が、キャスター付きスツールに座り、背中を丸めて何かの作業を行っていた。

そこへO教授が後ろから「おお、実験進んでいるか?それで、今朝の講座連絡会議でも話したK大学の歯科理工学研究室の大学院生**君がつい先ほど着いてね、こないだK大のS教授と話して、次のジルコニアと歯科用陶材との接着強さを測定する実験はラウンドロビン・テストにしてみようということで、向う(K)で作った試料を持って来てもらったのだが、今からこの試料を使った接着試験は出来るかな?」と話しかけた。

すると、背中を丸めていた方は、すぐさま顔を上げて、こちらを向き、手に持っていた小型のモンキーレンチを何かの治具らしきものから離して、そのままの手で額を拭った。この時、試験機の前にいる方は、かねてより私と似た実験を手掛けていると意識し、また、学会発表の際に何度か質問を受けていたことが思い出された。

そして「ええ、先ほど治具の組み立てを終えて、今しがた、別素材の同型の試料を用いて予備実験をして、治具の微調整をしたところですので、今からスグにでも始めることは出来ます。」と返答をされた。

後で知ったところによると、この方は当研究室の大学院生(博士課程4年)であり、主に歯科用合金と、さまざまな材料との接着についての研究をされており、学会発表の際に示される、それら界面を高倍率にて観察した電子顕微鏡像のクリアさにはいつも感心していた。あるいは、これは主として実験機器自体の性能であるのかもしれないが、そうであっても、高倍率にて、あの程度までピントを合わせることが出来ることは、当時の私にとっては驚くべきことであったのだ・・。

やがて、私が持参した数種類の試料が入ったケースを開き、そこから一個づつ試料をと取り出し、各種寸法を電子ノギスにて測定し、それぞれ数値をエクセル図表に入力し、図表データとの相関が分かる様に試料番号が記載されたウェルプレートに収められた。

この実験自体はどちらかと云うと荒っぽいものとも云えるのだが、そこに至るまでの作業工程、つまり、試料の作製後から実験に至るまでの過程がなかなか面倒であり、あるいは条件毎の試料数が多ければ、こちらの作業の方が大変であり、また面倒であると云えるかもしれない・・。

ともあれ、今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!

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2021年12月24日金曜日

20211223 株式会社日本評論社刊 中井久夫著「日本の医者」 pp.150-152より抜粋

株式会社日本評論社刊 中井久夫著「日本の医者」
pp.150-152より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4535804249
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4535804241

また人間の例ばかりでなく、微生物も、人間に感染をくり返しているうちに性質が変わる。微生物はなにしろ数が多いので、そのなかにはさまざまな突然変異種がたえず発生している。そうして代がわりが非常に早い。たとえばウィルスの10年は、高等生物の100万年以上に相当するという。したがって、進化の速度が非常に早いわけである。適者はまたたく間に全体の99.9パーセントをしめるようになる。

微生物の人間に対する毒力の変化は、むかしから学者のあいだで注目されてきた、あまりに強毒な微生物で、それにかかった生物がたちまち死ぬようなものは微生物にとってあまり有利ではない。それよりも発病してからも、微生物をまき散らしながら長い間生きていてくれる方が都合がよいわけである。もっとも繁殖できないほど毒力がよわくても、微生物の子孫繁栄のためには具合がわるい。結局、中程度の毒力のものが、時の経過とともに主流を占めるようになることが多い。

このような変化は、オーストラリアのウサギを退治するため、人間が、南米からあるウィルスを持ち込んだ時におこったことである。ウサギは結局全滅しないで、数年後には、あまり毒力のつよくないウィルスがウサギの間に流行をくり返すようになり、ウサギとウィルスの間にある種の平衡ができあがってしまった。

人間の病気でも、梅毒などは、カリブ海の小島からひろまって以来の500年のあいだに、あきらかに毒力がよわまっているのであり、そのかげには、このような事情が考えられるようである。

