2023年7月31日月曜日

20230731 ブログ休止期間に文章作成について思ったこと

ここ最近、ようやくブログ記事作成が日課ではなくなったことが身体感覚として定着してきたためでしょうか、睡眠が少し深くなったような感じがあります。そして、こうした期間がしばらく続くことは嬉しいのでしょうが、またしばらくしたら再開して、そして投稿記事数は関係なく、あと2年間、つまり来る2025年の6月22日まではブログ記事作成を行い、10年間の継続が出来れば良いと考えています。

とはいえ、冒頭に述べました通り、昨今、ブログ記事の更新を止めて、休息モードが定着しつつはあるのですが、それでも日常のさまざまな時に、考えや想念が浮かび、それが文章となっていく様子は、不思議なことに、かえって以前よりも明瞭に感じられるようになった感もあります。

そして、そうした時に記録出来るようにということもあり、外出時にはペンとノートを持参していますが、以下に、外出時に作成した文章を、あまり手を加えずに記してみます。

『本日は久しぶりに喫茶店でノートを開き、ブログ記事の下書きを作成している。また最近は、去る6月にブログ継続8年を迎えてから、あまり新規での記事作成・投稿を行ってこなかったために、こうした余裕のようなものが生れたのかもしれない。ともあれ、こうした口語がそのまま文語になったような文章であれば、その場において即物的な文章であれば比較的スムーズに作成出来るものであり、それは、こうした喫茶店といった、いわばアウェイの場所が齎す効果と云えるのかもしれません。これがいつもの自宅のPC前であれば、おそらくは、さきのような調子にて文章を作成することは困難であるのではないかと思われる。』

といった文章になって、そこから突然、自宅のPC前に戻り、その続きの文章を作成している次第ですが、たしかに、ここに書かれてある「アウェイの場所が齎す効果」のようなものはあると考えます。そのため、今後、おそらくは遠くないうちに、ブログ記事作成を再開すると思われますので、それまでに自分なりの試みとして、またさらに文章作成のスタイルを増やしてみたいと考えています。

その意味で、さきの喫茶店でのノートへの手書きした下書きは、後になり、当記事を作成するために、読み返してみますと、何やらまた違った考えが浮かんできて、それは、文章の作成にとっては刺戟となり、なかなか面白いものとなって、どうにかここにまで至っているわけですが、この期間を利用して、ChatGPTも含めて、新たな文章の作成法について検討してみたいと考えています。

そういえば、ChatGPTの登場は、私のようなブログ記事を主として文章作成を続けてきた者としては、かなり衝撃的なことではあったのですが、その後、しばらく操作していますと、ChatGPTには得意・不得意な分野があることが判り、つまり思いのほかに全知全能ではないことが理解出来て、むしろ、その運用の仕方について、自分なりに遊び半分にて色々と試みているのが現在であると云えます。

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2023年7月25日火曜日

20230725 没頭による感覚の洗練とデジタル技術

ここ最近、新規のブログ記事作成をしてきませんでしたが、私としては2000記事到達後の20記事以上の更新により、達成後の休止期間がうやむやになってしまい、変化を体感することが出来なくなってしまうと半ば真剣に考えたことから、冒頭に述べましたように、最近ブログの更新は行いませんでした。とはいえ、ブログ記事ではありませんが、文章の作成自体は、ほぼ毎日行ってきましたので、ブログ記事の作成が一時的になくなっても、あまり有意な変化はないのではないかと考えて、本日はまた久々に新規の記事作成を行っています。そういえば、この「ブロガー」のフォーマットでの記事作成は、かれこれ8年以上継続していますが、未だに「操作に慣れた」という感覚はなく、かといって特にイヤイヤというわけでもなく、おそらくは、ごく自然に記事作成に取り組んでいるのではないかと思われます。このPCの前に若干前のめり気味に座り、時々独り言を云ったり、おもむろに手近に積んである書籍の頁を開いてしばらく読み入ったり、そして時々はしばらく集中してキーボードを打っている姿は、どう見てもまともとは云えないかもしれませんが、しかし、私はこれまでの8年間、概ねそのようにして当ブログの記事を作成してきました・・(笑)。

