2016年9月18日日曜日

20160917 筑摩書房刊 丸山眞男著「忠誠と反逆」pp.234ー237より抜粋引用

明六社的啓蒙思想がフランスの百科全書家ほどラディカルでなかったとすれば、なにより伝統的思考の範疇を打破し転回させるという点の不十分さという点にこそ問題の所在を求めねばならぬ。

それにしても明六社の思想は十年代以後の自由民権論に比べて、政治的急進性において劣っていたものを、啓蒙主義本来の課題の方法的自覚において補っていたといっても必ずしも言い過ぎではない。

明六社のような非政治的な目的をもった自主的結社が、まさにその立地から政治を含めた時代の重要な課題に対して、普段に批判して行く伝統が根付くところに、はじめて政治主義か文化主義かといった二者択一の思考習慣が打破され、非政治的領域から発する政治的発言という近代市民の日常的モラルが育って行くことが期待される。

その意味では、この明六社が誕生わずか一年余りで讒謗律、新聞紙条例といった維新政府の言論弾圧によって解散しなければならなかったということは、近代日本における開いた社会の思考の発展にとって象徴的な出来事であった

これ以後にもっとも活発に社会的に活動する自主的結社は、ほとんど政党のような純政治団体に極限されていかざるを得なかったのである。

けれども、政治団体が自主的集団を代表するところでは、国家と独立した社会の十全な発達は期待できない。

むしろ本来的に闘争集団であり権威性と凝集性を欠くことのできない政治団体にたいして、開いた社会への垂範的な役割を託するということ自体に内在的な無理があるというべきであろう。

政治と異なった次元(宗教・学問・芸術・教育等々)に立って組織的化される自主的結社の伝統が定着しないところでは、一切の社会的結社は構造の上でも機能の上でも、政治団体をモデルとしてそれに無限に近づこうとする傾向があるし、政党はまた政党で、もともと最大最強の政治団体としての政府の小型版にすぎない。

それだけにここでは一切の社会集団がレヴァイアサンとしての国家に併呑され吸収されやすいような磁場が形成されることとなる。

交詢社」などの使命とした「社交」がその後たどった運命はどうであったか。
維新以来のもっとも著名な知日家の一人であるB・チェンバレンは、この国の自然の風景の素晴らしさと対蹠的に「社交」がおそろしく退屈(ダル)なことをのべ、「日本における善美なもののカタログをひろげれば随分沢山ある。
けれども諸君の教養ある魂が客間やコンサートホールのよろこびを憧れはじめたら、諸君はむしろ故国へ帰る切符を買った方がいい」(Things japanese, 6th rev. ed., 1901, 〔1st ed., 1890〕のなかの“Society”の項)と勧告しながら、そこに潜む根本問題についてつぎのような定式化をこころみている。

日本では、社交界というのはほとんど全く政府筋のものである。イギリスで田舎の名門といえば、官職を引き受けるのも引き受けないのもあるが、引き受けた場合にも、それですこしでも家門の名誉が増すわけではなく、それどころか逆に官位の方に箔が付くのであるが、そういった意味の名門に当たるものが日本には皆無である(中略)

日本では皇室が事実上唯一つの名誉の源泉であり、一旦敗れた大義名分(コーズ)にはこの国では誰も味方に付き手がない。
(中略)皇室(というよりも皇室の名において行動する者なら誰でもいいのだが)は古い封建制の廃墟の上に新たな官僚制を築いたが・・・この官僚制こそ国家そのものでありまた社交界でもあって、いかなるライヴァルの存在をも始めから排除してしまうような、本来の意味での貴族制なのである。
・・・実際日本の社会では官界が圧倒的なエレメントであり、政府の援助なしには何一つできない。

アングロ=サクソンはこうした個人主義の欠如をもって、とかく弱さの源泉と断定しがちである。

しかしこうした見方にたいして、日本の驚異的勃興―日本が政府の指導下の奮励によってたった一世代の間にかちえた地位―はまさに抗し難い反証となる。

日本はプロシアのように中央集権化を通じて成功した。
その四千三百万の国民はあたかも一人の人間のようにうごくのである」。

無数の閉じた社会の障壁をとりはらったところに生まれたダイナミックな諸要素をまさに天皇制国家という一つの閉じた社会の集合的エネルギーに切りかえて行ったところに「万邦無比」の日本帝国が形成される歴史的秘密があった、チェンバレンのいう反証がはたして、またどこまで、反証でありえたかを、すでに私達はおびただしい犠牲と痛苦の体験を通じて知っている。
しかし、その体験から何をひき出すかはどこまでも「第三の開国」に直面している私達の自由な選択と行動の問題なのである。」

ISBN-10: 4480083987
ISBN-13: 978-4480083982