むろん、事がそれほど簡単でない場合も多い。狂犬病は、一発必中の、きわめて毒力のつよいウィルスである。しかし、これは人間から人間へと伝染するものではない。そもそもは、おそらくイタチのたぐいがもっているウィルスであり、イタチにとっては、無害なウィルスであろう。実際、南アフリカではマングースというイタチの類がもっていることがわかっている。マングースをたまたまイヌがつかまえる。イヌが感染し、他のイヌをかんだり、ヒトをかんだりする。このようにしてヒトやイヌに別の世界のウィルスがまぎれこむのである。一般にきわめて毒力のつよいウィルスは、その動物にはなじみの浅いものが多い。サルにはかるい病気しかおこさないヘルペスBウィルスは、病気のサルにかまれたヒトには、狂犬病におとらぬ致命的な病気をおこす。有名な日本脳炎ウィルスは蚊には全く無害なウィルスである。おそらくもともとは蚊のウィルスであろうといわれている。

このように感染したら最後、人間を倒さずにはおかないものから、大腸菌のように、まったく人間と平和共存をしているものまで、微生物と人間との関係はさまざまであり、しかも、その間には野生の動物や家畜が介在している。そうして、自然的・社会的な環境が変動すれば、それにつれて思いもかけないまったくあたらしい局面が生まれてくる。アメリカの細菌学者デュボスの名著「健康という幻想」の言うように、人間が病気とまったく縁を切ることはおそらく不可能であろう。

しかし逆に、自然環境や社会的条件がほぼ定常的であるなら、病原微生物と人間との関係には一種の平衡が成り立つことになる。むろん、それは、長い時間をかけて獲得されるバランスであり、多くの個体の犠牲に成り立つバランスであろうが。

ゆたかな出生率と地域の孤立性はこの安定に大いに寄与するものである。「古事記」にあるイザナギノミコトとイザナミノミコトの問答の中で、今や死者たちの国の女王と化したイザナミノミコトが地上の国の支配者のイザナギノミコトに対して、「お前の国の人間を日に千人死なせる」と呪うと、イザナギノミコトは「それならば日に千五百人ずつ生み出す」と宣言する話がある。そのように、豊かな出生率によって高い死亡率に対抗することが、人類が病気の脅威の下で生き残るいちばん古い戦略であった。共同体の小ささと交通のとぼしさが、地球上のどこかでおこった流行をその小さな地域に封じ込めていたことも、おおいにあずかって力になったであろう。


2021年12月23日木曜日

20211222 1670記事を過ぎて思ったこと、ブログ継続の意味について

またしばらく【架空の話】の続きをブログ記事として作成してきましたが、その間に総投稿記事数が1670を越えていました。そしてまた、今回の新規の記事投稿により、1673記事に到達しますので、今年中に、あと7件の記事投稿にて1680記事に到達し、来年1月中での1700記事到達への目途がどうにか立つように思われます。

どうにか1700記事への到達も、以前より現実味を帯びてきたとは云えますが、それでも、その先については全く考えておらず、あるいは(無事に)1700記事へ到達出来ましたら、1カ月程休んでみた方が良いのではないかとも思われます・・。2015年に始まり、現在に至るまで概ね6年半にわたってどうにか当ブログを続けてはきましたが、以前にも述べました通り、ここ最近、何度か、そして何故か「たまにブログ読んでいますよ。」と云われることがありました。

そういえば、当ブログを始めるきっかけとは、以前にも何度か述べましたが、何人かの方々から、同時期に「ブログを始めてみては?」と云われたことです。そこから、最近の「たまにブログ読んでいますよ。」もまた、あるいは何かしらの「意味」があるのかもしれません・・。いや、より精確には、元々それは単なる偶然であったとしても、そこに「意味」を見出そうとする行動、すなわち「ブログのさらなる継続」によって、そこに本当の「意味」が生じてくるといったメカニズムのようなものがあるのかもしれません・・。

これは、未だ判然とはしていませんが、こうした因果関係とも見受けられる事がらは、もう少し考えてみますと、その筋道、ストーリーは全て後知恵と評し得るものであり、それは事後の時系列的な整理、あるいは物語化のためには好都合であるのかもしれませんが、その現実の渦中においては、まさに五里霧中とも云える状態であると云え、ただ自分の信じる「何かの価値」に基づいて行動しつつ、時々は周囲の様子をも窺うといった感じであるのではないでしょうか?