小林秀雄がどこかで「人は創造的になっている時は決して自分を客観視出来るものではない」と述べていましたが、その考えから敷衍しますと、さきの記事作成の様子を述べた時の私は創造的でなかったと云えるかもしれません・・(苦笑)。ともあれ、この私の考えは、詭弁のようですが、しかしまた、さきの小林秀雄の見解も、読んでいた当時の私は「なるほど!」と強く感じたことから、そこまで明瞭ではないものの記憶されていたのだと思われます。実際、ブログ記事を作成していてまさに「興に乗っている」時は、もちろん、そこまで長時間ではありませんが、文章作成に没頭していると云えます。

おそらく、ある種の人々は、何かに没頭することによって、はじめて創造的な活動を為し得るのではないかと考えます。そしてまた、私見ながら、我が国は元来、そうした性質が他国・他民族と比べて相対的に強い傾向があるのではないかと考えます。そして、この没頭は、感覚の洗練をもたらし、それが我が国特有とも云える繊細さ、器用さに結節しているのではないかと思われるのですが、しかし昨今の時代潮流は、こうした感覚としての繊細さ、器用さを要する作業の多くが、各種デジタル技術による機械作業へと置換されようとしています。そして現在進行形にて、その様相を体感することが出来るのが、我田引水となってしまいますが、歯科技工の分野であると云えます。去る3月にドイツ・ケルンにて開催されたIDS2023に参加させて頂きましたが、これは私としてはかなり久しぶりの欧州訪問でしたが、彼の地で強く感じられたのが、先述のことでした。

と、ここまで述べてきましたが、比較的スムーズに興に乗りつつ作成することが出来たのではないかと思われます。また、さきの「繊細な感覚がデジタル技術へ置換されることへの危惧」の見解にはさらに続きがあるのですが、それはまた後日、当ブログにて書いてみたいと考えています。

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2023年7月16日日曜日

20230716 管理栄養士と歯科衛生士のダブルライセンスについて

我が国での栄養士の養成は、大正期から始まり、戦後からは国家試験が課される国家資格となりました。さらに、戦後の高度経済成長期には、栄養士の上位資格として管理栄養士の資格が設けられ、同時期に多くの大学にて、その養成学部・学科が設置されました。

現在、首都圏中心部の所謂「老舗女子大学」の多くには、管理栄養士養成学科が置かれていますが、その設置された背景には、この社会状況があります。一方、歯科衛生士についてもこれと同様、戦前に西洋から資格の概念が移入されて、戦後に国家資格となり、そして高度経済成長期に養成施設が増加しました。

さて、管理栄養士に話を戻し、初期には「老舗女子大学」に多く設置された管理栄養士の養成学部・学科は、主に家政学系統に分類されていましたが、後になると公立大学などの地域の医療・福祉系専門職人材の養成を担う学部・学科にも設置されていきました。大変興味深い事例として、国立大学法人の徳島大学では、医学部に医科栄養学科として管理栄養士養成学科が置かれています。

ともあれ、これら管理栄養士と歯科衛生士のダブルライセンス取得が可能になることにより、栄養と口腔に関する専門知識を組み合わせることが可能となり、多くのメリットが生じます。そして、そうした方々が増えることにより、社会全般での栄養と口腔の健康に対する理解・認知が深まり、患者さんへの総合的なケアが可能になります。管理栄養士としては、患者さんの健康状態に応じた食事アドバイスや特定の疾患による食事制限や栄養補助についての的確な指導が行えます。同時に、歯科衛生士としては、口腔内の健康管理において栄養面の配慮が重要となり、治療後の食事指導や栄養との関連性から、患者さんの口腔状態を改善することができます。

このダブルライセンス取得によって、病院や歯科医療機関はもちろん、保育園、学校、福祉施設、企業など多様な職場での活躍が期待されます。双方免許を取得するには時間と努力を要しますが、他方で市場価値は高まり、専門職としての成長にもつながると思われます。また、両職種の組み合わせにより、地域社会の健康づくりに、さらに貢献できるものと思われます。そして今後も、管理栄養士と歯科衛生士は、社会においてより一層重要な存在となることが予想されます。

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2023年7月10日月曜日

20230710 19世紀後半から続く我が国の「文明開化」・「開化」について④

この西洋からの圧力によって我が国は自然ではなく、無理に発展せざるを得ない状況になってしまいました。そのため、近代以降の我が国の開化は、ゆっくりと内発的に進むことはできずに、無理をして大きなステップにて進んで行かなければならず、地面に足が触れる時間は短く、ごくわずかを触れ、他の多くの部分は触れずに進んで行きます。これが外発的という意味です。

