2017年1月28日土曜日

20170127 2013年6月末の出来事を日記から思い出して・・

本日の首都圏はこの時候としては気温が上がり比較的過ごし易い一日でした。

また帰宅後、ある書籍を探していたところ本箱から2013年に書かれた日記を見つけました。

この年は私にとってあまり思い出したくない記憶があり、特に春が訪れ気温が上昇する頃は精神的に病んでおりました・・(苦笑)。

そこで市内の谷山付近にある心診療内科医院へ何度か通院し、そのためか多少は良くなりましたが、とりあえず一度実家に帰り休んでみようと思い立ち、6月の終わり頃帰郷することにしました。

帰郷当日は羽田空港から直接、兄・祖父母が眠る寺へ墓参りに行きました。

そして、この時、日記には書いておりませんでしたが墓前にて兄(の霊)に向かい何やら悩み、愚痴を言っていた記憶がありますので、その時もまたそこそこ病んでいたのでしょう・・。

また、日記によると、その日から何日間は親戚、知人のところを訪ねて廻っていたようですが、それでもどちらかというと気分は晴れることはなく、当時の日記を読む限りにおいて、愉快に何かを感じているような様子はあまり見受けられません・・。

そして帰郷より数日経ったある日、以前より手紙を書き、状況をお知らせしていた文系の師匠より『港区の某大学にて中東に関するシンポジウムが開催されるから一緒に出席しないか?』とのご連絡を受け、これに出席させて頂くことにしました・・。

文系のシンポジウムの出席は久しぶりであり、またその発表、議論される内容も大変興味深いものであったことから質疑応答の際には質問をさせて頂きました・・。

シンポジウムの後、会場であった大学近くの中華料理店にて師匠から夕食を御馳走になりましたが、この時話された内容は、それまでと特に変わることなく主に歴史、文化そしてそれらに関連させた世間話であり、具体的な慰め、激励のコトバといったものはありませんでした・・。

しかし、そのお蔭で多少元気を取り戻したように記憶しております。

さて、ここまで、その当時(2013年6月末頃)の出来事を同時期に書かれた日記をもとに思い起こし、書いてきましたが、この時期の出来事を書くのは気が進まないのか、キーボード上の両手はあまり活発には動いてくれません・・(苦笑)。

しかしながら「歴史を書くことは歴史を脱却する一つの手段である。」ともいいますので、あるいはこうした時期の出来事こそ、気は進まないにしても文章として著した方が良いのかもしれません・・。

また、そうした状況にて書かれた記事がどのように読まれるのか?そして、それが読んで頂いた方々に何かしら印象を残すのであろうか?そしてまた、印象を残すのであれば、どのような印象を残すのであろうか?といったことは大変興味深いことでありながら、おそらく判然と認識、理解されることはないものと考えます・・。

今回もここまで読んで頂いてどうもありがとうございます。

昨2016年に発生した熊本、山陰東部そして福島周辺での大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。