ともあれ、そうした中において、事後的にではあれ、私はこの一連のブログに、その「何かの価値」の主軸を置いてきたように思われるのです・・。おそらく、この6年半に、もっと多くの面白い記事を投稿することが出来れば、そこから何らかの収入を得ることも出来たのかもしれませんが、そうしたことは頭の片隅にはあると云えばありますが、それよりも、新規1記事の投稿の方が現在の私にとっては重要であり、その先にある、1700記事、さらにその先にある、1800記事、そして来年6月のブログ開始から丸7年を迎えるまで(どうにか)続けることが出来れば、また何か新たな見解が腹に落ちて、さらに「収入を得る」なども含めた次の展開のようなものが判然としてくるのではないかと思われるのです・・。

そして、上に述べたことは、あくまでも仮説ではありますが、同時に、これまでに(どうにか)ブログを継続してきた中で得た感覚に基づくものでもあり、それは自分としては概ね進化であると認識しています。

しかし、その反面、この新たな感覚を得る過程において失ってきた性質・性能もまた、少なくないように思われます・・。そして、見方によりますと、それが所謂「創造的退行」と称されるものであるのかもしれませんが、そのように考えてきますと「創造性を発揮する」ということは、人によって、その傾向に相違があるとは思われますが、端的には、創造性を発揮し得る「何か」に対して過分に活力を配分することによって、はじめて駆動することが出来るのではないかと思われるのです・・。そしてまた、それこそが「個性の発揮」であるとしますと、我々の社会全般における強力な「同調圧力」とは、昨今、その必要性が叫ばれているイノベーションの本質とも云える「創造的破壊」と敵対、あるいは拒む性質のものとも云えます。

そして、これを視座として、現在の我が国にて生じているさまざまな事件、出来事などを眺めてみますと、やはり、多少暗澹とした気分になってくることは否めないように思われてくるのですが、さて如何でしょうか・・?

また、それをどうにか回避するためにも、今後もうしばらく、無理をしない程度に【架空の話】を続けてみようと思います。

今回もまた、読んで頂き、どうもありがとうございます!
順天堂大学保健医療学部

日本赤十字看護大学 さいたま看護学部 


一般社団法人大学支援機構



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ISBN978-4-263-46420-5

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2021年12月20日月曜日

20211220【架空の話】・其の77 【モザイクのピースとなるもの】

医専大が新設されてから当初の数年間、口腔保健学科、口腔保健工学科の講義・実習のカリキュラム編成は、その科目が国家試験に大きくは関与しないものであれば、半ば試験的な意味合いもあってか、割合柔軟というか適当とも云えるようなものであった。

その顕われの一つが、さきのH先生が口腔保健学科、口腔保健工学科1年生の共通教養科目である「歯科英語」を担当するようになったことであるとも云える。その所以は、以前にも述べたが、医専大設置二年目に西欧某国からの視察団来訪の際に見せた、通訳の能力によるとされているが、ご本人はこれを特に肯定も否定もせずに「いやあ、あれは本当に参ったよ・・。(笑)」といった感じで返答されるのが常であった。

また、H先生は他にもいくつかの講義や実習の担当をされており、どちらかと云えば多忙とも云えるはずであったが、この科目については、特に愚痴もこぼさず、いや、半ば楽しんで、これに取組んでいるようにも見受けられた。

しかし、その後、私がK大学大学院に進んでから3年目に入る2カ月程前の頃、実習補助のために訪れた医専大の研究室にてH先生から「いやあ、来年から**(西欧某国)の**大学に留学することになっちゃったよ・・。それで、実習の方はM・E先生と**さん(私のこと)、それに必要であれば、K大の補綴系研究室の院生にTAでお願いすれば、どうにか大丈夫であると思うけれども、あの共通教養科目の「歯科英語」は留守中、誰にお願いしようかと考えていたのだけれど、**さん(私のこと)は、そっちもイケるかな・・?教養科目と云ったって、そこまでお堅いものではないし、これまでに使った教材は渡すから、留学の間1年ちょっとの期間、ウチの学科の実習に加えて「歯科英語」もお願いしたのだけれど・・。いや、実は大学事務の方もそれで了解をもらっているし・・引き受けてくれると、とてもありがたいのだが・・それに90分の講義は多分良い経験になると思うよ。」とのことであり、私としてもかなり不安ではあったが、これも良い経験になるものと、引き受けさせて頂くことにした。

そして後日、H先生から、これまでの教材一式と、講義に用いたパワポ・スライドのデータが入ったUSBフラッシュメモリを受け取り、また、それらについての説明を伺った。

口腔保健工学科の方は、それまでに実習補助として参加していたことから、1学年20名全員の顔と名前は一致していたが、口腔保健学科の方は、その3倍以上の学生さんが在籍しており、顔写真付きの名簿も見てみたものの、全員をおぼえるまでにはなかなか苦労したことが思い出される。

