2020年11月10日火曜日

20201110【架空の話】・其の43

もしもお好み焼きに麺が入っていたならば違っていたかもしれないが、とりあえずは完食することが出来た。またBの方も同様で、完食後も落ち着いた様子で、店内設置のテレビで番組を観たり、スマホ操作などをしていた。

後続の客はあまりいなかったため、その後店内は混雑せず、急かされることもなく食後の休憩が出来たが、一段落着いたと見える、さきほどの店主がこちらのテーブルにやってきた。スマホを触っていたBはそれに気が付くと、急いでスマホを椅子にかけてあるウィンド・ブレーカーのポケットに押し込み、立ち上がった。すると店主は「やあ、どうも久しぶりだね。その後K銀行に行くことになったと聞いているけれど・・。」と訊ねてきたが、そのイントネーションは首都圏では聞かれない独特のものであった。それに対しBは「はい、おかげさまで、どうにか入行しました。それと**君は、たしか今年が国家試験かと思いますが?」と訊ね返した「**君」とは、話の雰囲気からして、店主の息子さんのようである。すると店主は「そうそう、もうじき2月末に国家試験があるとかで、去年の年末はこっちに帰ってこなくてね、大学のある延岡の方で籠って勉強していたよ・・。まあ、上手くいけば良いけれどね・・。それと来年は下のヤツが受験でね・・これは女の子だから、出来るだけ近くの大学が良いと考えているんだけれどね・・。」といった会話をしていた。

私は方は特に話題に入ろうとはせずに、ぼんやりとテレビを観ていたが、しばらくして「じゃあ、また。」といった感じで店主がカウンターの向こうに戻ると、Bも椅子に座り、しばらくは威儀を正していたが、やがて落着き、私に「それじゃあ、もうすぐ出ようか?」と聞いてきた。私の腹も随分こなれて落着いたことから、同意する代わりに、荷物をまとめて立ち上がった。Bはそれを見て、先にレジの方に行き支払いをしようとしたらしいが、さきほどの薄い紺のエプロンの女の子に何か云われて、困ったような顔をしていた。どうやら、店主から代金を受け取らないように云われているようであった。私も財布を出して、代金を支払おうとすると、それをBが止め、そしてまたそのBの支払いを女の子が止めるという、少しおかしな状況が現出したわけであるが、奥の方から店主の声で「また、娘の進路の件で親父さんに話を聞いてもらうかもしれないから、今日の支払いは一先ずナシっちゅうことで。」と云われてBも引き下がり「それではご馳走になります。」と柱などでハッキリとは視認出来ない店主に向かって頭を下げた。私もそれに倣って頭を下げ「ありがとうございます。ごちそうになります。」と御礼を述べた。

店から外に出ると、あらためて寒さが肌を刺したが、天気は晴れており陽はさしていた。そしてまたBの軽バンに乗ると「ここからはすぐだから。」と云って発車した。コトバ通り、そこから1、2分で不動産屋の駐車場に着いた。そしてまたBを先頭に自動ドアから店舗に入ると「ああ、どうも、ハナシは聞いていますよ。後ろの方が部屋をお探しの方ですか?」と、これまた、さきと同様の独特のイントネーションで、ブラウスにベストといったオフィスの制服らしきものを着た「元気な50代」といった感じの女性が声を掛けて来た。私は「はい、そうです。どうぞよろしくお願いします。」と云ってはみたものの、それよりもBが「ええ、今回はよろしくお願いします。」と、これまで聞いたことのなかった、大きな声の郷音にて返事をするのに少し驚き、圧倒された。


女性の方は、そういった返事を聞くまでもない様子でダウン入りのベンチコートのような至極暖かそうなコートを羽織り、キーボックスから自動車の鍵を取り出し、こちらの方にやってきて、カウンターの上に置いてあったそこそこ厚いファイルを抱えて「それじゃあ、早速に見に行こうか。」と我々を促した。

おそらく店内に入ってから1分もしないうちに再度、外に出ることになったわけであるが、こうした反応の速さもまた、一つの飾らないサービスなのだろうと感じられた・・。


そして、ワゴンの社用車にて、アパートを何件か廻ることになったが、この女性スタッフは車内でも運転しながら気さくに話しかけてくれて、こちらの希望も過不足することなく自然に伝えることが出来たように思う。

何件目かの物件が、丁度市電の駅とJR線の駅が重なる、K大学病院の最寄り駅から徒歩10分程度の大学病院へのぼる坂のふもとにあるアパートであったが、このアパートの住人の殆どはK大学の医療系の学生さんとのことであり、たしかに駐車場には学生さんが好みそうな感じの自動車が何台か停まり、また、その中には、ご実家が裕福なのか、外国車も停めてあった。

また、女性スタッフは、私が進むことになった口腔保健工学科は、実習などでk大学に行くことが多くあると聞き、それで、このアパートの立地は、専門職大学のキャンパスへも市電か自転車などで通うことが出来るから、良いのではないかといった意見を述べられた。

このアパートは家賃は特別に安いわけではないが、その立地が良く、また部屋が比較的キレイで広かったことから、一番好ましく感じられた。ともあれ、少し逡巡した様子でいると、それまでは無口であいたBが横からボソッと「ああ、ここだったら良いね。」と云ったことから「分かりました。あとの候補もあるかもしれませんが。ここが良いと思います。しかし、もしも、ここに決めましたら、少なくとも3年間は住むことなると思いますので、少しだけでも家賃などをお値引きして頂けれましたら、大変ありがたいのですが・・。」と云ってみると、女性スタッフは「そうですね。でもこの物件は、とても良い場所にあって、部屋も新しくキレイなので、ほっておいても入居希望者はいらっしゃいますので・・。」といった強気な返事であった。

そこで「これは、もう値下げ交渉はダメだろう。」と観念すると、またBが「分かりました。じゃあ、他の物件を見に行きましょう。」と双方を見て云うと、スタッフの方は少し黙ってから、ファイルを開き、続いて電卓を弾いてから、おもむろに「・・じゃあ、Bさんのご紹介だから、他の人に云わないでくださいよ・・。と云って「ひと月の家賃」とのことで電卓の数字を示した。その数字は当初よりも数千円程度下がり、またキリの良い金額になっていたことから、そこで同意して、契約をすることにした。割と早い部屋探しであるものの、後になり現在となっても、それは悪くない契約であったと思われた。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!





ISBN978-4-263-46420-5

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