他方で、我々の意識は常に動いています。この意識の一部を調べてみますと、その内容は時間とともに変化して、また、明るさや暗さが生じることがわかります。こうした表現では少し理解し難いかもしれませんので、もう少し詳説しますと、意識の一部を単純化して考えてみますと、物事を意識して理解するためには時間が必要であり、その意識は無意識から一定の時間を経て頂点に至り、その理解が明確になり、その後は段々と意識は鈍くなり、ぼんやりとしていきます。こうした心理状態の推移は実験によって証明されます。具体例を挙げますと、読書に際して、書面に単語A、単語B、単語Cが順番に現れたとき、これらの単語を順番に理解していく過程は自然と云えます。はじめ、Aが明確に現れる段階では、まだBは意識上にありません。やがてBが意識に現れ始めますと、最初のAは漸う薄くぼんやりとし、徐々に意識上から消えていきます。そして、これがCに移る際にも、さきと同様の過程が繰り返されるのですが、この一連の過程は複数の例から観察される事実と云えます。

そしてこの観察は、心理学者が短い時間での意識を解析して我々に示したものであり、またこの観察は、個人の意識のみならず、集団意識や長時間の意識においても応用可能であると考えます。例えば、こうしたブログ記事を読んでいますと、あるいは徐々に興に乗じて、直前に経験したことは、意識の隅の方に行って不明瞭になり、やがて当記事を読み終えた頃には、涼しい風が吹いていることに気が付き、その心地良さに、今度は当記事の内容が意識の隅へと追いやられてしまうのです。とはいえ、これは先述したように観察された事実であることから、歎いていても助けはありませんし、仕方がありません。

そこで、こうした意識の性質を無視して、気合を入れて長文のブログ記事を作成しても、それは往々にして読まれる方々の意識の流れを無視することになりますので、そうした主張はほぼ受入れられることはありません・・(苦笑)。何故ならば、そうなると、当ブログを読むことが内発的な興味によるものでなく、さきに述べたように外発的なものになってしまうからです。

そして、これまで述べてきた内容を加味・勘案して、一連の当記事の主題である我が国の「文明開化・開化」に戻しますと、我が国の開化は、自然の波動を描いて甲の波が乙の波を生み、乙の波が丙の波を引き起こすようにして内発的に進んでいたのかが問題とされていましたが、我が国の場合は、端的にそうではないと云えます。

これまでに何度か述べましたが、開化とは、活力の節約と消耗の二つの側面に制約されながらも、外部の圧力によって進展が加速されることがあります。そして、その経路はほとんど自覚されないほどです。つまり、古い波から新しい波に移るのは、古い波に我慢ができなくなり、内部からの必要性から新しい波が展開されるからです。こうして古い波の良し悪しやその実相を理解した後、次の波に移ることができるです。そのため、経験し尽くした古い波に未練はなく、新しい波に移行しながら世間体を整える必要はありません。

しかしながら、我が国近代以降の開化は、西洋文化主導の潮流に支配されてきました。そして我々日本人がその波に乗り出すこと自体が本来は異質であり、居心地の悪さを感じることも多々あったことでしょう。そうした中で新しい波に移行する前に、古い波の特徴や真相を理解する余裕がないままで、捨てなければならないことも度々あったことでしょう。これは食卓において、一つの食事が終わる前に次の食事がすでに用意されるようなものです。そのため、この開化の影響を受ける人々の多くは、空虚感や不満、不安を抱くものと思われます。また、このような開化を自慢する人々はあまり好ましくありません。それは端的に軽佻浮薄であり、あるいは、タバコの味を分からない子供が無理をして美味しそうにタバコを吸っていると見せかけることのように生意気とも云えます。しかしまた、無理をしてでも、このような状況に立ち向かわなければならない、ならなかった国民もまた、相当に悲しいものがある、あったと云えます。

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20230709 19世紀後半から続く我が国の「文明開化」・「開化」について③