ともあれ、そうした経緯によって、私は90名近い1年生の学生さんの講義を受け持つことになったわけだが、教材についてはH先生より一式受領したものの、その際に「この講義は特に歯科関連の英語を学ぶかことが目的となっているけれど、それだけでは絶対に時間があまるから、**さん(私のこと)が好きな洋書か何かを教材に使うと、学生さんももっと講義に乗ってくるかもしれないよ。」とのアドヴァイスを頂いた。

そこで私は、比較的オーソドックスで読み易い英語で書かれていると思われたジョージ・オーウェルによる「パリ・ロンドン放浪記」「Down and out in Paris and London」を用いることにした・・。

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2021年12月18日土曜日

20211218【架空の話】・其の76 【モザイクのピースとなるもの】

S教授からの依頼「医専大口腔保健工学科の実務家教員選定の下準備」を主たる目的として、私とE先生は東京に赴き、一週間ほど滞在することになった。また、Kと成田空港を結ぶLCC便が私の編入試験の時から、さらにいくつか増便しており、往復の航空券は、かなり安く抑えることが出来た。

また、E先生は医専大からの正式な出張という扱いとなり、これまで通り、出張の航空運賃でKと羽田空港間の往復の予約を取られた。

医専大に編入学をして3年、さらにK大学大学院に入学してからも3年目に入り、既に5年以上、Kに在住したことになるが、その間、実家に帰郷したことは、東京・首都圏にて開催の学会参加のための2回のみであり、また、その他の地域への訪問についても学会への参加以外では殆どなかった。

ともあれ、帰郷が決まり、久しぶりに実家に連絡をすると、当初、博士課程への進学を強く反対していた両親も「仕方がない」と云った感じになっていたのか、割にスンナリと滞在期間中の宿泊を許可してくれた。

そういえば、W県にて勤務していた兄は、2年ほど前に東京本社に戻り、現在は実家近くで一人暮らしをしているとのことであったが、どうしたわけか「W県に戻りたい」と繰り返していた。おそらくW県と兄は相性が良かったのだと思われるが、そうしたこともあって、私の東京訪問が決まる一週間ほど前、兄からW県にもある医専大への学士編入試験について質問の電話があった。どうやら兄はW医専大の臨床工学科か、もう一つの市内にある医療系大学の看護学科への学士編入を検討していたようだが、兄の経歴を鑑みるに医専大の臨床工学科が良いのではないかと思われ、その旨を伝えると、納得をしたようであったが、その後の進展については聞いていない。

この件についても、帰郷時に相談に乗った方が良いと思われるが、元来理系で、また、私よりも勉強家であると云える兄は、学士編入を希望するのであれば、もう少し上を目指しても良いのではないかと思われた。

ともあれ、E先生と今回の東京滞在期間中での具体的な活動を決め、終日同行の日もあれば、別行動の日もあり、何れにしても、その日の出来事のまとめは、電話で話し合い、またその中で重要と思われる事項については記述し、あるいはH・M先生にメールで知らせておこうということになった。

久しぶりの東京訪問であったためか、遠足前日の小学生のように気分が高揚して、あまり睡眠を取れなかったが、当日はさきの高揚を推進力として朝早く発ち、市電にてK中央駅まで出て、そこからバスに乗って空港まで向かった。LCC便であることからか、予約した飛行機は羽田空港でなく成田空港に着くとのことであったが、航空運賃の値段から考えると、痛痒はおぼえなかった・・。

また、E先生の方は、学生時代に在住していた場所の近隣にあるホテルに滞在されるとのことであり、それは千葉県の東京寄りのI市であり、先生曰く「ああ、ここは羽田と成田の丁度中間あたりで、都内に行くにも比較的便利で、それに都心のホテルと比べるとホテル滞在費用も抑えられるんだ。」とのことであった。

