2017年6月6日火曜日

20170606 先月5月30日の続き・・

A「本日は以下に、先月30日に書いたインドネシアでの出来事の続きを書いてみようと思います・・。

『到着翌日のレセプションは夜半過ぎ(21:00頃)に閉会となり、私ははじめて飲んだ現地のビールに気をよくして、閉会後に独りでホテルから出て近隣のコンビニ?何でも屋?のようなお店に行き、ペットボトル飲料を数本購入し、部屋に戻り風呂に入り少し酔いを醒ましてから、昨日と同様、独り予演を何回か行った後、歯磨きをして床に就いた・・。

翌朝目を覚ますと、目ざまし時計代わりにテレビを付け、無造作にチャンネルを回すと耳慣れた日本語、それも当時日本で放送され昼食時に講座のテレビにて(大体)欠かさず観ていた連続ドラマの登場人物たちの声が聞こえたため、掛布団を跳ね除けて画面を見ると、なんと、そのドラマが放映されていた。

私はそのドラマを横目で見ながら、洗面所に行き、顔を洗い、ひげを剃り、歯を磨き、用意してきたワイシャツ、背広に着替えて、テレビを消し少し早めに朝食会場に向かった・・。

ちなみに当時は写真からもお分かり頂ける通り坊主頭に近い髪型であったため、寝グセの心配もなければ、髪をセットするという面倒もなかった・・。

昨日と同様、朝食会場では装飾された鍵盤打楽器の演奏が行われており、それがまた雰囲気に合っていると感じられたことから、内心で「ははあ、この演奏は、よく日本のホテルの和食堂で演奏されていたり、有線で流れている琴の演奏みたいなものだろう・・。」と一人合点をした・・(笑)。

同行の先輩方も本日が発表本番ということは無論承知していただろうが、特に(表立って)緊張しているといった気配は見せず、本日の朝に放映されていた、さきのテレビドラマの話題にてしばし盛り上がった・・。

また、一人が客室冷蔵庫内に日本でも有名な栄養飲料【通称:赤ベコ飲料】の現地版が置いてあったことを指摘し、別の一人が『発表前に飲んでみようか・・』と冗談めかしていったところ、また別の一人が真剣な顔つきで『いや、それは止めておいた方がいいだろう、発表前にお腹でもこわしたらコトだから、飲むのであれば発表後にしよう・・。』といった、もしここでこうした意見が真剣なトーンで出なければ、おそらく誰かは飲んでいたのではないかと思われる・・(笑)。

朝食後は一旦部屋に戻り、荷物を準備し、少し早めに部屋を出た、すると近くの部屋からドアは閉まっているものの、話し声などが割合はっきりと聞こえることに気が付いた・・。
これは発表前の緊張で過度に聴覚が研ぎ澄まされていたからであったのあろうか・・。

就寝時は隣り合わせの部屋から物音が聞こえるということはなかったので、特に壁が薄いということはなかったはずであるのだが・・。

ともあれ、そのような感覚をおぼえつつ用意されたバスに乗車し、昨日同様、学会場に向かった・・。

一人の先輩が各々発表前に会場外のベランダに呼び出し師匠へのコメントを収録していたが、こうした状況においてもマメに記録を撮り続けるのは、やはり理系的な心性、行為態度ではないかと思われる・・(笑)。

さて、自身の発表の番になると、やはり大変緊張するものであり、一応独り予演通りに発表は出来たものの、発表後の質疑応答では(案の定)ボロが出て、いやメッキが剥げて、シドロモドロ振りを存分に発揮していたことを記憶している・・(苦笑)。

とはいえ、最終的にはどうにか主客共に意は通じ合ったようであり、発表、質疑応答を終え、まさしく冷汗をかきながら演壇を降りた。

私以外の先輩方も発表・質疑応答共に大過なく終え、また他の方々の発表を聞き、休憩時間では他の国々からの出席者に質問をしたりして、どうにかこの日も無事に閉会を迎えることができた・・。

そして、この日の夕食は野外でのビュッフェ形式とのことであり、その後、さらに移動し、本格的な伝統舞踊演劇を観てといった、かなり行事が盛り沢山な一日であった。

また、そうしたことから、この日の晩は発表を無事終えた安心感をはじめとする一日の疲れから、またスムーズに寝入ることが出来た。

その翌日は、観光ツアーが組まれている予定であったが、翌朝、目を覚ましてホテルロビーに行ってみると、どうもただならぬ様子であったので、既にこの場所に来て様子をうかがっていた先輩に事情、状況を尋ねてみると『いや、前々から懸念されていた火山の噴火が起きてね、この周囲も相当灰が降っているよ、うん、これはさすがに桜島の降灰とはワケが違うね・・もしかしたら、帰りの飛行機にも影響が出るかもしれない・・。』とのことであり、このことから先の我々の予定に、まさしく暗雲が垂れ込みはじめたのであった・・。』

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

去る2016年、熊本、山陰東部、福島県周辺にて発生した地震によって被害を被った地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そして、その後の速やかな復興を祈念しております。」