そして、実際にそうであったからこそ、訪問から郵便そして電報から電話やメールへと、進化とも云える変化を遂げてきたのではないかと考えます。これは要するに、あまりやりたくない仕事は避けて快適に生きたいというわがままな要求や、あるいは働いても報われないといった不満から、さきの活力節約の側の力が大きくなり、やがて事態の変化・発展をもたらす力へと成長するのではないかと思われるのです。以上が、さきに述べた「義務に対しての消極的な活力節約と、道楽に対しての積極的な活力消耗の双方が相互作用」を具体的に述べたものですが、これら性質の相互作用とは、往々にして同時代での道徳観と合致するものではなく、あるいは非難されることもあるのでしょうが、しかし実際のところ、こうしたダイナミズム(相互作用の過程)を経ることなしに、事物とは進化的に発展することは難しいのではないかと思われます。

そして実際、この活力節約の願望から生まれた様々な発明や技術と、活力消耗という娯楽としての側面が絡み合い、混沌とした開化現象が生じています。これは、人間生来の進歩を追求する本能的な傾向から派生する一種のパラドックスであると云えます。しかしながら、我々は何千年もの間に時間をかけて進化してきた結果、生活はより楽にはならず、実際の困難さはあまり変わらないのです。これは開化の進展に伴い競争が激しくなり、生活が違う意味でますます困難になってきたからであると云えます。例えば、勉強の競争において小学生と大学生では異なるかもしれませんが、根本的には同じ課題に直面していると云えます。つまり、昔と現代の人々では、幸福度や不幸度には違いがあるかもしれませんが、生存の不安や努力に関しては昔と変わっていないということになります。あるいは異言しますと、かつては生き残るために戦って必死に努力をしましたが、今では生きるかどうかではなく、どのような状態で生きるかという競争が展開されているのだと云えます。

ここでは我が国の開化の特殊性について説明します。一般的な開化とは、内発的であるのに対し、我が国の開化は外発的であると云えます。内発的な開化とは、自然な形で内部から進展することであり、外発的な開化とは、外部の力によって形を取らざるを得ないことを意味します。その意味において西洋の開化は自然な流れで進んできたと云えますが、それは我が国の開化とは異なります。他国と接触する際には影響を受けることは避けられませんが、長期的に見れば、日本の開化は比較的内発的に進んできたと言えます。ただし、鎖国政策が終わり、突如として西洋文化の影響が強く現れたことは例外的な衝撃でした。日本の開化は急速に変化しました。外部の刺激によって自己の能力を失い、他者の意見に従わざるを得ない状況に陥ったのです。この状況は一時的なものではなく、数十年前から続いており、今後も続くでしょう。我が国には他に方法がないため、外部の刺激によって押され続けるのです。その理由は明らかです。先述の開化の定義に戻れば、西洋の開化は労力を節約し、娯楽に積極的に取り組む方法を持っています。つまり、内発的に進んできた段階で、急に複雑な開化が現れ、私たちに圧力をかけたのです。

この圧力により、我々は自然な進展ではなく、無理に発展せざるを得ない状況になりました。そのため、近代以降の我が国での開化は、ゆっくり進むことはできず、大きなステップにて進まなければなりません。足が地面に触れる時間は短く、そして一部のみを通過します。他の部分は通過しません。これが外発的という意味です。

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2023年7月8日土曜日

20230707 2013年以来の「くだり調子」の払拭のために・・

そういえば、丁度10年前のこの時期に学位審査がありました。そこに至るまでには、これまでにも投稿した、いくつかのブログ記事にて述べましたが、さまざまな嬉しくない・ネガティブな出来事があり、審査直前の時期は、それ以前よりかは良くはなっていましたが「学位審査は上手くいかないのではないか・・?」と疑心暗鬼になり、精神的に非常に不安定な状態であったと記憶しています。

しかしまた同時に、この機会に学位審査を受けておかないと、二度とチャンスは巡って来ないとも思い、どうにか乗り切りましたが、それから10年間、現在に至るまでの期間は、それまでにないほど、生きるために、自分なりに、さまざまなことをしてきました・・。

その過程の中で、完全には崩れ去ってはいなかった全能感らしきものは破壊され、学位取得から現在に至るまでの10年間への個人的見解は、概ね「くだり調子」であったと云えます。あるいは異言しますと、学位取得以前の方が、現在と比べ、より多くの面で、好調であり良かったと思われるのです・・。