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2021年12月16日木曜日

20211216【架空の話】・其の75 【モザイクのピースとなるもの】

S教授は、よほどあらたまった場以外では、持ち前の関西弁にて話されることから、ここKにあってはS教授は、関西からこちらに赴任された方であると思われがちであるが、以前に述べた通り、その歯科理工学講座教員としてのキャリアは、東京・首都圏にて始まり、そこでの生活は20年以上にわたることから、当然、当地域での歯科事情全般には通じており、また、キャリア当初の頃に教えた学生さんの中には、そろそろ若手教授となってもおかしくはない方々もいるとのことである。そこから、医専大口腔保健工学科の実務家教員の選定に際しても、そうした以前勤務されていた**歯科大学のネットワークを用いれば、比較的容易に良い人材を見出すことが出来ると思われるのだが、どうしたものか、医専大のE先生と私に訊ねてこられた。

私はそうしたことを聞くことが出来る東京・首都圏の開業歯科医師はD先生のみしか知らないため、S教授に「一人、ここK大学歯学部のOBの先生を存じ上げていますが、その先生は医専大口腔保健工学科の先生方とも繋がりがあります。くわえて、そこで勤務している歯科衛生士さんは、医専大口腔保健学科のOGでして、たしか飯田橋に本学がある**歯科大学が運営している吉祥寺の方にあるクリニックで接触嚥下機能のリハビリテーションの研究をされてマスター(修士)を取得されたと聞いていますので、この一件もおそらく親身になって対応して頂けると思われます。」と、自らの見解を述べた。

E先生は教授に「ええ、それは良い考えであると思います。しかし、そうした先生をこちらにお呼びして実習なり講義をお願いすることになると思うのですが、それに掛かる費用はどこからか拠出することが出来るのでしょうか?」と、現実的な質問をされた。それに対し教授は「ああ(医専大の)HとMには少し前に軽く云っていたんやが、ワシや補綴の先生方で以前から歯科技工の新技術に精通された先生を医専大の実務家教員にて用いることを提言していたんやが、それが県庁かK大学執行部を通じて医療専門職大学運営機構に届いて、今回ようやく少し予算がついたんや。」とのことであった。

そして、E先生と私は、教授からの指示により、CAD/CAMなどの歯科応用についての先進的な取組みをされている東京・首都圏の歯科医師とコンタクトを取り、そして、可能であるようならば医専大の実務家教員の話をして、次に進める準備を整えてくることになった。また、今回の東京訪問に際しては、教授が以前勤務されていた**歯科大学の歯科理工学講座に挨拶がてら、以前に作成依頼を受けていた測定試料を渡し、そして可能であれば、その測定試験にも立ち会い、条件が同一であることの確認をしてくるといった用向きもあった。

さらにE先生の方は、御自身の母校に設置されている口腔保健工学科に訪問して、実務家教員に相応しい先生をあたるといった用向きも別途追加された。

ともあれ、その後に実習補助のためにまた医専大に行くと、実習前の時間にH先生から「今度、東京に行ってD先生に会うみたいだね。「どうぞよろしく」と伝えておいてください。それと、今回選ばれる先生がウチ(医専大口腔保健工学科)に来て実習や講義をすることになったら、その先生が運営する歯科医院に、ウチの学生さんが見学や研修で訪問させて頂くことになるかもしれないから、その歯科医院の技工設備・規模も一通り見てきて欲しい。」とのことであった。

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2021年12月15日水曜日

20211214【架空の話】・其の74 【モザイクのピースとなるもの】

K大学大学院の博士課程3年目のある日の夕刻、医専大のE先生が講座に訪れてからしばらく経ち、私と云えば、実験室で新たな実験の準備のため、数種類のジルコニア半焼結体から低速ダイアモンド・ホイール・ソウを用いて試料切片の作成を試みていた時、E先生が実験室に入ってきて「ああ、ちょっと**さん、今S教授が用事があるから来て欲しいと仰っているのだが・・」と、少し遠慮した様子で声をかけて来られた。

私は、感覚的に今回の切片切り出しが、あと30分程度はかかると踏んでいたため、ダイアモンド・ホイールの回転速度をさらに少し落とし、潤滑油(ルーブリカント)をさらに少しだけ追加して「はい、わかりました。この切り出しはあと1時間程度は掛かると思いますので、丁度部屋からペーパーを取って来ようとしていたところです。それでS教授の用事とは何でしょうか?」と訊ねると、E先生は「ああ、それはS先生が直々に話されるけれど、ウチの大学(医専大のこと)の実務家教員のことについてだよ・・。まあ、とりあえず行こうか。」といった感じの返答であった。そこで私は早々に手と顔を流しで洗い、ベルトに引っ掛けていた手拭で拭いて、その手拭を尻ポケットに収め、E先生の後について教授室に向かった。

