2023年10月14日土曜日

20231014 株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」 pp.225-228より抜粋

株式会社河出書房新社刊 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」
pp.225-228より抜粋
ISBN-10: 4309227880
ISBN-13: 978-4309227887

過去数十年は、人間の歴史上最も平和な時代だった。暴力的行為は、初期の農耕社会では人間の死因の最大15%、20世紀には5%を占めていたのに対して、今日では1%にすぎない。とはいえ、2008年のグローバルな金融危機以降、国際情勢は急速に悪化しており、戦争挑発が再び流行し、軍事支出が増大している。1914年にオーストリア皇太子の暗殺がきっかけで第一次世界大戦が勃発したのとちょうど同じように、2018年にはシリアの砂漠で何か事件が起こったり、朝鮮半島で誰かが無分別な行動を取ったりしてグローバルな争いが引き起こされはしないかと、素人も専門家も恐れている。

 世界の緊張の高まりと、ワシントンや平壌、その他数か所の指導者の性格を考えると、心配の種は間違いなくある。とはいえ、2018年と1914年の間には、重要な違いがいくつかある。具体的には1914年には世界中のエリート層は大きな戦争に魅力を感じていた、なぜなら、戦争で勝利を収めれば経済が繁栄し、政治権力を伸ばせることを示す具体例に事欠かなかったからだ。それに対して2018年には、戦争による成功は絶滅危惧種のように珍しいものに見える。

 アッシリアや秦の時代から、大帝国はたいてい力づくの征服によって築かれた。1914年にも、主要国はみな、戦争での勝利によってその地位を得ていた。たとえば大日本帝国は中国とロシアに対する勝利でアジアの大国になり、ドイツはオーストリア=ハンガリーとフランスに勝ってヨーロッパの最強国の座に就き、イギリスは各地で次々に小さな戦争を見事に勝ち抜いて世界で最も大きく裕福な帝国を築いた。

 たとえば1882年、イギリスはエジプトに侵攻し、わずか57人の兵を失っただけでテル・エル・ケビールの決戦に勝利し、エジプトを占領した。今ではイスラム教国を占領するというのは西洋人にとっては悪夢の材料だが、テル・エル・ケビールの戦いの後、イギリスではほとんど武力での抵抗に遭わず、70年以上にわたってナイル川流域とスエズ運河という要衝を支配し続けた。他のヨーロッパの大国もイギリスを手本とし、パリやローマやブリュッセルの政府がヴェトナムやリビアやコンゴへの出兵をもくろむときにはいつも、恐れていたのはよその国に出し抜かれることだけだった。

 アメリカでさえ、ビジネスだけではなく軍事行動のおかげもあって、大国としての地位を確立した。同国は1846年にメキシコを侵略し、カリフォルニア、ネヴァダ、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコに加えて、コロラドとカンザスとワイオミングとオクラホマの一部も占領した。その後に結んだ平和条約で、すでに行っていたテキサスの併合も承認された。この戦争でアメリカ兵約13000人が亡くなったが、国土は230万平方キロメートル増えた(これはフランス、イギリス、ドイツ、スペイン、イタリアを合わせたよりも広い)。2000年紀(西暦1001~2000年)でこれ以上ないほど有利な取引だった。

 したがって1914年、ワシントンやロンドンやベルリンのエリートたちは、戦争に勝利を収めるとはどういうことか、そしてそこからどれほど多く手に入れられるかを知り尽くしていた。それに対して2018年には、世界のエリートは、これほど旨みのある戦争はもうなくなったのではないかと考えている。もっともなことだ。第三世界の独裁者や非国家主体の一部は、依然として戦争でうまく栄えているものの主要国にはそれはもう無理のようだ。

 現在生きている人々の記憶にあるうちで最大の勝利である、ソ連に対するアメリカの勝利は、大きな軍事衝突が一度もないまま達成された。それからアメリカは第一次湾岸戦争でつかの間、昔ながらの軍事的勝利の栄誉に浴したが、それに味を占めてイラクとアフガニスタンでの軍事作戦に何兆ドルも浪費した挙句、屈辱的な大失敗を経験する羽目になった。21世紀初頭の新興大国である中国は、1979年にヴェトナム侵攻が不首尾に終わって以来、武力紛争はひたすら避けてきた。したがってその台頭は、もっぱら経済的要因のおかげだ。この点では中国は1914年以前の日本やドイツやイタリアの帝国ではなく、1945年以後の日本とドイツとイタリアの経済の奇跡を見習ったわけだ。こうしたケースのどれでも、経済の繁栄と地政学的な影響力は、一発の銃弾も発射することなく獲得された。

 世界の格闘場とも言える中東においてさえ、地域大国はみな、戦争を起こして勝つ方法を知らない。イランは長く血なまぐさいイラン・イラク戦争からまったく得るものがなかった。だから、その後直接の軍事衝突はすべて避けてきた。イランはイラクからイエメンまで、各地の地元の運動に資金や武器を提供し、革命防衛隊を送り込んでシリアとレバノンの味方を助けてきたが、これまでのところ慎重な態度を保って、どの国も侵略していない。イランは最近、地域の覇権国になったが、それは戦場での見事な勝利によってではなく、戦わないことによってだった。二つの主要な敵国であるアメリカとイラクが戦争を始めた挙句、両国とも中東の泥沼に足を踏み入れるのはもう懲り懲りという気になったため、イランは旨い汁を吸うことができたのだ。

 ほとんど同じことがイスラエルにも言える。イスラエルが最後に戦争で勝利したのは1967年だった。それ以降、多くの戦争をしたが、そのおかげではなく、そうした戦争があったにもかかわらず繁栄した。占領した地域の大半は、イスラエルに多大な経済的重荷と政治的責任を負わせた。イランとよく似て、イスラエルは最近、戦争を起こして勝利することではなく、軍事的な冒険を避けることで、地政学的な地位を改善してきた。仇敵であるイラクやシリアやリビアが戦争によって荒廃するなか、イスラエルは距離を保ち続けた。(2018年3月現在まで)シリアの内戦に巻き込まれなかったのは、ネタニヤフ首相の最大の政治的業績だろう。イスラエル国防軍は、やろうと思えば1週間以内にシリアの首都ダマスカスを陥落させただろうが、そこからイスラエルが得るものなど何があっただろうか?イスラエルは繰り返しそれを思いとどまってきた。イスラエルは、あれほどの軍事力を持ち、政治家は好戦的な発言をしているが、戦争から得るものなどはほとんどないことを承知している。イスラエルも、アメリカや中国、ドイツ、日本、イランと同じで、21世紀には、中立の立場を守り、他の人々に代わりに戦ってもらうのが最善の策であることを理解しているようだ。