しかし、であるからと云って「学位取得から現在までに良いことが全くなかった」というわけでもなく、その過程にある経験は、多少その様相は変わるかもしれませんが、何れにせよ、どこかで経験する種類のものであったと思われるのです。そして、そうした経験によって、取組んで来た研究に対する熱意を失ったり、あるいは蓄積してきた疲労が高じて無気力に転じたりすることなども、多くの人生にてあるとは思われますが、そうした熱意の喪失や無気力といた精神的に困難とも云い得る状況下において、これまで培ってきた学びのスタイルを自分なりに継続することにより、徐々にまた精神は落着きを取り戻し、そして、新たな日常生活を歩み出すことが出来るようになると思われるのですが、私としては、たしかに落着きを取り戻しはしましたが、この10年来での感覚は大きくは変わることなく、前述のように概して「くだり調子」であるように感じられるのです・・。

そしてまた同時に、昨今の国内・国際情勢を鑑みますと「良い状態とは」(到底)云えなく、そこから期せずして、先述の自らの状況と通底しているようにも思われてくるのです。そこで、自らのここ十年来の慢性的ともなってしまった「くだり調子」から脱するために、色々と動いてはみるのですが、どうも根本的な「くだり調子」の解決には至らず、結局のところ、対症療法的に、何やらブログ記事を作成して、毎度、お茶を濁すといった感じであることから、やはり折角2000記事にまで到達出来たのであるならば、本格的にしばらくの期間は、ブログ記事の作成やSNSから離れた方が良いのではないかとも思われるのです・・。

そして、しばらく離れてみた後に、どのようなブログ記事を作成して、そこからどのように変容を遂げていくかを自分なりに観察・検討することは、これまで、なし崩し的に記事作成を行ってしまい、出来なかったことではあるのですが、やはりどこかで経験しておいた方が良いのではないかとも思われるのです・・。また一方で、こうしたことをブログ記事題材にすることは自体は、これまでの文脈からは多少逸脱するかもしれませんが、特に大きな問題ではないとも思われます。

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2023年7月7日金曜日

20230706 自問自答の良しあし?

先日、総投稿記事数2000への到達と、当ブログ開始から丸8年を迎えて、しばらくの間はブログ記事の作成やSNSからも離れようと考えていましたが、あまりことは上手く運ばずに、いくつか記事作を作成してしまいました・・。

おそらく、これはある程度の期間続いてきたため「性質」とも云えるものに近づいていたことから、なし崩し的に記事作成を行ってしまい、そしてまた惰性的に記事作成を継続するようになってしまったのだと云えます。

そして、こうした状況では、当初の「ブログ記事の作成やSNSから離れてみよう」は達成されずに、その先にある何らかの「進化の実感」らしきものも感じられず、徒にまた記事数ばかりが増えていくのみ・・といった状況に気が付き、意識的に記事作成を止めようと考えても、その記事作成を止めようとする意識が、やがて内心で自問自答を引き起こして、そして、そうした問答の際に想起された物語の構造や、その背後にあると思しきメカニズムなどにもついてもボンヤリと考えが至ることもあります。

こうした自問自答は、私のブログ記事作成の基層にあるものと云えます。そして、この自問自答を駆動させるために重要であるのが、日常的に書籍を読むことであると考えます。私は、就寝前や電車などでの移動に際して読書をする習慣がありますが、こうした読書の少し後に、その反応としてのコトバや物語などが浮かんで来ることが度々あったことから、実感的に、少なくとも私にとっては、それらの間には何らかの関係があると思われます。また、現在も記事作成を再開したわけではありませんが、同時に読書は相変わらず続けていることから、定期的にその反応として、それが直接的なものでなくとも、何らかの文章を作成したくなるのかもしれません・・。そうしますと「本格的な記事作成の休止のためには読書を止めれば良い。」と云うことになるかもしれませんが、これにつきましては、現時点では難しいと思われます。とはいえ、現在読み進めている書籍は、これまでにあまり馴染みがなかった分野の著作であり、所々が判りながら漸う読み進めているといった感じと云えます。それでもまたしばらく読み進めていきますと、さきの「所々判りながら・・」の箇所が増えてきて、そしてまた同時に、同著者による他の著作との関連性などについても考えが及んだりすることもありますが、それでも未だ「あまりよく分からずに読み進めている・・」と云った感じです。人文系分野での、あまり馴染みのない分野での著作を理解しつつ読み進めることは自体が、そこまで簡単ではないため、おそらく、そこで生じる葛藤のようなものが、私の場合、こうしたブログ記事作成の基にあるのではないかと思われます。そして、そうした意味では、新たに関心を持つことが出来る可能性がある分野が数多くあることは、当ブログの記事作成にとっては良いと云えるのかもしれません・・(笑)。