桝形を抜けて室内に入ると、S先生は入ってすぐの場所に置かれたテーブル周囲にある椅子の一つに座り、ノートパソコンを開いて画面を見つつ、何やら考えごとをしている様子であった。E先生がS先生に「先生、**君を連れて来ました。」と云うと、S教授はPC画面から、こちらに目を上げ「おお、ご苦労さん、それと**、実験の最中に悪いな、しかし、ちょっとお前等みたいに東京に詳しい連中の意見を聞きたいと思うてな・・。まあ、二人とも適当に座れ。」と云われた。E先生と私は空いている椅子に腰を下ろしてから、E先生がおもむろに「S先生、医専大口腔保健工学での実務家教員の件であると思うのですが、それと東京が何の関係があるのですか?」と教授に訊ねた。すると「・・うむ、医専大には実務家教員という、まあ非常勤講師の枠が所謂普通の大学と比べ多いのだが、それで、これまでの実務家教員・非常勤講師は、県内あるいは宮崎や熊本で開業されている研究好きで熱心なウチの研究室に縁のある先生方にお願いしてきたんやが、来年度からは、未来の歯科技工についてのビジョンを持ちつつ臨床活動をされている先生方にも実務家教員をお願いしようと思っておるのだ・・。そこで、お前等、東京もしくはそのあたりの開業医で、誰か相応しいと思う先生は知らんか?」と訊ねてこられた。

以前にも述べたが、E先生はこちらのご出身であるものの、大学学部、研修医期間は東京にて過ごされたことから、その地の歯科医療を含んだ、さまざまなことがらについて詳しく、S教授のお話しを聞きつつも早速、何やら考えている様子であった。 

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2021年12月14日火曜日

20211213【架空の話】モザイクのピースとなるものの背景について思ったこと・・

 今回の新規記事投稿により、総投稿記事が1668に到達します。この数値はあまりキリが良いものではありませんが、ともあれ、そうしますと、残り32記事の投稿にて1700記事到達となります。

他方で、今月・今年は残り17日あまりですので、この期間内に10記事+αほど投稿しておきますと、来年1月での記事投稿が多少楽になると思われますので、本日も当初はあまり気乗りがしませんでしたが、とりあえず作成しておこうと考え、さきほど来から何やら書き進めている次第です。

そういえば、今月当初から改めて【架空の話】の続きをいくつか作成しましたが、その理由は以前の投稿記事においても述べましたが先月末頃に続けて「たまにブログ読んでいるけれど、【架空の話】に時折面白いのがあるね。」という主旨のことを云われたからです。

また、云われた後、しばらく経て分かったことですが、それらの方々は、共通して大学研究者でした。とはいえ、それは【架空の話】の内容に近い医歯学系ではなく、工学系・人文系分野の先生方であり、私としましては、医歯学系の先生方に云われるよりも幾分か嬉しいと云えます。

くわえて工学系・人文系分野の先生方が【架空の話】を読まれて、何について興味深く思われたのかと思い、人文系の方に訊ねたところ「自分がほとんど知らない分野の方々の生態というか文化のようなものが書かれているところが面白いですね。」といったお返事を頂きました。

とはいえ、その作中にあるK医療専門職大学は、あくまでも架空の高等教育機関であり、そのカリキュラムなど教育課程の詳細については、あまり詰めてはおらず、未だ、その課程のなかで有意に多いとされている「実習」については「どのようなシステムになるのだろうか・・」と架空であるにも関わらず、勝手に悩んだりしています・・・(苦笑)。

おそらく、専門職大学での歯科技工士養成における「実習」の場合、鋳造などの、これまでの技術を主とした歯科技工を行っている技工所と、CAD/CAMに用いる装置・機器などを多く備えた、いわば将来の技術を多用した技工所の双方での実習期間を設けることが望ましいように思われます。

また、実務家教員としては、これまでの歯科技工士養成課程と同様、その多くを歯科医師があたることになると思われますが、これについては、しばらくはこのままで良いと思われます。

将来、そうした教育を経て、これまでの各種機器にくわえ、CAD/CAMに用いる装置・機器の扱いに長け、さらに、それら機器を用いた実験系なども組み立てることが出来る歯科技工士が登場してくるものと思われます。

