2021年1月9日土曜日

20210109【架空の話】・其の61 【其の59の続き】

ドアを開けた先は、日本の城門構造でよくある桝形様にパーテーションが置かれ、そこには学会発表に用いたと思しき英文ポスターが貼られ、その奥の様子までは窺うことは出来ない構造になっていた。

入室されたE先生と教授との会話は、こちらまで少し聞こえたものの、その内容までは分からなかったが、一分も経たないうちにE先生がドアを開き、室内から「では、教授から許可が出たので、入室してください。」と云われ、また室内に戻られた。

私は、開いたままになっていたドアの前に立ち、さきほどのE先生のような声で「K医療専門職大学口腔保健工学科3年の**と申します。入ってよろしいでしょうか!?」と述べると、E先生の声で「入室してください。」と少し形式ばったような声色の返事が来て、この時不図、二年前の編入試験の光景が思い出された。

入室してすぐのパーテーションによる桝形から出ると、壁一面の詰まった本棚と、その他の壁に貼られた英文の学会ポスターから、いかにも研究室といった印象を受けたが、それはかつてはよく訪れた人文社会科学分野の指導教員の研究室とは若干趣が異なり、分野外と判断されるようなモノはあまり置いていないように見受けられた。

また、部屋の奥にはPCが据えられた執務机があり、手前側には応接用を兼ねたと思しき大きなテーブルが置かれ、その上には学会誌やホチキス留めされた論文と思しき資料、歯科の専門雑誌などが無造作に置かれ、そのテーブル周りに置かれた椅子には教授とE先生が座り、そしてもう一つ空の椅子があった。

私は自然とその椅子の横に立ち、ほぼ正面に座っている教授に「はじめまして、K医療専門職大学口腔保健工学科3年の**と申します。」と、先ほどと同じセリフを述べてから丁寧にお辞儀をした。すると教授は私に「おお、E先生から聞いとると思うが、私が歯科理工学教室のSです。どうぞそちらにお掛けなさい。」と着席を促された。それに対し「では失礼します。」と、はす向かいに座っているE先生に対しても目礼をしてから椅子に腰掛け、持参のリュックを脇に置いた。

教授は父や遠い親戚の院長よりいくらか年配のように見受けられたが、肌艶は大変よくて精悍な感じであり、もう少し髪の毛が多くあれば40代半ばでも通じるような一種不思議な容貌であった。

するとE先生が「教授、こちらが先日お話しした当学科3年の**君でして、彼は医専大入学以前に文系の大学院修士課程を修了しておりまして、なかなか変わっているのです。」と会話の口火を切ると、教授が「ほお、そうですか・・それで、どこの大学で何を専攻したのですか?」と訊ねてきたことから「はい、A大学でヨーロッパ文化専攻を卒業し、同大学の大学院修士課程でジョゼフ・コンラッドという作家の作品についての研究で学位を取得させて頂きました。」と返事をすると「ほお、旧制私立の高等学校の流れを汲むとこやな・・そうか・・それで、そのコンラッドという作家の作品は原書で読んだんやな。」と、さらに訊ねて来られた。私は「ええ、一応あまり長くない作品については原書にて通読しましたが、原書では読んでいない作品も少なからずあります・・。」と、少し恐縮気味に返事をすると「ああ、そこはあまり気にせんでええから・・。」と云って、ホチキス留めしてある英論文と思しきものをこちらに手渡し「そこに書かれている実験の概要は分かりますか?」と、重ねて訊ねてきた。手渡された論文のタイトルを見てみると、大体は理解出来たことから「はい・・ええと、これはさまざまな条件下での歯科用合金と陶器との接着について実験を行ったものであると思います・・。」と返事をすると、教授はE先生の方をわずかに頷きながら一瞥し、すぐに私に向かい直して「そうです。この陶器というのは歯科用陶材のことであり、これと歯科用合金との接着強さについて研究したものなんだが、これらの接着を作製時の操作として必要なのは、どんな補綴物かもちろん分かりますね?」とまた訊ねて来た。私は「ええ、まだ実習で作製したことはりませんが、陶材焼付鋳造冠であると思います。」と答えると教授は「まさしくその通りです。しかし、おそらく既に知っていると思いますが、近年の貴金属価格の上昇によって、たとえ保険診療外であっても、この鋳造冠を作製すること自体が困難になってきているのです。そこで、この価格が高騰している合金に代わる比較的安価な材料として、セラミックスであるジルコニアが良いのではないかと最近考えられているのだが、それを用いての実験をはじめる前に、先ず自前で既存の歯科用合金を用いて、さきの論文に書かれているような実験のデータを出し、それらを検証をしてみたいと考えているのです・・。そこで、手近な研究室関係者に訊ねてみたところ、皆それぞれ実験テーマの方向が違ったり、忙しかったりで、なかなか見つからなかったのですが、つい先日、そこのE先生が君のことを話して、それで今日に至ったわけです。」とその背景までを話してくださった。

私はそれを聞きつつ心中にて「しかし、まだ私は歯科用陶材を用いた実習を受けていないが大丈夫なのだろうか・・?」と疑問に思ったが、E先生はこうした事情を御存知であることからか、すぐに後を継いで「口腔保健工学科では陶材焼付鋳造冠の作製実習は未だ行っていませんが、先代のK教授門下OBで、K市にて開業されているO先生が、ご自身で補綴物をよく作製され、陶材焼付鋳造冠も作製されるとお聞きしていますので、週末の一日、私がアルバイトに行く車に**君を乗せ、O先生の診療所でおろして、一日かけて作製法をO先生から教えて頂き、夕刻頃、アルバイトを終えた私が再びO先生のもとに**君を拾いに行くというのが良いのではないかと考えています。」と、既に教授には話していたのか、教授に向かっての口調であったが、私の方を向いて提案して来られた。

それについては、私はどうしようもなく、肯定するのであれば、その流れ全てに乗ることが賢明と考え「はい、分かりました。また日程等につきましては、後日調整して頂ければと思います。」と返事をして、あとは教授とE先生を交えた雑談のようになり、とりあえず今回の研究室訪問の目的は達せられた。

*今回もまた、ここまで読んで頂き、どうもありがとうございます!




ISBN978-4-263-46420-5

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