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2023年7月2日日曜日

20230702 19世紀後半から続く我が国の「文明開化」・「開化」について②

活力の反応には、活力節約と活力消耗の二つの性質があります。活力節約は、主に義務を果たす刺激によって起こります。義務を果たすことは社会的に望ましいとされており、また組織の発展に重要な役割を果たします。他方の自由な活力発現は、趣味や娯楽などで重要です。釣りや読書、運動など多様な活動がこれに当たります。また、文学や科学、哲学などもこの自由な活力発現の一環と云えます。活力の発現や進化、持続は開化においてとても重要であり、外部からの刺激によって我々の活力の反応が理解することができます。

さて、以上の活力の二つの性質は、現代の我々の社会においても、さきの義務に対しての消極的な活力節約と、道楽に対しての積極的な活力消耗の双方が相互作用を起こして、そこから進歩的な変化が生じるのではないかと考えます。

これを具体的に述べますと、活力節約においては、少ない時間でより多くの仕事を効率的に処理出来る様に努力がされます。それにより自動車や列車や艦船そして飛行機や電話やインターネットなどの便利なものが生まれましたが、これらは本質的には手間を省くための、いわば活力節約を目的とするものであり、端的には、より多く体力を使いたくないがために生みだされたものであると云えます。

他方で、上述のような便利な道具があるにもかかわらず、自らの体を使い、積極的に体力を消耗して疲れを求めるような時もまたしばしばあります。我々が趣味で行っている運動などは概ね、これにあたると云えます。

しかしながら、こうした積極的に体力を消耗したい時ばかりに、その機会があるわけではありません。むしろ逆に、あまり動きたくない時にそうした機会があることの方が多いと云えるのではないでしょうか?

そして、実際にそうであったからこそ、訪問から郵便そして電報から電話やメールへと、進化とも云える変化を遂げてきたのではないかと考えます。これは要するに、あまりやりたくない仕事は避けて快適に生きたいというわがままな要求や、あるいは働いても報われないといった不満から、さきの活力節約の側の力が大きくなり、やがて事態の変化・発展をもたらす力へと成長するのではないかと思われるのです。

以上が、さきに述べた「義務に対しての消極的な活力節約と、道楽に対しての積極的な活力消耗の双方が相互作用」を具体的に述べたものですが、これら性質の相互作用とは、往々にして同時代での道徳観と合致するものではなく、あるいは非難されることもあるのでしょうが、しかし実際のところ、こうしたダイナミズム(相互作用の過程)を経ることなしに、事物とは進化的に発展することは難しいのではないかと思われます。

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20230701 中央公論新社刊 米原謙著「徳富蘇峰―日本ナショナリズムの軌跡」pp.118‐121より抜粋

中央公論新社刊 米原謙著「徳富蘇峰―日本ナショナリズムの軌跡」pp.118‐121より抜粋
ISBN-10 ‏ : ‎ 4121017110
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4121017116

一般に、人間は自分の存在を世界のなかに位置づけ、それに意味を与えることなしに生きていくことはできない。それは自分が何者であるかを社会的に確定することである。カナダの政治理論家チャールズ・テイラー(Charles Taylor1931‐)は、アイデンティティの根拠が社会との関わりによって自己の存在の意味を確認することによって形成されると指摘している。テイラーは個人のレヴェルを想定しているが、集団の場合も同じことがいえるだろう。個人にせよ、国家にせよ、自分にとって重要な他者から十分に認められることが、何より肝要なのである。個人も国家も、自分が他者から認知されていることを確認することによってのみ、自己の存在を意義づけることができる。

 日本にとって重要な他者とは欧米である。子供が両親から、生徒が先生から認められることを切望するように、後進国の知識人は自国が欧米諸国から敬意のある認知を受けることを切望する。この時期の最大の思想家といってよい福澤諭吉は、この点でも第一級だった。かれは欧米からのまなざしをつねに意識し、どのようにすれば欧米からの評価を高めることができるかに腐心した。たとえば明治十七年の論説「宗教もまた西洋風に従わざるを得ず」では、欧米からの差別的なまなざしを避けるために、動植物の保護色のように「文明の色相」を身につけるべきだと説いている。風俗や宗教が違えば「外道国」とみなされる現状がある以上、欧米と同じ「色相」をまとうことで疎外の原因を絶たねばならないと考えたのである。「脱亜流論」などの論説で、アジア諸国との差異を強調し、日本は十分西欧化していると主張しているのも、「尋常東洋の一列国」とみなされることを恐れたものである。いかにも卑屈な態度だが、中国と朝鮮と同一視されることは、日本の国際的地位の上昇にとって決定的にマイナスだと考えられた。ここに福澤の冷徹な合理主義を読みとることができる。