そういえば、以前に(実在の)四年制大学での歯科技工士養成課程を経て、さらに修士・博士課程に進まれた方と何度かお話をする機会がありましたが、たしかに、その方は私などよりもはるかに優秀であり、また、手先も器用であると思われたことから、前述の将来とは、思いのほか早く訪れるのではないかとも思われる次第です。

そして、そこまで書いていて、不図、【架空の話】の次の題材を思い付きましたので、そのキーワードを「新しい投稿」に記しておき、また本日の記事については、このあたりにさせて頂こうと思います。

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2021年12月11日土曜日

20211211【架空の話】・其の73 【モザイクのピースとなるもの】

以下、聞いたハナシではあるが、K医療専門職大学が新設されて2年目、EU非加盟の西欧某国大使館から県庁経由にてK医療専門職大学に問合せがあり、某国の高等教育行政に携わる方々が、医療介護専門職を養成する日本の新たな種類の高等教育機関を是非、見学したいとのことであった。

しかし、わざわざ何故、九州辺縁にあたるKの専門職大学の見学を所望されたのかと考えてみると、イマイチ判然とせず、あるいは人によると「幕政末期の頃、Kと某国が戦争をして以来、現在に至るまでさまざまな交流があるのだ。」とのことであったが、これはあながちウソともいえず、また医療の絡みであると、明治日本が医学の手本とする国をドイツ一辺倒として定めることにより、それまでお雇い外国人であったドイツ以外の医師達は、いわば用済みとして多くが解雇となったが、そうした中の一人である某国人医師WはKに留まり、地域での医学教育や医療の発展に尽くしたとのことであった。

しかし、あとで聞いたハナシによると、そうした過去からの因縁も多少はあるのかもしれないが、そもそも、この視察団はK以外に四国、瀬戸内、山陰の専門職大学も見学する予定とのことであった。また、それと関連して、近畿・関西そして、それ以東の地域に対しては別の某国視察団が訪問していたかは不明であるが、これについても、少し面白い意見を聞いた。それは「日本を出自とするノーベル賞受賞者は、その多くが西日本出身であり、そこから、この地域にある何らかの特色・特徴を見出そうという目的があったのだ。」とのことであったが、これに関しては多少、誇大妄想の感があるように思われる・・。

とはいえ、その見解に至るまでの背景は事実であることから、それは某国よりも自国にて、さらに精査することにより、何らかの有意な見解を見出すことが出来るのではないかとも思われたが、さらに、これについても、さきとは別方面ではあるが、少し面白い意見を聞いたことがある。その内容は「国内でも、そうした研究は為されていて、そこから、西日本の漁業が盛んな地域、あるいはその周辺において特に能力優秀な方々が輩出される傾向が認められることから、魚、特に青魚に含まれる成分が頭脳の働きを高めるのではないか・・。」とのことであったが、これについても幾度が類似する見解を聞いたことがあり、これもまた、その背景は少なくとも、全くの間違いではないことから、興味深い未解決の疑問として現在にまで至る。

さて、この某国視察団の来訪に際し、通訳が必要ということになり、当初、医専大近隣のK大学法文学部の語学を専門とする教員に通訳依頼が行っていたが、来訪数日前に体調を崩されてしまい、急遽、通訳の代理が必要となった。そして、この代理通訳となったのが、さきのH先生であった。

この視察団訪問の折り、H先生は県知事や医専大学長(K大学医学部教授との兼任)等の雲上人に混ざり、視察団との間の円滑なコミュニケーションの促進に努め、そして、彼等をK空港にまで送った際には両手にて握手を求められて労われたとのことであった。そして、H先生には、こうした背景があったことから、後年、私がD3の頃、某国の大学へ留学されることになったという意見を聞いたが、これもまた眉唾ものであったと云えよう・・。とはいえ、そのような背景からの説明であっても、決してウソとは云えないことから、それらをある程度自然なモノガタリとして結節することが可能な経験をされている方に、自然と、そうした縁のようなものは流れて行くのかもしれない・・。

また、この一件を契機としたのか、翌年からH先生は口腔保健学科・口腔保健工学科の1年生を対象とした教養科目「歯科英語」の担当として、あたるようになったとのことであった。

今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!
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