 蘇峰も他者のまなざしをつねに意識した言論人だった。多くの知識人が日清戦争を欧米からの認知を獲得する絶好のチャンスと捉えたが、蘇峰はそれをみごとに表現している。「大日本膨張論」に収録された論説をいくつかとりあげてみよう。日清戦争勃発直前に書かれた「好機」では、イタリアの政治家カブール(Camillo Benso conte di Cavour 1810‐61)を例に挙げる。カブールは「狂気の沙汰」と非難されながらクリミア戦争に参戦し、それによってイタリアは「欧州列国に識認」され、国家の「利益と光栄と拡充」した、と。「世界における日本の位地」では、日本人は欧米を知りすぎるほど知っているのに、日本は欧米からまともに評価されていないと嘆いている。日本は「美人国」、もっと率直にいえば「売淫国」として紹介されているにすぎない。日本人は「否」といわない「軽快にして与しやすき伴侶」とみなされている(100年後に「ノーと言える日本」という本が話題になったことを想起せよ)。欧米人は日本を自分たちと対等とみなしていないばかりか、清国とすら対等と考えていない。こうした状況下で迎えた日清戦争が、日本にとって名誉回復の絶好のチャンスと意識されたのは当然だった。それは汚辱にまみれた評価を書き換える決戦だった。「吾人は暗室に格闘するにあらずして、世界の前に立って、決戦することを忘るべからず」。

 日本軍が旅順口の占領に成功して、事実上、勝利が確定したとき、蘇峰はこの戦争の意味を問い直して、「国家自衛」と「国民雄飛」のためのステップだったと答えている。このふたつの目的を達成するには、維新以前の汚辱に満ちた歴史的経験を払拭せねばならなかった。「吉田松陰」で語られたことは、もっと激しい言葉で表現される。「開国は正理なり、しかれども我の外国の強迫によりて、開国せしめられたるは、屈辱なり。容易に拭うべからざる、我が国史の汚点なり。而して今日に至るまで、世界諸強国と対立して、我が膝の直からざるは、この汚点のためなり。例せば、合意の結婚は、人の大倫なり。しかれども不合意の結婚は、むしろ強姦に近しといわざるを得ず」。

 ペリーによる強制的開国を堪えがたい屈辱とする考えは、当時広くみられた。儒学者大橋訥庵(1816‐62)は、その屈辱を、他人の屋敷に無断で入り「樹木を折り庭石を動かし(後略)」と形容している。幕末のナショナリズムには、それに対する雪辱の意味が込められていた(佐藤誠三郎「死の跳躍」を越えて」を参照)。蘇峰が使った「強姦」は最上級の比喩だが、読者の側にも、開国を「強姦」と感じる自意識があったと想定して誤りない。

 ペリー来航以後の政治過程は屈辱に満ちたものであり、不平等条約の改正は困難をきわめた。日清開戦の直前に、治外法権廃止を規定した日英通商航海条約がやっと調印されたばかりである。蘇峰はその怨念をつぎのような言葉に吐き出している。日本は人類として正当な待遇を受けておらず、まるで猿にもっとも近い人類か、人類にもっとも近い猿のように、「一種の風変りなる」見せ物として遇されてきた、と。戦勝はこうした偏見を打ち破り、欧米に対して否応なく正当な認知を迫るものだった。「吾人は清国に勝つと同時に、世界にも打ち勝てり。吾人は知られたり。ゆえに敬せられたりゆえに畏れられたり、ゆえに適当の待遇を享けんとしつつあるなり」。戦勝は文字どおり溜飲を下げるものだった。それは清国に対するものではなく、むしろ欧米の偏見に対するものだった。戦争は朝鮮の支配権の獲得だけではなく、何よりも欧米に対する雪辱と名誉回復をめざしたものだったのである。